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朝、大久保の商店街に並ぶ洋食店「キッチン KUROKAWA」はランチタイムに向けて動き出していた。ただ今日は1人だけ中々店に現れない。
「おい、尚登 のやつはまだ降りてこねぇのか?」
「昨日帰ってきたの夜の2時よ、ほら、ホストクラブの面接だって言ってたでしょ」
店を切り盛りするの黒川夫妻は市場から仕入れてきた野菜を仕分けながら話す。夫妻が話すのはもう1人の店員で夫妻の次男坊である尚登のことであった。
噂をすればなんとやら、話題の主は慌てて厨房にやってきた。
「親父ごめん、寝坊した」
「おはよう尚登、そこにおにぎりあるから食べちゃいなさい」
「うん、ありがとう」
息子の寝坊を見越していた母は朝食にと少し大きめのおにぎりを準備していた。尚登はバツが悪そうにしてそのおにぎりを急いで食べる。
「それで昨夜 はどうだったの? 採用されたの?」
「うん、今日の夜から来てくれって。多分週4…これからディナータイムの時間は手伝えなくなる」
「それは大丈夫よ、お兄ちゃんたちもいるんだから」
母は尚登のことをねぎらう、そして一方で父は野菜を切りながら申し訳なさそうな声を出す。
「すまねぇな尚登」
「いいよ、家が大変だったのに俺は学校に通わせてもらったんだから。それにお客さんにも勧められてたし」
「キッチン KUROKAWA」は3年前、尚登が高校3年生の時に隣接するスナックからのもらい火で半壊してしまった。黒川夫妻、そして尚登の兄は店の復旧のために当時大変な思いをした。保険金もおり、経営も順調であるが建て替え等々で現在も負債を抱える状況下で家族は次男の尚登を調理師専門学校に進学させた。
この春に尚登は専門学校を卒業し、この店をいつか継ぐためにと父に弟子入りしたが、それだけでは中々厳しいため、別で深夜にアルバイトをしていた。
そんな尚登の状況を知る常連が尚登にホストを勧めてきたのであった。そして昨夜、尚登はホストになるための門を叩いたのだった。
「だけどやっぱ一流店のナンバー1はスゲェなって思った」
「そうなの?」
「うん、オーラが全然違うし、顔もかっこいいし…まぁ俺はとりあえず目標金額があるからそれに早く達したいってだけだから」
尚登は喋りながらもおにぎりを完食し、麦茶をぐいっと飲んで流し込んだ。そして手を洗い消毒をすると父に代わって野菜の下ごしらえを始めた。皮を剥いてくし切り、飾り切り、スッスッとこなしながら昨夜のことを回顧する。
――せい、ぎ…さ………
突然涙を流した男、「菊理 ツバサ」は the knight のナンバー1ホストだと店内に入ってから知った。ツバサは自身が何故涙が流れたのかわからなかったようで、すぐに顔を拭うと尚登の隣に並んだ。
そして「突然、ごめんな」と謝って、今度は笑って名刺を渡してきた。歌舞伎町で1番のホストクラブのナンバー1、すなわち歌舞伎町のナンバー1ホストなのに気高さは全く感じられなかった。この時点で尚登はツバサは新人かそこそこのホストだと思い込んでしまっていた。
ツバサもツバサで自らナンバー1であることを口にしなかった。
店内から少しベテランっぽいホストが出てきたら尚登はツバサと別れた。去り際、ツバサは明るく尚登に声をかけた。
「明日から仲良くしようぜ」
その時点では採用されるかもわからなかったのに、何故ツバサはあんなことを言ったのか、尚登は不思議だった。
(まぁ採用されたんだけど………それに菊理さん、何で泣いたんだろう。俺なんかした?)
気がついたらジャガイモは全て剥き終えていた。ただ、くし切りの量が多すぎて父から叱責されてしまった。
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