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第8話

 程なくして二人で音楽室を後にする。 (いつからオレ、こんなにやらしくなっちゃったんだろう)  旧校舎の階段をトボトボと降りる。先生は守るように寄り添ってくれている。 (友達じゃないなら、なんだよ)  先生だって悪い。煽るだけ煽ってそれ以上してこない。 (ホントにからかわれてるだけ──なのかな)  だとしたら、結構、酷い。  ──遠くで物音がした。机を引きずるような。特に珍しくもない。学校でよく聞く音だ。  2階まで降りてきた。もうすぐ外に出る。今日はもう帰れと言われるだろう。 (先生がなに考えてたっていいよ………もっと、一緒に居たい……) 「汐見君、少し急ぎましょうか」  ノロノロしているオレを見兼ねたのか、先生がオレの肩を抱いて歩調を速めた。 「先──」  その時、立て続けにイスや机が床をこする音が響いた。さっきよりずっと近い教室から。 (こんな時間に清掃?)  肩を抱く腕に力が込められた。 (──んなわけなくね、ここ旧校舎!)  人なんか居るはずがない。 (じゃあ、今の音、なんだよ!!) 「………走ります」  力強く背中を押し出される。 「なにっ?なんでっ、先生────うわ!?」  走り出した途端、後を追うように窓がガタガタと激しく揺れる。 「うわ、わあっ、なにコレなにコレ、先生っ!!」 「いいから走って」  階段をすっ飛ばし、1階の廊下を全力で駆け抜ける。その間もガラスの割れる音や、何か分からない破裂音が鳴り止まない。昇降口が見えてきた。明滅する蛍光灯を目指して足を止めずに走り寄る。そして立ち止まった────昇降口の扉が、閉じている。 (閉まってんなら開けりゃ──いいんだろ)  オレは飛びついて扉に手をかける。バン!バン!バン!と叩き付ける音と血まみれの手形が鉄の扉に浮かび上がった……手形は内側から……付けられている。  呆然とそれを見つめるオレの後ろから、腕が伸びて抱き寄せられた。 「──だからあれほど、校舎の改築を早急にって──全くお祖父様は呑気すぎる」  扉を睨んで先生が呟く。  何を言ってるのか分からない。こんな時まで平然としている先生が信じられない。 「なんなの……何が起きてんの、ねえ先生これナニ!?」 「驚きましたよね。大丈夫ですから」  落ち着かせるように背中を撫でられる。何をどう見たって異常な事態なのに、あくまでも冷静な先生に理不尽な怒りが湧く。 「………大丈夫な………わけ……ないだろ………なにコレ、訳わかんないよ!」 「汐見君」  体の震えが止まらない。  まだあちこちから、すごい音がしてる。一方に目をやると、バタンバタンとドアが開いたり閉じたりしている。見なければ良かった。 「大丈夫。こういった事例があることは承知しています。でも今までに事故は起こっていません。1件も」 「だからなんだよっ、起こってるじゃん今!オレ怖くておかしくなりそうだよ!!」 「僕がいます。君は安心して下さい」  こんな状況で、どうしてそこまで余裕があるのか理解できない。自分が──おかしいのかと疑いたくなる。 「そんなのムリだよ。もしかして先生には分かってないの?見えてない?聞こえてない?オレだけなのっ!?」  後半は叫び声になった。  先生は前髪を搔き上げ周囲を見渡した。眉をひそめて小さく舌打ちする。 「確かに騒々しくて──イライラしますね」  そう言って庇うように、オレの頭を片方の手で胸に抱き込む。  そのまま深く、息を吸い込み──。 「(うるさ)い!!!」  虚空に向かって怒鳴りつけた。聞いたことのない大声で。  ──突如音が止む。  あれだけ禍々しかった騒音が、嘘みたいにピタリと消えた。 「は……?なんで?………なにしたの……先生、何者だよ……?」 「ごくごく普通の教員です」  先生の普通がチートだった────。 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇ 「じゃあ本当に、寺の息子とか拝み屋とか祓魔師(エクソシスト)とか、そういうのじゃないの」 「まさか。違いますよ」  昇降口のすぐ隣の、保健室に移動していた。  静かになってすぐ昇降口を調べてみたが、固く閉ざしたまま開かなかった。近くの窓を割ろうとしても、弾かれるだけで無駄だった。電話はノイズが入って繋がらない。メール画面は文字化けだ。画面上で文字が溶け出し、オレはスマホを放り投げた。  信じられない状況は継続中だが、先生はあまりにも動じない。オレも少しづつ恐怖が麻痺していく。腰を落ち着ける場所と、キャビネから見つけた非常用ローソクの功績も大きい。 「──だったらなんで、あんなことできるんだよ」   だけど話し続けていなければ、冷静さを見失いそうだった。 「分かりません。以前ここに立ち入った時も騒々しくて、腹立ち紛れに叱ったら収まったんです」 「それで収まるの変だろ!」 「本気で怒られたことを、察しているんじゃないですか」 (そんな──生徒じゃあるまいし)  でも先生は真剣にそう思っているようだ。  原理は不明でも理解はできるような気がする。超常現象も、こうも毅然と立ち向かわれたら、引っ込むしかないんじゃないか。先生は本当に怖いものなんか無いみたいだ。だけど、何もかも解決できるわけじゃない。現に今閉じ込められている。 「オレたちこっから出れるのかな……」 「もちろん、出られます」 「なんで言い切れるの」 「学園内で行方不明者が出たという報告は受けていませんから」 (オレたちが第一号かもしれないじゃん……)  気持ちが暗くなる。今は静かでも、アレだってまた、いつ再開するか分からない。  シーツのない、むき出しのマットレスの上で膝を抱える。先生が隣に腰を下ろし肩に腕を回した。 「扉を閉めたのが凶器を持った殺人犯でなくて良かったです」 「良くなんかないよ」 「比較にならないですよ?いつだって恐ろしいのは生きている人間です。生きている者はそれだけで強いですから、僕らも強いんです。あんな形の無いものは空気と変わりません」  額をコツンとぶつけられた。 「だから、心配しないで」  不安が消えたわけじゃない。だから、の根拠だって全然理解できない。でも──先生が全く揺るぎないから、大丈夫な気がしてくる。オレが頷くと先生は笑って頭を撫でた。 「では、ここから出る方法を探しましょうか」

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