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第16話

 沸き立ったさざ波は、いつの間にか大きくうねっている。違和感は今や確信だった。先生がおかしい。  あの日以来、特別研究室に連れて行かれることはなくなり、会うのはいつもの生物室だ。 「はい、どうぞ」  先生が緑茶を出してくれる。マグカップに水滴が付くくらい、よく冷えている。水ようかんもあった。こんなに気を配ってくれるのに変だけど、今だってまさにそうで、頑なにオレの隣を固持してきた先生が、机を挟んで座ってる。 「ねー先生。なんでそんな遠くにいんの」 「だってくっついたら暑いでしょう」  一応スジは通っていて、もやっとする。今まであんなに所構わず、くっついてきたくせに。 「もうすぐ夏休みですね。汐見君はどこか行くんですか」  これだって話を逸らされたように感じる。 「オレ先生とどっか行きたい。行こうよー」 「行けますよ」 「マジで!?」 「臨海学校の引率に僕も付き添いますから」 「そんなの学校行事じゃん!でもそっか……」  その話はちょっと嬉しかった。一年生は7月末に2泊3日、海の近くで合宿する。担当学年が違うから期待していなかった。そこに先生も来るなんて。 「先生と初お泊り!」 「二人きりじゃないですよ」 「そんなの分かってるけどさー、一緒に旅行だよ。嬉しいに決まってるでしょ、ねー嬉しいよね」 「……はぁ」 (なんでため息!?) 「汐見君おいで」 (結局呼ぶなら最初っから側にいればいいのに)  それでも気まぐれに付き合い、文句も言わずに先生の前に立つ。この素直さを褒めていただきたい。  先生がオレを見上げる。暑いのにもっさりと髪が顔にかかってる。直視は一分以内しか無理だけど、訓練の成果を見せる時だ。髪を払おうと手を伸ばす──だが手首を掴まれ止められた。 「駄目です」 「なんで!」 (使えるものは使うんじゃなかったのかよ)  もう片方で隙を突こうとしたがそれも阻止される。どう考えてもおかしい。 (オレと接触すんの避けてるだろこれ)  避けられる理由が分からない。急に嫌いになったとか、そんな態度にも見えないから余計に。  先生は手首を離すと代わりに手を繋いだ。手のひらを握ったり開いたりして弄んでいる。  触りたいのか触りたくないのか──何をしたいか分からない。  オレのポケットの中でスマホが振動して、伝わったのか先生が手を離す。 「見ていいですよ」 (どうせ大した用事じゃないのに)  けれど膝に手を乗せお行儀よく待っているので、仕方なくスマホを取り出す。 「おかんだ──牛乳買ってこいって」 (ほら、どうでもいい) 「これ──」  スマホの背面に先生が触れる。 「眞奈(まな)ちゃんですか?教科書にもありましたね」  そこにはペンギンのシールが無秩序にぺたぺたと貼られている。 「良く分かったね。そうなんだよ、あいつどこにでもシール貼っちゃうの。忘れた頃に剥がしてんだけど、いつの間にかやられてんだよねー」  言いながらあれ?と思う。 (妹の名前が眞奈って先生に言ったっけ?つか、妹いるって話した?)  先生なんだし生徒の家族構成なんて調べれば分かるのかもしれない。  今はそれよりも、優しげな顔をしてシールを撫でている先生がかわいくて、触れたくて仕方ない。 「先生──」  頬に触れて、顔をすり寄せる。そのままキスして欲しかったのに、やんわりとかわしてオレの頭を撫でる。 「汐見君……今日は帰りなさい」 「え?もう!?」 「うん──先生の仕事が残ってるんですよ」 (そんなこと言われたら、まだ居たいって言えないじゃん!)  それはただのワガママになってしまう。それに、そこまで拒絶することに、ショックを受けた。 「……分かった。帰る」  そう言うしかない。  荷物を持って出口に向かう。チラリと振り返ると──背を向けた先生が机に肘をついて手のひらを額に当てている。 (なんで?これ……放っといていいやつ?)  自分でつれなくしといて、後悔してるようにも見える。だけどまた拒絶されたらHPが0になる。 「じゃあ……バイバイ……」  迷ったけど、結局できたのは小さく挨拶するくらいだった。……反応はない。しょんぼりしてドアに向き直る。  把手に手を掛け出ようとすると、背後からドアを押さえられた。言葉を発するより早く手が伸びてきて、顔を上げられキスされる。 「っあ」  熱い舌が入ってきて、もどかしそうに口腔内(なか)を探る。絡め取った瞬間、吸い上げられた。 「ふ、っあ、んぅ……」 「は………あ……っ」  オレは当然だが──先生の息まで上がっている。抑え切れない衝動を見せられて、身体が火のように熱くなる。呼吸をするのも痛いくらいに鼓動が早くなっていく。  股に脚で割り込み、肩をドアに押し付け、オレの動きを封じた先生が、それでも拘束し足りないように深く唇を貪る。応じる余裕も与えてくれない。  唇を合わせたまま大きな手が、服の上から脇腹を(さす)っていく。ゾクゾクと鳥肌が立つ。手のひらが登ってくる期待で、乳首が固く尖っているのが自分でも分かる。そこを思い切りこねて欲しい──。いやらしい欲望を悟ったみたいに先生の手が胸をこすり上げる。 「ん、ぁっ──あ、ぅんっ……んああっ──!」  抑えきれずに絶対にマズイ音量で声が出た。手で必死に口を押さえても耐えきれずに漏れてしまう。先生の手がシャツをめくり上げた。背中を反らして胸を突き出させ、躊躇うことなく顔が降りていく。目で追いながら焦燥感でいっぱいになる。 (ヤバイ──そんなの、すごい声、出ちゃう──)  唇が乳首に吸い付くと同時に、先生の乾いた手のひらが口を押さえ込んだ。舌で覆われた乳首がネロネロと(なぶ)られる。快感を引き出そうとするような、いやらしい動きをされてビクビクと震えた。 「ん、ん、んんっ、んん──!」  鼻と口を塞がれて声は出ないが息も苦しい。先生は無意識なのか口を塞ぐ力が強すぎて、無理矢理されてるみたいだった。膝がガクガクと震えて──もう立ってられない。 (────滅茶苦茶ヤリたい。このまま、先生とセックスしたい──)  先生だって同じはずだ。違うなんて言わせない。  場所変えて──そう言う為に口元の手を叩いた。その途端、先生が両腕を突っ張って、身体が引き剥がされる。 「──ふ、は、はーっ」  先生が獣みたいに荒い息をはく。真っ黒な瞳に鈍い光が差している。こめかみを汗がひとすじ流れ、ポタリ、と床に染みを作る。  目に映るそれらに本能が(おびや)かされ、つもりもないのにビクッと大きく身体が震えてしまう。先生は唾を飲み、眉を寄せると、オレの肩に額をつけた。 「今日は……もう……帰りなさい──」  整わない息で、掠れた声で、まだそんな事を言う。 (とめようとしたって思った?違う──!) 「先生、オレっ──」 「お願いだから……」  労りの籠められた、やわらかな手つきで後頭部を撫でていく。その手はまだ熱すぎるのに。  ────頷くしかなかった。  今までにないほど欲望のままに欲しかった。先生も同じ気持ちになったと思った。  間違ってないだろ──オレを見る目は前よりも熱いのに。

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