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第13話

「あ、あの・・涼平先輩・・」 「ん?どうした1年。オレに話しかけるのに、そんな遠慮がちにしなくてもいいと日頃から言ってるだろ?・・まあ、公私の区別はきっちりとつけてもらわないと困るけどな」 「っ!」  彼としては、何気なくそう言って相手に顔を近づけたつもりだったが、1年男子の赤くなった顔を見て(しまった!)と慌てて一歩引く。 「あー・・んで、何か相談か?恋愛ごと以外なら、できるだけ乗るぞ。それがオマエらとの約束だからな」  生徒会副会長の橘涼平は頭をかきながらも、できるだけいつもの調子で対応しようと努める。それが自分の“高校生”としての勤めであると同時に、自分の“信念”でもあるから。 「て、哲人先輩の相手って涼平先輩じゃないんですか?哲人先輩の“あのケガ”の原因て涼平先輩だって噂が飛び交ってて・・」  目の前の男子生徒のその言葉を聞いて、涼平は(またか・・)と相手に気づかれないように小さくため息をつく。 「・・哲人は確かにスーパーマンだ。そして言ったことは必ず守る。その能力があることはオレが保証する。そんで、恋愛だってそりゃするだろう。でも、オレは“ただのパートナー”だ。・・誤解されたら困るんだよ」  そう言って、涼平は困惑気な表情のままともかくもと微笑む。自分でもぎごちない笑みだと思ったが、相手はそれを見て更に顔を赤くする。 「・・涼平先輩って、かっこいいのに何でそんなに可愛いんです?」 「へ?・・ば、バカ!」  そこまで言って、涼平はすぐに謝る。 「す、スマン!バカとか言って・・。そんなこと言われると思わなかったから。や、言い訳は男らしくないよな。ほんとごめん」 「せ、先輩・・」  男子生徒がどういう態度を取っていいのかわからずにいることに構わずに、涼平は言葉を続ける。 「哲人のケガのことは、まあ心配すんな。さっきはスーパーマンだとか言っちゃったけど、けれどアイツも人間だからなあ。限界ってもんはやっぱあんだよ。や、常人よりかは凄いんだけどさ。・・オレも力不足だったんだ。それでオマエらに心配かけたのは、ほんと謝る」 「り、涼平先輩・・」 「・・ああ、そのコの言いたいことわかるわあ。結局は、哲人と類友なんだよね、涼平ってさ」 と、もう一人の生徒会副会長の笠松鈴がくくっと笑う。 「涼平って、実はけっこう天然だよね。天然ジゴロというか、さ」 「は?な、何言ってんだ!か、可愛いって言われたんだぞ!このオレが・・」 「可愛いは正義だよ。そりゃあ、本気になった涼平を見たらその彼もそんなこと言えなくなるだろうけど、普段の涼平はどっちかっていうと、哲人以上に優男だしね。脱いだら凄いんだけど」  そう言いながら、鈴は涼平の身体をペタペタと触る。そして、顔をしかめる。 「また痩せたんじゃない?ちゃんと食べてる?同じ一人暮らしでも、哲人と違って自炊しないんだから・・」 「・・身体が引き締まったと言ってくれ」 と、涼平は憮然とした表情で言う。 「だいたい、哲人が不用意にんな目立つケガすっからじゃねえか。生徒会長が生徒会室の備品をぶっ壊したなんて、洒落にもなんねえっての」 「校長先生も始末書は要求したけど、問題にはしないって言ったんだよねえ。手が当たっただけ、なんていうの信じたはずもないけど」 「・・もういいだろう」  うんざりした表情で、いつの間にか側にいた日向哲人が口を開く。 「もちろん、弁償はするし。・・直央だけだよ、オレに優しくしてくれるのは」 「直ちゃんは哲人に甘いんだよ。それに、自分が侑貴に口説かれたせいで哲人が怒って、しかもケガしたって思ってんだからさ。・・どうせ、今朝までかいがいしく哲人の世話してたんだろ?彼」  そう言う鈴の表情は心なしか疲れているようだと哲人は思った。 「鈴、大丈夫か?」 「や、予想はしてたことだから。いっちゃんのフォローにしばらくは時間を割かれるかもしれないけどね。まあ、ボクの正体まで晒すわけにはいかないんだけど。てか・・」 と、ここで鈴はニャッと笑う。 「直ちゃんと“また”朝までいたってのは否定しないんだ ?別にナニをしててもいいけど、手は早く治してよね。他の生徒がウルサイから」 「っ!か、片手が使えないと風呂とかも大変だろうって、直央が。だから・・」 「そんでもって、風呂でイチャイチャするわけ?もう一緒に住んじゃいなよ。一室分の家賃も浮くし。親も公認なんだからさ」 「・・それができるならそうしてるさ」 と、哲人は呟く。 「つうか、そんなこと言ってる場合じゃないだろ。朝からいろいろ混乱しているんだから。・・くそっ!オレがもっとしっかりしていなくてはいけなかったのに。今のオレじゃ、説得力がないというか・・」 「悪かったな、オレが侑貴を抑えきれなかったばかりに、哲人にそんなケガさせちまって」 「い、生野!いつから・・や、オマエが気にすることじゃない。オマエの作った曲、聞いた。凄いって・・思った」  そう言って、哲人は生野に椅子に座るよう促す。 「・・オレは昨夜はアニメ制作会社に侑貴と一緒にいたんだけど、その時に言われたんだ。直央さんにいろいろちょっかいかけたって」  生野は、はあーっと大きくため息をつく。 「哲人に合わせる顔が無いって思ったよ。や、メジャーレーベルからCDを出すってことが決まっても、アイツの病気は治らないってわかってたから、そのこと自体には目を瞑ろうって思ってた。仕事はとりあえずはキチンとするヤツだから」  そう言いながら、生野は哲人に頭を下げる。 「生野!」 「すまない。哲人がオレにとって大事な友人なこともちゃんと知っているはずなのに、哲人の恋人に対して不埒なことをするとか、侑貴はほんと・・」  最低なヤツだ、と生野は呟く。普段は冷静沈着かつ、メガネの奥から優しい視線を自分たちに投げかける彼の姿からは想像ができないほどに、怒りで体が震えているのが哲人にもわかった。 「流石に他の人の前で怒鳴りつけるわけにはいかなかったから、その場はオレも抑えた。けど、アイツの部屋でオレは・・アイツを殴った」 「は?!・・・はあああああ!?」  思いがけない生野の言葉に、哲人は思わず大声を出す。鈴は声を出しこそしなかったが、流石に顔をしかめる。 「い、今はオマエのバンドにとって大事な時だろ!校内だって昨日の反響で凄い騒ぎになっている。なのに・・」 「ほんと、哲人は優しいな」 と、生野は微笑む。 「オマエの彼氏が辱められたんだぞ。殴ってくれても構わない、とオレは言ったはずだが?」 「無視してもいい、とも言ったろ?それに嫌わないでほしい、とも。だからってわけじゃないけどな、この手は」  苦笑いしながら、哲人は包帯を巻いた左手を空にかざす。 「この手を見たときに、直央は泣いてくれたんだ。そんで、PVを見ていたく感動していた。そんなあの人を愛するだけでオレは手いっぱいだよ」 「!」 「哲人はね、とにかく直ちゃんとセックスができれば平和なんだよね」  ふふ、と鈴は笑う。 「そ、そんなこと言うな!それだけの感情で付き合ってるわけないだろ!ただ、直央が純粋にオレを想ってくれてるってことが、侑貴にはわからねえんだろうなと」 「あ 、あの・・」  顔を赤くする生野の肩を、涼平がポンと叩く。 「涼平?」 「オマエが哲人に恩義を感じている事実は、オレはちゃんと知っている。けど、それに縛られる必要も無いと思ったから、鈴もオレも今回のことは、ギリギリまで哲人には伏せていた。まあ、哲人に彼氏ができたのイレギュラーだったんだけど」 「けど、結果的に哲人はあんな大ケガをした。侑貴は人としてやっちゃいけないことをした」 「だからって、侑貴を抑えなきゃいけないオマエが殴ってどうすんだよ。今、問題を起こすわけにもいかないんだぞ」 「わかってるけど・・」  生野は俯く。日頃から真面目で責任感が強い彼が、自身のバンド活動やアニメの話などを哲人に黙っていたことの重圧なども、涼平自身は申し訳なく思っている。 (ったく、鈴のヤツどういうつもりなんだ。生野はそういうキャラじゃないんだ。だから、こんなことに・・) 「とにかく、哲人と直央さんのことは生野が心配することじゃない。あの二人はこれまでもいろいろあって、それを乗り越えてきた・・というか」  そこまで言って、涼平は困惑気な表情になる。 「乗り越えたとか言うと、なんか聞こえはいいけど・・実際はなんていうか」 「なんだよ、実際そうだろうが」 と、哲人が不機嫌そうな声で口を挟む。 「結果的に無駄にかき回してんの、哲人だなと思ってさ。クールキャラはどこにいったんだよって感じで」 「お、オレはそんなことしてない!」 「とにかく、生野は自分のこれからのことだけ考えろ。侑貴がどういう行動をしようと走り出しちまったんだから。反対派の理事たちや、OBたちからの電話も昨夜から多い。けど、オマエと侑貴の声ならそれもねじ伏せられるだろ?そのために下地は作ってきたわけだし。つうか、オマエが手を出すとか思わなかったぜ」 「オレは、何度も侑貴に言ったんだ」 と、生野は唇を噛む。 「哲人を困らせるわけにはいかない、彼氏さんにはちょっかいは出すなと。あいつはオレの言うことなんか真剣に聞かないんだ・・」 「って、言ってたのか?ショウは。バカだよな、本気で口説こうとした相手をオレが簡単に諦めると思ってんのかねえ。1年もつきあってりゃ、いいかげんわかるはずなのにさ」 「侑貴はそれでいいわけ?いっちゃんに本気で殴られたんだろ? 」  電話から聞こえる声が、意外にも本気で自分を気づかっているらしいと気づいた侑貴は、思わずアハハと笑う。 「そんな風に笑ってるけど、本当はそんなに余裕あるわけじゃないんだろ。や、まさか直ちゃんに本気になるとは思わなったけど」 「聞いたでしょ、一目ぼれだって。はは、顔にじゃないわ。直央のまとっている雰囲気によ。あのクールそうな彼が魅かれた理由も知りたいし」 「直接じゃないにしろ、哲人にケガをさせる原因を作ったことをボクも許しちゃいないんだよ」  さっきとはうって変わって、鈴の声は冷たいものになった。その反応に侑貴は尚も笑う。 「オレはアンタに電話したんだ。それを勝手に盗み聞きして勝手にパソコン殴ってケガしたからって、オレのせいにされ てもな。それに、鈴だって本当はその方が都合がいいんじゃない?だから、アタシを抱き込んだんでしょ」 「・・ボクの都合は侑貴には関係ないでしょ。哲人がどういう存在なのか、いっちゃんから聞いてるよね?」 「ショウが大切だと思っていても、彼はショウのことは何も知らなかったわけじゃん?バンドやってたことすら、ね。自分だけ、あんな可愛い恋人作っちゃってさ。その彼氏を救うことすら、鈴たちに頼ったんだろ?確かに高スペックではあるけど、オマエらがそこまで守らなきゃいけないようなヤツか?」  侑貴のその声はおちょくっているような感じではなく、本気で不思議がっているようだった。が、鈴の表情は醜く歪む。 「何も・・知らないくせに」 「そうよ?アタシは知らないわ。だから、平気で恋人のいる男性を口説けるの。・・ショウが、オレのことをどう思っていても、これがオレの真実だよ。それでも、オレと仕事を希望するんだろ、鈴も。“いろんなこと”のために」 「・・哲人も直ちゃんもボクが守るよ。けど、キミはいっちゃんを失望させるな。それは、キミのためにもならないことだから」  自分でも驚くほど冷たい声が出る。電話の向こうの相手に気持ちを見透かされるわけにはいかないと考える。 「オマエらが怖い存在だってのもわかってる上で、それでも直央を口説いたってのはオレの本気の証だって思ってほしいね」 「っ!」   スマートフォンをズボンのポケットに入れて、鈴はホッと息をつく。 「鈴、もしかして侑貴に電話してた?」 「 !・・見てた?」  きまり悪そうに頭をかく鈴を見て、生野は不審そうな顔を向ける。 「いつもの鈴なら、オレ以上に侑貴に対して強く言うはずだと思ってた。誰よりも哲人のことを大事に思ってるし、哲人の彼氏とも親しいんだろ?それに、あのアニメの関係者として、侑貴に余計な問題を起こしてほしくないはずだ、と」 「侑貴やいっちゃんの曲を気に入って推したのは、他ならぬ原作者だからねえ。それがアニメ化許諾の条件の一つでもあったんだから、そう簡単には・・ね。もちろんボクも侑貴の人柄については説明した上でのことさ」  生野にはその原作者がこの学校の理事長だという事実は伏せている。言えば、生野が余計な感情を抱くかもしれないから。 「昨日公開したPVは既に三千回以上再生されているし、アニメの公式ツイッターのフォロワーもそれくらいいる。誰にも文句は言わせないよ?いっちゃんたちの実力は。OBはいろいろ言ってくるけど、在校生の保護者からは結構好評みたいなんだよね、聞いたかぎりじゃ」 「・・そう」  そうぼそっと呟いた生野の表情はがしかしホッとしたものだった。 「今回は、前のシリーズより性描写も抑えられたけど、痛快さと切なさの融合に加え戦闘シーンのカッコ良さと迫力が増したことで男性読者も断然増えたんだよね。そういうイメージで作ってもらったいっちゃんの曲、先生もみんなもちゃんと受け入れた。侑貴の歌詞だって、さ。なのに・・それを壊されるのは同じクリエイターとしてもガマンはできないのが正直なとこ」  でも 、とも思ってしまう。 (似てるよね、ボクと侑貴ってさ、ほんと。不器用すぎて・・なのに、一番わかってほしい人を簡単に騙せちゃうんだ) 「哲人は今でこそああいうキャラになっちゃったけど、本当は結構可愛い性格なんだよね。直ちゃんの好みにぴったりなんだよ。二人してわかってないみたいだけどさ」  見てて面白い、と鈴は笑う。“あの二人を見ていられるのなら”自分の目的は果たされなくてもいいのではないかと思ってしまうほどに。 「だから、あの二人に関しちゃそんなに心配してないんだよ。まあ、侑貴の行動はボクも読めないわけだけどね。けど、むしろ不安なのはキミたち二人の方かな」 「?」 「無理して答えなくてもいいけど・・いっちゃんは侑貴のことどう思ってるの ?」 「・・それはどういう意味で聞いてるわけ?」  少し困惑気な表情で、けれど優し気な微笑みをその口に湛えたまま生野は聞いてくる。 「!・・ああ、わかった。そっか・・ふふ」  ずっと、目の前にかかっていたもやが、ほんのちょっとだけ消えたような気がして、鈴は少しだけ笑う。 「鈴?」  何がわかったのかと、生野は訝しぐ。 「ごめん、ごめん。そりゃあ魅かれるよね。・・あの頃の哲人もそうだったのに」 「哲人?」 「や、こっちの話。とにかく、いっちゃんは学校と仕事の両立は大変だと思うけど頑張ってね。ご家族も理解してくれてるんでしょ?」 「あ、うん。一応、昨日初めてアニメの話はしたんだけど、PV見ながら褒めてはくれたよ」 「それは、いっちゃんが 普段から真面目に努力してるからだよ」  そう言いながら、鈴は生野を見上げる。185㎝という長身の彼は少し童顔な上にメガネをかけていることと、普段は物静かで穏やかな性格なせいもあって割合おとなしめな印象に見られがちだった。 「いっちゃんの場合は、なんといってもその声だよね。顔とのアンバランスが凄いっていうか。あっ、もちろん誉め言葉だよ?」 「コンプレックスだったこの声を最初に認めてくれたのが哲人・・なのは鈴には言ったよね」  向こうは忘れてるみたいだけど、と生野は寂しそうに言う。 「そして受け入れてくれたのが侑貴なわけだけど、アイツは最初からあんな感じだったよ。けど、声をかけられたのは素直に嬉しかったんだ。オレの目を真っ直ぐに見てくれてさ 。まあ、誰にでもそうなのかもしんないけど。でも、オレは・・」  “彼なら自分を理解してくれるかもしれない”・・そう思ったと生野は鈴に告げる。ずっと迷いつつ一人で音楽をやっていた自分に、どんな思惑があったにせよ“場所をくれた”ことを感謝しているのだと。 「向こうが年上だとか、すぐに意識しない・・できなくなったよ。鈴も知ってるとおり、アイツの性格はころころ変わる。他のメンバーも直ぐにアイツのことをオレに任せるようになっちゃった。そんで、オレは結局はこういう性格だからな。やっぱ、甘やかしちゃったってことになるんだろうな」 「哲人に生徒会に入るように言われたときも、同じ感覚だった?」 という鈴の言葉に、生野は苦笑しながらうなづく。 「 哲人に認めてもらえた、って思いは大きかったよ、正直。だから、許せなかった。どっちを取るかと言われたら・・」  そこまで言って生野は大きく首を振る。 「いいよ、ボクも予想していなかったわけじゃない。いっちゃんには頑張ってほしいだけで、そんな苦しい思いをさせるつもりもない。素直で優しいのがいっちゃんの持ち味なんだから。ただ、これ以上は揉めないでほしい。ボクが言えた義理でもないんだけど」 「努力はする。けど・・ごめん。しばらくはたぶん無理」  生野は申し訳なさそうに、けれど悲しそうに言う。 「こんなことになるんなら・・って思うよ、ほんと」 「まいった・・ね。思ったより重症みたい。人選を誤ったかな、ボク」  去っていく生野を見送りなが ら、鈴は自分の制服のポケットを探る。そして1枚の写真を取り出す。 「この人物が、いっちゃんのああいう性格までわかってて、今のシナリオを作ったとかいうならたいしたものだけど・・。こっちも舐められっぱなしってわけにはいかないのよね。本家に余計なことされても困るし」  写真をしまい、代わりにスマートフォンを手にする。 「もしもし、今いっちゃんと話をした。・・こっちは本気だって言ってるでしょ。わかってるよ、ビジネスとそれは別さ。けど、いっちゃんは本気で侑貴に感謝してるんだ。わかるだろ?彼は野心なんか持つ人じゃない」  それでも、電話の向こうの相手は笑うことを止めない。 (壊れて・・いるのか?なら、なおさら・・) 「哲人を本気で怒らせるなよ 。アイツはアンタが思っているようなお坊ちゃんじゃない」 「しつこいな、鈴も。どんだけの重要人物だっていうんだよ、あの男が」  ねえ?と侑貴は目の前の男性に微笑みかける。長めの髪に切れ長の瞳。中性的にも見えるその顔はとても優し気で、普段からでも他人の目を引く。そして今日はそれに加えて、その綺麗だと言ってしまえる顔に似つかわしくない大きめの絆創膏が貼られていて、必要以上に存在が目立っていると直央は思った。 「鈴ちゃんは、貴方のことも心配しているんじゃないですか。哲人が本気でキレたところなら、オレも見たことがあります。貴方じゃ、とてもかなわない」 「まあ、ショウに殴られちゃったくらいだもんねえ。それでも、大学にちゃんと来てるアタシってエライと思わない?」 「ふざけないでください!」 「怒鳴らないでよぉ。ほんと、顔は可愛いのに怒りっぽいのね」  侑貴はふふと笑う。 「アニメのPV見ました。凄い・・って、哲人も言ってました。生野くんの曲も侑貴さんの声も」 「あら、ありがとう。ショウも注目されたでしょうね、学校で」 「オレのこともそうだけど、生野くんを傷つけることはやめてください。彼は貴方のパートナーでしょう?」 「パートナー・・ねえ」  侑貴は首をかしげる。 「っ!」 (な、なんでこの人・・いちいち可愛いんだよ。ほんとに、オレより年上なのか?) 「あ、貴方のバンドは貴方と生野くんのツインボーカルがウリだって聞きました。実際、素敵だって思った。二人の息は合ってるなっ て。なのに、その生野くんがそこまで怒ったってことの意味、貴方はわかっているの?」 「オレの本気度が、ショウにも伝わったってことだと思うけど?だから、らしくもない行動に出た。けど、ショウ自身は本気じゃなかったんだろうね」 「えっ?」 「だって、オレは平気じゃん?顔もそこまで傷ついてないし。オレにとってショウはそこまで軽い存在じゃないよ、ぶっちゃけ。だから、ショウが本気でオレをどうにかしたいという気持ちを見せたら、行動したら・・オレもちょっとは心が動くかもね」 「なっ!・・アナタはどういう・・」  直央の身体がワナワナと震える。が、相手の表情は変わらない。 「どういう人間か、って?それは、直央自身がわかっていることだろ?自分自身が興味を持てるオトコ。恋人一筋だったはずの自分が、だ」 「!」  違う、と言おうとして言葉が出ないことに気づく。身体が震えが大きくなる。 (違う・・興味って、そういう意味じゃない。オレはただ、生野くんのために・・) 「ったく・・鈴はアンタを守るってしつこい。アンタの恋人は手にケガまでした。ショウもオレに怒って殴って連絡もしてこない。なのに、当のアンタがのこのこと俺の前に現れるなんてさ。また修羅場の繰り返しだぜ?それとも、そういのが好みなドMなわけ?」 「違うって!」  ようやくの思いで、言葉を吐き出す。自分のためでは無く、相手のために。 「貴方だって、生野くんや鈴ちゃんの言動をどこまで理解しているの?あの二人の想いを。哲人のオレへの想いもハンパなもんじゃないよ。これは決してオレの思いあがりじゃない」  どうしたってそれは揺るがないものだと、直央は言い放つ。 「貴方がどれだけオレたちを挑発しようと、オレたちはその度に二人の想いを高めていくだけだ。そして、鈴ちゃんの言ったとおり哲人を侮らない方がいい。貴方や、生野くんのためにはならない」 「ふーん、つまり・・」  侑貴がニヤッと笑う。 「!」 「そっち側にあるショウの存在は、哲人や鈴にとっては諸刃の剣ってわけだ。オレが暴走しても、折るわけにはいかない、ね。そして今、オレの目の前にアンタがいる。犯罪をおかしてでも手に入れたくなるようなアンタがね」  そう言って、舌なめずりをする侑貴を直央は驚愕の思いで眺める。 「な!・・だ からオレは」 「オレを止めたきゃ、オレに抱かれろよ。一応、ネコでもタチでもどっちもイケるぜ?」 「・・オレを抱いていいのも、抱かれたいと思うのも哲人だけだ。彼としか本気のセックスはできない。貴方は本気の恋愛をオレとしたいんでしょ」  そう言いながら、直央は少しずつ後ずさりする。 「オレはただ貴方に忠告しにきただけだ。貴方の音楽には敬意を払いたいから。・・昨夜も、オレは哲人と愛しあった」 「んな惚気を聞かされて、オレが諦めると思ってんの?アンタらこそ、オレを舐めない方がいい・・」 「直央!こんなとこにいたんだ?随分探した・・って、あれ?」 「千里!何で・・」  侑貴の後方に親友の姿を認めた直央はホッと息をつく。 「直央こそ。って 、誰と話しているのかと思ったら上村侑貴?もしかして、例のアニメの曲のCDジャケットのことで話してんの?」 「CDジャケット?」  直央の親友で同じ大学の学生である加納千里のその言葉に、直央より先に侑貴が反応する。 「あ、だって直央のお母さんのイラストが使われるって・・あれ?」 「ばっ!千里やめろ!」  慌てて直央が止めようとするが、侑貴の表情が先ほどよりニヤついたものになったことに気づき、歩を止める。 「っ!」 「そうか、財前灯・・。あはは、やっぱオレと縁があるんじゃねえか、アンタ。こりゃいろいろ楽しみだわ、あはは」 「ご、ごめん。ボク、なんか余計なこと言っちゃった?」  茫然とした様子で侑貴を見送る直央を見て、千里は頭を下げる。 「いや・・どうせいずれはわかることだから。つか、オレも知らない母さんの情報を何で千里が知ってんだよ」 「それは、ウチの母親からの情報だよ。母親同士は今でも仲がいいから。てか、上村侑貴と何を話してたワケ?うちの大学の学生だとは知ってたけど」 「・・あの人、オレのことが好きになったんだって。や、そのことは哲人も知ってる。けど、オレは哲人一筋で揺るがないんだけど・・けどなんかいろいろ繋がりができちゃったみたいで」  どうなっているんだと困惑気な表情になる直央を見て、千里は頭をかく。 「じゃあ、ボクってばマジで余計なこと言ってしまったんじゃん。ゲイだって噂は聞いてたけど、まさか直央に目をつけるなんてね」 「あ、千里はその・・あのアニメの原作者のこと知ってんの?その・・」  上村侑貴と生野広将がボーカルを務めるバンドがエンディング曲を担当するアニメの原作者「葛城和宏」をペンネームとしているのが、直央と哲人が住むマンションのオーナーであり、直央と千里のそれぞれの恋人が通う高校の理事長でもある高木琉翔とであるという事実は世間には伏せている。 「亘祐に聞いたよ。ちゃんと葛城先生の許可は得てね。・・ほんといろいろと繋がっちゃったみたいだね」 と、千里は苦笑する。 「上村さんのバンドのベースの人って、亘祐たちと同じ高校の人なんでしょ?亘祐もびっくりしてたよ。たぶん、今日は向こうの学校は大騒ぎだろうねえ」 「オレ、先日そのバンドのライブに行ったんだよ。オレ的にはその時が初対面だったんだけど、向こうは前からオレのこと知ってたみたいでさ。んで、哲人が手にケガしちゃったんだ。だから、オレはしばらく哲人の部屋で寝起きするから」 「えっ!ど、どうしたの?」 「さっきみたく、侑貴さんがオレにちょっかいかけてきたんだ、昨日も。そして、そのことを自分で哲人に告げた。そしたら哲人がキレちゃったんだって。そんで左手の骨にヒビが入っちゃって。利き腕じゃないからそんなに不自由はないっていうんだけど、やっぱいろいろ心配だしさ。完治するまでは、つきっきりで世話したいの」 「いいなあ」 と、千里がため息をつく。 「ボクも、できたらもっと亘祐と一緒にいたいけど・・。まあそれはともかく、そんな事情があるんならボクにもちゃんと言ってくれなきゃ。普段の直央はボクが一番守れるんだから」 「だ、だって・・」 「ボクだって関係者なんだよ?一応。それに、ボクが一番長く直央と一緒にいるんだからね。恋人を優先するのは構わない。たぶんボクもそうするから。けど、ボクをちゃんと頼ってよ。亘祐もそう言うはずだから」 「ばっ!自分から向こうに会いにいってどうすんだよ!おまけに千里さんまで巻き込んで・・。亘祐に申し訳ないというか」 「オレだってそう思ったから、千里には黙ってたんだよ。けど見られちゃったものは仕方ないし、確かに千里も関係者ではあるもの。千里のお母さんはラノベ部門の責任者だし、あのアニメにも少なからず関わる可能性がある」 『咲奈さんの勤めてる出版社って、千里の両親も勤務してんだよね。・・ほんと、世間は狭いというか』 「偶然かどうかはともかくとして、みんなが関わっちゃったのは事実なんだ。オレと哲人だけの問題じゃない。つうか、アニメはちゃんと放送されなくちゃいけない。放送日までに解決するようにオレは努力する」 「・・なんでそこまであのアニメにこだわるの?」  哲人は不思議そうに直央に聞く。 「あったりまえじゃん!ここまで身近な人が関わっているアニメなんて、そうないんだよ?うちの母さんまで、さ。なんていうか、わくわくしない?むしろ、哲人が何でそこまで冷めているのかが不思議だよ。PV見たときには結構興奮してたのに」 「だって、あれは知ってる声が聞こえたから。てか、オレはそこまでアニメ詳しくないし・・・」  異様なほどに熱く語ろうとする恋人の様子に、哲人は戸惑う。 「んもう・・そんなんだから哲人だけ仲間はずれになるんだよ」 「な、仲間はずれ?」 「だってさあ、アニメ作るのってけっこうなプロジェクトだよ?それを哲人に気づかれずに、水面下で企画から参加してた鈴ちゃも生野くんもかなり凄いと思うな。生徒会活動もやってた上ででしょ。哲人に負けず劣らず超人だと思うよ」 「・・勉強するよ、これから」  仕方ないと言った感じで哲人は答える。 「それはともかく、直央は必要以上にアイツに近づくな。直央の理屈が通じるやつじゃない。千里さんに何かあっても困る」 「そんな人でも生野くんのパートナーだよ。しかも、うちの母さんともビジネスパートナーみたくなっちゃってるし。無視なんてできないんだよ」 「・・何でそんなことになっちゃったんだよ」  疲れたように言って、哲人は目を瞑る。 「ご、ごめん。哲人も大変なんだよね。やっぱ学校での反響は凄かった?」 「まあね。一部の保護者と一部のOBが煽動してる感があるけど、それは想定内。や、まさかアニメ主題歌ってのは想定外だったけど」 「?」 「芸能活動じゃなくても、いろいろ今まであの学校に無かったようなこと。例えば先日のレクリエーションみたいなことでも、さ。そういうのだけでも色々言われるんだよ。他の学校なら普通のようなことでもね。オレがあの学校にいる間に、そういうのも変えたいんだよ」  哲人は顔を上げて、直央を見つめる。 「そっかあ、哲人も頑張ってるんだよね。・・だからこそ、そういう哲人のことも侑貴さんに知ってほしいんだよな。そしたら、オレや生野くんがどうしてこんなに哲人に魅かれるのかわかると思うから」  直央の声が少し寂しそうなものに感じた哲人は困惑気に相手を見やる。 「そんなに、アイツのことが気になるのか?」 「変に勘ぐらないでよ。結構、あの人オレに似てる気がするんだ。だから・・」 「お、オレはあんな奴を好きになんかならねえぞ!な、直央も言ったんだろ?オレが好きになるのは自分だけだって」  慌てて哲人は直央に抱きつき「イテっ!」と顔をしかめる。 「だ、大丈夫!?ごめん、オレが挟んじゃったから・・って、包帯巻きなおすから離れてよ」 「嫌だ。なんか・・寂しい気持ちになるから」 「哲人?」 「ごめん、ちょっと息をつかせてくれないか。こんなとこ見せたくないんだけど、流石にいろいろキツイ」 「べ、ベッドにいく?疲れてるんだよ、哲人は。休んでる間に、オレが夕飯作っておくから」 そう言って、哲人の腕の下に自分の肩を入れようとす る。 「いいよ、ベッドには自分でいく。でも直央も一緒に来て」 「そ、それはもちろん・・って、何で服脱ぐの!お風呂はまだ洗ってないよ!」  まさかと思いながら、慌ててベッドに駆け寄る。そして腕を掴まれて布団に引きずり込まれる 「だ、ダメだって!哲人はちゃんと休まなきゃ・・」 「貴方を愛したら休むよ。もちろん貴方の作ったご飯を食べて、貴方と一緒に風呂に入ってからだけど」 「っ!・・けど、セックスって無理してするもんじゃないだろ。ちゃんと余裕のある時に愛しあうべきで・・」 「嫌なの?オレの身体はもう余裕ないんだけど」  そう言いながら哲人は直央の手を、自分のソレに導く。 「・・さっきからの話の流れで、何でこうなっちゃうわけ?疲れてる時ほど勃つってアレ?」 「かもしれない」  そう言いながら、哲人は直央のズボンを片手で下げる。 「本気で言ってんの?」  直央はため息をつきながらも、恋人に顔を近づける。 「好きだからキスしたくなる。それが普通だろ?ずっと、抱きしめていたいんだ。貴方に対するそんな気持ち、他の誰にも持ってほしくないんだよ」 「哲人・・」  唇が絡み合う。相手の左手に気を使いながらも、抱きしめるその手に直央は力をこめる。 「わかってるよ、んなこと。オレだってそうだもん。けど・・」 『けれど、オレを抱いていいのは哲人だけです。哲人に誰が恋をしても構わないけど、哲人に愛されるのはオレだけだ』 「あの時、オレが侑貴さんに言ったのは間違いじゃないとも思う。人が誰かに恋するのを止める権利は、やっぱ誰にもないんだよ。でも、それを上回る想いを抱くのは愛されたものだけの特権ていうか。・・どうしたって哲人が好きだもの」  休ませたいと思うのも本音。言葉だけでも愛情は十分に感じられるから。 「でも、哲人はオレをこうやって愛したいんだよね。・・オレもそれに応えたいっていうか、感じたいって思っちゃうんだもんなあ」  一緒にいるだけで幸せなのも事実だけどとも思う。 「セックスっていうか・・哲人がオレの身体を舐めてくれるのが好き。舐めて、ソコを擦って・・あっ・・あ・・」 「オレがこんなことをしたいのは、貴方だけだから。美味しいんだ、貴方のソレが」 「っ!・・な、んで・・あっ、あっ、そんな強く ・・・」  結局こうなってしまうのかと思いながらも、直央は恋人に身体を預ける。それが自然なことだと思うから。 「イイ!・・あっ・・そっ・・イイ!」 自分のソレを哲人の手で握られ擦られ、乳首に舌を添えられる。 「うっ・・んん・・あっ。・・・いっ、いやあ・・そ・・吸っ・・」  強く吸われ思わず身体が震える。 「イイ!」 「ん・・もうドロドロだよ、直央のコレは。次はコッチね」  哲人の指が直央の窄まりに移る。付近を撫でられて、思わず声が出る。 「いやあ、ちゃんと挿れて!・・っ・・ひっ」 「挿れたよ。キュッと締まって中がもう熱くて・・」 「ひあっ・・あっ、あっ、あっ・・・も、もっとかき回して・・」  屹立したソレを哲人の口の中に挿れられ、自分の中には指が何本も収まり、快感が直央の身体を包む。 (こんな思い・・哲人としかしたくない。ただのセックスじゃないもの。安心・・するもの) 「ねえ、もう挿れたいんだけど?」 「へっ?あ・・」 「まさか、指だけで満足したわけじゃないだろ。貴方はもっとエッチな人だから」 「な!哲人にそんなこと言われたくな・・うっ!・・や・・ああ」  哲人の腰が性急に動く。 「ごめん、ちょっと余裕がないんだ」  そう言いながらも、哲人は自分のモノで直央の感じるところを的確に攻める。そして奥へと突き進む。 「んん・・あっ・・て、哲人はやっぱ・・あ・・優しい・・ね」 「当たり前・・だろ。直央を一番愛してるのがオレ・・なんだから。だから・・キス・・して」 「ん・・」  再び唇が重なり、舌が絡み合う。 「うっ・・んん」  深く挿れられたソレが中で爆発しそうになるの感じ、直央は身体に力をこめる。 「っ!・・なお・・ひろ・・あ・・っ」 「イっ・・てよ。もういっぱい満たされたから。好き、大好き・・ひっ・・あっ・・ああ!」 「イクッ!」 「侑貴・・どうしてオレの気持ちがわからない?・・」 To Be Continued

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