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第11話

 W(ダブル)コロッケうどんのトレーを持って、人混みを見回す。周りは生徒で一杯だ。先生がくれたパンのお陰で購買戦争も終結したので、今日の昼は学食に来た。先に食堂に行った左十と右白の姿を探す。 「シオーこっちー」  左十が手を振っている。 「今行くー」  向かおうとして足が止まった。後ろから回された腕に体をガシッとロックされてる。 「こんにちは汐見君」  つゆをこぼさないよう、気をつけながら首だけで後ろを向く。分かっていたけど間宮先生だ。難しい顔をした美術の霧谷先生が隣に立っている。 「こんにちは」 「会えて嬉しいです。一緒にご飯を食べましょう」 「おい間宮……先生」  霧谷先生が先生の暴走を止めようとしている。残念だけどそれは無理だ。 「まーた来たの。間宮センセ」  左十が呆れた声で出迎える。 「ああ、悪いな。左十、右白も」  何故か霧谷先生が謝っている。  三人を正面に、オレと間宮先生は隣り合う。 「それにしてもデレたな──予想外だ」  自分の鮭を一生懸命オレにくれようとしている間宮先生を見ながら、右白が言った。オレは魚は苦手だと断るのに手一杯だ。いくら「はい、どうぞ」と口に持ってこられても食べられないものは食べられない。 「えー。初めっからこうだったって」  左十が右白に答えている。 「はぁ………こいつだけだからな。先生皆がこんなに常識無いと思うなよ」  霧谷先生は箸で間宮先生を指した。 「箸。常識云々ならまず自分のお行儀からでしょう。失礼なことばかり言って」 「本当のことだろうが。おまえ理事長の孫だからって何やっても許されると思ってるだろ。世間舐めやがって」  それは初耳だ。左右二人も驚いている。 「人聞きの悪い。そんなこと思ってませんし、生徒の前で言う必要ないでしょう」 「お前に言っても聞かないだろ。だから生徒側に自衛を促してんだよ」 「霧谷先生ちょっと黙ってて下さい」 (仲良いな……この二人)  長年連れ添った夫婦の会話を聞かされているようで、胃の縁がチクチクする。  ──どっちが奥さんだろう。嫌なことを考える。 「別に間宮先生は、悪くねーし」  あんまり喋って欲しくなくて口を挟んだ。 「汐見……お前、すっかり懐柔されてんだな」  霧谷先生が憐れむような目を向ける。 「汐見君……君はなんてかわ──むぐ…………」 (なに言おうとしてんだよ!!)  全身の力を込めて両手で間宮先生の口を塞ぐ。こんなとこでかわいいなんて絶対に言わせない。グイグイと手のひらを押し付けるが、すぐに手首を掴んで押し返され、形勢は逆転する。今度はオレがバカ力に押し倒されそうだ。 「──なんか熊が子犬襲ってるみたーい」  その姿を見て左十が笑った。 「熊はもっさりしているので、せめて麗しい熊と言って欲しいです」  あっさり手を外した間宮先生は真顔で変なことを言っている。 「え?だってもっさりじゃん!?嫌ならなんで髪伸ばしてんの」  左十の言うことはもっともだ。 「こうしていないと霧谷先生がうるさいんです」 「こいつの顔面は凶器なんだよ!お前ら知らないんだろ。見ろこの御尊顔」  身を乗り出し素早く間宮先生の眼鏡を取っておでこを出す。 「うわ……マジ?くそイケメン」 「尋常じゃねえ……」  左十と右白が言葉を無くしている。霧谷先生はすぐ元通りにした。 「これに血迷う生徒が多すぎたんだよ。男子校にも関わらずな」 (あれモテ過ぎ防止だったのか……) 「わかる……」 「納得はする」 「僕はどうでも良いんですけどね」  間宮先生が無頓着な発言をする。 「……こういう責任感が無い奴じゃなきゃ、オレもうるさく言わねえよ」  霧谷先生が冷たい目をした。 「そうじゃなくて………他人がどう思おうと、いいんです──」 (あれ……?)  声の調子が沈んだように聞こえた。三人に気づいた様子はない。 「汐見君の意見なら別ですけどね」 「へ?」  急に矛先を向けられてポカンとする。 「君が望むならすぐにでも髪を切りますよ。その方が良いですか?」 「え?あ……」 (あれ、ここって学食だよな。生物室じゃないよな。周りに人いるよな!?) 「どちらの僕が好みですか。さあ教えて──汐見君」  手を取り両手で包み込む。祈るような仕草でその手を唇で触れ、上目遣いでオレをみる。 (先生ってここまで空気読まないの!?)  突然湧いて出たムーディーな雰囲気に一同も目を丸くしている。疑問に満ちた視線を感じるが、オレだって意味が分からない。  間宮先生が肩を震わせる。次の瞬間、吹き出した。 「冗談です。イジられっぱなしも悔しかったので」  一人で楽しそうに笑っている。  先生が冗談だと思ってるのは冗談になってない──オレたちは真理に気が付いた。

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