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第2話

「間宮先生」  間宮は、サンドイッチを口に入れるところだった。先ほど職員室に戻ってきて自分の席で昼食を食べている。  声に構わず一口かじり、ゆっくりと咀嚼嚥下してから顔を上げる。 「なんですか。霧谷(きりたに)先生」  出会いは大学時代、サークルの先輩、今は同僚の霧谷晃士(きりたにこうじ)。全学年担当の美術教師だ。  ちなみに間宮の受け持ちは選択生物で、授業を受けられるのは2年生からになる。  その霧谷が絵の具だらけの白衣に両手を突っ込み、憮然と突っ立っている。 「ちょっといいですか」 「良くないですよ。食事中ですもん」  間宮は二口目に噛み付く。 「お前のために場所変えてやるって言ってるんだよ。いいから来い」  有無を言わせぬ声で霧谷がすごむ。  齧りかけのハムサンドを袋に戻して机に置くと、間宮はため息をついて立ち上がった。 「さっき見てたぞ」  美術科準備室に間宮を押し込め、窓枠に寄り掛かった霧谷が腕を組む。 「さっきって?」 「とぼけるなよ。純情な生徒からかってただろ」 「からかってなんかいませんよ。楽しく交流を図っていただけでしょう」 「お前ほんと昔っから、何度言っても変わらねえな」  霧谷がイライラと自分の髪に手を突っ込む。 「だから、なんです」 「何度も面倒なことになってるだろ。お前のコミュニケーションの取り方はなあ、相手を勘違いさせるって、いい加減学べ!」 「先輩こそ、しつこいです。自分が勘違いしたからって昔のことをいつまでも──」 「誰がそんな事言ってんだよ!いつも言ってるけどな、なんでお前が教師なんだよ。教え子惑わすとか先生失格だろ。向いてねえんだよ、とっとと辞めろ」  丸椅子に座って聞いていた間宮が音もなく立ち上がる。 「僕も何回も言ってますけど、教師になったのは祖父がこの学園の理事長だからです。義理でやってるのは認めますが、向いてないとか辞めろとか、いくら先輩でも言いすぎじゃないですか」  反論に頭を掻き苦い顔で考え込んでいた霧谷は、気づくのが僅かに遅れた。間宮がすぐ側まで近づいている。 「おい間──」 「先輩」  間宮の手が霧谷の腕に置かれる。じんわりと体温を滲ますように、存在感を感じさせて。 「なんで、そんな酷いことばかり僕に言うんですか……」  悲しげな声で言い募る。  190センチ近い間宮よりも体格の良い人間はあまり見掛けない。ごく平均的な霧谷も間宮の前では小柄になる。顔を伏せた霧谷を見下ろすと間宮の目につむじが見えた。 「……生徒のためを考えて言ってんだろうが」 「本当に、それだけですか──」  間宮は顔を寄せ、更に霧谷との距離を縮める。 「──そういうとこだろうが!くそ、退け!」  腕で払いのける霧谷から離れ、間宮は大人しく一歩下がった。 「誰も好きじゃねえくせに、誰にも彼にも思わせぶりなことしてんじゃねえよ」  間宮はじっと視線を注いで動かない。  霧谷の口がさらに開きかけ、なにも告げずに身を翻す。  準備室の扉が荒々しく開閉され足音が遠ざかっていった。 「そんなつもりないのにな……自分だって昔っから、怒りっぽい」  残された間宮は肩で息をつき、鬱陶しい前髪を搔き上げた。端正な(おもて)(あらわ)になる。フレームが太くて重たい眼鏡も外し、眉間を指で揉む。  生徒だろうが教師だろうが間宮のそんな姿を目にすれば、思いもかけない美貌に釘付けになる。性別すらいとわない。十年来の旧友である霧谷が、かつて間宮に想いを寄せていたのも事実だった。  窓際に移動して間宮は壁にもたれる。緩慢に腕を組み、眼鏡のツルを唇に当て、昼下がりの校庭を眼下に映す。  何かに思いを馳せた間宮の、垂れ気味の目じりが徐々に下がっていき、こらえ切れなくなったように、ふふっと息を吐き出した。

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