4 / 5
第3話 波乱
「起きろ、アンバー! 朝だぞ!」
アンバーの家に来て四日目。
アンバーを起こした俺は、キッチンで卵を溶く。スクランブルエッグにするか、卵焼きにするか――目玉焼きは無し。半生の黄身も、固く火を通してボソボソの黄身も苦手。
コンソメスープは一番最初に作ったし、後はパンをトーストするだけ。よし、完璧。
けっこう良い主夫だろ?
養父のクロードに仕込まれたんだ。
『覚えておいて損はありません。それにあの男はガサツですから、まともに料理なんかできないでしょう。泊めてもらう代わりに、少しでも良い物を食べさせてあげなさい』
という訳で、朝昼晩と俺が毎日作っている。
たまに外食するのも良いけど、やっぱり料理する方が楽しい。
「よし。今日はスクランブルエッグにしよう」
メインが決まって、溶き卵をフライパンに入れた所で、玄関の呼び鈴が鳴った。
「ごめん、アンバー! 今手が放せない!」
「はいよ。俺が出るから、美味い朝飯頼むな」
軽く応えたアンバーが、のっそりと玄関に向かう。
朝が苦手なアンバーは、トラの獣人のハズだけど、背中を丸めて歩く姿は熊みたいだ。
「たく。こんな朝っぱらから、いったい誰だよ?」
――絶対に客を出迎える大度じゃない。
客の方もそう思ったのか、盛大な溜め息が聞こえる。
「お前は相変わらずのようだな」
「………親父……」
え?
オヤジって――アンバーのお父さん!?
* * *
初めて見たアンバーの父親は、金色のトラ族だった。
いつも髪がボサボサのアンバーと違い、後ろへ流すようにキッチリと撫で付けられ、額に浮き出たトラ柄特有の重ね十字もくっきり見える。
一応猫族だけど、俺もトラ柄なので額に重ね十字がある。それが気に入らなかったのか、アンバーの父親は俺の額を見て、一瞬顔をしかめた。そしてギリギリ聞き取れるほど小さな声で「擬物 が――」と呟く。
「――っ!」
カチンときたものの、アンバーの父親だと思うと、怒るのも躊躇われる。こっそり拳を握って堪えていると、アンバーから「おい」と声をかけられた。
「お前は先に食ってろ。せっかくの朝飯が冷めちまう」
「……分かった」
俺が部屋を出ようとすると、後ろから舌打ちが聞える。
「召し使いの食事など、後でいいだろうが」
「あいつは召し使いじゃねぇよ」
「なんだと!?」
キッチンまで聞える怒鳴り声に、テーブルを叩くダンッという音。
「召し使いでもないのに、なぜあんな擬物を――!」
「あいつは『擬物』じゃねぇ!」
アンバーの吼 えるような怒声に家が振動する。
――俺の胸も、喜びに震えた。
「俺のダチを悪く言うなら、とっとと帰りやがれ!」
「なっ! ま、ま、待っとくれ!」
声を荒げるアンバーに対し、親父さんが慌てる。
「じ、実はお前に会って欲しい人がいるんだ」
「はぁ? なんで俺が……」
やっと今日の訪問理由を言った親父さんだったけど……
「美人だろう? それに家柄も申し分ない」
「用は『見合いしろ』って事じゃねぇか。冗談じゃねぇ! 俺は嫌だぜ」
盗み聞いた『見合い』の言葉に、尻尾が緊張してピンと伸びる。
「なぁ、頼むよ、アンバー」
「嫌だって言ってんだろ、とっとと帰りやがれ!」
何度も頼み込む親父さんを、アンバーはすげなく突っぱねた。最後は「帰れ!」の一点ばりである。
「私は独り身のお前を心配して――」
「何が心配だよ。どうせまた兄貴が株で大損して、俺をダシに金借りようとしてんだろ」
後で聞いた事だけど――
アンバーの家は爵位も持っている名家らしい。
ちなみに爵位っていうのは、貴族の中でも【王家に次ぐ権力】を持つ家に贈られる称号。上から公爵 ・侯爵 ・伯爵 ・子爵 ・男爵 の五つがある。
んで、アンバーの実家は子爵なんだって。しかも身体能力特化とは言え、アンバーは数少ないアルファだから、かなりの優良物件だ。
だから結果はどうなっても、アンバーとお見合いするだけで箔(?)が付くんだとか……
――なんかムカつく。
「俺は絶対に、見合いなんかしねぇ。とっとと帰れ!!」
「なぜだ!? お前だって良い歳だろ。――あの擬物がいるからか!?」
「あいつは関係ねぇ!!」
また吼えるように怒鳴ったアンバーの声と、テーブルを叩き壊す音が家中に響いた。
……もっと頑丈なテーブル、売ってるかな?
「これ以上、俺を怒らせるなら、親父でも容赦 しねぇ! とっとと帰れ!!」
「……また来る」
「二度と来るな!!」
カツカツと神経質な靴音がキッチンの前を通り過ぎ、そのまま家を出ていく。
そっとリビングの方を覗くと、アンバーが真っ二つに割れたテーブルを片付けていた。カップも欠けちゃったかな。
ぞうきんを持って行くと、俺に気付いたアンバーが、バツの悪そうな顔をする。
「あぁ……その……悪かったな。親父が酷い事言って」
「大丈夫。気にしてない――事もないけど。アンバーが謝る事じゃないから」
「けどよぅ……」
アンバーの方が「納得が行かない」と言う顔をしていて、俺は努めて明るく笑った。
「良いから、良いから。あんなの、塩まいて忘れちまおうぜ」
「塩……?」
俺は零れたお茶をぞうきんで拭きながら、怪訝な顔をするアンバーに答える。
「クロードの故郷の風習なんだって。嫌な客 が来たら、玄関――あぁ、入口に塩をまくんだって。そうすると、悪縁が切れるんだったかな?」
「良いじゃねぇか! 入口が真っ白になるくらいまこうぜ」
「え~、それは流石にもったいなくねぇ?」
やっと笑ったアンバーに、俺も軽口で返す。
それだけで、充分に幸せだったのに――
ともだちにシェアしよう!