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第3話

「あ、あっ・・ひっ・・ああ・・っ!」 「まだ淹れてからそんなに動かしていませんよ?しかもこんなにゆっくり動かしているのに」 「だって・・」  財前直央は泣きそうな顔で恋人に応える。 「その前に散々、指で弄った・・じゃん。もう、けっこう感じすぎてた・・から」  直央の泣きそうな表情に照れが加わる。もちろん、痛みなどで泣きそうになっているわけではなく、十分にトロかされた直央のその中はちょっとの刺激でも悲鳴を上げていた。 「ヒドイ・・よ」 「心外ですね、そんな風に言われるなんて。直央さんの身体のことを思って、痛くないように濡らしてあげようと頑張っただけなのに。オレのソレは、直央さんには大きいですからね」 「じ、自慢か!・・や・・あっ・・・あっ!・・そこ・・擦られた・・ら」 「わかってますよ、ここがアナタの弱いとこだって。オレの優しさを受け入れてくれないアナタへのお仕置きです」 「お、お仕置きって・・」  ただのご褒美なんじゃないかと、直央は自分を抱いている日向哲人の顔を見ようとして、再びガツンとした快感に襲われる。 「あああ!・・いや・・あっあっ」 「今誘ったのは直央さんの方ですよ?あんまりアナタが中を動かすものだから、勢いでオレのが奥へと入っちゃったんですから」 「だ、だって・・気持ち・・よすぎて。あっ・・イイ!そんな奥までヤラレたら・・もう・・」  まだイキたくないのに、と思うが意識と身体は正直に絶頂へと自分を誘う。 「や・・まだ・・いや・・あっ、あっ・・ああっ・・ん・・ん・・いっ」 「ご、ごめん。オマエと一緒にイケなくて・・その」  自分の身体から抜かれた哲人のソレが、まだ雄々しい形を保っているのを見た直央は申し訳ないと頭をさげる。以前なら、出会った頃にはある理由で哲人を嫌い、キツイ言葉しか投げかけなかったのに、ふとしたことで彼にときめいてしまい好きになって自分から告白した。所謂「惚れた弱み」というヤツで、哲人には逆らえない・・と自分では思っている。 「・・別にかまいませんよ。また、アナタの中に淹れればいいだけなんですから」  何を世迷言を言っているのです?と哲人は薄く笑う。 「へっ?ま、また・・って」 「嫌なんですか?ウチの高校の新学期が始まったら、オレが忙しくなってなかなか会えなくなる・・って言ったら、そうなる前に抱いてほしいって言ったのはアナタじゃないですか?」 「!・・な、何を言って・・だ、だって春休みなのに学校行ってばっかなんだもん、哲人は。千里は佐伯としょっちゅう会ってるってのにさ」  同じ大学に入った親友が、恋人のことを楽しそうに話す様子を思い出しながら、直央は恨めし気に話す。 「・・でも、亘祐が部活をやめた理由も知ってるんでしょう?アナタも千里さんも」 「ん・・千里に聞いた。視力が急激に低下したんだって?」 「試合中の事故、ですけどね。・・けれど、千里さんのおかげで亘祐は救われた。そういう背景がなかったら、亘祐が男性と交際するなんてこと受け入れるつもりもなかったのですけどね」 「まだ・・千里のこと許せない?」  直央はおずおずと聞く。自分も、千里と亘祐を別れさせたがっていたくちだけど、と少し複雑そうな表情になりながら。 「オレじゃ無理だったんです。ずっと親友だったはずのオレにもこぼさなかった感情を、亘祐は千里さんにはぶつけて千里さんもそれを受け止めた・・優しくね。勝ち目なんてあるわけがない。それに・・」  そう言いながら、哲人は直央を抱きしめる。哲人の勃立したソレが自分のモノに当たり、思わず直央は声をあげる。 「ひゃあ・・あ・・ん」 「受け入れたからこそ、こうなるんですよ。・・これが今のオレの正直な気持ちです。けど、アナタ以外のオトコにこんな風になることは絶対にありません」 「ほ、ほんとに?や、そんな顔しないで!て、てか・・そんなとこ触られたら・・」 「オレと一緒にイってくれるんでしょ。・・さっきはオレもお遊びがすぎました。まだ足りないんです。アナタの身体をもっと・・」  自分はもっと淡白なほうだったはずだと、哲人は心の中で苦笑する 。武道をやめてからは久しいが、身体は日々できるかぎり鍛えている。  男同士の恋愛を毛嫌いしていたはずの自分が、なぜに直央にここまで情欲が湧くのか。別に顔が好みというわけではない。普通の男子高校生らしく女性に関心を・・それなりには持つが恋愛感情を持つことはなかった。 『だって、哲人が相手を受け入れようとしねえもん。顔が無表情っうか、どっちかいうと怖いしさ。イケメンではあるから、それでもいいっつう女はいるけど、オマエ自身が受け入れないんだもんな』 と言うのは、哲人率いる生徒会のもう一人の副会長の橘涼平だ。 『無駄に器用だからさ、オマエ。自分の思うように動かない相手にはすっげえイラつくんだろ。だから、オマエの周りにはオレたちみたいのが自然に集まんだよ。普通の人間には無理なんだよ、オマエと一緒にいるのは』    涼平の言うことを否定する気はなかった。だからといって、自分の側にいるのが涼平やもう一人の副会長である笠松鈴のように一癖もふた癖もある人物ばかりなのはいかがなものかと頭を抱えたことはしょっちゅうだ。 (亘祐は比較的マトモだと思っていたのに、まさかオトコと付き合うなんて。や、千里さんは常識的な人だとは思うけど)  自分の腕の中で羞恥と歓喜に震えている直央の親友には、今は感謝の念を抱いている。けれど、なぜ自分があれほど嫌っていたはずの直央をこうやって抱くことになったのか、その説明がはっきりいってできない。 『今夜一晩、この部屋にいさせてもらえませんか?』 (確かに、先にそう言ったのはオレだけど)  自分のせいで、直央が車に轢かれるところだった。いや、あれは事故ではない。はっきりと自分を狙っていた。哲人がそう思うのは 、そう考えるだけの理由があるから。 (この人にはそんなこと言えないけど、でもこの人はどうしたってオレの側にいる) 『好きだって思ったから・・哲人にときめいた・・から』 (オレなんかの何にときめくのか・・あんなに嫌ってたくせに)  けれど、哲人はその気持ちを受け入れた。あんなに嫌悪していた男同士のセックスも、今は自分から求めている。それは、直央が相手だから。 「も、もっと弄ってくれて・・いいから・・あん。あっ、あ・・好き・・哲人が好き・・」  胸の小さな膨らみの先端にあるモノを執拗に撫でられ、直央は悶えている。哲人への素直な想いを口にしながら。 「本当にスケベな身体と口ですね。ココも、アソコも大きく膨らんで・・なのにもっと触ってほしいとおねだりするなんて」 「いやあ・・だって・・感じ・・ちゃう。好きだから・・感じちゃう・・」 「好きなのはオレですか、それともセックスのほうですか」 「い・・イジワルぅ。感じさせてるのは哲人の方・・や、も・・アソコも触っ・・挿れて・・」  わざと上半身ばかり攻め立てる哲人に、直央は焦れたようにでも顔を赤らめながら要求する。 「素直なのはオレの前でだけですか?大学デビューなんてしてません?」 「す、するか!まだ入学しただけでなんも始まってないわ!つうか、哲人以上にイイオトコもいねえって!・・あ、その・・」 「・・オレの顔以外にオレのどこが好きなんです?オレはこのとおり・・少なくともセックスのときはアナタに優しくなんてしませんよ。経験なんてないんですから」  知識はあるけど、少なくとも女性とも性的な身体の接触はない。・・好きになった人がいなかったわけではないけど。 「でも・・いいもの。オマエがオレを理解してくれるから・・オレは満たされてる。そんで・・オレは幸せだから・・あっ、あん・・は、離さないで・・」 「こんなのでいいなら、どれだけでもアナタにしてあげますよ。オレも・・そろそろ限界ですし」 「へっ?・・はあ・・っ・・あ・・あん」 「挿れて・・ほしかったんでしょ。オレの好きなように動かしますから、せいぜい快感に身をゆだねていてください」  そう言うなリ、腰の動きを早める。片方の手で直央の昂ぶったソレをぎゅっと握って愛撫する。 「や・・あ・・そんな ・ ・奥まで挿れ・・」 「・・まだ、もっと奥があるのですけれど・・まあ、今はここまでにしておきますよ。オレも・・気持ちいいんで」 「えっ?・・い、イイ!や・・あっ、あっ・・すんごく・・イイ」  再びの絶頂がくる・・そう思った時に哲人の声が聞こえた。 「すいませ・・ん、本気でもうイキそう・・です」  直央の前と後ろに力が加えられる。 「いやあ!・・あ、イク!イク!・・ああ!」 「オレのヤリすぎが原因の一つとはいえ、どうしてオレが年上の大学生を寝付くまで世話しなきゃいけないんだ」  直央の部屋から7階の自分の部屋に戻り、パジャマに着替えるとパソコンデスクの前の椅子に座って哲人は深くため息をつく。 「自重しなきゃいけないな、少しは。 直央のためにも自分のためにも」  自分だけの時には、哲人は直央を呼び捨てにしている。年上のくせにワガママ甘えん坊で、けれど時として自分に敵意をむき出しにしていたあの頃のオマエダレ?と言いたくなるほどにワンコ系になる直央をどうしても「さん付け」で呼ぶ対象に今は本当はしたくない。というか、直央には呼び捨てにしてほしいと何度も懇願されている。が、 『直央・・さん』 『な、なんで呼び捨てじゃないわけ?いっこしか年齢違わないし、哲人の方が身体大きいし・・その方がしっくりくると』 『それでも、オレは永遠に年下ですしね。それに、直央さんにはもう少し大学生らしくしっかりしてもらわないと』  という会話を盾に、哲人は拒否してい る。 「なんていうか・・ケジメみたいなもんだとは思う。だってさ・・」 『好きになったから・・その・・付き合ってもらえたらなって思う。千里と佐伯みたく』  この直央の告白を受けて二人は付き合いだした・・けれど哲人はまだ明確な自分の気持ちを直央に伝えてはいない。 「わからないから・・急に好きになんてなれるわけがない。アノ時までは本当に・・嫌いな人だと思っていたんだから。直央だってそうだったはずなのに」 『・・オレはたぶんオマエが思っているようなオレじゃない。確かに守ってもらってばっかだけど、でもオレはオレの知らなかったアンタを見つけられた。それは・・その・・オレをときめかせた』 「だから好きになった・・って 、オレの何にときめいたって。嫌味しか言ってなかったはずなのに。そしてオレは・・何で直央を抱いて・・いるんだ?あんなに・・何度も」  自分はノーマルで、直央のようなゲイは嫌悪の対象だった。別に、肉食系でもなくかなり淡白な方だと思っていたのに。本当に何度考えても答えが導き出せない。 「けれど・・可愛いって思っちゃうから、素直にオレの行為に反応してくれる直央が。まあそれはゲイなせいもあるんだろうけど」  優しいセックスなんてしてないはずなのに、それでも直央は自分を求めてくれる。自分は幸せなのだと言ってくれる。 「オレの存在は、直央のためにはならないとも言ってあるのにな。車に轢かれそうになったのに、なんで自覚してくれないのか。オレも・・何で“それを理由に”離れないのか。・・離れられないのか」  身体だけじゃなく、直央自体への興味が自分にはある。それだけが、唯一はっきりしている思い。けれど、あれだけ自分を慕ってくれる年上の大学生と、果たしてこういう感情だけで恋人同士になっていていいのかと日々思い悩んでいた。 「とはいえ、とりあえずは目先の問題を片づけないとな」  再びため息をつきながら、床に散らばっていた書類を拾い上げる。 「涼平や鈴が仕事しないから、全部会長のオレがやることになる・・とか直央に言ったら『オレが手伝うから!』とか言い出しかねないからな。それか、鈴に余計なことを言うか。あの二人、仲がいいみたいだから」  そう思うと、我知らずイラっとくる。生徒会副会長の鈴は見た目 とハスキーボイスで性別不明に見られがちだが、ボクっ子なだけで、性的対象は完全に男性だと公言している。女子生徒にもファンが多いのだけれど。加えて人懐っこい性格と要領の良さで、『直ちゃん』『鈴ちゃん』と呼び合う仲になっている。 「鈴は女の子だけど、ああいうヤツだからな。どう間違うかわからない・・よな。てか、世間的にみればソレが普通のカップルなわけで。少なくとも、性格的にもオレよりしっくりするんだよな」  考え始めるとますますイラついて、キーボードをたたく手も止まってしまう。 「だあーっ、くそっ!・・もう寝る!」 「はあ?ボクが直ちゃんのことどう思っているかって?うーん、哲人のことを好きって言ってくれる奇特な人?そこんとこを除けば、 めっちゃいい人だよね。ボクとも気楽に遊んでくれるし、顔も好みだな」 「!・・直央さんの顔が好みって・・は、初耳だぞ!」  思いがけない鈴の言葉に、哲人は大声で叫ぶ。 「うんもう、生徒会室で大きな声出さないでよ!・・こういうのを間近でしょっちゅう見てるから、直ちゃんみたいのに癒しを求めたくなんだよねえ。あ、心配しなくても哲人から彼氏とるなんてことをしないよ?だって、直ちゃんゲイだし」  だから、自分は恋愛対象外でしょ?と鈴は笑う。 「そ、そう・・だが、でも鈴は直央さんが好みなんだろ。嫌じゃないのか?その・・オレが彼の・・こ、恋人だって・・こと」  恋人という単語でなぜかどもってしまう。 「全然。二人はお似合いだと思うし、顔は好みだって言ったけど、ボクにとっても直ちゃんは恋愛の対象じゃないんだよね。それよか、二人を応援してた方が楽しいや。てか・・」 「な、なんだ!」 「・・いやあ、哲人が他人のことでそんなにうろたえるのって珍しいじゃん?亘祐のことだってどっちかっていうと、傍観者を決め込んでたのにさ」 「なっ!」 「直ちゃん、愛されてんだねえ。言ってあげたらすっごい喜ぶな、彼」  ニヤッと笑って、鈴はスマートフォンを手にする。 「ばっ・・だ、ダメだ!そんなことアイツに言ったら・・」 「わ、アイツだって。涼平、聞いた?なんかさ、完全に恋人のソレだよねえ」 「ああ、聞いた聞いた。ったく・・オレらは一人もんなのにさ、リア充アピールがひどいよなあ」 「はあ?!り、涼平だってこの春休みの間だけで何人の女子をフッたんだ!オレのところにまで噂が届いているんだぞ」 「だってさあ」 と、涼平はワザとらしく肩をすくめる。顔は二ヤつかせたまま。 「オレってば、ほら優しいオトコじゃん?普通のオンナがオレに付いてこれるわけねえしさ。だから“フラれて泣くより痛い思い”する前にオレを嫌いになるようにしてあげてんの」 「!・・まだオマエそんなこと・・」  哲人の表情が曇る。 「何で自分ばっかが犠牲になるようなことするんだ?や、気持ちはわからなくもないけど、でもそれじゃオマエも相手の子も救われないだろ」 「哲人はさ、オレなんかと違って“本物の”優しさ持ってんだよな」 「は?どういう意味・・」 「ああ、わかるわかる」  きょとんと涼平を見つめる哲人の肩をポンポンと叩きながら、鈴が会話に加わる。 「絶対的に優しいオトコ、なんだよねえ哲人は。ツンデレだけどさ。直ちゃんは哲人のそういうとこがわかって、好きになったんだと思うな。お互い、他人の気持ちには敏感で自分のことには不器用な二人だもん」 「意味がわからん・・というか、涼平だって普通にしてれば、オレなんかよりよほど器用に立ち回れるだろうが。わざわざ嫌われなくても・・」 「哲人こそ、彼氏に遠慮してんじゃねえだろうな」  涼平の顔から薄笑いが消え、声音も少し厳しいものに変わる。 「涼平・・」 「鈴が“無条件”で仲良くなれたオトコだぞ。それだけでも、悪いヤツじゃないってオレにはわかる。そして、オレとオマエを一緒にすんな。オレにはオマエと鈴がいればそれでいいけど、オマエにはお互い支え合う存在が必要だと思っていた。亘祐のような“普通の存在”も必要だったけどな」  だからといって、直央が亘祐の代わりというわけじゃないと念を押す。 「受け入れたんだろ?彼の気持ちも身体も。貫けよ、それを。何かあれば、オレらがオマエを助ける。あの時、全力で殴り合った時からのオレらの約束だ」 「殴り合ったというか、完全に死闘だったけどね、アレ」 と、呆れた声で鈴が口を挟む。 「そこまでやらなきゃオレらの気持ちがわかんねえていうか、っていうなら、何度でも殺る気でいくけどな」 「気持ちはわかるけど、殺したら直ちゃんが悲しむからボクは反対だよ。もう、ボクじゃ本気の涼平は止められないもの。・・っていうか、そろそろ入学式が始まる時間だよ」 「!・・この話はまた後で」  生徒会室を足早に出ていく哲人を見送りながら、鈴と涼平はどちらからともなくため息をはく。 「ふう・・なあ鈴、本当にその直央ってヤツ、オマエの知ってる男なのか?」 「九分九厘間違いはないはずなんだけどね。ただ、向こうもボクの事を完全に忘れてるっぽいし、哲人もまた然り。いくら小さかったときのこととはいえ、忘れるような出会いじゃなかったはずなんだ、あの時のあれは」  約8年前のあの日の出来事を、鈴は覚えている。 「千里さんと亘祐はお互いにほぼ途中退場だったから、エンカウント率も低かった。だから、8年ぶりに会ってもお互いを覚えてなかったのはわかる。それでも魅かれ合ったのは運命なんだろうけど」  けれど、自分と哲人と直央はがっつり出会っていた・・はず。その日までは全く知らないもの同士だったけど。 「ボクの記憶が間違うなんてことは無い。・・書き換えられでもしない限りはね。でも、それでも二人が出会ってお互いを好きになったのなら、やっぱりそれは嬉しい運命だと思うから」 「というわけで、校長先生の長ーい話をあくびをかみ殺して聞いてた新入生諸君。次はお待ちかねイケメン生徒会長の挨拶ですよぉ」 (な、なんつうアホな司会をやってんだ、保護者もいるんだぞ)  生徒会役員として入学式の司会という大役を仰せつかった・・はずの涼平は大勢の新入生とその保護者の視線にも臆することなく、いつもの軽い調子で哲人の登壇を促す。 (校長をこき下ろした後に、出ろと言われてもハードルが高いだろうが!)  そっと、校長の様子を横目で見る。苦笑はしていたが、怒っている感じではなかった。古い伝統を捨てて、生徒主体の学校改革を進めている新理事長が連れてきた校長は、どうやらこういう戯言も受け入れるほどに器が大きいようだ。  ほっと胸をなでおろして、ともかくもと壇上にあがりマイクの前に立つ。 「新入生のみなさん並びに保護者の皆様、本日は大変おめでとうございます。えーっと、自分は3年で生徒会長の日向哲人といいます。副会長の橘涼平があのように申したため、けっこうハードルが上がってしまい、正直帰りたくなってしまったのですけどね」  新入生の間からドッと笑い声があがる。対して大半の保護者は唖然とした表情だ。無理もない。都内有数の名門校にして進学校として古くから名を馳せていたこの学校の生徒会役員が二人もくだけた挨拶をして、教師も誰も咎めない。保護者の中にはOBもいるはずで、昔のこの学校を知るものにはこの入学式の様子は異常に感じるはずだ。 「生徒のみなさんも保護者の方も、それぞれの思いと期待を胸にこの学校に今日いらしたことは想像に難くないことではあります。中にはこの雰囲気にとまどっている方も多いと思います。少なくとも自分の入学式の時は全く違いました。けれど・・や、これから自分が言うことは詭弁だと思われる方もいらっしゃるとは思いますが、これからの3年間に必要なことですので述べさせていただきます」  全員の視線が哲人に注がれる。体育館内に緊張が走る。 「ご存知の方もいらっしゃるとは思いますが、わが校の理事長が昨年交代しました。新理事長もこの学校の卒業生であります。彼の教育理念は、とにかく楽しく生きていく・・というものです。とはいっても楽するのではなく、辛いことがもしあっても楽しさがそれを上回ることができるようにする。簡単に言ってしまえばそういうことです。わが校の難関大学への進学率は近隣の学校の比ではありません。かくいう自分も、手前みそではありますが全国模試は毎回5位以内には必ず入っています」  ここで、保護者の間から感嘆の声が上がる。 「進学に関してのカリキュラムは完璧に組まれています。が、それだけで終わる3年間に意味はあっても、楽しさは無い。それが理事長の考えであり、生徒会としても賛同しました」  室内にざわめきが起こる。 「勉強を楽しいと感じる人もいるでしょう。運動が苦手だから、勉強するしかない・・とかそういう考えもそれはアリです。けれど3年後卒業するときにそれまでを振り返って、自分の思い出の中に勉強という単語しかなかったら怖いと思いませんか?みなさんは、高校というものにある種の期待を持っていると思います。別に、自分の将来のための踏み台にしてもかまわないのです、この学校を。正しい行いで自分の夢を実現するために、夢と希望に溢れた学校にしたい。それが我々の理念です。けれど、すぐに将来の夢を持てとはいいません。将来何かを成し遂げるには、いろんな経験が必要だと。それを感じさせることができるように教員も我々も新入生をバックアップします。だから・・」  そこで哲人は大きく息を吸い吐く。 「安心して、この学校に貴方の3年間を委ねてもらえませんか。後悔は・・させませんから」  瞬間、キャーッという声が何人かの女子生徒から上がる。 (へっ?なんかオレ、ヤバいこと言ったか?) 「ったく、天然なんだよなコイツ。その声と顔だけでも反則なのに、言うことが・・。何が『後悔はさせませんから』だよ。何をオマエに委ねっちゃってもいいわけ?」  涼平がニヤニヤしながら、声をかけてくる。 「バカ!へ、変なこと言うな。オレは真面目に・・」  身長188㎝という長身に均整のとれた体格、短めの髪に長めの睫毛を乗せている目。そんな彼が、顔を赤らめている様になおも悲鳴があがる。 「オマエ、誰をそんなに萌え死にさせたいんだよ。とにかく降りろ。真打が控えてんだから」 「あ、ああ。・・え、えーっと、では最後に理事長から挨拶があります」 「イケメンが続くけど、オレのことも忘れないでねえ」  キャーキャーという声が、壇上に現れた理事長の笑顔によって一瞬にして止まる。反して保護者席がざわめく。 「生徒会の二人がお騒がせしたようで、本当にすいませんねえ。僕が昨年から理事長に就任した高木琉翔たかぎりゅうとです。今日はおめでとうございます。どうですか、この学校の印象は」 「サイコーです!」 「理事長もイケメン!」  琉翔の問いかけに対して、そういう声があがる。琉翔は満足げに頷いて言葉を続ける。 「まあ、僕の言いたいことはだいたい生徒会長が言っちゃったしね。あんまり話が長引いても、退屈だろうから一言」  優しく爽やかなその声に耳を傾けていた生徒や保護者からさえ「えー」とい声があがる。 「後は先生方と生徒会役員に頼ってよ。大丈夫、頼りになる人たちばっかだから。とても楽しい学校生活が送れるはずですよ。だって、僕も彼らもそう願って努力するもの。君たち全員が笑って卒業できるようにね」 「そ、それが入学式?オレのときと全然違う・・」 「そりゃそうでしょ。いくら琉翔さんの方針とはいえ、砕けすぎです。保護者から反発があってもおかしくはないです」  入学式が終わった後、残務整理と一部生徒の対応に追われへとへとになりながらマンションに帰宅した哲人は、なぜか自分の部屋ではなく直央の部屋にいた。 「よっぽど疲れたんだね、オレの部屋にくるなんて。もしかして間違えた?」  そんなことあるわけがないと思いつつも、直央は聞いてみる。 「ああ、そう・・かも。だって、ほとんどここで過ごすことが多い・・ですから」 「へっ?あ、まあ・・そうかも。き、今日はオレが夕食作るから、自分の部屋で待っててよ。持っていくか・・」 「なんで、オレを追い出そうとするんです?てか、少し・・ほんとに疲れたんで・・横にならせ・・て」  そう言うなり、哲人は寝室に向かう。 「お、おい!てつ・・マジか!」  制服の上着だけを脱いで、哲人は直央のベッドに横たわっていた。 「まいったな、掛布団の上に寝られちゃ困るって・・。とりあえず、予備の布団かけとくか」  寝顔を覗き込みながら、ついその顔に手を這わせてしまう。 「こんな無防備な哲人って初めて見たかも。いつもオレの方が先に寝ちゃうから・・。入学式って、在校生がそこまで疲れるもんだっけ?」  直央の通っていた高校は、もちろん哲人の高校とは違うがそれなりの進学校ではあった。が、雰囲気は似ていたはずで、自分の高校入学時を思い出しても、よくわからない。 「鈴ちゃんに聞いてみようかな。LINEでいいか」  すぐに返事が返ってくる。 「へっ?・・新入生が生徒会室に押しかけて、もみくちゃにされ・・た?!」  どういうことだと、今度は直接電話をかける。 「もしもし、鈴ちゃん?LINE見たけど・・どういう意味なの?」 「あは、気にしなくていいよぉ。理事長さんが『生徒会役員に頼って』とか新入生に言っちゃったから、さっそくお客が来ちゃってね。でも、ボクと涼平で立派に哲人を守ったから」 「えっ?」 「哲人の貞操は守られたってこと。だってさあ、哲人ってばボクにも嫉妬するんだよ。ボクと直ちゃんが仲良すぎだって」 「はあ?!なんで、そんな話に・・。てか、哲人がそんな・・」  嘘だろ、と思いながらも顔がニヤケていくのがわかる。 「直ちゃんには言うなって釘を刺されてたんだけど、でも直ちゃん嬉しいでしょ?」 「うん!・・あ・・その」 「愛されてんだよ、直ちゃんは。だって、はっきり言ったもん」 『嫌じゃないのか?その・・オレが彼の・・こ、恋人だって・・こと』 「う、嘘だろ!哲人がそんなことを・・」 「ボクが直ちゃんのことを好きだって思ってたみたい。仲はよくても、お互いに恋愛対象じゃないって言ったんだけどねえ」  鈴の気持ちはともかく、ゲイである直央が女性である鈴をそういう意味で好きになることは無い。 「直ちゃんのこと好きだけど、直ちゃんと哲人は絶対にうまくいってほしいからさ。てか、恋人だって意識してんなら、いまさらうろたえる必要ないのにねえ。うまくいってんでしょ?」 「う、うん」 「だよねえ、哲人の疲れ具合凄いモン。いっぱい愛し合ってんだよねえ」  そう言いながら、鈴はカラカラと笑う。 「あ、愛し合ってるって・・。も、もしかして哲人がそんなこと言ってるの?」  顔を真っ赤にしながら直央は聞く。 「言わないけど、そういう交際してんでしょ?恋人なんだし」 「や、ま・・それは・・そうなんだけど。てか、鈴ちゃんてそういう話平気なの?」 「うん、平気だよ。あ、別に想像したりしないから安心してよ。ボクって純愛派だから」 「そっかあ、哲人はオレのこと恋人だって認識しててくれるんだ。嬉しいな・・」  気持ちはウキウキで、料理をする手にも自然と力がこもる。 「て、やっぱオレとのセックスで疲れてるんだよな。自重が必要だよね。でも・・愛されてるってわかったら、やっぱ愛されたいんだよね」  大学に入学したばかりで自分には時間がある。 「まあ、来週には新歓コンパに誘われてるけど・・哲人に断って行ったほうがいいよな。だって恋人だもん」  米を炊飯器にセットして、直央は哲人が寝ているベッドにいく。 「う、直・・央・・や」 「どんな夢を見てんだよ。て、夢の中ではオレのこと呼び捨てにしてんだよな、たぶん」  苦笑しながら、ついと手を伸ばしてその髪に触る。 「髪切ったら、ますますカッコよくなっちゃって。そりゃ、新入生も憧れちゃうだろうよ。最近の子は積極的だから。かといって、オレのことを公言できるわけないしな。・・心配だよぉ」 「そんな心配しなくて大丈夫ですよ。ったく・・アナタに余計なことを言ったのは鈴ですか?」 「お、起きたの?いつのまに・・」 「さっき・・ですよ。とにかく、オレはアナタ以外の人とどうこうなる気はありませんから。アナタで手一杯です」  そう言いながら体を起こそうとする。が、直央が哲人の髪を触っていたため、バランスを崩し、二人ともベッドの上に再び横たわる形になる。 「ご、ごめん・・あ・・ん」  直央を抱きかかえるような形になった哲人の顔が近づき、その唇に哲人のソレが合わさる。 「っ・・・う、うん」  直央の口内を哲人の舌がゆっくりと掻き回す。が、なかなか直央の舌には触れようとしない。まるでワザと避けているようだ。 (ほんと・・イジワルなんだから)  そう思ったとたん直央のズボンが下着ごと引き下ろされ、同時に舌が絡められる。 「!・・うっ・・うん・・あ」  強く唇を舌で舐められた後、ようやく口が離れる。 「なっ・・オマエ、疲れているんじゃ・・」 「疲れていますよ!」 「えっ?」  哲人の声の迫力に、直央はたじろぐ。 「アナタを不安にさせると、アナタは余計な情報を仕入れてしまう。その方がよっぽどオレは疲れるんですよ」 「ご、ごめん・・だって、うちに来た途端倒れるように寝ちゃうんだもん。だから、よっぽどのことがあったのかなって。でもどうせ哲人は教えてくれないだろうし、けど恋人の事何もわからないままでいること・・オレには耐えられなかったんだ。勝手でごめん」  恋人だからって、何でも言わなきゃいけないわけじゃないのはわかっているけど、と直央はうなだれる。 「そうですね、オレにだってアナタに・・アナタだからこそ知られたくないこともある」 「哲人・・」 「けど、アナタだからこそ知ってもらわなきゃいけないこともあるんです。この部屋に来た理由・・とか」 「えっ、それは疲れてうっかりって・・」 「そんなわけないでしょ、そこまでドジじゃないですよ、アナタじゃあるまいし。・・や、疲れてたのは事実だし早く横になりたかった。でも、アナタの顔も見たかったんです。見て・・安心したかった」  そう思った理由は話せないけど、けれど自分の気持ちはちゃんと伝えたかった。直央が望む言葉は言えないままだけど。 「オレの・・顔?」 「ええ。・・鈴から聞いたんでしょう、どうせ。鈴がアナタの顔が好みだって言ってたから、不安になったんです。オレしか知らないアナタの顔があるんだって・・思いたかった」 「えっ、鈴ちゃんがそんなこと言ったの?オレ、彼女からそんなこと言われたことないよ?ただ、オレと鈴ちゃんが仲良すぎて、哲人が嫉妬してる・・って。哲人?」 「あ、あのヤロー!オレをおちょくるのもいい加減にしろってんだ!いつもいつも・・あ」 「鈴ちゃん女の子だから、ヤローなんて言ったら失礼だよ。てか、やっぱ哲人はその方がいい。そういう哲人がオレは好きになったんだもの」 「や、これ・・は。その・・スイッチが入っちゃったらこうなるわけで」  自分の“本当”を見せるわけにはいかない。それは、直央が思っているものよりずっと重いものだから。 「そ・・っか、うん。・・無理にとは言わないよ。オレはちゃんと、オレ自身を哲人に見せる。だから、いつかは・・ね」 「直央・・さん」 「好きになったきっかけはそうだけど、今は普段の哲人もオレを抱いてくれる哲人も大好きだもん。だから・・この下半身だけ裸っての恥ずかしいんで、どうにか・・してくれる?」 「オレは・・こんなに勝手な男なのになぜ・・直央さんは大好きだと・・オレに」 (観念・・するべきなのかもしれない・・けど。や・・ダメだ) 「抱かせてくれるんですか、今日も。アナタのココにオレが口づけてもいいと?」  返事を待たずに、哲人は直央のソレに口をつけ、舌を這わす。 「くっ・・あ・・は」 「すいませんね、恥ずかしい思いをさせちゃって。お詫びに今日はもっと奥まで挿れてあげますよ」 「へっ?いつもより、もっと・・なの?!や、けっこう・・十分なんだけど・・やっ、指・・挿れ・・」 「もっと太いものを、もっと奥までねじ込んであげますよ」 (オレの・・密かな想いも・・一緒、に)    To Be Continued

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