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第18話

 夏休みはとっくに始まり、今日は臨海学校当日だ。  貸し切りのバスに揺られて数時間。切り立った崖を抜けた先に拓けた海。そこは──秘境みたいなプライベートビーチ。  立ち並ぶ戸建ての南国風コテージ。オレンジ基調のレンガ屋根。開放感に溢れた吹き抜けの室内。木材が多く使われ安らぎの香りが漂っている。さらには海に繋がるバルコニー。  学校の合宿ってイメージからは程遠い。到着時、生徒達はモアイ像みたいな顔になった。オレもなった。  そして出迎えるのは、青い海。白い砂浜。焼け付く太陽。揺れるヤシの木。左手にバケツ。右手にクマデ。ハーツパンツにビーチサンダル──。  しつこいほどのワクワク要素が盛りだくさんでも、オレの気分には重りが付いてる。  パーカーを頭から被って膝を抱えて座り込み、潮干狩り用のクマデで、力なくショリショリと砂を引っ掻く。  夏休み中でも部活はあって、先生とはしょっちゅう二人で会った。  生物室に行くたびに相変わらず穏やかな笑顔で迎えてくれて「はい、どうぞ」と言いながら、ポッキーやバナナやフランクフルトを口に入れられる。めっちゃ口に入れてくる。すごいニコニコしながら。威圧感ハンパない。絶対に断れない。  けど──未遂で終わったあの日から先生はオレに触らない。あんなに接触過多だったのに。触らないと死んじゃう病気かと思ったのに。 (ヤりたがってるのオレだけなの。つーか、オレがヤることしか考えてなさすぎなの……)  これじゃ、仲は良いけどただの先生と生徒だ。会った頃より後退してる。関係が進むのをためらい出したのには、何か理由があるんだろうけど、何も言ってくれない。 (言ってくんなきゃ分かんねーのに──先生のバーカバーカ)  こんなきれいな海に来てるのに一緒にも居られない。遠くで生徒に囲まれている。貝の生態でもなんでも教えてればいい。  今日、間宮先生は接点のなかった一年生達からの注目を一気に浴びた。  素肌の上に羽織った薄水色のダンガリーシャツに腿が半分露出している白のショートパンツとかいうハリウッドスター来ちゃったの?みたいな格好のせいで。  至って無難なジーンズに白Tの霧谷先生との「バカかお前!」「暑いんですもん」というやり取りを聞いて、霧谷先生への好感度がすごい……。 (………アサリ掘ろ………)  ショリショリショリと手を動かす。アサリなんか出ない。泣きそうになってきた。 「──汐見」 「あ、右白」  右白が来て隣にしゃがみ込んだ。ヤンキー座りが板についてて、間違ってもひっくり返らなそうだ。 「何やってんだよ一人で」  脇を肘で突つかれる。 「潮干狩り。左十は?」 「あっちでバーベキューやってる」  指さされた方を見ると大きな木があり、その下で煙が上がっている。グリルを囲んで20人位の上半身裸の男子が奇声を上げて回っている。多分嬉しいんだと思う。その中に左十も居た。 (カレーじゃねえのこういう時。なんかもうフリーダムだなうちの学校) 「おまえ、泣いてた?」  バカ丸出しの光景を眺めているとフードを引っ張られた。 「なわけないだろ」  鋭い右白にドキッとする。変なものを見たから涙も引っ込んでいる。危なかった。 「──ずっと思ってたんだけどさ………間宮と付き合うの、やめろよ」 「何だよ急に」 「お前あいつと付き合っても辛そうな顔ばっかりしてるじゃん」  真剣な表情で言う。右白は間宮先生が嫌いだ。でもそれはオレを心配してるからなのか。ヘコんでる所ばかり見せるから、こんなことを言わせてしまうんだろう。 「右白って好きなやついる?聞いたことなかったけど」 「……いるよ。ずっと片思いの奴」 「なら……分かると思うけどさ。辛いんじゃねーよ。分かんねえから悩むだけ。片想いとそんなに変わんねー。でも簡単に諦めたいなんて思わないだろ」 「それじゃ納得できねえよ」 「できなくてもしろ」 「できねえよ。好きなやつが悩んでて平気でいられるかよ。オレだったらそんな顔させねえって思うだろ」 「男らしいなお前」 「おい、スルーすんな。大事なこと言ったぞ今オレ」 「え?」  右白がオレの頭に手を乗せる。つられて右白に顔を向ける。 「お前が好きなんだよ」 「え?」 「汐見が好きだ」 「え?」 「好き」 「え?」 「好きだよ」 「え?」 「だから好きだって!……何回言わせんだよ。しつけえ!」 「ぶっはははは。のってくるお前もやべーわ。何回言ってんだよ──」  乗せられた手に力が入り、ぐいっと右白に引き寄せられる。 「そういうとこすっげー好き!」 「──っ」  やべえ。気を抜いた。冗談にして流そうとした空気が一瞬にして右白優勢になってしまう。 「オレにしろよ」 「有り得ませんね」  ──オレと右白が顔を見合わせた。フルフルと首を横に振る。言ったのはオレじゃない。 「僕の目の前で汐見君を口説くなんて標本にされたいですか右白君」  振り返ると腕を組んで先生が立っていた。潮風を受けた長い前髪が揺れて、冷ややかな瞳がオレ達を見下す。どう見ても怒ってる。オレに?右白に? 「つくづく先生らしくねーよなあんた。言わねえだろ生徒にフツー」  右白が立ち上がり先生と向かい合った。ピリピリとした嫌な雰囲気に包まれる。 「それはどうも」 「褒めてねえから。先生、汐見は諦めてよ」 「ちょ、右白!」 「できません。僕には汐見君が必要です」  言い切る先生にオレが驚く。 (そんな風に思ってたの?それオレに向かって言って欲しかったよ!) 「オレにも必要だって言ったらどうすんだよ」 「譲れません。一番──大事な人なんです」  やばい。嬉しい。今すぐ二人きりになってソコのところを詳しく問い(ただ)したい。 「あんたこいつ泣かすじゃねえか。信用なんかできねえんだよ」 「右白君からの信用は必要ないです」  激昂する右白に先生は淡々と答えている。ちょっと先生がぶっちゃけ過ぎていて、そろそろ止めないと右白が暴走しそうだ。 「大変なことになってんねー」  肉を焼いていたはずの左十が横に立っていた。周りを見ると何事かと野次馬が集まりだしている。 「左十、これ……ヤバくね?」 「やばいね」  まだ数人だが、この調子だとすぐにみんなに知れ渡る。霧谷先生も気付いたようで走ってくるのが見えた。  あーもーという左十の声が聞こえて目を戻すと、右白が先生に掴みかかろうとしている。オレが身構えるより先に左十が走り寄った。 「いーかげんにしろよ!お前ダダこねてるだけだぞ!」  右白を羽交い締めにして左十が怒鳴る。 「んだよ、離せよっ、左十には関係、ねえだろ!」 「あーるーよ!オレはお前が好きなんだから。関係あるよね?ほら来いよ」  暴れる右白がポカンとする。そのまま左十に腕を取られてどこかに連れて行かれる。 (え?なに左十。え?そうなの?──おいしすぎない?)  こんなのオレだってポカンとする。 「間宮お前いい加減にしろよ」  もう一人いい加減にしないといけない人が怒られていた。その場でガミガミ言おうとした霧谷先生が周りを見て、間宮先生を連れて行こうとする。 「待ってよ、先生は別に良いだろ!」 「ああ?ダメだ。こいつは大人のお説教が必要なの。汐見は貝掘って遊んでろ」  霧谷先生がオレを見て意地の悪い顔で笑った。その言い方にムッとする。間宮先生と喋らせてもくれない。上がった好感度はダダ下がりだ。 (この騒動の一番の被害者オレじゃねえのかよ!)  アフターケアもしてくれず誰も彼もが自分のことばかりだ。  二人は先生用のコテージに向かって行く。オレはこっそり後をつけた。

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