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第21話
「う・・ん・・ねえ、哲人?」
「何?」
「何でそんなとこ触ってんの?今、朝だよ?」
「ごめん、手が触れた。裸だから」
「っ!・・そ、そりゃあ、つい服着ないで昨夜は寝ちゃったけど、それはやっぱ疲れたからで・・」
「嫌なの?直央は」
イジワルな風でも無く、日向哲人(ひゅうがてつひと)は“素”で聞く。勿論、普段なら直央の体調は考慮した上で、自分の我儘を通す。が、今回はどうも違うようだ。
「今日はなんか・・ずっとベッドから出たくない気分」
「もしもし、哲人さん?」
この恋人のセリフに流石に財前直央(ざいぜんなおひろ)は呆れる。顔には出さないけど。
「いくら夏休みで二人とも今日はとりあえず予定が無いからって、朝からってのはいくらなんでも・・。いや、嫌ってわけじゃないけど・・ひあ・・あん」
「だって大きくなってるもの、直央のコレ。オレを受け入れてくれるんだろ?・・今日は我儘を言いたい気分なんだよ。朝から何も考えずに直央を独占できるなんて、最高っていうか」
そう言いながら、哲人は掛布団を跳ねのけて、直央の身体にのしかかる。
「ちょっ、タンマ!寝ぼけてるわけじゃないよね。何でそんなにスケベオトコになってんのさ、朝から」
「何でって、いつもしてることじゃないか。てかその・・何かいつも以上に興奮してるのは認めるよ。こんな夏休みって今まで無かったから。・・愛したいんだ」
愛されてるのはいつものことだ、と言おうとして直央は口をつぐむ。代わりに唇に自分のソレをくっつける。どうしたって哲人が大好きなのだから。
「ふふ、そうだね。特別な夏だよね、初めて二人で過ごすんだもの。こんな素敵な人が俺の恋人なのね」
「今夏だけじゃくて、これからずっとだけどね。愛してる、直央。ずっと大事にする」
毎日のように言ってるセリフな気もするけど、本心なのだから仕方がない。むしろ知り合ってから2か月近くも、なぜ直央を嫌っていたのか理解できない。
「そりゃあ、何度も怒らせてもいるけど」
自分の不器用さも思い知る毎日。
「哲人はカッコイイのに、天然なのよね。ここまでスケベだとは思わなかったけど」
「スケベとかじゃない!ただ、どうしてもその・・直央を感じていたいだけだって何度も言ってるだろ!・・でも、触りたくなるっていうか、他の人が直央にできないことを俺が堂々と出来るっていうのが、何か凄く嬉しくて。直央の隣にいられる特権持ちの自分が誇らしくて。もったいなくて、時間が」
だから抱きしめる。性器をくっつける。感じたくて、感じさせたくて。
「俺の気持ち、わかる?」
「俺の気持ちこそわかってほしいけどね」
と、直央は微笑む。
「そんなことされたら・・ぐちゃぐちゃになっちゃう。それだけで気持ちよすぎて・・」
既に自分のソレが涎を垂らしている。勿論、擦り合っていた哲人のソレも同様だ。
「その首筋が妙に色っぽいんだ・・」
哲人の息が直央の首にかかって、直央のソレが如実に変化を見せる。
「はあ・・ん。感じるから・・それ」
「うん、わかってる。そういう可愛い声が聞きたくて、さ」
可愛くて仕方がないんだと、哲人は首筋に舌を這わす。
「は・・あん。あ・・いい・・」
たっぷりと首筋を舐めつくした後、哲人の舌は胸に移り、その小さい頂のてっぺんにちゅっと口づける。
「ひっ!あ・・そんなペロペロされた・・ら」
「気持ちいい?最近は、乳首ばかり攻めないでって煩かったのに、本当はココをこうやって弄られるのが好きだったんだね」
「もう・・何で朝からそんなにイジワルなのぉ。何か、いつもより舌使いが優しいのに・・」
やってることはいつもと一緒なのに、何か感じが違う気がする。
「あっ、あっ・・いい・・の。もっと・・ん・・ぺろぺろして・・ぇ」
その言葉で、哲人の舌使いが少し早くなった気がする。
「やあ・・っ、もっと優しく弄って・・っ」
「ふふ、今日の貴方も存外我儘だよ。でも、俺で満足させたいから、やっぱ・・」
手を下に伸ばし、相手の性器を握る。乳首を口に含み舌を使いながら、性器を上下させる。
「っ!はっ・・てつ・・それダメだっ・・て。もっ・・とゆっく・・り。じゃないと、イッ・・ちゃ・・」
「ごめんね、ちゃんと直央に奉仕するつもりだったんだけど、やっぱ我慢できそうにない。イイ人になれるかなって思ったんだけど」
直央以外とはセックスはしたことが無いし、もともと性的なことには無欲な方だった。
「でも・・溺れる。直央のこれを俺の手と口でもっとドロドロにして、その濡れた指を直央の中に挿れてぐちゃぐちゃにかき回したいんだ、とりあえずは」
「とりあえずって・・」
と、直央はくすっと笑う。
「ソレは俺がしてほしいことだから別にいいんだけどね。十分ご奉仕になってると思うよ。て、もう舐めてる・・し」
既に溢れ出る蜜でドロドロになっているその先端を、哲人は丹念に舐めている。
「ああ!あっ、あっ、あっ!」
直央の声がひときわ大きく響くようになったのを確認して、哲人は性器を自分の口に入れる。ぴちゃぴちゃと音をさせ同時に股の内側を愛おしそうに撫でる。
直央の手も、哲人の髪を掴んでいる。そして自分の股間へと押し付ける。
「あっ・・やあぁ ・・あっ・・あ、ああぁ・・っ」
哲人の口に包まれている自分のソレがとても熱くてたまらない。昨夜もさんざんに弄ばれたはずなのに、自分の身体の奥がじんじんしてくるのが分かる。
「ねえ、哲人・・凄くその・・疼くの。い、挿れて・・ほしいの。指じゃなくて、おっきいのが欲しいの!」
「直央・・大丈夫?や、なるべく優しくはしたつもりだけど・・止まらなくて」
少し照れたような表情で、哲人が声をかける。
「ん、大丈夫・・でもないけど、オレも望んだことだからいいの。・・気持ちよかったもの。昨日もあんなにシたのに、いっぱい感じちゃった。・・わかったでしょ?」
はにかむようにそう聞く直央を、哲人は力一杯抱きしめる。
「本当にオレで満足してる?」
「 へっ?」
「毎回満足できなくて、毎日のように求めてくれるのかなって・・思ったんだ。オレは、やっぱ経験も無いし。だいたいが、人を喜ばせることって苦手だから」
もともと、自分は素直な方ではなかったとは思っている。幼馴染の笠松鈴(かさまつりん)や佐伯亘祐(さえきこうすけ)以外とは積極的に関わろうとはしなかったが、柔らかい物腰と誰にでも誠実な態度、そしてなんといってもその端正な外見のおかげで、哲人の周りには常に人がいた。
「でも、鈴や亘祐がフォローしてくれなかったら、オレの対外的なメッキは直ぐに剥がれていただろうな。・・直央と直ぐに喧嘩になるのもそういうのが原因かなとも思っている」
「求めているのはお互い様だろ。つうか、オレだって哲人が初めての相手で、毎回めっちゃ満足。喧嘩になるのは・・わかんないや」
だいたい、初めて会った時に思いっきり相手を引っぱたいたのは自分だと、直央は苦笑する。
「オレが哲人を好きになt・・れたのも、本当の哲人を見ることができたからだもの。そんでいろんな哲人を見 たいって思ったの。・・たぶん、ソレがオレが“哲人に魅かれた”ってことなんだと思う。哲人の声も好き。キレたときの哲人も、それも俺の好きな哲人なの。恋したの、オレが」
気がついてないの?と直央が聞く。
「毎日、それこそ顔を合わす度に哲人にときめいてるっていうのに。哲人に触れてもらわなかったら、オレは乾いちゃう」
メッキが剥がれていたとしても、そこから顔を出してくるのはどうしても自分の好きな人だから・・と直央は微笑む。
「喧嘩になるのは、オレがちゃんと哲人にプレゼンできないからだと。付き合う前は俺が自分の方が年上だってことを意識して振舞うようにしてたけど、恋人になってからはオレの方が甘えちゃってるから・・。いつだって哲人が必要ではあるんだけど」
「や、甘えてるのは・・」
自分の方だと哲人は困惑する。
「俺はほんと我儘で。亘祐や鈴に、ずっと小さい頃から甘えてた・・んだと思う。そして、昨日・・亘祐に言われた」
『自分が“特別”だとは思っていない。確かに空手の有段者だけど、鈴や涼平よりは断然弱い。おまけにこの目だ。千里の優しさが無ければ、ただの役立たずだと思っていた。・・そうだな、オレの一番は今は千里だ』
「あの時、直央たちと出会っていなかったら、オレも亘祐も壊れてた。・・そうだな、オレは恵まれているんだ。なのに・・何で悩む必要がある・・」
ピンポーン
その音は鳴る。
彼の“これまで”を肯定するために。
そして、彼の思いを“否定”するために。彼とその想い人を導くために。
その人は来た。
「哲人ぉ、直ちゃんもいるんでしょ。お中元持ってきたんだあ、開けてよぉ。もしかして二人ともまだ裸?」
あの声は・・と哲人と直央は顔を見合わせる。
「ばっ、鈴のやつ!こんな朝っぱらからデカい声で・・」
「そ、それより哲人はシャワー浴びてきなよ。オレが鈴ちゃんの応対しているから」
「直央の裸を他人に見せるわけにいかないでしょうが!」
「し、シャツを羽織るに決まってるだろ!鈴ちゃんは女の子なんだから!」
「あのさぁ・・万が一の時のために、もうずっと前からボクがこの部屋の合鍵持ってるって事実忘れてない?つか、今さら恥ずかしがることないでしょ。哲人はボクのこと女として意識してないって言った じゃない」
『コイツは特別ですから。あっ、そういう意味じゃなくて、イタイやつだってことですよ。ボクっ子なせいもあって、こいつ』
「そう、直ちゃんに紹介してくれたんだったよねえ。直ちゃんは最初からボクを女性としてみてくれたのにさあ」
「そ、そんなこと言ったっけ・・ってあんな恥ずかしいことを玄関前で堂々と・・」
「だから、早く哲人は浴室に行きなよ、着替えは用意しとくから。早く!」
「う、うん・・」
「開けちゃうよぉ」
「ま、待って鈴ちゃん!10秒だけ待って!」
正確には15秒ほどかかったが、哲人が昨夜脱ぎ散らかしたシャツだけを羽織って、直央は玄関のカギを開けた。
「やっほー直ちゃん!・・ もしかしてソレって彼シャツってやつ?」
鈴にまじまじと自分の姿を見られ、直央は赤面する。
「や、とっさにその・・と、とにかく入ってよ」
「お邪魔しまーす。・・哲人はシャワー浴びてんの?ボクに遠慮しないで、直ちゃんも一緒に浴びてくればいいのにぃ。そのままじゃ下着も履けないんでしょ?」
「っ!だ、ダメだよ、女の子がそんなこと言っちゃ」
直央の顔の赤さが最高潮に達する。哲人との身長差は25㎝。ほぼ下半身は隠れてはいるが、だいたいが心もとないし、すーすーする。
「何回も連絡は入れたんだけどね。まあ、二人が朝からいちゃついてるのは予想がついてたし、ボクはこれを届けたかっただけだしね」
と言いながら、笠松鈴は手にしていた小さな箱を掲げる。
「中身はアイスなの。冷凍庫に入れちゃいたいんだけど?」
「あ、今は冷凍庫の中は氷だけだから大丈夫だよ。オレが入れとくね」
鈴から箱を受け取り、中身を確認する。
「わあ、ホテルRの有名なアイスだよね。ネットでもなかなか手に入らないって有名・・」
「あ、これの元ネタ・・味の配合を考えたの哲人ね。で、うちの親が直ちゃんにぜひ持っていけって。ネットで言われてるほど希少性があるわけじゃないから、どれだけでも持ってくるよ?ていうか、ウチのホテルに直接食べにきていいんだよ?親も是非って言ってるし」
「へ?」
「てか、ものすごく事後だよね、そのベッドの上。前に、涼平もこんなの見たって言ってたけど・・ はあっ」
奥の寝室をちらっと見ながら、鈴はわざとらしくため息をつく。
「お、オレが哲人を誘ったんだ。喧嘩しちゃったから、哲人とできるだけ仲良くしたくて。て、てか・・」
と、直央は鈴に聞く。
「ホテルRのプレミアムアイスの味を考えたのが哲人ってどういうこと?それに、ウチのホテル・・って、鈴ちゃんがホテルRのオーナーのお嬢さんてこと?」
「あれ?哲人から聞いていない?ボクの父がホテルRのオーナーで、兄が直営レストラン部門の責任者なんだよ。そんでアイスの味は哲人が中学の時に・・」
「鈴ちゃん、お嬢様なのにあんな大きい怪我をしたの?夏なのにこんな服装でいなきゃいけないほどの。哲人をかばって・・こんな・・こんな」
「直ちゃん?」
「違うの。お嬢様とか関係なく、女の子なのに身体にあんな傷をつけるなんて、って思う。でも、鈴ちゃんがそんなお嬢様だなんて改めて知ったら。なんで・・って思っちゃうよ。鈴ちゃんこんなに可愛い女の子なのに・・うわああん」
直央に抱きつかれながら泣かれて、鈴はとまどう。
「ちょっ、直ちゃん・・なんでキミが泣くのさ。てか、シャツ一枚のキミと抱き合ってたらいくらなんでも・・」
「直央!オレの着替えは・・っ!な、何でオマエらがくっついてんだよ!離れろよ!・・なんで、直央を泣かせてんだよ、鈴!オレの大事な直央を!」
いつのまにかリビングに来ていた哲人が叫ぶ。
「ボクはウチのホテルのアイスを持ってきただけだよ。んで、直ちゃんが泣いてるのは彼が優しいから。とにかく、服くらい自分で出しなよ。いくら直ちゃんがキミの奥さんだって言っても、ここはキミの部屋だし子供でもないんだからさ」
鈴は呆れつつもそう言い放つ。
「ち、違うんだってば!哲人が悪いんじゃなくて、俺が鈴ちゃんのそのケガの痕のこと軽く考えてたんだなって。日向一族の一員なんだから、鈴ちゃんだって普通にお嬢様なのわかってたのに。しかもホテルRのお嬢さんとかって、もっと大事にされてしかるべきじゃん。そりゃあ、哲人の許嫁にもなるよね。や、鈴ちゃんの今の気持ちもわかってるけど、わかってるけど・・でも、やっぱ酷いよ・・ダメだよ、こんなの。うああああ・・」
「ちょっ、直央落ち着けって!」
哲人が声をかけても、直央の嗚咽は止まらない。
「なんで、 哲人がそんなに落ち着いてんのさ。こんな・・可愛い・・ 鈴ちゃんが・・・もう・・」
「直ちゃん・・」
直央はそのまま叫びながら浴室へと行ってしまう。
「直央!」
「・・ボク、なんか悪いこと言った?」
困惑気な表情で、鈴は哲人に聞く。
「オレにだってよくわからないよ。オマエが突然来て、オレがシャワー浴びてる間に直央と抱き合ってたってこと以外はな」
「ボクはいつも通りお中元を持ってきただけだよ。今年は直ちゃんの分も・・一応直ちゃんのお母さんの分も持ってきたけどね。ていうか、早く着替えなよ。哲人のそういう姿は小さい頃から見慣れてはいるつもりだけど、彼氏持ちなんだから今は。女の子に見せるべきじゃないと思うな、タオル巻いただけの姿ってのは」
鈴にそう言われ、哲人は慌てて奥の部屋に入り戸を閉める。
「直ちゃんも大変だなあ・・」
「なんで直ちゃんに言わなかったわけ?ボクの実家のこと」
哲人が着替えている間に、鈴は勝手知ったる台所、とばかりにお茶の用意をしていた。そしてそれを勧め、相手の返答を待つ。
「言う必要がないだろう。関係ない・・」
「言ったろ?直ちゃんは日向の周辺に置くべきだって。直ちゃんはそこら辺をちゃんと受け入れてるよ。だから、日向の別荘にも連れていったし、あの教会も見せた。ボクや涼平の立ち位置も・・言える範囲で言っておいた方がいい」
「オレが日向から離れたいと思っているのに?」
「でも、哲人は自分のルーツも知りたいと思っているんだろ?本当のご両親のことも。・・そのことでウチの家族とわだかまりもあるってことも、直ちゃんはちゃんと知っていなきゃいけない。ていうか直ちゃんにも言ったけど、ウチの家族も直ちゃんに会いたがっているんだ」
「は?何で・・」
鈴の言葉に哲人は戸惑う。
「確かにオマエの家族は普通じゃないのはわかってるけど・・」
「否定はしないけど、ヒドイ言いぐさだよね」
と、鈴は苦笑する。
「確かに、ウチの家族は普通じゃない。分家といえど日向の一員だからね。それでも、哲人を想う気持ちは本物だよ・・ボクも、ね。深くは信用できなくても、少しは受け入れてほしい。どちらにしても、真実は自力で探さなければいけないけど、イバラの道だけを哲人に歩ませるわけにはいかないんだ」
「おじさん達には感謝してる。ただ、オレと必要以上に関わらせたくない だけだよ。現に、オマエをそんな身体にしちまった」
3年前、自分が起こした事件のせいで鈴の身体に大きな傷跡をつけてしまったことを、哲人は今も悔いている。
「けど、直ちゃんとずっと一緒にいたいと思うようになったんでしょ。凄い進歩というか、そう思わせた直ちゃんが凄いというか。そういう二人を、ボクの家族も見たいって言ってんの」
「・・何でオトコ同士のカップルを見たいと思うんだよ。いくらオマエがそういう系のイラスト描いてるからって、おじさんたちは関係ないだろ?」
まさかという思いで哲人は聞く。
「男でも何でも、哲人が誰かを受け入れてるっていう事実が大事なの!・・ボクのためにあんなに泣いてくれたんだよ?直ちゃんは。そんな彼を・・ボクやボクの家族が受け入れないわけがないでしょ」
「そんな簡単なものじゃなかったろ!3年前のあれは・・」
哲人は叫ぶ。自分を庇った鈴は、本当に死ぬ寸前だったのだからと。
「でも、ボクは元気に生きてるもんねえ。んで、哲人は恋をした。それが今の事実。そんで、哲人の恋人はボクのことも大切に思ってくれる。それをボクは幸せに感じてる。・・ていうことをウチの家族も喜んでんの」
「・・ありえないって、そんなの」
「そうだよ、鈴ちゃん。オレ、鈴ちゃんに気づかいできていなかった。一緒にプールに入って、鈴ちゃんのお腹の傷も見てるのに・・」
「直ちゃん、さっぱりできた?ふふ、哲人と二人きりにさせてあげれなくてごめんねえ。って、まだ泣いてるの?目が真っ赤だよ 」
「直央・・これ、着替え。・・そんなに泣いたのか?ごめん、オレのフォローが足りなかった」
たまらなくなり、鈴が見て笑っているにも関わらず哲人は立ち上がって直央を抱きしめる。
「ごめん、本当にごめん。巻き込んで、こんなに泣かせてしまって本当に悪かった」
「オレじゃなくて、鈴ちゃんの方が辛いの!・・鈴ちゃんのご両親だって、大切に育ててきたはずなのに、こんな・・う・・うっ・・哲人を庇ったのに・・なのに・・」
「直ちゃんは優しすぎるのね」
そう言いながら、鈴は哲人とに抱きしめられたままの直央の頭を撫でる。
「そんで、哲人を甘やかしてる。哲人は恋愛には不器用だしね。だから喧嘩になっちゃうのね、無駄に考えすぎちゃって、二人とも」
「そ、 そういうわけじゃ・・」
「まあ、そのままでもいいから聞いてよ」
と、鈴は二人から離れる。
「まず、これをちゃんとさせないと話も気持ちも進まないと思うから、言うね。黙って聞いてて。直ちゃんは気づいていたみたいだから言うけど、ボクは確かに哲人のことを好きだった。お嫁さんになれたらなって思ってたこともあった」
「鈴!」
流石に哲人は直央から離れる。
「そのままでいいのに・・。自分から抱きしめといてそれはないんじゃないの、哲人。そんで、許婚の話だけど・・あれはボクらの意思を無視して出た話なの。そりゃあボクからしたら渡りに船だったけどさ、正直。親もボクの気持ちは知ってたしね。でも、その話自体は日向の家の都合から出たもので、“当人の意思は関係ない!”っていうのがはっきりしていた。哲人にも幼馴染以上の感情がボクに対して無いってのはわかってたし」
「・・・」
「ウチの親は哲人に負い目があった。哲人の両親のことを黙っていたわけだからね。哲人がそのことでウチの親を責めても仕方がない。だから、許婚の解消と哲人が日向の家を出ることを後押ししたんだ、3年前の事件の後に」
「違っ!」
哲人が鈴の肩を掴む。
「オレが笠松家を恨む必要もなかったんだ。日向はそういう家なんだから。その上、オレはオマエを涼平とのことに巻き込んだ。下手すりゃオマエ死んでた。オレが責められて当然なのに、オレは子供ガキすぎて・・。なのに、今でもオマエを危ない目にあわせ続けている。オマエの気持ちに答えることもできないくせに」
「ボクの気持ちは、今は直ちゃんと幸せになってほしいってだけだよ、本当に」
と、鈴は微笑む。
「親もボクもね、本人の意思を無視した婚約話なんて冗談じゃない!って考えだったわけ。いくらボクが哲人のことを好きだからって、そういう経緯で結婚したら後悔するだろって。日向に縛られたくないのはボクもそうだしね。そういうわけだから、今の立場になっているのはボクの事情もあるっていうか、ボク自身の戦いでもある。哲人を守りたいって真剣に思ってるし、今でも好きだよ。でも、哲人は直ちゃんを愛してるわけだし、ボクは直ちゃんのことも好きなんだ」
そう言いながら鈴は立ち上がって、立ったままだった直央の手を握る。
「ボクのためにこんなに泣いてくれる直ちゃんが、ボクは好きだよ?哲人と同じくらいにね。だから、二人とも守るの。あ、傷はちゃんと整形手術すれば薄くはなるんだろうけど、あの時は何せ中三の受験生だったからねえ。リハビリと受験勉強で手いっぱいだったんだよ、あははは」
「あははは・・って、余計大変だったんじゃない。なのに、オレはいつも鈴ちゃんに甘えてばっかで。なのに、哲人のこと渡したくないって思っちゃうの。そんでもって、こんなに泣いちゃって・・オレってほんとサイテー・・」
手を握られたまま、直央はうなだれる。
「やだなあ、そういうこと言われるために今日来たわけじゃなくて、本当にウチの親たちが直ちゃんと哲人に会いたがってんの。哲人がまさか男性と付き合うなんて、誰も思ってなかったからねえ。あ、興味本位で揶揄したいとかじゃないよ?哲人の何もかもを受け入れてくれた直ちゃんに会いたいだけ。感謝してるんだよ、哲人を赤ちゃんのときから見てるわけだし」
「そ、そういう問題じゃ・・」
「ボクがね、いかに直ちゃんが可愛いコで哲人がどれだけ惚れてるか、何度も話したらぜひ会いたい!って。直ちゃんが哲人のお嫁さんになるっていうなら、ウチとも親戚になるわけだしね。近いうちに、ウチのホテルに泊まりにきてよ。スイートルーム用意しとくから」
「鈴はほんと・・何を考えているんだ」
再び二人きりになった部屋で、哲人は頭を抱える。
「鈴ちゃんのご両親てどういう人?日向一族の分家筋に当たるんだよね?ホテルRってVIP御用達っていうか、日本でも有数の豪華ホテルじゃない」
「あの、鈴の両親て感じではあるよ」
と、哲人は苦笑いの表情を向ける。
「経営者としては尊敬に値する人だ。まだ中学生の俺に、いろいろ経済のことも教えてくれた。株のこともだいたいおじさんから習ったんだ」
「つまり・・」
と、直央は少し苦しそうな表情になる。
「日向家の思惑云々はともかく、哲人と鈴ちゃんが結婚するのって本当は誰にとってもよかったってことだよね」
「オレのためには、ね」
と、哲人はゆっくりと話しかける。
「よくないんだよ。鈴も言っただろ?俺は鈴に対して、そういう気持ちはなかったんだ。今は確かにああだけど、小さい頃の鈴は普通に女の子だったよ。ちょっとばかし活発だったけど。でも可愛い女の子だった。大切にはしたいと思っていた。けど、幼馴染以上の感情を持つのは無理だ」
「なんで・・普通なら・・」
自分はゲイだけど、哲人はノンケだ。しかも元々はゲイを嫌っていた。
「だいたいさあ、その・・考えないようにしてたけど日向家の跡継ぎてどうなるのさ。いまいち日向一族の規模とかわからないでいたけど、分家筋であんなお金持ちなら本家で直系の哲人の立場はかなり重いはずだろ。オレとじゃ当たり前だけど、子供なんてできないよ?」
「そういうことも踏まえて、日向家は直央を受け入れてんだよ・正確には“黙認している”というか。そこに、どういう思惑があるのか。何度も言ってるけど、オレを日向家から無理やりにでも排除したいと考えてる一派もいる。現に、貴方の目の前でオレは殺されかけている」
だから、自分は本当はここまで直央にのめり込むつもりもなかったと自嘲気味に語る。
「なのに、プロポーズまでしてしまった。自分で言うのもなんだけど、笠松のおじさんが驚くのも無理はないくらいに特別なことなんだ、それって。オレは、本当は自分の実の両親にそれほどこだわっているわけじゃない。ただ、自分の存在ってなんなんだろうって。けど、それを探ろうとして・・3年前の事件が起こった。鈴も涼平も被害者だ。もうあんな思いはしたくない。なのに・・鈴たちには甘えて、そして貴方を手離せないでいる」
「てつ・・ひと」
「好き・・」
自分でもどうしようもないなと思いながら、哲人は直央に口づける。ただの口づけでは我慢できなくて、舌を挿れ絡ませる。
「っ・・ん・・ん」
(どうしてこの人は・・こんなにオレを夢中にさせる?感じてしまう・・もっと感じたい)
「くぅ」
(へ?)
「ごめん、流石にお腹が空いてきた。もうお昼過ぎちゃってるし・・」
申し訳なさそうに、直央はお腹を押さえる。
「っ!ご、ごめん!オレってほんと・」
どうしようもない男だと苦笑する。こんなにスケベだったのかと。
「ううん。今日は二人でゆっくりするって約束だもんね。鈴ちゃんが来るのは想定外だったし・・。散歩がてら駅前に何か食べに行く?昨夜の煮物の残りは、全部鈴ちゃんにあげちゃったし」
『てか、ボクまで直ちゃんをこんなに泣かせちゃったら、哲人のこと言えなくなっちゃうな』
『あは、オレは昨日哲人を泣かせちゃったよ』
『は?』
『オレの作った煮物がね、哲人のお母さんの味に似てるんだって。亘祐くんもお墨付きだよ』
『亘祐?来たの?ここに』
『うん、哲人と一緒に帰ってきたの。そんで、哲人の家の味だって言ってくれたんだ。そしたら哲人が泣いちゃって』
『・・』
『哲人のお嫁さんなるんなら、哲人の好きな味を作れないといけないなって頑張ってみたの。・・そりゃあ、ホテルRの味には全然敵わないけどさ』
『・・うらやましいな』
『え?』
『この煮物貰っていい?うちの親も哲人のお母さんの味は知ってるからね。ちょっと味見・・うん!確かにあの味だよ。いい奥さんになれるよね、直ちゃんなら』
「鈴ちゃんもそう言うんなら、オレの味ってかなり哲人の家の味ってことだよね。この夏休みの間に、もっと腕を上げたいな。和食だけじゃなくて洋食とかも」
「それは楽しみだけど、オレだって直央のために料理したいって思ってること忘れないでくれよ。・・て、駅前に行くだけでいいのか?」
「ん?何で?駅前なら食べるとこもスーパーもあるじゃない」
直央は不思議そうな声で聞き返す。
「だってさ、その・・そういうのっていつものことだろ。や、外食はあんまりしないけどさ、オレたち」
哲人は一人暮らし歴こそ2年以上あるが、学校と運動以外はあまり家から出たがらない生活のため、基本的には自炊だ。直央も自分一人で食べる時も外にはいかない。
「哲人が気に入る店って、そうないしね。オレだって、哲人の味知っちゃうと他のはちょっと・・。でも、あんましお腹空きすぎちゃって。えっとね、駅前に洋食のお店が出来てけっこう評判だって、大学の友人から聞いててさ。よかったら、と思って」
おずおずといった感じで直央が聞いてくる。
「そうだね、そういう経緯なら行けば直央も大学で話が出来るだろうし・・」
「それって、オレと友達がってこと?・・いいの?」
思いがけない哲人の言葉に、直央は困惑する。
「ヤキモチ焼かないの?」
「オレ・・そこまで直央の行動を制限してた?大学の友人との会話まで・・」
流石にショックで聞き返す。
「うーん・・ぶっちゃけ言われたよ?今日二人で大学近くの店で・・って話したらすっごい不機嫌になった」
「・・マジ?」
自分はいったい何を恋人に強いているのだろうと、哲人は情けない気持ちになる。
「はあーっ、オレって余裕なさすぎ。わかった、とにかく駅前に出よう」
「うわっ、結構並んでるね。やっぱ有名なんだ、もう」
友人にメールで場所を聞きいざ行ってみると、その店の前では20人近くが列をなしていた。
「いくらなんでも、これを待てるほどお腹の余裕はないや。それだったら、急いで買い物して自分で料理した方がいい・・」
「でも・・たまにはデートしたいだろ?その・・外で恋人らしいこともしたいんだよ、オレ」
「へ?」
「・・言われたんだよ、セックス・・ばっかが恋人のすることじゃないだろって。そんなのわかってるけど、離したくないって思ったら何故かそうなっちゃうんだもの」
直央にだけ聞こえる小さい声で、哲人はそう告げる。
「デートの経験だって無いしさ、オレは。ちゃんと、直央の恋人やれてんのかなって。直央は料理も頑張ってくれてんのに、オレは自分の欲望ばっかぶつけてる気がするんだ」
「その欲望がオレを喜ばせてるし、哲人と一緒にいられるだけで幸せなんだってば。・・あっ、近くにサンドイッチの店があるよね、哲人もお気に入りのとこ。そこでいいよ」
「ふふ、デートっぽいよね。この100%オレンジジュース、くどくない感じで好きなんだよ。哲人はピーチジュースなんだよね、果物の桃は苦手なのに不思議よね」
「うん、ここのだと桃のドリンクは飲めるんだよ。てか美味しい・・」
思いのほか空いていた店内で、二人はサンドイッチにかぶりついていた。
「パンてこれくらいしっとりな方がいいよね。食べやすい感じ」
「付け合わせのベーコンて、自家製なんだよなコレ。ウチでも作りたいけど、やっぱせめて庭で作りたいな。ベランダじゃ無理がある・・」
「あ、桜のチップとかで燻すってやつね。今はテーブルサイズのとかあるらしいよ。帰ったらネットで調べてみようよ」
「ふーん、けっこうトレンドも押さえてたつもりだけど、知らないこと多いな。生活がかかってるからな、もう少し世の中に敏感にならないと」
「凄いね、勉強との両立もできてるのが不思議なくらいなのに」
夜中にふと目を覚ますと、恋人が机に向かっているところを何度も目撃している。
「それで、あの学校で首席なんだもの」
「まだ俺は家でパソコンに向かうだけの生活だから。外でバイトしてる高校生なんていっぱいいるしね。しかも、側には最高の恋人がいてさ。やっぱ、オレって恵まれてるな」
「嬉しいけど、もちょっと小さい声で言ってよ」
直央が苦笑する。すぐ隣のテーブルにいるカップルが、自分たちの方を時々見ているのを知っている。
「哲人は何してたって目立つんだから」
「直央こそ、すぐ声かけられるだろ。・・そろそろ出ようか」
「どうする?服でも見る?」
「うん・・」
店を出て、これからの予定を相談しようとした直央を哲人は制す。
「どうしたの?」
「多分・・あの女性が狙われている」
「えっ?」
哲人の視線の先には片手でベビーカーを押し、もう片方の腕に赤ちゃんを抱いて歩いている女性がいた。
「狙われてるって・・」
「さっきオレたちを追い越した時に、ベビーカーの中にバッグが入っているのが見えた。不用心だなと思ったんだけど、他にも見てるやつがいたみたいだな」
「あっ、あの男・・」
女性と自分たちの中間ぐらいの位置にその男はいた。ずっと、女性を見ている。
「直央は下手なことをするな。何かあったら、直ぐに警察に電話しろ」
「う、うん」
そして事件は起こる。
「こらっ!オマエ・・」
が、哲人を追い抜き別の影が犯人を追いかける。
「哲人様、無茶はいけませんよ」
「か、勝也さん!」
(勝也さん?・・え?)
To Be Continued
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