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第6話
『っ──うぁああああああっ!!』
大声を上げそうになり、抱えた膝に顔を突っ伏す。この間の出来事が蘇っては、発狂しそうになっている。
(良かった誰もこっち見てない)
体育の授業中。サッカーの出番待ちだ。オレはグラウンドの隅っこでダルマみたいに丸まっている。
先生の甘い声が聞きたいとか、触って欲しいとか……かわいいと言って欲しい自分とかが、恥ずかしくて仕方がない。好きだってことが前提としても、欲望の矛先がなんかおかしい。
(自分をかわいいなんて思ってもないのに、ねーよ。言って欲しいとか)
けど実際に先生の言葉を聞くと、どうにかされてしまいたい気持ちになる。あの男らしさの象徴みたいな先生相手に、どうにかしたい、とはおこがましくて考えられないのは別だとしても、エロいことばっか考えてるのはマズイ。
先生はそれに気付いたんだ。だから免疫つけろって言ったんじゃないか。完全に逆効果だけど。オレの気持ちは膨れ上がるばかりで、ためらっていた気持ちなんか宇宙の果まで飛んでった。
今のオレは「好きです」じゃなく「好きにしてください」と言い出しかねない。恥ずかしくて死ねる。
背後からこっちに来る足音が聞こえる。
「シオがしおしおー!」
つまらないことを言い、左十が背中にのし掛かってきた。少し遅れて右白もやってくる。頭に乗せた手で首を反らされ、顔を覗き込まれた。
「元気ねえな」
そっけない。
今まで試合に出ていた二人は交代になり戻ってきたようだ。
「しおたんあれだね。こいわずらい!」
左十が無邪気に手でハート型を作りキャッキャ言っている。
(すごい、ちゃんと全部ひらがなに聞こえる)
頭は悪いが左十は素直で陽気だ。外見も色素が薄くて男臭くない。オレよりは背が高いけど華奢だし目がパッチリしていて、西洋の人形みたいだ。
「左十なら、かわいいっていうのも分かんなくない……」
少なくともオレに使うより全然違和感がない。
「へ?」
「はぁー?」
左十と右白が顔を見合わせた。それから左十が笑い出す。
「うん、オレはかわいーよ。でも顔だけ。結構肉食ー」
「自分で言ってんの腹立つわ。よっぽど汐見の方がかわいいっての」
「──っぐ、ぅ!?」
右白に真顔で言われて変な声が出る。
「そうそう。シオの方が全然かわいいよ。こういうトコとかさ」
左十に地面を指さされて、しまったと思う。半分無意識に棒切れで描いた、特徴のある髪型の落書きが残っている。
「すげえ。あいつそっくり」
足で消す前に身を乗り出した右白にも見つかってしまう。
右白は髪も固くて真っ黒で、一文字の眉も凛々しく男らしい。左十とは真逆のタイプだ。この3人の中では一番体格も良い。どっちかで言えばオレは右白寄りだ。
「右白はかわいいって言われたいと思ったりする?」
一瞬の内に右白の表情が様々に変化した。多分、言いたいことが山程あるんだろう。
「ねえよ」
最終的に無表情になりそっけなく言われた。まあ、そうだよな。
「オレはぁ、言われたーい」
左十が脳天気に笑っている。
「お前、もじゃ男になんか言われたのか。それでヘコんでんの?」
心配そうに右白はオレを見た。
「そんなんじゃないよ。どっちかっつーと自己嫌悪」
「だいじょぶだいじょぶ。シオかわいいよ!ぎゅーってしたくなる!」
そう言って飛びかかってきた左十に押し倒される。
「うわ、やめろ!」
「オレだって余裕」
その上、右白まで覆いかぶさってくる。
「オレが無理、ムリだってっっ!」
「お前ら、休み時間じゃないからな!ランニングさせるぞ!」
体育の先生に怒鳴られた。
「センセーごめーん」
「すいませーん」
「さーせーん」
左十とオレと右白が口々に謝る。
「なあ、お前あいつに告白すんの?」
右白がさっきよりは声を潜めてくる。
「……っていうか、オレの気持ちはバレてるっぽい」
「ぽいって、どういうことだよ」
「オレがテンパりすぎるから慣れさせようとして……触ってくる」
「お前それ、やべえだろ」
右白は眉をひそめる。
「なんで」
「近すぎると思ってたけど、そんな理由で触るとか体目的じゃん」
「うっわ右白、童貞発言。近いの最初っからじゃん間宮センセ。スキンシップでしょ、どう考えても」
聞いていた左十が茶々を入れた。
「違えよ!おっかしいだろ」
「じゃあシオ、エロい事されたー?」
確認を取るように左十に訊かれる。
「エロいこと……は、ない……?」
触り方は確かにエロい。でもオレが冷静じゃないから、そう思うだけかもしれない。
「そんじゃあ、キスされた?」
「されてない」
「してきたら、本気だと思うんだけどなー」
「遊びでキスなんかしねえんじゃね?オレ反対。あいつ胡散臭え」
右白がそっぽを向いてつぶやいた。
「うーん、オレは有り。大事にしてくれそー」
左十も考えてからそう答える。
(なんかどっちも正しい気がする……)
「なんかあったら言えよ。オレは汐見の味方だから」
右白がオレに向き直る。真面目に言ってくれている。
「オレだってそうだよ!当たって砕けたら慰めたげる!」
声を弾ませ左十がしがみついて来る。
「左十てめえ、なにかっつーと汐見に甘えやがって」
何故か対抗心を燃やした右白にも抱きつかれる。勢いづいた二人を支えられるわけがない。また後ろに倒れた。
「お前らそんなに走りたいか。わかった、チャイム鳴るまで好きなだけ走れ!」
先生が仁王立ちで雷を落とす。
オレたちは責任を押し付け合いながら粛々とランニングを行った。
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