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第16話

「高瀬が哲人のことを・・」 『両親同様、私のためにいい働きをしてくれるよ。けど、両親のように簡単には死なせないよ。この私を・・』 『それだけが誤算だったかな。いや、もう一つあるか。日向哲人・・アイツもアイツの両親同様、私の邪魔をする。けれど・・』 (8年前の侑貴の両親の心中事件が、高瀬の仕業だとして・・その目的が本家の“アレ”だとして、それが哲人の両親の失踪にどう関係してくる?いや、それよりも・・) 「ねえ、涼平はどう思う?侑貴はどこまで気づいているのか・・。気づいていて高瀬から離れないというんなら、こっちもいろいろ考えなきゃいいんだけど。そして哲人のことも」 「侑貴は “あの事件”のことも知ってたんだ。直央さんが関係していることも、もちろんオレらが関わっていることも。身内の行動に気づいていなかったてのは、正直信じがたい」  涼平の表情が難しいものになる。 「本家から高瀬の情報が直ぐにこなかったってのも解せない事案なんだけどね。名前を変えていないんだから、本家もその動向は把握していたはずなのに。つうか、哲人を挑発するって・・」 「ああ、何もかも承知の上でオレらを怒らせてるわけだよな。しかも・」  そう言いながら、涼平は傍らの少年の頭をこづく。 「い、痛いっスよぉ。オレ、そっと優しくされたい男の子なんですからあ」 「赤蛇(レッド・スネーク)のくせして、甘えたこと言ってんじゃねえよ!・・この生徒会室の盗聴器の類はしっかり調べたんだろうな」 「はあい、大丈夫っスよぉ。てか、先輩たちが週一で調べてんだから、オレが今さらやんなくても。だいたい、オレは昨日撃たれているんスよ?もちょっと優しくしてくれてもいいんじゃないかな?」 「かな?じゃねえよ、ボケカス!相手が気づいてることに、もう少し早く気づけっての!」  我慢できないとばかりに、涼平は遠夜に怒鳴りつける。 「や、もちょっとあのセックスを見ていたかったというか。オトコ同士のって初めて見たんスけど、けっこう凄いんスねえ」  キャッと言いながらわざとらしく顔を手で覆う遠夜を、鈴は呆れた顔で見つめる。 「つまり、高瀬が盗撮に気づいていたのはわかっていたんだね。ムチャしないでよ、ったく」 「鈴先輩!」  突然、遠夜が鈴に抱きつく。 「なっ!なに・・」 「昨夜は、涼平先輩に抱かれたいと思ったんスけど、やっぱオレの天使は鈴先輩ですぅ」 「ボクは、キミに対しては悪魔でかまわないんだけどね」 「がーん」 と、わざとらしく遠夜はずっこける。 「鈴先輩の指示に従っただけなのにぃ」 「相手を無駄に挑発しろなんて指示は出してないでしょ。あっちは本家の弱みを握ってる・・つもりなんだから」 と、複雑そうな笑い顔を鈴は顔に浮かべる。 「やっぱ・・そうなのか?」  そう困惑気に聞く涼平の肩を、鈴は力なく叩く。 「高瀬の言葉がソレを示しているのなら、彼が簡単に遠夜を逃がしたのもまあ頷けるしね。けど、ボクたちは本家とは一線を画している。ボクらは哲人のために力を出せるんだ。本家の思惑なんてくそくらえだよ」  8年前のあの時から決めていたこと。それでも哲人が変わっていくのを止められなかった自分をずっと責めていたけれど。 「ボクの感情を左右していいのは哲人と直ちゃんだけだからね。あの男が哲人の両親の失踪に関係しているというなら、本家の都合など関係なくボクはあの男に鉄槌をくだすよ」 「哲人にはまだ言わない方がいいな。もちろん生野にもだ」 「!・・そう・・だけど。でもいっちゃんが・・」 「すまない、遅くなって」 「哲人 !それにいっちゃん・・遅かったね。なんかあった?」 「いや・・実は」 と、哲人は頭をかきながら生徒会室に入ってきた。 「いっちゃん、その袋どうしたの?なんか一杯入ってるみたいだけど」 「ああ、これ?・・これが遅刻の理由。哲人は巻き込まれた」  両手に持った袋を掲げで、生野は困ったような表情になる。 「?・・多分それってプレゼントだよね?前からそれなりにモテてたけど、PV発表してから顕著になってきたね」 「というか、ほとんどが侑貴宛のモノなんだけど。そこにたまたま哲人が来てさ、ちょっとパニックになっちゃって」 と、生野が照れたように話す。 「ここぞとばかりに、哲人にみんな話しかけてさ。改めて哲人の人気度を思い知ったっていうか」 「入学式の時に、みんなの相談にはちゃんとのるからと宣言したからな。ただ、思っていた以上に皆が話しかけてきて・・。ここまで上級生に話しかけるのを躊躇しないとも思わなかった」 と困ったような表情で話す哲人に、鈴は諭すように言う。 「何度も言ってるでしょ。哲人は現代の高校生と己の魅力について知らなすぎるって。つうか、哲人が目指す“普通の高校生”ってまさにコレだと思うけどね」  そして、生野の持つ袋の中を覗き込む。 「これ全部が侑貴宛ってわけじゃないんでしょ? いっちゃんだって十分人気があるって」 「・・確かに中学の頃よりは声をかけられるようにはなったけど、そういう実感は無いな。侑貴の個性が強すぎるせいか・・。アイツ、本当は酒が弱いくせに何かあると直ぐに酔いたがるんだ。んで、オレに甘え・・頼ってくる」  赤い顔になりながら、生野は鈴に答える。 「いっちゃんは、ほんと頼りたくなる相手だからねえ。だから、普通なら侑貴を任せたいんだけど‥」 「・・鈴の言いたいことはわかってるつもりだよ」 と、生野が微笑む。 「覚悟は決めてるって言ったろ?・・どうしたってアイツをほっとくわけにはいかないんだから」  生野のその言葉に、鈴の表情が激しく歪む。 「鈴?」 「似てる・・んだよね。侑貴と・・哲人ってさ」 「へっ?」  どこがだ?と生野と哲人は同時に思う。が、涼平は「・・かもな」と頷く。 「けれど、哲人の前には直央さんが現れた。だから、哲人は“自分のために”本気で生きようって気になったんだろ?まだ多少の迷いはあるみたいだけど」 「涼平!」 「んだよ、別に悪いことじゃねえだろ。直央さんは・・知っている限りの哲人を受け入れたんだ。それ以外にもいろいろあるのを、哲人もオレらも匂わせた上でな。だから安心できんだろ、哲人も。んで、オレらだっていんだしな。つまりは・・」 と、涼平は生野の方を向いて言い放つ。 「生野も一緒なんだよ、そこらへんは。・・オレらが、フォローするって点も」 「えーっと・・それってもしかして侑貴のことか?」  生野が困惑気に聞いてくる。 「バンドのことは・・けどそれだってそこまでオマエらがどうこう言うもんでもないだろ。や、感謝はしてるけど」 「仲間、だからだよ。結局のところは、それが一番の理由だ」  そう言う涼平の表情は複雑そうなソレ。が、生野も同じような表情になりながらも、少し笑う。 「ありがとな。オレは、侑貴を助けたいって思っちゃってるから。や、アイツがオレを頼ってくれるかわかんないけどな。とにかく、プレゼント預かっちゃったから・・今日、侑貴の家に行くつもりだからその時に渡すよ。アイツが喜ぶかどうかはわからないし、ファンの子らにもそう言ったけどね」 「侑貴の自宅マンションに行くの?」  鈴は事も無げにそう聞く。が、その声には幾分かの緊張感が含まれてはいるようだと涼平には感じられた。 「約束はしていたんだよ。新しい曲を直接聞かせるって。けれど、今日は朝から連絡がとれなくてさ。ま、珍しいことでもないけど・・」 「!・・」  涼平と鈴が顔を見合わせる。 「・・オレも行くよ。生野と話したいことがあったんだわ」  涼平が生野の肩をポンと叩く。 「へっ、オレに?」  なんだ?という表情の生野に、涼平は笑いかける。 「男同士話したいこともあんだよ。それに、その荷物も重いだろ?」  そう言って二つあったプレゼントの袋の大きい方を、涼平はひょいと持ち上げ生徒会室を出ていく。 「ちょっ・・なんでそんな・・彼氏みたいな・・」 「いっちゃんの返し方がすでにBL沼ってんだよね。変わるもんだね 、ほんと」  複雑そうな表情ながらも、鈴は少し笑う。 「・・よくわからないんだが?」  反して、哲人は訳が分からないというように呟く。 「哲人って、彼氏ができても根本的なとこは変わらないんだね」  やれやれという感じで鈴が言う。 「ど、どういう意味だ?直央にオレがちゃんとしてないと?」  哲人が慌てながら、鈴に聞く。面倒くさそうに鈴は答える。 「・・ごめん、やっぱ哲人は直ちゃんのことだけ考えてればいいや」 「だ、だから!」 「・・哲人の安心を邪魔する気はないんだ。言っただろ、侑貴と哲人は似てるって。下手につっつかないほうがいいかなって思い直してるとこ」 「だから、どこが似てるって・・」 「恋愛にはとことんまで貪欲だってとこ。なのに無駄に不器用なんだから・・」  つまりメンドクサイのだと、鈴は思う。 「オレ・・そんな不器用だって言われたの初めてなんだけど」  哲人がそう言って困惑の表情を見せる。 「・・だから、そうやって素直に反応されると・・」  思い知らされる。哲人の近くにいる人間で、自分が一番長く側にいたと自負していたはずなのに・・ (ボクが・・一番好きだったはずなのに。・・恋じゃなくても、ボクが一番・・だったはず、なのに)  8年前の出会いも仕組まれていたものなら、なぜ今年になって哲人と直央が再会したのか。 「・・いいんだけど。哲人がボクの全てなのは変わらないから。そんでもって直ちゃんのことも好きなんだよね、結局」  8年前のあの時もそうだったから、 と鈴は思い出して微笑む。 (8年前の出会いと、その後に起こったはずの出来事を二人が思い出しても、たぶん気持ちは変わらない。なら、侑貴の“真実”を哲人に言っても・・) 「あの・・さ、てつ・・ん?・・メール?」  自分のスマホを見て、鈴は思わず遠夜の方に顔を向ける。 「どうした?鈴。何を言いかけた?」 不思議そうに哲人がこっちを見るのを感じて、鈴はため息をつく。 「・・わかったよ。ところで今日の直ちゃんの予定は?」 「直央?・・何で鈴がそんなことを聞く?」 「何で・・って。・・用心に越したことは無いからね。直ちゃんの行動を制限するつもりはないけど、覚悟だけは強いることにはなる」  その言葉に哲人の表情が少し変わる。 「直央に何をさせるつもりだ!鈴、何を隠している」 「ん・・隠しているわけじゃないよ。哲人の安心を奪うつもりは無いって言ったでしょ。けど・・これも自覚しておいて」 と、鈴は哲人を見据えて言い放つ。 「直ちゃんは諸刃の剣なんだ。言い方はあれだけど・・哲人の糧であり、哲人の枷でもある。それを利用される可能性は大だ」 「っ!・・なんで・・オマエがそんなことを言う?直央はオマエのことだって・・」 「ボクも直ちゃんは大切にしたい親友だよ・・ふふ」  鈴は微笑む。それは本音だから。自分が発せられることを許される数少ない感情だから。 「だから哲人も自覚してよね。直ちゃんを守りたいなら、本気で守りたいなら日向の家を本気で捨てることを選ぶ場面もでてくるって思ってよ 。直ちゃんを・・選んだのは哲人の恋心なんだから」  否定したい言葉が出てくる自分の口を恨みながら、鈴は言葉を紡ぐ。今は、当面の敵と戦うことが目的だから。 「侑貴の保護者・・例の元白狼(ホワイト・ファング)の男だけど」 「!」  鈴の言葉に哲人の身体に緊張が走る。 「何があった!?」 「彼が・・今日動く可能性がある。向こうだって・・いや、彼に限らず哲人を狙う輩は、みんな直ちゃんに狙いを定める。・・困るんだよ」 「何が困る?今は敵なら、ヤツを・・殺すだけだろ」  その言葉で、室内の空気が変わった・・気がしたと遠夜は思った。 「まあそうなんだけど・・」 と、鈴が困ったような表情になる。 「それは、ボクと涼平の役目だからさ。で、マジで直ちゃんはどこに行ったの?」 「・・琉翔の家にいるはずだ。千里さんと一緒に。オレが登校してから琉翔から誘いがあったらしくて、昼休みにオレに直央から電話があった。・・・行っていいか、と」  不機嫌そうな声でそう言う哲人を見て、鈴はなるほどと頷く。 「けれど、電話で反対するわけにもいかなくて、渋々許したわけだ。つうか、そんなことでいちいち許可を求めなきゃいけないほど、直ちゃんの行動を制限してるわけ?琉翔さんちなら近所だし、むしろ自分のマンションにいるより安全だよ。セキュリティは最高だし、琉翔さん自身・・」 「別に、オレは直央をそこまで縛っているわけじゃないよ」 と、哲人は尚も不機嫌な声で答える。 「千里さんも一緒だしな。ただ、琉翔の家ってのが気に入らないだけだ。一人であの家に行くなとは以前に言った。オレのいないとこで琉翔が直央に何をしているかと思うと、不安でたまらないんだよ。琉翔の変態さは鈴も知ってるだろ?いくら千里さんが一緒とはいえ・・や、千里さんもいるからこそ・・」 「そんなこと考える哲人こそヤバいよ。直ちゃんに関しては、じゃあ安心だな。こっちも動きやすくなる。・・用意が良すぎる気もするけどね」  そう言いながら鈴は遠夜の方をチラッと見る。その途端、鈴のスマートフォンにメールが入った。 「はあ・・つまりそういうことなわけね、マジで。そんで・・あそこはS組の・・。よく裏付けがとれたね。そっちは警察にまかせるとして、こっちも・・本家の許可が出たか」 「なんだ?何をブツブツと・・」 「高瀬が・・侑貴の保護者が動き始めた。侑貴に会いにいった涼平から連絡がないのが気になるんだけどね」 「!」  哲人の表情が変わる。 「直ちゃんが安全圏にいてくれてよかったよ 。もし、高瀬が直ちゃん達の方に行った場合、哲人はおそらく適切な行動をとれないだろうからね」 「はあ?」 「躊躇するか、むちゃくちゃにキレるか・・。どっちの姿も彼らに見せたくないし、間違った行動に繋がる恐れがある。“本来の姿”を直ちゃんにはまだ知られたくはないんだろ?」 「オレの・・本来の姿・・・くっ」  哲人はそう呟いて、口びるを噛む。 「高瀬を殺すことになっても構わない。本家からはそういう指示が出ている。・・つまりそういう状況になるんだ。哲人はだからボクと一緒に行動してもらう。涼平もすぐに呼び戻す。5分くらいしてから校門のとこに来てくれる?」   「っ!鈴のヤツ・・何をオレに隠しているんだ?」  鈴が生徒会室を出ていった後、哲人は “一人”残って愚痴る。 『・・だから、ちゃんと言っているって。良くも悪くも直ちゃんが抑止力だったんだよ、今まで。でも、向こうが直ちゃんをターゲットにしてきたんなら、こっちもやりようがあるってね』 『だから、哲人は必要以上にキレないでね。それこそ相手の思うツボだから』 「直央に何があるっていうんだ?確かにオレの唯一のウイークポイントでもあるけど。ターゲットがオレだとしても・・」  ともかくも、と哲人は恋人に電話をかける。 「・・うん、今日はたぶん遅くなると思うから琉翔のところで夕飯を済ませてくれないか。や、そういうのじゃないって。だから心配は・・だ、だから怒ってるわけでもないって!・・ごめん、大きな声出して。オレがワガママすぎるのもわかっているんだ。好きだから・・どうしても・・。そ、愛してる。千里さんによろしく」      そして哲人は生徒会室を出ていく。“きちんと戸締りをして”。 「鈴って、ほんと女の子だよな。哲人もちゃんとソレを意識して接しているのに、鈴があえて避けてるってのが面白い」  誰もいなくなった部屋で、遠夜は独り言を紡ぐ。 「本来なら、鈴と哲人が結婚しちゃえば楽な事案なのに、無駄に8年前を引きずっているから高瀬亮みたいな旧品が出てきちゃうんだよねえ。・・おまけにオレを撃つとか。酷いねえ・・実に非道い・・あはは!」  鈴や涼平が見たことのない表情で、遠夜は笑う。 「恋人のために動く哲人と、そのために動く鈴か。まるで、“あの時”のようだよ。まあ、彼らはおかげで失踪したり殺されたりしたわけだが。オレの役割はそれを繰り返さないことだとわかっていても・・」  少し面映ゆい気分ではある。 「まさか、彼らを先輩呼びするなんてね。“アイツら”はどこかで笑っているかもしれないな」  鈴は何度も呟く。自分は“哲人のために生かされている”。 「好きならそれでも構わないじゃないか。直接見れなくなるよりはよほどいい・・・あははははは」  もっとも、自分みたいな人生もあるのだけれどと遠夜はひとしきり高く笑う。 「さて、彼らのために動きますかねえ。オレ自身の復讐のためでもあるし。つうか、そこまでわかっててオレを生かしておく本家も狂ってるし、鈴も哲人も涼平も・・可愛いよ」  それぞれの親に聞かれたら半殺しだろうなと思いながら、遠夜はパソコンのキーボードを叩く。 「つうか、哲人のヤツ・・本気でオレに気づいてないじゃないか。外から鍵閉めるしさ。オレって、本当に生きてるよね?」  たまに痛む古傷と、昨夜撃たれた肩を交互に押さえながら冗談ともつかぬ疑問を己に投げかける。 「えーっと・・・オレって生徒会の会計でこの学校の2年生で・・生徒会長の哲人先輩ってオレのこと知ってるよね?」 「オレに言いたいことって何だ?鈴も承知していることなのか?哲人は?」 「んだよ、オレが何でそこまであの二人に遠慮しなきゃいけないんだよ。まあ、少なくとも哲人は知らない事実だ。もしかしたら、鈴が話しているかもしれないけどな」  涼平と生野は、侑貴のマンションの近くまで来ていた。そこから見える距離に、哲人の恋人の直央の通う大学がある。 「それって、今言えないこと?」 「できれば侑貴と・・やっぱ侑貴は電話に出ない?」 「・・ああ。けれど、オレは合鍵を持っているから、いなければこの荷物は部屋に置いておける」  そう言いながら、生野は一個の鍵をカバンから取り出す。 「合鍵・・持っているのか。よくあの侑貴がそんなものを他人に渡したな」 「貰ったのは、ほんと最近なんだよ。オレも驚いたけどね」  そしてエレベーターに乗り込み。5階のボタンを押す。 「オレの知らない侑貴の何かを、鈴や涼平が知ってるってこと?」  それって寂しいよな、と生野が呟く。 「すまねえな。けど、侑貴の保護者の話も聞いてるなら大体予想がついているだろ、オマエなら」 「・・オレは、あの男が嫌いだった。確かにイイ男だとは思ったさ、けど嫌な感じだと思った。叔父さんだって言ってたから、侑貴の唯一の親族だと思ってたから顔には出さなかったけど。なのに・・侑貴自身があの男を嫌っている。けれど・・抱かれている」  そう言いながら、生野はエレベーターの壁を叩く。揺れるエレベーターの中に、生野の声が響く。 「おかしいだろ!本気の恋愛を求めているくせに、嫌いな男に縋って生きるのがアイツの人生だなんて。不安なくせに、無駄に哲人や直央さんを煽って、オレに・・迷惑をかけて」  なのに、と唇を噛む。 「アレは・・本気のキスだったんだ。オレの覚悟と想いを乗せた・・けど、侑貴には届かない!」 「それを確かめたいんだろ?ほら、降りるぞ。5階に着いたんだから」 「っ!・・」 「侑貴・・もしかしてずっと部屋の前にいたのか ?何でそこで座り込んでんだ・・もしかして酔っているのか?」  5階の角部屋の前に、侑貴は力なく座り込んでいた。二人が声をかけると、とろんとした表情を向けてきた。 「・・もしかしてクスリじゃねえだろうな。あの男・・高瀬にヤラレたのか?」 「クスリ!?」  ギョッとした表情で、生野は侑貴と涼平の顔を交互に見やる。 「どういうこと・・」 「流石に、そこまで知ってんのか。つうか、ドラッグじゃねえよ。ショウが言ったとおり酔ってんの。まあ、本当はオレ酒には弱い方だから、ワンカップでベロンベロンになっちまうんだけどな。んで気づいたら部屋の鍵が無くてさ。どうしようかなと思ってたとこ」  ほら、とワンカップの小瓶を差し出す。中身は半分も減っていなかっ た。 「ったく、無理すんなよ。オマエは・・そういうヤツなんだから」  そう言いながら、生野は自分が持っている鍵を取り出す。 「ほら、オマエから貰った合鍵。とりあえず、中に入ろう。ちゃんとシャワーを浴びた方がいい。スマホは持っているか?朝からずっと連絡を入れてたんだが、応答がなかったから」 「ん・・スマホは・・ある。けど、昨夜から充電してなかったから電池切れ」 「なんだよ・・。心配させんなって」  ホッとしたように、生野は玄関のカギを回してから侑貴を立たせようとする。が、相手はいつのまにか目を瞑っていた。 「ちょっ・・まさか寝ちまったのか?嘘だろ・・お、おい!」 「しょうがねえな・・とにかく部屋の中に入れるぞ。酔ってんなら、こうなっちまうだろうさ。余計な説明もしなくてすむ」 「?」 「とにかく、寝かせておけ。・・別に生野にこいつの面倒をみろとは言わねえけどな」  二人で侑貴をベッドに運び、やれやれと息をつく。心配そうに侑貴の寝顔を見つめる生野に、少しニヤついた声で涼平はそう言った。 「・・涼平はそれでかまわないのか?」 「は?」  何が?と涼平は首をかしげる。 「コイツは・・侑貴はヤバイことに関係してんだろ?や、コイツの普段を知ってるから、そういうことももしかしたらあるかなとは、一応覚悟もしていた。そして、他人に迷惑をかける前に引き戻すつもりもあった。けど・・鈴や涼平が知ってて、それで哲人に言えないって、おかしいだろ?オマエらはそういう関係じゃないもんな。少なくとも・・」 「流石、生野だな」 と、涼平は苦笑する。 「だから生野も知らない方がいい。オレたちは侑貴を助けるつもりでいる。結果によってはコイツを傷つけるかもしれないけど」 「侑貴を・・助ける?」 「好きなんだろ?本気で。・・今日は侑貴の誕生日だっけか。律儀にファンからのプレゼントまで運んでやってさ。けど、結局はコイツの側にいるのはオマエだ。・・アイツが合鍵を他人に渡すなんてことやらないのはわかってんだろ。けど、今回はそれが役に立った。つまりは、そういうことだろ」 「・・でも」 と呟いて、生野は侑貴の方を見る。「うーん・・」と苦しそうにする侑貴の顔を思わず触って、生野は「つっ!」と唇を噛む。 「哲人と直央さんが付き合うことになったきっかけも、何とはなしに聞いてるだろ?結構似てると思うぜ?オマエらにさ。まあ、あそこまでバカップルにならなくていいけどさ」 「涼平・・いつかはオマエらのことちゃんと話してくれるか?オレの“今”には哲人やオマエらの存在が不可欠だったんだ。・・ちゃんと、知りたいんだ」  生野は必死に言葉を紡ぐ。“知らない”ことは“とても寂しい”ことだと、侑貴も言っていたから。 「バカだな、平和が一番なのにさ。悪いけど、確約はできねえ。・・んじゃ、行くわ。くれぐれも、ドアチェーンはかけておけ。何かあったらオレに連絡しろ」  そう言って、涼平は立ち上がる。 「行くって、どこへ・・」 「言ったろ?侑貴を助けるつもりだって。どっちにしろオレたちが解決しないといけない案件でね。・・終わったら連絡するよ。だから・・侑貴を頼む」 「涼平は侑貴の部屋を出たって。アイツ寝てんだってさ。ったく、呑気だよねえ。まあ、ごちゃごちゃ文句を言われるよりいいけどさ。・・殺すわけだし」  本家の車の中で、鈴はナイフを手で弄ぶ。 「鈴!いくらスモークで外からは見えないとはいえ、不必要な言動は控えろ。 「ごめーん。前回はボクの出番がなかったからさ。・・まあ、もしかしたら今回もかもしれないけどね」 「・・どういうことだ?元白狼ホワイト・ファングの高瀬を相手に、オレと涼平だけじゃ流石にキツイ・・」 「いろいろ仕込んだのっ」  鈴が嬉しそうに叫ぶ。 「うまく機能していれば、ボクたちが行くまでに決着はついているはずなんだけどね。それでも、あの人はそう簡単には死なないだろうけど」 「仕込んだって・・」  困惑気な表情の哲人がそう呟いた時、そのニオイが少し開けた窓から入ってきた。 「血の・・ニオイ?」  思わず鈴の方を見る。 「・・思っていた以上に酷いかもね」  鈴も顔をしかめながら答える。 「どうなっているんだ!狩犬ハウンド・ドッグは使えないという話だったんじゃないのか?まさか黒猫ブラック・キャットが・・」 「落ち着いてよ、哲人。表立っての本家の関与は避けるということで、ボクたちは今回動けるんだ。ここに彼らをおびき出したのも計画のウチ」  先ほどまでの余裕の表情を一転させながらも、鈴の声は変わらない。 「ここで、車止めて!涼平が合流するまで待ちたかったんだけど、余計なのが来ても困るからさっさと終わらせよう」 「・・酷いな、全員死んでいるのか?」 「生きてても、助ける気はないけどね。コイツらS組の連中と、高瀬の配下さ。親父さんの方から手を回してもらった。明日にでも店にラーメン食べにいこうねっ。直ちゃんも一緒にさ」 「・・まあ、そういうことなら親父さんにお礼を言わなきゃいけないから、ラーメンもやぶさかじゃないけど」  正直、この状態でよくラーメンのことを考えられるなと哲人はため息をつく。辺りは血の海で、その上には何十人かの身体が横たわっている。全員、ピクリとも動かない。 「コレの始末は親父さんたちがやってくれるハズだよ。さしあたっては、ボクたちは高瀬を探さなきゃいけないんだけど・・」 「この中から?」 「とりあえずはね。つうか、涼平は遅・・っ!」  突然、鈴が体勢を低くする。 「どうした?」 「聞こえない?涼平の声がするんだ。・・たぶん、戦ってる」  鈴も一気に戦闘態勢になったことを感じて、哲人も身構える。 「こちらは下手に声をかけない方がいいな。涼平が相手に集中できなくなる」 「うん。おそらく、あの倉庫の陰で・・・いたっ!」 「っ!アンタ、拳銃で膝を撃たれているってのに、よくそこまで動けるな。さすが元白狼ってか。戦闘からは離れてたはずなのに・・なっ!」  相手のナイフが懐に飛び込んできたのを間一髪でかわしながら、涼平はそれでも不敵に笑う。彼自身も身体の数か所に傷を負っていたのだが。 「誰が私が安穏と暮らしていたとか言ったんだ?生憎と、日々研鑽を積んでいたよ・・実戦でな」 「クスリをばらまいて死体を積み重ねていただけじゃなく、実際に手も出していたってか・・外道がっ!」  涼平の殺気が増していく。が、相手の表情には余裕がみえる。 「元はといえば、キミたちの本家のしでかしたことさ。私はその後始末をしているだけだよ。もっとも、十分に儲けさせてももらったけどね」 「その本家がオマエを殺しても構わないという指示を出してきた。アイツらがド畜生なのは確かだが、オレらはオレらでアンタを許せねえんだよ。だから、アンタを殺す!」 「やれやれ、前途ある高校生を捨て駒に使うとか。相変わらず容赦ないねえ、本家は」  高瀬はくくっと笑う。 「別に人殺しなんぞしたくはないだろうに。それも、哲人を想う故か?あの腐れ本家の血を濃く継ぐ哲人のために、憎い本家の言うことを聞くと?」 「・・てめえの口がそう言うか?そんな考えで、侑貴も利用していたのか。侑貴の両親を殺したくせにっ」  涼平の怒りの形相がますます増していく。 「ああ、あの赤蛇の少年に聞いたのか。アレ以外にもいろいろ仕掛けていたようだな、うかつにも気づかなかった。相変わらず、コ憎いことをしてくれるヤツだよ。・・今は黒木遠夜と名乗っているようだが」 「は?なんで、オマエが遠夜のことをそんな風に・・」 「彼の存在は哲人には内緒なのだろう?その意味を考えることだな。ただ、アイツは本家のように間違った使い方をしなければ、相当役に立つ男だよ。・・キミらが彼を信用すれば、の話だがな」  高瀬は少し表情を変えてそう言った。 「まあ、キミがここから生きて帰れればの話だがな」  高瀬の手にはいつのまにか拳銃があった。 「くっ!」 「って、こういうとこで助けが入るってのがお約束なんだよねえ」  その声と同時に高瀬の手から拳銃が落ちる。代わりにその手にはナイフが刺さっていた。 「鈴、武器を取り上げといて代わりに別の武器を与えるってのは、ただの優しさか若しくはMなんだと思うんだけど?」 「直ぐにツッコめるほど、涼平には余裕があったんだねえ。助けて損した気分だよ」  笑いながら、鈴は高瀬の手のナイフを回収する。 「結構体力残っていなかったんでしょ?ボクも狙う余裕なかったもの、本当は。だからブスッといっちゃったんだよねえ。涼平は、やっぱ凄いや」 「涼平!大丈夫か。すまない、もっと早くに助けられれば・・」 「・・哲人に助けられたら、今のオレの立場がないんだけどな」  苦笑しながらも、涼平は高瀬から目を離さない。 「アンタから聞きたいことがある。・・アンタと哲人の両親の繋がりだ」 「涼平?・・どうして今、オレの親のことが出てくる?彼に聞きたいのは例のクスリのこと・・」  困惑気な哲人を鈴が制する。 「哲人・・本当はキミには知られたくはなかったんだけどね。クスリのことも・・おそらくキミの両親に繋がっている。それが失踪の原因でもあるとボクは思っている」 「っ!な・・」  思いがけない鈴の言葉に、哲人の緊張が一瞬緩む。 「やはり、あの夫婦の子供だな・・甘い!」 手を押さえて俯いていたはずの高瀬が、突然隠し持っていたナイフを取り出して哲人に切りつけてきた。が、その切っ先は空をきる。 「っ!?」 「甘いのはアンタだよ。腕が折れていることにも気づいていないのか?」 「ん?・・・がっ!・・な、なに・・・っ!」  あらぬ方向に曲がっている自分の腕を、高瀬は信じられないという目で見る。 「ボクが女だからってそれこそ甘くみてもらったら困るのよね。だいぶ、涼平にやられた後だとはいえ、ね」 「鈴!」 「・・くくっ、そうか・・」  折れた腕をぶらんとさせたまま高瀬が笑い出す。 「なに・・を」 「あのときのチビどもがと・・つい懐かしくなったのだよ。本家の方も待っていたのかもな、キミらが大きくなるのを。そして、私は踏み台・・いや、実験台にされたのか。クスリの件といい、あの本家というところは・・つくづく食えない連中だ。そんなやつらに利用されるキミたちにも同情するよ」 「・・オレの両親のことを知っているだけ教えてくれ。例のクスリに本家が関係しているのはわかっている。もちろん、向こうは否定しているけどな」  冷たい視線を、哲人は高瀬に投げかける。そして相手も顔を逸らさずにその視線を受け止めていた。 「・・もうすぐキミの誕生日だな、哲人。あれから18年か。キミには不愉快なことかもしれないが、生まれたばかりのキミを最初に抱いたのは私だ。もちろん、赤の他人だし私は医者でもない。当時キミを取り上げたドジな看護師が、私を父親と間違えてキミを渡したんだ。まったく・・彼女は顔は侑貴に似ているのに性格は真逆だったよ」 「どういう意味だ?まさかそれが侑貴の母親だと?」 「ああ。偶然だがあの日、侑貴も3歳児検診でそこにいた。連れていたのは祖母だったがな。そして、鈴や涼平もね。もっとも二人は胎児の状態ではあったが。・・なぜ、私がそこにいたかというのは追及しないでくれ。戯れに善人を演じた結果だったんだよ」  そう言うと、高瀬は照れたような表情になる。 「!・・」 「キミの両親の失踪の原因が、あのクスリにある・・というのは少なくとも正確ではない。けれど、私があの本家に見切りをつける気になったのは、キミの両親がきっかけだ。そして、その生死を私は知らない」 「ふざけるな!そんな説明で納得すると・・」 「しようがしまいが、私には関係ない。キミの近くには琉翔がいるだろう?本当にキミが望むことは、彼の方がよく知っているはずだよ。8年前に何があったのかも、ね」 「8年前?・・侑貴の両親を心中にみせかけて殺したときのことか?」  哲人の言葉に、高瀬の顔が歪む。 「侑貴もそう思っているんだろうな。・・けれどそれも正確じゃない。侑貴もキミたちも信じないだろうけど。でも、私なりに侑貴を守ってきた。行き過ぎた愛情だったのは認めるけどね」 「・・けれど、アンタは何人も殺した。それは認めるんだろ。本当のことを言うつもりがないなら、生かしておくわけにはいかないんだよ」  そう言いながら、哲人は高瀬の身体を思いきり蹴る。 「うっ!」 「つまり、オレは18年前からオマエに踊らされていたということか?はっ、だから嫌なんだよ、本当は生きているのが。おかげで鈴や涼平にこんなとこまでさせなきゃいけない。・・直央の存在がなければオレは・・」 「そうか・・」 と、高瀬はニヤリと笑う。 「言っていないのか、8年前のことを。琉翔も“あのバカも”おいしいとこだけ持っていって、肝心なことはオレに押し付けようってか。変わらないのだな、そういうところは」 「・・何を言っている?」 「ふはは・・生きることがそんなに苦しいならあえて殺さずにおいておくよ。そういう復讐もある。けれど、侑貴のことはよろしく頼むよ。できれば、本家に利用されないように・・それだけが私の願い・・そして誕生日おめでとう・・と」  そう言いながら、高瀬はフラフラと歩きだす。 「っ!てめえ・・どこに・・」 「少し休みにいくだけだ。流石に疲れたんでな。もちろん死ぬ気はないよ」 「!」  いつのまにか高瀬は走り出していた。 「まさか!銃で足を撃たれているのに」  涼平が驚いて、拳銃を構える。 「くそっ!」  発射された弾は背中に当たった・・かに見えたが、高瀬の身体はそのまま岸壁から見えなくなった。 「海に落ちたのか。くそっ・・」 「確認はできないよね、こう暗くちゃ。けどあのケガなら・・。哲人、どうする?」  哲人はゆっくり首を振る。 「本家からの指示は『殺してもかまわない』だ。涼平も鈴も重傷だろ、とりあえず病院に向かう」 「はあ?涼平はともかく、ボクは別に・・」  鈴の言葉を無視して、哲人は電話をかける。 「ああ、終わった。二人を病院に運んでくれ」 「哲人!」 「鈴の足、かなり腫れてるぞ。女の子にそこまでさせる男のオレがかなり情けない気分なんだよ、頼むから病院に行ってくれ。オレは涼平のバイクを借りて帰るから」 「ああ・・わかった。いや、まだ侑貴は目覚めない。うん、大丈夫だよ。今夜はここに泊まるから。・・はは、そういのじゃないよ。ただ・・側にいたいんだ」  涼平との電話を終えて、生野は息をつく。 「とりあえずは、安心・・なのかな。侑貴が受け入れるかどうかは別として」 「ショウ?な・・んで、オマエが・・」 「・・タイミングよく起きたね、侑貴。どう?すっきりした?」  そう言いながら、生野は侑貴の服のボタンに手をかける。 「ちょっ!オマエ何を・・」 「何をって・・服を脱がそうと。汗かいたろ?オマエが起きたら着替えさせようと用意しておいたんだ。それとも、シャワー浴びるか?」  早くしろ、と言わんばかりに服を脱がそうとする相手に、侑貴は慌ててその手を止めようとする。 「だ、だから何でショウがそんなことをするんだって。もしかして、夕方からずっといたのか?は、早く帰れ・・」 「家にはもう連絡したよ、侑貴のとこに泊まるって。もともとそのつもりだったんだ、だって今日は侑貴の誕生日だもの」  じゃーん、と学校で託されたプレゼントの袋を指差す。 「んだよ、これ」 「うちの学校の侑貴のファンからの贈り物だよ。オレも用意はしていたんだけどね」 と、恥ずかしそうにカバンから小さな箱を取り出す。 「はあ?な・・ショウがオレにプレゼントって・・」 「迷ったけど、ピッグにした。新しいの欲しがってただろ。・・とにかく、着替えるかシャワー浴びるか決めてくれないかな」  生野は再び侑貴の服に手をかける。 「だ、だから・・なんでオレを裸にさせたがるんだ?そんな趣味あったのか、ショウ」 「・・ちゃんと名前で呼んでくれないかな、せめて二人でいるときはさ」  急に真面目な声になったその言葉に、侑貴は面食らう。 「名前って・・今までそんなこと言わなかっ・・」 「だから、今言ってるんだよ。ショウなんて呼び名、本当は気恥ずかしかったしさ。それに、侑貴にはどうしても名前で呼んでほしいんだよ」  そう話している間に、侑貴は自分が全裸になっていることに気づく。 「って、いつの間に・・。ショ・・広将はどうしたいんだよ」 「・・一緒にシャワー浴びていいかな。話したいことがあるんだ」 「は?一緒にシャワーって・・は、話があるんなら今すぐしろよ。二人で裸になってたら落ち着かないだろ。や、もうすでに混乱してんだけど」  顔を赤くしながらも、侑貴はそう言い切った。広将は大きくため息をつきながら、侑貴の横に座る。 「な、何で抱きしめるんだよ、オレを」 「高瀬亮の生死が不明だ。涼平の話じゃ、重傷のまま海に飛び込んだらしい。涼平と鈴も病院に運ばれたそうだ」 「・・そうか」 と侑貴は一言だけ呟く。 「侑貴・・」 「一人にしてくれって言いたいけど、もう親に言っちまったんだろ、オレの部屋に泊まるって。・・バカだな、オマエみたいなクソ真面目な男がオレなんかに関わるから、アイツらの裏の姿まで知ることになっちまった」  侑貴の肩が小刻みに震える。 「涼平たちも覚悟はしてたはずだから。そりゃあ、オレだってそんなことが自分の周りで、って正直思う。けど、普段のアイツらも知っているしな。そして普通の高校生じゃないとも思っていた。だから、オレの態度は変わらない。けど・・」 と、広将は抱きしめる腕に力をこめる。 「高瀬がいなくなったこと、やっぱり寂しい?・・彼は最後まで侑貴のことを心配していたって、涼平が言ってた。侑貴を守りたかったんだと。侑貴の・・両親を彼が殺したという認識は正確ではない、とも」 「・・涼平たちがそれを信じているとは思えないけどな。けど・・なんでソレをオマエに言わせるんだ?アイツらは」  何をコイツに押し付けているんだ、と侑貴は呆れたように笑う。 「なんで、広将を傷つけるようなことを・・」 「これはオレの役目だからだろ。オマエの側にいて、オマエを理解してやれる存在がいないと、誰のためにもならないから」 「えーっと・・だから何で広将?ぶっちゃけ、今日は殺し合いがあったはずだぞ?それにオレも関係しているんだぞ?普通の日常じゃないんだぞ?オマエは真面目な一般人だぞ?」  侑貴は戸惑いながら、静かに広将から離れようとする。 「そういうのも今知ったけど、覚悟はしてたから。侑貴を一人にはしたくないから・・さ。代わりでもいいと思ってる。だって全部・・じゃないかもしれないけど知っちゃったもの。さっきも言ったけど、オレの役目だろ、今こうやって侑貴を抱きしめるのは」 「だから、何でオマエが・・」 「鈴が言ってた。侑貴は哲人と似ているから、積極的にいかないとダメだって」 「だか・・っ!」  突然口を塞がれて、侑貴は手足をジタバタさせる。が、広将の力は案外強く、侑貴は直に諦める。 「っ・・う・・う」 (な・・んで・・こいつはオレに・・。男を好きになるようなヤツじゃねえだろうがっ。つうか、無理・・オレがうここで受け入れたらこいつの人生もめちゃくちゃになっちまう。仕事だけの繋がりに留めておかなきゃ・・) 「ごめん、侑貴の気持ち無視して・・。高瀬の生死が不明なことに付け込んだみたいになったのも、オレがその・・最低だなって思ってる」  やがて口を離した広将はそう言って頭を下げる。 「亮のこと憎んでたって言っただろ。けど、オレはアイツに・・それこそ昨日も抱かれていた。離れられないと思えるほどに感じていたんだ。だから、寂しいのとホッとしているので半々てとこさ。オレのほうこそ最低なんだ。けれど広将、オマエだけは駄目だ。もちろん嫌いじゃない・・好き、だけど」 (な、何好きとか言ってんだよ、オレ!コイツが必要以上にオレにくっついたら・・危ないことに巻き込んじまう。涼平たちなら、コイツを守れるかもしれないけど・・つか、鈴も何を余計なことを) 「生まれて初めていうんだけど・・」 「は?」 「好きに・・・なったんだ。オマエの保護者に、よろしくと頼まれたんだから、オレがその役目を引き受けてもいいだろ?その・・恋人として」 「っ!は、話聞いてた?オレみたいなのと恋人になったらダメだって!知ってるだろ、オレは誰とでも寝るような・・」 「知ってる。けど、好きなんだ。本気で、さ。初めてなんだよ、こういう想いを抱いたのは。オマエだって、オレのこと好きだって言ったじゃないか」  照れ笑いの表情を、広将は侑貴に近づけてくる。反射的に侑貴は目を瞑ってしまった。 「っ・・んん・・うっ」  絡まる舌が気持ちイイと思ってしまう。 (ほ、本当に初めてなのか、コイツ。や、ヤバイ・・流されたらダメ・・)  広将の手が侑貴の長めの髪に触れ、さっと梳いてくる。 (な、なんか手慣れてる・・こいつもしかして) 「オレも脱いでいい?シャワー浴びた方がいいの?」 「ぬ、脱ぐな!しゃ・・シャワーは後で浴びるから・・ってどこ舐めてんだよ!」  驚く間もなく、広将の顔は侑貴の胸の上にあった。右の胸の先っぽを舌で転がすように舐められ、左の方は指の平で弄ばれている。 「や・・そこ・・もっと強く・・っ」  少し物足りなく感じるその愛撫に、ついもどかしさを訴えてしまう。 「ごめん・・優しくしすぎたか?じゃあ・・」  指の動きが強くなった。同時に広将の舌は首筋から脇から、上半身をくまなく舐め始める。 「あっ・・はあ・・・あん」 「どこが一番感じるの?ココ?それとも・・」 「オマエ・・意地悪・・。変・・なんだよ、オマエに触られたり舐められると、どこも気持ちよくて。だから・・」  自分から足を広げて誘ってしまう。既に屹立したソレを触ってほしいと。 「お、オマエのも・・」  広将は頷いて服を脱ぎ始める。童顔の顔に合った細身の上半身。 「な、なのに何でオマエのソレ!」  思わず叫んでしまった。 「オレの・・変か?人と比べたことがないからわからなくて」 と、不安そうな表情になる広将の唇に、侑貴は自分のそれを押し付ける。 「!」 「変じゃねえよ。むしろ・・半勃ち状態でその大きさってのが・・凄い」 (えーっと、この流れだとオレが抱かれるってことだよね。・・じゃねえ!流されてどうする・・) 「じゃあ、オレが挿れて構わないんだな。満足させられるかわからないけど」  ホッとしたように、広将は侑貴のモノを舐め始める。そして、自分のソレに侑貴の手を導く。 「・・っあ・・いい!さ、先っぽのちょっと下辺りを・・ひいっ!」 (だから、ダメだって・・で、でも・・気持ち良すぎ・・なんで・・)  何人ものオトコと寝ていろいろ経験もしたのに、この人は特別だと思ってしまう。 (初めてのはずなのに、なんでこんなに上手い・・)  本当は経験があるのではないかと嫉妬心さえ覚えてしまう。 (モテるのは事実なんだ。優しいから、強く迫られたら無下にできないだろうし・・)  けれど、自分の快感は止まらない。既に自分のソレも相手のも怒張している。 「先に指で慣らした方がいいんだよね。挿れていい?」 「う、うん。あ・・ん」  その性格同様、広将の指遣いは優しい。少し物足りなくもあったが、胸の尖りを舐められその快感に身体をよがらす。 「ごめん・・・オレが我慢できそうにない。挿れて・・いいか?」 「へっ?・・や・・」  あの大きいのを受け入れるのか、とつい躊躇する。が、入り口にその先端が当たると、なぜか期待の声が口をついて出た。 「あん・・・っん・・いいよ・・挿れて。欲しい・・から」  そしてソレは侑貴の中に徐々に侵入してきた。慣れてないせいもあって、その動きは実にゆっくりだ、が、安心感も生まれている。 「・・自分のしたいように動いてよ。受け入れるから。・・好きだから、広将が」 「!」  観念するしかないと思った。もう随分昔のころの初恋の相手に抱かれるのだから、それでいいのだと。 (ガキの頃の話だけどさ。こいつはどうせ忘れてるんだろうし、オレと会ったことがあるなんて)  あの頃と同じく、広将はひたすら優しい。セックスすらも。 (強引なとこもあるけど、でも・・) 「けっこう・・慣れた・・から・・かき回して、もっと。ん・・そ・・そこ・・や、そんなにツンツンされたら、気持ち良すぎ・・」 「満足できるの?オレで・・」 「わ、わかるだろ!言わなくたって・・」  内側をいっぱい擦られて、中がドロドロになっていく。自分が締め付けるたびに、広将の顔が快感を素直に表してくれるのがとても嬉しかった。 「オレのも擦って・・広将の手もとても気持ちいいのっ。ん・・そこ・・ひっ・・・あっ・・あ」 「好き?オレのこと・・」  ふふ、と侑貴は笑う。8年前にも同じ質問をされたな、と。その時には応えることができなかったけど。 (あの時はそれでいいと思ってた。あの直後に親の事故があって、オレは亮に引き取られ・・汚されたから)  罰だと思っていた。幼い少年の告白を無視したから。自分も好きだったのに。 「好きだよ、広将。・・愛してる」 「なんで、琉翔の家で待ってないんだよ。あそこの方が安全・・でもないか。いろいろ信用できないからな、琉翔は」 『しようがしまいが、私には関係ない。キミの近くには琉翔がいるだろう?本当にキミが望むことは、彼の方がよく知っているはずだよ。8年前に何があったのかも、ね』 「ま、あいつは簡単には口を割らねえだろうけど。けれど、オレの本気をわからせる必要はあるよな」  哲人の部屋のベッドで寝てしまっている恋人に口づける。 「うう・・ん。哲人・・?帰ってきたの?無事だったんだね、よかったあ」 「ごめん、起こしてしまったな。いろいろあったけど、とりあえず決着はつい・・た」  疑問は増えたけどと苦笑する。けれど、自分の一番の目的はこの初恋の相手に再び会うことだから、と思い直す。 「哲人・・」 「うん?」 「大丈夫・・だからね。みんな、哲人の味方だから・・だから・・」 「可愛いよな、ほんと。この寝顔をずっと見ていられるのなら・・」  真実を知る必要がないのかも、と思う。 「でも、多分運命の方がオレを見逃してくれないだろうから」  それでも守りたいと思う、この日常を。 「オレがどういう人間でも、変わらないでいてくれるのだろうか、直央は」 To Be Continued

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