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第19話

「やーっと、明日から夏休みだねえ。なんか例年以上にホッとしているよ」 「ぶっちゃけオレも同感。こんないろんなことがあった4ヶ月って初めてじゃないか?学校改革を始めたときより、問題がいろいろと・・」 「何で、二人してオレを睨むんだよ。別に生徒会に迷惑なんてかけてないぞ」  日向哲人(ひゅうがてつひと)は困惑気な表情になる 「哲人、それ本気で言ってる?生徒会室の備品を壊したり、生徒会主催の行事で勝手な行動をしたりでボクたちがどれだけ頭と身体を酷使したか」  笠松鈴(かさまつりん)は本気で哲人を睨む。 「そ、それは・・確かにオレらしくなかったかもしれないけど、そんなに怒ることじゃ・・」  哲人は、それこそらしくなく弱々し気に反論しようとする。 「・・・確かに哲人が頑張ってるのは認めるんだけど、ちょっとずつそういうところから綻びが生じるってこともあるでしょ。哲人がそんなんだと、結局は直ちゃんも傷つけることになるの」 と鈴は諭すように言う。 「今は初恋の幸せに酔っているんだろうけど、そろそろしゃんとしてもらわないと。・・って、直ちゃんも夏休みに入ってるんだっけ。となると・・」 と、ワザとらしく鈴はため息をつく。 「鈴!声に出して言うなよ、んなこと。あんまし、哲人のそういうとこ想像したくないんだから」  そう苦笑する橘涼平(たちばなりょうへい)をからかうように、言葉を続ける。 「すぐそういうとこに考えがいくってことは、涼平も相当毒されているよねえ、ふふ。いっちゃんにも彼氏ができたんだし、涼平も恋人作ればいいじゃない。男子からも告白されてんでしょ」 「生徒会に変な風潮を作る気はねえよ」 と、涼平は呆れる。 「好きになった相手がたまたまオトコだったってことだろ。オレだって、恋は普通に・・・じゃなくて!オレは恋愛をするわけにはいかないって言ってるだろ!・・なんのために、何人もフッてきたと思って・・」 「アレ?もしかして好みの子がいたのに、泣く泣く告白を断ったことがあんの?」 「そ、そうなのか涼平!?別に誰にも遠慮せずに付き合っていいんだぞ!」 「あほか!」  驚いて叫ぶ哲人の頭を、涼平はおもいっきり叩く。 「っ!・・痛ってえ。何をす・・」 「生徒会室で騒ぐなっての!・・オレはこれでも結構好みがウルサイんだよ。ま、それはともかく何度も言っているが誰とも恋をする気はないんだ。こんな手で、本気で惚れた相手を抱きしめられるわけがないだろ。つうか、オマエを見てるとひとりでいた方が疲れないでいいんじゃないかとも思えてきているんだが?」 「へっ?」  だって、と思う。 (哲人はなんだかんだって、オレの憧れだったんだ。・・本気で殺したいと思って3年前は挑んだのだけれども)  それ以来、哲人は自分の感情は抑えるようになった。・・はずだった。なのに、最近の哲人は喜怒哀楽が激しい。 (正直、バカじゃね?と思うくらいに毎日アタフタして・・。一応、自分の役目はそつなくこなしているけど、付き合うオレらは結構しんどいんだよな。・・面白くもあるけど)  けど、それは哲人だからこそできることなのかもしれないとも思う。 (オレは、闘うこと以外は基本不器用だからな。哲人みたいに多分一途にもなれない。泣かせるくらいなら、好きにならない方がいい。・・好きになれるほどの相手にももう出会うこともないだろうし) 「オレはそういう人生を生きるつもりはない。けれど、今は楽しいと思っているから。でも、哲人と生野が幸せそうなのは見ててこっちもいい気分になるから気にすんな」 「オレの話まで出てくると思わなかったんだけど、おかげさまで仲良くやってるよ」 「いっちゃん!・・や、いっちゃんにまで惚気られるとはそれこそ思わなかったけどね」  ニヤニヤしながら、鈴は生野広将(いくのひろまさ)のために席を用意する。 「いや、いいよ。今からリハーサルのために会場にいかなきゃいけなくて。生徒会の仕事が満足に出来なくてごめんて謝罪にきただけだから」 と、広将は申し訳なさそうに頭を下げる。 「そろそろ、侑貴が迎えにくるはずなんだ。なるべく目立たないようにとは言ってあるんだけど」 「あは、彼氏が迎えにくるって、幸せなシチュエーションだよねえ。いいよ、騒ぎになっても。想定内だし、アニメの宣伝になるしね」 「鈴・・いつからオマエがプロデューサーになったんだよ」 と、哲人は呆れたように言う。 「ボクも一応関係者だもの。アニメの人気が原作の人気にも影響するし、アニメのDVDのブックレットにボクのイラストも載るからね。あ、これはオフレコだからね」 「鈴てけっこう仕事してるんだな。てか、もうDVDの発売って決まってるの?」 「ふふ、頑張りましたぁ!」 と、鈴は両手をあげる。 「もちろん、そういう情報はアニメの放送近くになってから流すけどね。んで実は2クールになんだよね。ま、それでいっちゃん達には迷惑かけちゃったけど、いい楽曲ができたみたいで、監督も喜んでたって」 「・・だから、何でそういう情報を鈴が知っているんだよ?」 「各方面に差しさわりがあるからギリギリまで発表できないけど、2クール目はOPもEDもいっちゃん達のバンドが担当するんだよぉ」 「・・マジ!?」  涼平が驚いて立ち上がる。 「凄いじゃねえか!まだメジャーデビューもしてないのに・・。もしかして鈴のごり押しか?」 「どっちかというと、1クール目のOPにアイドルを起用したことのほうがごり押しなんだけどね」 と、鈴は苦笑する。 「けれど、PVの再生数は完全にEDの方が勝ってるからさ。スポンサーにも文句は言わせないよ。ほんと、いっちゃんには頑張ってもらっちゃった、ありがとうね」 「こっちは楽しかったからいいんだけどね」 と、広将は微笑む。 「思いもかけない経験だけどね、アニメの曲を作って歌うなんてさ。アニメは好きだし、それに携われるなんて最高だよ。・・だから哲人にも感謝してる」 「へ?オレが何を・・」  思いがけない広将の言葉に、哲人は困惑する。 「やっぱ覚えてない?数年前、哲人がオレに声をかけてくれたからオレは音楽を続ける気になれたんだよ?哲人がオレの歌を褒めてくれた。コンプレックスに悩まされて自分自身を受け入れられずにいたのに、街でオレが歌っているところをじっと見つめて微笑みをくれたんだ、哲人は。あの瞬間、オレの心が溶けた。この学校に入ったのは偶然だけど、哲人が声をかけてくれて生徒会に入って、鈴たちとも知り合ってこういう機会にも恵まれて」  ずっと言いたかったことだと、広将は一気に喋る。 「生野・・オレ・・」 「ふふ、哲人だから無意識の行動なのはわかってるよ。けど、おかげで今のオレがある。心の底から感謝している」  そう言いながら広将は哲人を真っ直ぐに見つめる。 「ごめん、オレはそこまで生野に感謝される人間じゃないと思ってるし、アニメのこともよくわかってない。で も、さっきの涼平の反応で生野って凄いことやったんだなって。なのに、生徒会の仕事まで・・そんで最近のオレってちゃんとしてないよなって思って。うん、オレの方こそ負担かけてすまない」 「哲人って素直にそう人に頭を下げられる度量の広さがあるのに、何ですぐ直ちゃんとケンカするわけ?」  本当に不思議だというように鈴は聞く。 「・・あれから喧嘩はしてないぞ。そりゃあちょっと・・昨夜も言い合いにはなったけど・・」 「はあ?またあ!?」  もう疲れたよと鈴は肩を落とす。涼平も流石に呆れたように声をかける。 「お互いに夏休みでいつもより一緒にいる時間が増えるってのに、今からそんな状態で大丈夫なのか?」 「・・一緒にいられるのはお互いに嬉しいんだよ。けど ・・」 「って、なんか外が煩くない?」 「おい、生野!オマエの彼氏が外で暴れてんぞ。大騒ぎになってっから止めに行けよ」  突然、哲人の親友である佐伯亘祐(さえきこうすけ)が生徒会室に入ってきた。 「亘祐!侑貴がどうしたって・・」 と、広将が困惑気に聞く。 「すっげえ美人と一緒だったけど・・大丈夫なの?」 「えっ!」  その場にいた男子生徒の全員の顔色が変わる。 「侑貴が女と浮気?・・」 「や、年上には見えたけど・・けどアレは生野の恋人の上村侑貴(かみむらゆうき)だろ?他の生徒たちが騒いでたもの」  だから大丈夫なのか?と自分も年上で同性の恋人を持つ亘祐が心配そうに広将の顔を見る。 「今日はマネージャーの車で行く予定になってたはずなんだけどね。内田さん、もしかして・・」 「うーん、とりあえず車のとこに行く?どちらにしろ、この騒ぎは止めなきゃいけないよね、生徒会役員としては」 と、鈴はちらっと哲人と涼平の方を見る。 「いい機会だし、いっちゃんと侑貴の“美人”マネージャーを紹介するよ。たぶんこれからも何かと付き合いはあるだろうし」 「うわっ、マジで人だかりができてるな。近隣から苦情がくる・・」  哲人は顔をしかめる。 「生野、許可するから来客用の駐車場に入ってもらえ。今後のことも話さなきゃいけないからな」 「あ・・うん」  広将は少し難しい表情になりながら、生徒たちに囲まれている恋人のもとに行く。 「・・修羅場にならないか?だって女と一緒なんだろ?いくらゲイでも世間的には普通のオトコで通ってるわけだし・・」  そう心配そうに聞く哲人に、鈴は呆れたような表情を向ける。 「自分でいっちゃんに指示しといて何を言ってんのさ。いっちゃんと侑貴の噂は、それこそ付き合う前からファンの中では流れてて、今じゃ公認だよ。それに・・」 「あ、こっちに来るぜ。もう一人・・わっ!」  涼平が驚いたように声を上げる。哲人の顔にも驚愕の表情が浮かぶのを見て、鈴は思わず吹き出す。 「ぷっ・・なんだよ、哲人まで。つか珍しいね、涼平までそんなリアクションするなんて。そんなに綺麗だと思った?内田さんが」  自分の名前が出たのが聞こえたのだろう。侑貴と広将も斜め後ろを歩く人物がニコッと笑って会釈をする。 「内田さん、こんにちわ。すいませんねえ、みんな不必要に騒いじゃって。時間もあんまし無いのも承知してますけど、今後も・・ま、とりあえず明日から夏休みですけど、一応ここにいる連中には事情を把握してもらったほうがいいと思いまして」  鈴が周りを見渡しながら言う。 「マジで時間無いんだけど?だから、外で待ってろって言ったじゃん、広将。や、一人でいて誰かに声をかけられても困るんだけど。・・つうかオマエ一人でもアレなのに、こんな目につく連中がぞろぞろと・・。見ろよ、生徒の数がさっきの倍以上になってんぞ」  そう言いながら侑貴が鈴を睨むのを見て、広将は慌てて侑貴の肩を掴む。 「んだよ、マジで今そういう状況だろ。オレは目立たないようにするつもりだったぜ。なのに、オマエがなかなか来ないから・・」 「ごめんね、オレの都合で生徒会の仕事を満足に出来ないことが多かったからさ。夏休みに入る前にちゃんとケジメはつけといた方がいいと思って・・。ほんとごめん」  そう言いながら、広将は侑貴の顔を覗き込む。 「オレに怒るのは構わないけど、鈴や哲人に絡むのはやめて。鈴は今後が円滑に進むよう、オレと侑貴のことを考えてくれてるんだから」 「!・・わ、わかってるって。顔近いし・・オマエが周りを煽ってどうするってんだよ」  顔を近づけられた時からすでに侑貴の顔は赤く、周りの特に女子生徒からキャーという声がひっきりなしに飛んでいた。 「・・いっちゃんて本当に天然なのかどうかって、マジで怪しく思うときがあるんだよね」 「完全に二人の世界になっちゃってるよな。心配して損した気分だわ、オレ。千里と外で会う時は気を付けようってマジで思った」  そう言いつつも亘祐の顔がニヤケているのを見た鈴は大きくため息をつく。 「・・亘祐も哲人も同じレベルだよ。とにかく、ボクは内田さんに挨拶したかっただけだから。だよね、涼平」  鈴は自分の後ろを振り返り声をかける。 「は?・・何でオレに振るんだよ。つうか、マジで生徒が集まりすぎてヤバいから、早くその人と話をして・・」 「確かにウチの学校のイケメン四天王が一堂に会した貴重な場だもんねえ。オマケに人気ボーカルとその美形マネージャーもいて。ここまで“カッコイイ男”が揃えばそりゃ・・」  と鈴はうんうんと頷く。 「何言ってんだよ、鈴と内田さんで美人枠だろうが。正直言って、俺でもその・・綺麗な人だと思うし」 と、涼平は顔を赤くしたままで言う。 「涼平の好みってああいう人だったのか?年上好み?」 「馬鹿か!・・好みとかそういうんじゃなくて普通に美人だと思っただけだよ。鈴だってちゃんと女の子らしい恰好をすれば・・」 「ふふ、彼の言うとおりだよ鈴。キミの周りの男性はカッコイイばかりじゃなく、ちゃんとキミのことを見ていてくれるんだね」  涼平の言葉を聞いた内田が微笑みながら近づい てくる。 「下手に褒めないでくださいよ、こいつらすぐ調子に乗るんだから・・。うん?どうしたの涼平、変な顔をして」 「だ・・って」  哲人が驚愕の表情になる。涼平の顔色も変わる。 「男性・・なの?」 「うん、そうだよ。モデルの仕事をやってたこともあるの、彼。マネージャーなんてやってるのもったいないと思うんだよねえ、ボクとしては」  心底残念だという表情の鈴に、涼平は詰め寄る。 「お、おい!オマエ美人マネージャーって言ってたじゃねえか!。だからオレは・・」 「何よ、やっぱ涼平でも美人な女性には興味あるわけ?硬派を気取ってたわりには、普通に男なのね」 「元からオレは普通に男だ!つうか・・」 と、涼平はマジマジと内田の顔を見る。 「?」 「涼平?」 「へ?・・あ、すいません。ごめん・・オレ、生徒会室に戻るわ。内田さん、失礼します。生野たちをよろしくお願いします」 「ごめんね、内田さん。涼平は普段はあんなヤツじゃないんだけど・・」  一人、校内に戻っていく涼平を見送りながら鈴は頭を下げる。 「いいよ、別に。たいていの人がするリアクションだし、なかなか礼儀正しい高校生じゃないか。広将とちょっとタイプは違うようだけど・・。彼にも恋人がいるのかい?だいぶモテるんだろ、彼」  車の方に戻りながら、内田は鈴に尋ねる。 「なかなか恋人を作りたがらないけどね。誰よりも女性には優しい性格なんだけど。だから、涼平ならすぐ見抜けると思ったんだけどなあ」 「鈴、涼平をあまりからかうもんじゃないよ?普通に恋をしてほしいんだろ?」 と、広将がたしなめるように声をかけてきた。 「だってあんまり一人で寂しそうにしているから、さ。・・いつまで過去に縛られてんだか」  言葉の後半は誰にも聞こえないように呟いたつもりだった。が、哲人と内田の表情に僅かに変化があった。 「・・・」 「過去ってのはね、未来への道が明確に見えないと、いつまでも自分にすがってきているように感じてしまうものだよ。忘れたいと思っても、過去の自分は救われてないから。・・鈴と彼の間に何があったか私は聞かないけど、相談には乗るよ。鈴ちゃんは可愛い妹みたいなものだからね」 「生野たちはリハに行ったのか?悪いな、失礼なことしてしまって」  鈴と哲人が生徒会室に戻ると 、涼平がきまり悪そうに声をかけてきた。 「まあ、明日が本番だからねえ。けっこうネットでも注目度が高いし・・。アニメといっちゃんたちが売れてくれることが今のボクの一番の願いだよ」  スマートフォンの画面を見ながら、鈴はそう言った。 「内田さんも涼平はいい人だって言ってたよ。あの人が今の事務所にいっちゃんたちのバンドが入れるように取り計らってくれたんだよね。二人の関係も理解してくれるし、まあお世話になりっぱなしというか・・」 「鈴がそこまで他人を上げるのは珍しいよな。鈴は可愛い系が好きだから・・やっぱああいう人が好みなわけ?」  もしかしたら、という思いで哲人は聞く。決して揶揄したいわけはなく、子供の頃から一番身近にいた女の子が幸せ になってくれればいいと真剣に願っていたから。 「ふふ。アレでも服装やなんかでぴしっと男らしくもなれるんだよ、あの人。でも、恋愛対象じゃない。ていうか、恋愛する気が本当にないんだ、・・てか、哲人は自分の心配しなよ。ほんと不思議なんだけど、何でお互いにそこまでベタ惚れなのにすぐに喧嘩になるわけ?」 「オレが聞きたいよ・・」 と、哲人が肩を落とす。 「正直、生野たちよりオレたちは合ってる二人だと思ってたんだ、でも、なんか・・あいつらみたいに人前で自然に寄り添えないっていうか。オレと生野の違いって何だ?」  鈴と涼平が顔を見合わす。 「・・そりゃあ、いっちゃんが哲人みたくがっついてないからだと。や、ぶっちゃけ告白したのはいっちゃんの方からで 、それも哲人たちのソレと変わらなかったらしいけど・・ほらそこはいっちゃんだから。器用なんだよね、いっちゃんて。フェミニストなんだけど、気持ちを隠す気はないというか・・。バカ正直なとこは哲人と一緒なんだと思うけど、あの侑貴を上手に操縦できてるとこは尊敬に値するよ。恋人になってからは、ほんと素直になったもの侑貴は」 「・・オレは素直に愛情を伝えようとしているだけのつもりなんだけど。だって、それを直央が望んだから。直央自身がいつもストレートにオレに向かってくれているんだ。そして・・」  優しくて、素直に気を使ってくれる直央の存在は自分にとって救いなんだと哲人は顔を赤くしながら話す。 「育ってきた環境のせいかもね。哲人は自立しているようで、本質はお坊ちゃんだもの。・・哲人が凄い人なのはボクたちも直ちゃんもわかっているけど、哲人自身が“ソレ”を壊しているように思えるな。直ちゃんは離れないって言ってるのに、どうして焦っちゃうのさ」 「一人暮らしするってお前が言った時、オレも鈴も反対したよな?前にも言ったけど、オマエには支えてくれる人が必要だと思っていた。ちゃんと“オマエの全て”を支えてくれる相手が、な」 「それは、だから・・今は直央が・・」  涼平の言葉に哲人はそう答える。何を言っているのだと。が、その言い方は彼らしくない自身の無さげなソレだった。 「全てを、と言ったろ?直央さんを巻き込めないと思っている時点で、哲人の全てに直央さんは入りこめてないんだよ」 「全部は話したつもりだよ。ただ、オレにも思いがけないことが次々と起こるのも事実だろ。高瀬亮のことにしたって。オレ自身の記憶がひどく曖昧な部分があるということも、前に直央に言った。本家のオレの扱いも曖昧だろ?オレを殺したい人間もいれば、オレを利用したい輩もいる。そして、オマエらみたいに自分を犠牲にしてもオレを守ろうとする仲間も」 「哲人、それは・・」 「オレの本当の両親のことさえ秘密にされているのに、オレっていったい何?とどうしても思ってしまう。鈴と涼平には感謝している。何度も傷つけさせて申し訳なく思うよ。だから、ただ時が過ぎてくれればと思っていた。もちろん無意味に人生を過ごしたいと思っていたわけじゃない。経済力の面で自立できれば少しは・・。そこに直央が現れた」 「・・」 「直央があのマンションに住まなければ、オレが彼を好きになることもなかったはずだ。本気で嫌っていたんだから。オレもずっと直央に恨まれていたわけだし。・・直央と出会ってからいろいろありすぎなんだ。オレの知らないオレの過去を知っていそうな人物が現れる・・。高瀬亮はオレの親の・・多分失踪の理由も知っているのだろう」 「!」 「オレは何も知らないのに、周りはオレ自身を知っている。不安になるんだよ」 『その・・オレの欠けた部分を直央が埋めてくれている、そんな気がして。だから・・だから側にいたいと思った』 「侑貴の件があった時、オレは直央にそう言った。それは本心なんだけど・・」 「それを直ちゃんが受け入れたのならそれでいいじゃない!」  もう我慢ができないと鈴が大声をあげる。 「鈴!?」 「家族になりたいんでしょ!直ちゃんがいないと困るんでしょ!愛してるんでしょ!貫きなよ、その想いを。哲人の周りはなにもかも曖昧かもしれないけど、直ちゃんの気持ちは何よりもはっきりしているんだよ?プロポーズまでしておいて、何を今さらグダグダ言ってんのさ。そんな哲人にするために直ちゃんは哲人の前に現れたわけじゃないし、ボクたちも助けてるわけじゃないよ」  ここまで言うつもりもなかったけど、と鈴は唇を噛む。 (8年前のことを思い出してくれたら少しは状況も変わるのかもしれないけど・・) 「鈴は強いな 。昔はオレの後ろで泣いてばかりだった記憶があるんだけど」 「へっ?」 「哲人と鈴は本来許婚だったんだよな。3年前のあのことでその話は無しになったけど・・」 と、涼平は複雑そうな表情になる。 (哲人を殺そうと思ったオレが言うのもなんだけどな。結果的に鈴の幸せまで壊しちまったし)  時々ではあったし言葉を交わすことも当時は許されなかったが、哲人と鈴、そして亘祐の3人が仲良く遊んでいるところは見ていた。 「・・ボクも好きなように生きたいと思ってたからね。3年前のことはいいきっかけだったんだよ。だから涼平が気にすることもないよ。亘祐だって、運命の相手に出会えたわけだしね。だから涼平だって・・」 「オレは哲人を守るということで、今の立場になったんだ。それ以上は許されないし、その気も無い。誰かを幸せにできる自信なんてねえよ。オレにはこの腕と力しか無いからな」 「またそんなこと言う・・」 と、鈴は大きくため息をつく。 「哲人も涼平もせっかくイケメンに生んでもらったのに、何でそうネガティブなのかなあ」 「鈴は凄いよ。強いし、才能もある。直ぐに誰とでも仲良くなれるし、どんな大物とだって渡り合える。本来なら、哲人の嫁さんには一番相応しい。・・とは、正直今でも思っているんだけどな」  そう涼平は二人に告げる。それが偽らざる自分の想いだから。幼き頃から鈴が哲人に恋していたことも、哲人自身はその気持ちに気づいていなかったことも・・・自分の好きな人が自分を同じように見ることが無いとわかっていても。 「それを壊したのはオレ。哲人があの日直央さんと知り合うことになったのも元はと言えばオレがきっかけ。・・運命なんてやっぱわからないんだよ。哲人・・もう少し恋を楽しんでみてもいいんじゃないか?想いは真剣なのだから」 「涼平って・・」 と、哲人は不思議そうな表情になる。 「ん?」 「オレなんかより、人の気持ちがよくわかるよな。やっぱラノベとか読んでるから?」 「は?・・はあああ!?」  何言ってんだと、涼平はマジマジと哲人の顔を見る。 「た、確かにオレはよく読んでるけど・・ちょっとは影響されてるかもしれないけど、だいたいは普通に感じたことしか言ってねえぞ。つうか、セリフとか考えてんの琉翔さんなんだからな」 「涼平は琉翔さんの小説好きだもんねえ。直ちゃんもだよね?」 「・・だから困っているんだ」 と、哲人は渋い表情になる。 「もしかして喧嘩の理由ってソレ?」  半ば呆れた表情になりながらも、鈴はカバンから一冊の本を取りだす。 「直ちゃんも買ったって言ってた、琉翔さんの新刊。アニメ効果もあって売れてんの。ほらこの表紙!ボクの力作だよ!」 「・・これは流石に買うのに勇気がいったよ」 と、涼平が顔を赤くする。 「!・・あ、アニメって普通の異世界ものだって言ってなかったか?」  表紙の絵を見て驚く哲人に、鈴がしれっとした表情で答える。 「これでも抑えたんだよ?直ちゃんもしかしてカバーかけてる?哲人に遠慮したんだねえ」 「自分の部屋にいるときだけ読んでいるよ 、直央は。だから、なかなか読むのが進まないみたいだ」 「・・てことは、ほとんど哲人の部屋で過ごしてるわけ?そういう時は直ちゃんは哲人んとこに泊まるんだよね?全然読めてないじゃない。うわあひどーい!直ちゃん可哀想!」  涼平も渋い表情になる。 「なかなか続きを読めないのって、それってかなり辛いぜ?しかも恋人の都合だもんな。よく我慢してるっていうか。哲人が琉翔さんを嫌うのは勝手だけど、そんなんで直央さんを縛るのはおかしいって」 「わかってるよ、んなことは」  下を向きながら哲人は答える。 「ただ、直央があんまり熱心に読んでてオレの問いにも答えなくて・・だから・・」 「二人の時間に、他の要素を入れるな!ってか。でも家族ってそういうもんだろうが。結局は、哲人の方が直央さんに向き合ってないんじゃねえの?直央さんの都合を考えてないんだもの」 「・・上手く気持ちが表せないんだからしょうがないだろ。くそっ!どうして、直央にはちゃんと言えないんだよ。一番大切な人なのに。一番、オレをわかってほしい人なのに・・」  哲人の肩が震える。 「直ちゃんは哲人をわかっているから気をつかっているんだと思うけどね。直ちゃん、優しい人だもの。とても・・」  自分は敵わないと思う。本当の哲人をわかっているのは自分だとも思っている。矛盾するその想いが鈴を悩ませていた。 (けど、哲人をここまで悩ませたのは直ちゃんが初めてだもの。いつか必ず、ボクらより簡単に直ちゃんを哲人は選ぶ。その時になって泣くくらいなら・・) 「よかったらさ・・」 「ていうことがあったんだ今日。いろいろ自分を押し付けすぎだって二人に言われて反省した・・ごめん」  帰宅して、自分の部屋で恋人が待っていてくれたことに安堵しながら、哲人は頭を下げる。 「・・二人の言ってることは最もだと思うし、そう言ってくれることには感謝するけど、オレと哲人には当てはまらない気がするよ」  哲人のためにコーヒーを淹れながら直央はふふっと笑う。 「えっ?・・っ!熱っ・・」  直央の笑みが気になり、つい熱いカップに口をつけてしまい慌ててカップをテーブルに置こうとして、手を滑らせてしまいカップはテーブルの上を転がっていく。 「うわっ!やば・・っ。ごめん!直央、大丈夫か!」 「オレは大丈夫。哲人こそ落ち着きなよ。オレは“ここに”いるんだから」 「!」  素早くタオルでテーブルの上を拭いて、直央は哲人の顔をまじまじと見つめる。 「どうした?」 「早く着替えてきなよ。帰ってくるなり、捲し立てるように話し始めてさ。本当は何があったの?ゆっくり聞くからさ」 「あっ」 と言って、哲人は今気づいたかのように自分の恰好を見る。 「ごめん、着替える。ついでにシャワー浴びたいんだけど、直央も一緒にする?」 「さっきからごめんて言ってばっかだよ、てつ・・って一緒にシャワー?」 「・・嫌?」  嫌味でもなく本当に心配なので哲人は聞き返したのだが、どう思ったのか直央はいつになくテレたようにもじもじとしている。 「どうした?」 「・・本当は鈴ちゃんから連絡があったの。哲人と楽しんであげてねって。そしたら哲人がそんなこと言うから・・鈴ちゃんにはオレたちのことは全部お見通しなんだろうなっ・・て」 「っ!鈴のやつ・・オレに散々セックスばっかりするなとか言っておいて・・」 「り、鈴ちゃんがそんなこと言ってるの!?ダメだよ、女の子にそんなこと言わせちゃ・・」 「そのことだけど・・」 と、哲人は少し複雑そうな表情になる。 「な、何?オレは別に鈴ちゃんにそういう好意はないよ。いや、好きだけど・・友達として。普通に女の子してたら可愛いとは思うし、優しいしね。・・上手く言えないんだけど」 「直央ってゲイだけど、女の子にも普通に接してるよね。苦手とかじゃないの?」 「?・・ああ、そういうこと」  ポンと手を打って直央は再び微笑む。 「直央?」 「そこらへんがちょっと複雑なんだよね。オレの幼少時のこととか母さんのこととかあって。女性が、っていうか・・ちょっと恐怖心を抱いたことがあってさ。だから、男性に逃げた・・っていうのが一番正確かな」 「ごめん、嫌なことを思い出させたな」  哲人の表情が苦々しいものになる。 「だから、今日は哲人は謝ってばっかだって。だから、今でも女性相手だと初対面はちょっと構えちゃうとこがあるんだけど、鈴ちゃんはそうじゃないんだよね。最初から女性として意識してたのに」 「女性として意識してた?」 「だって、初めて会った時に自分でそう言ったし。ま、その前からわかってたけど。で、哲人ってばヒドイこと言ってたじゃん?鈴ちゃんに対してさ」 「・・ヒドイこと?」  何か言ったっけ?と哲人は首をひねる。 「本当に覚えてないの?アレはオレに対しての嫌味か鈴ちゃんに対しての照れ隠しかとも思ってたんだけど・・」 『コイツは特別ですから。あっ、そういう意味じゃなくて、イタイやつだってことですよ。ボクっ子なせいもあって、こいつを女子とか意識したこともありません』 『邪魔は邪魔ですけどね。けれど、コイツをアナタが考えているような意味で意識したことはないですから。できれば、アナタに押し付けたいくらいですけど、アナタに御しきれるような人間でもないんで・・』 「鈴ちゃんは哲人のことが好きじゃん。哲人だってソレをわかってるはずだから、いつかは・・とか思わないわけじゃなかったよ?だって哲人はノンケだし女性に恋したことあんでしょ。鈴ちゃんも普段はああだけど男性が恋愛対象だってはっきり言ったしね」 「直央・・知ってた・・のか」  思いがけない言葉に哲人は呆然とする。 「けど・・それは・・」 『哲人と鈴は本来許婚だったんだよな。3年前のあのことでその話は無しになったけど・・』 「過去に何があったかは知らないし、オレの方から聞くことはしないよ?鈴ちゃんの気持ちを知ってた上で、オレは彼女に何度も哲人とのことを相談してたわけだし」 『あ、できたら鈴ちゃんて呼んでくれたら嬉しいな。だって、哲人にもそう頼んだのに言ってくれなかったじゃん』 「・・そんなこと言ってぷくっと膨れてた鈴ちゃんは本気で哲人に恋してたんだなって。多分、何年も前から。でも、哲人が選んだのはそんな可愛い女の子じゃなくて、オレだもの。鈴ちゃんには悪いけど、オレもこの恋は諦める気はないんだ」  てかやっぱ鈴ちゃんの気持ちに気づいてたんだね、と直央は小さく微笑む。 「!・・はっきりとってわけじゃない。けど、自分には妹のような存在だったから」 「今は鈴ちゃんの方が上な気がするけどね。強い人だもの、彼女。でも、哲人に対する気持ちはオレの方が強いもん。オレがこれからずっと哲人の側にいるもん。これから哲人の前に鈴ちゃんや咲奈さんより綺麗な女性・・って正直いってそういないだろうけど、そんな人が現れても、哲人の奥さんになるのはオレだもん!」 「う・・ん・・っ」  バスルームの中で熱いお湯に打たれながら、二人は互いの舌を絡めあう。 「っ・・はあ・・ん」  自分の性器が熱を帯びていくのがわかる。 「哲人のコレ、舐めていい?」 「えっ?」  答えを待たずに、直央は跪いて哲人のソレを口に含む。 「直央、なに・・を・・っ!ああ・・っ。無理しなくても・・いい」 が、直央はその状態のまま微かに首を横に振る。 「な・・んで。っ・・ふ・・ああ」  直央にフェラはさせたことがない。なんとなく嫌だったのだが、よく考えればゲイの直央はそういう行為もしたかったのかもしれない。 「ダメだって・・出る・・っ」 「オレ、ちゃんと出来てた?」  精を吐き出す前に、直央の口から離れるつもりだったのに、思いのほか直央が自分を押さえる力が強く、そのまま直央の口の中に出してしまったことに罪悪感を覚えながら、哲人は頷く。 「よかったあ。いつも哲人にシてもらってばっかだったもんねえ。ま、何もしなくても哲人のコレはすぐ大きくて硬くなるんだけど」 「オレがスケベだって言いたいの?」 と、哲人が顔を赤くしながら聞く。 「哲人・・照れてるの?オレがフェラしたのが、そんなに変だった?」  直央にそう聞き返され、哲人は直ぐに大きく頷く。 「だって・・うん、やっぱ恥ずかしいなって。や、わかってたからサセなかったんだけどさ。・・大事にしたいっていうのが最初の気持ちだったはずなのに、いつの間にか自分の気持ちを押し付けてたなっていうのは、やっぱあの二人の言うとおりだと思うよ」 「押し付けじゃなくて、哲人なりの愛情表現だと思ってたんだけどね。そんな哲人を知ってるの、オレだけでしょ。他の人はクールなだけだと思ってるし・・」  直央は嬉しそうにそう言う。 「や・・だんだんオレのヘタレっぷりが学校でもバレてきてる気がする。最近、感情を隠すのが下手になってきてるっていうか」 「つまり、哲人は素直な哲人になってきたってわけね。良かったじゃない!余裕が出てきたってことでしょ?」  ふふと、直央が笑う。 「哲人に無理はしてほしくないっていうのが、オレと鈴ちゃんと涼平くんの総意だもん。この夏休みはゆっくり休もうね。生徒会長として受験生として、いろいろやることはあるだろうけどさ。オレもできるだけフォローするから」 「・・だって、直央もいろいろやることがあるんだろ?バイトしたいって言ってたよな、以前」  確かその話にも自分は嫌な顔したはずだと、哲人は自己嫌悪に陥る。 「元々、このマンションの家賃の高さのせいで母さんにはここに住むの反対されてたんだよね。琉翔さんがオーナーだったおかげで、母さんの許可が出たんだけどさ」 と、直央は初めてこのマンションを見に来た4か月前のことを思い出して苦笑する。 「親子してイケメンには弱いんだよね」 「琉翔さんは・・確かに日向の家でもモテてた方だけどね。でも変態だから」  哲人はつい憮然とした表情になる。 「日向家って、顔も良いし頭も良いしいろんな特技の持ち主が揃ってるよね。哲人なんて、株とかの知識も凄いけど料理の知識もプロ並みじゃん?ほら、鈴ちゃんと初めて会ったあのラーメン屋の麺もレシピは哲人が考えたんだよね?」 「母親・・戸籍上のだけど、料理が好きだったんだよ。うどんなんかも手打ちでさ。で、父親が数式で物事を考える人で。だから計算と味覚を合わせたら・・」 「いいご両親だったのね。ちゃんと哲人を形作ってくれた・・って言ったら語弊があるかもしれないけど、きちんと哲人の人生を形成してくれたんだよね、どういう理由があるにしてもさ」 「・・」 「やっぱせめて一度は挨拶に行きたいな。今度はオレが哲人の家族になるんだもの。こんなオレで安心してもらえるかわかんないけどさ」 「なお・・ひろ」 「んでバイトの話なんだけど、実は・・」 「直央!」 「な・・に・・っ」  不意に哲人が直央に抱きついてくる。 「直央!なおひ・・ろ」 「どうしたの?てつ・・!もしかして泣いてるの?どこかにぶつけた?早く手当しな・・」 「ちが・・。早くここから出てベッドにいきたいとは思うけど」 と、哲人が照れたように笑う。 「へ?」 「オレが許容したくてずっと出来なかったこと、直央のおかげで受け入れられる気がしてきたんだよ。正直、まだ少し時間がかかるかもしれないけど、でも問題を一つ乗り越えられそうだと思う。ありがとう・・愛してる」 「あっ、あっ、あっ・・やあ・・ん。そんなに・・舐め・・て。いや・・あっ!せ、背中・・・ぞくっときちゃ・・う」  直央を四つん這いにさせて、哲人はその背中に舌を執拗に這わす。 「な、なんで今日はこんな・・凄く感じる・・けど・・っ!」 「今日はその・・顔見たら照れちゃいそうだから。でも、ちゃんと愛するから。気持ちよくさせるから」  そう言いながら、哲人は直央のソレを握る。ソレは既に雄々しく屹立していたのだけれど。もちろん自分のモノも同様に。 「あっ・・や・・な・・んで。哲人・・らしくない。オレ、何か変なこといっ・・言った?」  哲人の執拗な愛撫に喘ぎながらも、直央は不安そうに疑問も口にする。 「違うよ。改めて貴方に恋したっていうか。何もかも委ねたい・・委ねられたいというか。家族でももちろんいいんだけど・・それで全然いいんだし本当にオレが欲しがってたのがソレ・・なんだろうけど。でも、パートナーっていうか・・そういうのは考えていなかった。オレには縁のないものだと思ってた、から」  自分が誰かをそういう感覚で受け入れたのは初めてだから。 (前にプロポーズした時は、今考えたら“勢い”だよな) 「これからも、いろいろあるかもしれないけど・・つうか既にいろいろやらかしちゃってるんだけど・・」  “自分”を受け入れて理解してくれるのは十分にわかっていたはずなのに、どうしても自分は躊躇してしまっていた。 『全てを、と言ったろ?直央さんを巻き込めないと思っている時点で、哲人の全てに直央さんは入りこめてないんだよ』 (せめて、この夏休み中にこの問題が解決すれば・・。だってもう・・離れられるはずがないから)  自分と、というより日向家と本気で付き合うことがどれだけ相手にとって“謂わば冒険”なのか。 (だから涼平も他人を拒絶するんだろうけど。でも、涼平はオレに関わらなきゃ普通でいられた、はず。日向一族の中ではそういう立場だったんだから。だから・・って考えちゃうけど、直央のことも) 「オレの全てを貴方に委ねることを許して。弱いとこも全部見せるから。・・それでも愛してほしい」  何度も言っているのに、何度も挫けてしまうこの想い。 「オレは哲人を世界で一番愛してるし、哲人が望むのなら何度でも言うよ、愛してるって」  “彼は”自分のワガママを許して受け入れてくれる。 「哲人が不安になると、オレも悲しくなっちゃうからね。ふふ、オレは哲人のことが好きすぎるんだ」  その言葉は“オレ自身の想い”なのに。 (好きだ!誰よりも大切にしたい。でも・・我慢できない) 「テレるんだけど・・貴方の顔見てもいい?」 「い、いいに決まってるだろ!オレだって哲人の顔をずっと見てたい!やっと夏休みに入るから、今までより哲人の側にいられるって思ってたんだからあ」  我慢できないとばかりに直央は身体を反転させる。その顔は真っ赤だった。 「ただでさえ、哲人の側には美男美女揃いでオレは焦ってんの!しかもみんな性格も最高なんだもの。・・ほんと哲人の幸せにオレが便乗してる感が半端なくて・・」 「貴方が幸せならそれでいい。貴方のそういう表情が・・」 と言いながら、哲人は恋人を抱きしめる。 「哲人・・」 「オレの幸せの源です。愛しています・・」 「は・・っ。あん・・・哲人・・当たっ・・」  そうして、直央の後孔に哲人のソレがうたがれる。何度も経験しているのに、ソレはとても心地よいモノ。 「あっ・・もっと奥・・まで。そっ、そこも感じる・・けど」  そう言われて、哲人は喜々として腰を動かす。 「ココだろ?一番感じるとこ。・・けっこう開拓できるも・・」 「や、言わないでよ!は、恥ずかしいんだか・・や、あん。そんなに擦ったら、中だけでイッちゃ・・」 「んもう・・ほんとに恥ずかしいんだから。哲人って、何でそんなに恥ずかしいこと言えるワケ?」  声音は恨めし気に、けれど表情はものすごく照れた感じで直央は問う。 「好きだから、だと思うよ。オレだって恥ずかしくないわけじゃないもの。だって、直央以外に言ったことないしね。そういうキャラでもなかった・・はずだし」 「んだよ、今の間。ほんとはそういうこと無かったわけじゃ・・」  つい、疑いの目で見てしまう。 「だって・・もしかして鈴ちゃんとの噂が立ってたのかもしれないけど、哲人のこと好きな女子は絶対にいたはずだもん」  中学の時の写真も見たことがある。幼いけど自分がソコにいたなら絶対に惚れてしまう哲人がそこにいた。 「鈴はその頃から女子にモテてた。下手したらオレ以上にね。・・オレはもうその頃にはいろいろあって周りを拒絶し始めていた。一族のものはただの反抗期だと思っていたみたいだけどね」 「じゃあ、やっぱ哲人は天然なのね。不安だな・・。オレも哲人みたく株でどうこうできるくらい頭が良かったら、外でバイトしようとか思わなくて済んだんだけどな」 「バイト・・したいの?」  母子家庭で一人暮らししている大学生なら、普通はバイトをする。 そんなことはわかっていたはずなのに、哲人の心の中はざわめく。 「鈴ちゃんがね、あのラーメン屋でやったらって。あそこならウチから近いし、哲人も親しいんでしょ。安心してもらえると思って・・」 (・・あそこは・・普通じゃないんだぞ!鈴・・どういうつもりで・・) 『よかったら、直ちゃんを日向の・・中じゃなく近辺に置きたいんだ。・・哲人が嫌だと思っても、それが哲人を好きになった人間の宿命みたいなもんだよ。でも、直ちゃんなら大丈夫さ。ボクはそう思って直ちゃんを認めたんだ。・・離れられないのなら、受け入れなよ』 (・・くそっ!)        To Be Continued

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