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第5話

「いやあ・・イジワルしな・・あっ・・あ」 「イジワルじゃありませんよ。一晩、オレがアナタの側から離れるわけですからね。この指の動きも刻み付けておかないと。どうせ自分でヤルんでしょうから」 「そんな・・こ・・も、もう入り口の方はいい・・から」  そこは十分に感じたからと、財前直央は恋人の指を奥へと誘おうと腰をくねらせる。 「おや?指でいいんですか。もっと太いものを奥へと挿れなくても?」 「だっ、だからあ・・イジワルしないでって。やっ、前もちゃんと握って・・て」 「ほんと、ワガママなんですから、直央さんは」  小さくため息をついて、日向哲人は指を抜いて代わりに自分の勃立したモノを挿入する。 「あっ!あ・・ああ・・ん」 「もっと奥までいれますよ?」 「ひっ!・・す、すご・・やあ・・ん。いっぱい擦れて・・あん」 「気持ちいいですか?オレのだけで満足できます?」 「き、聞くな!あ、当たり前だろ・・も、もっと・・イイ!」 「ずっと・・俺だけを感じていてくださいね・・永遠に」 「イイ!好き・・哲人が好き・・」   (離れたくなんか・・ない) (なのに、なんで貴方は今・・俺の側にいない?) 「哲人・・おい、哲人!」 「・・・そんなに大きい声出さなくても聞こえてるよ」 「つうか、まだそんな顔してんのかよ、哲人。1年生がいんだから、いいかげん生徒会長らしくしてくれよ」 「彼らの前では、立派に生徒会長しているよ。けど、オマエらの前だけでも自由にしてたって いいだろうが」 「哲人ってば、ほんと涼平に対しては“ ほぼ素をみせるよね”」  生徒会長の哲人は、副会長の橘涼平の前ではその不機嫌な表情を隠す気がないようだと、同じ副会長の笠松鈴には思えた。 「甘えんぼっていうかさ。直ちゃんが見たら幻滅するよねえ、あはは」 「は?あ、甘え・・ってか、なんでここで直央・・さんの名前を・・」  突然、恋人の財前直央の名前を出され、哲人は慌てる。 「げ、幻滅される!?」 「だって、直ちゃんはカッコイイ哲人が好きになったわけだしたさ。それに、どうせなら自分に甘えてほしいと思うんじゃないかな。だって、直ちゃんの方が年上なわけだし」  つまり、哲人の恋人の直央は鈴にとっても年上なわけだが、お互いに名前を“ちゃん付け”で呼び合っている。 「元々攻め志望だったんでしょ?直ちゃんて。まあ体格差がありすぎて、流石に哲人とはソレは無理だけどさ」 「・・鈴も一応女の子なんだから、もちょっと恥じらいってもんを持ったほうがいいと思うぞ」  そう、涼平が顔を赤らめて言うのを聞いて、鈴はカラカラと笑う。 「あはは・・涼平って普段はチャラ男を装ってるくせに、けっこう純情なんだよね~。硬派キャラを突き通せばいいのに」 「っ!・・チャラさとエロは関係ねえだろ。本気でオマエのこと心配してんのに、なんつう言いぐさだよ」 「やだ、涼平ってばボクのこと好きなの?・・マジで、嫌」 「な!・・オレがオマエにフラれたみたいなオチつけんのヤメロ!」  涼平は顔をしかめる。 「なにより・・哲人が本気にするから」 「へ?」 「コイツの素は実は天然なことぐらい、オレより付き合いの長い鈴ならわかってるだろ。オマエの戯言でも、こいつは本気にして騒ぎかね・・ん・・哲人?」 「もしかして・・と思ってたんだ。てか、鈴の相手できんの涼平だけだと思ってたから・・」 「もしもーし、哲人ぉ。・・な?特に今は直央さん成分が不足していて、ちょっとのことで後輩たちに見せられない姿になりそうだから、あんま哲人を刺激すんな」  大きくため息をつく涼平を見て、鈴は複雑そうな表情になる。 「ん?」 「涼平って、ほんとに良いヤツだよね。基本的に優しいし、そんで兄き肌のとこあって後輩にも頼りにされてて・・」 「“あんとき”哲人と戦って・・死の淵までいってそれで気づいて今があるんだからオレは何も後悔してないぜ?むしろ“普通に”高校生させてもらってんだから、感謝はしてるんだけどな」  頭をかきかきそう言って、涼平は照れたようにはにかみながら微笑む。 「あっ、橘先輩が笑ってるぅ!やっぱ“どっちかが本命”だよねえ」  突然、近くから女子生徒の声がした。 「だ、誰!・・あ、1年・・・確か2組だったよね、キミたち」  声の主たちに、鈴は笑顔で声をかけ る。すると、彼女らの顔がぱあっと明るくなった。 「やだ!私たちのこと知っててくれたんですか、笠松先輩」 「知ってるも何も・・ボクは基本的に“可愛いコ”が好きだからさあ。キミたちのことはチェックしてたんだよね」  鈴が“この上もない笑顔”でそう彼女らに告げるのを見て、哲人と涼平は身体を震わす。 「アイツ・・オトコが好きだって言ってたけど、本当は“両方”だろ」 「や、たぶん・・おそらく・・きっと・・オレらから注意を逸らすために・・だと思いたい」  男二人が顔を見合わせながらため息をつく。 「ほら、涼平は“一応”硬派だし、哲人は恋人がいるからね。2号車って、書記の生野くんが添乗してたよね、確か」 「えっ!日向先輩って、恋人いるんですか、 やっぱり。・・でも、今の言い方だと相手は橘先輩じゃないんですよね?」 ((な、なんでオレとアイツがそうってことに・・)) と、哲人と亮介は同時に思う。 「涼平はガチの硬派だからねえ。けど、普段は優しい。なのにけっこう口うるさいの。あ、彼の名誉のために言っておくけど、“学校の”仲間想いだから、涼平は。ほら、兄き肌ってヤツ?でも、不器用だからキミらにはストレートに届かないかも」 (な、何が言いたい・・) 「その点、生野くんて懐深いんだよ。いつでもニコニコしてんの。なのに、さ」  そう言って、鈴は少し顔を逸らす。 「な、なんですか!生野先輩がどうしたって・・」 「・・彼ね、ほんとに他人に寄り添ってくれるんだよ。ボクや・・一般の生徒の悩みも親身になって聞いてくれるの。表情もね、変わるんだあ。だから、ちゃんと聞いてくれてるんだなって安心できるの。それに、割りにかっこいいでしょ」 「はい!・・声も素敵でした」  思い出したかのように、女子生徒らは頬を赤らめる。 「生徒会は哲人と涼平の二枚看板てわけじゃないからね。・・ボクもいるんだよ?」  えっ?という表情になった彼女たちに、鈴は顔を近づけ微笑む。165cmと女子のわりには身長がある鈴に上から覗き込まれ、彼女らは顔を赤くする。 「はい・・鈴先輩も素敵です」 (へっ?)  女子のその反応に哲人は驚くが、鈴は「そうでしょ」とにこやかに答えている。 「ボクはこれでも生徒会唯一の女子だからね。女の子特有の悩みには乗ってあげたいの・・だめ?」 「そ、そんなこと!ぜひお願いします!」 「鈴て・・ああいうキャラだっけ?」 「・・女って年齢と共にいろいろ変わっていくっていうから」  女子たちが去った後、残された男子二人は顔をつきあわせながら、ため息をつく。 「まあオレらは就任当時は“顔だけ生徒会”とか揶揄されてたからな」 と涼平が言うのを聞いて、哲人は驚愕の表情になる。 「ま、マジで!?」 「・・知らなかったのかよ。特に鈴なんかイロモノ扱いされてた。あのころは、まだ校内も昔の色が残ってたからな。まあでも、鈴や生野なんかは3年生以外には人気あったけどな」 「生野も?そりゃあ確かに、顔はイイ方だとは思うけど」  でもそんなに目立つヤツじゃないよなと思いながら、哲人は聞く。 「オマエ、ほんとに何も知らないんだな。学校改革の先頭に立ってんのに。まあ、1年生もこれから知っていくと思うけど、生野ってバンドやってんのよ。この辺のライブハウスじゃかなり有名だぜ?」 「ば、バンド!・・そんな雰囲気ないけど、アイツ」  生野の顔を思い浮かべながら、半信半疑の表情になる哲人の頭を、涼平がコツンと叩く。 「イタッ!」 「オマエ・・どういうのを想像してんだよ。ヴィジュアル系のバンドとかじゃねんだぞ。まあ、顔もウリの一つではあるだろうし、わりとハードロックなオリジナル曲も多いけどな」  けれど、メイクなんてもんはしないと涼平は笑う。 「へー・・なんかそれ聞いたら生野の印象変わったよ。ただの優しいヤツかと。オレ的には“ 生徒会の良心”的なポジで見てたから」 「そこんとこは合ってるけど、もちょっといろいろ仲間のことを知ろうぜ?オマエがトップなんだからよ。こんどライブハウスに連れてやるから」 「鈴のこと、普段は女子だと思うようにしてんだけど、時々わからなくなるんだよ」 と、哲人は頭を抱える。 「男の子っぽい顔立ちではあるだろ?声もああだし。でも笑うとどっちかっていうと美人な感じになるんだよな」 「そこらへんも含めて鈴、だからな。んで普通ならコンプレックスになるようなことを、アイツは武器にしている。でも、女の子なんだよ。もちょっと、鈴のこと大事にしてやれよ」 「・・もしかして、涼平って本当に鈴のこと好きなのか?」 「んなわけねえだろう!友達としては好きだけど、そういうのは絶対にない」 「本当か?」 と、尚も不審な表情で自分を見る哲人の様子に、涼平は小さくため息をつく。 (こいつ、本当にわかってないんだな、鈴の気持ちに)  本人から直接聞いたわけじゃない。が、普通の同級生という以外に裏の繋がりも持っている自分たちにはわかる思慕。 (それこそ、何年も鈴は哲人のことだけ見てて、哲人にしか心を開いてなかったって事実を、哲人自身はわかってないんだもんな。直央さんのことにしても・・) 「って、オレが問題にしたいのはソレじゃないんだ。なんで、こんな行事があるのかってことなんだよ。誰だよ、新入生のレクリエーションなんて企画したのは」 「オマエだよ、哲人。オマエが企画立案して、入学要綱にも記載したんだ」  何度目かのため息をつきながら、涼平は答える。 「高原のホテルを貸し切りにして、一泊しようってな」 「それを決めたのは理事長だ。・・二日も東京から離れるなんてこと、オレが望むわけないだろ」 「それは、彼のことがあるからだろ。これを決めたのは去年のことで、そんときは恋人なんて作る気がなかったんだろうよ」 「・・未来を視る能力がほしかった」 「一番キャラがわかんないのは、オマエだよ」  疲れた、と涼平は呟く。哲人の校内で持たれている印象は、涼平の知る限りでは知的でクール少々天然というものだ。それは普段の言動と外見からくるもので、あながち間違ってはいない。・・・対外的には。 「こんなとこ1年生たちに見られたヤバいから、早く顔を起こせよ。オマエがそんなんだと直央さんも不安になっちまうだろ」 「・・わかってるよ。でも今はオレが不安なんだ。あの人を一人にしておくのが」 「黒猫はつけてあるし、“そっち”方面は安心していいぜ?それに・・」 と涼平は言いよどむ。 「直央さんには気づかれないようにしろよ。て、まだ何かあるのか?」 「実は・・って、やっべ!もう、出発時間は過ぎてる。オレらも早くバスに乗らないと・・。他のバスの点呼結果と万が一のSA内の確認はオレがやっとくから」 「お、おい!直央さんに何が・・」 「ごめんな、買い物につきあってもらって」 「いいよ、ボクも欲しかった本を探してもらう手伝いしてもらっちゃったもの。てか、中学の頃はこんなのしょっちゅうだったじゃない」  そう言って笑う加納千里を見て、それでも直央は申し訳なさそうなその表情を崩さない。 「その本て亘祐くんのためのモノだろ?視力に関して、って」 「うん。読むのはボクだけどね。一応大丈夫なはずだけど、いつもっと視力が下がるとも限らないから、いざというとき亘祐の支えになれるようにね」 「‥凄いな、千里は。ちゃんと将来のことを考えているんだ?」  千里の恋人である佐伯亘祐はある武道をやっていたが、その試合中の事故で目に障害を負った。 「将来のことは正直わかんないけど、でもずっと一緒にいたいとは思ってるし、亘祐もそう言ってくれる。直央たちだってそうでしょ?」 「!・・そ、そりゃ・・まあ」 『もう、二度と手放しませんから。 だから言って・・ずっとオレの側にいるって』 『うん、一生側にいる。愛してる・・哲人のこと』 (そりゃ、哲人とはそう言いあったけど・・それを千里に言われると複雑というか)  幼馴染で密かな初恋の相手である千里から「今日泊まりに行っていい?」という電話を受けたときに最初に思ったのは(嬉しい!)という言葉だった。 (だって元々この部屋は千里と過ごすために借りたわけだし・・。小さいころは確かに何度も同じ布団で寝てたもんな)  けれど、今はお互いにそれぞれに恋人がいる身。偶然というか必然というか相手も親友同士。 「寂しいよね、彼氏が側にいないと」 「う、うん。学校の行事だし、仕切るのが生徒会ということで会長の哲人が行かないわけには・・ 」  だいぶゴネてたとけどと苦笑する。 「けっこう子供っぽいとこあんだよね、あんな顔してさ」 「哲人くんてクールなイケメンだもんね。いかにも生徒会長っぽいっていうか。亘祐も、メガネかけてるから知的に見えるけど、外すと案外可愛い顔なんだよ」  その顔を思い出したのか、千里の顔が幸せそうな笑顔になった。と直央は思う。 「ほんとに好きなんだな、彼氏のこと。・・千里が幸せそうでオレも嬉しいよ」  複雑ではあるけど、そう思う気持ちも嘘ではない。亘祐の視力低下のことなどいろいろ問題はあるだろうけど、この二人なら大丈夫だろうとも思う。 「でも、今日はこっちに来て大丈夫なの?亘祐くんは・・」 「亘祐は家族と旅行なんだよ。お姉さんが結婚するから、最後の家族旅行ってことでさ。本当はボクも誘われてたんだけど・・」  その言葉を聞いて、直央は飲んでいたコーヒーを吹き出す。 「な、な、なにぃぃぃぃいいい!」 「ちょっ!そこまで驚かなくても・・流石に遠慮したって。それに泊りはやっぱり二人だけの方が・・」  そこで直央はもう一度コーヒーを吹き出す。 「な、なんで千里がそんなことをぉぉぉぉ!つまり、アレだろ?せ、セックスしたくなるから・・ってことだろ。あ、あんなにおとなしくて可愛かった千里が・・毒されて汚れた大人になっちゃった・・」 「か、考えすぎだって!や、確かにソレも・・ある・・けどさ」 と千里は真っ赤な顔になる。 「こ、恋人だもん。そりゃあ・・そういうこともするって。直央と哲人さんだってそうだろ?」 「お、オレは・・」 ゲイだから当たり前・・とはまさか千里には言えない。 「だけど、千里の口からそういうのが出てくるって正直ショックだよ」 「ボクも、普通は他の人には言わないよ。同じ環境でボクのことをよくわかってくれてる直央だから言えるんだ」 「千里・・」 「ボクも男性を好きになるなんて思わなかった。中学のころまでは直央に守ってもらうばっかで、人を好きになることも好かれることもなかったボクが、亘祐みたいな素敵な人と知り合って頼りにされて・・そして恋されるなんて夢のようだよ」 (違う・・違うんだ) と、直央は唇を噛みしめる。千里に好意を寄せる人は何人もいた。女だけじゃなく、男からも。それを嫉妬から全部排除していたのは自分だ。千里には自分だけがいればいいと。直央がアメリカに行ってからも、それが影響して千里はまともな人間関係が築けなかった。そう、本人から聞いている。  もっとも、千里はその原因が直央だとは気づいておらず、ひたすら自分を責めていたのだが。 「ごめん。オレ・・千里とは違うんだ」 「えっ、違うって・・」  何が?という表情になる。 「千里が自分を卑下する必要なんてなかったんだよ。そんでオレは・・ただ守ってたわけじゃない。オレ自身の汚ない勝手な感情の上でだ」  今しか真実を伝えられない、と直央は思った。今言わなければ、この先千里と友人を続けていくことはできない。 「オレ・・ゲイなんだ。少なくとも中学生になった時から千里に恋してた。千里の恋人になった亘祐くんのことも、哲人のことだって最初は嫌ってたんだ」 「哲人くんのこと・・も?」  信じられないという表情で、千里が聞き返す。 「もちろん、今は哲人は大事な存在で大好きだし、亘祐くんにもマジで感謝してる。千里のことは・・今でも好きだよ。だから、今日こうやって二人で過ごせるのが凄く嬉しいって正直に言える」 「そう・・なんだ」 「で、でも!・・想いはほんと変わらないけど、でも千里と亘祐くんにはずっと二人で幸せでいてほしいと思ってるし!オレは・・哲人のこと本気で愛しているから・・だから」  直央は必死に叫ぶ。いつの間にか目には大粒の涙が溢れていた。 「ご、ごめん。気持ち・・悪いよね。オトコに密かに想われてて、そんで今更告白されても ・・」 「うん、正直困惑してる。でも、ボクのことただ守ってくれてたんじゃないってわかって安心もした」 「えっ?」  千里は笑顔で答える。 「ずっと心苦しく思ってたんだ。あの頃、直央はずっとボクの側にいてくれて世話焼いてくれて。自分の存在が直央の負担になってたんだろうなって。だって、直央がいないと何もできないボクだったもの」 「それは・・オレが千里が自分だけを頼ってくれるように仕向けたから」 「それでも、ボクも甘えてた。直央の存在に救われてた。・・自分が誰かを救うなんてこと絶対にできないと思ってた」 「・・・」 「でも、目のことで傷ついていた亘祐をボクは救えた。そして恋人にもなれた。そのきっかけを作ってくれたのは直央なのに、自分だけが幸せになるのが正直辛いと思ってた。直央にはいっぱいお世話になったのにさ」 「で、でも・・あれは偶然のことで。それに・・」 「偶然だとしても、直央もそれで哲人くんと知り合って今は幸せなんだろ。じゃあ運命なんだよ、それは」  そう言いながら、千里は自分の指で直央の涙を拭う。 「ふふ、こんなの本当は彼氏の役目なんだけどね。・・これでボクと直央は同等だね」 「へっ?」 「さっき直央が言ったじゃん、卑下する必要ないって。男の人を・・しかも年下を好きになったボクを直央はどう思っているんだろって考えてたんだよね。でも、今は直央も同じ立場で、ボクのことも好きだったって言ってくれて・・なんていうかすっきりした気分だよ」 「嫌じゃ・・ないの?オレがゲイなこととか、自分に片想いしてたとか・・」 「複雑ではあるけどね」 と、千里は笑う。 「でも、ボクが直央に好かれて嫌だと思うはずないじゃない。けれど、直央の・・その恋心は今は哲人くんにだけ向けられてんだよね?ボクのそういう想いも、一生亘祐だけのモノだもの」 「うん。想いが消えないのは本当にそうなんだけど・・でも哲人の方を一番愛してるって本気で言えるよ」  これが、初恋の終わりなのかと直央は思った。 (あんなに悩んだのにな。もっと早くに告白してたらって思わないでもないけど、でもオレじゃ亘祐くんみたいに千里に自信をあげられなかっただろうし。オレも、哲人が・・)  早く会いたくてたまらない。ちゃんと気持ちのケジメをつけられたことを言いたい 。 「ところで、亘祐くんの家族旅行に誘われたって言ってたけど、あっちは男同士のカップルだって知ってんの?」 「知ってるよ、ちゃんと紹介されたもの。亘祐のお姉さんがその・・いわゆる腐女子ってやつでね。亘祐も昔からそういう漫画とか読まされてたんだって。旦那さんになる人もちゃんと理解して受け入れてくれたっていうから、恵まれているとは思うよ」 「へ、へえ・・マジでそういうことあるんだ。よかったじゃん。で、千里のご両親は?」 「うちの場合は・・どうかな」  千里は曖昧な笑みを浮かべる。幼馴染として、直央も千里の家族の事はよく知っていた。 「千里のお父さん厳しい人だもんな。今は出版社の重役になったんだっけ?」 「うん。一貫してビジネス誌を担当した人だからねえ。流行は押えているだろうけど、こういうのは理解できないだろうなとは思う。お母さんは、まあ・・どうかなあ。あの人も出版社勤務なわけだから、そういうのも見てる可能性あるかもだけど」 「でも・・気持ちは貫くんだろ?」 「貫くよ。結婚は・・そりゃあ無理だろうけど、でも一緒にいたいもの」 「だよ・・な。オレんとこはどうなるのかなあ」  小さくため息をつく。 (そういえば、いろいろあって、お互いの家族のことゆっくり話したことないよな。なんで高校生なのに一人暮らしなのかなあ、哲人は) 「あっ、ボクから押しかけといてなんだけど・・」 と千里が頭をかく。 「んだよ」 「ボクが今日ここに来るの、哲人くんに言った?や、もちろん同じ布団で寝るつもりはないけどさ」 「まだ言ってないよ。どのタイミングで連絡したらいいかわかんないから、向こうから電話があればそんときに言おうと。あ、布団は客用のを今干してるとこだから。気を使わせてごめんね」  いつも自分が恋人と愛し合う布団にまさか他人を寝させるわけにはいかないので、母親に無理やり持たされた布団を引っ張り出してきたのだ。 「まさか本当に使うことになるとは思わなかったけどな。母さんがマジで怖いよ」 「まだ言ってないの?実は亘祐から橘くんに伝言されてるはずなんだよ。機会をみて哲人くんに伝えてほしいって」 まいったなあと、千里は困惑気な顔になる。 「ご、ごめん!気を使わせちゃってるよね、亘祐くんにも。そろそろホテルに着いた頃だろうからLINEいれてみる」   『アナタ は不満じゃないんですか、オレが一晩いなくなるんですよ』 『だって、生徒会が主催のレクリエーションなんだろ?みんな楽しみにしてんだろうし、生徒会長のオマエがいかなくてどうす・・』 『オレが不満なんです!』 『って、壁を殴るな!壁が壊れたらまずいだろ』 『オレの手の心配はしてくれないんですか!』 『自分で勝手にやったくせに・・』 「大変だったんだ。行きたくないとかごねてちゃって。それを企画したの自分だっつうの」 「さっきも言ってたけど・・。哲人くんてそんな子供っぽいとこあるの?」  信じられないという表情で、千里が聞いてくる。 「オレがバラしたって言うなよ?普段はクールぶってんだけど、割りにオレ以上にワガママになるときあんだ よな」 『アナタを疑うわけじゃないですけど、用もないのにこの部屋にむやみに他人をいれないでくださいよ。オレも鈴も涼平も側にいないんですから』 『んな相手いないっての。強いて言えば千里くらいかな。でも亘祐くんと過ごすだろうしね、せっかくの週末だから』 「一人は正直いってつまんないなとは思ってたんだ。だから亘祐くんには悪いけど、千里が泊まりにきてくれてよかったと思ってる」 「でも・・思ったより哲人くんて嫉妬深いね。やっぱまずいなあ・・昨日のうちに言っておけばよかったね。LINEの返事きた?」 「うーん、既読はついてるけど・・。忙しいんだとは思う。もう少ししたら直接電話してみるよ」 「はは、桜は散ったけど、この辺りの景色がいいのは変わらないな。・・まだ、ぶーたれてんのかよ」 「知ってたんだろ、涼平」  低く冷めたその声。哲人が発したソレに、涼平の背中に寒いものが走る。 (ヤバ!こんなとこでキレられたら・・) 「て、哲人・・落ち着けって!確かに亘祐から伝言預かってたのに、すぐに言わなかったオレも悪いんだけど、千里さんと直央さんだって今は常識的な付き合いを・・」 「オレと直央じゃ、常識的な交際は無理だって言うのか?つうか、なんでオレに直接言わねえんだよ、亘祐は。それから、涼平も何で早くオレに言わない?さんざん、オレが悩んでたのも知ってんだろうが!」  激高状態であるが、流石に大声は出さない。が、こういう状態の時の方が危険だと涼平は知っている。 「っとに・・ もうちょっと自分の立場をわきまえろよ、哲人」 「あ!?」 「素直になれとは言ったけど、感情をモロ出ししろとは言ってねえぜ。オマエを抑えるのはオレの役目だが、1年生から見ればオレはオマエの下で動く立場の副会長なんだよ。なんのために、オマエは生徒会長になったんだ?なんのために学校改革やってんだ?人のためでもあるし、自分のためでもあんだろ。それを自分で壊すようなことすんなよ」 「・・・」 「千里さんと亘祐だって、オマエらに負けず劣らずラブラブカップルだぜ。そんで、亘祐はパートナーとその親友のことまで考えてんだ。あいつの方が将来的には不安なはずなのにな。なんで、オマエは我慢できない?」 「・・わかってるよ、そんなことは」  哲人の声が少し戻る 。 「変なんだよ。直央さんのこととなるとどうしても感情が高ぶる。それが恋だということはわかってはいるが・・でも直央さんは特別すぎるんだ」  そう言いながら、哲人は目を伏せる。自分に、誰かを想う余裕があることに驚いているから。そんなことすら諦めていたのに、と。 「さっき、直央さんからLINEがあった。千里さんが部屋に泊まるって。でも布団は別だって。あの人の当初の望みが叶うってのに、何でオレに遠慮してんだか」  小学校からの幼馴染が部屋に泊まるのだから、普通なら同じベッドで寝てもかまわない。 「直央さんの部屋のベッドはシングルだけど、少し大きめで。・・オレと二人で寝ているくらいに」 「あ、あっ・・そ」  今それを言うんだ?と涼平は赤くなると同時に呆れる。 「オレは、直央さんにちゃんと自分の気持ちを言った。なのに、何でこんなに不安になるのかな」 「オマエ自身が言った通り、特別すぎる存在だからだろ」 「えっ?」 「オマエがキレるのは、本当に特別なときだけだろ。んで、そのオマエに惚れたのはオレと直央さんだけだもん」 「惚れ?・・涼平?」 「って、言葉のアヤを普通にとんな!・・簡単に言えばそういうオマエをオレは命がけで守る。それがオレの役目だし、オレが好きでしてること。でも別に恋じゃない!オマエに恋して愛されていいのは直央さんだけ。それがオマエのためだから」  少し酷な言い方かなと、涼平は哲人の様子をうかがう。数年前、二人とも集中治療室に一週間収容されたほどの(自分たち流でいえば )殴り合いをした上で、その配下におさまる決意をした涼平ではあるが、哲人には普通に友情も感じている。  自分と同じように普通の人生を送れないと思っている哲人が、思いがけず恋をしたことは驚きではあったが嬉しくもあった。彼ならあるいは、哲人の運命も受け入れられるのではないかと思ったから。 「亘祐だって・・アイツは裏のオマエを知らない・・けどオレら以上にオマエを心配して信頼している。だから、千里さんを直央さんと一緒にいさせてんだろ。愛してもいるし、心配でもあるから。事情もわかった上で」 「涼平って、何気に恋愛がわかってる風だよな」 「は?」 「鈴とつきあっちゃばいいのに」 と笑う哲人に、涼平は「あほか!」と叫びたい気持ちをぐっと抑える。 (だから、鈴の好きなのは・・) 「おい!向こうが何か騒がしいぞ・・喧嘩か。くそっ!」 「お、おい!」  突然走り出した哲人を追って、涼平も足を速める。 「何をしている?」  先ほどのキレた態度とはうってかわって、いつものクールな生徒会長の口調で3人の1年生に話しかける。 「こ、こいつが!彼女にいきなり怒りだして。オレがかばったら、オレにも嫌味を言い出して・・だから」  女子生徒に寄り添うように立っていた男子生徒が、怒りの形相でもう一人の男子生徒を指差す。 「本当か?ええと・・一宮奏くん・・だったよね?」 「ええそうですよ、日向先輩。ちょっとムカついたんで・・。あ、別にリア充カップルに嫉妬したとかじゃないっすよ。ただ・・ムカついたんです」  その言葉に女子生徒が顔をさっと横に向けた。 「・・・」 「ムカついたからって、女子にキレてんじゃねえよ!それも人の彼女を・・」 と、相手の男子は尚もつかみかからんばかりに迫ろうとするが、意外なことに彼女のほうがその行動を必死で止めようとした。 「も、もういいよ!生徒会の人たちまできちゃったし、これ以上揉めるのは嫌!」 「と、オマエの彼女はこう言っているが?」  涼平が二人の顔を見比べながら、男子の方に問う。 「け、けど・・」 「確かに、これ以上の揉め事は このレクリエーションの趣旨にはそぐわないし、女子のそういう姿を衆人に晒す気もない。キミさえよければ、この件は会長のオレに預からせてくれないか?一宮には相応の罰は与えるつもりだ。責任者としてね」  哲人はワザと一宮の方は見ずに、カップルの生徒の方にそう言った。小刻みに震えて涙目だった女子はすぐに顔を上下に振る。男子の方は尚も不満そうだったが、女子に腕を引かれ渋々頷く。 「じゃ、これで解散だ。責任者だと言いながら、俺らがきちんと目を配ってなかったことについては謝る。申し訳ない」  そう言いながら、涼平が頭を下げる。 「・・男らしいっすね、橘先輩は。オレなんかとは大違いだ」  一宮は薄く笑う。 「で?」 「何が、で?・・だ?」  できる だけ感情を出さないように、哲人は聞く。その様子に一宮は肩をすくめながら答える。 「オレに与える罰ってやつっすよ。割に目撃者も多いから、中途半端なことはしないんでしょ」 「もしかして、けっこうMなのかキミは」  面白くも無いという表情で哲人は答える。涼平は呆れながら 「別に公開処刑するわけじゃねえから安心しろよ。哲人も馬鹿正直に答えんじゃねえ」 「・・彼の目的は騒ぎを起こすことだからな。かまわんさ」  そうだろ?と、哲人はウィンクする。 「!・・どうしてそう思ったんすか、日向先輩」 「その前に、そのチャラっぽい話し方をやめろ。キミはそういうキャラじゃないだろ」  一宮を真っ直ぐに見据えながら、今度は真剣な顔で哲人は言った。 「無駄に 人を煽るのもやめたほうがいい」 「無駄・・ですかねえ」  挑戦的な視線を送る一宮に、涼平が声を荒げる。 「いい加減にしろよ!哲人に恥かかそうとか考えてるんだったら・・」 「そういうわけじゃないですよ。そんなことを思っているんだったら、さっきの彼女のことも止めてませんし」 「な・・にっ」 「あの子は、あんたらのことをいろいろ言ってたんですよ。ま、橘先輩と日向先輩がデキてるとかいうのはとっくにデフォですけど、日向先輩が主催者なのにやる気が見られない・・とかってのは流石にマズいでしょ。何人かはそう思ってても口には出さないでいたのに」 「っ!・・そう・・か」  一宮の言葉に、哲人は顔を下に向ける。 「哲人!」 「いや、入学式にオレ自身が言 ったことを反故にしているようなものだからな。後で、あの彼女にも謝っておくよ」 『安心して、この学校に貴方の3年間を委ねてもらえませんか。後悔は・・させませんから』 「認めるんですか?」  意外だというような表情で、一宮が聞く。 「オレと涼平がどうのこうのってのは認めたくないし、その事実も無いがな。けれど、主催者の責任を果たしてないように見えたのなら、それについては謝罪するよ」 「わかんない人だな、アンタって人は・・」 と一宮は首を振る。 「信用を無くすかもしれないんですよ?けっこう、みんなアンタには期待してたんですから」 「キミの言いかたが過去形になっている時点で、オレの信用は既に崖っぷちだよ」 と哲人は苦笑する。 「このレクリエーションを企画したのもオレなんだから。個人的な感情で台無しにするとこだったんだ。イザとなったら会長を辞めるさ」 「それって・・ただの逃げなんじゃないんですか?」 「そう取られるだろうな。実際そうだし。けど、一生離れてくれないオレの汚点だ。そんな、オレを・・アイツに見せたくない」  実は“素の部分”もけっこう見せているのだが、哲人的には直央が自分のカッコ良さに好意を持っていると思っているので、幻滅させるわけにはいかないと考えている。 「アイツ?」 「・・・って、これ以上オレらがここでグダグダやってても収集つかないからな。とにかくホテルに戻んぞ」 「で、何でオレが日向先輩と二人きりで部屋にいなきゃいけないんですか? 」 「普通嫌だろ、生徒会長に見張られながら正座させられんのって」  何言ってんだと、哲人はホテルの自分の部屋の椅子に座りながら、正座している一宮を見下ろす。時刻は午後7時を過ぎており、他の生徒たちはホテル内のレストランでビュッフェスタイルの夕食を楽しんでいる。 「オレとキミの夕飯は、後でこの部屋に直接運んでもらうから」 「日向先輩も行かれないんですか?」  驚いたように一宮が聞く。 「罰を受けているキミを見張ってなきゃいけないからな。それに、これはオレへの罰でもある」 「罰って・・普通にご褒美な気もするけど」 と一宮はうつむきながら呟く。 「ん?」 「・・さっき言ってたアイツって誰なんですか?」 「オレの恋人だよ」 あお、哲人はあ っさり答える。 「えっ?こ、恋人って・・」  思いがけない言葉に、一宮はもう一度驚く。 「橘先輩のことじゃなくて?つか、本当にいたんですか」 「涼平とのことを誤解される方が嫌だからな。別に悪いことしているわけじゃないし。うちの学校はそういう交際を禁止しているわけじゃないからな。もちろん、極端に成績を落とさないことが前提だが」 「・・男女、とは言わないってことは、先輩の相手はやっぱ男なんですか?」 「流石にスルドイね。まあ、そういうことだ」  悪びれた様子もなく、哲人はあっさりと認める。一宮は正座したまま天を仰ぐ。 「まさか・・ですよ。名門進学校の首席で生徒会長の恋人がオトコだなんて。マジでびっくりですよ」 「別に隠すつもりもないから言ったんだよ。ただ、これからは公私の区別はちゃんとつける」 「へっ?・・その言い方だと先輩の恋人ってこの学校の誰かってことになるんですけど?やっぱ橘先輩・・」 「殴るぞ、オマエ。・・涼平は男気溢れるイケメンだからな、男子生徒の中からも憧れから・・そういう感情を持つようになる人が出るかもしれないけど」  この旅行中も、涼平は女子生徒より男子生徒に話しかけられる場面が多かったように思う。 「その考えは否定しませんけど、女子生徒担当は日向先輩だって皆が思ってるから。あ、笠松先輩も女子にはモテてましたけど」  ボクっ娘の鈴は、高めの身長とハスキーボイスも相まって女子生徒からの人気も高いが、基本的に美少女なので男子の中にも密かなファンはいる 。 「けれど、オレが恋をするのは彼だけだ。大好きで・・今だって正直会いたい」  公私の区別をつけると言ったばかりなのにと、哲人は苦笑する。 「オレたちの相手をするより、その彼のことだけ考えたいと?」  一宮の表情が厳しいものになる。 「けっこうそれって、裏切りですよね」 「そうだね。裏切られるのがどれだけ辛いことか、オレは身をもって知ってたはずなのに」 「えっ?」 「そして、オレの好きなひとは大学生だよ。年上なんだ」 「・・意外ですね」  一宮の顔が歪んだ笑顔になる。 「そうか?」 「アナタような人が年上の、それも男を好きになるとは誰も思いませんよ。よほど素敵な人なんでしょうね」  その口調は明らかに嫌味なソレではあったが、哲人はさほどきにしていないようだった。 「可愛くてね、素直な人だよ。性格は・・ちょっとキミに似ているかもな」 「はあ?・・オレに、ですか?」 「知り合った頃は、オレは彼に嫌われていてね。それはオレもだったんだけど、いちいちつっかかってくるとこなんか似てる気がする」  懐かしいなと目を細めて笑う哲人の顔を目の当たりにした一宮は複雑な表情になる。 「でも、今は恋人なんですよね?何があったのかはわかりませんけど」 「人は何がきっかけで変わるかわかんないってことさ。だから・・」 「・・じゃあ、オレにもチャンスがあるってことですよね?きっかけさえあれば」 「へ?」  嫌な予感がする。 「オレは別にゲイじゃないですけど、アナタは何か特別なんですよ。ただの憧れだと思おうとしていたけど、やはり我慢できない、そんな話を聞いちゃったらね」 「お、落ち着けって!」 「ここにはベッドもあるし・・」 「ばっ!何を・・」  そのとき、部屋のドアがノックされ鈴の声が聞こえた。 「おーい、ちゃんと起きてるぅ?夕飯は持ってきたよ」 「鈴!」 「っ!」  一宮が立ち上がろうとして、足をもつれさせる。 「あ、足が痺れ・・」 「危な・・」 「哲人?入るよ・・っ!」   To Be Continued

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