3 / 5
第2話 アルファとオメガ
俺達の住む国グリーンロードは、東西南北に区画が分かれている。北は王族や関係者が住み、南は商業区域。アルファが多く住む貴族街は東。ベータやオメガが多く住むのは、西である。
ちなみにギルドは中央にあり、区画ごとに窓口が分かれている。
トラの獣人であるアンバーは、普通なら貴族街に住むアルファだ。しかし次男である事と、アルファには珍しい身体能力特化であるため、家を飛び出したらしい。現在の住まいは西の中央より。
「家行く前に、飯食ってくか?」
「行く!」
少し脇道に逸れた俺達は、行き付けの飯屋に入った。
丁度夕飯時という事もあり、店内はけっこう賑わっている。
――俺達、座れるかな?
「おぅ、アンバー! ジンジャーもこっち来いよ!」
ラッキー!
「いつも悪いな、クロベェ」
「なぁに、良いって事よ。それより、また良い素材が手に入ったら、俺ん所に持って来いよ?」
猿族のクロベェは素材屋だ。ギルドの依頼で討伐した魔獣の素材を買い取り、武器や防具に加工しやすく整える仕事をしている。
ギルドのトップランカーであるアンバーは、主に討伐依頼を請け負い、クロベェの所に素材を売っているお得意さんだ。
俺とアンバーはクロベェと相席させてもらい、三人で乾杯する。――俺だけジュースだけど。チェッ。
「そろそろ魔獣の繁殖期だろ? 凶暴化した魔獣の討伐依頼も増えてんのか?」
「おぅ。今日も一匹討伐して来たぜ」
クロベェとアンバーの会話を聞きながら、俺は魚のほぐし身を口に運ぶ。
ちなみに今日の夕飯は、俺が鰆 の煮付け、アンバーは若鶏のロースト。ついでにタンポポの葉っぱのサラダが付いてきたんだけど、俺苦手なんだよなぁ。
「おい、ジンジャー。またサラダ残してんのか?」
「だって苦いんだもん」
唇を尖らす俺を見て、クロベェが声を上げて笑う。
「どれ、俺が食ってやるよ。まったく、いくらケンカが強くても、まだまだジンジャーは子供だな」
なんて事ないようにタンポポサラダを食うクロベェに、俺はますますふてくされる。それが余計に幼く見せるのは、この際置いておく。
サラダを全て平らげたクロベェが、唇をペロリと舐めた。
「そういや、ジンジャーっていくつだ?」
「こないだ十八になったよ」
「十八にもなって、好き嫌いしてっから【発情期】がこねぇんだよ」
「だって苦い物は苦いんだよ」
クロベェだけでなくアンバーにまで言われて、つい溜め息をつく。
俺に【発情期】がこないのは、抑制剤を飲んでるからだもん。
「そう言うお前も、もう三十一だろ、アンバー? アルファのくせにオメガに反応しねぇとか、インポじゃねぇの?」
「なんだとクロベェ!」
「ちょっと、ケンカするなよ」
でも確かに、なんでアンバーはアルファなのに、【発情期】を起こしたオメガに反応しないんだろう?
クロベェは真面目な顔で話を続ける。
「いや、マジな話。なんでオメガに興味ねぇんだ? 【魂の番 】でも見付けたか?」
「【魂の番】?」
なんだそれ?
首を傾げる俺に、クロベェがニヤニヤ笑いを浮かべながら教えてくれた。
「【魂の番】ってのは、この世界のどこかにたった一人だけいるって言われてる、魂が深く繋がった相手の事だ」
「どこにいるかも分からねぇのに、本当にいるのかねぇ……」
懐疑的な様子のアンバーを、クロベェがクックックッと短く笑う。ユラユラと揺れる尻尾が、本当に愉快そうだ。
「【魂の番】に会えるかどうか、それは誰にも分からねぇ。会わずに普通の恋愛をするのが、大半だしな? けど、一度会ったら最後、相手の事をどう思ってようと、もう魂が他に反応しねぇ」
「魂が――?」
「おぅよ。例え相手を憎んでいても、目の前に魅力的なオメガがいてもな。魂が番を求めちまうんだと」
魂が番を求める……
その言葉に、俺は胸がドキドキした。
もしもその話が本当なら、アンバーにはもう――
「だからな? インポじゃねぇなら、もう【魂の番】に会ったんじゃねぇか? 例えば、ジンジャーだったり」
「んな訳ねぇだろ!」
クロベェの軽口に、アンバーが強く否定する。
それが、俺にはショックだった。
「俺にはもったいねぇよ……」
最後に小さく呟いたアンバーの言葉も、落ち込んだ俺の耳には届かない。
ともだちにシェアしよう!