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第11話

「ふふ、貴方たちっていつからお付き合いしていたんだっけ?こそっと見てたけど、ほんとアツアツカップルよねえ」 「いつからって・・一応三月の終わりかなあ。たぶん、オレがあの部屋に引っ越して一週間ぐらいたって・・から?」 「10日後だよ、直央」 「あっ、そうだっけ?」  あははは、と笑う財前直央を隣に座っている恋人の日向哲人は微笑みながら見、向かい側の席の母の灯あかりは苦笑しながら眺める。  少し遅めの昼食を3人で取ろうということで、画廊近くの店に入った。ゴールデンウィーク中とあって、店内はほぼ満席だ。 「知り合ったのはもっと以前だからかもしれないけど、なんかずっと前から一緒にいる気がするよ。まさか、母さんがすぐに認めてくれると思わなかったし」 「だって、もう交際を始めちゃったものを止めろって言えないでしょ?哲人くんは見るからに真面目そうだし・・。それに、あの時も言ったけど葛城先生が頭を下げて頼んでいらした、とか聞かされたら無下にはできないし」 「り・・親戚のものが迷惑をおかけしまして、申し訳ありません」  哲人は慌てて頭を下げながら、思わずため息をつく。 「あの人、オレには何も言わずにそういう行動をするもので・・」 「でも、彼が哲人くんの保護者なんでしょ?まさか、あのオーナーさんがラノベ作家の葛城和宏とは思わなかったけど」 「か、母さん・・ここであんまり名前を出さない方が・・」 『琉翔さんは最初から今のペンネームで書いているんですか?自分の本名を晒したことはないんですか?』 『ソレが今の職業になる条件でしたから。灯さんの素顔を知ったのは、偶然ですよ。・・・キミの誕生の経緯も知っていました。“もちろん”詳しいことは知りませんが。けれど、灯さんのファンなのは事実ですよ。ほら、これ』 「そ、それより・・オーナーさんが見せてくれたんだけど、母さんてイラスト集出してたんだね。なんか、オレがモデルみたいだったけど」 『テーマは『こども』です。普段は灯さんはこういうのは描かれないので、当時は話題になりました。しかも限定品でしたからね。自分もこればっかりはコネを使いまくって手に入れましたよ。出版日はキミの5歳の誕生日です』   「あら、葛城先生も持ってらしたの?ていうか、直央に見せたことなかったんだっけ?当時の担当さん・・それが葛城先生のとこの今の編集長なんだけど、彼に説得されてね。小さいときはよく遊んでもらったのよ?」  覚えてはいないだろうけどと、灯は微笑む。 「へえーっ、じゃあオレと哲人って案外いろんな繋がりがあるんだね。なんか不思議だけど」 「そう・・だな。ところで、お母さんと一宮の関係は・・」 「あら!」  突然、灯が 立ち上がる。 「ど、どうしたのさ母さん・・」 「だって、もうこんな時間よ?早く戻らないと。ごめんね、今度ゆっくり・・」 「んだよ、母さんから食事に誘っといて。ごめんね、哲人。何か哲人が話しかけてたのに・・」  直央がすまなさそうに頭を下げる。 「いいよ、お母さんの個展なんだから忙しいのは当たり前なんだから。それより・・」 と、哲人は考え込むような表情をみせる。 「どうしたの?」 「あ、いや・・これからどうしようかと。待ち合わせまではまだ若干あるから」 「待ち合わせ?」 「昨日言い損ねていたのだけど、知り合いのライブがこの近くであるので・・。鈴と涼平と待ち合わせているんだ」 「鈴ちゃんたちと?」  笠松鈴と橘涼平は、哲人の高校の同級生であるが、直央とも顔見知りであるし、特に鈴は直央のことを「直ちゃん」と呼ぶほど親しくしている。 「確かに鈴ちゃんからメールもなかったけど・・でもオレに言えないことでもないだろ?まあ、哲人の知り合いにバンドやってるような人がいるって、ちょっと驚きだけどさ」 「・・オレも最近まで知らなかったんだよ」 と、哲人が照れたように笑う。 「同じ学校のヤツなんだけど。こう言っちゃなんだけど、ちょっと地味目なヤツだから、まさかそういう趣味があるとは思わなかったんだ。や、確かに声はイイんだけど」 「まあ、哲人らしい思い込みではあるけれど・・けれど、何でオレに言わなかったの?・・そりゃあ、昨夜はオレが先に寝ちゃったけど・・さ」  昨夜のことを思い出して、顔が赤くなる。ほとんど毎晩のように身体を重ねているのに、どうしたって照れてしまう。 「今日は、直央はお母さんと過ごすのかと思ってたから。や、確かにそんなこと確認もしなかったけど」 「・・そりゃあ、たまには実家に帰ることもあるかもしれないけど、オレはできたら哲人と毎日一緒にいたいもの。たぶん、母さんも納得してくれると思う」  そう言って、直央は哲人の顔を見上げる。 「ダメ?」 「・・直央は素でそういう言動してんの?」 「へ?・・なんか、気に障った?」  そう言われて、何か哲人の気分を損ねたのかと直央は慌てて謝る。 「ご、ごめん!オレ、ワガママで・・」 「ち、違うって」 と、哲人も慌てる。 「あんまりその・・可愛すぎるもんで・・。てか、オレなんかを優先してくれて、本当にいいのかと。や、オレは十分に嬉しいんだけど」  思わず正直な気持ちを口にしてしまう。そして直央も。 「だ、だって・・好きなんだもの。哲人が好きなんだもの。だから、ちゃんと言ってよ。オレに遠慮する必要なんてないじゃない」 「まあ、確かにそうなんだけど・・けれど、いい加減二人の世界から離れてくれない?見てるこっちが恥ずかしいから」 「!・・り、鈴!」 「あれ、鈴ちゃん・・いつのまに」  そこに、別の声と影が覆いかぶさる。 「オレもいるんだけどねえ。オマエら、マジでバカップルなんだな。学校のヤツラには見せたくねえわ」 「涼平もそう思う?ボクも同感。仲良 しなのはイイことだけど、二人の世界に入りすぎ。そんなので、よく今日一日デートできてたよね」  心底あきれたという表情の二人を前に、哲人と直央の顔は赤くなっていくばかりだ。 「だ、だって!・・確かにこんなに長い時間二人で外にいたことないような気はするけど、さ」 「別に恋人同士のイチャコラに、それこそ茶々を入れるつもりもないけどさ。周りの人間が居たたまれなくなるような行動は慎んでよね?」 「周りが居たたまれない?」   まさかと思い、見回すと果たしてこっちを見ている人たちは目が合うと、慌てて顔を逸らす。 「しばらく前から見てたけど、哲人の顔がニヤケっぱなしなのには笑えたけどさ。直ちゃんこそ、哲人に遠慮しないでツッコんでいいんだよ。あ、ツッコむといってもアッチじゃなくてコッチの方ね」 と言いながら、鈴は自分の口を指差して片目を瞑る。 「ツッコむって・・でもオレはサレる方だから・・」 「な、直央!鈴の戯言に正直に答えんな!」  思わず哲人が声を上げると、涼平が「オマエら揃いもそろって・・」と呟く。 「あはは、やっぱ直ちゃんて面白-い。よかったねえ、哲人も幸せでしょ?」 「それは何度も言っているんだけど・・」 「鈴は女の子なんだから、下ネタを外で言うのはやめろっての。・・んで、直央さんに生野のこと話したのか?」  この4人の中では、どうしても自分がツッコミ役、そしてまとめ役にならざるを得ないと涼平はため息をつく。本来の自分はどちらかといえば短気な方で、熱くなりやすい性格だったはずなのに。クールで不遜な態度を取りがちな哲人は正反対で、3年前に双方が集中治療室送りになった原因はその性格のぶつかり合いのせいもあった。  なのに直央と哲人が真剣に付き合うようになってからは、それが反対になってきたように感じられる。 「生野・・・ショウはちゃんと直ちゃんの分のチケットも用意してくれたんだよ」 「ショウ?」  話の流れからして鈴の出した名前の持ち主が、自分が会長を務める生徒会の書記である生野広将のことなのは用意に推測できる。が、 「生野のフルネームのどこに“ショウ”があるんだ?」 と、哲人は疑問を鈴にぶつける。 「何言ってんの、哲人。ショウのバンドのファンの間では、それが通称で定着してんだよ?ほら、漢字で書くと名前の最初と最後って“ショウ”って読めるでしょ。ひろまさ、より呼びやすいしなんかカッコいいから、ライブときの声掛けはみんなそうだよ。でも、学校だと恥ずかしいって言うから、ボクは普段は“いっちゃん”て呼んでるけどね」 「ああ、いくのいっちゃん、ね・・なるほど」  哲人が納得いったかのように頷く。が、涼平は心の中で(いっちゃんの方がよほど恥ずかしいんじゃねえのか)とツッコむ。 「お、オレのことまで気を使ってくれるなんて、優しい人なんだね」  直央は鈴からチケットを受け取り、しげしげと眺める。 「ライブハウスに行くのなんて初めてだよ、オレ」 「ショウ・・いっちゃんはとても優しい人だよ。究極のフェミニストって異名があるくらいだからね。おまけに顔もいいしさ。普段はメガネかけて、それはそれでカッコイイって校内でも言われてんだけど、ライブの時はコンタクトなの。けっこう熱く歌ったりするからさ、哲人はそのギャップに驚くかもね」  鈴にそう言われて、哲人は普段の生野を思い出しそして首を振る。 「・・全く想像ができない」 「熱く歌う・・ってことは、その生野って人ボーカルなの?」 と、直央が聞く。 「うん、ボーカル兼ベースなの。ギターの上村侑貴とのツインボーカルがウリなんだよ」 「へえーっ、ツインボーカルかあ」 「彼もイケメンだよぉ。ふふ、直ちゃんも惚れちゃうかもね」 「ばっ、鈴!余計な事いうなって!」  涼平が慌てて止めようとするが、その前に哲人が反応してしまっていた。 「!・・どういことだ鈴。直央がオレ以外のオトコを好きになるとでも・・」 「だって、直ちゃんはゲイだからねえ。イケメンがいたら、そりゃちょっとは視線もいっちゃうだろうねえ」  哲人に詰め寄られながらも、鈴は薄ら笑いを顔に浮かべながら言葉を続けようとする。 「それに侑貴は・・」 「そこまでにしとけ、鈴。いくらなんでも、悪ふざけがすぎるぞ。直央さんにもだが、生野にも迷惑がかかる」  涼平の声がいつもより低いものに感じられると、直央は思った。 「涼平くん?」 「すいません、直央さん。あまり鈴の言うことは気にしないでください。後でオレがシメときますんで」 「涼平のその言い方の方が、直ちゃんビビると思うけど」 「うるせえよ・・とにかくココを出る。じゃないと、哲人がいつ爆発するかわからねえ」 「ほんと、哲人の周りにはいろんな人がいるんだね。あ、鈴ちゃんの絵も見たよ。ちょっと本屋で手に取るには恥ずかしい感じもするけど」 「あは、中身も読んだ?けっこうエロいでしょ。燃えた?哲人と」 「えっ?そ、それは・・」 「だから、直央さんをからかうなっつてんだろ。いくらオマエがエロ絵師だっつうても、基本的には女の子なんだからな。もうちょっと言動には気をつけろよ」  そう、諭すように言う涼平を見て、直央は以前からの疑問をぶつける。 「涼平くんて、鈴ちゃんのことが好きなの?」 「ぶっ」 「なっ」 「ふぇっ?」  直央以外の人間が三者三様の反応を示す。 「・・やだなあ、直ちゃんてば。どうして、そう思うの?」 「どうしてって・・」  逆に自分に聞き返す鈴のその様子に、直央は違和感を感じる。 「気に障る質問だったのなら謝るよ、ごめん。ただ、涼平くんは鈴ちゃんをいつもちゃんと女子扱いしているからさ、哲人と違って」 『コイツは特別ですから。あっ、そういう意味じゃなくて、イタイやつだってことですよ。ボクっ子なせいもあって、こいつを女子とか意識したこともありません』 「涼平くんにとっては、鈴ちゃんは特別な存在なのかなって。オレにはどうしてもそう思えちゃって」  だって、と直央は思う。涼平の目がとても優しいものになるから、と。 「何か、とても大切なものを見てるような目だって、そう思ったの」 「っ!・・そういうつもりも・・なかったんだけどな」 と、涼平が苦笑する。 「やだ、涼平ってボクのことをそんな目で見てたの?でも、それはたぶん直ちゃんの考えはちょっとズレてると思うな」 「ズレてる?」 「うん、それは恋とかじゃなくて、ただのシスコンをこじらせた・・」 「「鈴!」」  哲人と涼平が同時に叫ぶ。その剣幕に直央も驚くが、同時にあるワードが気になり、鈴に問いかけける。 「シスコン?だって、3人とも 確か一人っ子だよね?」 「・・言ったでしょう、直央さん」 「っ!」  声の低さとは裏腹に、涼平は笑顔だった。が、いつもの鈴に向けるそれとは違うのが、直央にはわかった。 「涼平くん・・オレ・・」 「鈴の言うことは気にしないでください。貴方は、哲人のことだけ見ていればいい。・・オレのようにならないように」 「えっ?」 「ごめんねえ、直ちゃんを惑わすようなこと言っちゃって」  思いのほか殊勝な態度で頭を下げる鈴の様子に、哲人も驚く。 「鈴・・オマエ大丈夫か?」 「なんだよ!素直に謝ったのにその態度は!」  あはは・・と鈴は笑う。 「・・ボクも恋をする気はないんだよ。ボクや涼平の立場としてはね。けど、直ちゃんはボクたちを“普通の人間”と して接してくれるから、だから・・ほんと」  甘えたくなるんだ、と鈴は小さい声で呟く。哲人が直央に魅かれた理由も、おそらくそうだと。もちろん、直央が“全て”を理解しているわけではないのもわかっているけど。 「普通の人間て・・鈴ちゃんも涼平くんも普通の高校生じゃん。いろいろ凄い“モノ”を持ってるのもわかってる。けど、オレと無理して接触してくれてるわけじゃないんだろ?オレが哲人の恋人だからって理由だけじゃないんだろ?オレとこんな風に話してくれるのは」 「!」 「オレみたいに、何の特技も持たない平凡な人間と普通に過ごせるようなキミたちじゃないのはわかってる。いつも甘えちゃってるけど・・でもいつも感謝してる」  我知らず涙が出てくる。思わず鈴にしがみついてしまう。 「な、直ちゃん!?抱きつく相手が違うんじゃ・・」  背後からの哲人の視線を感じて、流石に鈴も慌てる。 「だ、だって・・ここで哲人にくっついちゃったら、何かそれで済まないようなことになりそうで」 「へっ?な、直央・・」 「あ・・・かもねえ」 鈴がニヤッと笑う。 「絶対キスはするもんねえ。それこそ、濃厚なヤツを・・」 「・・オマエら、どこにいても目立つことしかできねえのかよ。そろそろ時間だ、ライブハウスに移動するぞ」 「今日の涼平ってノリが悪いよねえ」 「へぇーっ、こんなとこで生野が歌うのか」 「けっこう人が入ってるね。人気あるんだね」  会場入りした後、哲人と直央は周りを見回しながら感心したように話す。 「ますます、普段の生野と結びつかない」 「哲人はもうちょっとこーゆーのも勉強しようね」 と、鈴が哲人の肩に手を伸ばす。 「小さいころは、いつも歌を口ずさんでいたのにね」 「哲人が?」  自分は聞いたことがないと直央は哲人に顔を向ける。 「そう言われても・・小さいころの記憶がそうあるわけじゃないしな」 と、哲人は困惑気に応える。 「でも、哲人の声なら・・きっと素敵なんだろうなって思うよ。生野って人のバンド、インディーズでCD出してるっていうから、ここで聞いて覚えて家で歌ってよ。インストも入ってるっていうから・・」 「・・生野ってCDも出してたのか?」  最早、自分の理解の範疇を超えすぎていると、哲人は思わず頭を抱える。 「チャート誌で一位になったこともあるんだよ。レクリエーションの時のカラオケ大会は盛り上がったよね。ね?涼平」 「まあ、な。哲人がいない穴を懸命に埋めてくれたんだぜ、生野は」 「わあ、哲人がすっごい悪者扱いされてる感じ」 と、直央が笑う。 「・・いいよ、何でも言ってくれても。直央が笑ってくれるんなら、オレはピエロで結構」  少しムスッとしながらも、哲人の声は嬉しそうだと涼平は思った。 「フッ・・哲人は本当に直央さんが好きなんだな」 「当たり前だろ、今さらなんだよ」 「いや・・」  ただ、羨ましいと言おうとして涼平は口をつぐむ。少なくとも、直央の前では言うべきではないと。 「あっ、ほら。生野が出てきた」 「・・いつもと雰囲気が違いすぎやしな いか?」 と、哲人が呟く。 「あ、あのベース持ってる人がそうなんだね。へーっ、確かにカッコイイっていうか雰囲気があるね」 「でしょ、でしょ。そんで、甘いボイスで歌うからさあ、ほら」 と、鈴が女性客を指差す。 「ショウって、ほんとカッコイイよねえ」 「うんうん、目が合ったらニコッてしてくれるし。ファンサが半端ないっていうか」 「そうそう、あの笑顔がたまらないんだよね」 「ユーキは顔に似合わない冷たさがあるときがギャップ萌えでいいんだけど、ショウってほんと“癒し”なんだよね」 「モテモテでしょ、いっちゃん」 「なんか、そういうオーラがあるっていうか。哲人は本当に気づいてなかったの?学校で毎日会ってるんでしょ?」 「や、真面目だなとは思ってた・・。そこらへんを買って生徒会役員にさせたんだけど、けっこう忙しいヤツだったんだな。・・悪いことをした」 「・・いっちゃんは、何も文句言ってないでしょ?哲人のことだって、ほんとソンケーしてんだよ、彼。ていうか、“生徒会の良心”だからねえ、いっちゃんは」 「生徒会の良心?」  どういう意味だと、直央は哲人と涼平の顔を交互に見る。 「他は・・まあ、こういうメンバーだしな。や、普通に真面目に努めてはいるつもりだけど・・」 「もう一人は、会計の・・コイツだけは2年生なんですけど、有能なんですけどクセがあるヤツでして・・」 「つまり、真のまとめ役はいっちゃんなんだよねえ。生徒会も、バンドも」 「へっ?」 「ああ、もう一人出てきたでしょ、ギター持って。アレがもう一人のボーカルの上村侑貴・・通称ユーキ」  そう言いながら、今度は鈴は舞台の上を指差す。 「ん?・・生野くんより背が低いんだね」  どこかで見た顔だと思いながら、直央は舞台上を見つめる。 「あれ?」  視線が合った、そんな気がした。 「まさか、な」 「あそこにいんのが、ショウのお仲間か?やけに目立ってるじゃん、本人たちは自覚ないみたいだけど」  自分を見つめる男性の方を一瞬ではあるがしっかり見た後、上村は生野に声をかける。 「・・哲人は駄目だぞ、ちゃんと相手がいるんだから」  また、いつもの病気が始まったかと生野は顔をしかめる。 「哲人って、涼平の横にいる背の高いイケメン?・・んな心配するくらいなら 、こんなとこ連れてこなきゃいいじゃん」  そう言ってからからと笑う上村を見て、生野は小さくため息をつく。 「・・鈴が引っ張ってきたらしい。向こうが今日渋谷に用事があったらしくて、ちょうどいいやと。哲人の彼氏と会うのはオレも初めてなんだけどね」 「あは、オレは彼氏のことは知ってたよ。なるほど、彼のような男が惚れそうなオトコだね、ショウの友人は」 「はっ?侑貴が何で・・つか、わかってんなら尚更哲人に手を出そうとかするなよ?アイツはそういう男じゃないんだから」  生野は尚も念を押す。1年ちょっとの付き合いではあるが、自分なりに哲人の性格などは把握しているつもりだった。 (まさか、年上の男性を恋人にするとは思っていなかったけど) 「そういう男じゃないって、実際にオトコと付き合ってるじゃん。まあ、ノンケなのは普通にわかるけどさ。てか、オレを呼ぶときは侑貴じゃなくてユーキ」 「それこそどーでもいいだろ。とにかく、くれぐれも問題は起こすなよ。・・じゃあ始めるぞ」 「へいへい。んじゃあ・・あは、待たせちゃったねえ。今日のユーキくんは機嫌がイイんで、一発目はコレね」  そう言って、上村は自分のギターで二つ音を出す。 「ちょっ!予定と違うじゃん!」  生野は慌てて後ろの他のメンバーの方を見る。すると、キーボードとドラムの二人は苦笑しながらも顔を上下に振る。 「ったく・・・ごめんね、侑貴がワガママで」 「だから、ユーキだっての!」  そして演奏が始まる。最初は静かな旋律。が、すぐ にソレが激しいものに変わる。 「わっ、生野くんてホントに声がカッコイイんだねえ。優しげな顔つきなのに、けっこう低い声で」 「直ちゃんの好みでしょ、こういう声。てか、ユーキのやつホントに今日は機嫌がいいんだなあ。この曲って人気あるしCDにも入ってるんだけど、めったに演らないんだよ?」  リズムに身体を乗せながら、鈴は嬉しそうに言う。 「へえーっ、そうなんだ。何でだろうね?」 「おい、生野の声が直央の好みってどういうことだ!」 「結構、演奏が難しいんだよ。耳コピ程度じゃ、まず無理。演奏してみましたって動画とかに度々上がるけど、大抵酷評されてるの。作曲はユーキなんだけどね」  哲人のことはガン無視で、鈴は直央に答える。 「り、鈴!」 「でも、セトリとは違ってたみたいだけど、みんな普通に演奏してるよね」 「このバンドの実力は本物だよ。メジャーデビューの話も何度もあったんだけどね」 「凄いじゃん!帰ったらネットでCD探そうっと。・・やっぱ皆が高校生なのがメジャーにならない理由?」 「ユーキは大学生だよ、アレでも21歳なの」 「へっ?」  思わず直央は上村を凝視してしまう。すると、それに気づいたのか上村が自分に向かってウィンクした・・ように思えた。 「っ!」  身長は175㎝ほど。少し長めの髪を茶色に染め、上村はその細めの身体から発せられているとは思えないほどの声量で、観客を魅了し続けている。 「・・なんか、素敵な声だね」  思わず呟いたその言葉を耳にした哲人の表情が変わる。 「な、直央!」 「もちろん、哲人がオレに囁いてくれる声が一番好きだよ。でも、この歌声もいいなって思うのは正直な気持ち。時々見せる柔和な笑顔に優しい歌声。なのに、一転激しいソレになるんだよね。たぶん、生野くんがうまくフォローして合わせてるから活きてるわけで、このメンバーじゃないと上手くいかない歌なんだろうなって・・思う」  うまく言えないんだけど、と直央は顔を赤くする。 「・・まあ、だいたいはそんな感じだよ。直ちゃんぐらいに理解してくれる人は、そうそういないんだけどね」  鈴は少し複雑そうな表情で言う。 「聞く人を選ぶ歌ってのもあるからね。だから、ほんとにめったにライブじゃ演らないんだ。・・まずったかな」 「えっ?・・って、また何か揉めてるみたい」 「・・あのバカ」 「次はねえ・・『Your smile』歌いまーす。激しいの期待してた人はごめんねえ」  その言葉に会場内がざわつく。 「嘘ぉ!」 「ユーキってば、本当に機嫌いいんだ、今夜」 「なになに、新しい恋人でもできたってことかなあ」 「・・慣れてるけど、地味にショックだわ、それ」 「・・なんかみんな騒いでるけど、これも特別な歌なの?」 と、直央が鈴に聞く。 「うーん・・元々いっちゃんがロック調に作った曲なんだけど、それをユーキが編曲して、作詞もしたんだよね。んで、ユーキの実体験な内容なんじゃないかなって言われてるいわくつきの歌なの」 「そうなんだ・・」 「CDの方にはオリジナルのが入ってるんだけど、だから尚更幻の曲扱いされててさ。つうか、ホントにセトリ無視してんのね」 「んじゃ、静かにして聞いててね」  上村の言葉に、会場内がすぐに静まり返る。 「ふふ、そういう素直な皆がオレは大好きだよぉ。ショウもオレのワガママ聞いてくれてアリガト。愛してる!」  瞬間「やっぱり・・」という声が少なからず聞こえてきて、生野が苦笑する。  そして、その歌は流れる 覚えてる?  なかなか貴方に近づくこともできなくて  ずっと後悔を重ねていた私に  貴方の方から言ってくれた言葉  「後で悔やみたくなければ、今踏み出せばいいんだ」  なんて  私が悩んでいることはわかってたくせに  肝心な私の心の奥底までは気づいてくれなかったんだもの  つい、笑っちゃった    そう、貴方の前で初めて笑えたの  あの時  ため息しかつけなかった私を  貴方の言葉が笑顔にしてくれた    なのに  自分の言葉がどうしても出なかった  わかっているのに  想いを抑えたら、ただ心が壊れてしまうことも    けれど・・    同じ方向を向かわなければ、想いは結びつかない  言葉を出さなければ、気持ちも相手には届かない  大事な一言を言わないうちは、いつまでも足踏みし続けるだけ    わかっている・・けど    だからお願い  私があの人の前でいつも笑っていられるように  誰か、私の背中を押して  お願い・・ 「バラード?これって女の子の気持ちを歌ってるの?」 「タイトルのこともあるからねえ、本当のことは作ったユーキにしかわからないよ」  少し難しい表情で鈴は答える。 「ユーキの凄いところは、これだけの高いキーを苦も無く出してるってこと。勿論いっちゃんみたく低い声も出せるんだけどね」 「・・凄いね、顔もどっちかっていうと女性っぽい感じがするけど。鈴ちゃんと正反対なのに何か似てるっていうか」 「うーん、あんまし嬉しくない・・」 「なんか久々に『Your smile』歌っちゃったせいで、今夜はお酒が進みそうだわ。ショウも付き合う?」  冗談めかしてそう言う上村に、生野は若干冷めた声で答える。 「オレは未成年だから無理。つか、今夜のオマエのキャラ・・ブレブレだぞ」 「キャラ?いやあねえ、どれも本当のオレだって。あ、まだお酒は入ってないからねえ。今夜のオレは割とマジに歌ってんの。もちろん、いつもそうだけど・・今夜は特に、ね」  意味ありげにウィンクする上村を見て、舞台上の生野とそして鈴も小さくため息をつく。 「はあーっ、アイツ・・今がとても大事な時ってわかってんのかなあ」 「鈴ちゃん?」 「ラストの曲が終わったら楽屋にいくつもりだったんだけど、直ちゃんと哲人は帰った方がいいかな。誘っておいてなんだけど・・」 「正直、オレもそう思う。侑貴は根は悪いヤツじゃないけど、今の哲人にはちょっと会わせたくない」  涼平が哲人を指差す。 「哲人・・怒ってる?オレが、ユーキの声を褒めたから?」 「・・なんで、そんなことぐらいでオレが怒らなきゃいけないんだ?別にオレは・・」 「やっぱ怒ってるんじゃん、ほんとにもう・・。何度言ったらわかってくれるんだよ、オレがどれだけ哲人に惚れてるか、言葉でも態度でも示してるのに、いつも」  我知らずため息が出る。その途端、直央はまたもや舞台上からの視線を感じた。今度はさっきよりも長く。 (なんで・・オレを見てるの?あの人は) 「生野のこともそうだけど、やっぱり直央に他のオトコのことは見てほしくないし、褒められるなんて論外だ。・・平気じゃいられない」 「ていうわけで、あの二人は先に帰しちゃった。ごめんね、いっちゃんに気を使わすようなことになっちゃって」  疲れた、という表情で鈴は頭を下げる。 「いいよ、今夜のことは侑貴の悪い癖が出たということで。てか侑貴のヤツ、哲人の彼氏のこと知ってるって言ってたぞ」 『あは、オレは彼氏のことは知ってたよ。なるほど、彼のような男が惚れそうなオトコだね、ショウの友人は』 「どういうことだ?もしかして、それは鈴も承知のことだったのか?」 「っ!それは・・」  鈴が口ごもる。 「たまたまだったんだよ。けど・・」 「そ、たまたまなのよね。オレがあの直央って人と同じ大学なのは」 「ユーキ!でも、大学はやめるって・・」 「は?どういうことだ鈴。オレもそれは初耳だぞ」  驚いた涼平も鈴に詰め寄る。 「知ってて、オマエはこの侑貴と直央さんを引き合わせようとしていたのか。ただでさえ、侑貴はゲイだってのに」 「ひどいわねえ、涼平ってば。ほんと顔だけならアンタもあの哲人ってコもタイプなんだけど、性格的に面倒くさいのよね」  上村は大げさにため息をつく。 「侑貴、いい加減にしろよ。問題を起こすなと言ったろ?鈴も、正直に答えてくれ」  生野にそう言われ、仕方なしにという感じで鈴は答える。 「例の話が本決まりになったころ、ユーキに言われたんだよ。自分は大学をやめるつもりだって。今まで、それを理由にメジャーデビューを断り続けてたんだと思ってたから・・」 「あの時は、本気でそう思っちゃってたんだよねえ」 と、上村は笑う。 「で、鈴には悪いけど、そのことと例の話とは関係ないんだ。ちょっといろいろあってね。けど、邪魔な存在もいなくなったんで、大学もやめる必要が無くなったってワケ」 「邪魔な存在?」 「ふふ。例の・・直央くんも関係している事件の事よ」 と言いながら、生野の方をちらっと見やる。 「?」 「!・・侑貴が食えない輩なのは承知してたけど、ちょっと今回はボクが甘かったようだね。けど・・」 「わかってるって!つうか、感謝してるくらいよ?アンタたちは、直央くんを守りたかった・・だけかもしれないけど、結果的にオレの溜飲も下がったわけで。・・だから、直央くんのことも知ってるわけ」 「どこまで知っている?場合によっては・・」  最悪のことまで想定しなければいけないと、涼平は身構える。 「アンタたちと争うつもりもないわよ?お互いにショウは大事な仲間だしね。けど、直央くんのこともけっこう気に入っちゃったのよ。・・オトコを引き付ける雰囲気があるのよね、彼。そこんとこは鈴だってわかってたと思うけど?」 「・・・」 「お互いに守りたいものがあるんだから、無駄に争わない方がいいと思うわ」 「まだ、怒ってる?タクシーの中でも何も喋らなくて・・。ずっとスマホばかり見ているから、オレ」 「・・違うよ、ずっと鈴と生野からLINEが入ってたんだ。鈴はともかく、生野には悪いことしたと思ってたから、懸命に返事を考えてた」  そう言って、哲人は照れた顔を直央に向ける。 「オレが・・ガキすぎたんだ。会長として、率先して生徒会を動かしてたつもりだったけど、生野がバンドやっててちゃんと結果を出してることすら知らなかった。なのに、オレは嫉妬してばっかで。恥ずかしいったら、ありゃしない」  けれど、どうしても抑えられない。彼を自分の胸のうちに入れて、誰にも見せたくない触らせたくないという欲望を。 「どうしてかわからない。二人の想いは結びついてるはずなのに、焦る必要なんてないはずなのに。くっついていないと、不安になる・・」 「じゃあ、今すぐ抱いてよ」 「えっ?」 「なんで驚くのさ」 と直央は笑う。好きな顔だと哲人は思う。自然に手が伸び、顔を自分に近づける。 「キス・・してよ」  そう言って、直央は目を瞑る。直ぐにその口の中に舌が入り、激しく絡めあう。 「ん・・うふ・・んん」 「・・・」 「哲人の大きいの・・オレのお尻に挿れてほしいの。じゃなきゃ、満足できない・・・あ・・や・・あああ!」 「直央はコレが欲しかったんだろ?アンタが望むもの、オレが全部あげる。アンタの身体に意識に、オレを植え付ける。オレの全てがアンタを欲して・・いるから」  上から順に丹念に愛撫され、意識も身体もドロドロになった直央のソコは簡単に哲人のソレを受け入れた。同時に、肉壁がきゅっと締まり、哲人は思わず「ウッ」と呻く。 「あっ・・はあ・・ん」 「こんなんで、アンタが満足するはずないだろ?もっと、奥まで挿れさせろよ。いつも感じるところより、もっと奥まで・・」 「ひっ!し、知らない・・そんな場所。あっ、ああ!む、無理・・これ以上は・・やあっ」  いつものソレが限界だと思っていたのに、自分の感じたことのない部分に痛みが響く。 「あっ、いっ・・っ!」 「慣れたら気持ちよくなるから・・だからオレに遠慮なくしがみつていればいい。オレの体温を感じて・・」 「はあっ・・あっ、あっ、んん・・いい!そ、ソコ・・」 「ん?ココか。やっぱりあったんだな、直央の感じるとこ」  ニヤッと笑って、哲人は少し体勢を直す。 「い、いやっ!」  哲人のソレが引き抜かれそうになって、思わず直央は声を大きくする。 「挿れてるよ、直央が満足するまで」  ずんと、一気に奥まで貫かれる自分の中に熱さが走り、直央は嬌声を上げる。 「あ・・・はっ・・イイ!すごく・・いっ、ああ・・ソコ!」 「ココだろ?ふっ、少しかき回すぞ」 「ひいっ!・・やっ・・あ・・ああ・・ぁ・・っ・・・ああん」  感じすぎて、息もロクにできないほどなのに、更なる快感の頂へと哲人のソレは誘う。 「あ・・ん、てつ・・と好き・・。ひっ・・」 「オレも好きだよ。好きで好きでたまらない。できるなら、ずっと口づけていたい」  深いキスを受け入れ、直央の中はますます哲人を締め付ける。 「っ!・・本当に素直で可愛くて・・」  自分が直央を受け入れるのがもう少し遅かったら、彼は今頃他のオトコに抱かれていたかもしれない。そう思うと、たまらな気持ちになり、哲人は腰を動かし続ける。 (オレの想いはいつか直央を傷つける。そして周りも。わかっていても、抑えることはできない。愛しすぎているんだ・・) 「あっ・・あ・・んん。いい・・っ・・も、もうダメ・・へ、変になっちゃ・・う」 「変でもいいよ。オレの前でだけ、淫らな姿態を晒して構わない」  そう言いながら、直央の屹立したソレを握る。 「いやっ・・あっ」  本当にギリギリだったらしく、途端にイッてしまったようだ。 「ご、ごめん」 「もう少しそのままでいてくれる?」 と聞くと、直央は黙ってうなづく。 「オレももう少しだから・・」 と言いつつ、腰を動かしながら再び唇を重ねる。 「んん・・ん」 「ん・・っ!・・ふ」 「言おうかどうか迷ってたんだけど・・」  哲人は直央に自分のスマートフォンの画面を見せる。 「あの人が、オレと同じ大学?」 「ええ。鈴がなぜソレを黙っていたのかはわからない。でも、彼は直央に興味を持っているのは事実だ。そしてオレは・・」  それがたまらなく不安なのだと、正直に告げる。 「オレは、哲人がオレを好きだって言ってくれることが一番の幸せなんだもの。そういう意味では、他のオトコなんていらない。もし、彼がオレにちょっかいをかけてきても、オレが無視すればいいだけだろ?」 「それはそうなんだけど・・」  胸騒ぎは治まりそうにない。思わず、裸のままの直央を抱きしめる。 「んもう・・。ていうか、哲人だって同じ学校に自分の事を好きだって言う男性がいるんだから・・しかもあんなイケメン。オレはそっちの方が心配」 「一宮のことなら・・一年生と三年生の教室はけっこう離れているから、そうそう会うこともないかと」 「じゃあ、お互いに心配する必要ないんじゃん」  大丈夫だよ、と直央が微笑む。 「この笑顔に、オレは弱いんだよ」  更に強く抱きしめる。 「哲人・・」 「ん?」 「本当に悩んでる?」  少し呆れたような直央の言葉にも構わずに抱きしめ続ける。 「悩んでるよ、この大きくなったコレをどうしたらいいのかと」 「はあーっ・・明日でGWも終わりだけど、たぶんずっと家にいることになるね」 「二人でいるんなら、それでいいだろ?だから・・」  もう一度イイ?と哲人は耳元で囁く。 「朝まで一緒?」 「もちろん。ずっとずっと一緒」 「ふふ、哲人だーい好き!」 To Be Continued

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