7 / 61

第7話

『ダメですか?だって、もうオレはアナタにプロポーズしたのに?』 (プロポーズって・・言ったよな。ちょっとあんときは何言ってるかわかんなかったんだけど・・)  大学の学食のテーブルに突っ伏したまま、財前直央は昨日の恋人との会話を思い返す。 (プロポーズって、つまり結婚してくれって・・ソレだよな。結婚て・・オレと哲人じゃ無理なのに)  都内でも厳密にいえば正式ではないものの、同性婚を認め夫婦と同様の権利を有することができるようになる地区はある。が、直央と恋人の日向哲人の住む区はそうではない。 (だいたい、オレは結婚なんて言葉を哲人から聞いた記憶なんてないぞ。ずっと一緒にいたいとかは、そりゃ何 度も言ってるけど・・)  恋人として一緒にいるのと、正式ではないにしろ夫婦として人生を共にするのでは、意味合いも心構えもまるで違ってくる。 (というか、哲人はまだ高校生で・・。オレもまだ大学入ったばっかで、金銭的にも親に頼ってる状態なのに、結婚なんて無理だよ。そりゃあ、できたらすっごい嬉しいけど)  ゲイである自分は、どうしたって女性を愛することはできない。かといって、男性との結婚など意識したこともなかった。 (つうか、付き合い始めたばっかで・・しかも向こうはおぼっちゃまっぽいし。オレと釣り合いとれてなさすぎな気もするんだよな。黒猫とかいうよくわかんない組織がバックについてて・・まあ、オレもそれに助けられたけど)  黒猫の責任者は自分だと、哲人ははっきりそう言った。そして黒猫のリーダーである哲人と同じ高校生の橘涼平は、他人のあばら骨をためらいなく折ることができる。自分を助けるためだったとはいえ、二人の所業は普通の高校生のソレではない。 (でも、普段は二人ともいい人なんだ。涼平くんはチャラいとこあるけど、でも男らしくて。哲人は・・優しくて、素敵な人で)  訳アリなのは、自分もそうだからと直央は苦笑する。 『両親ていうか、父親のことはわからないんだ。物心ついたときにはいなかった。母さんも何も言わないし、オレも調べたことがない』  父親がいないことで苦労した記憶がなかったので、あえてその行方を詮索することもしなかった。だからそのことで自分を卑下するつもりもなかったが、哲人との将来を真剣に考えるためには、家族の問題は避けて通れないのではないかとも思い始めていた。 (・・この場合、オレが哲人に貰われる立場なのかなあ) 『紹介・・していただけますか、アナタのお母さんを』 (つまり、哲人は『息子さんをオレにください』とか言いにいきたいってこと?オレ・・お嫁さんになんの?そんなこと思ったことなかったけど・・。そんで、その後はやっぱ哲人の実家にオレが挨拶にいくんだよね?き、緊張するなあ。気に入ってもらえるかな、オレ) 「何、笑ったり悩んだり赤くなったりしてんの、さっきから 」 そう話しかけられながら、頭に手を乗せられて直央は驚く。 「せ、千里!・・いつの間にそこにいたの?」  自分がいつの間にか顔を上げて、頬杖をついていたことにも気づく。 「もしかして・・ずっと見てたのか?オレを・・」 「うん。だってここでボクと待ち合わせてたでしょ?忘れてたの?もしかして」  そう言いながら、直央の幼馴染である加納千里は笑う。 「や、そういうわけじゃないけど・・。ちょっと考え事してたもんだから。て、オレってそんなに百面相してた?」 「ずっと見てたいと思うほどに面白かったけど、あまり注目を浴びさせるのもよくないなと思ってね。だんだん独り言も大きくなっていってたし」 「ま、マジ⁉声出てたの?はあ・・オレってば・・」   大きくため息をつく直央に、千里は「ねえ」と話しかける。 「何?」 「昨日、もしかして哲人くんとアレから何かあった?・・揉めちゃった?」  千里は心配そうに聞く。 「も、揉めてなんか・・普通に仲良く・・した」  真っ赤になりながら小さい声でそう答える直央を見て、千里も顔を赤くする。 「ご、ごめん!・・でも、なら何を悩んでるの?」 「あのさ・・オレ・・」 「うん」 「プロポーズされたらしい」 「えっ?・・・ぇぇぇぇええええええええええ!」 「千里、声でかいって!」  慌てて、千里の口を塞ぎ学食の隅の方へ引っ張っていく。 「ぷ、プロポーズって・・哲人くんにだよね?どういう話から、どうなったのさ」 「どういうって・・千里の話をしたんだ よ。亘祐くんの家族に紹介されたってあの話」 「ああ、なるほど。って、それで何で哲人くんが直央にプロポーズするってとこまでいくの?今まで、そういう話してたの?」 「・・ないと思う」  やっぱりそういう反応になるよなと思いながら、直央は答える。 「千里たちが帰ってからの哲人との会話を思い返しても、そんなこと言われた覚えはないんだけど、オレの母さんに会いたいって言われて・・」 『ダメですか?だって、もうオレはアナタにプロポーズしたのに?』 「親に会いたいってことは、本気ってことだよね。よかったじゃない。直央のお母さんならたぶん受け入れてくれると思うんだよね。・・少なくともウチの親よりは、ね」  寂しそうな表情でそういう千里 を見て、直央は複雑な気持ちになる。 「千里はまだ両親に言ってないの?時には、千里の部屋にも来るだろ?お母さんとかは。口は出すけど、手は出さないウチの母さんとは違って、千里の両親はマメな人たちだから」 「ボクが一人暮らしをするときも、反対されたからねえ。せめて、直央とルームシェアしたらって言われてたんだよね」 「へっ?」 「直央のお母さんが哲人くんと会ったら・・ボクの方にも影響があるかもしれない。母親同士も親友だし」 「そう・・だね。オレに男の恋人がいるってわかったら、ルームシェアなんて無理ってことになるし」  母親が黙っているとも思えない。息子がゲイだとは夢にも思っていないだろうから。 「でも、ボクも亘祐もちゃんと将来のことは考えているんだ。 ずっと一緒にいたいなら、中途半端な状態はやっぱよくないもの。でも、せめて亘祐が大学生になったら・・とは思ってた」 「だよねえ。プロポーズも何も、まだ哲人だって高校生なわけで。でも・・やっぱり好きな人がそう言ってくれたのは嬉しい。まあ、もうちょっとロマンチックなのでもよかったんだけど」 「亘祐だってそうだよ。家族旅行に誘ってくれたのは嬉しいけど、初めての旅行はやっぱ二人きりがいいなってボクは思っちゃったんだよね。でも、高校生相手にそんなこと望んじゃいけないかなって」  男二人で同時に大きくため息をつく。 「千里と亘祐くんのことを考えたら、おいそれと哲人をウチの親に紹介はできないよね。もうちょっと待ってもらうよ」 「でも・・こういうのは タイミングが大事だから」 と、千里は難しい顔になる。 「タイミング?」 「哲人くんも確かな未来がほしいと思ったのかもね。男女のソレと違って、男同士はやっぱ不安定だから。例え、どれだけ愛し合っててもね。・・外堀から埋めてほしいと思ってるのかもしれない」 「オレ・・哲人を不安にさせちゃってるかな。オレなんかより強い人だと思っているけど、でも・・」  好きという気持ちだけでは、男同士の恋愛は長続きはしないのだろうと直央は考える。 「たぶん、亘祐くんは知っていると思うけど、哲人の家もなんか複雑みたい。実家はそんなに離れてないらしいのに、高校に入った時から一人暮らししてるっていうから。家族の話はしたがらないしね」 「亘祐もそこらへんは口を濁しているんだ。ボクがしつこく聞くのも変かと思って、あんまり話は聞かないようにはしてるんだけど」  役に立たなくてごめんね、と千里が顔を伏せる。 「い、いいよ!千里は亘祐くんと仲良くしててよね。いつか、自分でちゃんと聞くから。だって・・ずっと哲人のパートナーでいたいもの」 「なら、ちゃんとお母さんに紹介しなよ。ボクたちのことは気にしなくていいからさ」  そう言いながら、千里は直央の肩を叩く。 「で、でも・・」 「亘祐の家族には受け入れられてるから、ボク。ボクの家のこともちゃんとわかった上でね。ほんといい人たちなの。もちろん、迷惑をかけたいとは思ってないけど・・でも安心もしている。後は、ボクがもう少し強くならなきゃね」 「!・・・はあ ああ⁈直央さんにプロポーズしたあ⁈」 「うん、した」  生徒会長決済の書類に署名捺印をしながら、哲人はそう答える。 「うん、した・・じゃねえよ!。オマエ、高校生のくせに何言ってんだ!つうか、まだ付き合い始めて一か月ほどだろ。そりゃ、確かにいろんなことあっただろうけど早すぎるって!」  副会長である橘涼平は持ってきた書類の束を哲人の前にどんと置き、空いた手で思いっきり哲人の頭をぶっ叩く。 「痛いって!・・何で涼平がそんなに怒る・・」 「呆れてんだよ!ったく・・人の人生にそこまで責任持てる年齢でもねえだろ、オマエは。確かに、金はあるかもしんねえけど」 「・・お金の話は直央さんにしたことは無いよ。おそらく、マンションの家賃も親が出していると思っているんだろうな」  机の上から目を離さず哲人は答える。 「もちろん、直央さんに苦労させる気もないよ。いざとなったら、本気で実家を捨てるさ。たぶん、向こうもソレを望んでいるだろうしな」 「‥バカか、そんなことを直央さんが受け入れるはずがないだろ。これだからお坊ちゃんは・・」 と、涼平は頭を抱える。 「そんなに、オレは変なこと言っているか?」 と、哲人は不思議そうな顔になる。 「ちゃんと考えて決意して、オレの正直な気持ちをあの人に言ったんだ。・・確かに怪訝な表情ではあったけど」 「そりゃそうだろ。高校生にプロポーズされてほいほいと返事する人がいたら、それは絶対に本気じゃねえしおかしいヤツだと」 「でも、直央さんはオレとずっと一緒にいたいと言ってくれてた、前から何度も。それに、たぶんあの人も家族を欲している。オレと似ているんだ」 『両親ていうか、父親のことはわからないんだ。物心ついたときにはいなかった。母さんも何も言わないし、オレも調べたことがない』 『えっ?』 「そこらへんは黒猫が調べている。余計なことだとオマエは怒るかもしれないけど」 「いや、想定の範囲内だよ。でもわからなかったか、黒猫の情報網を持ってしても」  あるいは、とも思っていたけどもと哲人は頭を振る。 「けれど、あの人に寂しい表情をさせたくないんだ。愛しているから」 「よくそんなクサイ台詞、他人の前で言えるよな。聞いてるこっちが汗かくわ・・なあ、鈴」 「後輩たちが聞いたらキャーキャー言いそうな気もするけどね。でも、ボクも思わず殴りたい気分だよ」 「オマエらの中でオレの印象ってどうなってんだよ」  涼平ともう一人の副会長である笠松鈴に、哲人はあきれ顔で聞く。 「どうって、見た目を裏切る天然ボケしかもドスケベ野郎」 「す、スケベ⁉」 「毎日のように直ちゃんを襲ってんでしょ。いくらヤリタイ盛りの10代男子だからって限度があるというか、早く飽きがきちゃうよ?」 「そんなこと・・」  哲人は笑って手を横に振るが、その笑顔はどこかぎごちない。 「つうか、哲人も馬鹿正直に毎晩セックスしてるって認めてんじゃねえよ!その上プロポーズしたとか、どんだけがっついてんだっつうの。2か月ほど前まではあんだけ嫌ってたくせに、すっげえ手のひら返しだよな」 「しょうがないだろ。いざ付き合ったら・・凄く好きになってしまったんだから。ずっと一緒にいたいって、あの人を幸せにしたいって思ったんだよ」 「そんな簡単なものでもないこともわかってんだろ?」  真剣な表情で涼平は聞く。 「男同士ってのもアレだけど、お互いの環境がオマエらの・・結婚ていうか望むような未来を許さねえよ。ただ恋人するんならオレらはどんだけでも協力する。オマエが自分の運命に抗いたいという気持ちにもな。けど、直央さんのことは・・少なくともオレは軽々しく将来を決めていいとは思わない」 「涼平!」 「ボクは絶対的に応援するけどな」 と、スナック菓子を食べながら鈴は軽い調子で言う。 「鈴!・・ オマエ馬鹿なこと言うなよ」 「イイじゃん。ボクは、涼平よりもっと長いこと哲人を見てきた。直ちゃんとも、今じゃ親友だからね。・・少なくとも黒猫のことまで知って、涼平のソレもリアルで見て、それでも哲人を想って泣ける人なんて他にはいないと思う。だから、ボクは断然二人を応援するよ」 「鈴・・オマエ」  鈴のその言葉を涼平は複雑な気持ちで聞いている。 (本当にそれでいいのか?オマエだって・・普通に女の子なのに)  けれど、それは自分が口を出すことでもないからと涼平は唇を噛みしめる。 「直央さんの母親はイラストレーターだったな」 「ああ。オレはそういうのは疎いんでアレなんだが、琉翔さんは昔からのファンだったらしい」 「昔からのファン・・ね」  そう言った鈴の呟きは、他の二人には聞こえなかったようだ。 「彼女が直央さんを身ごもった約20年前。その当時、既に人気イラストレーターだった母親は頑として相手の素性を明かさなかったらしい。一部の週刊誌が身辺を探ったらしいんだけど、記事になることはなかった。そのうち噂は立ち消えになり、直央さんが生まれたときにはそのことは話題にもならなかった。が、ニュース性がないという理由ではなく、どうやら業界内でもタブー視される事案だった。これが、オレらの掴んだ直央さんの出生にまつわる情報だ」 「ひどい・・な」 『もしかしたら・・まともな生まれじゃないのかもしれないね、オレは。ごめん、ずいぶんな後出し情報だけどさ』 「あの人は一人でいていい人じゃないんだ。・・やっぱあの人のお母さんに会うよ。じゃなきゃ、オレも直央さんも幸せになれない。や、オレは諦めてた・・こと・・だけど」 「哲人・・」 「いざとなったら、オレがどうにでもして直央さんを養う。邪魔するヤツは・・本気で排除する」 「哲人・・」 「はは、まいったね。哲人ってばガチで本気じゃん」  どうしよっか、と頭をかく鈴を涼平は怪訝な表情で見る。 「オマエ、あの二人がくっつくのは運命だし応援するって言ってたじゃねえか。・・やっぱ、哲人のこと好きなのか?」 「・・勘ぐりすぎだよ、涼平は。けれど、家を捨てるって考えにおいそれと従うわけにはいかないだろ、ボクたちは」 「確かにそう・・だけど。けれど、オレらは哲人のために動く。それが“本家”からのオレたちへの指示であり運命でもある。というか、オレたちの“生きる意味”だろ?」 「“狼”だった涼平が、やけに素直に現状を受け入れているんだね」  鈴がくくっと笑う。 「涼平こそ、哲人に並々ならぬ感情を抱いているんじゃない?どれだけ否定しても、校内のその噂は消えないもの」 「鈴!・・まさかと思うけど、変なこと考えていないよな」 「変な事って?ボクは“指示”に従っているだけだよ?・・ただ、哲人の変化には正直驚いている。なのに、なぜ二人とも8年前のことを思い出さないのか。ボクが納得いってないのはソコだけだよ」 「それは・・けれど余計なことを二人には言うなよ。8年前に何かがあったにせよ、やっと哲人は“自分の人生”を歩む気になってくれたんだから」 「涼平の哲人へのそういう感情のことは否定しないんだ?ほんと哲人って、昔から男にも女にもモテるくせに受け入れないから修羅場が生まれるんだよね。なのに、勝手に孤独になっているんだ。けっこう迷惑だよ」 「鈴?」 「いざとなったら“本家”と戦争する覚悟はボクにもあるよ。例え狩犬や白狼と戦うことになってもね。まあ、できたら避けたいけど」  自分も早死にしたくないからね、と鈴は笑いながらウィンクする。 「涼平が好きになるに価するオトコだよ、哲人は」 「昨日、言われたことなんだけど・・」 「プロポーズのことですか?涼平に話したら、頭を叩かれましたよ。早すぎるって」  実はよっぽど痛かったのか、哲人は顔をしかめながらも努めて普通の口調で恋人に愚痴る。 「そ、そりゃ涼平くんの言うことがごもっとも・・」 「そうなんですか?」 心外だというような表情になりながら、哲人はテーブルの上にご飯をよそった茶碗を置く。 「や、嬉しくないわけじゃ・・オレも千里に話しちゃったし。つまり、けっこう浮かれてたというか」  普通だったら、恋人にプロポーズされたらもっと声高でみんなに報告するんだろうなと思いながら、直央はご飯を食べ進める。 「・・作ってもらってなんだけど、本当は家事はオレが全般的にするもんじゃないの?だいたい、ここオレの部屋だし」 「別に毎回ってわけじゃないし・・たまたま学校の近くのスーパーが魚の特売日で行ったら、ちょうど食べたかった鯵が安くてパン粉も卵もまとめ売りしてたんでアジフライを作れた・・というだけですよ」  ちょっと揚げ時間が長かったですかね、と言いながらこれも手作りのタルタルソースにつけて食べる哲人の姿を、直央は複雑そうな表情で眺める。 「ん?やはり、固いですか?」  その視線に気づき、哲人は聞く。 「いや、マジで美味しいんだけど。あの・・さ。哲人からプロポーズしたってことは、オレがその・・お嫁さんになるってことだよね?」 「えっ?・・直央さんが嫁?」 「違うの?オレはてっきりそうだと思って・・。だから、料理もオレの役目だと。時間だって、オレの方があるんだし」 「逆プロポーズってのもあるんですから、どちらからしたらソレが夫か妻かってのを決めることにはならないと思いますよ。オレは家事全般は得意ではないですけど、苦ではないですしね。直央さんの作った料理も美味しいと思いますし。でも・・」 「でも?」  直央がついそう聞くと、哲人の顔が近づいてくる。 「哲人、顔近っ・・」 「ソースが、口の端に付いてます。・・舐めてとってさしあげます」 「!・・や、あ ん」 「舌の先を触れさせただけなのに、そんな声を出すなんて。やはり、貴方は可愛いお嫁さんになりますよ」  そう言いながら自分を抱きしめてくる哲人を、直央は必死に押しとどめる。 「す、ストップ!まだご飯食べ終わってないんだから。・・そっか、オレって哲人のお嫁さんになるんだあ」 「嬉しいですか?」  その先も見据えた抱擁を拒まれ、一瞬は寂しそうな表情になった哲人だったが、直央の言葉で再び明るい表情になる。 「だって、こんなにカッコイイ旦那さんなんて、そうそう望めるもんじゃないもの。みんなに自慢したいよ」 「じゃあ、早く食べちゃってください。・・オレが早くアナタを味わいたいんですから」 「・・哲人って、見た目はクールだしテキパキと行動する人だから、もっと淡白な人かと思ってたら、意外と肉食系だよね」  草食系よりはいいけど、と直央は笑う。が、哲人の表情に変化があった。 「?」 「アナタが好きだから抱きたいんですけど、やっぱりヤリすぎですか?」 「ぶっ!・・げほっ・・な、何を急に」  思いがけない哲人の言葉に、思わず口の中のご飯を噴き出してしまう。 「大丈夫ですか!」 「や・・うん。な、何で急にそんなことを・・」 『毎日のように直ちゃんを襲ってんでしょ。いくら、ヤリタイ盛りの10代男子だからって限度があるというか、早く飽きがきちゃうよ?』 「・・と、鈴に言われちゃいましてね。オレは、ちゃんと交際したのは直央さんが初めてなので、加減がわからないというか・ ・。襲ってるつもりもないし、それに・・」 『そりゃ、そうだろ。高校生にプロポーズされてほいほいと返事する人がいたら、それは絶対に本気じゃねえしおかしいヤツだと』 「涼平にはそう言われました。でも、直央さんはさっきオレが夫になったら自慢したいって言ってくれたので・・」 「や、困惑したのは事実だけどさ。将来のこともそんなに明確には考えられないよ、正直」 「えっ?」 「一緒にはいたい。一晩、哲人が離れたとこにいるだけで、凄く寂しくて悲しくて・・。でも、今も一緒に生活してるようなもんじゃない?」  ほぼ毎晩、どちらかの部屋で夕飯を共にし、抱き合い愛し合った後、自分の部屋に戻る。付き合い始めてからそんな生活が続いている。 「本気で愛されてるとは思ってるし、オレも毎日でも抱かれたい。でも、オレたちは正式に結婚できるわけじゃない」 「!・・それは・・わかってます。けれど、オレは・・もっと確かなものがほしくて」 「毎日、オレは哲人に愛してるって言ってるよね?その言葉じゃ、不安なの?ていうか、どれが哲人のプロポーズの言葉だったのかも正直わからないんだよ、オレ」  困惑気な表情のままに、直央は静かに言い放つ。 「哲人との未来を考えるのは楽しい。けど、オレたちだけで決めれるもんでもないだろ。特に、哲人の家は難しそうだもの、聞いてるかぎりじゃ」  通っている学校も私立の名門校。シンプルではあるが哲人の部屋にある家具や食器も上等なものが多く、正直いって自分の部屋で哲人に食事の用意をさせるのが恥ずかしい。 「ゲイのオレが言うのもなんだけど、哲人の周りがオトコとの結婚なんて許すとは思えない。特に、オレは・・父親が誰かもわからないようなヤツだからな」  普通に釣り合いがとれてない上に、不利な条件が揃いすぎていると思う。哲人はノーマルで、本当の初恋も女性だったと言っていたのだから。 「最初からわかってたことだけどさ、そんなこと。でも、哲人は本当にちゃんとわかってくれてるのかなって。お互いの環境とか、そんなのもちゃんと考えてプロポーズって言葉使ったのかな・・って」 「二人の意思だけでは難しい交際だとしても、オレに付いて来てもらえますか?」 「へっ?」 「昨日、オレはそうアナタに言いました。・・・それが、プロポーズのつもりだったのですけどね」  気づいてなかったのですか?と哲人は寂しそうに笑う。自分が空回りしていただけなのかと。 「ち、違う!オレが鈍感なだけで・・。で、でもその後で哲人も言ったじゃない」 『オレの環境も、本来はアナタと付き合うには適していないんです、本当は』 「それでも、哲人がオレと一緒にいられる未来を願ってくれてることをオレは心底嬉しいと思ってる。オレだって同じ気持ちだもの。でも、思うだけじゃ叶わないことがあるのも事実だろ。だいたい、哲人が何で一人暮らしをしているのかオレは教えてもらっていない。それって、かなり重要なことだと思うけど?」 「それ・・は・・っ!」  言いよどむ哲人の様子に、直央は思わずため息をつく。 「はあ・・っ。オレだって訳アリだから。オレ自身の性癖や環境も含めてね。それも哲人は受け入れてくれたけど、でも周りから壊されていく恋愛もある。当事者の意思は関係なしに」 「っ!・・オレの考えが甘いと?」 「それは、オレにもわかんないよ」 と、直央は困ったような表情になる。 「だって・・そうだよ。オレはまだ哲人の真実を知らないから」 「バカじゃないの哲人!そりゃあ、直ちゃんの言うことが正論だよ!」 「あんま生徒会室で大きい声出すなって。他の生徒がいつ来るかわかんねえだからよ。・・てか、オレの意見も右に同じだけどな」 「・・わかりたくないけど、わかってるよ」  生徒会副会長であり、親友の二人にそう言われ日向哲人はうなだれる。 「断然二人のことを応援するって言ったボクが言うのもなんだけど、哲人は性急すぎなんだよ、直ちゃんのことに関しては。飽きる前に、ついていけなくなるよ」 「それはオレも認めるけど、一緒にいたいと思うことが未来の二人に繋がっていくと考えるのは間違っているのか?」  自分は恋人のことをちゃんと理解しているつもりだった。性格も性癖も環境も。彼を好きになる以前なら、正直相容れないなかったかもしれないけど。 「いくら好きな相手だからって、何でも許容できるもんじゃねえだろ。実際、一人暮らしの理由を答えられなかったんだろうが。自立しているからだとか言っときゃよかっただろ」 「あの人に嘘なんかつきたくないよ。や、自立ってのは確かに理由の一つでもあるけど」  そこに至るまでの複雑なプロセスを説明したくはなかったのが、正直な気持ち。 「それもひっくるめての、彼に好きになってほしい自分だろうが。もう黒猫のことまで知られちまったんだ。“本家”も・・なぜか許容している」 「それが疑問なんだ。あいつらは、なぜ直央さんを巻き込もうとしているのか。や、最初に巻き込んだのはオレだけど」   『は?何を言って・・ばっ、止まれって!』 『へっ、また・・って、うわっ!』 「あの事故のことさえなければ、あの人とつきあうなんてことなかったと思う。アレは、確実にオレを狙っていた。オレがあの時一緒にいたばっかりに、危険な目にあわせた。なのに・・」 『・・今日みたいなことがあっても、アナタならオレの側にい・・られるんですか?』 『今日みたいなこと?』 『そうです。・・オレの存在はアナタのためにならない。現に危険な目にあわせた。でも・・せめて今晩だけは一緒にいたいんです。じゃないと、オレは安心できない。や、たぶんずっと安心できないんだろうけど』 『よくわかんねえけど、いていいんならオレはいる。このマンションにいたいし、千里との付き合いも一生やめる気はねえ。・・好きだからな』 『・・諦めが悪いですね。だから、オトコ同士の恋愛なんて嫌なんです。・・確かな未来なんてソレには無いですから』 『でも、今夜のオレが必要なんだろ?諦めの悪いオレが・・オレはたぶんオマエが思っているようなオレじゃない。確かに守ってもらってばっかだけど、でもオレはオレの知らなかったアンタを見つけられた。それは・・その・・オレをときめかせた。オマエの目的がなんであれ、オレと一緒にいたいと思うなら、その・・少しでもいいから・・抱きしめてほしい。だって、オマエはいいオトコで、オレはゲイなんだからさ』 「確かな未来はない。・・・オレはあの人にそう言った。けれど、あの人はオレと一緒にいることを望んでくれた。オレは、そのときはそこまで気が乗ってたわけじゃない。たぶん、続かない付き合いだと思っていた・・のに」  好きだと自覚したのもずっと後。なのに、彼は最初から“特別”だった。 「仕組まれているような・・そんな気がしないでもないんだ」 「仕組まれている?・・っ!」  哲人の言葉に、橘涼平は思わず視線を笠松鈴に向ける。 「鈴・・まさか」  そう小さく呟いた涼平の声は、哲人には聞こえなかったようだ。が、視線の意味を察したらしい鈴は肩をすくめる。 「・・それでも、直ちゃんは哲人を受け入れるよ。一生側にいるって、直ちゃんは言ったんでしょ。哲人もそれが嬉しかったから、プロポーズしたんでしょ。けど、直ちゃんが知りたいと思ったことはちゃんと答えてあげて。それが最低条件だよ」 「けど、本家の思惑に乗るのも・・」 「気にするつもりもなかったんだろ、本当は。無駄なプライドを出さなきゃいけないほど、直ちゃんに知られたくないの?自分の出生の秘密・・」 「鈴!・・てめえ」 と、哲人の口調が変わる。 「口にすんなっつたろうが、それは!直央さんには 絶対言うんじゃ・・」 「直ちゃんも、同じなんだけど?私生児かもしれない・・本人がそう言ったんだよね?」 「っ!・・それは・・けど」 「同等の立場でいなきゃ、いつかは綻びが生じるよ。一緒にいたいって気持ちが同じでもね。だって、哲人だって本当は知りたいんでしょ、自分の実の両親のこと」 「鈴、それは・・」  鈴の言葉に、哲人の顔色が更に変わるのを見て、涼平は鈴に言葉をかける。 「流石に、ここで言うことじゃない。トップシークレットのことなんだから」 「涼平ったら・・さっき自分が言ったことと矛盾してんじゃん」 と、鈴は薄く笑う。 「哲人の気持ちは直ちゃんならわかると思うな。似てると思っているんでしょ、自分でも。文字通り似たもの夫婦だよね。だいたい、哲人の実の両親のことは哲人はもちろん、ボクも涼平も知らないんだ。その事実なら直ちゃんに知られても構わないはずさ」 「けど!・・それで、オレが一人暮らしをすることになった理由づけにするわけには・・」 「いつかバレるくらいなら、本当のこと言っちゃえばいいじゃない、今。哲人が本家に対してやったことをさ」 「!」 (たぶん、直ちゃんが本当に好きなのはあんときみたいな哲人だろうからね。それをちゃんと見せることができたら・・哲人は変われるはずさ) 「どうして、あそこまで哲人を煽る?別にオマエに益があるわけじゃないだろ?」  教師に呼ばれ、哲人が生徒会室を出て行った隙に涼平は鈴に尋ねる。 「あいつの両親のことを知れば、芋づる式に一族の秘密もバレるかもしれない。黒猫のことはホントにイレギュラーなことだったんだから」 「けれど、そのことで涼平が本家から何か言われたわけじゃないだろ?直ちゃんが風邪をひいたときなんか、琉翔さんの口添えがあったとはいえ、本家の主治医まで使ったんだよ?8年前のことといい、直ちゃんはウチらにとっても何か関係がある人物なんだと、ボクは思ってんの」  少し真面目な表情になって、鈴は答える。 「オマエ、本当は何か隠してんだろ。直央さんを使って哲人に何を仕掛けようとしているんだ?」 「だから、涼平の考えすぎだってば。直ちゃんと哲人が本気で付き合うようになるとはボクも思ってなかった。願ってはいたけどね。涼平も言ってたじゃない、ボクたちの生きる意味は哲人のためにあるんだって」 「なら、何で哲人の傷をえぐるようなことを言ったんだ?あのことは・・」 「哲人と涼平が仲良くなるきっかけだったじゃない。死闘の末だったけど。あはは」  つい思い出し笑いをしてしまった鈴を、涼平は不審な目で見る。 「笑うようなことじゃないだろ。オマエが止めなきゃ、オレも哲人も死ぬか不随にはなってた。・・オレはあれもオマエが引き起こしたことじゃないかと思っている。理由ははっきりとはわからないが」 「そこまで人の運命を握れるほど、ボクに力もその望みもないよ」  鈴の笑顔は変わらない。そして、涼平の表情も。 「オレには本当のことを言わなくても、哲人を欺くようなことはしないでくれ。哲人が・・壊れるようなことがないように」 「大丈夫だよ。直ちゃんは優しいから。だから、哲人の真実を見せたいと思った。何度も言うけど、ボクは哲人が幸せにさえなってくれればいいんだよ。その哲人が受け入れたのなら、相手が男でも構わないよ。むしろ、男なら余計な嫉妬をしないで済む・・とは言わないけどね。あはははは!」  ひときわ大きく笑って、鈴は涼平を見つめる。うってかわって、寂し気な表情で。 「!」 「涼平こそ、自分の可能性を諦める必要ないだろ?3年前のアレは、涼平の運命を決めつけたわけじゃない。救ったんだ・・とボクは思うけどね。哲人の前に直ちゃんが現れたように、涼平にもそんな存在があったっていい」 「・・汚れ仕事しかできないオレに、そういう存在は必要ねえだろうが」  何を言っているのだと、涼平は怪訝な表情になる。 「なら、そのまま謙虚でいてよ。変な勘ぐりもしないで。存外、哲人は涼平を信頼してんだから。・・嬉しいでしょ、それって」 「は?な、何を言って・・。オマエ、変な誤解してねえか?哲人と直央さんのことは理解するし受け入れるけど、オレは普通に女の子が好き・・」 「じゃあ、告白してきた女子に応えてやればいいじゃないか。少なくとも、もっと誠実にことわれよ」 「哲人!・・戻ってたのか」 「レクリエーションの報告書を渡すだけの用事だったからな。てか、何で鈴と涼平が揉めているんだ?」 「哲人と直ちゃんはお似合いだって、けど涼平がヤキモチ焼いてんの」 と、鈴がくくっと笑う。 「へっ?」 困惑気な表情になる哲人の様子に、涼平は慌てて手を横に振る。 「鈴の戯言は気にすんな!前も言ったが、オレは責任の持てない恋愛はする気はねえ。その前に、好みの相手に出会ったこともねえけどな」 「そういや聞いたことないよね、涼平の好みって。かっこつけてるけど、初恋もまだだってことか」 「!・・・オレのそういう話はいいんだよ。問題は哲人だろ。全てを直央さんに話せとは言わない。知れば、彼にとって不都合なことになる事案もあるからな。けれど・・泣かすくらいなら別れろ」  涼平のその言葉に、哲人も鈴も驚く。 「ば、バカ!」 「涼平・・何を」 「何を・・って、普通の考えだろ。自分の本当を見せられない恋なんか続くわけがねえだろうがよ。結婚とか問題外だっての。哲人が本気で彼を好きなのもわかってる。“あのとき”とは違うのも」 「・・キツイな、涼平の今の言葉は」  哲人は苦し気に笑う。いや、笑ったように見えただけかもしれない。そう思いながら、涼平は言葉を続ける。 「オマエ、言ったよな。直央さんも家族を欲してるはずだと。自分の出自を恥だと思っている彼が、そんな曖昧な背景があるオマエを受け入れられるはずがねえだろうが」 「!」 「オマエの両親のことはオマエのせいじゃないし、オマエが傷ついたのはわかってる。けど、それに他人をまきこむなって。好きなら何でも受け入れられるってもんでもないんだぜ?」 「おい、ちょっと入るぞ」  その声と共に、生徒会室のドアが開き一人の男子生徒が入ってきた。 「・・珍しいじゃん、亘祐。キミが生徒会室にくるなんて。しかもアポなしなんてさ」 「ごめんね、鈴。一応、哲人のスマホに連絡は入れようとしたんだけど」  哲人の親友である佐伯亘祐は困ったように答える。 「ああ、そういや先生も直接哲人を呼びに来たよね?もしかして電源入ってないんじゃない?」 「いや、そんなはずは・・っ!・・電源が切れていた。昨夜は充電し忘れていたようだ。というか、何で今まで気づかなかったんだ?」 「聞きたいのはこっちだよ」 と鈴は苦笑する。 「どういう用事で来たのかわかんないけど、哲人を連れて帰ってくれる?亘祐」 「は?まだ仕事が終わってな・・」 「オレは哲人に話があったから、別にいいんだけど、鈴や涼平的には構わないの?」  亘祐は心配そうに涼平に顔を向ける。視線を受けた涼平は小さくため息をついて答える。 「こういう状態の哲人の扱いは、亘祐に任せた方がいいとオレも思うわ。どっちにしろ、ここにいたって仕事にならねえだろ」 「どうしたんだよ、哲人。涼平たちと何かあった?」  力なく歩く哲人に合わせ、自分もゆっくりと歩を進めながら亘祐は聞く。 「どうせ聞いたんだろ、千里さんから」 「?」 「・・オレが直央さんにプロポーズしたって話だよ。千里さんに話したって言ってたから」 「あっ、ああ」 と亘祐は、少し表情を変えながらメガネを上げる。 「正直、オレもそれを聞いて驚いたよ。えらく早い展開だなって」 「涼平にもそう言われた。オレとしては真剣だったんだけどな」 「向こうの親に会いたいって言ったんだって?それは恋人としては普通の言動だとは思うけど、直央さん的にはオマエに気を使わせたのかと考えてるみたい」 「へ ?」  つい、歩みが止まる。 「まあ、オトコ同士なんだから一口に結婚するっていっても、正式には無理だろ?でも、哲人があえてそう言ったってことは、家族ってワードに関係してんじゃないかって。オマエ、一人暮らしの理由言ってないんだって?まあ、そうそう言えることじゃないのもわかるけどさ」  幼馴染だからこそ知りえた情報。そんな自分でも踏み込めない領域が哲人側にあるのも、亘祐は承知している。 (多分、鈴や涼平はいろいろ知ってんだろうな。あいつらは“特別”・・だから)  それを寂しく思ったこともあったけれど、彼らの特殊な能力は正確ではないにしろ知っているので納得するしかない。 (オレじゃ、哲人の足手まといになるだけだろうと。それでも、コイツがオレと一緒にいてくれるのは必要としていてくれるから・・だと思いたいな)  幼いころからずっと一緒なただの腐れ縁なのかもしれないけど、と小さく笑う。 「何も相手のことを知らないのに、オマエは特別な存在だ・・って言われたって不安になるのもわかれよ、哲人。オマエが、本当の親のことを知らされたときがそんな感じだったはずだぜ」 「!・・そう・・か」  哲人の顔色が変わる。 「鈴たちが言わなかったか?・・はは、案外優しいんだな、あいつら」 「オレも・・考えたことなかった。特別なのは愛情からくるものだから、それは向こうもわかっていると思っていた。それが彼の負担になるとは思ってなかった。家族になりたい・・って」 ー3年前ー 『どうしよう!“やっぱ”両親は本当の親じゃなかった。鈴も知ってた・・のに・・言ってくれなかった!亘祐・・』 『違うって!みんな・・哲人の“お父さんもお母さんも”優しかった、それはわかってるだろ。鈴は・・だってオマエのこと』 『わかんないよ!オレの・・オレの真実って何?!』 『オマエは特別な存在だ。だから・・オマエの親も周りも可愛がってたじゃないか、オマエを』 『そんな・・そんな“寂しい特別”ならいらない!』 「特別なんだよ、哲人は誰にとっても・・そう本気で思っていた。その考えは今でも変わらない。・・けど、傷つける愛情だったんだよな。だから鈴も・・」  哲人の“戸籍上の親”も亘祐が知る限りでは、本物の愛情を哲人に注いでいた。あのまま何事もなく時が過ぎたなら、多分鈴が哲人の一番側にいたはずだと、亘祐は思う。 「今、一番の哲人の特別は直央さんだ。いや、それを永遠にしたいなら・・確実な特別にしたいなら、直央さんの不安を取り除くことが先決だろ」 「どうして、亘祐はわかるんだよ。そんな ・・こと」 「わかるよ」 と言って、亘祐は笑う。3年前はわからなかったことだけど、今ならわかる。 「千里が教えてくれたから。素直になるってことの大切さを。頼らないってことは相手を傷つけることに繋がるってことを。その反対もまた然りだってことも。あの時はオレもオマエも子供で、オレはオマエを支えられなくて、だからオマエは逃げるしかなくて」  だから、一人になることを選択したんだろうけどと亘祐は唇を噛む。自分も失明の怖さから逃げようとしたから。家族にも親友にも頼ろうとせず。それが、相手への気づかいだと思って。 「けど、間違った方向に向かおうとしていたオレを千里が止めてくれた。あの人だって、そんなに強い人じゃないのにね。直央さんは知りたいって言ってくれたんだろ?オマエを受け止めたいって。なら、言えよ。あの人ならきっと“暖かい特別”をオマエにくれる。一人でも、オマエがそう信じられる・・そしてオマエを信じる存在がいればオマエは普通に歩けるだろ」  何より、本来なら一番の特別だったはずの鈴が直央を受け入れているのだからと。いつか、その事実を哲人は知るのか・・あるいは永遠に気づくことがないかもしれないけど。 「誰もが理想の家族の中にいるわけじゃない。直央さんだって“普通の家族”を欲しているわけじゃないかもしれないだろ。オマエが自分の家族のことを隠している、それでもオマエと一緒にいることを望んだ。なのに、オマエが家族の価値観を押し付けているから、直央さんが戸惑うんだろ?」 「そ れ・・は」   「あら、哲人くんと亘祐くんじゃない。琉翔さんのところに行くの?」 「咲奈・・なんでここに?」  前方から声をかけてきた女性の姿に、哲人の表情が変わる。 「ふふ、琉翔さ・・葛城先生に用事があったからに決まってるじゃない。また、彼の担当になったの。今日はその挨拶にきたのよ」 「琉翔さんの・・そっ・・」  哲人がブツブツ何か言い始めたのを見た亘祐は、慌てて彼女に声をかける。 「て、てことは咲奈さんはこれからもちょくちょくこの辺りにくるってこと?」 「まあ、そうなるわよね。特にあの人の場合しょっちゅう見張ってないと、すぐに締め切り破るから」  彼女が苦笑する様子を見て、亘祐が「もしかしたら」と聞く。 「先日、ウチの学校のレクリエーションに参加した件ですか?あの時は仕事が上がったと、哲人には言ってたそうなんですが」 「!・・琉翔さんがオレに嘘をついていた、と?」  哲人の顔色が変わる。が、咲奈は笑顔で答える。 「気にしなくていいわよ、哲人くんは。口だけはうまいんだから、あの人。後で自分の首を絞めることになるだけなのに、ほんと昔から子供っぽくて。アレでもウチの出版社のドル箱だから、他の編集だとどうしても甘やかしちゃうのよね。社のためにもならないっていうのにさ」  そう言いながら、からからと笑う咲奈を見て「貴女も相変わらずですね」と亘祐は苦笑する。 「相変わらずって何よ。就職してから変わらされたんだっ・・て、って哲人くんどうしたの?」 「り、琉翔のやつ!あ、あいつの意見で東京から離れたとこで一泊することに決めたっていうのに!咲奈にまで迷惑かけた上に、オレが一晩悶々としなきゃいけない原因作って!ぜってえ許さねえ!くそっ!」 「おっ、おい!こんなとこでスイッチ入れんなよ、人目があんだろ」  突然大声を上げ始めた哲人を、亘祐は慌てて抑え込もうとする。 「あら、亘祐くんも相変わらず哲人くんのお世話焼きなのね。まあ年頃だもの、発散させたいときはあるわよね」 「咲奈さん、そのセリフはちょっと危ないですよ・・」 「だいたい、直央がオレと同じマンションに住むことになったのも、元はといえば琉翔が余計なことを言ったからじゃねえか。もっと違う出会いだったら、もっと素直にオレはあの人に・・」 「直央って・・哲人くんの恋人のことよね。琉翔さんから聞いたわ」 「「えっ!」」  思いがけな い咲奈の言葉に、二人の高校生は同時に驚きの声を上げる。 「亘祐くんにも恋人がいるんでしょ?いいわねえ、青春て感じで。・・ってこんな言い方すると、オバサンくさいかな」  二人の反応も気にせず、咲奈は言葉を続ける。 「いい加減、私も焦らなきゃいけないかなあ」 「・・さ、咲奈。亘祐のことも琉翔・・さんに聞いたの?」 「昔話がてら、にね。あ、私は変な偏見は持ってないからね。腐女子ってわけじゃないけど、職業柄いろいろ読んでるから」 「・・うちの一族っていったいどうなってるんだ?」 と、哲人は頭を抱える。 「ま、琉翔さんは昔はそういう系も書いてた人だから。今は普通・・でもないけど、ノーマルジャンルのラノベ書きだし」 「・・それ、初耳なんだけど。なんなの?オレだけ何も知らなかったの?だいたい、咲奈は琉翔さんが好きだったはずだろ?だから、琉翔さんは今も独身で・・」 「?・・何言ってのよ、哲人くん。確かに昔は憧れたこともあったけど・・少なくとも結婚相手に琉翔さんは絶対に選らばないわ、私」 と、咲奈は呆れたように言う。 「なんだかんだで今の哲人くんの保護者は彼だから私もこれ以上いろいろ言うのは控えるけど、あの人が40間近で独身なのは、ひとえに本人の問題あるイロイロのせいよ。哲人くんだから、大丈夫だと思うけどね」 「・・言ってる意味がよくわからないよ。オレ、どうすればいいわけ?」  最早、茫然自失といった感じの哲人はそう呟く。 「哲人!・・やっと見つけた」  突然その声が聞こえ 、哲人は弾かれたように身体を起こし、声の主を探す。 「直央・・さん。なんで・・オレを・・探しに?」 「あ・・ら」  咲奈の視線も哲人の恋人である直央に向く。同時に、その目は少し大きく開かれ表情に驚きが見られた。 (直央・・って。そうか、だから琉翔さん・・。ほんと性格悪いわよね、あの人) 「・・じゃあ、私は社に帰るわね。あ、そうだ。一応、琉翔さんのことに関しては私をなるべく通してくれない?スケジュール管理をちゃんとしないと、本気で修羅場になっちゃうから」 「あ、オレ・・邪魔しちゃった?なんか深刻そうな話してたっぽいけど。てか、綺麗な人だったね。あの人が、哲人の初恋の人?」 「っ!・・何でそう思・・」 「そんなの」 と、直央は小さく笑いながら答える。 「見りゃわかるよ。だいたい、哲人からオレにその話もしてくれたわけだしさ。まさかと思うけど女子大生?」 「 違いますよ。確かに若くは見えますが、今年26になるんです、あの人。ある出版社の社員で、今は琉翔さんの担当編集だそうです」 「オーナーさんの?」  なんだかんだと最初の一回しか会ってないんだよなと思いながら、直央は聞く。 「・・実はさ」 と亘祐がきまり悪そうに口を挟む。 「咲奈さんの勤めてる出版社って、千里の両親も勤務してんだよね。・・ほんと、世間は狭いというか」 「えっ?マジ!・・て、あの人咲奈さんていうんだ?」 「琉翔さんの又従姉妹になんのかな。オレたちが小さいころは、鈴も交えたチビ組を仕切るお姉さんて感じだったんだよね?哲人」 「・・そんなことより、何で直央さんがここに?」  また自分が知らない事実を聞かされ、哲人はムスッとした表情で直央に尋ねる。 「そんなことよりって・・んだよ。自分の初恋の話がそんなに恥ずかしいことなわけ?・・そうだよね!あんな美人さんだもん、そりゃ好きになるよね。てか、8歳くらいの年の差なら十分に許容範囲内じゃない?向こうは若く見えるしさ。哲人とならお似合いだよ。・・少なくともオレにはそう見えたよ」 「オレは、咲奈は琉翔さんが好きなんだと思ってたんです。彼女が編集者を志望したのも、琉翔さんのためだと思っていました」 「・・オーナーさんて結局何してる人なの?オレには自宅で仕事してるとしか言ってくれなかったんだけど」 「・・・」 「ほんとに哲人は・・」  黙ったまま答えようとしない哲人の様子に、苦笑しながら亘祐が代わって答える。 「わりに有名なライトノベル作家だよ。2年前に3作目のアニメ化がされてる」 「・・マジ?」 「って、哲人は知らなかったのかよ!オマエの保護者なんだろ」  流石に直央も呆れて、哲人の頭をこづく。背伸びをして。 「哲人はこういうの疎いから。アニメも深夜放送のはそんなに見てなかったんだよね」 「しょうがないだろ。撮っても見る暇ないし、リアタイはマジで無理だからな。てか、亘祐だってずっと部活してたわりにはそういうのチェックしてんだな」 「割とアニメは好きだからな。直央さんはどうなんです?」 「オレも好き!・・てか、オレの見てた中にラノベ原作のがけっこうあったから、そん中にオーナーさんのがあったかもしんないな。でも高木琉翔って名に覚えがなかったから、やっぱペンネーム?」 「そ。葛城和宏っていうちょっとエロテックな異世界ものが得意な人」 「お、オマエら!」 と、哲人が怒鳴る。 「オレにわからない会話すんなっての!」 「哲人のレベルに合わせてたら、会話が続かねえよ」 と、直央が笑う。 「千里もわりにアニメ好きだから、亘祐くんと趣味があっていいよね」 「どうせオレはそういうのに疎いから、直央さんもつまんないだろうな、オレとの交際は」  つい、嫌味を言ってしまう。本当はもっとちゃんと聞きたいことがあるのに、と小さくため息をつく。 「オレは・・わかってるよ。こんなんだから、両親・・とだってちゃんと打ち解けられなかった。可愛がってくれたのに、結局はソレを返せていない」 「わかってねえよ、哲人は。本家からの指示だったにしろ、オレもオマエもあんときまで本当の親だと疑ってもなかったんだぜ。その後の様子からしても、あの人たちに演技力なんてなかったんだ。アレがあの人たちの精一杯で・・本音だったんだよ」 「あっ、あの・・」 直央はおずおずと右手をあげる。 「むしろ、オレが一番わかってないんですけど?つか哲人はスマホどうしたんだよ。昨日は流石に遠慮したんだけど、今日になっても電話が通じないから。けど、鈴ちゃんに連絡したら、また先日みたいなことになっちゃうと思って。・・だから探しにきたの」 「探しにきたって・・たまたま会えたからよかったようなものの、もし入れ違いになったたらどうするんですか」  口調は怒っているソレだったが、哲人の顔は明らかに照れていた。 「ま、今回はスマホの充電切れ起こしたオレが悪いんですけどね。ていうか、全部オレのせいだ。直央を不安にさせて、結果自分もツライ思いをする。とことんまで馬鹿なんだよな、オレ」 「哲人・・今」  オレの名前を呼び捨てにしたよな、と言いかけて哲人の顔を見て口を止める。 「オレは、あの両親のことも好きだったんだよ。けど、失った。直央まで、って思ったら焦った。・・だからって、恋人を不安にさせるオトコってマジ最低・・」 「哲人・・泣いてるの?」 と、直央が顔を覗き込む。 「昨夜は、オレがオマエを部屋から追い出したんだ。オマエの悲しそうな顔、間近で見てたのに。ちゃんと恋人してなかったの、オレの方だと思う。だから今度からちゃんと頼ってよ、哲人。オレがお嫁さんの立場でもかまわないからさ。夫婦って多分そういうものだろ。・・違うかもしんねえけど。けど、オレは哲人と助け合って生きていきたい。できたら、その・・一生」 「直央・・さん」 「何で、さん付けしちゃうわけ?せっかくさっきまでの会話決まってたのにぃ」 と、直央はふくれっ面になりながらも、哲人の目から涙を自分の指で取り上げる。 「初めて見たよ、哲人の泣き顔」 「・・できたら忘れてほしいのですが。そうですね、泣いたのはいつ以来でしょうか。両親のことが発覚したときでさえ、オレは泣けなかった。寂しかったのに。でも、直央さんのことはやっぱり特別なんです。愛しているから」 「うーん、つまり二人は仲直りしたってことでいいのかな。オレは今は必要ないよね。ちゃんと鈴たちにはオレから報告しておくよ。アイツらが、一番心配しているだろうから」    To Be Continued

ともだちにシェアしよう!