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第12話

「やっほー!直央くーん・・あれ?」  財前直央は思わず回れ右をする。 (だめだ・・立ち止まっちゃダメだ。この人にオレが関わったら、たぶん哲人が傷つく。自分の一番大切な人が) 「もう!大学じゃ出来れば目立ちたくないって思ってるアタシが、ここまで大声出してんのにぃ。可愛い顔して、イ・ジ・ワ・ル」 「なっ!」  いつの間にか、相手の顔が目の前にあった。 「なんで、上村さんが・・」  確かに後ろにいたはずなのに、と直央は驚く。その顔を見て上村侑貴は大声で笑う。 「あははは!ウケるわ、ほんと。彼氏は融通が利かなそうなのに、アンタみたいなコがどうやって・・と思うけど、どうも向こうがベタ惚れなのは事実なようね」 「はあ?」 「ふふ、これでも身体は凄く鍛えてんのよ。バンドなんて、ほんと体力使うんだから。アンタ程度なら直ぐに押し倒せるんだけど・・。けど、アンタの周りの人間が強敵すぎるのよね」  そう言って、上村は直央に顔を近づける。 「!」 「そこまで引かなくていいだろ?ショックだぜ?けっこう顔には自信あんのにさ」 「えっ、口調が変わって・・」  さっきまでオネエ口調だった上村が、急に普通の男になった気がして直央は驚く。ニヤニヤしたその表情はそのままなのだが。 「アンタねえ、普通そういうのは思っても言葉には出さないもんだぜ。でも、そういうとこも可愛いって思っちゃうのよねえ」 「ど、どういう人なんですか?貴方って・・。それに何でオレなんかを」  表情は変わらないのに、雰囲気は微妙に違う。戸惑いながら、直央は聞く。 「オレに興味があるのは、哲人の恋人だからですか?」 「へっ?・・・うーん」  終始ニヤついていた上村の表情が初めて変わり、困惑気なソレになる。 「鈴からちゃんと聞いたと思ったんだけどな。オレがアンタをとーっても気に入ったってこと。ちゃんと、オレの曲わかって聞いてくれてただろ。だから、オレバージョンのあの曲も演ったんだぜ?」 「それって・・」 『うーん・・元々いっちゃんがロック調に作った曲なんだけど、それをユーキが編曲して、作詞もしたんだよね。んで、ユーキの実体験な内容なんじゃないかなって言われてるいわくつきの歌なの』 「そう鈴ちゃんが言ってた。でも、少なくとも貴方の好みはオレみたいなのじゃない。それは、オレへと向けられた視線でわかった。そういう好意は感じられなかった。少なくとも、最初に貴方が哲人に向けた視線とは違った」 「あら・・ま」  困惑気だった表情が徐々に真剣なものへと変わる。が、ふっと息をつくと、上村は突然笑い始める。 「あははは・・確かにこれは“あの組織”が潰されるはずだわ。目をつけた相手が悪かったのね、アイツも」 「あの組織・・って。ちょっ!・・っ!」  慌てて直央は上村の手を引き、人気のない場所へ連れて行こうとする。 「突然そんな積極的になられても・・。今日は挨拶程度のつもりだったから、ゴムとか用意してないんだよ?」 「んなもん、オレ相手には無用です!」 「あら、もしかして彼氏とはいつも生なの?なら、アタシとも・・」 「オレは貴方と寝るつもりはないと言ってるんです!つか、問題はソレじゃなくて・・」 「先月、アンタたちがやらかしたこと?大丈夫よ、いろいろ噂は飛び交ってたけど真実を知ってる人はもうこの大学にいないから」  上村はそう言いながら、木にもたれかかる。その姿になぜか直央は見惚れてしまう・・気がした。 (なんか、ほんと不思議な人。綺麗なのに・・中身は複雑というか」 「じゃあ、どうして上村さんは知っているんですか。まさか、貴方も関係して・・」 「まあ 、オレも褒められた生活はしてないけど、流石に犯罪には加担しないぜ?そういうことしてたら、鈴や涼平とは付き合えないだろ?ショウがアイツらの大事な仲間なのもわかってっしな。そこまでクズじゃねえよ、オレは」  口調がまた変わり、軽い調子のソレとは裏腹に表情は真面目なものになる。 「じゃあ・・」 「これはショウは知らないことだから、アイツの耳には絶対に入れないでほしいんだけど、ショウがウチのバンドに入るまでベース担当してたヤツがまあ・・アイツらにヤラレちゃったんだよ。アンタの彼氏はアンタを守れたけど、オレは駄目だった・・ってわけ」 「・・そう。ってもしかして・・」  少し寂し気なその表情を見て、直央はハッとする。 「好きだったの?その人の事 」 「ふふ・・それはどうかなあ」 と、上村は微笑む。 「オレは、本気で恋ができないから。だから、アイツが死んだ後に直ぐに顔見知りではあったショウに声をかけた。ショウの高校は厳しいとこだから、下手なことには巻き込まれないだろうとも思って」 「死んだ・・の?その人」 「クスリが合わなかったんだろうね。まあ、ドラッグなんてそういうものなんだろうけど。他のメンバーもそのことは知らない。もっと早くに鈴たちと知り合えてたら、どうなってたかはわからいけどな」 「オレは・・」 と、直央は口をつぐむ。あのまま哲人に嫌悪感を抱いて、彼の手をはねのけていたら、自分はおそらく同じ運命をたどったのだろうと思い身体を震わす。 「オレ的にはそれこそ早く組織を潰してくれてたら、仲間は死なずに済んだ・・という思いがあるんだけどね」 「!・・それ・・は」 「だって死人も出てる事案なのに、警察は事件にすらできなかったんだぜ?それを鈴たちは・・だろ?・・おっと、その方法や経緯はオレは知らないぜ?マトモなやり方じゃないのは容易に推測できる。オレらパンピーが首を突っ込まない方がいいってこともな」  そしてもたれかかっていた木から身体を起こし、上村は直央に近づく。 「か、上村さん・・」 「うふ、ユーキって呼んでよぉ。アタシも直央って呼び捨てにするからぁ」 「はあ?」  急に何を、と口を開いた時、直ぐ目の前に相手の顔があった。 「!?・・ぅ」  あっという間に上村の舌が自分の口の中に侵入していた。そのまま舌を舐らされようとしたところを、寸でのところで顔を離す。 「な、何を・・」 「言ったでしょ?アンタが気に入ったんだって。だからキスしたのよ。好きになったら当然の行為でしょ」  しれっとした表情で、上村は言い放つ 「そ・・それは・・そうだ・・けど。け、けど・・オレは恋人がいるわけで」  まだ感触の残る唇をごしごし擦る。 「お、オレは哲人以外の人と・・」 「キスしちゃったねえ」 と、上村はニヤつく。 「ゆ、侑貴さん!ふ、ふざけないでください!オレは真剣に恋愛しているんだ、貴方はオレを・・」 「アンタに本気で惚れてるって言ったら、受け入れてくれるわけ?つうか、アンタの彼氏ってノンケだろ?しかも結構な堅物だ。そんなイケメンがアンタを受け入れた」 「そ、それは・・いろいろあった末のことで、けっして軽い交際じゃない。ずっと二人で一緒にいると・・」  直央は必死に言葉を紡ぐ。 「そう言わせるだけの、魅力がアンタにあるってことだよな」 「えっ?」 「アンタは顔だけじゃなく、性格まで素直で可愛いんだろうな。じゃなきゃ、鈴や涼平みたいな人間がアンタを守ろうとするはずがない。いくら親友の恋人だからってな。そこら辺をアンタがどう思っているかわかんないけど」 「侑貴さんは・・鈴ちゃん達のことをどこまで知ってるわけ?」  表向きは普通の高校生の笠松鈴と橘涼平は実はある一族の諜報部隊のトップだ。ふとしたことで事件に巻き込まれた直央はその事実と、そのときの日向哲人ひゅうがてつひとの告白を受け入れ、現在に至る。 「さっきも言ったけど、オレは必要な事以外は知らないようにしている。ただ、これも言ったが褒められた生活をしていたわけじゃないから、多少は裏のことを知ることはできる。だからわかる。あの二人・・いや、アンタの彼氏も普通じゃないってことはな」  侑貴は直央の顔を見つめたまま、静かにそう言った。 「それでも、ショウの大事な友人だ。ま、それ以外にもオレやあっちの個人的な思惑もあって付き合ってる。が、必要以上に深入りしようとは思わない。平和に暮らしていたいからな。このオレでさえそう思う輩・・なのに、アンタは彼らに守られている」 「っ!」 「アンタもそれを受け入れてるってことは、アイツらの深いとこまで知ってるってことだろ?先月の例の事件のきっかけも、おそらくアンタだ。アンタを助けるためにアイツらが動く。警察以上の力を持つ奴らがな」 「オレは・・そんなつもりじゃ・・」  自分はただ哲人を好きになっただけ。ただ哲人に愛された・・だけ。 「けれど、何も知らないわけじゃないだろ。アンタは特別な存在なんだ。そんなアンタにこのオレが魅かれても、不思議じゃないだろ?」 「で、でも。オレは哲人しか好きじゃない、好きになりたくない!オレの考えていることは確かに甘いのかもしれないけど、けどオレは哲人を信じていくだけだ。恋人だから」 「そこまで言わせる、あの男にも興味はあるけどね」 と、侑貴は自分の舌を舐める。 「けど、オレ的には素直すぎるアンタを 抱きたいんだよな。名前で呼んでくれって言ったら、直ぐに呼んでくれるんだもの。できたらユーキって言ってほしいんだけど」 「侑貴さんがゲイなのはわかります。あのライブ見てて素敵な人だとも正直に思いました。けれど、オレを抱いていいのは哲人だけです。哲人に誰が恋をしても構わないけど、哲人に愛されるのはオレだけだ」 「はあ・・」 と、侑貴は小さくため息をつく。 「割りに頑固なとこもあるのね、アンタって。ふふ、ますます興味が出てきたわ。アンタといたら面白そうだもの」 「侑貴さん!」 「同じ大学なんだから、これからも顔を合わせるわよ?それに、アンタを狙ってるのってアタシだけじゃないんだから」 「は?」  思いがけない言葉に、直央はつい侑貴を見つ めてしまう。 「アンタを襲おうとしたバカみたいなのが、他にいないと思ってた?まあ、あのバカの場合は色欲と物欲の両方を狙って自滅したのだけれど、アンタってどうもオトコを引き付けちゃうのよねえ。その可愛い顔だけでなく、そういう雰囲気が感じられちゃうの」 「嘘・・だってオレなんか別に・・。ただ弱そうに見えるから、ちょっかいかけられるだけで」  アメリカにいたときも何度も襲われた。おかげで体と心に大きな傷を負った。かろうじて自分の処女だけは守れて、哲人が最初のオトコ・・ということになったのだけど。 「・・でも、哲人も言ってた」 『オレは全く好みじゃありませんが、アナタはオトコに狙われやすい顔のようですね。最初に会った時もそうでしたし。せ いぜい気を付けてくださよ。オトコなら誰でもいいわけじゃないんでしょ』 「あら?アンタの彼氏って、アンタが好みじゃないんだ?なのに、ノンケの彼が今はアンタに夢中ってことは、よっぽどアンタの中が気持ちイイってことね。その可愛いお尻が」 「なっ!」 「ふふ、想像したら勃ってきちゃったじゃない。わかるでしょ?当たってるのが。アタシ、この後は時間があるからその辺のラブホで・・」 「オレは講義に出るんです!」  顔を真っ赤にして直央は侑貴の身体を自分から離す。 「ふざけたことしないでください!オレにも哲人にもコレ以上ちょっかいかけないで・・」 「とか言われても、マジで勃っちゃったしな。収まりそうにないから、自分で処理しないと・・・。オレの オナニー見る?」 「み、見るわけないでしょう!からかうのはやめてください。オレ、もう行きますから・・」 「ちょい待ってよ」  そう言われて、直央はつい振り向いてしまう。 「はい?・・な、何を」 「オカズ用にアンタの顔撮ったんだよ。もちょっと薄着にしてくれててもよかったんだけどな。まあ、この暑い中でTシャツも着ないってことは、それなりの理由があるんだろうけど」 「な・・」  なんでそんなことがわかるんだと、直央は驚く。 「オレもいろいろあったんだよ。おかげでこんな性格になっまった・・けど」 と、侑貴は一瞬表情を変える。それはとても寂し気なものだったと、直央は後で哲人にそう告げた。 「真剣に恋ができたら・・とは正直思う。そんで、オレは 直央にそういう運命感じちゃったんだけど?」 「へ?」 「簡単に言うと・・一目惚れ?」 「はっ?・・・はあああああ!?」 「悪かったな、生野。せっかくライブに招待してくれたのに、挨拶もしないで帰っちまって」 「こっちこそ・・。侑貴が原因だろ?まさか哲人の恋人とアイツが同じ大学だとは思わなくて。ちょっかいはかけないようにクギはさしておいたんだけど、素直に言うことを聞くヤツじゃないから」  何かあったら遠慮なく殴ってくれてかまわない、と真顔で言う同級生で自分が会長を務める生徒会の書記である生野広将を見て、哲人は思わず微笑んでしまう。 「ん?どうした?オレ、なんか変なこと言った?」 「いや、オマエってほんとイイ男だなと思ってさ」  そう言いながら哲人は自分の弁当箱から、唐揚げを掴んで相手のソレに入れる。 「えーっと、オレが要求したわけじゃないよね、コレ」  困惑気な表情で生野が聞く。 「今朝、直央に試食してもらったら微妙な顔してたから。第三者の意見も聞きたいと思ってさ」 「ああ、哲人の手作りなわけね。・・時々天然だよな、オマエって」  苦笑しながら、ともかくもと生野はその唐揚げを口の中に入れる。 「どうだ?」 「うーん・・悪くはないけど、微妙に味が足りない感じ。美味しいかどうかって聞かれたら、ものすごく返事に 困る味だな」 「そうか・・。やっぱ調子悪いのな、オレ」 「そういうので調子を量る男子高校生って、普通いないと思うけど。てか、直央さんと一緒に住んでるわけじゃないんだろ?同じマンションだってのは聞いてるけど」  朝から弁当を手作りして、それを彼氏に食べさせてるって・・と生野は不思議そうな表情で聞く。 「・・今朝までずっとオレの部屋にいたからな、直央は。割としょっちゅうなんだけど・・変か?」 「朝まで一緒って・・まさか」 と言いながら、生野は哲人をじろじろ見る。主に下半身の方を。 「んだよ、その視線は。何を考えて・・」 「恋愛経験のほとんどないオレだって、そりゃ考えちまうって。そんな言い方されたら・・」  顔を赤くしながら生野は答える 。 「や、哲人がどういう性癖でもいいけどさ。侑貴もゲイなわけだし。けど、やっぱ哲人が・・ってのは想像できないよ」 「しなくていいよ!言っとくが、オレはゲイじゃないからな。好きになった相手がたまたま男性だっただけだ。って、生野とあの侑貴ってヤツってもしかして・・」 と、真顔で哲人は聞く。 「その・・関係があったりするのか?」 「ぶっ・・な・・アホ!」  もう少しで口の中のモノを出すところだったと、少し怒りの表情を生野は哲人に向ける。 「そりゃあ、冗談めかして口説かれたことはあるけど・・。あっちは、たいてい相手がいるからな。まあ、遊びの相手がほとんどだけど。それに年下にはめったに手を出さないんだ。だから、鈴もオマエらに紹介しても大丈夫 だろうと思ったんだろうけど」 「けど、鈴が危機感を感じたということは、そういうことなんだろ?確かにオマエらの音楽は素直に凄いと思ったし、直央も褒めてた。けど、それとこれとは別だ。直央に手を出したら・・」 「羨ましいな」  生野がぼそっと呟く。 「・・何が?」 「そこまで真剣に想える存在が側にいるってことがだよ。オレは音楽以外取柄もないし、オマエほど余裕があるわけでもないからな。や、オマエの努力も間近で見てて言ってんの」 「鈴が言ってたぞ、生野はモテるんだって。単に、オマエの好みに会ってないだけじゃないのか?」 「!・・直央さんて、哲人の好みの顔だったの?」 「へっ?・・あー・・・その・・・なのか?」 「オレに聞くなよ!」  まさか 自分が哲人にツッコむ日がくるなんてと、少し感慨深げに思いながら、それでもため息をつきながら生野は哲人に問い直す。 「哲人は彼のどこを好きになったの?最初は嫌ってたって聞いたけど・・」 「どこって・・」  まさか身体の相性がいいから、とは言えず顔を赤くする。 「まあ、直央はオレには無い素直さがあるからな。そんで自分を隠さずに見せてくれるし、だからオレもつい・・直央を見つめてしまうんだ。そしたら、可愛い笑顔を向けてくれるから、つい頭を撫でたりしてしまって・・気づいたら、その・・」 「つまり、毎日仲良しさんなわけね。オレにはそんな経験もないから、想像できないけど」  どう反応していいかわからないと、生野は苦笑する。 「レクリエーションの時 も、オマエの話で1年生が顔を赤くしてたけど?」 「確かに声をかけられることもあるけど、やっぱ柄じゃないしな。それよか、今は侑貴の問題をどうにかしないとだし」  はあーっ、と生野は大きくため息をつく。「あの病気さえなければ、性格はそれなりなんだけどな」 「いつ、どうやって知り合ったんだよ。いくら音楽が共通の趣味とはいえ、三つも年の差があるんだろ?」 「侑貴と、ってこと?最初に声をかけられたのは1年前の今頃かな。あの頃は、オレはいろんなバンドの助っ人みたいなことしててさ。で、その半年後くらいに今のバンドに正式加入したわけ。でも、その前から侑貴の・・主に恋愛トラブルだけど、それをオレが処理することがあってさ。今もアイツの世話係はオレ、みたいな感じになってる」  ほんと子供なんだよ、と生野は笑う。 「けど、鈴とはけっこう気が合うんだよな。キャラのせいもあるとは思うけど」 「キャラ?」  鈴はボクっ娘で、普通に明るくなんでもズケズケとはっきり言う性格だ。ただ、小さいころはもっとおとなしかったような気がすると哲人は思っている。 「鈴は誰とでも話を合わせられるヤツだろ?それこそ性別年齢関係なしに。侑貴も、場合によっていろいろキャラを変えるんだ。チャラいのから、果てはオネエまでな」 「オネエ?・・って、あの人ゲイだっけ」 「どっちかっていうと、女顔だろ?で、基本的にはクールキャラなの。なのに、中身は子供だからさ。好きになる男は甘えさせてくれる年上ってパターン。でも、長続きしなく てさ。鈴はそういう点はドライだけど、あんまし女を感じさせないから、友達って感じじゃちょうどいいみたい」 「生野って、ちゃんと人を見てんのな。・・オレにはそういうのも恋愛観も・・はっきりいってよくわからないよ」  頬杖をつきながら、哲人は呟く。 「ちゃんとわかってないままに、相手に気持ちを押し付けるのってやっぱダメだよな」  何をどう考えても、結局は相手を独占することに行きついてしまう。ずっと、二人だけの世界で生きていけるわけじゃないのに。 「たまに外でと思ったから、オマエらのライブにも行ったんだ。なのに、オレはヤキモチを焼くだけで、直央を楽しませることができなかった。直央個人の生活や時間があるのも当たり前なのに、オレはそれすら自分の中に組み込もうとしている。自分自身そういうのが嫌で一人暮らしを始めたのに」 「でも、向こうは嫌がっていないんだろ?ちゃんとわかってくれてるんだろ?」 「・・オレ自身が勝手に不安がっているだけだよ。そういう弱いとこは見せたくないんだけどな」 「勝手に不安がってるだけ、か」  生野は我知らずため息をつく。 「ん?」 「や、たぶん侑貴もそうなんだろうなって思ってさ。結構、オマエら似てるかもしんないな」 「はあ?!」  何言ってんだと、哲人は大声を上げる。 「あ、あんなヤツと俺が似てるってあ、ありえないだろうが!」 「落ち着けよ」 と生野は顔をしかめる。 「鈴と涼平がいないんだから、今はオレの言うこと聞いてくれないか。や、侑貴の名前を出したのは悪かった。それは謝る。けど、そこまで余裕無くさなくてもいいだろ?・・もしかして自分が年下だってこと気にしてないか?」 「えっ?」  一瞬、哲人の思考が止まる。 「な・・だって・・」  けれど、自分がいつも抱く方で、相手も甘えてきて・・だから。 「だって・・」 「じゃあ、何で相手に遠慮するんだよ。・・こんなこと言いたくないけど、その・・“アレ”の時だって哲人が主導権握ってんだろ。なのに、哲人が勝手に不安がってどうすんだよ」  顔を赤くしながらも、生野はきっぱり言い切る。 「や、オマエの口からそういうセリフが出ると、なんかオレまで照れる」 「どういう意味だよ。つか、ちゃんとボカシて言っただろ。オレだって、まだ経験ないんだから・ ・こっちの方が恥ずかしい気分だって」 「あ、ごめん」 「てか、本当にそうなの?」  更に顔を赤くした生野が、哲人に聞く。 「マジで聞くなよ、んなこと。オマエが生徒会ウチの最後の“良心の砦”なんだから」 「なんだよ、それ」  哲人の言葉を聞いて、生野が笑い出す。 「あは、哲人がそんな冗談を言うなんて。随分変わったんだね、本当に」 「や、これは鈴が言ってたことで。オレも納得はしてるんだけど・・」 「哲人はオレにとってのヒーローなんだけど?マジで感謝してんだよ」  そう言って微笑む生野の顔を、哲人は不思議そうに見る。 「ヒーロー?オレ、オマエに何かしたっけ?むしろ、オマエをやっかいごとにしか引き込んでない気がするんだけど。バンドなんてやってると思わなかったから、生徒会に立候補させちゃったし」  本気で申し訳ないと思っていた。ただの趣味でやっているわけではなく、CDも出し大きな会場ハコでライブやって人気もあるという彼の日常を知らずに制限していたのではないかと。 「オレの勝手な考えで、生徒会に普通より面倒な仕事を増やしてしまった。なのにオレは・・」  入学式であんなことを言っておいて、自分は恋人の行為に溺れている。 「予測がつかなかったんだ。あの人を・・本気で好きに・・好きだと認められるとは思わなかったんだ。オレがこんな風になれるなんて・・」 「本気で人を好きになると、人は変われるんだな。じゃあ・・侑貴も」 「え?」 「や、こっちの話」 と、言って生野は笑顔を見せる。 「感謝してるって言っただろ?けっこう今の生活も楽しいんだよ。刺激的で、充実してて、毎日が挑戦で。男なら憧れる日常じゃん?それにオレを引き込ん でくれたのは、哲人なんだよね」  侑貴もだけど、と生野は小さく呟く。 (あんまり哲人に大きな声出させると、誰に見られるかわからないからな。哲人は、この学校の誰からも憧れの存在でいなきゃいけないんだもの。てか本気で覚えてないかな、こりゃ) 『かっこいいよね、キミの音楽って。いつか、毎日聞けるようになったらいいのに』 (あれから哲人に何があったのかわからないけど、少なくとも今の哲人は幸せそうだから。少なくとも1年生の時よりは)  変わりたいと誰もが思っているわけではないとも思っている。それでも、学校の変革に踏み切った哲人の意思を自分は尊重し、それを助けたいと思ったから生徒会に入った。 (普通に考えれば、この学校は異常だったと思うから。や 、それでもいいと思って入学したのが今の3年生はほとんどなんだろうけど) 「哲人が変えてくれなきゃ、オレは今バンドなんてやれてなかったわけだしさ。哲人を全面的に支持して、ついていく・・だからってわけじゃないけど、侑貴を嫌わないでやってくれないか。殴ってくれても構わないし、無視してもいいんだけど」 「って言われたんだけど、オレどうしたらいいわけ?」 「どうしたらって・・いっちゃんに言われた通りにって・・わけにもいかないんだよな」 と、鈴は頭を抱える。 「?」  その鈴の態度に哲人は違和感を覚える。 「オマエ、一昨日も何か様子が変だったよな。侑貴に対して妙にオマエらしからぬ態度だった。アイツに何か弱みでも握られてるのか ?」 「へ?」 「あのドラッグの事件のこと、アイツが何で知ってる?」 『ふふ。例の・・直央くんも関係している事件の事よ』 「あれを一般人が知るはずがないだろう。や、大学内に噂は流れてはいただろうが、少なくとも直央のことまでは。黒猫ブラック・キャットは機能していなかったのか?」  諜報部隊黒猫の実質的な統括者である哲人の口調は怒っているものではなかった。むしろ戸惑っているようだった。 「侑貴は、いろいろ・・その・・。けど、今は“普通の”大学生だよ。身辺は綺麗にしてもらっている。それはボクが保証する。そりゃあ、恋愛関係の方はどうしようもないけどね」 「・・これ以上隠し事はするなよ。や、オマエが辛いだろ」 「!・・」  哲人の言葉に、鈴は苦笑したまま黙っている。 「今までのことはオレが知ろうとしなかっただけかもしれない。それは、オレの罪だ。オマエや涼平に全部背負わせていたからな。けれど、これもオレの勝手なアレだけど直央が関係している以上、オレにちゃんと言え。これ は命令だ」 「命令・・ねえ」  鈴は薄く笑う。 「?」 「哲人って、ほんと直ちゃんのこと好きだよね。なのに・・」  なぜ、8年前のことを思い出さないのか。あの出会いの時を印象は自分には強烈だったのに。自分も哲人も直央も無邪気な子供でいられたあの時間は、もちろん自分だけの思い出ではないはずだと、鈴は唇を噛む。 「別に改めて“命令”されなくても、直ちゃんをボクも涼平も命がけで守るよ。それが哲人のためだからね。ただ、今回のことは・・せめて今日までは誰にも言うわけにはいかなかったんだよ」 「やっぱり隠していたことがあったんだな。だいたい何でオマエが・・」 「情報の解禁がおそらく今日でね。それまでは部外者には言うわけにはいかなかったんだよ。だ から、いっちゃんも哲人に言わなかっただろ?」 「・・何で生野が出てくるんだ?ここに」  わけがわからないという風な表情で哲人が聞いてくる。 「琉翔さんの作品がアニメになるんだよ、また」 「は?琉翔?・・アニメ?情報?」  なおさら訳が分からない。 「つまり、今年の秋から琉翔さん原作のアニメが放送されるわけ。その情報はずっと伏せられてたんだよ。で、今日の予定で各媒体が一斉に情報を流す手筈になってんの」 「・・まだよくわかってないんだけど、それに何で鈴が加わってる?直央の話がソレに繋がるんだ?」 「あの・・直ちゃんていうより、どっちかっていうと哲人が関係してんだけど」  鈴はため息をつきながら答える。 「ぶっちゃけていうと、そのアニメのエンディング曲を担当すんのが、いっちゃんと侑貴のバンドなんだよ。それも合わせて発表されるはず」 「!・・てことは、生野の声がテレビで流れるってこと?」 「・・まあ、そういうことだね。メインは侑貴だけど」  小学生並みの反応だと、鈴は苦笑する。 「番宣用のプロモーションビデオも完成していて、情報解禁と共にネットでも街でもバンバン流されることになっている。ちなみに、作曲はいっちゃん」 「!」  鈴の言葉に、哲人の表情が変わる。 「マジ?」 「マジ。・・ちなみに売り込んだのボク。候補曲の中にこそっとデモテープ混ぜ込んだの」  少し得意そうな鈴の態度に、哲人は呆れつつも再度疑問を投げかける。 「だから、何で鈴が関係してるのか聞いてるんだ が?」 「作中にボクの絵も出てくるんだよ。この話って、異世界とコッチの世界が交互にでてくるパターンのやつだから、ボクの絵が必要な場面もあるわけ。だから、ボクの名前・・もちろんペンネームだけどクレジットされる予定」 「・・よくわからないけど、鈴も関係者なわけなんだな?」  哲人は頭を振りながら聞く。 「まあ、そういうことだね。もちろん、いっちゃんは自分の通う学校の理事長が原作者だってことは知らない。侑貴もね。でも、知らなくても繋がりができたのは事実。琉翔さんは哲人の保護者なんだから」 「!・・鈴が言いたいのは、だからオレが侑貴を無視できないってことか?」  静かに怒りを湛えた、というような表情で哲人が聞く。 「流石!判断が早いね。・・ それから、いっちゃんを責めないでね。本来なら生徒会役員として、こういうことは会長である哲人に先に報告しなきゃいけないんだろうけど、業界のルールってのもあるから」 「なんで俺が生野を責める?むしろ結構感動してんだけど?」 「へっ?」  まさかと思いながら、鈴は哲人の顔を覗き込む。 「・・泣いてんの?」  血の繋がりはないが、一応親戚として10年以上の付き合いはある。誰より長く近く、哲人の側にいたという自負はある。そう、誰よりも。 「哲人はやっぱり変わったね。ボクには無理・・だったのに」  8年前の出来事を知らなければ多分受け入れることのできなかった事実。 「ふふ、人は喜怒哀楽がはっきりしてた方がいいよ。正しい感情の持っていきかたを心 得ていれば、人は素直になれる」  自分に言い聞かせるように、鈴は言葉を紡ぐ。 「運命って、やっぱ信じてた方がいいんだよ」 「凄いことなんだろ?テレビアニメの曲を作るって。オレが気づかなかっただけで、生野が凄い努力したんだろうなって思ったら、さ。だって、アイツの曲を大勢の人が聞くってことだろ?それこそ、あのライブの比じゃなく。絶対、応援しなきゃって思うじゃん」 「情報解禁になってから本人に言ってやってよ、それ。哲人に言われたらすっごい喜ぶと思うから。・・つまりは、侑貴も関係者になったわけだけど?」  それも狙いのウチだったんだけど、と心の中で呟く。ビジネスの部分でも、哲人と直央の秘密を探るにしても、異分子は必要だったからと。 (今の状況に楔を打ち込むためには、侑貴は必要な存在だ。直ちゃんには申し訳ないけど) 「もう帰らなくていいの?直ちゃん、待ってるでしょ?」 「へっ?・・あっ、ああ・・でも・・この書類をまとめないと・・」 「急ぎのじゃないでしょ、こんなの」  何言ってんだと呆れる。 「・・もう以前みたく、無理して学校に残ってる必要もないでしょ。待ってる人がいるんだから」 「哲人遅いなあ、生徒会の仕事が長引いてんのかなあ」  愚痴りながらも、少しホッとしている自分に、直央は嫌悪感を抱く。 「最低だな、オレ。侑貴さんに、キスされたからって・・」  アレは事故。そう思おうとして、顔が赤くなる。同時に思い出す、恋人の言葉。 『や、直央の好みのタイプってイマイチよくわかんないから。だって、オレと千里さんじゃ全然タイプが違うし・・。それに、確かに一宮はイイ男だと思うから』 「確かに、本当はどっちかって言ったら千里とか侑貴さんみたいな一見優し気なタイプが好き・・なんだよな、オレ。けど、なのに哲人に魅かれて・・」  哲人はクールというより、本当に“冷たい”印象だと、初対面のときから感じていた。他に関心が無いだけでなく、本気で“排除したい”と思っているようだと。 「オレが最初は哲人のことを好きになれなかったのはやっぱソレだよな。あの冷たすぎる目・・だ」  自分に無理やり覆いかぶさっていた男を無言で蹴った時の哲人の目を、直央は今でもはっきりと覚えている。助かったという安堵感より(・ ・怖い)という気持ちの方が先に沸き上がった。 「なのに、今じゃ嫉妬心丸出しだもんなあ。そこまで単純な人じゃないはずなんだけど」  なんで“自分”なのだろうと思う。おおよそ、オトコに恋するような人じゃなく、おそらくは自分のような甘えたがりの人間を受け入れるような性格でもない・・はずだ。 「セックスが良かったの?けど、自分でも淡白な方だって言ってたし、だいたいが向こうはノンケでそこまで男のオレの身体に執着するはずもないし」  なら顔か?と考える。毎日のように言われるのは「可愛い顔」だ。自分の中途半端な童顔にコンプレックスがある直央としては、本当は言ってほしくない言葉なのだけれど。 『オレは全く好みじゃありませんが、アナタはオトコに狙われやすい顔のようですね』 「アレが本心だったとしたら、つまりは他のオトコと哲人が同じ感覚ってことだよな。それはかなりヘコむんだけど。・・そういや哲人の初恋の女性だっていう咲奈さんて、すっごい美人だったもんな、いかにもキャリアウーマンて感じだけど、でも可愛さも感じられる・・なんかオレと全然違うタイプじゃん」  落ち込みがいっそう激しくなる気がする。 「でも、哲人は優しいんだ。そんで強くて・・年下なのに、な」    ガチャガチャと音がする。 「あれ?哲人が帰ってきたのかな。お、お帰り・・」 「あっ、ほんとに直ちゃんいたんだあ。LINEが既読にもならなかったから自分の部屋で寝てるのかと思ってた」 「・・って、何で鈴ちゃんもいるの?ごめん、オレまだ寝ぼけているみたい」  いつの間にか自分は哲人の部屋で寝ていたのだと気づき、目をこすりながら玄関まで行く。 「哲人、お帰りなさい。って、どうしたのその手・・・ど、どうしたの!包帯巻いちゃって!ケガしたの!?」  慌てて哲人に駆け寄る。 「どうしたの、哲人に何があったの・・ねえ、鈴ちゃん!哲人は大丈夫なの!?哲人!哲人!」 「お、落ち着いてよ!直ちゃん。骨にヒビが入った程度で全治2週間だって。ただ、一人で帰すには不安だったからボクが付いてきただけ」  ほら、と鈴に促され哲人が部屋の中に入る。 「ごめん、直央。遅くなってしまって・・今日の夕飯もオレが作るって言ってたのに左手がこの様で・・・ほんとごめん」 「何言ってんの!」 と、直央が叫ぶ。 「直央・・泣いているのか?」 「直ちゃん・・」  唖然とする二人を前に、直央は身体を震わす。 「だ、だって・・哲人がケガするなんて。お、オレの大事な哲人がこんな・・。嫌だよ、哲人がこんな痛い思いするなんて、オレ。辛く・・なる」  自分でも驚くほど涙が出て止まらない。「哲人・・哲人・・哲人・・」 「ごめんね、ボクが側にいたのに哲人にケガさせちゃって。後、侑貴の件も」 「へ?侑貴さんのことって・・」  思わずギクッとする。そんな直央の心の中を見透かしたように、鈴は優しく髪を撫でる。 「哲人もちゃんと直ちゃんの気持ちはわかってるよ。だから、こうなっちゃったんだもの。侑貴のことはボクが責任を持ってシメとくから」 「なんで、鈴ちゃんが?」  そこまで鈴と侑貴が近い存在なのかと、訝しぐ。 「鈴も関係者だそうだ」 「・・なんの?」  ますますわからなくなる。 「簡単に言うと、琉翔さんの小説がアニメ化されてそのエンディングを侑貴たちのバンドが担当するっていう情報が今日公開なんだけど、その話をしているときに侑貴から電話がボクにきてね」 「えっ、凄いじゃん!つまり生野くんの声がテレビで流れるってことだよね?」 「・・うわあ、哲人と反応が一緒。流石、恋人だわ」  そう言いながら、鈴が哲人に顔を向けると彼は顔を赤くする。 「・・ほっとけ」  その反応に鈴は思わず微笑む。 「んだよ、余裕じゃん哲人。ちょっと、侑貴に挑発されたくらいであんなに動揺しちゃってるから、流石のボクも慌てたけどね」 「挑発?」 「あ、うん。・・直ちゃんにキスしたって言ったんだ、侑貴のヤツ」 「!・・ほ、ほんとに?」  鼓動が早くなり、自分の顔が青ざめていくのがわかる。こんな態度の自分をどう思うだろうかと、恋人の顔を見るのをためらってしまう。 「でも、ちゃんと直ちゃんは言ったんでしょ?」 『オレを抱いていいのは哲人だけです。哲人に誰が恋をしても構わないけど、哲人に愛されるのはオレだけだ』 「他に、直ちゃんにどういうことを言ったのかも話してくれたよ。例の事件との繋がりのことも・・・直ちゃんに告ったことも」 「えっ!」 「・・余裕ぶってたんだ、アイツ。わかってたのに、挑発されてオレはカッとなってしまって。気づいたら、生徒会室のパソコンを殴り倒してた」 「へっ?パソコンを殴ったって・・それでそのケガ?」  人に当たるよりはいいけど、と直央は哲人のその左手にそっと触る。 「そりゃあ、痛かったよね。で、そのパソコンは?」 「もちろん再起不能。利き腕でもないのに、見事なストレートだったよ」  鈴がくくっと笑う。 「けど、学校の備品ではあるからね。始末書提出してもらわないと」 「・・そういうことだから、直央がそんなに泣く必要がないんだよ。オレがバカだっただけなんだから」  哲人は困ったような表情で直央に近づく。 「クールなオレがいいって言ってくれたのに、直央のことになると熱くなっちまう。ダメなんだよ、どうしても」 「ダメじゃないもの。ただ、優しいんだよね。愛されてんのわかってる・・のに」  悩む必要なんてないのに、と哲人に抱きしめられながら直央は思う。いつの間にか、鈴が部屋から出て行ったことにも気づかないまま。 「左手、痛いんだろ?無理しなくていいよ」 「無理なんてしていない。ただ、琉翔のこととか自分の知らない間にいろいろ動いてて混乱していた時に、挑発されたもんで・・。けど、今にして思えばまだ余裕あったんだよな、オレ」 「えっ?」 「“本当のオレ”だったら、生徒会室全部破壊してた。って、パソコン一個でこんなケガしてんだから、結局は中途半端だったわけだけど」 「本当の・・哲人?」  なぜか、ゾッとする。 「オレ、本当の哲人を見たいって言ったよね。こんなに愛し合っても、でもオレに見せられないものなの?今でも、哲人は素直な感情を出してくれてると思っているんだけど」  自分の不安に思う部分は、おそらくそこにあるのだろうと直央は考える。 「オレは・・どうしたって哲人から離れられないのに」 「・・正直言うとわからないんだよ、どういうオレが本当のオレなのか」 「どういう・・こと」  なぜか、自分の言葉が疑問形にならなかった。 「どういう哲人でもオレは好きだよ。けど、それでも哲人は不安なんだよね」 「・・記憶が曖昧なんだよ」  哲人が呟く。 「!」 「ある時期の記憶が曖昧なんだ。すごく重要なことを・・オレは忘れているらしい」 「えっ?」 「でも・・」  不思議と焦りはなかった。 「その・・オレの欠けた部分を直央が埋めてくれている、そんな気がして。だから・・だから側にいたいと思った」 「オレ・・が?」  自分にそんな力はないはずだと言いかけて、口をつぐむ。自分を間近で見つめる恋人の表情が、とても悲し気なものだったから。 「守りたい・・そうずっと直央に言ってたけど、それは嘘じゃないけど、でも自分にとって直央が必要だから言い聞かせていただけかもしれない。・・やっぱり初恋なんだと思う」 「・・そっかあ、哲人の初めてはオレなのね」  ふふ、と直央は笑う。 「キスしたのも?」 「・・そうだよ。こうやって抱き合うのも、胸を触って舐めるのも全部直央が初めて」 「っ!・・ひ・・あ・・ああ・・ぁ・・っ・・・」 「誰かの身体を触って、自分が気持ちよくなるだなんて思わなかった。こんなに触れていたいと思うなんて・・」  片手だけで、器用に直央の服を脱がす。胸の頂に口をつけて舌先で転がすように舐める。 「あっ・・あっ・・んん。だめ・・あ・・哲人の手大丈夫・・」 「物足りないかもしれないけど、2週間は我慢してくれないか。・・愛してるよ」 「!」  もう止めようが無かった。自分がどれだけ彼を愛しているのか、気持ちと身体が脳に訴えかける。 「そ、そこ・・舐め・・あ・・は」 「この勃ってるソレの先っぽ?いいよ・・もう十分滴ってるけど、まだ物足りないか?」 「だ、だって・・気持ちいい・・あっ、後ろ・・も」  直央は少し腰を浮かし、ソコへの愛撫を促す。 「今日はワガママだな、いつもより。昨日も、あんなにシたのに」 「あ、アレは・・しつこかったのは哲人の方で。やあ!ソコ、擦って・・か、感じるの!凄く・・気持ちよくて・・ああ!」  もう哲人のケガに気を使っている余裕もなかった。腰をくねって更に深い挿入を要求する。 「直央に触ってもらってたから、オレのコレもいい具合だよ。コッチを挿れていい?」 「い、挿れて・・その太いの・・オレのココに挿れて!」  一気に奥まで挿入されて、直央の身体が歓喜に震える。 (変・・オレの身体・・変。あんなに悩んでいたのに、哲人のケガを気にしなきゃいけないのに。なのに、いっぱい感じちゃう。哲人が欲しくて・・) 「も、もっと動かして擦って・・舐めて・・ほしいの。変なの、オレの身体・・感じすぎてツライほどなのに」  求めることで二人の気持ちに余裕ができるなら、と思う。愛してると、哲人が言ってくれたから。 「あ、愛してるの!側にいられるなら、哲人のための存在でいられるなら」  そんな幸せを他の誰にも奪われたくないと思う。 「埋めて・・ほしいの。哲人の好きなように、オレの・・」 「・・わかってる。ココは俺だけが味わっていいオアシスだから。だから、ほら根元まで埋まった。もっといっぱい感じさせて・・」 「ん・・あっ・・あ・・ああ!」 「オレだって、たまには本気の恋に溺れてみようって思うんだけどねえ。だって、運命の相手なんだから」         To Be Continued

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