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第14話
「珍しいな、哲人がこんなとこで昼食取ってんのは」
「亘祐こそ・・それってもしかして千里さんが作ったヤツ?その弁当の中身って」
ある日の、ある高校の昼休み。屋上で昼食をとる風景は、ありがちかもしれない。ましてや、二人は親友なのだから。そして、揃って同じ大学に通う男性を恋人にしているという共通点がある。
「いや、親が作った。けど、レシピを教えたのは千里。・・もう、ウチの嫁さんのポジションはがっちり掴んだ感はあるけどな」
「・・嫁って、千里さんは男じゃん」
言いたいことはわかってるけど、と哲人は微笑む。自分の身近で同じ境遇の人間は彼だけだと思うから。
「哲人も彼氏さんの親に挨拶したんだっけ。・・ まさか、哲人が男性を恋人にするとは思わなかったけど」
「その言葉、そっくり亘祐にかえすよ。や、今は千里さんに感謝してるけど」
親友の悩みを言ってもらえなかった自分を・・自分の存在を殺したいと思ったこともあるけれど、今は納得している。それがきっかけで、自分は今幸せなのだからと。
「ウチの家族にも受け入れられてんだよ、千里は。もちろん葛藤はあったさ、姉が腐女子だからって親はそれすらも初体験だったからな」
亘祐は照れたように笑う。
「けど、千里の真剣さが伝わっているから、家族にも。オレの将来はあの人に託した。それだけ重いんだ、千里の存在は」
けど、きっかけは哲人なんだよ?と亘祐は微笑む。
「オレにとっては哲人もほんと大事な存在なんだよ。だから、哲人が直央さんを受け入れてくれたこと・・驚きもしたけど」
「あの人は・・特別だから」
哲人の顔が赤らむ。その顔を思い浮かべるだけで幸せな気持ちになる。今までに己が持ちえなかった感情。
「わかるよ。そんで・・“亘祐が知ってるだけでも”ウチの一族は理不尽の塊だ”。けど、直央は“特別”なんだ。つまり・・わかるだろう?」
亘祐が苦笑しながらもうなずくのをみて、哲人は心の中で頭を下げる。
(亘祐も親友でうちの一族のことも知っているのに、鈴や涼平のように裏のことまで関わることはない。それでも、オレをこうやって理解してくれる)
「で、その左手のケガの理由だけど・・」
「ああ、これ?パソコン殴って引き分けた、ってとこかな。向こうは廃棄、オレは全治二週間ほどだから」
左手を振りながら笑う哲人を見て、亘祐は呆気にとられる。
「・・驚いたな、哲人がそんな冗談を言うなんて。つうか、そんな軽いもんじゃないんだろ、本当は。オマエが少なくとも学校でキレるのはよっぽどのことだ」
「オレって、そこまで堅物キャラだったのか?今まで・・」
心外だというように、哲人は呟く。
「まあ、直央と付き合うようになってからは変わったと思うけどさ。いろんな噂が飛び交ってるのは知ってるけど、もうそんなことは無いから」
「鈴も涼平も頑なに口をつぐんでいるから、よっぽどのことだとオレは思っているんだけどね」
と、亘祐は哲人を見つめる。
「直央さんのことで何かあったんだろ?」
「!・・千里さんに聞いたのか?」
そう言ってからしまった!という顔になる。
「やっぱり、か」
と、亘祐がため息をつくのを見て哲人は頭を下げる。
「・・なんでオマエがそんな態度すんだよ」
「千里さんまで巻き込むつもりはなかったんだ。直央にも釘をさしてある。けど、いろいろ繋がりができてそれが複雑で・・正直オレも混乱している」
「千里は何も言わないよ。けど、直央さんのお母さんのことは聞いてた。オレが知っているのはそれだけ。でも、生野の様子もおかしいから・・」
「生野も・・オレが傷つけたようなものだ」
哲人の声が沈んだソレになる。
「オレが下手な挑発に乗ってしまったばかりに、この大事なときに・・」
「ああ、哲人って生野がバンドやってたこと知らなかったん だってな。意外だったよ、てっきりオマエ絡みで琉翔さんと繋がったのかと思ってたから」
「・・全部、鈴が勝手にやったことだよ。そんで、ボーカルのやつに直央を横恋慕された。同じ大学なんだって」
「ああ、それは千里から聞いた。そんで、千里が・・ってことか」
納得がいったと、亘祐が手を叩く。
「大学にいる間は、自分が直央を守ると言ったらしい。相手が周りに誰がいようと構わずにちょっかいをかけてくる輩らしいから。そんで生野が気に病んでいる」
「生野は基本的に真面目で優しいからな。けど、向こうだって今までとは立場が違うんだから、そんなのスキャンダルになるんじゃないか?」
「正直言って、それはオレにもいえることだ。別に恋人が男だってのは隠すつも りもないんだけど、スキャンダルに巻き込まれるとなれば話は別だ。それに、生野は琉翔のことを知らないから」
そう言いながら、哲人は自分の左手を見る。
「せめて、オレが余裕のあるところを見せなきゃいけなかったのに、このザマだ」
「つまり、向こうさんに直央さんを諦めてもらうしかないってわけか」
亘祐の表情も難しいものになる。
「話を聞いてるかぎりじゃ、けっこう直央に執着しているらしい。基本は遊び人らしいけどな。つうか、オレは一度も直接会ってないし、もちろん話してもいない。ライブのときに顔を見ただけだ」
「やっかいな相手だな」
「だから、千里さんに無茶なことはするなって言っておいてくれないか。下手をすれば、あの人のご両親にも迷惑がかかる。 オマエらの仲にも何かあっては申し訳ないし」
「はっ、何をバカなことを・・」
と言いながら、亘祐は立ち上がる。
「亘祐!」
「オマエら以上に、オレと千里は深く結びついているっつうの。けど、オレにとってオマエが、千里にとって直央さんが凄く大事な存在なんだよ。もちろん、千里に危ない思いはさせないけどな」
「って、亘祐に言われた。黒猫は機能しているのか?」
「それは勿論。直ちゃんも千里さんも守るように指示はしているよ。ただ、向こうもそこらへんに気づいているかもしれない。狩犬も場合によっては・・だよ」
「!・・でも、それじゃ・・」
鈴の言葉を聞いて、哲人の顔色が変わる。
「ただの・・でもないけど恋愛問題だぞ?狩犬はやりすぎだろ」
「それが・・ね」
鈴が固い表情のまま答える。
「彼の背後にいる人物が・・元白狼のメンバーだとしたら、どうする?」
「白狼!?・・や、あり得ないだろう。てか背後にいるって・・」
生徒会室の机が大きく揺れ、届いたばかりのパソコンがぐらつく。
「机を叩くのはやめてよね」
と、鈴が顔をしかめる。
「本家にも了解済み。侑貴本人がどこまで知ってるかはわからない。ただ、侑貴の保護者であることは事実。侑貴の実両親は八年前事故死している。・・はタテマエで本当は心中なんだけどね。でも、この事実をマスコミが知るのは不可能なんで、そっちは放置」
淡々と鈴は話す。が、哲人は目を丸くするばかり。
「し、心中?というか、何で鈴がそんなことを知ってんだよ」
「ビジネスだからねえ。ちゃんと調べますよ。・・哲人に黙ってると暴走するのがわかったから、こうやって言ってんだけどね」
鈴がふふと笑う。が、その笑顔はどこか強ばっていた。
「鈴・・オレに何を隠している?」
「・・だから、ちゃんと言っているって。良くも悪くも直ちゃんが抑止力だったんだよ、今まで。でも、向こうが直ちゃんをターゲットにしてきたんなら、こっちもやりようがあるってね」
「・・・」
「侑貴の親の心中の理由はわからない。・・たまたま侑貴の叔母の夫が白狼のメンバーだった。コレがそもそもあり得ないんだけどね。そこらへんはボクも調査中。で、その血縁関係のある叔母の反対を押し切って侑貴を引き取ったのが夫。その後、離婚している」
そこまで言って、鈴はふぅと息をつく。
「もし、本当に白狼の元メンバーなら狩犬じゃ太刀打ちできないだろ?」
「まあね・・」
と、鈴は苦しそうに息をつく。
「けれど、直ちゃんにまでちょっかいかけられたんじゃあね。本家の思惑に乗るのはシャクだけど」
「でも、生野が・・」
「いっちゃんも大事な仲間だしね。それに・・」
鈴はもう一度、ふふふと笑う。今度は嬉しそうに。
「鈴?」
不思議そうに自分を見る哲人の様子に、鈴は心の中で舌を出す。
(哲人は残酷なまでに優しいヤツだよね。だから後悔はしないんだけど。ちゃんと、ボクや涼平が“生きる意味”を見せないといけないから)
「だから、哲人は必要以上にキレないでね。それこそ相手の思うツボだから」
「オレは、そこまで短気じゃないんだけど・・。けど、この手じゃ説得力ないか。鈴は実際に現場見てんだし」
校門に向かいながら、哲人は呟く。
「黒猫も狩犬もオレ直結の組織だったんじゃなかったけ?結局、オレが一番蚊帳の外にいるような気がするんだけど。つうか、侑貴が相当危ないヤツてことになるんだけど、生野は大丈夫なのか?そんなヤツと組んでて」
何が正義なのか。自分だけがそれを知らないようで、歯がゆくてしかたない気がする。
「こんなんだから舐められるんだろうなあ。けど、オレが大学に乗りこんだりしたら間違いなく修羅場になって、いろんなとこにもっと迷惑がかかるだろうし・・」
自分はただ恋をしただけなのにと、ため息をつく。
「やはり、オレには許されないことだったのか?普通に生きることが・・」
「何たそがれてんだよ、自分だけが不幸だとか思うなよな」
突然、声をかけられ驚く。その声の主を見て自分の記憶をたどる。
「っ!・・上村侑貴・・なんで・・」
「ショウを迎えにきたんだよ。仕事があるからな。そこらへんは学校の方でも許容してんだろ?」
下校中の他の生徒がひそひそと囁きながら自分の方を見るのを、侑貴はカラカラと笑う。
「名門校といえど、けっこうミーハーなのな。はーい、ユーキくんですよぉ」
「・・やめろよ、生野にも迷惑がかかるだろ。アイツはこういうのを望んではいない」
自分の口から出る言葉が冷たい声になるのを感じながら、哲人は真っ直ぐに侑貴の顔を見据える。
「けれど、ファンは大切にしなきゃな。口コミは大事だぜ?」
「ウチの学校の前で営業する必要はないだろ。それこそ生野がいるんだからな、コッチ側には」
「おいおい、ショウに営業トークは無理だって自分が言ったんだろうがよ。てか、ほんとにクールなんだな、オマエ」
侑貴はくくっと笑う。
「テメエ・・」
「おっと、本性を現してきたか?・・駄目よ、こんなとこじゃ。てか、迷いがあるうちはアタシに勝てないわよ?本当に直央が好きなんでしょ?」
「っ!」
「ふふ・・どこまで直央に“本当の自分”を見せられるのかしらねえ。ショウに対しても、ね」
「・・どこまで知ってやがる!アンタの保護者って・・」
「オレの保護者?」
哲人のその言葉に侑貴は訝しぐ。
「“アイツ”がどうしたって?」
「へっ?」
相手の反応が自分の思っていたものとは違うことに、哲人が困惑していると、後ろから自分の名を 呼ぶ声が聞こえてきた。
「哲人!・・侑貴、哲人に何をしていた」
「何もしてねえよ、お喋りしてだけだわ。つうか、この時間に迎えにくるって連絡したんだからちゃんと校門のとこで待ってろよな。部外者は校内に入れねえんだからよ」
侑貴は何かイラついているようだと、哲人も生野も困惑気な表情になる。
「ゆ、侑貴・・頼むから哲人や彼氏さんにちょっかいかけるのはやめてくれないか。オマエは・・・」
「けれど、向こうさんにはオレに関わらなきゃいけない理由があるみたいだぜ?」
少し皮肉めいた口調でそう言いながら、侑貴は哲人を指差す。
「くっ!」
「て、哲人・・」
「別に・・」
と、侑貴は二人の顔を交互に見ながら言葉を続ける。
「“オレの保護者”のことなら、ショウにだって話せないわけでもないよ?まあ、それでショウがどういう印象をオレに持つのか・・。はは、今さらだけどな」
「いったい何の話だ?侑貴の保護者って・・・。確か親戚の人だったよな」
「そ。一度会わせたことあったろ。・・オレをこういう風にした張本人てとこかな」
学校の近くの駐車場に止めてあった車に乗り込み、侑貴と生野はスタジオに向かう。
「まさか侑貴自らが車を運転してくるとは思わなかったけど。てか、侑貴の保護者のことが哲人にどういう・・」
「今日はそういう気分だったんだよ。デートしてるような気にならない?」
「・・質問に答えてよ。正直、オレはあの人のことが好きにはなれなかった。そういう人が侑貴に影響を与えた って、どういうことだよ」
助手席の生野の表情は険しいものになっている。
「オレの性癖の源・・って言えばいい?オレを最初に抱いたのがアイツだよ」
「!・・だって、叔父さんだろ?」
「母親の妹の旦那だからな。オレと血が繋がってるわけじゃない。養子縁組してるわけじゃないし、オレとの関係に気づいた奥さんとは自殺未遂やらなんやらの末に離婚してっから、まるっきりの赤の他人だぜ?本当は」
淡々と話すその内容の深刻さに、生野は顔をしかめる。
「自殺未遂って・・じゃあ今は?」
「実家にいるよ。もともと、一家心中でオレだけ生き残ったことで親戚中からは恨まれてたしな。で、今度は叔父を寝取ったってことで、死んでくれとは言われてる」
「はっ?も、もしかしてオマエの方から誘った・・のか?」
まさかという思いで生野は聞く。
「ちげえよ。オレはまだ中一で、そんな知識も経験もなかった。叔母には疎まれて虐められてはいて、確かにアイツには優しくされていたけど、そんなことを考える余裕もなかったよ」
けど、と思う。
「オレの家族が死ぬ少し前だったんだ、叔母とアイツが結婚したのは。つうか、事実婚だったみたいだしな。もしかしたら、オレを手に入れるために行動だったのかもしれねえわ。とにかく、多額の手切れ金でオレはアイツのモノになった」
「今でも・・受け入れてんの?そんなメチャクチャなことを」
「今さら過去を無かったことにはできないし、オレの身体もそうなっちゃってるしな。どう?がっかりした?」
「・・」
黙り込んだ生野を横目で見ながら、侑貴はいつものようにニヤケた声で問う。
「オレは未だにアイツの正体を知らない。オレがわかってるのは、アイツとのセックスが気持ちいいってことだけだよ。アイツ自身のことは大嫌いだけどな。・・真面目なショウには嫌な話だろ?」
「嫌がられたいのか?オレに。・・それに、侑貴だって被害者だろ?オマエは抵抗のできない未成年だったわけだし」
「今は、十分責任のとれる大人だぜ?」
侑貴は、あははと笑う。
「けど、オレはアイツに・・今でも抱かれている」
「!・・侑貴・・」
「しょうがないでしょ。嫌いだけど、身体の相性はいいのよ。・・って思いこまされているだけかもしれないけどな、はは」
アクセルを踏む力が強まった気がして、生野は慌てて叫ぶ。
「ゆ、侑貴ってば!スピード出しすぎだよ・・」
「約束の時間に間に合わねえんだよ、ちんたら走ってたら。オレは仕事には真面目なの」
そう言って、侑貴はますますスピードを上げる。
「ま、もうソコだし。・・ショウに迷惑はかけないよ。殴られるも勘弁だし」
そう言いながら、スタジオの地下駐車場に車を滑り込ませる。
「日向哲人は、“オレの保護者”のことを知りたがっていた。理由はたぶん“アレ”だろうけどな。ま、いろいろ最低な男だよ。けど、おかげで金の心配だけはせずに済んだ。そんで、さっきの問いだけど」
「えっ?」
「ショウに嫌がられたいわけじゃないよ。こんな話になるとも思わなかった。・・言う気もなかった、アイツにまだ抱かれてるなんて」
駐車場に車を止めエンジンを切ってからも、侑貴は動こうとしない。
「うん?どうした・・」
「ねえ・・オレの話を聞いてどう思った?恋愛関係は今までもオープンにしてたけど、ショウは何も言わなかっただろ?けど、直央の件は・・。そんなに、日向哲人はショウにとって特別なの?」
どういうつもりで侑貴が突然そんなことを言い出したのかわからず、生野は戸惑う。
「なんで・・哲人は確かに特別な存在だよ。アイツの言葉があったから、オレは音楽を続けられた。そして侑貴にも出会えた。その話は前にしただろ」
「日向は・・そうだろうな、名門高校の生徒会長であんな可愛い恋人までいる。オレとは雲泥の差だよな」
「自分のことをそんな風に言うなよ。手を上げたことは、オレが悪かった。けど、哲人の彼氏のことは諦めてくれないか?オマエの叔父さんのこともそうだけど、そんな恋愛はオマエのためにはならないよ」
そう言いながら、生野はシートベルトを外す。
「ほら、行くぞ。スタッフが待ってる」
「・・オレだって」
「えっ?」
「オレだって、本気の恋愛をしたっていいだろうがよ!家族に置いて逝かれたあの日から、家族を持つことは諦めてる。けど・・本気で誰かを好きになったって・・いいだろ。それが、例え誰かの恋人でも運命を感じたんならそれに縋ったっていいだろ・・」
侑貴の身体が震える。
「じゃあ、どんな恋愛ならオレには許されるんだよ。誰なら・・オレを特別な存在にしてくれるんだよ!」
「・・これも言ったと思ったんだけどな」
ふぅと息をつきながら、生野は侑貴に身体を近づけそのシートベルトを外す。
「そこまで面倒みてくれなくていいよ。一応、オレの方が年上・・っ!」
「鈴に聞かれたんだよ、オレが侑貴のことをどう思っているのかって。オレは・・侑貴が一番オレを理解してくれてると思ってる。でも、それでもオマエが不安だっていうなら。だから理不尽な運命にしか縋れないっていうなら・・オレはこうする」
顔が近づく。見慣れたその顔。色白で身長も高く、切れ長のその目には常に優しさを漂わせている。メガネをかけていることもあって理知的に見えるその顔は、本人と哲人だけは知らなかったが校内では常に注目されていたのだった。
「・・初めてだよ」
自分の唇に相手のソレが触れたことに気づいた瞬間、侑貴は反射的に目を瞑った。
「っ・・ん・・ん・・ふ」
唇が離れ、真っ赤な顔の生野が目の前に現れる。
「なん・・で」
信じられないという表情の侑貴に、生野は照れたように笑う。
「初めてだからうまく出来たかわかんないけどね。オレじゃ役不足だろうし」
「そ、そんなこと・・」
ない、と言いかけてハッとする。
「なんで、オマエがオレに・・」
「いろいろ理由はあるけど・・こんな身近に自分を特別だと思っている人間がいるって知ってほしかったっていうか」
「はあ?」
「結構、ドキドキしてんだよ、これでも」
と、生野は頭をかく。
「なんせ、オレのファーストキスだからな。・・これで歌えるか?今日録るヤツはけっこう重要な場面で流れる曲だからな」
「つまり・・仕事のため?」
生野のその言葉に自分でも驚くほどに侑貴の声が沈んだものになる。
「拗ねるなよ。そこまで割り切れるほど、経験はないよ。ただ、侑貴とこの先も付き合っていくんなら、いろいろ覚悟しないとダメなんだって思い知った。けど、それが侑貴のためになるんなら、オレは頑張る。パートナーだからな」
「だからって・・」
「ほら、マジで収録に遅れるぞ!・・オレになら迷惑かけてもいいんだよ。つうか、今までだってずっとそうだったろ?最低だって言い切ってる男なんかに縋るな。そんな男よりオレに頼れよ。オレは確かに三つも年下だけど、キスなら何度でもするから」
そう言いながら、車から出て生野は歩いていく。
「早く!」
「・・キスだけで済むはずがねえだろうが。ったく・・んだよ急に。今まではクソ真面目な高校生してたくせに、オレの過去を知った途端に・・。ショウみたいのが必要以上に関わっていい人間じゃねえんだよ、オレは」
好きになるはずが無い。仕事だけの割り切った感情しか持つ気は無い。・・触れただけのキスにときめいてしまったけれど。
「巻き込めねえよ。日向哲人や鈴と同様に、“アイツ”も・・ただの人間じゃねえんだ」
「哲人?・・ねえ、哲人ってば!病院に行ったんでしょ。どうだったの?」
「え?あ、ああ・・だいぶ治りが早いって。三日後にもう一度来てほしいって言われた」
「そうなんだ!そん時はオレも付いていくからねえ」
よかったねえと笑いながら、キッチンに戻っていく直央を見ながら哲人は複雑な気持ちになる。
「やっぱ・・好きなんだ・・よな。けれど・・オレは」
『それは勿論。直ちゃんも千里さんも守るように指示はしているよ。ただ、向こうもそこらへんに気づいているかもしれない。狩犬も場合によっては・・だよ』
『彼の背後にいる人物が・・元白狼のメンバーだとしたら、どうする?』
(もし、鈴の言ってることが本当なら人が確実に一人死ぬことになる。生野はどう思うのかな)
『おっと、本性を現してきたか?・・駄目よ、こんなとこじゃ。てか、迷いがあるうちはアタシに勝てないわよ?本当に直央が好きなんでしょ?』
『ふふ・・どこまで直央に“本当の自分”を見せられるのかしらねえ。ショウに対しても、ね』
(本当のオレ・・か。直央は本当にどこまでオレを・・許せる?)
「オレ、哲人が大好きだよ。ずーっと、ずーっと側にいるもの。だからさ、哲人は悩まなくていいの」
「直央!」
いつの間にか恋人の顔が目の前にあった。
「キスしていい?」
「へっ?」
「したいの!今日はね、キスの日なんだって。ま、そうじゃなくても・・」
そう言いながら、直央は目を瞑る。
「直央・・」
「だから、不安にならないで?キス、して」
(ほんとに、もう・・オレの恋人は、どうしてこうも)
可愛いのだろうと、自然に笑みがこぼれる。
「うん、愛してる。けど、キスじゃ終わらないんだよ?」
直央がうなづくのを見て、哲人は口の中に舌を差し入れる。絡みつくソレは快感をお互いの下半身にも伝える。
「ベッドにいく?」
「うん!」
To Be Continued
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