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第20話
「で、夏休み初日にわざわざ登校して、そんなにムスッとした顔で校内を見回りしているわけですか。どんだけヒマなんですか、哲人先輩」
「オレが決めたことだからな。教師にそこまで負担を強いたくもない。みんなが楽しく過ごせるように、生徒会も努力する。それを最初にキミらに宣言したのはオレなのだから」
「楽しく、って・・」
一宮奏(いちのみやかなで)は憮然とした表情のままの日向哲人(ひゅうがてつひと)の顔を見上げながら、言葉を返す。
「貴方がそういう顔してたら、皆が不安になるだけだって先日言いましたよね、オレ。愛想笑いしなくてもいいんで、せめて学校にいる間は普通に生徒会長でいていただけませんか」
「・・わかった」
と、哲人は一言だけ答えて、一宮に身体を近づけてくる。
「!な、なんですか!」
哲人の思いがけない行動に、一宮は驚きそして顔を赤くする。
(な、何だってんだ・・。ただでさえ美術室に哲人さんと二人っきりっていうシチュに、本当はオレの心が落ち着いてないっていうのに)
彼が今日学校に来るのは知っていた。夏休みは毎日生徒会役員がローテーションで登校し、校内の見回りと雑用と生徒からの要望を聞く・・という計画を 哲人が公式に発表したから。
「や、まさか一宮がここまで絵が上手いとは思わなかったから。一応、全教室を見回る予定だからここに長居するわけにはいかないんだけど、結構綺麗な絵を描くんだなってつい・・ん?どうした、顔が赤いぞ」
「あ、あのですね!・・っ!」
哲人のその言葉に、一宮は思わず筆を落としてしまう。
(わかってたけど!そういうとこも好きだけど!うんもう・・この人を一人にしちゃダメだって、鈴先輩!無自覚天然すぎて危ないよ・・)
「大丈夫か?大事なものなのだろ、ほら」
しょうがないなというように、哲人が筆を拾う。
「ありがとう・・ございます。てか!」
「なんだ?」
つい叫んでしまった一宮の顔を、哲人は不思議そうに見る。
(だ、だからそういう表情が反則なんだよ!っとに、この人は・・クールキャラのはずなのに何でこんなに可愛い・・)
「まさかと思いますが、オレの気持ちを無視してませんよね?」
「ん?」
「!」
哲人の表情が本気で「?」というものになっているのを見て、一宮はがくっと肩を落とす。
(こういう人だよ、哲人さんは。頭も顔も性格も抜群にいいのは認める。この人への想いも変わらない。けど!)
「オレは貴方に恋してるんです!ぶっちゃけ、だから今日学校に来ているんだし」
何度も自分の気持ちは言ったはずだと思う。自分の想いが叶わないことも承知で。
(通じていないはずは無い。彼氏さんのいる前でも言ったんだし。そこまで眼中にないってことか?・・くそっ!)
「もしかしてオレに会うために登校したってことか?まあどういう動機にしろ、ちゃんと部活やってるのなら別にいいさ。確か2週間後がコンクールの締め切りだったな」
「っ!?・・・知って・・」
虚を突かれて、一宮の身体が中腰状態になる。
「大丈夫か、その体勢は疲れるだろ?」
「・・貴方は・・はあ・・・なんで・・」
哲人のその言葉に、一宮の身体の力が抜ける。そのまま体勢が崩れ前につんのめりそうになる。
「ばっ・・危ない!」
「っ!」
慌てて哲人は一宮の身体を支える。
「だ、抱きしめ・・」
「何やってんだ。せっかく綺麗に仕上げたその絵に傷がつくところだったぞ」
(だ、だから顔近っ!。それにいつまで抱きしめて・・くそっ、力が入らな・・)
「どうした?暑さにやられたか?一人だからって遠慮せずにエアコンつけていいんだぞ」
「・・オレを殺しにかかってきてるのは貴方でしょうが。っとに・・彼氏がいるくせに他のオトコをいつまで抱きしめているんですか、哲人先輩は」
なんとか足に力を入れ直し、一宮は自分から哲人の腕を振りほどく。名残惜しいと思ったけど。
「ふう・・彼氏さんの行動にはいちいち嫉妬するくせに、自分は平気でこんなことするんだから・・。オレが恋人だったら、貴方こそ危なっかしくて家から出したくないですよ」
「オレは、オマエを助けたつもりなんだけど・・何でそこまで言われなくちゃいけないんだ?」
困惑気味の哲人の顔に、今度は一宮が近づく。そして唇を触れさせようとして、寸前で止める。
「!」
「・・ こういうことですよ。ただ、ここで本当にキスしたら貴方はオレを許さないでしょう。オレは本気で貴方に恋していますけど、貴方と彼氏さんの仲の良さも目の当たりにしてるし、なにより彼氏さんのお母さんには昔からお世話になっていますんでね。だからこそ理性が働くし、貴方の優しさも理解しているつもりですけど、けっこう生殺しは辛いんで不用意にオレに触らないでもらえますか。・・ほんと泣きたい気分なんですけど」
あの4月のレクリエーションの時以来のセカンドキスを寸前で諦める辛さを恐らく哲人は理解できないだろうなと思いながら、一宮はため息をつく。
「一宮なら普通にモテるだろうにそこまでオレに固執する事も理解できないよ。ちゃんとオレと直央を理解して受け入れてくれるし・・」
と哲人が言うのを聞いて、蹴とばしたい気分になる。
「オレの目が貴方に向いてるってのは理解してくれてます?オレも別にゲイでもホモでもないんです。けど、男の貴方がかっこいいと思っちゃって、likeじゃなくてloveな想いになっちゃってるんですよ。貴方を思いきり抱きしめたいって気持ちをやっとの思いで抑え込んでいるんです。貴方が直央さんしか受け入れないっていうのを・・わかっているから」
本当なら一番受け入れたくない事実。自分も何人もの女性を振ってきたし、何より自分は愛人の子だ。
「ままならない恋愛を、それこそ生まれる前から身近に感じていた。オレの知る限りでは、哲人先輩も似たような境遇のはずです。直央さんも、ね。・・それでも貴方が好きなんですよ。貴方を理解して貴方を愛しているのは、おそらくオレも・・鈴先輩も同じはずですけど、直央さんは貴方に必要とされているから貴方に愛されているのでしょう?・・それがわかっていても貴方から離れられないんです。恋心以外にも、貴方に魅かれるものがあるから」
生徒会副会長の笠松鈴(かさまつりん)が哲人に幼馴染以上の想いを抱いていたのは、一宮にもわかっていた。
「鈴先輩にも言われてるはずですけど、もうすこし自分自身のことにも思いを向けてください。オレらは別に貴方と直央さんの仲をどうこうしたいわけじゃない・・なのにそんな風に貴方が行動するから・・オレは・・」
何度でも思い知らされる。自分の好きな人の一番大事な人は自分ではないのだと。
「ただ、貴方に対する印象は変わりつつありますけどね。先輩って、もっと完璧な人だと思ってた。や、超人だとは今でも思いますけど・・案外可愛いなって」
「へ?オレが可愛い?・・直央じゃなくて?」
(はあ・・どこまでも恋人バカなのね、この人)
哲人のその反応に一宮は苦笑する。
「直央さんは確かに顔は可愛い系ですけど、オレ的には貴方を抱きしめたくなるんですよ。ほっとけないタイプだと思います。けど、頼りにしたい存在なのは否定もできないし。ぶっちゃけ面白いです、哲人先輩は」
「オレが・・面白い?」
初めて言われたと、哲人は困惑する。が、相手の表情からバカにされているわけではないみたいだと思い、哲人はとりあえず微笑んでみる。
「・・そういう反応がズルいっていうか、好きだと思っちゃうんだよなあ。直央さんも多分そうだと思いますよ。どうせ、また彼と喧嘩したんでしょ?普通にしていればいいだけだと思うんですけどねえ」
「普通ってどういうのが普通なんだよ?オレは存外自分が不器用なんだって気づいたから、どういう行動がいいのかわからないんだよ 。鈴や涼平にもよく言われるけど・・」
「どこが不器用なんです?や、ある意味そういうとこがあるとは思いますけど、ちゃんと周りに気を配れる人じゃないですか。コンクールの締め切り日まで先輩が知ってるのはマジで驚きですよ」
「各部の年間の行事などは把握している。勉強との両立をしてもらわないといけないからな。今日はオマエ一人なのか?」
「言ったでしょう」
と、一宮は薄く笑う。
「哲人先輩が登校するってわかってたから来たって。もう一人先輩推しのヤツがいるんですけど、残念ながら夏風邪ひいたそうで。あ、ソイツはほぼ絵は仕上がっているんで大丈夫です」
「オレ推し?」
どういう意味だと哲人は怪訝そうな表情になる。
「や、そのまんまの意味です。ちなみに生野先輩推しの部員は、今日のイベントに当選して行ってますよ。明日は涼平先輩の当番日でしょ?うちの部長、あの人のファンだから明日は来るって言ってました」
「ファンて・・アイドルじゃないんだから。いくらモテるって言っても・・」
「何言ってんですか、普通の学校だったらとっくにファンクラブできてますよ。生徒会の皆さんはそろって美男美女なんですから。ただ、うちみたいな学校だとモラルの観点から必要以上に問題にされてしまうんで、そういうのは控えるように鈴先輩に言われているんで、みんなも抑えているんですよ。たださえ、生野先輩が芸能人になっちゃったことで保護者の一部は煩くなってますからねえ」
「鈴がそんなことを?・・知らなかった」
と、哲人は驚く。
「あの人はアニメの関係者でもあるようですからね。そういう根回しは哲人先輩には無理でしょうし。つうか、そういうミーハーなことをできる人も限られていますよ、この学校で成績を落とさずにいるのは結構しんどいですからね」
と、一宮は肩をすくめる。
「そういう姿を生徒会役員自身が見せているからこそ、みんなもそういうのは自覚してんですけどね。哲人先輩と生野先輩に恋人がいるのは承知してますし」
それでも自分と同じように真剣に恋をしている生徒もいるだろうと一宮は苦笑する。
「カリスマ性と行動力、そして知性の塊のような貴方は素敵だし、でも人間味もありすぎて・・やっぱ好きなんです。けど、無理に迫る気もないんです。貴方にこれ以上悩まれると、こっちが困っちゃいますからね」
「・・もしかして、オレが一番わかってないのか?オレってバカすぎ?」
生徒会室に戻って、哲人は机に突っ伏す。
『直央さんは貴方に必要とされているから貴方に愛されているのでしょう?・・それがわかっていても貴方から離れられないんです。恋心以外にも、貴方に魅かれるものがあるから』
「オレに何があるっていうんだよ。鈴や涼平に助けられてばっかで、直央とは喧嘩ばっかで。はあ・・って、こういう姿を他の生徒に見せるわけにはいかないんだよな」
とりあえず、パソコンを立ち上げる。
「秋の行事の予定を少しでも詰めておかなきゃな。鈴と生野は秋には益々忙しくなるだろうし・・。一学期の期末試験が終わった直後に文化祭なのに・・理事会の承認を得るのに時間がかかりすぎたから、用意が大変・・あ・・れ・・画面が見・・」
「・・さん・・哲人さん・・先輩!」
声が聞こえる。その匂いと気配から自分のいる場所が保健室だと、哲人は察する。そして、自分に語り掛けているのが一宮だということも、その声で知る。
(もしかして倒れたか?くそっ、オレとしたことが。何で一宮が生徒会室に来たのかわからないが、他の人間よりはマシか・・。けど、みっともないし情けないことには変わりない)
「す・・まない。また迷惑を・・」
「そう思うなら自重なさってください。一番働いていらっしゃるのは、哲人様・・貴方なのですから」
思いがけない声が聞こえて、哲人の心臓がドクンと跳ねる。
(な・・んで、なんで勝也さんが、ここに・・)
「哲人先輩を保健室に運んだのは勝也さんなんです。オレはこの人を校内で見かけて後をつけ・・じゃなくてたまたま生徒会室の前を通ったら、勝也さんが先輩を抱きかかえていたんです」
少し顔を赤くしながら一宮が答える。
「は?何で勝也さんがここに。いくら夏休みだからって・・夏休みだからこそ部外者が簡単に生徒会室まで入ってくるってのは・・」
「申し訳ございません、哲人様」
と、日向勝也(ひゅうがかつや)は頭を下げる。が、その声音も仕草もあくまで優雅なソレ。
「一応、校長先生と先ほどまで面談をしておりまして。哲人様が登校なさっているとお聞きしましたもので、挨拶をと思い生徒会室まで来たら倒れておられる哲人様を発見したのです」
「校長先生と面談て・・?」
いったい何を言っているのだろうと首をかしげる。その途端軽い眩暈に襲われる。
「っ・・くっ」
「無理はダメですよ、哲人様。せめて1時間ほどはここでお休みなさってください。鈴はイベント中、涼平は出張中ということで無理ですが、亘祐くんには後で学校に来てもらうように連絡しましたから。その間は私が付いてますね」
そう言いながら勝也は哲人の髪をさっと撫でる。
「っ!・・か、勝也さん・・人前でそんなことは。オレももう子供じゃないんですから」
「大人ならもっと自分自身に気を付けることができるはずですよ、哲人様。他人に迷惑をかけたくないと思っていらっしゃるのでしょう?ご自分に余裕を持てないでいる人が、他の生徒の模範になどはなれませんよ。頑張っている姿を見せるのも大切ですが、それに充実した内容が伴っていなければ、ただの空元気としか受け取られませんから」
そう諭すように勝也に言われ、哲人は横を向く。
「バカ・・みたいに見えますか?」
「うん?」
「オレは自分を買いかぶっていた・・つもりはなかったけど、勝也さんからはそう見えますか?オレは他の生徒に自分を頼ってくれと何度も言いました。実際に何度も相談事を受けています。この学校はそれまで上級生と下級生の交流すらなかった。生徒会もただ名ばかりで。それを根底から覆したかった。というか普通の学校にしたかった」
哲人は淡々と話す。
(あれ?何かいつもと様子が違わないか?哲人さん・・)
と、一宮は思った。
「琉翔さんから聞いていますよ。貴方はちゃんと実績を残していらっしゃる。だからこの学校の新入生の数も去年より増えたのでしょう?受験生への説明会での貴方の態度が高く評価されたのは、この何か月かの1年生からの貴方への態度で貴方もわかっているはずです」
そう言いながら、勝也は横を向いたままの哲人の顔を覗き込む。
「っ!」
「そういう貴方に、貴方が愛している男性も魅かれた。そういつもお相手の方から言われているのではありませんか? そしてこういう弱い貴方も彼は見ているのでしょう?なのに貴方が安心できないでいるのは、焦ってしまうのは貴方が自分自身をちゃんと肯定できていないから。人に認めてもらいたいのなら、まずご自身が受け入れてください」
「でも・・オレは・・貴方もご存知の通り・・その・・」
と、哲人は訴えるような眼差しを勝也に向ける。その目は一宮が思わず目を疑ったほどに不安そうなソレだった。
(哲人さ・・ん?)
「哲人様が幼少の頃よりお側にいて、哲人様の事情も十分に私は存じております。そして、私が日本にいない3年の間に哲人様はこんなに成長なされた。それは哲人様ご自身の努力と才能、そして鈴や涼平たちの助力によるものでしょう?彼らがどうでもいいモノのために命を張るような人ではないこともわかっているはずです。直央さんも本気で哲人様を愛し哲人様と生涯を共に、と常々話されているというのにそれらを無下にするというのですか」
「勝也さん・・」
「どうしても一人で答えを出せないというなら、その不安も悩みも誰かと共有すればいい。哲人様の側にいるのはそういうことも受け入れられる素晴らしい仲間です。もちろん哲人様の愛しているお方もです」
「ああ・・」
「もちろん彼らはそんな単純な人たちではない。それぞれに抱えてるものは一般人の比ではありません。その彼らが自分の人生を託せるのは哲人様なんです。その想いを無下にしてそれこそ学校改革なんてできないでしょう?」
「・・」
(もしかして・・哲人さん泣いてる?まさか・・)
「ともあれ、疲れは焦りと不安を生みます。今は一度お休みなさっては?・・甘やかしているわけじゃないですよ、貴方を信じているからこそこうやって優しくするのです」
「哲人先輩・・寝ちゃったんですか?」
いつの間にか再び目を瞑っている哲人を見て、一宮はそっと勝也に聞く。
「ふふ、この寝顔は昔から変わらないです。・・本当にあのままでいられればよかったのだけど」
それでも直央と“再会し”同じように愛せたのか?と“8年前を知る”男は薄く笑う。運命を変えることができないというのなら、多分そうなるのだろうなと思いながら。
「勝也さん・・すいません、敢えてこう呼ばせてもらいます。貴方も・・日向の家を嫌っているようでしたから」
「キミのことだから私のことも “多少は”調べたのでしょう?けれど、ね」
勝也は哲人の髪を撫でる。とても愛おしそうに。
「哲人のことは本当に可愛いのですよ。この子は、自分の恋人のことばかり心配しているみたいだけど、一番危ないのは自分自身だって気づきゃしない」
「愛しているのですか・その・・恋愛的な意味で」
ついそう聞いてしまう。自分のためというより、哲人を守るためだと心に言い聞かせながら。
『ま、勝也さんにはあまり近づかない方がいい。これはオレからの忠告だ』
(だって日向の人間である佐伯先輩がそう言うんだもの)
「ふふ、それはキミもでしょう?けれど、哲人は“ちゃんと自分の意思で”伴侶を選んだ。それこそが私の望んだ“哲人の生き方”です」
おそらくは哲人の本当の両親も望んだこと。もしかしたら今度こそ“自分の命をかける”ことになるかもしれないけど。
「貴方と哲人先輩は兄弟だと錯覚できるくらい似ています。けれど、オレが調べた限りでは・・まあ日向家の牙城はオレ程度では崩せませんが・・哲人先輩に直接の血縁者はいないはず。貴方は哲人先輩の何なのです?」
答えを期待せずに聞く。一番哲人の身近にいたはずの鈴ですら知らない、おそらくは日向一族の最深部。哲人の出生の秘密に繋がる事柄のはずなのだからと。
「・・一宮くんの立場で哲人に恋をしたというのも、何かの縁なのでしょうね。特にキミは・・」
自分と似た境遇だと心の中で笑う。それを口に出す気もないのだけれど。
「哲人と違う意味で怖い存在ですよ。私に近づくなと忠告されているのでは?・・そんなにキミの好奇心を刺激しましたか?哲人と似たこの顔は」
「!・・貴方という人は」
安い挑発だと思っても、どきんとする。
(どこまで何が本気なんだよ、この人は)
哲人のクールさに落ち着きを加えたらこんな顔になるんだろうなという顔。が、滅多に自分たちには笑った顔を見せない哲人に比べて、勝也は柔和な笑顔を向けてくる。
(大人なのに人懐っこいというか、大人だから余裕があるというのか。だから哲人さんも素直に言うことを聞くのかな)
「哲人先輩の顔だけに惚れるような人間なら、貴方は即排除するでしょう?特にオレは一宮の家でも危険分子です、ある意味。けれど利用しがいはあるでしょうね、貴方の立場なら」
自分としては本音を言ったつもりだった。自分のこともよくわかっている。
「兄2人より、オレの方が父に似ている。業界では有名な話です。自分でもその自覚はあります。けれど、所詮はオレは愛人の子です。自力で成り上がることを求められているし、それしか自己を確立する方法が無い」
「実際、16歳でキミは立派に経営者だ。一宮の会長は“本物”を好む方。人を見る目も確かです。それに、キミは哲人にきちんと意見を言える人です。日向一族以外では稀な存在だと思いますよ」
何か、勝也は嬉しそうだと一宮は思った。
「哲人先輩のことをそんなに気にかけているのなら、なぜ哲人先輩の頼みをスルーするのです?普通に接してほしいと先輩は言っているのに、貴方はワザとらしいほどに丁寧な物言いになる。同じ日向の直流ですよね?今だって呼び捨てにしているのに・・」
「私の立場がそうだから、ですよ。鈴や涼平と同じようにね。あの二人には普通の高校生をやっていてほしかったといのが本音なんですよ」
「・・“普通の高校生”?それって、オレに言っていいワードなんですか?」
そう困惑気に聞く一宮の肩を、勝也はぎゅっと掴んできた。
「か、勝也さん!?」
「可能な限り哲人の側にいてあげてください。もちろん、直央さんとの仲を壊してもらっては困りますがね。キミの言うことなら、哲人は比較的素直に聞いているようですし」
「っ!・・それって、オレにとってはただの生殺しじゃないですか」
掴まれた肩になぜか心地良さを感じながらも、一宮はつい口を尖らす。
「思っていたよりも可愛いところがあるんですね、キミは。昔の哲人と似ています。・・会えてよかったですよ」
そう言って微笑みながら、勝也は一宮に顔を近づける。
「ど、どういう意味・・っ」
「言ったとおりですよ。忠告されていたのに、キミは私を調べた。後までつけて・・単純に好奇心だけでないのでしょう?この私に仕掛けてきたのですから、それ相応の覚悟ができているはずですよね?」
「何をしている!」
突然、保健室の戸が開き男性の声が響いた。
「勝也さん!貴方はなぜここにいるんです?ウチの生徒に手は出さないでください!」
「佐伯先輩、違っ・・」
声の主に一宮は慌てて否定しようとする。が、それを勝也が遮る。
「勝也さん?」
「鈴と涼平がいなくても、キミがいるから安心ですよ、亘祐くん。・・今の騒ぎで哲人様が起きてしまったようですね。まあ、かなり休められたとは思いますが。あまり保健室にいても他の生徒が変に思うでしょうし、頃合いをみて生徒会室に連れて行って、時間がきたらマンションに連れて帰ってください」
「な、何を言っているんですか!哲人は倒れたんですよ。今すぐ病院へ行くか、自宅に・・」
「ダメですよ、亘祐くん」
と、勝也はたしなめるように亘祐の言葉を遮る。
「っ!な・・」
「それにここで大声を出さないでください。今日は・・」
と言いながら、勝也はチラと一宮の方を見る。
「?」
「今日は哲人様が登校なさっているということで、いつも以上にある意味浮かれている生徒もいるようです。哲人様が倒れたという事実を知られただけでも、今後の生徒会運営に影響があると思われます。哲人様がご自分で望んでおられるような生徒会と学校にしたいのなら、少なくとも当初の予定時間・・16時ですね、それまではせめて生徒会室にいるべきだと」
「やっ・・そういう問題じゃないでしょう!なにより哲人の身体の具合が・・」
「自分の理想に他人を引き入れたいのなら、それに伴うリスクも自己で解決すべきです。哲人様はそれができるお方・・ご自分でもその自覚がおありだから、多少のムチャもなさっているのでしょう?」
勝也の表情はあくまで柔和。が、その声音は有無を言わせない何かがあると一宮は思った。
「・・ぅ・・っ・・もしかして亘祐を呼んだの?ダメだよ、亘祐は千里さんと一緒にいなきゃ。恋人同士は離れちゃいけないんだ。ただでさえ、千里さんには直央のことでも迷惑かけているんだから」
哲人が起き上がって、亘祐にそう声をかける。
「哲人!無理すんなって。オマエが倒れるなんてよっぽどの事だろうが」
少なくとも自分は見たことがなかったと、亘祐は思った。あの3年前の入院の時以外は。
「あの時に何があったのか、オレは正直知らない。鈴や亮介が知ってることなのに、親友のオレが知らされない・・けっこう屈辱だった。けれどオレが哲人にとって“そういう存在”だと琉翔さんに言われたから。オレがいるから哲人を本家から出せたんだって。だから・・」
「はあ?」
思いがけない亘祐の言葉に、哲人の頭が追いつかない。
「琉翔・・さんに何言われたんだよ。つうか、あの人の言葉なんて無視し・・っ、頭痛い」
そんな哲人に勝也が話しかける。
「琉翔さんは、亘祐くんの日向一族内の立場も慮ったのでしょう。哲人様にも、できるなら普通の人生をと思われていたでしょうから。哲人様は不本意かもしれませんが、哲人様を思ってみんな動いて・・考えているのですよ。哲人様がこの学校のことを考えていると同じように」
勝也の表情が真剣なものになる。
「私もこの学校の卒業生ですからね。ココを変えることの大変さを理解しているつもりです。・・亘祐くん、哲人をお願いします。キミは一宮くんのことも認めているようですからね。人を見る目はあると思います」
「哲人・・本当に帰らなくて大丈夫だったのか。や、確かに初日からリタイヤするのもアレだけどさ」
ゆっくり歩く哲人の後ろを、亘祐がついていく。
「勝也さんの言ってることは正論だよ。オレが言い出したことなのに、初日からリタイアしたらオレはそこで見限られる。・・3年前のことは・・悪いと思ってる。何度も病院に来てくれたことも知っている。・・それでもオレに変わらない態度で接してくれてること、本当に感謝してる」
振り向かないまま、哲人は言葉を必死に紡ぐ。幼いころから一番身近にいた同性の親友に。
「言える範囲で言えば・・オレの“良心”を支えてくれる存在だって位置づけていた。・・千里さんの存在を疎ましく思ったことも正直あった」
「哲人!」
亘祐が廊下で叫ぶ。
「言うなって・・わかってるから・ ・言うなって」
自分の立場が哲人を“外から支える”というものだということは、なんとなく理解していた。
「自分が“特別”だとは思っていない。確かに空手の有段者だけど、鈴や涼平よりは断然弱い。おまけにこの目だ。千里の優しさが無ければ、ただの役立たずだと思っていた。・・そうだな、オレの一番は今は千里だ。だから、哲人が直央さんとつきあい始めたことにホッとした。オレのためにも千里のためにも、哲人のためにもいいことだと。でも、オレは一生、哲人の一番の親友でいたい。哲人が一番安心できる存在でありたいんだ」
鈴と涼平の立場が自分の踏み込んではいけない領域なのだろうということは、なんとなく感じていた。それでも自分も同じ日向の一族ではあるし、幼いころから哲人の一番側にいたという思いがある。
「つか、オレの方が先に恋人が出来たんだからな。つまり恋愛に関しちゃ先輩なんだ。もっと相談しろよ、オレに。コレに関しちゃ、流石に鈴も涼平にも頼れないだろ?」
「まあ、アイツらは交際を申し込まれても軒並みフッてるだけだからな。てか、先にったってほんの一か月ほどだろうが。オレの方が先に相手に出会ってんだし!」
なぜか哲人がムキになって反論する。そんな彼を見て、亘祐は思わずフフっと笑ってしまう。
「んだよ、子供みたいに。つうか割りに元気じゃん。保健室じゃ結構死にそうな顔してたのに」
「オレは責任者だからな、この学校改革の。やっぱ弱いとこは見せたくないんだよ。・・でも亘祐が来てくれてよかったよ。ここまで自分が弱ってたとは思わなかった。確かに亘祐ならわかってくれる部分があるからな」
哲人は照れたように笑う。
「ありがとう、オレの親友でいてくれて」
「は?何をいまさら・・」
困惑する亘祐の手を、哲人はギュッと握る。
「!」
「オマエがいなきゃ、オレはもっとギスギスとした人生を送っていたはずだ。直央とも付き合えなかった。亘祐だけだよ、オレにそんな人生をくれることができたのは」
「そ、そう言ってくれるのは嬉しいけど、ちょっとこのシチュはヤバイという・・」
亘祐が慌てて手を離そうとすると、前方から大きな叫び声が聞こえた。
「な、なに・・」
「ほらあ!やっっぱり佐伯先輩が来てる!」
「鈴先輩も涼平先輩もいない隙に、って考えると思ったんだよねえ」
「しかも手を繋いで。萌えるよねえ、今日登校して正解だった!」
あっけにとられる哲人たちに構わずに、女子生徒たちはキャーキャーと騒いでいる。
「佐伯先輩がネクタイ緩めてるのって珍しいわ。いつもは真面目な印象なのに」
「哲人先輩は相変わらずきっちりとしているんだけど、その対比がなんとも」
「何か“いかにも 幼馴染”って感じなのよね。でも、二人とも恋人がいるんでしょ?」
「恋人がいたって“仲のイイ幼馴染”には関係ないわよぉ。実際、ああやって私たちにまで仲の良さを見せつけているんだもの」
「えーっと・・あの子たちはオレたちを見て喜んでるわけ?もしかして」
「まあ・・そう・・なんだろうな。元々、オレとオマエがそういう関係なんじゃないかって噂は前からあったし」
と、亘祐は苦笑する。
「マジ!?」
「知らなかったのか?その過程でオレに恋人がいることまでバレちまった。まあ、千里に余計なことされなきゃソレは構わないんだけどな。でも、付き合い始めた経緯とかはあんま知られたくないなとは思う。千里のオレへの想いを変な風に曲解されたくないからさ」
試合中の事故で視力が低下した亘祐は失明の恐怖におびえていた。親友の哲人にも言えないその悩みを、ある事情で知り合っていた加納千里かのうせんりに知られることになり紆余曲折の上恋人同士になった。
「そこらへんの細かい感情は、千里のことをちゃんと理解している人じゃなきゃわからないことだから。ただのオトコ同士恋愛だとは思われたくない」
「あ・・まあそう・・だな」
哲人も大きく頷き、ともかくもと女子生徒たちに近づく。
「ごめん、オレたち生徒会室に入りたいんだけど、道を開けてくれる?」
と、哲人が声をかけると、彼女たちは直ぐに後ろへ下がった。
「すいませーん」
キャッキャッと言いながら、女子生徒たちは階段を下りていく。
「なんなんだアレは‥」
と、哲人が呆れたように呟く。
「オマエのファンだと思うけど?まあ彼女らにしたら近くて遠い存在だった生徒会長と、他の生徒会役員の干渉無しに触れ合えるチャンスだもんな。哲人はまあそういうこと考え無しに今回のことを決めたと思うけどね」
そう言って苦笑する亘祐の顔を、哲人は複雑そうな表情で見る。
「つまり・・真面目なだけだと思っていたオレが、実はオトコと付き合っていてその上頼りない・・と?」
やや拗ねたように哲人が聞く。少しは自覚あるのかと、亘祐は思わず微笑む。
「頼りない、は・・鈴たちが必死に隠蔽しているしな。や、一般常識的な生徒会長の職務は完全にこなしてるよ。けど、ウチの学校は普通と違う。ウチで“普通”のことは他ではいろんな意味で“凄い”ことかもしれない」
「つまり、どういうことだよ」
訳が分からないという風に哲人が聞く。
「哲人はちゃんとやってるってことだよ。んで、普通の高校生っぽいとこも見せてるし。だから、ああいう態度になんだろ?オマエの望む“楽しく高校生をやれる学校”には近づいてると思うぜ。なんだかんだで落ちこぼれてるヤツもまだいないんだろ?結構自由に過ごしてる割りにはさ」
「まあ・・な」
「オレたちが1年生の時の“勉強以外のことはやる必要がない”とかって風潮の頃とは違って、みんな普通に青春してんじゃん!けれど学力の質は落ちていない。教師の努力も凄いんだけど、オマエが引っ張ってそういう雰囲気を作ってるってのは誰もがわかってんだよ。・・焦んなっての」
そう言いながら、亘祐は哲人の身体を支えるようにして椅子に座らせる。
「そこまでしてくれなくてもいいって」
「まだふらついてただろうが。つうか、こんなとこ見られたらまた誤解されそうだけど、閉めたら閉めたで変な妄想されそうだから、ドアは開けておくぞ。窓も開けるから」
もあっとした空気が入ってくる。が、ドアを開けたままではエアコンをつけるわけにもいかない。
「とりあえず、飲み物買ってくる。お茶でいいだろ?」
「うん。・・ん?」
廊下から声が聞こえる。
「あのっ・・先輩たちに差し入れもってきたんですけど」
「あ・・さっきの1年生たち。わざわざ?つうか、オレの分もあんの?」
「・・はい」
と、答える女子生徒の顔が真っ赤なのは、部屋の中で座っている哲人にもわかった。
(この子は亘祐のファンかな?)
「哲人先輩の顔色がちょっと悪いなって、さっき思ったから。朝から外で作業してたって聞いて、熱さにやられたのかなって。だから、少しでも・・って思ったんです。好みがわからなかったからお茶にしたんですけど」
よかったですか?と聞く彼女の声は緊張のためか震えていた。
「・・構わないよ。キミは確か補習を受けるために登校したんだったよね。なのに、オレのことにまで気を使わせて悪かった。有難くいただくよ」
哲人としては自分たちをからかっているだけだと思っていた女子生徒が、しっかり自分の顔色まで見ていて、気づかってくれたことに結構恐縮していて、それでも精一杯の愛想を返したつもりだった。が、彼女の顔はみるみる歪んでいく。
「ど、どうしたの!」
側にいた亘祐が慌てて声をかける。その様子に少し離れたところで見守っていたらしい他の女子生徒たちが駆け寄ってくる。
「この子、本当に哲人先輩のことが好きで。もちろん私たちもですけど・・とにかく先輩が辛そうだって言って直ぐに自販機まで走って。多分、まさか先輩が私たちの予定まで知ってるとは思わなくてそれで・・。私たちもびっくりしたもの」
「や・・キミらってB組だよね?一応、先生から補習を受ける生徒の氏名は聞いておいたんだ。何か事故があった場合、少しでも早く対応できるように、と」
「え?」
と、女子生徒が驚いたように口を押える。
「入学式でキミらの保護者にも約束したからな。この3年間に後悔は残させないと。出来る限りのことはしようと思っている。って、結局キミたちに心配されてるから偉そうなことは言えないんだがな」
と、哲人は苦笑する。
「とにかく、この差し入れは貰うよ、本当にありがとう。気をつけて帰ってね・・それからその・・ごめん」
「!」
「て、哲人!」
「“今日のオレを”一番救ってくれたのはキミなのに、オレの“好き”はどうしても違う人に向いてしまうから。なのに、オレたちに頼ってほしいとか言って・・勝手だなとは思う。でも・・っ!」
それ以上どう言葉を続ければいいのかわからなくなり、哲人は目で亘祐に助けを求める。
「いいんです!先輩の彼氏さんてすっごい可愛い・・って言っていいかわからないけど、先輩とお似合いな人だなって思ったし」
女子生徒は少し笑いながら、そう哲人に告げる。何度か二人を見かけたと。
「哲人先輩が幸せそうだったから、まあいいやって本気で思ったもの。でも、学校にいるときは私たちのことちゃんと気にかけてくれてるってわかったから、私たちはそれでいいです。失礼しました、帰ります。無理はしないでくださいね」
「あれでよかったのか?結構傷つけたと思うんだけど・・」
困惑気な表情で、哲人は亘祐に聞く。
「とりあえず、哲人の思いは届いてるよ、彼女に。つうか、何人もフッといて今さら何を悩んでんだよ。悪いと思ってんなら、秋の文化祭を少しでも盛り上げれるように計画しろよ」
自分もパソコンの画面を見ながら、亘祐は答える。
「女の子から見ても、やっぱ直央さんて可愛い顔なんだな。つうか、なんだかんだでオマエ隠す気ないだろ。デートの目撃情報多いぞ」
「直央が可愛いのはその通りだけど、デートってわけじゃないぞ。多分夕飯の買い物してるときが殆どだから」
「・・何で今からそんなに所帯じみてんだよ。大事にしたいのはわかるけど、直央さんだってまだ大学1年生なんだから、どっか出かけたいだろ。もしかして今日も部屋に閉じ込めてるわけ?」
「オレは別に直央の行動を制限してるわけじゃないぞ。今日はお母さんと墓参りに行ってる。夜は何時に帰ってくるかわからないけど」
そう言いながら、哲人は差し入れのペッボトルのお茶を飲む。
「けっこう美味いなこれ」
「今度彼女に会ったら伝えといてやるよ。哲人が喜んでたって」
「余計なことはすんなよ。てか、千里さんはどうした?いくら勝也さんに言われたからって、オレより彼氏を優先させたいだろ、オマエだって」
「嫌味か。千里も実家に帰っているんだよ。オレが訪ねていくわけにはいかないからな。まあそれはともかくとして、何で勝也さんが学校にいたんだ?オマエが呼んだんじゃないんだろ?」
「校長と面談してたって言ってた。何のことかは教えてくれなかったけど」
保健室での出来事を思い出す。
「きっちりとしたスーツ姿だったからな。雑談とかじゃないとは思う」
「あの人って、ほんと隙がないよなあ。哲人も後10年ほどしたら、ああなるわけ?一宮も、そんなこと前に言ってたんだけど」
「知るか!どうせ無理だと思ってんだろ。オレにはあんなカッコ良さも思慮深さも、余裕も無いからな」
哲人は憮然とした表情で答える。
「顔は似てんだから・・。つうか、今日のことでわかったろ?焦らなくていいって。だいたい・・オレが言うのも何だけど、同性の恋人の存在まで認知してもらえるのって普通無いぜ?」
「!・・まあ、それは・・」
「はっきりいって、オマエは恵まれてんだよ。なのに、何で直央さんと喧嘩しちゃうのさ。しかもそれで自分を追い込んで体調も悪くして」
アホかと、亘祐は小さく笑う。
「わかってるよ・・・でも・・オレは日向の家での立ち位置もはっきりしないんだ。なのに鈴が・・」
『よかったら、直ちゃんを日向の・・中じゃなく近辺に置きたいんだ。・・哲人が嫌だと思っても、それが哲人を好きになった人間の宿命みたいなもんだよ。でも、直ちゃんなら大丈夫さ。ボクはそう思って直ちゃんを認めたんだ。・・離れられないのなら、受け入れなよ』
「オレが好きになったばっかりに、って思いがどうしても拭いきれないんだ。直央はそれも受け入れてくれるけどね。なのに、直央のバイトすら許容できそうにない。自分が日向の家から完全に離れられないのに、直央をこれ以上あそこに近づけたくない。矛盾しているのもわかっているのに、オレの頭の中は迷ってばかりなんだ」
「哲人の気持ちはわからないでもないけど・・オレも日向一族の一員だからな。まあ、オマエより楽な立ち位置ではあるし、それで千里との交際も左右されないと思っている。向こうの親にバレたらわからないけどな。頑張るし、諦めるつもりもないけど」
「亘祐・・」
「でも、鈴がそう言うのなら大丈夫な案件だと思うぜ?鈴は・・誰より哲人を理解している。それこそ小さい頃から。それに勝也さんも言ってたろ」
『琉翔さんは、亘祐くんの日向一族内の立場も慮ったのでしょう。哲人様にも、できるなら普通の人生をと思われていたでしょうから。哲人様は不本意かもしれませんが、哲人様を思ってみんな動いて・・考えているのですよ。哲人様がこの学校のことを考えていると同じように』
「ずっとこの状態が続くわけじゃない。哲人だって自立できるだけの環境は自分で整えてるだろ?・・でもさ」
と亘祐は複雑そうな表情になって言葉を続ける。
「琉翔さんなりにそれぞれの立ち位置を考えてくれてたんだと思うんだ。今は準備期間だと思えよ。んで、おもいっきり生きろよ。せっかく運命の人に出会えたんだから。直央さんのお母さんも、そういう哲人の立場も理解してくれてんだろ?これ以上の太鼓判は無いぜ?」
「でも・・」
「周りは受け入れてんだ、“哲人自身”を。自分を理解できないでいるオマエそのものを。それでも好きなんだよ、大好きなんだよ。離れたいとは思わないんだ。利用しろよ、日向の家をめいいっぱい。それは哲人だけに許された特権だ」
「・・まだ直央さんは帰ってこないんだろ?部屋に着いたらオマエは寝てろ。その間に夕食の材料はオレが買いにいくから」
「いや、いくら何でもそこまで亘祐にさせるわけにはいかないって。何か冷蔵庫にあったはずだし・・」
「何かって何だよ。つうか、直央さんと付き合い始める前は、二人でよく料理作ってたじゃん、まあ、オレも最近では千里に作ってもらう方が多くなってたけどさ」
少し照れたように、亘祐が言う。
「千里さんもそういうとこマメそうだもんな。亘祐も幸せそうでよかったよ」
「それはお互い様なんだけど。てか・・何かいい匂いしないか?これって、その・・哲人の家の料理の匂いに似てね?」
「へ?」
まさか、と思う。そして、なぜか泣きたくなる。
「う・・そ」
自分の部屋のドアにカギを差し込もうとした瞬間、ガチャッという音がしたので慌てて後ずさりする。
「あっ、やっぱ哲人だあ、おかえり!・・あれ、亘祐くんも一緒だったの?ふふ、千里が実家に帰ってるから?まあ、とにかく入ってよ。亘祐くんなら哲人のお母さんの味知ってるよね?よかったら味見してよ」
一気にそう捲し立てられ、哲人も亘祐も面食らう。
「直央・・もっと遅くなるんじゃなかったの?灯さんと夕飯を一緒に食べてくるって・・」
「母さんはなんか仕事があるって。つうか、オレがあんましソワソワしてるから呆れただけかもしれないけどね。とにかく、早く帰れって言われちゃったから、帰ってきたの。で、夕飯の下ごしらえしてたの。これぞおふくろの味・・的なものが出来た気がしたんだけど、ちょっとこの煮汁の味を試してみてよ」
そう言いながら、直央は二人を部屋に招き入れる。
「おふくろの味ってまさか・・」
「哲人が前言ってた味ってこんな感じじゃないかなって。母さんに付き合ってもらって、いい削り節を手に入れることができたから試してたんだよ」
茶碗に煮汁を少量入れて二人に勧める。
「・・多分、こんな感じだった気がする。つうか、マジ美味い!な、哲人?」
「う、うん・・」
「ホント!?よかったあ、なんか花嫁修業の第一弾が済んだって気がするね。オレ、男だけどさ、あはは」
直央はホッとしたように微笑む。
「哲人のお母さんて料理が好きで、今の哲人の味覚も料理の腕も培ってくれたんでしょ。哲人と暮らすんなら・・哲人の伴侶になるんなら、せめてそういう味に近づかないとなって思ってたの。実際美味しいしさ・・って、哲人どうしたの?辛いの?」
直央のその言葉を聞いて、亘祐が慌てて「実は学校で倒れて・・」と言いかけたとき、ううっという嗚咽が聞こえてきた。
「哲人?!泣いてるの?」
「ちが・・っ。ほんと・・どうして貴方という人は・・オレを喜ばせて・・くれ・・る」
「へ?」
思いがけない哲人の反応に、直央は困惑する。
「喜んでいるのなら、なんで泣くのさ。ほら亘祐くんだって困ってる・・」
「オレは別に・・」
と、言いながら亘祐は徐々に後ずさりする。
(この人以上に、哲人の恋人ができる相手なんていねえだろうが。ほんと世話のやける・・)
そして、外に出てドアをそっと閉める。一抹の寂しさを感じながら。
「あ、あれ?・・」
「何で、直央はオレにそんなに優しくしてくれる?オレは、貴方の行動を制限してばかりなのに」
恋人を強く抱きしめながら、哲人はそう聞く。
「オレの何もかもを受け入れてくれるのは、なぜ?」
「だって、オレは哲人の彼氏だもん。そんでもって将来はお嫁さんになるの。・・ちょっと変だけど、それが事実だから。愛してくれて、愛せる相手の何もかもを包み込むのが本来は結婚の意義でしょ。まあ、実際にそれは無理だけどさ。それでも自分の出来る範囲で頑張るのが夫婦だと思うの。哲人は頭がいいからちゃんと考えてると思うし、オレは哲人に美味しい料理食べさせたいの。それだけだよ?」
「美味しいよ、うん。オレの・・大好きだった味だ。離れるしかないと思っていたのに、貴方が・・気づかせてくれた」
どういう理由で自分の戸籍上の親になったのか、両親は言わなかったし自分も聞かないでいた。ずっと騙されていたという感情は拭えない。自分の10何年は偽物の人生なのかとも思っていた。
「けれど、貴方というかけがえのない存在が、あの頃を受け入れる受け皿になってくれた。ありがとう、オレを好きになってくれて・・ほんと」
「ならなぜ泣くの?疲れてる?早く休んだほうが・・」
明日は二人でゆっくり休めるから、と言いかけてその言葉はキスによって塞がれる、
「っ!・・ん・・ん」
抱きしめる腕に力がこもり、舌が絡み合う。ぴちゃぴちゃという音が大きくなる。
「て・・あ・・や」
「いろいろあったんです、今日は。でも・・毎日でも思い知る。自分がどれだけ小さい人間なのか。けど、貴方に対する想いは大きくなるばかかりで。爆発しそうなんだ、抑えられない」
だからというわけではないけど、とも思う。この人を抱きたいと思うのは、それはもう既に自分の日常なのだと。
『・・離れられないのなら、受け入れなよ』
「今・・凄く情けない顔していると思うけど、受け入れてくれる?抱きたいんだ」
「ふふ。こんな状態の哲人を、同じくこういう状態のオレが受け入れないわけがないだろ?こんなに好きなのにさ」
直央は哲人の手を、自分の屹立したソレに導く。
「亘祐くん、呆れてたね。でも、しょうがないもの。オレが哲人を好きすぎて、いつも繋がってたいと思ってるんだから」
「直央・・」
ズボンを脱がせて、直央のソレを口に含む。
「あっ・・ああ!気持ちい・・先っぽ・・舐め・・」
やがて二人はベッドに移動する。お互いに全裸になり、哲人の指はもう何本も直央の後孔に入り、中を掻きまわす。
「はあ・・っ。も、もう・・指はいいか・・ら。哲人の挿れて・・よ」
「うん、直央が望むなら・・」
一気に挿入する。
「っ!」
「ひあっ・・てつ・・ひと・・いつもと何か・・違う」
「うん?気持ちよくない?」
「そ、そうじゃない。ふわっとした感じなのに・・いつもより哲人のソレが・・強いの」
哲人の腰がいつもよりリズミカルに動いている気がした。
「何が・・あったの?学校で・・」
「!・・気づかせてもらっただけだよ、いろいろと。んで、今は貴方の弱いところを新たに気づいちゃった」
「っ!・・な・・」
思わず気を抜いた直央の肉壁の一部を、哲人のソレが突く。
「やあっ!なん・・で」
「前からもしかしたらと思ってた。けど、直ぐにその奥を攻めちゃってたから・・。不思議だね、今日はなんか余裕がある。気持ちいいんだね、ココが」
「んん・・そんなに擦ると・・だ、ダメになっちゃう。凄くそこ・・感じるの!」
「直央が喜んでくれるのなら・・ん、締め付けが凄い・・。オレも・・ダメ・・」
「やあ・・っ」
「哲人・・イッたんだよね?」
念のためというように、直央は聞く。
「う、うん」
自分でもどうしてと思う。学校で倒れたくらいに体調は悪かったはずなのに、今の自分はとても元気だ。そう、自分のソレも雄々しい形に復活している。
「もしかして、精力剤でも入ってたのか、あのお茶」
「お茶?」
困惑気な直央の顔を、じっと眺めていると、ますます元気になってきている気がしてきた。
「・・じゃなくて、直央がオレのビタミン剤か」
「何それ‥」
「とにかく、直央も疲れてるだろうからその・・舐めて出してくれる?昨日フェラされたら気持ちよかったから・・」
我ながら恥ずかしいことを言っていると思う。それでも、今夜は素直になりたいと思った。
「うん!オレ、頑張る!」
全ての答えが出たわけじゃなく、結局はいつも通りの夜な気もするけど、気持ちが楽になったのは事実。
「う・・ん、そこ・・強く・・吸って・・イイ!」
To Be Continued
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