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第3話 波乱

「起きろ、アンバー! 朝だぞ!」  アンバーの家に来て四日目。  アンバーを起こした俺は、キッチンで卵を溶く。スクランブルエッグにするか、卵焼きにするか――目玉焼きは無し。半生の黄身も、固く火を通してボソボソの黄身も苦手。  コンソメスープは一番最初に作ったし、後はパンをトーストするだけ。よし、完璧。  けっこう良い主夫だろ?  養父のクロードに仕込まれたんだ。 『覚えておいて損はありません。それにあの男はガサツですから、まともに料理なんかできないでしょう。泊めてもらう代わりに、少しでも良い物を食べさせてあげなさい』  という訳で、朝昼晩と俺が毎日作っている。  たまに外食するのも良いけど、やっぱり料理する方が楽しい。 「よし。今日はスクランブルエッグにしよう」  メインが決まって、溶き卵をフライパンに入れた所で、玄関の呼び鈴が鳴った。 「ごめん、アンバー! 今手が放せない!」 「はいよ。俺が出るから、美味い朝飯頼むな」  軽く応えたアンバーが、のっそりと玄関に向かう。  朝が苦手なアンバーは、トラの獣人のハズだけど、背中を丸めて歩く姿は熊みたいだ。 「たく。こんな朝っぱらから、いったい誰だよ?」  ――絶対に客を出迎える大度じゃない。  客の方もそう思ったのか、盛大な溜め息が聞こえる。 「お前は相変わらずのようだな」 「………親父……」  え?  オヤジって――アンバーのお父さん!?    *   *   *  初めて見たアンバーの父親は、金色のトラ族だった。  いつも髪がボサボサのアンバーと違い、後ろへ流すようにキッチリと撫で付けられ、額に浮き出たトラ柄特有の重ね十字もくっきり見える。  一応猫族だけど、俺もトラ柄なので額に重ね十字がある。それが気に入らなかったのか、アンバーの父親は俺の額を見て、一瞬顔をしかめた。そしてギリギリ聞き取れるほど小さな声で「擬物(まがいもの)が――」と呟く。 「――っ!」  カチンときたものの、アンバーの父親だと思うと、怒るのも躊躇われる。こっそり拳を握って堪えていると、アンバーから「おい」と声をかけられた。 「お前は先に食ってろ。せっかくの朝飯が冷めちまう」 「……分かった」  俺が部屋を出ようとすると、後ろから舌打ちが聞える。 「召し使いの食事など、後でいいだろうが」 「あいつは召し使いじゃねぇよ」 「なんだと!?」  キッチンまで聞える怒鳴り声に、テーブルを叩くダンッという音。 「召し使いでもないのに、なぜあんな擬物を――!」 「あいつは『擬物』じゃねぇ!」  アンバーの()えるような怒声に家が振動する。  ――俺の胸も、喜びに震えた。 「俺のダチを悪く言うなら、とっとと帰りやがれ!」 「なっ! ま、ま、待っとくれ!」  声を荒げるアンバーに対し、親父さんが慌てる。 「じ、実はお前に会って欲しい人がいるんだ」 「はぁ? なんで俺が……」  やっと今日の訪問理由を言った親父さんだったけど…… 「美人だろう? それに家柄も申し分ない」 「用は『見合いしろ』って事じゃねぇか。冗談じゃねぇ! 俺は嫌だぜ」  盗み聞いた『見合い』の言葉に、尻尾が緊張してピンと伸びる。 「なぁ、頼むよ、アンバー」 「嫌だって言ってんだろ、とっとと帰りやがれ!」  何度も頼み込む親父さんを、アンバーはすげなく突っぱねた。最後は「帰れ!」の一点ばりである。 「私は独り身のお前を心配して――」 「何が心配だよ。どうせまた兄貴が株で大損して、俺をダシに金借りようとしてんだろ」  後で聞いた事だけど――  アンバーの家は爵位も持っている名家らしい。  ちなみに爵位っていうのは、貴族の中でも【王家に次ぐ権力】を持つ家に贈られる称号。上から公爵(こうしゃく)侯爵(こうしゃく)伯爵(はくしゃく)子爵(ししゃく)男爵(だんしゃく)の五つがある。  んで、アンバーの実家は子爵なんだって。しかも身体能力特化とは言え、アンバーは数少ないアルファだから、かなりの優良物件だ。  だから結果はどうなっても、アンバーとお見合いするだけで箔(?)が付くんだとか…… ――なんかムカつく。 「俺は絶対に、見合いなんかしねぇ。とっとと帰れ!!」 「なぜだ!? お前だって良い歳だろ。――あの擬物がいるからか!?」 「あいつは関係ねぇ!!」  また吼えるように怒鳴ったアンバーの声と、テーブルを叩き壊す音が家中に響いた。  ……もっと頑丈なテーブル、売ってるかな? 「これ以上、俺を怒らせるなら、親父でも容赦(ようしゃ)しねぇ! とっとと帰れ!!」 「……また来る」 「二度と来るな!!」  カツカツと神経質な靴音がキッチンの前を通り過ぎ、そのまま家を出ていく。  そっとリビングの方を覗くと、アンバーが真っ二つに割れたテーブルを片付けていた。カップも欠けちゃったかな。  ぞうきんを持って行くと、俺に気付いたアンバーが、バツの悪そうな顔をする。 「あぁ……その……悪かったな。親父が酷い事言って」 「大丈夫。気にしてない――事もないけど。アンバーが謝る事じゃないから」 「けどよぅ……」  アンバーの方が「納得が行かない」と言う顔をしていて、俺は努めて明るく笑った。 「良いから、良いから。あんなの、塩まいて忘れちまおうぜ」 「塩……?」  俺は零れたお茶をぞうきんで拭きながら、怪訝な顔をするアンバーに答える。 「クロードの故郷の風習なんだって。嫌な客(ああいうの)が来たら、玄関――あぁ、入口に塩をまくんだって。そうすると、悪縁が切れるんだったかな?」 「良いじゃねぇか! 入口が真っ白になるくらいまこうぜ」 「え~、それは流石にもったいなくねぇ?」  やっと笑ったアンバーに、俺も軽口で返す。  それだけで、充分に幸せだったのに――

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