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第18話

「ねえ、哲人先輩?生徒会長の貴方が学食の雰囲気を悪くしてるって自覚してます?」 「・・してるよ」  日向哲人が不機嫌そのもの表情で自分の問いに答えるのを見て、一宮奏はホッとする。 (つまり、まだ心に余裕はあるってことだよね・・) 「えーっと・・地雷を承知でお聞きするんですけど、彼氏さんと喧嘩しました?」 「・・した」  先ほどより哲人の声が格段に低くなる。おもいっきり地雷だったようだ。が、不覚にも一宮はドキドキしてしまう。 (あ、これが彼氏さんのときめいたっていう声なのね。うわあ、わかるわあ。この顔でこの声出されたら・・いくら怒ってるってわかってても、もっと聞きたくなるって)  目の前で日替わりの定食を規則正しいリズムで口に運ぶ男子生徒の顔を、ついまじまじと見てしまう。短めの黒髪に少しキツめの、でも笑うと柔和な感じになる目。全体的にクールなイメージだが、恋人のことになるとがらりと豹変するのを一宮は知っている。 (全校生徒が自分に注目しているってことを、本気で理解していないわけじゃないよな。入学式で言い切ったんだから) 『勉強を楽しいと感じる人もいるでしょう。運動が苦手だから、勉強するしかない・・とかそういう考えもそれはアリです。けれど3年後卒業するときにそれまでを振り返って、自分の思い出の中に勉強という単語しかなかったら怖いと思いませんか?みなさんは、高校というものにある種の期待を持っていると思います。別に、自分の将来のための踏み台にしてもかまわないのです、この学校を。正しい行いで自分の夢を実現するために、夢と希望に溢れた学校にしたい。それが我々の理念です。けれど、すぐに将来の夢を持てとはいいません。 将来何かを成し遂げるには、いろんな経験が必要だと。それを感じさせることができるように教員も我々も新入生をバックアップします。だから・・安心して、この学校に貴方の3年間を委ねてもらえませんか。後悔は・・させませんから』 (・・委ねたら生徒会長に片想いとか。オレの高校生活面白ろすぎだって。なのに、この人の頭の中には今は彼氏さんのことしか無いんだよなあ)  後悔は確かにしてないけど、と一宮は苦笑する。 「生徒会長としての自覚は・・今持ってます?」 「持って・・無い。わかってる・・最低だって」  哲人は箸を置く。 「他の生徒も引いてるよな。バカすぎる・・オレ」 「・・そういう態度が尚更皆に不安を与えるってこともわかってるはずですよね 、 貴方なら」  一宮は思わず大きいため息をついてしまう。自分が面と向かってこんなことを彼に言うこともマイナスだとわかっているのだけれど。 「無理をしろと言っているわけじゃないです。別に完璧でいてもらわなくても結構です。そういう先輩を見るくらいなら・・弱いままでいてもらった方が良い」 「・・オレはそんなに弱いか?好きな人の言葉一つでオタオタしてしまうオレは・・情けないよな」 「言ったでしょ。完璧じゃなくていいって。人間ぽくていいっていう人がいるかもしれないし。だいたい・・彼氏さんのことがなかったらマジ超人でしょうが、貴方は。あの人が側にいるから、ちょうどいいバランスがとれているんだとオレは思うんですけどね」  自分が経営する画廊で会った財前直央を思い出す。 「確かに可愛い人ですよ、あの人は。そして、貴方に愛され・・羨ましいんですけど、同時に文句を言いたくもなりますね、言わないけど」   『やっぱ、ホント諦めたくないですね。マジでかっこいいもの、哲人先輩って』 『けど、人を好きになるのはその人の自由だから。オレ、想いは捨てる気ないですよ』 (二人の前でそう言いきっちゃって。それは嘘ではないんだけど、彼氏さんのことも憎めないんだよなあ。一応、“小さい時から知っている”人だから、かな。でも、恋敵ではあるし何より哲人さんをここまで悩ませているのは、正直許せない・・)  そして沸き上がる密かな願望。 (呼び捨てとはいかなくても、名前で呼びたい!いつのまにか日向先輩から、みんな哲人先輩って呼ぶようになったからオレもそれに乗ってるけど・・できたら哲人さんて呼びたいんだよなあ) 「うん、可愛いんだ、あの人は。好きで・・なのに悲しませてしまうんだ。他のことは、はっきり言って完璧にできると言い切れるんだけど、恋愛はそうじゃないんだな。こればっかりは生徒の相談に乗れそうにないよ」 と、苦笑する哲人を見て一宮は目を丸くする。 「貴方に恋愛相談する生徒なんているんですか?貴方自身に告白する人がほとんどだと思っていたのですが」  哲人に恋人がいる、という噂は校内ではそれなりに流れている。哲人の恋人の直央は大学生で、二人が住むマンションは学校から一駅離れた場所にある。どこでそんな情報を仕入れてくる のだろうと一宮は訝しんでいたが、二人が一緒に買い物していたとかいろいろ目撃情報があるようだ。 「結構、みんな先輩のこと理解しているんですよ。飾らないじゃないですか、先輩って。・・ぶっちゃけバカ正直というか。だから、みんなも・・オレもですけど本音を言っちゃうんだと思うんです。先輩からしたら迷惑かもしれないけど、気持ちを吐露したくなるんですよ」 「へっ?」  一宮の言葉に哲人は本気で困惑しているようだ。 「そう思われたいから、入学式の時あんな話をしたんでしょう?ちゃんと皆わかってますって。むしろ、先輩にそんな普通のとこがあるって、ホッとしています。けど、あんまりムスっとした顔を見せられても困ります。それが誰でもあってもね」  言ってて、 何か不思議な気持ちになる。 (普段は大人だし、実際にやってることも年齢以上のソレだ。なのに、こうやって話してると・・) 「・・可愛い」 「はあ?」 「っ!・・や・・その」 (や、ヤバイ!つい思ってることが・・) 「と、とにかく!そこまで悩んでいるのなら、涼平先輩に相談したらどうですか?あの人なら、いつもうまく女子をフッt・・諦めさせているから」 「涼平とは事情が違うから。アイツはあいつの意思とは関係なしに恋を諦めて・・。ちなみに鈴にはこっぴどく怒られた。何回くだらないことで喧嘩しているんだと」 「鈴先輩がくだらないことって言ったってことは、相当にくだらないことなんですね、ケンカの理由。けど、涼平先輩の事は・・」  なんとなく予想がついてたけど、と苦笑する。 (何でこんなにかっこいいのに可愛いんだよ、この人は。直央さんが羨ましすぎるって。結局、哲人さんを笑わせることができるのも、直央さんだけなんだもんなあ。今は・・オレがこの人の側にいるっていうのに。そして涼平先輩はやっぱ・・)  画廊の中で人目もはばからず頭を撫でたり手を触れ合ったりしていた哲人と直央のカップルは、一言でいえば「馬鹿っぷる」ではあったが(本当に好きなんだな、お互いが)と一宮は思ってしまった。 (涼平先輩の普段のチャラさはフェイク、なんだろうな。この人を守るために・・)  それがもしかしたら、哲人先輩を追い込んでいるのかもしれないのに、とも思う。 (二人とも、たぶん不器用なんだな。そこを鈴先輩が上手くフォローしてるはずなのに、今回ソレが無いってことはよほどくだらない理由の喧嘩ってことか) 「亘祐は大人の対応したのに、何でオレはそうワガママなんだって・・」 「亘祐?もしかして佐伯先輩のことですか?」 「そ、オレは千里がゼミの合宿の話出してきたから、普通にいってらっしゃいって言ったんだけどな。一泊のことだし、直央さんも一緒だから・・。なのに、このバカは不機嫌になったらしくて。直央さんからSOSがオレのとこにまできた」 「亘祐!何でここに‥」 「オマエが周りの生徒を困らせてるってことで、オレが様子を見に来たんだ。つうか、散々直央さんを責めといて、何でオマエは一宮とそんな親しげに喋ってんだよ」 「え・・あ・・」  哲人の親友である佐伯亘祐の非難めいた視線を受けて、一宮は困惑する。 「オレはその・・あまりに哲人先輩が不機嫌そうに飯食っててその・・また直央さんと何かあったのかと」 「オマエの立場でそんなこと聞いたら、ややこしいことになるだろ?哲人のこと諦めてないって、直央さんのお母さんの前で言いきったらしいじゃないか」 「っ!そ・・それは・・てか」  あまりに直接的な亘祐の言葉に、一宮は慌てる。 「こんなとこで、そんなこと・・」 「オレの恋人は直央さんの親友だ。大事な人の大切なものを守るのがオトコだろ?」  亘祐はふふっと笑う。先ほどまでの厳しい表情を、おもいっきり和らげて。 (オレの恋人って・・まあ堂々と。この人だって、この学校の中じゃモテる方なのに・・。つか、惚気んなっての!どうすんだよ、この空気) 「オレは・・確かにそうですけど、今はそれより哲人先輩に会長らしくしてほしいと。や、オレがそう言った・・わけじゃなく、本人もそこは気にしてるみたいですし・・」 「・・つまり、これ以上ここにコイツがいない方がいいってことだろ?哲人、鈴から伝言だ。 『会わせたい人がいるから生徒会室に来い』だと」 「は?何だよ、それ。生徒会室って・・うちの生徒じゃ」 「私ですよ、哲人様。お久しぶりです・・もちろん許可を得て校内に入らさせていただきました。哲人様の普段のご様子を伺うために」  その声は、哲人も亘祐も一宮も驚くほどに彼らの側から聞こえた。 「!」 「勝也・・さん。戻っていらしたんですか」 ( うそ・・いつの間にこんな側に。つか、声をかけられるまで気配を感じられなかった。今は・・こんなに脅威を感じるのに)   学食内にざわめきが起きる。無理もないとは思う。 (哲人さんになんとなく似てる?日向の血縁者か?でも、哲人様って・・。つうか、イケメン過ぎだろ、この人。背もめっちゃ高いし、スーツがビシッと決まってて・・落ち着いた大人の雰囲気ってやつ?秘書か、執事って感じだよな。日向家ぱねえ・・)  けれど、と思う。 (多分、普通の人じゃないな。纏ってる雰囲気が只者じゃない。哲人先輩は何か喜んでいるみたいだけど・・) 「勝也さん、どうしてここに?貴方がいらっしゃるのなら、別に日向の家に行くことはやぶさかじゃなかったのに」 「あそこでは、哲人様はずっと不機嫌だと思いましたので。けれど、今もどうも表情がよろしくないようですね」 「その『哲人様』ってのは止めていただけませんか。勝也さんはあの家で唯一オレが尊敬できる人なんです。昔のようには、というのは無理でも、せめてさん付けで呼んでもらえませんか」  哲人は必死に懇願する。その様子を見ていた亘祐の表情が次第に渋いものになる。 「勝也さん・・貴方の立場もオレなりに理解はしているつもりです。でも、今はこの場から引いていただけませんか。哲人をこれ以上混乱させるわけにはいかないので・・」 「・・なるほど」  勝也はその場にいる人物の顔を順番に眺め、そしてうなづく。 「これは私の配慮が足りませんでした、もうしわけございま せん。私が在学中は無かった学食の存在もこの目で見てみたかったということもあって、つい。では、当初の予定通り生徒会室に参りましょうか。あそこには私自身の思い出も多少はございますから」 「勝也さん、貴方の目的は・・」 「さ、参りましょう・・哲人様」 「佐伯先輩、あの勝也って人はどういう・・」  哲人と勝也の去った食堂内で、一宮はそっと亘祐に聞く。 「あの人は・・日向の家の人間だ。本家の中で、哲人が唯一心を許している存在。ただこの数年は海外に行っていたと聞いている。オレも遊んでもらった記憶はあるけど、少し得体の知れない人だとは正直思っている」  そう苦々しそうに亘祐は答える。 「本家の方なのに、様付で呼んでいるんですか?てか、哲人先輩に顔が似ていると思ったんですが」 「詳しいことはオレも知らない。オレは日向の一族のほんの末端にすぎないからな。それこそ、涼平の家よりもっと・・。けれど、なぜかオレは哲人と子供の頃から遊ばせてもらえた。あの家は・・魔窟だよ。だからこそ、哲人が勝也さんを慕うのはわかる・・けど」  今の哲人に、彼の存在はむしろマイナスなのではないかと危惧してしまう。(鈴はどう考えているんだ?) 「つうか、そんな日向の家の内情を他人に喋ってもいいんですか?しかも、オレですよ?」  一宮はこの学校に入学した時から生徒会長の哲人に想いを寄せている。哲人の恋人の存在が明らかになり二人のデート現場を目の当たりにしても尚、その恋心は消えていない。 「佐伯先輩もそのことは良くは思ってないのでしょう?そして、オレの実家はあの一宮家です。日向財閥ほどではなくも、多少はバッティングする部分もありますよ」 「直央さんのお母さんと知り合いだと聞いている。ならば、あの二人に無意味なちょっかいはかけないだろ?」  亘祐が爽やかに笑う。 (ちょっ・・なんか余裕のある笑みというか。この人だって普通にイケメンなんだよな。哲人さんより素直に優しさが滲み出てる感じ。なのに、恋人はオトコなんだよなあ) 「たまたま・・ですよ。けれど、ああもしょっちゅう喧嘩して不機嫌になっている哲人先輩を見たら、自分にもワンチャンあるんじゃないかと正直思っています」  そう一宮はきっぱりと答える。 「無駄に正直だな、オマエ。ま、そういうとこはオレは嫌いじゃないが、哲人たちのことは守らせてもらう。危なっかしいからな、あのカップルは。そしてオレの恋人の大事な幼馴染だ」 「だから、佐伯先輩まで・・。ほんと羨ましいですよ、そこまで堂々と惚気られるあなた方が」  これは嫌味でもなく、自分の本当の感情だ。なら自分も誰かと恋をすればいいのだが、自分に告白してくる相手にはどうしても興味を持てないし、やはり気持ちが向くのは哲人だけだ。 (別にオレはゲイじゃないんだけどな。なのに、あの人にしか恋心が湧かないなんて・・) 「ま、勝也さんにはあまり近づかない方がいい。これはオレからの忠告だ」 「・・・」 「勝也さん、もう昼休みも終わるので、用件は手身近にお願いしますね。・・ただでさえ、生徒の家族以外の人を校内に入れるなんて特別措置をやっちゃってるんでね。生徒会としても示しがつかないんですよ、本当に」  やけにつっつけどんに勝也に向かって話す笠松鈴の様子に、哲人は慌てる。 「お、おい・・いくらなんでもそんな言い方、勝也さんに失礼・・」 「ふふ、鈴はあの頃よりだいぶ手厳しい女性になったようですね。一応、琉翔さんには許可をいただいたのですが。・・哲人様にも言いましたが、日向の家では普通に話せないと判断いたしましたので。そしてご自宅は・・恋人の方とほぼ同棲状態だと伺いましたので、お邪魔になってはいけないと。私もそこまで野暮な人間ではないつもりですから」  相変わらずにこりともしない鈴とは違い、勝也はあくまで笑みを絶やさずに答える。 「勝也さん、さっきも言いましたがオレを様付で呼ぶのはやめてもらえませんか?オレはそんな特別な人間じゃないんですから・・」 「少なくとも私にとっては特別な存在ですよ、哲人様は。貴方は日向の家の・・希望なのですから」 「!」 「いずれ、貴方の恋人になった男性にもお会いできると・・。貴方がご自分で選ぶことのできた相手ですからね、楽しみですよ」 「勝也さん!」 「勝也さん・・貴方は何を求めて・・いやそれは今はいいです。とにかく、今日は帰ってもらえませんか。ここは・・哲人はこの学校の生徒会長なんです」 「り・・ん?」 「鈴は知っていると思うけど、私も在学中はここの生徒会の役員でね。懐かしかったよ、あの場所は。哲人だから、ここまで変えられたのだろうね、この学校を。・・期待しているよ、キミらが日向一族を変えるのを」 「勝也さん、本当のことを言ってほしいんだけど?」   鈴は並んで歩きながら、勝也にそう聞く。 「本当のことって?というか、キミも午後の授業があるんだろう。私は一人で帰れるよ?ここの卒業生なんだから、校内の事はよくわかって・・」 「部外者を一人で歩きまわさせるわけがないだろ?他の生徒に不信感を持たせるわけにもいかない」 「鈴・・」  勝也は少し呆れたような声音になる。 「いくらそういう格好をしていても、キミは女の子なんだ。そんな言葉使いは止めなきゃね」 「貴方こそ、哲人とがいるといないでは態度に違いがありすぎだね。・・哲人を惑わせるのは止めてくれないか。彼はもう昔の哲人じゃない」  鈴は必死に感情を抑えながら話す。そうじゃないと、この人は・・ 「そう・・かな?」 「何っ!」 『鈴!勝也さんになんてこと・・』 『哲人が授業に遅れたら、それこそ大騒ぎになるだろ?ただでさえ、学食で目立ってたみたいだしね。勝也さんはボクが校門のとこまで送るよ。ボクのクラスは5時限目は自習なんだ。・・鈴木先生には早めに産休に入っていただく必要があるかもね』 『・・確か、まだ6ヶ月じゃなかったか?安定期だって聞いてたけど』  困惑した表情で哲人が聞く。 『もともと身体が丈夫な人ではないからね。でも、やっと妊娠できたんだから無事にその日を迎えさせてあげたいから』 『そういうものなのか?・・こういうことは女の子の方がよくわかるな。わかった、琉翔と相談してみる。はっきりいって、今は会いたくないんだけど』 「いつまでも、哲人は可愛いままだよ。私に抱きついてきたあの頃と変わらない」 「・・哲人に恋人がいることを知っているんだよね?二人に何かしようとしたら、今度こそボクが・・」  微笑む勝也に、鈴は念を押すように言葉をかける。 「ふふ、まさか哲人が男性を恋人にするとは思っていなかったけどね。“あの頃の余計な感情は払しょくされた”・・そういうことだろ?けれど、私のことは相変わらず慕ってくれる。そんな彼を、私が愛おしく思うのはいけないかい?」 「いけないに決まっているでしょ。・・貴方は哲人を使って何をしようとしているの?」  少し嫌味な感じの声音で、鈴が問う。 「・・鈴もちゃんと恋をした方がいいと思うよ?せっかくの可愛い顔とナイスバディがもったいない」 「アメリカでリハビリしていたと聞いたんだけど、変な性癖まで体得してきたわけ?・・哲人のために、ボクたちは余計なことをいわないけど、貴方も“あのこと”に関しては黙っていてくださいね。でなきゃ・・」 「私を今度は本当に殺す?あの真相も知らないままに?」  ははっ、と勝也は笑う。 「少し鈴も涼平も勘違いしていると思うけど、面倒くさいから無理に説明しておくのはやめるよ」 「は?」 「ふふ、それより・・私よりあの一宮という少年の方が問題じゃないのか?彼は哲人に告白したんだろう?そしてあの一宮財閥の・・妾腹といえどその能力は正妻の成人した息子たちより上だよ。ま、そこらへんはキミたちも調べているか。だからこそ、哲人への接触にも警戒感が薄いのだろうし。・・昔と違って今は味方 がいっぱいいる。それも、能力に優れている・・ね」 「・・」  勝也は少し遠くを見ているようだ、と鈴は思った。 「あの時のことはすまなかったと思っているよ。おかげで、キミに消えない傷をつけてしまった。キミはこんなに可愛い女の子なのにね。・・3年間、哲人をありがとう」 「・・哲人はボクの大事な友人だ。勝也さん、貴方は哲人に近づくべきじゃない」 「哲人に言えないことがあるのに?何も知らないままでは、あの子は成長できないよ?財前直央と幸せになってほしいと思うなら・・尚更だ」  勝也はそう言いながら、ポケットから車のキーを取り出す。 「送ってくれるのはここまでで構わない。ただでさえ、私とキミが一緒に歩いていては目立つからね。キミのファンも大勢いるのだろう?こんなオジサンと噂がたってもいけな・・」 「勝也さん、ボクを舐めないでいてもらえないかな。・・それとも、ボクじゃまだ貴方に本気を出させられないってこと?」  午後の授業の予鈴は鳴り終わった後で、二人の近くには誰の気配も感じない。 「ふふ、キミは十分に強いよ?だから、涼平のいないときを見計らって来たんだ。キミら二人には、流石の私も苦戦するからね」  そう言いながら、勝也は優美な笑みをその口に浮かべる。 「涼平は貴方を絶対に許さない。そして、貴方が直ちゃんに何か仕掛けることも、ボクは許さない!」  鈴は声を荒げる。 「直ちゃんは哲人の希望なんだ!3年前のあの時のような悲劇は、絶対に起こさせない!」 「だから、鈴も涼平も勘違いしているんだって・・。まあ、いいや」  勝也はふふっと笑う。 (あっ・・)  小さいころから見慣れたその笑顔。年の離れたかっこいいお兄ちゃんだと哲人と共に慕っていた。そんな頃を思い出して、鈴は泣きたい気分になる。 「!・・勝也さん?」  いつのまにか彼はそこにいなかった。やがて、来客用の駐車場から車のエンジン音が聞こえてきて鈴は驚く。 「っ・・いつのまに」  が、すぐに深いため息をつき顔を明後日の方向に向ける。 「いいよ、出てきて。どうせ、バレてたんだろうし」 「すまねえな、気を使わせちまって」 と、橘涼平は頭を掻きながら、鈴に近づく。 「いいさ、とりあえず言いたいことは言えたし・・。それに、直ちゃんの重要性も再認識できたしね。・・本当に、3年前みたいなミスはしないつもりだよ。“レイラ”のためにもね。それよか、身体の方は大丈夫なの?」 「オレは、この身体だけが武器みたいなもんだからな、日向の本家にとっては。んで、この時期にあの人がアメリカから戻ってきて哲人に接触してきたってことは、なんらかの本家からの意図だってことだろ。一応、高瀬亮の件はオレらは失敗してんだし」  涼平は苦渋の表情をその端正な顔に浮かべる。 「高瀬の件は、本来ならもっと早くに踏み込めたんだ。侑貴といっちゃんのことは関係なしにね。けれど、そのことで本家が理不尽に動くというなら、ボクも覚悟を決める。・・たとえ、哲人が望まなくても」 「そのために、オレがいんだからさっ」 と、涼平はわざとらしく軽い調子で言う。 「オレと鈴じゃ、日向の家で立場が違うんだから」  そう言いながら、涼平は鈴をまじまじと見つめる。髪は短めで、恰好は男子の制服。性同一障害なのではなく、ましてやそういう趣味でもない。ただ、昔の“哲人との約束”のためと普段の活動のために、男性のような言動をしているにすぎない。 (本当なら、日向家と並ぶ立場にある笠松家のご令嬢・・なのにな。それが、ナイフを振り回して何十人も傷つけて・・自分をも傷つけて。や、一番傷つけたのはオレなんだけど)  先日、日向の別荘で改めて見た鈴のお腹の傷を思い出して、涼平は自分の拳を握りしめる。たぶん一生消えない大きい傷。それを自分が彼女の身体につけてしまったのは中学生のとき。その前から鈴はボクっ娘ではあったが、それ以来完全に男子のように振舞うようになった。もっとも、並以上の男性も敵わないくらいに、鈴は強かったのだけれど。 (女の子にあんなことをしておいて、オレが恋なんてできるわけがないだろ。オレだってそこまでデリカシーがないわけじゃないっつうの)  自分が“どういう選択をしても”おそらく、哲人も鈴も傷つける。どちらも大好きで大切なのだからと涼平は苦笑する。 「涼平は本家に認められて、狩犬(ハウンド・ドッグ)を任せられてんだから自信持ちなよ。ただ、勝也さんのことは本家の真意がはっきりするまでは、哲人に近づけさせたくない。けど、ボクがそう思っていることを哲人に知られるわけにはいかない」 「哲人はあの人を本気で慕っている。3年前のことがなければ・・アレも自分のせいで勝也さんがケガしたと思っているんだろうし」 と、涼平は唇を噛みしめる。3年前、自分と哲人が演じた死闘はハメられた部分もあると思っている。 「とにかくオレたちが真実を掴むしかない。哲人の本当の両親のことを含めてな」 「・・もしかしたら、一宮くんに興味を持ったのかもしれない。彼が哲人に好意を持っていることにも気づいている。あの人の哲人への執着は怖いものがある。そして直ちゃんに対しても・・・」 『貴方こそ、哲人とがいるといないでは態度に違いがありすぎだね。・・哲人を惑わせるのは止めてくれないか。彼はもう昔の哲人じゃない』 (ああ言ったけど、勝也さんの哲人への言動はあれは素だろうな。だからこそ・・直ちゃんとの付き合いに影響が出る可能性はある。くそっ!こんな時に喧嘩すんなよな・・) 「琉翔さんにも話を聞かなきゃね。今回のことの黒幕はあの人だからね」 「なんだよ、鈴のやつ。今日はさっさと帰れって・・。どうせ直央は千里さんのとこにいるんだし、一人で何をしろと」  そこまで呟いて、直央と交際し始めるまではずっと一人の夜を過ごしていたことを思い出す。 「まだ3ヶ月ほどなんだっけか、二人でいるようになっ たのは。もう随分と長く付き合ってる気がしてたけど。プロポーズもしちゃったわけだし」  恋人の直央にプロポーズして受け入れられ、直央の母親にも受け入れられている。正式に結婚できないのもわかっているし、自分はまだ高校生。けれど、周りも自分も本気だ。 『いずれ、貴方の恋人になった男性にもお会いできると・・。貴方がご自分で選ぶことのできた相手ですからね、楽しみですよ』 「勝也さんまで知っているとは思わなかったけど・・ちゃんとわかってくれてるじゃないか、オレが選ぶことのできた相手だって。あの人はいつだってオレのことを理解してくれてる。・・誰よりも」  付き合いの長さは直央よりも上なのだからと、哲人は心の中で言い訳する。 「もう会えないものだと思ってたからなあ。つうか、あの言葉使いはマジで止めてほしんだけどな。・・本気で兄になってもらえたらなと思っていたんだから」  鈴には兄が、涼平には妹が・・いた。後者は3年前に亡くなり、前者は自分はほとんど会ったことがない。 「亘祐のお姉さんはちょっと異次元な存在だなって漠然と思っていたけど、まさか腐女子だとは・・。つまりは、なんていうかオレの思う“きょうだい”って周りにいないんだよな。・・あの時から家族ってものはオレに縁が無いものだと思う・・思おうとしていたし」  自分の“戸籍上の両親”と血の繋がりが無いことを哲人が知った瞬間から、日向の家が4つに別れたと哲人は思っている。変わらずに哲人を支持し愛してくれる人、バレたならしょうがないというかせいせいしたとばかりに哲人に敵意を見せるモノ、中立の立場を貫くモノ、元々無関心な人達・・ 「オレは日向の何なんだろうな。あいつらは、オレの何を利用するつもりでオレを生かしておいている?けれど、殺そうとする奴らもいて・・わけわかんねえっての」  こんな自分の側に、大事な恋人を置いていいものなのかと哲人は何度も自問自答していた。その矢先に、直央にあることを言われたのだ。 『もうすぐ夏休みなんだけど、ゼミの合宿が一泊二日であるんだよね。千里も一緒なんだけど・・』 『それって絶対行かなきゃいけないものなの?』  自分の言葉に哲人が直ぐにそういう反応をしたのを、直央は少し悲しそうな表情で答える。 『ウチのゼミでは恒例だって。強制ではないらしいけど・・』 『じゃあ、行かなくていいんじゃないの?』  哲人の視線はパソコンに向いたままだった。自分でも理不尽なことを言っている自覚はあったから。 『けれど、千里一人に行かすってのも・・。それに親睦会の名目もあるから』 『千里さんも子供じゃないんだから、一人で大丈夫でしょう。亘祐が反対しないのなら』 『うん、亘祐くんは“快く”賛成してくれたって』  直央はワザと“快く”というとこに力を入れて言う。 『・・どうだか。亘祐もあれで独占欲は強いんだよ。もしかして、亘祐の反応を見てオレの反応を試そうとしてた?』  相手がそのつもりなら、とつい要らない感情に乗ってしまう。それこそ子供のようだと直央が思うのもわかっていたけれど。 『・・そういうわけじゃ・・ないけどさ。とにかく、哲人は反対なんだね?』 『オレがどういう反応するとか、4月の“アノこと”でわかってたんだろ。・・オレだって直人の前じゃカッコつけたいけど・・』  哲人自身が計画した新入生のレクリエーションで哲人は一泊二日で長野のホテルに泊まった。 『あの時だってオレはあんな行事を企画した1年前の自分を恨んだ。貴方が千里さんと一緒にいるって知る前から、貴方を一人にしておくのが不安だった。・・貴方は人を魅きつける。それはもう何度も・・・。そして、オレは・・オレは』 「離れたく・・ないんだ。どうしよう、好きすぎる。カゴの中に閉じ込めたくなるって本気で思ってしまうんだ。オレがそう言えば、たぶん直央は受け入れてくれる。優しいから。けど‥ダメだろ、そんなのは」  行ってほしくはない。現に3ヶ月前に一昼夜一緒にいなかっただけで、自分は自分でいられなくなった。 「自信ないよ。今だって一昨日までは一緒にいたのに、それが会えないと思ったらオレの感情は普通ではなくなった。・・無理だ」  恋愛も、ましてやオトコとのそういうことも自分には無関係だと思っていた。だから、直央を最初は嫌っていた。・・彼との出会いにデジャビュを感じながらも。 「あの人は危なっかしくて・・でも無自覚すぎるから、目を離したくない。けど・・大学生ってそういうものなのだろうしなあ。これからもこういうことがあるんだろうし。オレが同じ大学に来年入っても学年が違うと・・」  考え出すと頭の中がまとまらなくなる。それでつい怒鳴ってしまった 。 「一番見せたくない姿だったのに。大事にするって約束したのに。あんな悲しそうな顔をさせてしまって・・。勝也さんならこんなときどうするのかなあ」 『貴方がご自身の想いで選ばれた恋人を、いつか紹介していただきたいですね』 「あの人なら自分の恋人に、あんな表情はさせないんだろうな。優しくて強くて・・オレを可愛がってくれた人。直央も絶対に好きになる」  自分は別に恋心を抱いたことはないけど。 「咲奈のことも好きだったけど、恋というよりは甘えたいソレだった気がする。けっこうオレってガキだったんだな。なのに、直央に対しては偉そうだよなあ・・はあ」  少なくとも今年の冬まではクールでいられたのに、とため息をつく。 「一宮も、オレのことちゃんとわかってるはずなのに、どこが良くて・・。普通に女性にも好意を持たれる顔してるくせに」  今年1年は粛々と生徒会長の任をこなし、学校の実績を強化するための進路を選ぶ・・そういう生活を送るつもりだったのに、既にいくつかの事件に巻き込まれ、毎晩オトコの恋人と愛し合う・・そんな数か月を過ごしている。 「ほんと、わけわかんねえよ。血を見るような出来事なんて3年前で卒業したと思ってたのに。オトコ絡みのこ とだって・・。もう抜け出せそうにないんだけど」  抱きたくてたまらない。それまではセックスはおろか、オナニーだってほとんどしたこともなかったのに、今この時も恋人の身体を気持ちが求めている。 「くそっ、どうしろってんだよ。帰ったって、直央はいないのに。今日も千里さんのとこだろうし。・・浮気とかはないだろうけど」 『千里が・・オレにキスしたんだ』 『えっ?』 『オレがちゃんと寝ついたと思ったからしたんだろうけど・。そんで言ってた。『これで初恋は終わった』って』 『どういう意味・・』 『両想いだったみたい、オレたち。でも、もうそれは終わったことだから。言い訳だとは思ってほしくないんだけど、オレも千里もお互い以上に愛している相手がいるんだもの』 「亘祐は察しがいいやつだから気づいていないわけがないと思うけど、けどあの二人の想いも本物なのはわかってるから、そこらへんは心配してないけど・・・気にするくらいはいいよな?彼氏だもの」  つまりは嫉妬心からのイライラもあるわけで。 『そ、オレは千里がゼミの合宿の話出してきたから、普通にいってらっしゃいって言ったんだけどな。一泊のことだし、直央さんも一緒だから・ ・。なのに、このバカは不機嫌になったらしくて。直央さんからSOSがオレのとこにまできた』 「んだよ、亘祐のやつ余裕ぶるなっての。くそっ・・オレが一人でバカみてえじゃねえか!好きなモンは独占したいってのが普通だろ!ましてや直央だぞ!世界で一番可愛くて優しくて、オレの大好きな直央だぞ!オレの知らないとこで誰とナニしてるかわからない状態に、オレが耐えられるわけがねえだろうがっ!」 「結局、それが本音ですか。ちゃんと直央さんに言えば・・や、多分何度も同じことを言いあっているのに、明確な答えが出てないってとこですかね。セックスの相性だけで恋人関係が続くと思ってるんですか?」  後ろから一宮の辛辣な言葉が聞こえる。 「なっ・・おまっ・・な・・ んで。つうか、どういう意味・・」  不意の事で、つい“いつもの”自分を出せない。(ヤバイ・・) 「別にストーカーしてたわけじゃないですよ。たまたまこっちの方にビジネス関係の用事があったので。そしたら先輩が絶叫しながら赤信号で渡ろうとしていたので、下手な声掛けはしないほうがいいと思って。オレなりの気づかいです」 「は?赤信号・・っ」  目の前を車がそれなりのスピードで通り過ぎる。 「っ!」 「鈴先輩も、こういう状態の哲人先輩を一人で帰すとかどうかしてますよ。まあ、今の貴方が“本当”なのかもしれませんけどね。・・それでオレの想いが変わることもありませんし、直央さん相手なら勝てるかもと思うようにもなりましたよ」 「なっ・・何を言ってんだ!助けてくれたことにはお礼を言うが、今のセリフは・・」  思わず哲人は一宮に詰め寄る。 「貴方にあんな顔させる恋人ですよ?今だって、直央さんのことを考えて事故りそうになったんでしょう?・・それとも昼間来たあのイケメンの方が頼りにできる・・貴方の態度を見てたらそう思えましたよ」 「!」 「どうして見せられないんです?弱いところを。直央さんの方が年上なんですよ?貴方は完璧な人ですけど、素で天然なんですよ。そういうとこがオレ・・も」  直央もたぶん好きで何度も告げているはずなのに、どうしてこの人は理解できないのだろうと一宮は首をひねる。 (頭は天才的にいいし、よく気がつく人なのに、自分のことはどうして上手くできないんだろう?) 「オレは・・だって・・」と哲人は繰り返し呟く。 「哲人先輩・・」 「哲人!何なの、何をされてるの!?一宮くんやめてよ!哲人から離れて!」 「な、直央さん・・ったく、タイミングがいいのか悪いのか・・」  突然聞こえたその声に、一宮は苦笑する。 「直央!なんでここに・・帰ってきてくれたの?」 「哲人先輩、いくらなんでもその返し方はヤバいですって」 「鈴ちゃんが、哲人が大変なことになってるから帰ってあげてって・・。大変なことって、一宮くんとのこと?二人の間で何があったの?オレ・・何かバカみたいじゃん」  直央がくるっと後ろを向いて、歩き出す。 「ちょっ!直央・・・なんで!どこにいくんだよ!」 「・・・」  直央は黙ってそのまま歩き続ける。 「直央さん、誤解ですって!・・ああ、もうっ!面倒くさいカップルだな、子供かあんたらは」  動けないでいる哲人に代わって、一宮は早歩きで直央に追いつく。 「ほんとに・・痴話喧嘩は部屋の中でやっていただきませんか。オレも別に疑われるような行動はしてないつもりですが?」 「だって、哲人はあんなに怒ってて・・連絡もくれなかったし。オレは鈴ちゃんから電話があってから何度も連絡したのにシカトで・・そしたらキミとあんな・・」  もう訳が分かんないよ、と直央は泣き顔を一宮に見せる。 「っ!え、え・・っと」 (この人、マジで魔性のオトコかもしれないわ。母親の灯さんが年齢より断然若く見える美人だから、その息子の直央さんが美形でおかしくはないんだけど、俺から見てもドキッとするような顔を見せるから・・。そりゃ、いろんなオトコから狙われるって)  こうだから、例え一泊でも自分から離れることを良しと哲人がしないのかと納得する。とはいえ、こんな人通りのあるところで男3人が言いあっていては流石に目立つし、自分も本当に用事があるので早くこの場から立ち去りたかった。 「・・オレはたまたま通りかかっただけです。そして、哲人先輩は車に轢かれそうになったんですよ。貴方のことで頭がいっぱいになって赤信号を見落として渡ろうとしたんです」 「えっ!」 「あの人、一人にしておくと危ないんで直央さんが部屋に連れて帰ってくれませんか?オレは用事があるんで。・・それともオレに彼を委ねますか?」 「・・言われなくても」  それでも複雑そうな表情のまま、直央は哲人の側まで戻る。 「はあ・・・疲れた。鈴先輩に言っておかなきゃ、あの二人はちゃんと見張っとく必要があるって。・・余計な視線を送る人もいるようだし。佐伯先輩の言った通り、かな。日向勝也ね。調べてみる必要がマジであるな」  一宮はある方向を見つめる。その人は自分を見て笑っていたような気もした。 「哲人さんの周りには美形ばかりだけど、問題だらけでもあるんだよな。マジ怖え・・」 「大丈夫?ケガなかった?」  哲人の部屋までは二人とも無言だった。手は繋いでいたけれど。 「車に轢かれそうになったって聞いたから・・」 「いや、一宮が声をかけてくれたから。でも、マジで気が付かなかったんだよ。馬鹿だろ、オレって」 と、哲人は照れたように笑う。 「オレのせいなんだろ?オレが哲人を惑わしているから。哲人はいろいろ他に考えることが多いんだし。・・・哲人を悩ませることしてホントごめん」 と、直央が謝る。 「合宿は行かないことにした。ずっと心がざわついたままでいても何の実にもならないしね」 「へっ?」 「4月のあの時は、オレが留守番の立場で千里と一緒にいたわけだけど、やっぱ不安で寂しかったもの。あんな思い、哲人にはさせたくない。千里もオレが行かないなら自分もキャンセルするって。一応、お家の用事と重なった・・実際にそうらしいんだけど、それを理由にするって」 「っ!・・いいのか?でも・・」  哲人の困惑した表情を見て、直央は少し笑う。 「哲人は喜んでくれると思ったよ?でも、ごめん。あんなに哲人を悩ませといて、急にこう決めたらそりゃ戸惑うよね。でも、千里はその・・コミュ障っていうか・・そうなったのはオレのせいなんだよね。だから、なるべく千里と一緒にいてあげたいってのはあって・・」 「それは・・。でも、千里さんは独り暮らしで・・」 「それは、亘祐くんと付き合うためだよ。千里のお父さんは厳しい人だから、実家にいたままじゃ多分会うこともままならい。男の恋人なんて、多分認めないよ。そんで、小さいころからオレが千里を自分の側に置いて、誰にも触れさせないようにした。だから、千里はオレ以外の人と上手くコミニュケーションがとれない。最近は少しは改善されたけどね。だから、千里が亘祐くんとの交際を始めたのは、凄い進歩なの」  哲人と付き合い始めるまでは、自分の初恋の相手を奪った形になった亘祐のことを恨んでいたのは事実だけどと、直央は舌を出す。 「今は感謝してる。もっとも、大学内じゃオレと千里がカップルだって噂がもっぱらなんだけどね」 「えっ!」 『両想いだったみたい、オレたち。でも、もうそれは終わったことだから。言い訳だとは思ってほしくないんだけど、オレも千里もお互い以上に愛している相手がいるんだもの』 「勘違いしないでよ。何かあったときためのブラフみたいなもんだから。哲人も言ってたじゃない、亘祐くんも独占欲強いって。結構、電話とかメール来てた。ふふ、もう千里の部屋に泊まりにいくの止める。亘祐くんに申しわけなくてさあ」 『そ、オレは千里がゼミの合宿の話出してきたから、普通にいってらっしゃいって言ったんだけどな。一泊のことだし、直央さんも一緒だから・ ・。』 「とか言ってたくせにっ!亘祐のヤツ、明日会ったらぶっ飛ばしてやる!」 「ふふ、そういうテンションの哲人久しぶりに見た。やっぱ、声が低くなるのね・・。その声が好きなんだ、オレ。・・ん、哲人が好き!毎日言ってるけど大好き!・・離れるの嫌!」 「なお・・ひろ」 「あ・・あん・・やっ・・いい」 「貴方の試験の間はずっと我慢していたからね。ほら、ちょっと触っただけなのに直ぐに乳首が勃って・・。可愛いよ、もっと舐めたい」  たまらないという表情で、哲人は直央の胸に口をつける。 「うっ、う・・はあ・・ん。あっ、あっ、あっ」 「もしかして昨夜は千里さんと一緒に風呂に入ってない?」 「は、入ってるわけがないだろ。んなこと、亘祐くんにも申し訳ないし・・。あっ!そんな強く・・噛まないで・・」  哲人の手が下腹部に伸びる。 「・・ここは?触らせてない?」 「あたりまえだろ!自分でも触ってねえわ!試験勉強でいっぱいいっぱいだったっつうの。ほんとにもう・・好きにしていいから、オレのこと」  そう言いながら、直央は手で顔を覆う。 「直央?」 「は、恥ずかしいんだよ!久しぶりだもの。それに、一昼夜も離れてたのも4月以来じゃん。・・なんか変な気分なの。落ち着かなくて、でも求めちゃうの」  哲人が握っている直央のソレの先端からは既に多量の蜜が溢れている。 「じゃあ、舐めていい?オレのものだって実感したいんだ」  哲人がそう聞き、直央はこくんと頷く。 「・・これはオレのだ。オレだけが見て触れて・・ああ!ぴくんぴくんてしてる。ふ・・」  哲人は直央のソレを口に含むと、ちゅぱちゅぱと音を立てて舐めまわす。 「あっ・・あん・・・っ。いい!そこ・・や、あん・・いい!」  直央は哲人の頭を押さえながら悶える。 「いい・・・や、出る!出ちゃう・・やああっ!」 「ご、ごめん・・ほんとに恥ずかしいんだけど」 「いいよ、オレのために我慢してくれてたんだろ。すっごい濃かったもの。・・もう本気で我慢できないんだ。挿れたい」  そう言って、哲人は自分の屹立したソレを直央の窄まりに突き立てる。 「優しくしたいんだけど無理・・」  その前に指でほぐされてはあったが、久しぶりに受け入れたその固いモノはおもいきり存在感を直央の中に示していた。 「あ・・やっ・・ああ!凄い・・っ」  優しくできないという言葉通り、ソレは遠慮なしに入ってくる。そして直ぐに中を掻きまわし始めた。 「いやあ・・ダメ!そこ、そんなに・・あっ・・うっ・・ん」  しばらく入り口付近で肉壁を刺激していたが、直央が動くのに合わせて奥へと突き進んでいった。やがて、直央が一番感じる箇所に到達する。 「ソコ!突いて!いい・・の。やあ・・ん」  本当には久しぶりなせいか、直央の声がいつもより大きいように思える。 「可愛いよ、直央。その顔がたまらないんだ。オレをもえさせてくれる。こんな可愛い人を、こんな気持ちのイイ身体を手離すなんてもう・・」  たまらなくなり、その唇に舌を突きさす。直ぐに、相手は唇を薄く開け受け入れてくれる。 「っ、う・・ん。ん、ん・・ひ・・やん」  舌の動きと合わせ、肉壁も動き哲人のモノを締め付ける。 「っ!」 「ああ・・ん。いいのっ!もっと・・愛して!」 「好き?ねえ、好き?」 「どうした?何で、そうんなこと今さら聞く・・好きだから不安になって喧嘩もする。なんとなく今回のことでそれがわかった、ってオレは思っているんだけど?  抱き合い見つめ合いながら、そんな会話が交わされる。 「だって、その・・鈴ちゃんが何かおかしかったの。本当に真剣な声音で早く帰って、っていうからもしかしたら手遅れになるかもって、試験が終わって速攻で帰ってきたんだよ?だから、哲人の気持ちに何か変化があったのかもと思ってさ」 「鈴が?・・あいつ、余計なことを」  哲人は思わずため息をつく。 「やっぱ、何かあったの?オレが不安にさせたから?だから、一宮くんが心配してついてきたの?ごめん、もう絶対に離れないから、ね」 「なんでそんな泣きそうな顔になる?」  慌てて、もっと強く抱きしめる。ぬくもりを感じて、二人同時にほおっと息をつく。 「さっきまでヤッてたことがオレの気持ちなんだけど?こうやって貴方を感じられなければ、オレはたぶん狂う。・・弱いんだ、オレは」 「哲人・・」 「そこんとこがオレのネック。直央にはそう思われたくないんだけど、キレたとこも見せてしまったしね。少しずつでも、自分をいい方向に向けていければなと思っている。直央の側で。・・愛しているから」 愛しているから。それは偽りない気持ち。そして言えなかった。鈴が危惧する人物のことを。その彼を哲人は信頼していたから。・・興味を持ってほしくはなかったから。 「ふーん、日向勝也・・けっこう危険人物かもね。哲人さん・・とられないようにしなきゃ」        To Be Continued

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