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第2話 アルファとオメガ

 俺達の住む国グリーンロードは、東西南北に区画が分かれている。北は王族や関係者が住み、南は商業区域。アルファが多く住む貴族街は東。ベータやオメガが多く住むのは、西である。  ちなみにギルドは中央にあり、区画ごとに窓口が分かれている。  トラの獣人であるアンバーは、普通なら貴族街に住むアルファだ。しかし次男である事と、アルファには珍しい身体能力特化であるため、家を飛び出したらしい。現在の住まいは西の中央より。 「家行く前に、飯食ってくか?」 「行く!」  少し脇道に逸れた俺達は、行き付けの飯屋に入った。  丁度夕飯時という事もあり、店内はけっこう賑わっている。  ――俺達、座れるかな? 「おぅ、アンバー! ジンジャーもこっち来いよ!」  ラッキー! 「いつも悪いな、クロベェ」 「なぁに、良いって事よ。それより、また良い素材が手に入ったら、俺ん所に持って来いよ?」  猿族のクロベェは素材屋だ。ギルドの依頼で討伐した魔獣の素材を買い取り、武器や防具に加工しやすく整える仕事をしている。  ギルドのトップランカーであるアンバーは、主に討伐依頼を請け負い、クロベェの所に素材を売っているお得意さんだ。  俺とアンバーはクロベェと相席させてもらい、三人で乾杯する。――俺だけジュースだけど。チェッ。 「そろそろ魔獣の繁殖期だろ? 凶暴化した魔獣の討伐依頼も増えてんのか?」 「おぅ。今日も一匹討伐して来たぜ」  クロベェとアンバーの会話を聞きながら、俺は魚のほぐし身を口に運ぶ。  ちなみに今日の夕飯は、俺が(サワラ)の煮付け、アンバーは若鶏のロースト。ついでにタンポポの葉っぱのサラダが付いてきたんだけど、俺苦手なんだよなぁ。 「おい、ジンジャー。またサラダ残してんのか?」 「だって苦いんだもん」  唇を尖らす俺を見て、クロベェが声を上げて笑う。 「どれ、俺が食ってやるよ。まったく、いくらケンカが強くても、まだまだジンジャーは子供だな」  なんて事ないようにタンポポサラダを食うクロベェに、俺はますますふてくされる。それが余計に幼く見せるのは、この際置いておく。  サラダを全て平らげたクロベェが、唇をペロリと舐めた。 「そういや、ジンジャーっていくつだ?」 「こないだ十八になったよ」 「十八にもなって、好き嫌いしてっから【発情期】がこねぇんだよ」 「だって苦い物は苦いんだよ」  クロベェだけでなくアンバーにまで言われて、つい溜め息をつく。  俺に【発情期】がこないのは、抑制剤を飲んでるからだもん。 「そう言うお前も、もう三十一だろ、アンバー? アルファのくせにオメガに反応しねぇとか、インポじゃねぇの?」 「なんだとクロベェ!」 「ちょっと、ケンカするなよ」  でも確かに、なんでアンバーはアルファなのに、【発情期】を起こしたオメガに反応しないんだろう?  クロベェは真面目な顔で話を続ける。 「いや、マジな話。なんでオメガに興味ねぇんだ? 【魂の(つがい)】でも見付けたか?」 「【魂の番】?」  なんだそれ?  首を傾げる俺に、クロベェがニヤニヤ笑いを浮かべながら教えてくれた。 「【魂の番】ってのは、この世界のどこかにたった一人だけいるって言われてる、魂が深く繋がった相手の事だ」 「どこにいるかも分からねぇのに、本当にいるのかねぇ……」  懐疑的な様子のアンバーを、クロベェがクックックッと短く笑う。ユラユラと揺れる尻尾が、本当に愉快そうだ。 「【魂の番】に会えるかどうか、それは誰にも分からねぇ。会わずに普通の恋愛をするのが、大半だしな? けど、一度会ったら最後、相手の事をどう思ってようと、もう魂が他に反応しねぇ」 「魂が――?」 「おぅよ。例え相手を憎んでいても、目の前に魅力的なオメガがいてもな。魂が番を求めちまうんだと」  魂が番を求める……  その言葉に、俺は胸がドキドキした。  もしもその話が本当なら、アンバーにはもう―― 「だからな? インポじゃねぇなら、もう【魂の番】に会ったんじゃねぇか? 例えば、ジンジャーだったり」 「んな訳ねぇだろ!」  クロベェの軽口に、アンバーが強く否定する。  それが、俺にはショックだった。 「俺にはもったいねぇよ……」  最後に小さく呟いたアンバーの言葉も、落ち込んだ俺の耳には届かない。

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