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第24話
夕食前に先生と一旦別れてコテージに戻ると、左十と右白は二人とも部屋にいた。
右白が長袖のジャージを着込みファスナーを顎まで上げて、部屋の隅で三角座りをしている。あからさまに様子がおかしい。
「シオお帰りー」
対象的にのびのびとベッドに転がっている左十に声を掛けられる。
「右白の奴、なにアレ」
「うふふふー気になるぅ?……つーか、しおたん人のこと気にしてらんないでしょー。間宮先生、激しいねー」
エロ目でくねくねと近寄ってくる。
「なっ、なにがだよ!」
(激しいってなんだ。覗いてたのか?見られたらヤバすぎるだろ内容的に!なんかあれオレの知ってる普通じゃなかったし!)
「えー、気付いてないの?鏡見てみー?」
バスルームで愕然とする。首の周りがキスマークだらけだった。電撃が走り右白の元に駆け寄った。ネコダマシで隙きを突き、ファスナーを一気に下ろす。
「わー、しおたんのえっちー」
左十がはしゃいで、右白が青ざめた。右白の首元は思った通りオレと同じだ。
「あはは。童貞開発ちょー楽しいね。右白のことはオレがみっちり調教しとくから、安心してよー」
──鬼がここにも居た。
右白はさっきから一言も喋らない。魂がどっか行ってる。気持は分かる。オレも旅に出たいが、とりあえずジャージを着込むことにする。
「夜って立食パーティー……だっけ?どこで食べんの?」
「コテージの外れにあるビルのレストラン、だってー」
左十が答える。そろそろ時間だった。
「──オレ行かね──」
部屋の隅から小さい声が聞こえてきた。
「まだスネてんのー?ご飯は食べなきゃダメでしょ。ほら行くよ」
左十が腕を掴んで立たせようとする。何も言わずに右白は振り払う。
「……オレの言う事きけねーの?」
自分もしゃがみ込んだ左十が右白と目線を合わせて、言ったのは、それだけだった。
それを聞いた右白は──怯えたような目で左十を見た。そして耳まで赤くなり、くっそ……と呟いて立ち上がる。
──見てるこっちまでゾクッとした。
うっすらと笑みさえ浮かべた左十は──完全に雄の貌 をしていた。捕食対象のように右白を見て、抵抗しようものならオレが居ようと構わずに服を剥ぎ取りそうだった。
オレが昼間に先生といる間、何かあったのは間違いない。あんな短時間で左十に掌握された右白の行く末が心配になる……。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「なんでそんな暑っ苦しい格好してるんだ」
背後から声が掛かる。霧谷先生だ。
夕食が済んでレストランからの帰り道。左十は右白とどこかに消えて、オレは一人だった。
「間宮先生に言えよ」
「あー。お前ら大団円だろ?オレのお陰だ。感謝しろほれ」
霧谷先生はニヤニヤと笑い、煙草を出して咥えた。
(あんたのせいで、いらん波風立ったっつーの)
「──ま、オレも色々気を揉んでんだよ。お前は生徒 だし、正直あいつはお前より子供 だ……放っとけねえんだよな。──孤独の影みてえなの背負い込みやがって」
「あ、ああ……」
煙の先を見つめる瞳が口調よりはずっと柔らかく見える。もしかしたらこの人は間宮先生本人を含めた周りから見えるより、ずっと親身に先生の事を考えているじゃないか。親友、兄弟、そういった者を慈しんで想うように。
「霧谷先生が間宮先生の事かまう気持ちは……分かる、気がする。なんつーか色々とさ……」
……手を差し伸べたくなるよな。後半は口ごもる。
「お?理解できるようになったか?」
小学生の坊主にするように手を乗せて頭をグシャグシャにかき回された。
「病み付きになんだろー?あの不憫っぷり。イジり倒したくなんだろうがよ。ひん剥いて泣かしてえよなー」
がははは、と笑う霧谷先生に感じたのは……殺意だ。
「あんた性格悪りいな!!!オレはそんなんじゃねーよ。一緒にすんな」
前言撤回だ。この人には好感度を上げるだけ無駄だった。
「んなコト言ってお前だって、あいつの可哀想なところ堪んねえんだろ?」
「もう間宮先生に絡むな変態。つーか、オレのなんだから、ちょっかい出すなよマジで」
「一人前に独占欲かよ」
首を絞めるように乱暴に肩を組んでくる。この人もバカ力で振りほどけない。
「当たり前だろ。あんたホントに先生のこと好きなんじゃねーの!?」
こんなのは屈折した愛情にしか見えない。
「ああ?なんのハナシだぁ?──うわ、こっちもすげえな独占欲」
「ざけんな、やめろよ!」
ジャージのファスナーを下げられた。バカにした口調で首元を覗き込むと、間宮先生とは全然違う無遠慮な指先を押し付けられる。ザラッとした感触に鳥肌が立つ。
「──っ、めろって──」
「……なんだお前。ちょっとの間にずいぶん色気出すようになったな」
顎を掴まれて強引に上を向かされる。物を扱うように乱雑で加減は一切ない。
「い……ってえよ──」
「は、いいじゃねえか──反抗的な目しやがって。ガキには興味ねえけど、お前はよがり泣かせてみたくなるな」
「な……に言っ…頭おかしいんじゃ、ねーの」
「ちょっと味見させろ」
襟元を掴まれたかと思うと首筋をベロリと舌で舐め上げられる。
「ひ──っや、っぁ……」
「いい加減にしなさい!!!」
地の底から響くような低い怒声がして、霧谷先生が引き剥がされた。間宮先生が首根っこを掴んでいる。
「ヒーローのお出ましがちょっと遅えんじゃねえの。オレじゃなきゃ、もっとアレやコレやヤられてるぜ?」
減らず口を叩く霧谷先生を無造作に投げ捨てる。
「ちょっと僕いま、先輩のくだらない茶番に付き合ってる暇はありません。あっちに行って貰えませんか」
身も凍るような冷ややかな声で言い放つ。
「なーんだよー。かわいい悪戯 だろー?んな怒んな─」
「先輩、聞こえないんですか?それとも簡単に言わないと分かりませんか」
(これは──ヤバイ。あの時と一緒だ。本気で怒ってる)
「サカリたいのは分かるけどなーお前ら誰のお陰で──」
「……ごちゃごちゃ煩いな。いいから行けって言ってんだよ!!」
荒ぶる神だ。あの怒りをオレに向けられたらと思うと────畏れだけから来るものではない、震えが起こる。
霧谷先生は肩を竦めて見せると──憎たらしく大爆笑しながら去っていった。
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