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第23話
「雨・・か。8月の割りに涼しいのは結構なんだが、今日は寒すぎねえか、ちょっと」
8月も終盤を迎えた頃、橘涼平は喫茶店で一人で愚痴っていた。
「今年は忙しすぎて、なかなか墓参りに来れなかったから怒ってんのか?・・泣いてんのか」
たぶん両方なのだろうと、彼は今日訪れた墓の下に眠るその人物の生前の様子を思い浮かべる。
「しょうがねえだろ?状況が変わりすぎちまったんだから。アイツもびっくりすんだろうな、哲人に恋人が出来たなんて知ったら。しかも、相手が男だなんて・・さ」
こうなった以上“真実”を哲人にも鈴にも言うことはできないなと、涼平は唇を噛む。せっかく過去を乗り越えようとしているものを、無理に引きずりおろす権利は自分にはないだろう、と。
「哲人が幸せで、鈴が納得しているのならオレもそれで十分だから・・。つうか、雨止まねえ!・・・っ!なんで、男子高校生が1人で喫茶店でケーキ食ってんだよ。美味しいからいいけどさ」
中身は武闘派、けれど外見は少しチャラっぽい。自身が副会長を務めている高校の生徒会長である日向哲人がクール系を一応貫き通しているので、はっきり区別するために外ではそういうキャラを装っている。が、“仕事”の時はとことんまで冷酷だ。
「つか、まじ美味いな。別に甘党でもないけど、生クリームやべえ。・・哲人たちのデート場所にちょうどいいかもな。直央さんはこういの好きそうだし、哲人は実は根っからの甘いモノ好きだし」
学校の奴らは全然イメージしていないだろうけど、と自然に笑いがこみあげてくる。
「くくっ」
そう言って笑いながらケーキを頬張る涼平の姿は、実は店内でも結構目立っていて、彼に目を向けている特に女性客が多かったのだが本人は気づいていない。普段なら自分に向けられる視線には敏感なのだが、この日この時の彼には口の中のケーキが全てだった。
だから気づけなかった。店の中に新たに入ってきたその人物に。店内の客の大部分がその独特のオーラに、目と心を奪われたのに。涼平だけはもぐもぐとケーキを食べていた。幸せそうに。
「ふうん、随分美味しそうに食べているのねえ。ふふ、可愛い」
「ねえ、直央」
「なあに?哲人。お腹空いたのなら、ちゃっちゃっとツマミくらいは作るよ?けど夕飯はまだ待ってね」
財前直央は野菜を切りながら、リビングのパソコンの前に座る恋人に答える。
「お腹は空いてないよ。昼食が遅かったからね。その・・ごめん」
「ん?どうしたの、哲人。なんで謝るの?」
手を拭きながら、直央が台所からリビングに入ってくる。
「休憩するならコーヒーでも淹れ・・っ!」
「ごめん・・直央の身体を労わらなきゃわかってるのに、可愛い寝顔見たらどうしても我慢できなくて・・今朝もヒドいことしてしまった。自制しなきゃいけないとは思ってるんだけど・・」
「哲人?」
労わるって何で?と不思議そうな声で直央は呟くが、恋人の日向哲人に強く抱きしめられているため、うまく声が出せない。
「夏休みなのに今日も雨を理由にしてどこへも連れていかないでいるのに、自分の作業を優先してして家事は全部貴方にさせてしまって。なのに、貴方の睡眠まで邪魔して欲望の限りを・・」
「ちょ、ちょっと待った!哲人、何かおかしいって!」
ようやくの思いで、直央は相手の身体を自分から離す。
「やっぱ怒ってた?なおひ・・」
「だから何でそうなるのよ。オレ、ちゃんと感じてたじゃない。結局その・・何度もイッちゃったでしょ。・・もう」
直央の顔が真っ赤になる。ほとんど毎日のように身体を重ね、自分からも愛撫を迫ったりもするが、それでもこうやって照れた表情を自分に見せる直央が年上だけど 可愛すぎる存在だと、哲人はたまらない気持ちになる。
「どうして、貴方はそんなに喜ばせてくれるんです?もう貴方が大好きで大好きで・・ああたまらない!」
我慢できずに、また抱きしめる。さっきあれだけ殊勝なセリフを吐いたくせに、もう一度セックスがしたいと思ってしまう。
(優しくするって決めてんのに、何でオレってこんなに我儘なんだ?つうかどうしてこんなに直央を抱きたいと思っちまうんだ?大事にしたいと思ってるのに、なんか何でこんなにオレってドスケベ野郎なんだ?)
そう思っても、抱きしめたその腕を離すことができない。自分の身体もヤバイ方向にどんどん膨れ上がっている・・
「哲人・・ちょっと苦しいよ」
「えっ?・・っ!ごめん!オレってばやっぱ・ ・」
サイテー!・・だと思ってしまう。特別だからこそ、大切にしなければいけないと思っているのに、どうしても自分の欲望が前面に出てしまう。そして、自分のソレも出そうになっていた。
(ちょっと待て!朝出したよな、オレ?昨夜だって・・。そりゃあ直央の身体に負担をかけまいとしたら、自分的には何か物足りなくも思ったけど。でも、夏休みに前日から部屋にこもって昨夜もヤッたセックスを朝から繰り返してたら・・恋人じゃなくてタダのセフレじゃねえか!だいたい、直央が初めての相手で、オナニーだってやった記憶がねえよ!なのにちょっと触ったらどうしてもエスカレートしてしまうって・・なんなんだよ、直央って!)
「お、オレは・・哲人の恋人?奥さん?・・とにかく愛さ れてるって・・思ってるんだけど・・」
困惑気味に直央が言うと、哲人が驚いたように直央の肩を掴む。
「哲人!?」
「何でオレの思ってることわかるの?!や、直央は恋人だし、今すぐにでも奥さんになってほしいんだけど、正式に結婚はできないから何をもって夫婦だって思っていいのかわからないんだけど、たぶん戸籍上の親が本当の親じゃないのを知って普通の家族っていうか夫婦ってもんがわからなくなって、ついつい本能のままに・・や、オレがそこまでスケベな男だとは思ってないというか思いたくないんだけど、でも実際こうなっちゃってるから言い訳する気もないんだけど、直央があんまり可愛いっていうか、本当はオレの好みって直央みたいなのなんじゃないかって、ていうか直央と いると楽しいしドキドキもするし、ああ俺って恋してんだなって思う・・の」
そう言って、哲人は自分でも驚くほどに顔を赤くする。
「な・・哲人。何で今更そんなこと言うの?」
「へっ?」
「オレだって・・オレも恋してるから哲人に。そ、それはともかくとして!哲人はさっきオレに何を聞こうとしたわけ?」
「・・さっき?」
なんのことだっけ?と哲人は不思議そうな顔になる。
「オレがキッチンにいたときに話しかけてきたでしょ」
「!・・ああ、そう・・だっけ、ごめん」
自分は何をやっているのかと、改めて恥ずかしい気持ちになる。
「ごめん。オレ、バカなことをべらべらと話してたな。・・けっこう恥ずかしいや、ははは」
「哲人の本当を身をもって知ってるのはオレだけだもんねえ。んで、何を聞きたかったの?」
哲人が意外な性格を自分に晒すことに正直戸惑いもあったけど、と直央は心の中で想う。が、自分は哲人にプロポーズされた身であり、哲人の親友たちからも認められている。
「割りにいろいろ哲人には話してるつもりだよ?オレは」
「や、別にそこまで深刻な話でもない・・というわけでもないんだけど」
「?」
「墓参りのことなんだけど・・」
「墓参り?」
「この間、灯さんとお墓参りに行ったろ?あの時 、オレと直央ってケンカ状態になってたから、誰の墓参りか聞きそびれてたんだけど・・」
と、哲人が頭をかく。
「ああ、お祖母ちゃんの墓参りに行った時のことね。母さんの母親だよ。赤ちゃんの時にお世話になった以外は会うことも無かったから、顔も声も全然知らないんだけどね」
「そうなの?」
「母さんがオレを生むのは、親族には大反対されてたんだって。そりゃそうだよね、父親がわからないんだもの。ま、あの人の性格からして、相手が既婚者だとかは思ってはなかったみたいだけどさ。でも、なら尚更何で言えないんだって話だよね。とにかく、オレが一歳になるまではお祖母ちゃんが母子の面倒を見てはくれたんだけど、それ以上は他の親族・・母さんの姉弟とかがね、許さなかったんだって」
直央が笑いながらそう話すのを、哲人は困惑気な表情で聞いていた。
「・・それってさ灯さんもだけど、直央も大変だったんじゃないのか?こんな言い方アレだけど、その・・血縁者に疎まれてたってことだろ。そんなの、辛いことなんじゃないのか?」
「んー、親戚とか全然意識しないで育ったから、気にはしてなかったな。母さんの友人とか仕事仲間がいろいろ世話をしてくれたし。あ、オレが子供モデル始めたころに叔母さんの接触が多少あったらしいけどね」
と、直央は苦笑する。
「母さんてね、高校生の頃から業界では有名な人だったんだって。今の鈴ちゃんみたいな、いわゆる神絵師?叔母さんの自慢の姉ってとこ?そんな姉が父親のわからない子供を産むっていう事実が、どうしても受け入れられなかったんだろって母さんは言ってた。・・ずいぶん、他人ごとみたいな言いぐさだけどね」
「けど、直央が有名になったら近寄ってきたんだろ?それって随分勝手じゃないか?」
憤慨したかのように、哲人が聞く。
「俺自身ていうより、母さんありきだったと思うよ。雑誌モデルがほとんどで、テレビには5・6回ほど出たきりだし。だからこそ、オレが“堂々と目立つように生きている”ことが許せなかったんだろうな。大好きだった姉に所謂“普通の女性としての生活”を送らせることができなかった元凶。そんな風な存在なんだ、オレは」
「もっと酷いじゃないか!」
哲人が直央の肩を掴む。
「直央自身には不可抗力なことばかりだろ。灯さんは・・お母さんはどう言ってたん だよ!そんな勝手な理屈、オレなら絶対に許さない!」
自分も勝手に出生のアレコレを操作されて3年前のあの日まで騙されていた身ではあるし、何度も殺されかけてもいる。
「オレだって、いろいろ理不尽な扱いは受けている・・けど」
「母さんは何度も泣いてくれたよ、オレのために。3年前、アメリカに行ったのは病気の治療のためでもあるけど、そういう環境から俺を引き離すためでもあったんだ。自分のキャリアを失う可能性もあったのに。そしてオレの病気は治って、今は哲人と幸せだもの。オレのために、哲人も泣いてくれるもの。こんな素敵な家族がいてくれるなら、過去がどうであろうとオレは胸張って生きていけるよ。だから・・」
そう言いながら、直央は哲人に顔を近づける。
「哲人・・好き。また泣かせちゃったね。もっと強い人だと思っていたのに。・・オレなんか霞だろうって思ってた、出会った頃は。けど、いつだって哲人はオレに寄り添ってくれるの」
「・・うん」
濡れた瞳で哲人は直央を見つめる。
「灯さんも、よっぽど好きだったんだな、直央のお父さんが。そういうのは何となくわかる。オレたちに子供は無理だけど。・・?」
「どうしたの?」
「よく考えたら、直央に従弟とかいるんじゃないの?叔母さんたちだって結婚はしているんだろ?」
「ああ・・」
と、直央が頭を上に向ける。
「中学生が2人、そして高校生が1人・・って母さんが言ってた。会ったことはオレも母さんもないんだけどね。叔母さんは母さんと顔が似てるから、オレ と従弟ってのも似てるかも。オレって母さん似だからさ」
「うん、灯さん美人だもんな。そして、優しい笑い方がそっくりなんだよ。そういう人がそこまで好きになった直央のお父さんに、オレは会いたいって思った」
「えっ!」
思いがけない言葉に直央は驚く。
「子供が親のケジメってやつを求めたっていいと思う。子供は・・直央は自分の力で今の幸せを手に入れたんだから、それまでのいろんなことに対しての愚痴は言っても罰は当たらないよ。オレもいろいろ言いたいことが出来たしね。オレなりのケジメもつけたいし」
「哲人のケジメ?」
どういうこと?と直央が聞く。
「ちゃんと・・過去にケジメつけるってこと。直央の親戚がどうのこうの言ってきても、堂々としていられるように さ。や、お金に関しては直央に不自由な思いさせないくらいは稼いでるけどね」
「あのさあ・・」
と、直央は少し呆れたように言う。
「大学出たら、オレもちゃんと就職したいわけで・・。哲人に頼りっきりになるわけじゃないし。なんていうか・・オレが奥さんの立場に何かなっちゃってるし、それは別にいいんだけど、贅沢したいとか思わないからね!オレは。そりゃあケチケチするのもなんだかなあとは思うし、先のことはわからないけど・・俺の恋心は消えない・・んだけど」
直央の声が段々小さくなる。反比例して、顔の赤さが濃くなっていく。
「んもう!どうしてなのオレ!何でこんなに哲人のこと好きなんだよぉ。哲人はどうしてたってカッコいいんだもの。オレだって哲人と一緒に いるためなら、オレは何でもするの!」
そう宣言するかのように、直央は人差し指を天に向かって上げる。
「だから、哲人は無理しなくていいの。もうすぐ夏休み終わるからいろいろ大変なんでしょ?だから昨夜も遅くまで・・。哲人の気持ちはちゃんとわかってるから、無理はしないで」
「うーん、食べ終わっちゃったけど雨が止まないんだよなあ。バイクで来なくて正解だった・・ん?あれ?あの人・・ナンパされてんのか?ったく・・あれだけ嫌がられててよくもまあ」
ふと気が付くと何人かの客の視線が壁側の席に集まっていた。
「確かに美人だけどさ。せっかく哲人にこの店紹介しようと思ってたのに、ああいう客は困るんだよ。哲人にキレられるといろいろ面倒なことになるんだからさ。あいつは・・」
昔ならいざ知らず、恋人がいる今の哲人に下手な真似をさせるわけにはいかない。本気になった哲人は自分より強いのだと。
「とりあえず見苦しいから止めさせますかね。ただでさえ雨が止みそうになくてみんなイライラしてんだから」
そう言いながら、美人とナンパ男に近づいていく。直ぐに女性の方が涼平に気づき、意味ありげに微笑む。
(はあ?んだよ、困ってんのかと思ったら全然余裕じゃねえか。つうか、何でそんなにニコニコしてんだよ。相手の男が誤解するじゃん)
案の定、急に態度が変わった相手を見て最初は怪訝そうな表情になった男は、次第に先ほどより態度をエスカレートしていく。
「んもう・・こういうのにはスキを見せたらダメっすよ。おねーさんのそういう顔はいらない勘違いをさせちゃうって」
わざと軽薄そうな言葉と態度で涼平は近づいていく。そういう涼平を見て男の方は完全にナメた表情になる。
「いいから、ガキは黙ってろよ。テメエみたいなのがこの美人を・・」
「美人を・・何?この人、オレのお友達なんだけど?だから彼女はさっきからオレの方しか見てないでしょ?オレを見て微笑んでるっしょ?女性を困らせる人って、オレ許せないんだよねえ。・・つうか、あんたと俺に対するこの人の態度がこんなにも違ってるのにさあ、気づかないわけ?気づいてるよね?どうなの?」
あまり挑発するのも危険だと思い、涼平は相手の反応を伺う。
「オレ的には、友達を守るのが筋じゃん?こんな美味しいケーキ出してくれるこの店の雰囲気も壊したくないしさあ」
「だからガキは甘いモンだけ食って黙ってろっての。オレらは大人の話をしてんだから・・よ。・・っ!」
バカにしたようなセリフを吐いた後、ナンパ男の表情が変わった。相変わらず彼女は微笑んでいたが。
「恋愛に大人も子供もないと思いますけどねえ。オレ、真剣にこの人守りたいと思ってますもん、あんたみたいな男からね。大人なのに相手が嫌がってるのもわからないなんて、ガキ以下っすよ?」
ワザとチャラい感じで薄笑いを浮かべながら、涼平は男に相対する。
「っ!言わせておけば・・」
が、涼平から発せられる殺気を男は感じたようだ。先ほどまでの勢いが無い。
「てめえ、いったい・・」
「だから、綺麗な おねーさんを守りたいガキっすよ。けど、それなりに本気で相手してもらうっす。・・許す気もないんですよ、オレは」
「無理はしていないけど、直央のためならどれだけでも頑張れるんだからな」
と、哲人が言うのを直央はニコニコとしながら聞いている。
「哲人って、クール系もかっこいいけどなんかそういう熱いとこも好き」
「そこまで言われると何か照れるっていうか・・」
顔が赤くなってしまう。
「涼平が聞いてたら、すっごい突っ込まれそうだ」
「涼平くんと哲人っていい相棒っていうか・・なんか親友だよね。変な言い方だけど」
ごめんね、と直央が少し申し訳なさそうに頭を下げる。
「ちょっ、何でそんな反応になるんだよ。そういうつもりじゃないし、3年前 のこと知ってる人はどうしたってそう思うよ」
「!」
「鈴にも涼平にも言われた。ずっと一緒にいたいのなら、ちゃんと“自分”を説明すべきだって」
「へ?」
「少し甘く考えていたとこもあるんだ。将来のことについてさ。・・オレは本当の親は行方不明だしな。はっきりいえば、本当に日向の血縁者なのかも怪しいんだ」
複雑そうな表情で哲人が言葉を吐き出す。
「偽造された戸籍だからな。まあ、日向なら可能だろう」
「けど!」
と、直央が叫ぶ
「そこらへんはオレも同じだし・・つうか、つまりは日向一族が哲人を守ってたということだろ?そんな戸籍を作ってまでさ。だいたい、同じ日向の勝也さんと顔が似てるじゃない、哲人は」
「!でもあの人は・・」
「涼平くんや鈴ちゃんが“日向”に縛られて動けなくなることがあっても、その時はオレが哲人の側にいるから。もしかしたら、そういうことを考えて俺と哲人の交際が許されてんのかもしれないし」
「それじゃ、直央がオレのために犠牲になってるようなもんじゃないか!」
哲人が怒鳴る。
「言ったろ?あの中には俺を殺そうとしてる人もいるって。3年前だって・・涼平ははっきりと言ってくれないけど、誰かに嵌められて俺を殺そうとした・・んだと思っている」
「哲人・・」
「それでもあいつは武闘派だから・・そりゃ、普通の高校生してほしいと思ってる・・けど」
と、哲人は唇を噛む。
「涼平くん言ってたよ?哲人のおかげで、楽しく生きていられるって。一緒に学生やれるのが幸せだって。オレも 一生哲人から離れるつもりないもん。叔母さんにだって誰にだって胸張って言うよ。哲人のこと愛してるって、一生一緒に暮らしていくんだって。オレはそういう存在でいたいの」
そう言いながら、直央は哲人に抱きつく。自分の背中に回された相手の腕の温もりが、直央の身体を熱くする。
「好き!大好き!ずっとこうしてたい・・けど、夕飯作らなきゃだし・・哲人も何か作業の途中だった・・よね?」
おずおずと直央は哲人の顔を見上げる。
「だから!なんでそんなに貴方は可愛いんですか!・・確かに明日でウチの学校の夏休みは終わりで、週明けから直ぐに試験だから普通の生徒は余裕はないだろうし、オレも生徒会の仕事とかいろいろ抱え込んでるけど・・普通じゃないから、オレは」
そう言いながら、哲人は相手のシャツの裾に手をかける。
「貴方にそういう表情されたら、応えないわけにはいかないから・・ね」
「哲人・・」
「直央の身体が心配だって言っているのに、何でそうやって煽るわけ?オレは普通じゃないけど、変態でもないんだけど?」
「変態じゃないなら、何であんなに嫌っていた“男の裸”をこんなに触りたがるわけ?」
「恋、したからだろ。どれだけ触っても飽きたりないんだ。ほんと・・狂いそうになる。片想いじゃなくてよかった」
もし自分にあんな過去が無く、今感じている直央の魅力に最初からハマっていたら、恐らく自分は一方通行の恋に身を焼かれていただろうとゾッとする。あの頃は、直央は初恋の相手だけを想っていたのだから。
「心底、オレは貴方に参っているんです。一日に何度もこの首筋に舌を這わせないと、生きてる気がしない。もちろんここも・・ここも、ね」
シャツを脱がし、首筋からそのまま舌を胸に滑らせる。そして、ズボンと下着をおろし露わになった性器に口づける。
「ん・・ん・・気持ちいい。けど、恥ずかしいから・・ちゃんとベッドで」
「嫌だ、ここでいい。・・その格好も可愛いくて・・そそる」
そう言いながら、いつもはそんなに多量には使わないローションを丹念に塗りたくる。
「流石に、朝あれだけヤッちゃったしね。なのに、ほんと・・」
明日は夏休み最終日ということで、それこそパソコンの前から離れることができないくらいにやることが溜まっている。本当は今この時もなのだ けど。
「ダメだよ、直央のコレ。オレに吸われたがっている。どくんどくんて波打って・・ほら朝より大きくなってきた。やっぱ物足りなかった?その割りには、結構大きい声出してたけど」
「い、イジワル・・哲人って時々ほんと・・いやあ!そんなにかき回されたら・・」
「掻きまわされたら・・何?朝も同じことしたのに、今の方が感じる?」
「そ、そうじゃ・・ないけど。あっ、やああん・・立ってるのツラ‥イ」
足ががくがくと震える。ほとんど毎日、特に夏休みに入ってからは一日の大半は裸で抱き合っているのではないかと思うくらいに、濃密な生活だったと思う。なのに飽きない。この人に抱かれていると思うだけで、身体の中から喜びの泉が溢れてくる。
「じゃあ、オレのを挿 れて支えるよ。それでイイだろう?」
そう耳元で囁かれ、直央はつい頷いてしまう。
「ん・・すぐ入っちゃった。て、そんなに締め付けないでよ。確かに、この辺りにも直央が感じるとこはあるけど・・」
「やあ・・ん、そんなこと言わない・・で。も、もっと奥まで挿れていいか・・ら」
「・・仰せのままに」
そう言って哲人は自分のソレで直央を突き上げる。
「あっ、ああ!・・いい・・ああん。も、もう・・壊れ・・そ」
「壊すわけにはいかないから、ほどほどにね」
「いやあ!哲人のイジワルぅ・・へ、変な気を使わなくて・・いいから。いいの・・もっと・・・壊し・・」
「おにーさんを壊すこともできるんすよ?オレは。まあ、彼女の前でそういことしたくも言い たくもないんで、この辺で引いてもらえると助かるんすけどねえ」
わざと普通の声のトーンで涼平は相手に告げる。「ほらあ、これ以上雨がひどくなる前に、ね」
「ふざけんなっ!ガキのくせ・・」
「自分でもガキだって自己紹介したじゃないっすか。そんで・・本気で相手してもらうとも言ったよな。こんだけの至近距離で言ったんだから聞こえてないわけねえわな」
急に口調が変わった相手に、男が驚愕の表情になる。
「っ!・・てめえ、いい加減に」
「するのはそっちだろ。これ以上揉めてると、オレまでこの店追い出されかねないから、さっさと済ますわ」
そして、涼平は男の顔をじっと見つめる。
「!・・何・・してやがる。オレがガキのオマエなんかに・・っ!」
「ガキが大人を凌駕する・・子供に親が殺された事件なんていっぱいあるだろ?他人ならなおさらだ。大人以上に修羅場くぐってるガキなんて、アンタの目の前にもいんだよ」
「くっ!・・」
涼平のその言葉で、男は視線を逸らす。そして財布を出し金をテーブルに叩きつける。
「くそっ、覚えてろよ!」
「・・割りに律儀な男だったな。自分の飲んだ分をきっちり置いていくんだから・・適当に財布から出したように見えたんだけどな。どんだけ細かく小銭持ってんだつーの」
「だから、君の殺気に気づけたんじゃない?じゃなきゃ、今頃この土砂降りの雨の中に血まみれで転がされてたんだろうし」
「何を他人ごとのように・・。ま、おねーさんがそんだけ余裕があるんなら安心・・へ?」
「やだな、そういう顔されたら私の立つ瀬がないじゃない、涼平くん」
そう言って微笑む相手の顔を涼平は穴のあくほど見つめる。そして、その口は次第に大きく開いていく。
「う・・そっ。内田さん?だって・・貴方は・・おと・・」
「男が男をナンパすることだってよくあるでしょ?もっとも、さっきのあの男は、完全に私を女だと思ってたみただけどね。ま、私もあえてそう振舞ってたし」
ふふ、と彼女・・彼はウインクする。
(嘘・・だろ。一度男だって紹介されてるオレでさえ、この人の正体に気づかなかった。諜報活動のトップにいるこのオレが・・。騙され・・た?)
「騙したわけじゃないわ。女装男子って、今じゃ普通でしょ?」
「女装は趣味よ。私が昔モデルやってたって、鈴ちゃんが言ったでしょ?“女性”としてやってたの。ちょっと足を悪くして止めたんだけどね。広将も知っているわ」
涼平の同級生の生野広将がボーカルを務めるバンドのマネージャーである内田景うちだけいはそう言って微笑む。
「ふ、普段から・・なんですか?つか、本当に・・」
涼平は思わずじっと相手を見つめる。
「ふふ、流石にそこまで見られると照れちゃうわねえ」
「す、すいません!けど・・」
一度男性だと紹介されていなければ、今でも女性だと思ってしまいそうなくらいに
(綺麗すぎるだろ!そんなに濃くないメイクなのに、何でこんなに女っぽい・・。仕草だって普通に色っぽいというか。流石元モデルってか。それにしても・・)
「オレがいなかったら、面倒なことになってましたよ。聡明な貴方が何でうまくあしらわなかったんですか?」
「だって、君が助けてくれると思っていたから。ていうか、男と女で態度が変わるのね。やっぱり男子ねえ。・・君の 前では女のままでいようかしら」
そう悪戯っぽく微笑む内田の態度に、涼平は何故かドギマギしてしまう。
(なっ!・・ったく、この人は。業界人てこういうもんなのか?それか大人の余裕なわけ?オレはそこまで子供でもねえっての!)
そういう涼平の思いを見透かしたように、彼は妖し気な笑みを向けてくる。
「っ!」
「う・そ・よ。冗談。そういうの嫌いでしょ、君。あれ以上本気になられたら、流石に止めるつもりでいたわ。ほんと、アレ程度の殺気で引いてくれたから・・。高校生に無茶はさせられないものね」
「馬鹿に・・しているんですか、オレを」
つい、そう聞いてしまう。相手のペースに乗せられてはいけないのはわかっているのに。
「そんなわけないだろ。君の本 気の力量はちゃんとわかっているつもりだよ。君は普通に高校生じゃないからね」
不意に口調と声が普通の男性のそれに変わった。
「!」
「悪かったね。余裕ぶりたい大人の悪い癖ってやつだ。君を子ども扱いするつもりはないよ。けど、君が未成年の高校生なのは事実だ。対外的には私が責任を取ることになる。一応、立場がある身だしね。広将たちのこともあるし。・・ま、今日のことは私の女装が原因なわけだけども」
そして、彼の手が涼平の顔に伸びる。
「なに・・を」
「ありがと。かっこよかったわ・・君に守ってもらえる女の子は幸せね」
「オレに・・そんな相手はいない。・・これからも、現れない」
内田に頬を撫でられたまま、涼平はそう答える。あまりに思いがけな い出来事に、表情を変えることもできないまま。
「鈴ちゃんが君のことを心配してたよ。いつまでも一人で寂しそうだって」
「っ!・・・」
それでも涼平は動けないでいる。
「やっぱ図星?過去に縛られすぎだって言ってた」
「そんなことまで貴方に言っているんですか、鈴は」
ようやく、涼平は自分から内田の手を離す。
「あいつこそ・・」
「あそこまで心配するってのは鈴ちゃんが君のことを好きだからなのかとも思ったんだけどね」
「・・鈴の好きな男はオレじゃない。オレは恋なんかする気はないし、無理だ。・・そんな暇もない。というか、鈴には貴方のような人が合うんじゃないですか。鈴も貴方を慕っているよう だし。鈴はよっぽど気に入った相手しか・・少なくともオレたちには紹介しませんから」
「ふふ、それは光栄だね。あんな可愛い子にそこまで思ってもらえるのは」
と、内田が相好を崩す。
「けど、私のような男は鈴ちゃんの求めるタイプじゃないから。やっぱりお兄ちゃんポジってとこかな。だいたい、鈴ちゃんの周りには君のようなイケメンが多いからね。並の男じゃ霞にもならないだろうな」
「鈴は、貴方のことを男らしい人だって言ってました。それっぽい服装をすれば素敵な人なんだって」
「まあ、普段はスーツだからねえ」
と、内田は自分の恰好を見て頭をかく。
「まさか、君と女装姿で会うとは思ってなかったんだけど・・君はどうして一人でケーキ食べてたわけ?」
「あ、そ の・・」
つい、言いよどんでしまう。何故かここでそれを言ってはいけない気がして。
「ん?」
「・・墓参り・・だったんです。本当はお盆のころに行くつもりだったんですけど、今年はいろいろ忙しくて・・」
「あっ、そうだったの。ご家族?」
内田が何気ない風に聞く。
「妹・・です」
「・・そう」
そして、直ぐに「ごめんね」と内田が頭を下げる。
「あ・・いいえ。なんだかんだで、オレもケーキ食ってたわけだし。呑気だってあいつに怒られそうだけど」
「そうね、ほんと幸せそうに食べてたもんね」
内田があはははと笑う。
「へ?・・見てたんですか!い、いつから・・」
「私が入ってきたときに大きい口を開けてたわね。私もここのケーキは大好きだから」
「よく、いらっしゃるんですか?オレは、雨に降られてたまたま入ったんですけど・・」
アレを見られていたのかと流石に顔を赤くしながら、涼平が聞く。
「近くにマンションがあるのよ。・・これからどうするの?ずっとここで雨宿りしているわけにもいかないでしょ?」
「そりゃ、家に帰りますよ。・・どうにかして」
そう言いながら涼平は外を見る。「雷が凄いな」
「駅までは遠いしね。それに・・」
と、内田がぐいっと顔を突き出す。
「っ!」
「さっきの男がどこかで張ってないとも限らないでしょ?できたら、マンションまでガードしてくれると助かるんだけど?」
「えっ?」
「ダメ?」
「ダメぇ・・ん・・い・・も、もう・・イ、イク・・ん」
「 ん、オ レも・・一緒に・・あ・・キス・・して」
無我夢中で口づける。全身で、相手の全てを吸い付くし自分のモノにするかのように。
「愛してる。もう・・」
何度も思う、離れられないと。
“あの時のようになりたくない”と。
(えっ?あの時のように・・って?)
突然、自分の頭の中に現れた思いに、哲人は戸惑う。
「哲人?・・大丈夫?」
「あ・・ごめん。その・・離れたくないなって思った・・んだ」
自分の今の体勢を顧みて、哲人は顔を赤くする。
「ごめん、結局オレの欲望をぶつけてしまった。ベッドまで我慢できないとか、ヤバいよなオレ。自分じゃ気づいてなかっただけで、かなりスケベなのかもしれない」
照れ隠しもあり、哲人は早口でそう言った。
「でも、それだけじゃないから。直央のことを好きな理由は。もし、叔母さんがウチに乗り込んできても、ちゃんとオレの想いは伝えるから。どれだけオレが直央が好きで大切で必要で・・直央がオレの運命の人なのかってことを」
「そんなこと、考えてたの?」
直央が腕を伸ばして、哲人の髪を撫でる。
「哲人ほど素敵な人はいないよ?男性とか関係なしに。どんな人でも哲人を悪く言えるはずないし、言わせない。オレが生涯の伴侶に選んだ人は世界一の旦那様だって、胸張って言えるもん」
「ずっと言おうと思ってたんだけど・・」
少し難しい表情で、哲人が話を切り出す。
「卒業したら一緒に住んでほしいんだ、オレと」
「うん!」
「へ?」
即答する直央に、哲人はずっ こける。
「そ、即答?」
「なによ、プロポーズされたときから考えてたよ、オレだって」
その反応が信じられないと直央は口を尖らす。
「贅沢するつもりはないけど、二人が楽しく過ごせる部屋だったらどういうとこでもいいよ。ただ、哲人がバイトを許してくれないから・・。生活費のことだけは心配している」
「くっ・・」
やぶ蛇だったと、自分の動揺を隠すかのように哲人は直央を抱きしめる。
「せ、生活費のことは心配しなくていいって。少なくとも4年間は普通に二人で暮らせるだけの資産はあるし、都内に一戸建て買えるって言っただろ?」
「・・哲人は凄いよね。や、オレにはそれがいくらのモノなのか想像つかないんだけど。オレの親戚が哲人に迷惑かけないかが心配だよ 」
「ああ、そういう見方もあるよな」
と、哲人はため息をつく。
「金があっても良し悪しってことか」
「ていうか、お金のことで哲人に頼る気はないんだからね。そんな理由でバイトさせてくれないわけ?」
あれ?と哲人は思った。
(ちょっと待って。何で、直央にオレが責められてるわけ?しかも、二人とも全裸で・・)
「な、直央!そろそろ、シャワー浴びないか?このままだと風邪ひきそうだし」
「そうだね。話しは着替えてから・・でも一緒にシャワー浴びるんでしょ?」
「もちろん!」
結局、自分が直央に甘えているのだと哲人は苦笑する。
(直央はオレと同等であることを常に望んでいるのに、オレは・・直央が他の人と話すのを見ても嫉妬しちまう。自分だけに目 を向けてほしいと)
そして結局浴室の中でもイチャイチャは始まり、着替えたころには外も暗くなっていた。
「流石にお腹空いたね。煮物の予定だったけど、炒め物に変更するよ。・・ごめんね」
数時間前に中断された野菜を切るという作業を再開しながら、直央が謝る。
「や、最初にオレが声かけたわけで。こんなことになるとは思ってなかったんだけど、オレがとことんまで我儘なのは自覚した」
「へ?何か言った?」
トントンと小気味よい音をさせながら包丁を動かしていた直央が聞く。
「いや、何でもない。・・急がなくていいからね。オレも切りのいいとこまで作業やっちゃうから」
「はーい」
(ああ!なんて可愛い返事だ。オレの直央は何もかも最高・・・)
先ほど の浴室の中での痴態を思い出し、哲人は我知らずうっとりとした表情になる。
(バイトの話も忘れてるみたいだし。せめて俺の夏休みが終わるまでは・・。でも、直央の夏休みはまだまだ続くんだよなあ。その間、一人ってことになっちゃうわけで。でも、下手なとこでバイトさせたら・・直央に目をつけるヤツは絶対いるもの。目を離したくない、っていうか離せない)
“あの時のようになりたくない”と。
(あの時って・・いつだよ。オレは直央とは今年の初めの出会いが初めてだったはず。それとも他の人とのこと?オレの本当の両親のこと?あるいは・・3年前のこと?)
今さらながらにいろんなものと別れていたことを思い出す。だからこそ恐れるのだと。
(だいたい、直央はあ んなに可愛くて優しくて料理が上手くて、ちょっと胸の頂弄っただけで可愛い声出すし小さくてつるんとしたお尻はずっと触っていたくなるし、あの舌も下もずっとオレの口の中に挿れていたくなる・・)
「哲人、作業終わった?ご飯も炊けたんだけど」
「えっ?・・うわっ!もうこんな時間・・。全然進んでない」
仕方なく、パソコンの前から離れる。
「うん、ご飯にしよう」
(本気で今夜は徹夜だ・・)
To Be Continued
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