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第8話
「いいのか、プロポーズしちまうぞ?」
黒豹は茶碗を片手に箸を持ったまま、ウサギの顔を覗き込んだ。
「はあ? すれば?」
ウサギはバチンと音を立てて箸を置き、顔を上げて胸を張ったが、唇はとんがり、頬は膨らんでいた。
「っとに可愛くねぇな」
黒豹の小さな呟きも、ウサギの耳はしっかり捉える。
「うわー、そういうの僕、大っ嫌い。『可愛い』ってなんですか? 自分より非力で押し倒してファックしやすいって意味ですか」
赤い目で睨みつけながら顔を傾け、顎を上げて挑発してくる。黒豹もバチンと音を立てて箸を置いた。
「少なくとも、今の場合、その通りの意味と受け止めてもらって結構だ。俺は結婚を望んでいるし、結婚するからにはファックもセックスも望んでる。ったりめぇだろうが」
「『当たり前』って言葉も、安易に使われるのは嫌い! 何だよ、当たり前って。Ωだから結婚したら家庭に入って? 家事? 妊娠? 出産? 育児? ママ友? 保護者会にPTA! ざけんなっ!」
ウサギは限界まで頬を膨らませ、横を向く。
「ちょっと待て。言っておくけどな、俺は今までに一度もてめぇにそんなステレオタイプは求めたことねぇし、押しつけたこともねぇからな! てめぇが勝手にベータ野郎に夢見て、付き合って、ステレオタイプ押しつけられて別れたからって、俺に文句言うんじゃねぇ!」
犬歯をむき出しにして吠えると、ウサギもぎいっと大きな前歯を見せた。
「むきーっ! 妊娠と出産だけは、絶対にΩじゃんか!」
「はあ? それは俺に向かって文句言われても、どうしようもねぇだろうが! αにはその機能が備わってないんだから。ヒト・モノ・カネ、見合う何かでバランスをとらせてくれとしか言いようがねぇよな」
ギリギリと切り結ぶ視線をウサギが外し、何もない空間に向かって怒鳴る。
「あーあ、いいよねαは! ファックして気持ちいいだけで妊娠しなくて、しかもΩのこと征服できて! Ωはどうせαに絶対服従だもんっ」
黒豹はウサギの視線の先へ回り込むように身体を傾けながら唸る。
「だから今までてめぇのことを泳がせてきたんだろうが! 俺にうなじを噛まれる前に、自分の自由な意思で恋愛もすればいいし、ほかに好きなベータができて、俺よりそっちと結婚したいならそうすればいいって。その代わりに俺だってお前以外のベータ女と付き合いもするし、縁があれば結婚も考える。同居を始めるときに話し合ってそう決めたよな? 忘れたのか」
「覚えてるよっ! 僕だってそれなりにベータ男とお付き合いもしましたし? 今回もたまたま上手くいかなくて別れましたけどっ」
ウサギは言うだけ言うと、またぷいっと顔を逸らした。
「たまたまも何も、上手くいった試しなんてねぇだろうが」
途端に赤い目には涙が盛り上がっていき、黒豹は天井に向かって息を吐く。
「プロポーズすればいいって言ってんじゃん、ばーか! ウサギからの見解は以上です!」
ウサギは小さく洟を啜ってぴょんと立ち上がった。階段を上っていく足音を聞いて、黒豹はテーブルに頬杖をつく。
「本当にプロポーズしちまうぞ、ばーか」
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