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第17話

「シオがしおっしお」  つまらないことを言い、左十が絵筆でオレの頬をくすぐった。 「今度は何へこんでんの。お前らラブラブじゃなかったのかよ」  反対側で右白が同じことをする。モシャモシャと鬱陶しい。 「うっぜー!」  二人の手から絵筆をもぎ取る。 「ハイそこの三人。騒いだら授業するからな」  霧谷先生の言葉にクラスメイトからの視線が痛い。今日の美術はデッサンで、残った分は夏休みの宿題になるという、実質自由時間だった。それを潰しかねないオレらへの威嚇だ。連帯責任は恐ろしい。教室の隅でごくごく密やかに雑談を続ける。 「あのさ……オレみたいなガキとか、相手にしてもつまんねーと思う?」  胸の中のもやもやを、あからさまに打ち明けた。こいつらに見栄を張っても仕方ない。今はそんな余裕もない。 「えっちの話?そんなのちょー楽しいと思うけど。開発し放題じゃん。つーかウソ、まだ手、出されてなかったの?」  左十がイキイキと輝き出す。 「いや……出されてたけど急に出さなくなった……みたいな感じ」 「何だよそれ。やっぱ遊ばれてるだけなんじゃねえの」  右白の表情が険しくなった。 「なんでだよー。ブレーキ掛けたって、考えるのがフツーだろ。右白は間宮先生キライだからって、こじつけ酷い」 「なあ……ブレーキ掛けるとしたらなんで?」 「生徒だからとか?」 「今更だろ。そんな常識ある奴は初めから相手にしねえよ」  それは右白の意見に賛成だ。オレが生徒だってことは、先生には何の障害でもないように見えた。男だってことも。 「おい汐見。それ──本当か?」 「あ、ちょっと霧谷センセー!DKトーク、勝手に聞かないでよー」  背後から声を潜める先生に左十が抗議する。 「お前らがこんなとこで、そんな話始めるからだろうが。危なっかしくて目を離せるかよ。それでホントに、まだヤッてねえの」 「そう、だけど。だから何」  間宮先生と変に仲が良い霧谷先生は気に入らない。オレには入れない二人だけの空気を持ってる気がする。表情だけはやけに真面目で野次馬ってわけでもなさそうな所も不満だ。 「おまえ分かりやすいな。お前らを心配してるだけ。表立ってフォローもしたくないけどな。まあ……あいつのやる事はあんまり悪い方に捉えんな」 「なにそれどういう──」  授業終了のチャイムに言葉は遮られる。 「よーし。じゃあ一学期の授業は終わりだ、課題忘れんなー」  手を叩きながら霧谷先生が声を張り上げ、それで話は打ち切られた。 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇ 「おー間宮ぁ。お前そろそろ飲みに行きてえんじゃねえの」  教師の数もまばらになる時刻の職員室。霧谷が白衣をひらめかせて間宮に絡む。周りの目が少ないせいか、はなから敬語も使わない。 「別に行きたくありません。先輩とは特に」 「ふうん。まあオレは良いけど。じゃあ(ツラ)貸せ」  間宮にとってはそれも嫌だが、どうせ話を聞くまで諦めない。しぶしぶと頷いて職員室を出る霧谷に続く。  美術科準備室に間宮を先に入れると、霧谷は電気を点けて扉を閉める。 「あんまな、不安がらせて放置は良くねえぞ。そーゆープレイじゃねえんなら」  前置きなく切り出された不躾な内容にも間宮は眉一つ動かさない。 「何を聞いたんですか」 「据え膳平らげねえなんて、随分お前らしくもねえな」 「いつの話をしてるんですか。そんなのは、もうずっと」  ヒラヒラと片手を上げた霧谷がそれを遮る。 「お前のシモ事情なんか知らねえよ。けど本質は変わんねえだろ………オレはなあ、お前が一人の人間に執着すんの初めて見て、驚いてんだよ」 「そうでしたっけ」 「とぼけんな。有り得ねえくらい自分が無くて、全部を他人(ヒト)に委ねて来といて」  恋愛に()いてだけでなく人生までもが人の成すが(まま)(かたく)なに主導権を握らない生き方──霧谷にはそう見える。 「今回だって、汐見の奴が見かけによらず強引で、お前の悪い癖が出たのかと思ってたわ。──最初はな」  扉にもたれた霧谷が視線を床に落とす。実際にまだ全ては信じられない。間宮が他人に対して自発的な行動を起こすことに。 「……僕が一人の人に拘るのはそんなにおかしいですか?」  覇気のない間宮の声が訊ねた。 「そりゃおかしいよ、びっっっくりだっつうの。だから──危ねえんだよお前」  何がと訊かれても答えられなかったが、間宮は沈黙している。 「そんで今どうなってんの?勝手が分かんなくてビビってんのか?」  どうでしょうねと言い掛けて、間宮は口の端に上った笑みを敢えて消す。 「──そうかもしれませんね」  沈黙した後、思惑の計れない笑顔を作り直した。 「かっわいくねえな。どうせ腹割って話せる友人も居ないお前を不憫に思って、聞いてやろうってのに。少しは頼れよ」 「どうもありがとうございます。ご遠慮させていただきます」  慇懃無礼(いんぎんぶれい)に棒読みな返答に霧谷は苦笑する。 「あっそ。だったらいいんですケド。んじゃこの話は終いだ、戻るぞ」  霧谷は扉を開けようとして、思い立ったように振り返る。後に続こうとしていた間宮が立ち止まる。 「……お前が引っ張り込んだんなら放り出すなよ」 「するわけないでしょう。そんなこと」  つかの間にらみ合うように視線を合わせる。  見下ろす間宮が、自分の顎に手を当て首を少し斜めにした。おもむろに腕を伸ばし、ぽんぽんと霧谷の頭を叩く。 「はあ?何やってんだお前は」 「だって先輩小さいから」 「だぁから、そういうとこだって言ってんだろ!汐見ほどは小さくねえよ!」 「汐見君と先輩を並べないで下さい。不愉快です」  霧谷が間宮の胸に肘鉄をくらわす。 「かゆいです先輩」  薄く笑う間宮の顔を一瞥(いちべつ)すると乱暴にドアを開け、霧谷は準備室を出た。

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