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第10話
『会議があるので明日おいで。今日は早めに帰宅して下さいね』
先生からのラインを見ては顔がにやける。閉じた先からまた開くを、繰り返している。
旧校舎の話はまだ口外しないで欲しいと頼まれた。確かにありのままを話したらパニックが起きそうだ。でもその心配は必要ない。オレの頭は先生とのキスで一杯で、お花が狂い咲き状態だからそんな余裕はない。
信じられない出来事なのに、辛くて怖かったはずなのに、散々な思いをしたのに、あのキスが全てを塗り変えてしまった。訳の分からないものより、キスのほうが重大事件だ。昨日の今日で消化なんかできない。だからせめて会うのが明日で良かった。
落ち着かせようとしただけかもしれない。別の意味があったのかもしれない。先生がなんでキスしたのかを考えると混乱する──。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「──それで、昨日の理事会で旧校舎は封鎖することに決定しました。後の処理は諸々の専門家が引き取ってくれます。安心して下さい」
「……そ、う……っあ、っっ」
「でもやっぱり汐見君が心配です。心の傷になっていませんか」
「──、っ、だ、い丈夫──っんん」
「ふふ、今日も汐見君はかわいいですね」
部員が帰った生物室。ご機嫌で話す先生の膝の上で気絶しそうだ。いつにもまして触られまくっている。旧校舎の話なんか全然頭に入ってこない。
先生が抱き締めて首筋にキスをする。やわらかな唇がくすぐったい。弄ぶように甘噛みされてしがみつく。
「やっ……っ……は、あ」
このまま続けられたら嫌でも、勃つ。いつも誤魔化してたけど、こんな体勢じゃ即バレする。オレの変化に気が付いたら先生は躊躇なく触る気がする。たった一日のインターバルじゃオレの中でなにも整理はついてない。
「っぁ、っっ……先生は……なんで、こんなこと……すんの……」
「汐見君がかわいいから」
首に唇を押し付けられる。
それは答えじゃない。
理由が分からないまま触られるのは辛い。本当に先生に慣れる為にされてるなら、これ以上は続けられない。
「──もう、訓練しなくて、いい……から」
「どうして、そんなことを言い出すんですか」
先生が顔を離して肩に手を乗せた。曇りのない瞳でまっすぐにオレを見つめる。先生のすることをいやらしく捉えるオレが間違ってるのか……そう思いたくなるような純粋さに、本心がちっとも分からない。そのせいで『好きだから』と口にできないオレに、先生は待ってくれなかった。
「キスが嫌でしたか?」
「違う!」
「じゃあ好き?」
「……好きじゃ、ない……」
「汐見君」
嘘を見抜いている声だ。最初から答えが分かってる。このやりとりはオレを追い詰めるだけだ。
「こういうことすると……訳が分かんなくなる」
「それだけですか?」
「それに………恥ずかしいことばっか考える……」
「例えば?」
(それ──言わせんの?)
先生が動いた。
首筋を乾いた感触が這っていく。オレの首なんか片手で握り潰せてしまいそうに大きな手のひら。
「っ、は。先生っ………」
木に巻き付く蛇を思わせて、頭をゆっくり後方へ逸らされ、オレは喉元を大きく晒す。先生が赤い舌を伸ばす。豊かな黒髪の隙間から鋭い光がじっと見ている。
(……舐める……の……?)
ひとつひとつを見せつけるような動作のせいで、意図を明確に意識させられてしまう。先生が、オレを舐める──そんなのいやらしい気持ちにしかならない。
熱い舌がオレの喉仏を濡らす。
「……ぅ、っは……ん、や、せん……っあ……」
「こういうことですか?」
ちゅ、と音を立て先生が顔を上げる。
「ち、ちが──っ」
「そうですか」
また嘘をついたオレを、今度は言及しなかった。
次の瞬間、力強くオレの頭を抱え込み、耳に口を寄せる。耳たぶに鋭い痛みが走る。
「だったらもっと刺激の強いこと、ですか?」
「っ、ぁ…………違わ、ない……こ、いう、こと……っ」
「正直に言えましたね」
先生は腕の力を緩めた。代わりに頭を優しく撫でる。噛まれた所は甘い疼きとなってジンジンと身体に広がっていく。
「僕に触って欲しいですか」
「……うん」
「僕が触ると興奮する?」
「…………うん」
「ねえ、汐見君──」
耳元に声が、低く響く。
「そうなるように仕向けていると言ったら、軽蔑しますか」
試すように、探るように。
先生は────ずるい。
「軽蔑なんてしない……そうなら良いって思ってた。触りたいと思って欲しかった。でも、そんなの先生は知ってるだろ!先生こそなんで触るんだよ」
「汐見君が好きだからですよ」
当たり前のように先生は言った。あまりに普段と変わりなくて『冗談です』と続きそうだ。
「……………ホントに?」
「分からなかったんですか?じゃあ、どうして触れると思ってたんですか。好きでもない生徒に手を出すと思いましたか」
この雰囲気で、思ったと言える勇気はなかった。
「逃げる機会を与えたつもりなんです。それと、君が後戻り出来ない位に堕ちてくるまでは黙っていようかと。かわいくて、つい言ってしまいましたけど」
(なんか凄いこと言わなかった──?)
「それより汐見君──ここまで知ってしまったら、僕にどうされても仕方ありませんよね」
(どうされても……ってなに、それ………)
反応が全てバレてしまう距離なのに、ゾクゾクと身体を走る快感に耐えられない。
「言葉だけで感じたんですか」
「先生の、せい……だからっ」
押し当てた手の甲で股間を撫でられ、先生に縋り付く。
「んぅ……っ、は……」
「この程度で腰が砕けてしまって、僕に抱かれたらどうなってしまうんですか」
「──や、んぅ──っ、っ」
心配しているフリをしながら、先生の手はズボンの中に潜り込んでいく。
「うっかり壊してしまいそうで怖いです──やっぱり免疫をつけてもらわないと」
「や……だ……ぁ……んぅ──」
下着の上からスリスリと人さし指で撫でられる。
「本気で抱いても、壊れないように」
不穏な言葉に、止められないほどゾクゾクする。先生に欲望を向けられて、それだけでイきそうになった。
「こんな、訓練──いらな……っ」
嫌なんじゃなくて、耐えられない。
「駄目です。今、僕が本気になって困るのは君なんです」
「あ、あッ、あ!──ん……っっ、ぅ」
「ほら、少しも我慢できないでしょう。ラクにしてあげますから掴まっていて」
(先生がオレの……触ってる……)
手がためらう素振りも見せず、オレのものを扱く。それだけでも今すぐ暴発できる。先端を擦る指や上下しながらくねる手つきがいやらしい。自慰なんかと、比較にならない。
「っあ、ダメ……っんっ、は、あ……っ」
最高記録かという早さで昇り詰めていく。オレの意志なんか簡単に捻じ伏せられて、快感だけに支配される。
「もう堪らないって顔ですね」
自分が零した体液が先生の手を汚していく。グチュグチュと湿った音が速くなる。焦りが強くなる。
「あ、ぁっあ、ん……っや、イッちゃ……出ちゃうッ…っ…先生っ……」
「いいよ」
(あ──ダメだ──)
そんな風に優しい響きは反則だ。こんな、やらしい事してるのに。
「ふ、ぁ………、っん……っっ……!」
力が入らず先生の胸に寄りかかる。ビクビクと身体が震えて止まらない。
(──いっぱい……出てる……こんなに、出たことない……オレの身体、おかしくなっちゃった……)
先生の甘い匂いが、いつもより少し強い。
いつまでもじんわりした余韻が引いていかない。オレだけがこんなに火照らされて、先生は全然余裕そうに見える。
「なんで先生、平気なの」
「平気じゃないですよ。今すぐ君を抱きたいです」
(言い方っ…!)
今までも怪しいところはあったけど、封印の解かれた先生に敵はなかった。ストレートしか投げてこない。
「──大丈夫ですよ」
腕と身体で包み込み、頭に顎を乗せてくる。
「君が身も心も解放して、安心して全てを許してくれるまで待ちますから」
「………先生」
少し変わったところもあるけど、先生は大人で、オレのことを考えてくれる。
ポンポンポンと紫色の蕾が花ひらいてく。
「最終的に理想とするのは、僕に全てを捧げた───汐見君の性奴隷化ですからね」
咲いたお花を全部、引っこ抜いて投げ捨てた。
「………冗談だよな」
顔を上げて先生を見る。微笑っている。
「また分かりにくい冗談言ってるんだよな!?冗談って言ってよ、ねえっ!!」
ガクガクと先生の肩を揺さぶる。
「どうでしょうね」
髪を搔き上げ少し目を伏せ、先生は嗤う。猛烈に不安が湧き上がる。
「……先生はなんでオレが好きなの」
「陽光のようにキラキラしていて、生命力に溢れているからです」
(──なるほど分からん)
先生に好きだと言わせてしまったのは間違いだったかもしれない。
幽霊なんかより質の悪い猛獣を野に放っただけなんじゃないか。
色々不安になってくる。
取り返しの付かない過ちを冒してしまったという気がしてならない──。
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