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第25話
先生が、はあーっと大きなため息をつく。
「ほんとに君は、少しでも目を離すとロクな事になりませんね」
(そんなこと言っても……あれはどうにも出来ないだろ……)
「なんて顔をしてるんですか──あんな風に触られて──」
言葉に冷気をまとっている。先生は首筋に触れ、指の背で跡を辿っていく。
「どうして他の男に、隙ばかり見せるんですか」
「あんなの……不可抗力だよ……」
「違います──君は男を煽る。それを自覚していない、せいでしょう」
先生の手が頬を挟んで顔を上げさせた。ひどく効果的に、髪の隙間から昏い瞳が見つめている。
「君は誰のものですか」
その言葉に身体がドクンと熱くなった。繋がった時の体温が生々しく蘇る。
「……先生の」
「本当に分かってるんですか?──ねえ汐見君、さっき見せたのが僕の全て──だとは思っていませんよね」
確かに今日知ったことが全てなら、恐れて隠すほどのもの──とは思えなかった。あれは、ほんの一部分……。新たに見せられる先生は──どこか、これまでと違う。
「──君の目が僕しか映せなくするには、どうすればいいんでしょうね」
危険におもえる思想を先生は語る。
「不確かで時間が必要な方法と、確実で迅速に済む方法、どちらが良いですか?──僕としては後者ですね。非人道的ですけど」
わざと漠然とした言い方で憤りの深さをチラつかせ、先生はオレを追い詰めようとする。
チリチリと、焦燥感に似た何かが沸き上がってきて、つい口にしてしまう。
「あのさ──先生……怖い、よ……?」
それがタブーだと知りながら。
前触れもなく唇を奪って、先生は口元を歪めた。
「──残念だけど、もうその言葉に抑止力はありません……君が怖がってもいい。僕は絶対に──何があっても──君を逃さない。そう決めたから」
そしてフイッと身体を離される。途端に暗闇にひとり取り残されたような頼りない気持ちになる。
「先生──」
「脱ぎなさい眞尋」
先生の声が大聖堂の鐘の音ように威厳を持って凛と響く。声色は正しくて内容が誤りのような、訳の分からない感覚に陥った。
「え?なに……え?あの、ここ、で──?」
「僕の言うことが聞けませんか」
ゾクリと、身体が震えた。暴力で脅されている訳でもないのに威圧される。
(あの、目だ──)
左十も同じ目をしていた。微笑んでいるだけなのに、相手に有無を言わせない。従属を促すような支配的な瞳。──心の奥底に沈めてある欲望がジクジクと疼きを訴える。
──ファスナーを全部下ろして上着を脱ぐ。
──汗の滲んだ手で、Tシャツも脱いで上半身ハダカになる。
──ズボンに手を掛け、唾を飲み込んだ──。
「あの人はこれからも大した理由もなく手を出しますよ。経験済みだから分かります。僕には力で勝てないですけど。でも君は──?そうしたら眞尋はどうするんですか──大人しく、したいようにさせるつもりですか──?」
「そんなわけ……ないでしょ……」
表情を崩さず腕を組んでオレを見つめる。
もっと強く否定も出来た──だが、そうはしなかった。
隠しているのは先生だけじゃない。オレだって──先生に抱いているドロドロとした劣情を、裏側に秘めている。それは先生の歪んだ渇きに呼ばれ、芽吹いていく──。
「……挑発するなんて悪い子ですね」
先生は上着を拾ってオレの肩に着せかけた。そのまま手を乗せ耳元でささやく。
「少しも優しく出来そうにない。君は昼間の負担も身体に残っている。それでも──抱きます。いいですか」
労り合う手触りの良い愛情だけでは……全然足りない。初めからオレの望みは先生に好きにされることだった。
「……オレを、抱いて──先生」
──先生にもっと、ひどい事をしてほしい。
お花畑でお花が揺れる。濃い紫が連なる花びら。その花々は──トリカブトだ。有毒性の歪んだ欲望。
清らかで慈愛に満ちた良心的な愛なんて誰よりも……オレが望んでない。
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