10 / 61
第10話
「ね・・てつ・・ひと。あ、そんなに・・そこばっか舐め・・やあ」
「だって、直央は乳首を舐められるのが好きだろ?ほら、さっきよりツンと尖ってきた」
左の乳首を丹念に舐められ、右の乳首は指の平で何度も転がされ、両方とも真っ赤に熟れて痛いくらいだ。既に、直央のソレは先端からトロトロと涎を垂らしている。
「す、好きなのは哲人がシてくれるから・・。あ・・だから・・・ん・・他のとこも・・舐め・・て触っ・・」
そう言いながら直央は懸命に足を広げる。
「つまり、“ソコ”を舐めてほしいと?」
「そ、そうだよ・・。イジワルしないで、触ってよ。もう上半身は隅々まで舐めてくれたでしょ・・っ!」
「ほんと、直央はワガママなんだから。じゃあ、もっと足を広げろよ」
「こ、これ以上は無理・・。てか、今日の哲人は本当にイジワルだよ。本気で辛いのに・・」
恨めし気な表情で自分を見つめる恋人を見て、哲人はついフッと笑みをこぼす。
(オレをこんな風にしたのは、直央なのにな。セックスなんて、本当に経験がなかったのに)
女性とも、もちろん男性とも性的接触は皆無で。けれど、最初に直央を抱いてから約2か月近く、ほとんど毎晩セックスしている気がする。
「アンタの身体が・・や、アンタ自身が凄いんだ。いろいろ諦めていたはずのオレを、こんなに夢中にさせるんだから」
感謝していると言いながら、恋人の身体を抱きしめる。そして、口を相手のソレに重ね舌を差し入れる。直ぐに、直央の舌も絡んでくる。
「ん・・うふっ・・んん」
下半身を舐めてほしいと言っていたのに、自分のキスに感じている恋人をどうしようもなく愛おしく感じる。
(だから、この人を手離せない。どうしてオレは・・今冬の頃はこの人を毛嫌いしていたのか)
厳密には相手からも同じ態度をとられていたのだけれど。けれど、最初に好意を口にしたのは直央だった。
(オレは、それでもなかなか素直に自分の気持ちを表せなくて。なのに、今は身体でも言葉でもこの人が好きだと伝えたくてたまらない)
舌を絡めたまま、手を相手のソレに伸ばす。触れた途端、既に硬くなっていたソレはビクンと動く。同時に口を離し、顔を下半身に移動させる。
「あ・・」
「舐めてほしいんだろ?」
そして、恋人の太股の内側に舌を這わす。右から左へとゆっくり舐める。
「あっ・・は・・ああ」
直央の手が自分の股の中にある哲人の頭に伸びる。触れようとして躊躇している様がなんとなくわかる。
「持っていきたいんだろ?自分のココに」
遂に哲人は恋人のソレに舌をつけ、直ぐに口に含む。そして口の中で舌を動かし刺激する。
「い、いやあ!あっ、あっ、あっ・・いや・・感じすぎ・・る」
「イってもいいんだよ。どれだけでも、直央を喜ばせたいんだから、オレは」
その言葉に嘘はない。ノーマルな男ならいざ知らず、直央はゲイなのだから。その彼に嫌悪感を抱き、なおかつ彼の初恋の男性を自分の親友と付き合わせるきっかけを作ったのに、今は自分が直央に夢中だ。
(可愛すぎて、この人は。どれだけ愛しても・・足りない)
「いいっ!そ・・そこ・・凄く。あっ・・ああ」
のけぞって感じている直央の反応に満足した哲人は、手を直央の窄まりに伸ばす。
「!」
「挿れてほしいんじゃないのか?指で、直央の感じる部分をいっぱい擦って・・」
「やあっ、言わないでよ。は、恥ずかしいんだから、ほんとに・・っ・・あっ・・いい!」
指を淹れて擦らせながら、奥へと進めていく。もうイキそうだと言っていたはずの直央の息が激しく喘ぐ。
「はっ・・ああ!はああ・・いい・・・気持ちいい・・」
「指だけでいいの?オレのコレは置いてきぼり?」
ワザと軽い調子で言ってみる。
「ち、違う・・哲人のが欲しいの・・」
「オレの、何が欲しいんです?」
「ま、またあ!」
いつのまにか直央が涙目になっている。
「直央・・」
流石に言い過ぎたかなと思い、哲人が身体を起こそうとしたとき、直央の小さい声が聞こえてきた。
「哲人の大きいの・・オレのお尻に挿れてほしいの。じゃなきゃ、満足できない」
「直央!」
指を抜いて、大きく勃立した自分のソレをあてがう。
「あ・・や・・あああ!」
「直央はコレが欲しかったんだろ?アンタが望むもの、オレが全部あげる。アンタの身体に意識に、オレを植え付ける。オレの全てがアンタを欲して・・いるから」
「この建物か?ギャラリー円・・まどかと読むのか」
「うん。思ったより大きいね」
渋谷の駅から徒歩10分。映画館が近く、人通りも多いその場所に、財前直央ざいぜんなおひろの母親であるイラストレーターの財前灯のイラスト展が開かれているギャラリーがあった。
「結構お客さん多いね。一応有料なんだけど・・そんなに母さんのファンて多かったのか」
感慨深げにそう言う直央の頭を、その恋人の日向哲人はそっと撫でる。
「!・・な、なんだよ突然」
恥ずかしいと抗議しながら、その手を振り払おうとするが、自分より20㎝も背の高い恋人が置く手は微動だにしない。
「これでも緊張してんだよ。前に会った時は不意打ちのようなものだったけど、今日はちゃんと招待されてのソレだからね」
えっ?と思いながら恋人の顔を見上げると、いつもの不遜な表情ではなく本当に緊張しているようだった。
「だ、大丈夫だよ。母さんて、ほんとあんな感じだし。それに、哲人は十分に母さんから気に入られているよ。だから、こんな皆がいる場所に呼んだんだろうし」
そう言って直央は笑おうとする。が、その時ぎゅっと握られた手が細かに震えているのに気づく。
「てつ・・ ひと」
「ごめん、ほんと・・。らしくないよな、こんなの」
と、哲人は苦笑しながら、それでもその手を離そうとしない。
「いいよ、このままで入ろう。別に恥ずかしいことをしているわけじゃない。恋人なんだから当たり前なんだもの」
そう言って、直央は哲人の手を引いて歩き出す。
「本当にもう、アンタって人は・・」
やはり年上なんだなと思った。普段はどちらかといえば甘えんぼで頼りない直央ではあるが、ここぞという時はいつもその言動で自分を引っ張ってくれる。
(多分、一生敵わないよな、この人には)
「あら、直央と哲人くん。遠いとこなのに、わざわざ悪かったわね。・・ふふ」
ギャラリーの中に入り受付で名前を告げると、すぐにスタッフが母親を呼んでくれた。嬉しそうな表情の母は、二人の様子を見て更に相好を崩す。
「?」
「仲良く手なんか繋いじゃってえ。ほんと見せつけてくれるわね。ね、一宮くんもそう思うわよね」
そう言われて慌てて二人は手を離す。同時に、灯が話しかけた男性の顔を見て、哲人がギョッとした表情になる。
「哲人?・・って一宮って・・あれ?」
何か聞いたことのある名前だと思い、哲人の方を見ると苦り切った表情になっている。
「一宮・・何でオマエがここにいるんだ?」
哲人にそう聞かれ、男性は答える。
「オレはここでバイトというか・・。てか、哲人先輩こそ何でここに?先生を前にして言うのもなんだけど、先輩の守備範囲外の絵だと思うのですが。つうか・・何で男性と手を繋いで・・あっ!」
その男性・・一宮奏いちのみやかなでは、思い出したかのように自分の両の手をパンと叩く。
『・・男女、とは言わないってことは、先輩の相手はやっぱ男なんですか?』
『流石にスルドイね。まあ、そういうことだ』
「もしかして哲人先輩の恋人さん?わあ、マジだったんだ!・・って大学生だって言ってませんでした?」
「なっ!」
失礼なことを言われていると思い、流石に直央の顔色も変わる。
「おい!直央さんに対して失礼だろう。そして灯さんにもだ」
その哲人の言葉に、一宮の表情は「?」というものになり、そして灯は嬉しそうに「いやだあ」と叫ぶ。
「か、母さん?」
母親のその態度を息子が訝しぐと、灯は「ふふ」と顔を赤くする。
「だって、未来のお婿さんに名前で呼ばれたのよ?それもこんなイケメンに。嬉しくなっちゃうじゃない」
「未来のお婿さん?それに母さんて・・もしかして、哲人先輩の恋人って灯先生の息子さんなんですか?」
信じられないという表情で、一宮が灯に問いかける。
「つまり、二人の交際を先生も受け入れちゃってると?」
「だって・・」
それが何か?と灯が答える。
「一宮くんも見たでしょ?こんな仲のいいカップルを引き離す悪役になんて、私はなりたくないわよ。まあ、一宮くんと哲人くんが知り合いだとは思わなかったけど。二人は同じ高校ってこと?」
「そうですよ。ついでに言うなら・・」
一宮は哲人の方をチラッと見る。嫌な予感がして、哲人は止めようとする。
「!・・ばっ!」
「 オレ、哲人先輩に告白したんです。特別な感情を持ってるって・・。まあ、好きな人がいるからってフラれたわけですけど」
「あら・・それは複雑ねえ」
灯は困ったような表情になる。
「か、母さん!」
「思ったよりも強力なライバルね。一宮くんもイイオトコだしねえ。身長的にもこっちの方がしっくりくるかも。子供の時にもっと牛乳を飲ませておけばよかったわ」
「そ、そんな問題じゃ・・」
「とにかく直央は頑張りなさい!あ、一宮くんはこれでも素直でいい子だからね。それに将来性もあるし・・・仲良くしておいて損はないわよ」
そう言って、他の招待客への応対があるからと灯はその場を離れていった。残った男三人は一斉に大きくため息をつく。
「はあーっ、なんとなく こんなことになるんじゃないかと思ったんだよな。ごめんね、哲人。せっかくちゃんと挨拶してくれようとしていたのに」
「いいえ、直央さんは何も悪くはないですよ。むしろ、問題のおお元はオレが一宮と関りを持ってしまったせいで。ていうか、何でオマエが・・」
そう言われて、一宮はふくれっ面で頭をかく。
「悪うござんしたねえ!オレが勝手に一人でかき回しちゃったみたいで!ここ、将来的にオレが継ぐことになってるギャラリーなんですよ。元々、灯先生のファンだったんでオレの権限でココを格安で貸したんです、今回」
「えっ?」
「ああ、勘違いしないでください」
一転、きまりの悪いといった表情になった一宮は姿勢を正して、直央の方に向き直る。
「!」
「別に それで恩を着せようとか思ってるわけじゃなくて。つうか、先生自身は今回のこのイラスト展には消極的だったんですよ。あまり顔出しもしない人だし。出版社のごり押し感がありありだったんですけど、先生はそこまでは言わなかったし・・」
「ちょ、ちょっと待って!」
直央は慌てて、一宮の言葉を遮る。
「な、何で一宮くんはそこまで知ってんの?何か、母さんとは前から知り合いだったみたいな言い方な気もするんだけど」
直央のその言葉に、哲人も驚く。
「えっ、一宮が?」
「知り合いというか・・。や、ちょっと込み入った話にもなりますんで。つか、直央さんて灯先生の一人息子ってことは、そういうことなんでしょう?」
意味ありげにそう言って、一宮は哲人をじっと見 つめる。
「どういう意味・・」
「当たり前ですが、オレの生まれる前のことですからオレだってちゃんと知っているわけじゃない。けれど、そんなオレでも気にすることなんですよ。直央さんの出生のことは」
「っ!・・それは」
まさかの言葉に、直央はとっさに二の句が継げない。代わりに、哲人の怒声が放たれる。もちろん周りを意識して、声は抑えられていたが。
「一宮!オマエ、オレのこともわかっていて今そんなことを言っているんだろうな!」
「わかってますよ、もちろん」
と、一宮は肩をすくめる。
「だから、先輩がオレと直央さんが似ていると言った意味も理解できました」
「なっ!」
「そ、そんなこと言ったの?て、オレと彼が似てるとこって・・」
改めて、 一宮の顔を見てみる。
「えーっと、キミって身長は哲人より多分5㎝くらい低いだけだよね?けっこうガタイもいいけど、鍛えてんの?そんでもって、イケメンだよね。哲人ほどじゃないけど」
「直央・・」
「ぷはっ・・オレに似てるって・・確かにバカ正直なとこはそうかもしれない」
『可愛くてね、素直な人だよ。性格は・・ちょっとキミに似ているかもな』
『知り合った頃は、オレは彼に嫌われていてね。それはオレもだったんだけど、いちいちつっかかってくるとこなんか似てる気がする』
「流石、灯先生だな。いい環境を彼に与えてたんでしょうね。だから、哲人先輩みたいな素敵な人にここまで想われて・・」
マジで羨ましいな、と一宮は呟く。
「オマエだって 、一宮グループの御曹司だろうが。しかもこんな画廊を任されていて」
「・・これは、オレが無理やりぶんどったようなもんです。もちろん、それ相応の実力でですけど」
「は、どういう・・」
「これ以上は、ちょっと話せないです。哲人先輩ならわかることもあるでしょうが“名家”といわれるところには大抵なにかしらの“暗部”があるものです。ウチの場合は、それがオレなんですけどね」
その口から発せられた話の内容とは裏腹に、一宮の表情は割りに明るいものだった。
「一宮・・オマエって・・」
「やっぱ、ホント諦めたくないですね。マジでかっこいいもの、哲人先輩って」
「「だ、だから!ダメだって!」」
同時に叫ぶ二人を見て、一宮は笑い出す。
「あはは、面白れえカップル!」
そして、今度は真面目な顔と声で言い放つ。
「けど、人を好きになるのはその人の自由だから。オレ、想いは捨てる気ないですよ」
「だから、オレは直央以外の人は・・」
「あっ、さっき言ったことですけど財前先生は知らないはずのことですから。・・じゃ、ゆっくりここでお過ごしください、お客様」
「お、おい・・」
「ごめん、直央。アンタにすっかり嫌な思いをさせてしまった。まさか、一宮とここで会うとは・・」
一宮が去った後、二人きりになった哲人と直央はともかくもとイラストの観賞をしていた。
「だって、哲人は知らなかったんだろ?何もかもが偶然だったんだ、仕方ないよ」
「偶然・・か」
(本当にそうなのか?オレの知る限り、一宮グループの資産に画廊なんてものはなかったはずだ。それに・・)
『悪うござんしたねえ!オレが勝手に一人でかき回しちゃったみたいで!ここ、将来的にオレが継ぐことになってるギャラリーなんですよ。元々、財前先生のファンだったんでオレの権限でココを格安で貸したんです、今回』
『・・これは、オレが無理やりぶんどったようなもんです。もちろん、それ相応の実力でですけど』
(一宮の上には兄が二人いたはずだ。年も離れていたはずだが・・なのに高校生になったばかりの三男に何故この画廊を?ここは渋谷でもそれなりの地価の場所だ。どうして・・)
「哲人?」
「絶対、直央はオレが守るから。一宮が何を言おうと、直央にもお母さんにも嫌な思いはさせない」
「改めてそんなこと言わなくても・・照れるじゃん」
そう言って赤くなった顔を恋人に向けて、直央は微笑む。自分が笑っていなければ、この年下の彼氏は不安になるだろうから。
「それに母さんの人を見る目はそれなりに信用はしているんだ。ただ、イケメンに甘いとこはあるなあとは正直思うけど」
親子で似ちゃってるんだよねえと、直央は苦笑する。
「直央的には一宮みたいなのはその・・タイプなのか?」
「は?なんでさ」
思いがけない問いに、直央はきょとんという表情になる。
「や、直央の好みのタイプってイマイチよくわかんないから。だって、オレと千里さんじゃ全然タイプが違うし・・。それに、確かに一宮はイイ男だと思うから」
「珍しいね、哲人が男性を褒めるなんて」
「別に・・見たままを言っているだけだよ。あそこまで 正直すぎるヤツだとは思わなかったけど。だいたい、直央だって面と向かってイケメンだって言ってたじゃないか」
「あ、あれは・・つい。だって本当にそう思っちゃったんだもの」
そう言って顔を赤くする直央の頭を、哲人はついと撫でる。
「ま、またあ。人前では止めてって言ってるだろ。恥ずかしいんだから」
直央は頬を膨らませて抗議する。すると、哲人は上げていたその手を降ろし、直央の手にそっと添えた。
「せめて、これくらいはさせてくれないか。・・触れていたいんだ」
「っ!・・ズルいよ、そんなの」
ドキドキが止まらない。直央は自分の顔がどうしようもなくニヤケていくのを感じていた。
(や、ヤバイ!なんでこんな人が、オレの恋人なんだよ。かっこよすぎるっつうの)
が、同時に周囲からの視線も痛いほど感じている。
(まあ、二人のカッコイイ高校生が言い合いになってたんだもんなあ。そりゃ目立つよな。つうか、二人ともあんまし高校生に見えないけど・・)
「どうした?直央。ぼうっとして」
「哲人は気にならないの?みんなの視線が」
「視線?」
そう言いながら哲人は辺りを見渡す。瞬間、二人を遠巻きに見ていた客から「キャー」という声が漏れる。
「えーっと、そこまでサービスしなくていいから」
と、直央は慌てて服の裾を引っ張る。
「サービス?」
「だって・・。哲人はただでさえカッコイイのに、そんな意味ありげに周囲を見るから、前よりもっと注目されちゃったじゃない」
「?」
薄い青色のシャツに濃紺のネクタイ、そしてデニムのパンツという至ってシンプルな服装ではあるが、ピシッと決まっていると直央は部屋に迎えに行った時からときめいていた。
「もっと、自分の外見とかの魅力を自覚しなよぉ。高校生離れしたルックスなんだから」
「・・そんなにオレって老けて見えます?」
哲人の表情に焦りの色が見える。直央はガクッとこける。
「ち、違うって!大人びて見えるってこと。ほら、基本的に哲人ってクールじゃん。んで身長も190㎝近くあって、オレなんかよりよっぽどスーツが似合いそうだし。てか、ここに入ってからずっと注目浴びてんだよ、哲人は」
恥ずかしいけど、はっきりいって気持ちがよかった。こんなカッコイイ男が自分の彼氏だなんて、本当は自慢したいし見せつ けたいとも思う。
(けど、哲人の立場的に男の恋人がいるってのはヤバイよな。・・ああ、でも哲人って男からも告られてんだっけ。さっきの一宮くんみたく。でも、それって校内での話に留めといたほうがいいことだよな)
哲人が生徒会長を務める高校は、都内でも有数の進学校だ。数年前までは完全に受験対応の授業しかやっておらず、部活動も殆ど無く、文化祭や体育祭といった行事すらなかったらしい。
『当時の理事長一族の方針が創立時から徹底されてたんだ。確かにT大進学率はいわゆる“御三家”に次ぐものだったけど、正直そこまでしても抜けないのか・・って声が昔からあったらしい』
『それでも理事長は校風を変えることはしなかった。OBの根強い支持もあったせいだけど。 けれど、そのうち入学希望者も減少してきてね。そこを突いたのが琉翔だったわけさ』
『琉翔もOBの一人なんだけど、当時から破天荒だったらしい。本人がそう言っているのだがな。何度も停学になったらしい。普通ならとっくに退学になるようなことをしていたらしいが、成績がずば抜けて良かったのでそのまま卒業できたそうだ』
『実際T大に現役入学しているしな。内申書がどうなっていたのか・・。とにかく、琉翔が学校改革を始めてオレが生徒会長になった。今でも、OBからの突き上げが酷いのだがな。結果として、今年の新入生は2年前の3割増しだ。まあ、急激な変革には落とし穴もあるから、気は抜けないし・・一番オレが結果を出さなきゃいけない』
(哲人は高校生なのに、学校の運営にまで関わって・・。凄い人だとは思うけど、つまりは責任重大というわけで。オレの存在が哲人の足を引っ張ってしまったら・・)
「直央の存在はオレにとって特別なものではあるけど、けっして異質なものじゃないんだよ?」
「へ?何を言って・・」
突然そう言われ、思わず哲人の顔を見つめる。
「オレは確かに去年からいろいろ計画を立てていた。・・あのレクリエーションもそうだったのだけど。今年になって直央と出会って。まさか、恋人と離れることがこんなに辛くてイライラすることだも思わなくて。けれど、今は直央が横にいない生活なんか考えられなくて。好きだから・・だからどれだけでも頑張れるから。気にしなくていいんだ」
「哲人・・」
「直央こそ、かまわないのか?や 、こんなこと本当は言いたくないけど、お母さんのイメージ的にどうなのかなって」
だって、と哲人は思う。琉翔のほぼBLな小説を読んで、今さらではあるが自分たちが普段やっている行為が恥ずかしいものだと思ってしまった。それまで、異性とさえ性的接触はなかったのだから。かといって、二人きりになれば恋人のいろんなところ触らずにはいられないとも思ってもいるが。
「ジャンル的に可愛い系の絵だよね、お母さんのイラストって。お母さんのファンもそっちの方が主なんじゃないかなって」
「別にいいんじゃない?構わないから哲人も呼んだんだろうし。それにオレの出生のことだって、一宮くんが知ってるくらいだから、けっこう有名なことなんかもしれない。オレ自身はよく知らないし 、未だに父親のことも聞いてないけどさ」
まあどうでもいいんだけどね、と直央は微笑む。
「それって、直央の本心なのか?」
一応、という感じで哲人は聞く。
「や、直央がオレに嘘をつくことはないと思ってるけどさ。けど・・」
『当たり前ですが、オレの生まれる前のことですからオレだってちゃんと知っているわけじゃない。けれど、そんなオレでも気にすることなんですよ。直央さんの出生のことは』
「オレと出会う前から、一宮はおそらく直央のことを知っていた。彼はアンタを傷つける・・」
「オマケに哲人にゾッコンだもんね、彼」
と直央は笑う。少し、緊張した面持ちで。
「直央!」
「大きな声出さないでよ。哲人が思ってるほど。オレは甘ちゃんじゃないよ。父親がわからない上に・・哲人も見ているからわかっているよね。オレの身体の傷」
「っ!」
瞬間、哲人は顔を逸らしてしまう。
「けっこう・・えげつないだろ?だから、オレが風邪ひいて倒れたあの時、医者に連れていかなったこと感謝してる。説明が面倒くさかったからな」
「オレは・・」
哲人の表情は苦悩に満ちていた。
「直央がアメリカでいろいろあったと、オレと出会ったころに言ってたから・・。だから、あえて何も聞かなかった。でも・・ごめん。わかっていたのに、あの頃はいろいろヒドイことを言った」
好きになるつもりがなかったから。直央の事を理解するつもりすらなかった・・なのに。
「大事にしなきゃいけないと思った。過去は関係ない。これからは オレが大切にすればいいんだからと。・・なのに、オレが過去にこだわりすぎていては駄目だよな」
「哲人は優しすぎるんだよ、オレに」
と、直央は微笑む。
「本当に哲人が好きで、そういう哲人を理解しているのなら、俺を恋敵とは思っても傷つけることはしないはずだよ。少なくとも、一宮くんはそういう人だと思う。母さんも信頼しているみたいだし」
「!」
「確かに面と向かって自分の恋人に告られるのはアレだったけど、でも哲人はすぐに断ってくれたしね」
「あれは・・気を悪くさせてすまない」
と、哲人は困惑の表情で答える。
「なんで、オレなんかに執着するのか。鈴に怒鳴られているとことか、オレの情けないとこも見てるはずなのに」
「んなの、オレだってそうだよ? でも、哲人は男としても人としても魅力が溢れていて・・一緒にいたいと思える人なんだもの。ぶっちゃけ超人に近いことを普段はやってんのに、いざとなったら鈴ちゃんや涼平くんにツッコミいれられて・・。すっごく、人間ぽくて面白い人だと思うんだよね、哲人って」
「それって・・褒めてるんですか?」
少し拗ねたような表情。普段は本当にクールであまり感情を表さない彼が時折り見せるこういう表情が、実は直央はとても好きだ。
「褒めてるっていうか、大好きなんだけど。そんでもって声もかっこいいし、もちろん顔も。そんな人がオレを大切にしてくれるんだよ?こんな幸せ、他にあるはずもないじゃない」
「直央・・」
そう言いたいのは自分なのに、と我知らず笑顔になる。戸籍上の両親との結びつきを自ら否定してから、自分自身の幸せに執着はしないようにしていた。自分の努力も、ただ誰かに自分の存在を見せたかっただけ。それで相手がどんな印象を持とうが、あまり深くは考えないようにしていた。自分の行動だけが確かなものだからと。
「直央こそが何よりもオレの癒しなんだけどな。・・昨日言い損ねてたんだけど、今夜つきあってほしいとこがあるんだ」
「・・今夜?」
To Be Continued
ともだちにシェアしよう!