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第26話

「日向の土地の敷地内に入るのでもアレだし、オレの家はトラップだらけなはずなんだけど・・」  寝室に突然、それもいつの間にかいた内田景の存在に橘涼平は困惑の表情を隠せない。 「だから、君の伯父さんに全部解除してもらったの。でも、鈴ちゃんの指示だよね?つまり」  凄いよね、あの子って・・と内田はあははと笑う。 「・・や、鈴にそこまでさせる貴方の方が凄いっす」  感心するよりも呆れてしまう。 「鈴がどうあの人や貴方に言ったのかを知るのが怖いですよ。かなりのレアケースなんですから」  そもそも赤の他人が簡単に敷地内に入れるのなら、自分が率いる諜報部隊の黒猫や戦闘部隊の狩犬も必要が無い。 (だいたい、オレが1人で住む家が門番になってんだし) 「だから気合いれて女装してきたのよ、どう?」  ともかくもとベッドの上で上半身だけ起こした涼平に、内田が微笑みながら身体を近づけてくる。 「っ!・・き、綺麗・・ですよ、内田さ・・」 「景って呼んでって言ったでしょ。少し会わないだけですぐにそんな他人行儀になるなんて・・やっぱり寂しいわね」 「や、だって・・っ。け、景・・その・・今日はなぜここに・・」  顔を赤くしながら、涼平はやっとの思いで聞く。 「じょ、女装の理由はまあわかるんだけど・・。てか、アイツにも男ってバレなかったわけ?」 「うーん、おそらくはだけどね。流石、君の伯父さんなだけあってイケメンよねえ。若く見えたけど、30代後半でしょ?日向一族って 、ほんとハンパないというか」 「や、普通に景はうちの奴らと混じっても遜色ないというか・・っ」 「てことは、私って家族になれるってことかしら?伯父さんも歓迎するって言ってくれたものね」 「ばっ!あ、あのバカ・・や、アイツの言うことは真面目に聞かない方がいいって!ただの変態オトコなんだから」  はあ、と涼平は頭を抱える。 「聞いたんでしょう?鈴からアイツの性癖は。バリバリのゲイだから確かに女性には手は出さないけど、けど景は実際には男なんだから・・」  哲人に自分の自宅を見せない理由の一つがそれだ。鈴も、だから哲人には慎重に隠している。 「あら、嫉妬してくれるわけ?まあ、確かに私 の目から見てもグッとくるイイ男ではあったけど」  ふふふ、と言いながら景は涼平の髪に手を伸ばす。 「私には涼平が一番だわ。かっこよくて、真面目で漢気に溢れてて・・正直私には眩しい存在なのだけど。けれど、鈴ちゃんが私を認めてくれたのだから、少しは自信もっていいよねえ」 「いいよねえ・・って、普通に景は綺麗な人なんだから・・じゃねえって!た、確かにオレは貴方を好きだけど・・でも」 『オレは・・貴方が好きです。鈴がそれを知ればオレのその想いを後押しをしようとするでしょう。けど、今のオレはその手もたぶん振り払ってしまう。今のオレに、恋なんてできない』 「鈴だって、オレの考えは・・や、鈴だからこそわかっているわけで。貴方にここまでしてもらってもオレは応えられないし、オレ自身が辛いわけで・・」  未だによくわからない。出会ったばかりの年の離れたこの男性が、何故自分にこうまで好意を寄せてくるのか。そして、自分も彼とのセックスを受け入れたのか。 「オレなんか、貴方からしたらガキでしょう?環境は最悪だし。けど、確かにオレは貴方に魅かれている。好き・・だけど」  今までいろんな理由をつけて誰との交際をも断ってきた。時にはヤクザとも対峙することがある・・実際に何組かの団体を潰している自分の側にいては危険だから。勿論、そんなことは相手には言えないけど。  が、そんな理由が無くても、鈴以上の女性がいない以上、自分が恋をすることも必要も無いと思っていた。 (ましてや男となんて・・。それに、この人だけはダメだ。なのに鈴が会わすから・・。そりゃあ言ってないオレも悪いんだけど) 「他ならぬ鈴ちゃんのご推薦なのに?まあ、あの子も私が君を本気で好きになるとは思ってなかったでしょうけど。鈴ちゃんはね、全部知ってるわよ」 「・・・」  一瞬の静寂が部屋に訪れる。そして涼平の思考も止まる。そんな涼平の様子を見た景がバックから一通の封筒を取り出す。 「今日、彼女から渡されたの。正直驚いちゃったわ、ここまで調べたのかって。涼平も知ってるはずのことだからって鈴ちゃんに言われて、先日の君の態度にも合点がいったけど」 「っ!・・オレはそこまでは。つうか、鈴は知ってたのか!じゃあ何で・・」  困惑しながらも、涼平は封筒から書類を取り出して読む。 「・・オレより詳細に調べてやがる。てか・・そういうことか。あんたも最初からオレのこと知ってて・・」  涼平の表情が複雑なソレになる。自分もそれは同じことなのだからと。そして尚更自分の感情の行き先を見失って困惑していることに、自身が驚く。 「オレが“妹”の墓参りに行った話をした後でも、あんたはオレを・・抱いた。あんたにとって3年前はなんだった?すべての発端はアイツの死だったのに・・」  自分が今の立場になったのも、哲人が家族を失うことになったのも、鈴が哲人との婚約を解消することになったのも全ては3年前の自分の復讐劇のせい。そのことを涼平は淡々と景に語る。 「あんたは“レイラ”に関係していたはずだ。それも後になってわかったことだけど。だからオレはあの時あんたの顔を見て驚いた。けど、この報告書だと・・」 「そ、それが真実。じゃなきゃ、鈴ちゃんが私を君に近づけるはずがないでしょう?・・足を悪くしてモデルをやめたって言ったわよね。それも私が“レイラ”に接近しすぎたせい。君の妹を守れなかった責任は私にもある。だから、君のことを好きになることにも躊躇したわ。けど、抑えきれなくなっちゃったのよ」  が、そう言いながらも景は涼平と一定の距離を保っている。 「景・・」 「不思議ね・・。そこに書いてあるとおり、オレは昔は裏では情報屋をやっていてね。“レイラ”のことも調べてた。その過程である中学生の女の子と知り合った。その子を助ける依頼をしてきたのが・・君の妹だ」 「・・」 「君も気づいていたんだな、やっぱり」  黙ったままの涼平を見て、景は目を伏せる。 「けれど、オレは・・」 「わかってるよ。あんたが悪いわけじゃない。あの時、もっとオレに今のような力があれば、アイツを死なせることにはならなかった。ただ、それだけだ よ・・今となっちゃな。そして、鈴があんたをここに寄こした」 「君の妹は頭のいい子だった。“レイラ”のこともちゃんと理解していた。・・だからオレも油断していた。守れなかった」  景の身体が震える。 「鈴は・・それでもオレをあんたに託した。あんたは、あの時はアイツの依頼を果たした。情報屋の仕事でもないのにな。文句を言える立場でも無い。鈴もそう判断した。・・それだけだ」 「けれど・・けれど君は!」 と、景が叫ぶ。 「自分の人生をこの部屋で一人で・・。鈴ちゃんが言ってたよ」 『けど、それは罠の部分もあったはずなんだ。哲人を殺そうとしている奴は今でもいる。確かに、あの時の涼平には明確に殺意もあったけど、今はそうじゃない。本気で哲 人を守ろうとしている。けれど、そうなるように一族に誘導された部分もあるんだ。わかりくい説明で悪いんだけど、涼平を縛っている一番の要因はソレ。ボクらの力じゃ、ソレから涼平を解き放つことはできない』 「君の身体の傷は君が敢えて受けている、君なりの免罪符なんだって。そう鈴ちゃんがオレに言った。だから、涼平に光を向けて涼平が楽になれるようにしてやってほしいと」 『ならボクは貴方を後押しするよ。少なくとも涼平は“好きだ”と言った。今まで誰にもその言葉だけは言ったことがないからね。ボクの手でダメだというなら、内田さんが引っ張って涼平を救い出してあげてよ』 「鈴・・あいつ・・」 「オレじゃ、多分鈴ちゃんには敵わない。彼女より多くの経験を重ねているというのに、情けないんだけど。涼平が鈴ちゃんのこと好きなのはよくわかる。けど、それでもオレは涼平が好きなんだよ。一人でいてほしくはないんだ。勝手な・・想いだけど」  情報屋としていろんな人間を相手にしてきた。もちろん犯罪まがいのえげつない行動も取ってきた。それも全て10も年下の少女に知られた挙句、恋愛の心配までされていたのかと思うと情けない気持ちになる。そしてその事実は当の恋した相手にも知られてしまった。 「本当に初めて本気で恋したんだ。自分がどうしようもない人間なのもわかっている。今はもう足を洗っている・・けど過去は消せるものじゃないから」 「それもわかってて・・」 と、涼平は俯いたままの景の手を取る。 「!」 「オレは貴方に抱かれたんだよ。その時点でオレは貴方を受け入れていた・・んだ。オレも本気で貴方が好きになったから」  そう言って、涼平は彼を抱きしめる。 「けれど、オレの周りには危険しかないから。貴方も相当修羅場をくぐったようだけど、けれど・・日向の闇の深さは半端じゃない。そしてオレは何より哲人を優先する。それこそ鈴よりもね。貴方を・・邪魔にさえ思ってしまうかもしれない」 「!」 「貴方は今は普通の生活を、仕事をしている。しかもオレの大切な友人のマネージャーだ。侑貴は確かに・・いろいろあるけど、生野の恋人だからね。二人を守ってほしいとは思う。オレを好きになってくれたことも、正直に嬉しい。けど、オレは貴方の恋人になるべきじゃない。3年前のことも確かにそうだ けど、オレは・・貴方を守りきれないと思うから」 「は?何で、そんな・・」 「恋人を一番に考えられないって、それだけで不実でしょうが!」 と、涼平は叫ぶ。顔を赤くしながら。 「貴方は大人だし、美人さんだし・・鈴が認めたくらいだから中身もイイ・・。オレみたいにその・・本気で殺人しかけた男なんかに関わらない方がいい」  涼平は真剣な顔で言葉を紡ぐ。 「貴方の実家はそれなりの家柄のはずだ。どういう経緯で情報屋になったのかは知らないけど、今は周りの人のこと考えてください。貴方なら普通に将来の伴侶を得られるはずだ。だって・・」 と、涼平は彼の顔をじっと見つめる。 「貴方はとても素敵な人だから。オレが、恋するほどに。貴方をちゃんと理解して貴方を 愛してくれる人が、それこそ女でも男でも・・今までもこれからもいるはずだ。オレじゃ無理。・・好きに、なったけど」  身近な存在を死なせた挙句、恋した女性を自分で殺しかけたのに・・と涼平は唇を噛みしめる。なのに彼の背中に回した手を自分で振りほどけない。 「赦されたい・・そう一番思っているのはオレ。鈴も哲人もとっくに前に進んでいるのに、ちゃんと分かっているのに、オレは」 「だからこそ、鈴ちゃんはオレをここに寄こしたんだろ。もしかしたら、オレが今の音楽事務所に入って生野が侑貴のバンドに加わった時から、彼女が描いていたシナリオだったのかもしれないけど」  敵わない、そう認めたと既に恋する相手には告げている。叶わない想いだとは認めたくないから。 「オレね、ロクな人生送ってないよ?情報屋になったのだって、モデル時代の枕営業の延長みたいなものだから。寝物語にいろいろ勝手に聞かされて、けれどそれが金になることに気づいて・・。親も昔から俺を甘やかしたツケを払うつもりがないんだ。だから、この年齢まで好き勝手に生きてきた」 「・・」 「オレの顔ね、まるっきり母親譲りなの。小さい頃から着せ替え人形やらされていた。だからってオネエになるわけでもないし、むしろ可愛い女の子が好きだった。なんていうか、中途半端でね。自分を武器にして生きてくしかないよなあって思ったら、最低の生活を送るに至った。それを終わらせてくれたのが、3年前の君の妹の死だ」 「鈴は、貴方を脅したんですか?アイツの死の償いをしろ 、と」  まさかと思いながらも、それでも真剣な表情で涼平は尋ねる。 「そんなこと、はっきりと言われない方がよほど刃になることもあるだろ?もっとも、オレの心が決まったのはあの夜なんだけどね」 「っ!」  景の顔が近づく。涼平は目を瞑って、その唇が自分に触れるのを待つ。 「・・どうせ苦しい思いをするのなら、君を好きでいた方がいい。君も・・オレを愛してくれるんだろ?」  小さく頷く涼平の唇に、相手の舌が挿れられる。 「っ・・ん・・ぁあ・・んん」  お互いの腕に力が込められる。 「んん・・っ・・ん」  やがて唇を離し、景はじっと涼平を見つめる。 「どうして・・本当に危ないんですよ?オレといると」 「自分の身ぐらいは自分で守れる。侑貴の叔父がもし接触してきたら、事情を分かっているオレが側にいた方がいいだろ?」  景は涼平のシャツを脱がしながら、笑顔で答える。 「そんなことまで鈴が喋ったんですか?」  流石に驚く。 「オレを仲間に入れる気満々だよ、彼女。つうか、広将でさえもういろんなこと知ってるわけだろ?涼平が1人でそこまで抱え込む必要が無いんじゃないかなって思うんだけど」 「・・オレは反対したんだけどね。あの二人がくっつくためには必要なことだって、鈴が主張したんだ」  そう言いながら大きくため息をつく涼平を見て、景は不思議な気持ちになる。 「鈴ちゃんてどういう子なの?や、おおよそはわかっているつもりだよ?けど・・」  複雑な心境ではある。今の涼平の一番は自分では無いし、これからもそうなる可能性は決して高くはないから。 (それでも、涼平を諦めきれないんだけど。一緒にいたいって思っちゃうから。優しいんだもの、彼)  その彼にここまで想われて、自分も彼を大事な存在だと言っているのに、鈴は別の相手への報われない恋心を貫こうとしている。 「景も言ったでしょう?最高の女の子。そして・・ずっと大切にしたい女の子」  そう景に告げる涼平の表情は照れたような、そして誇らしげなものだった。 「やっぱり・・無理だよね。彼女は可愛いもの。そして、オレはこういう男だし。つうか、男だもんなあ」  女装した自分をどれだけ涼平が綺麗だと言ってくれても、脱いでしまえばただの男。胸の膨らみもないし、ましてや自分は相手を“抱く”方 なわけで。 「負けたくはないとは思うけど・・」 「・・景も負けてないですよ。顔はそんなに綺麗なのに、アッチの方はその・・しっかり男だし」 「へ?」  思いがけない涼平の言葉に、景は困惑気な表情になる。 「それって・・」 「や、あの・・つまり・・・あ、貴方に抱かれてオレはその・・気持ちよくなった・・わけで。最終的にはイカ・・されちゃったし。だから・・・今だって脱がされてその・・待っちゃってる・・のかもしれないな・・と」  自分でも思いがけないセリフが口から出てくる。おそらく、知り合いには見せられないほどに顔が真っ赤になっているはずだ。 「や、貴方との“アレが”初めてだからよくわからないけど、でも貴方に恋したのは事実で。そ、それだけが 理由ではないんだけど、受け入れたってことはつまり・・そういうことで。気が多いって言われたら確かにそうなんだけど、男として男の貴方に魅かれたのはほんと・・まぎれもない事実だから。自分でもどうしてって正直思っちゃうけど・・」  そして自分はベッドに腰をかける。そうしながら、景の顔を見上げる。恋する男の瞳でもって。 「ふふ・・そういうとこもオレは君が好きだよ。本気で君に溺れてしまう・・はずだ」  自分も着ていたワンピースを脱ぎ捨て・・ようとして躊躇する。 「どうし・・」 「あは、ブラも付けてんの、オレ。流石に恥ずかしいかなって。下は男性用の下着なんだけどね」  照れ笑いしながらワンピースを脱ぎ、ブラジャーを外す。 「す、すいません。気を使わせてしまって・・」 「とことんまで涼平はイイ人だよね。涼平ファンには申し訳ないけど、どうしたって誰にも渡すつもりがないから」  涼平の“妹”の顔を思い出して、一瞬胸にある思いがちくっと突き刺さる。 (ごめんね、貴女の大事な“お兄ちゃん”は私がずっと愛していくから。私にはいつか天罰がくだるだろうけど、でもこの人を幸せにしたいと・・思っちゃったの。貴女がそう望んでたの、多分この人も知ってただろうから)  それが自分のできる唯一の償いだろうからと、心の中で手を合わす。 (だって、涼平はこの部屋で一人なんだもの。命を張って、身体を傷つけるだけの人生なんて送らせたくないんだよ) 「恋人がいれば、君の生き方も少しは変わるだろ?哲人くんや鈴ちゃんを第一に思っていてもいい、オレがその分もキミを愛するから」  ベッドに仰向けになった涼平は返事をする代わりに、赤面したまま顔を横に向ける。 「ごめん、景の言葉は本当に嬉しいんだけど・・感謝もしてんだけど、マジ恥ずかしいんだよ。・・くそっ、みっともねえっての」 「いいよ、そういう涼平はオレしか見られないんだろうから。優しくするよ、オレとこうなったのを後悔させないように」  静かに涼平のソレを咥える。 「うっ!・・ひぁ・・はあ」  咥えながら顔を上下させる。同時に指を後孔に挿れる。一瞬、涼平の身体が硬直する。 「っ・・あ」 「ごめん、痛かった?」 「あ・・や・・すぐに慣れる・・から。好きにしていい・・」  そう言うと、涼平はぎゅっと 目を瞑る。 「涼平・・」 (つうか、痛さより羞恥の方が。哲人のやつ、毎日こんなことを直央さんとしてるわけ?直央さんて大人しそうな顔して、よくもまあ・・) 「ん・・んん。あっ・・そ・・そこ。やだ・・へ・・ん・・ああ!」 「ここだっけ、涼平の感じるところ。ん・・いっぱい締め付けてくるね。コレもすっごく大きくなってきた。美味しいよ、コレ」 「そんなに恥ずかしいこと言わないで・・いっぱい擦る・・から、ほんとに変になっちゃう!で、出ちゃう・・いやあ」 「オレのでこんなに涼平がよがってくれるとは思わなかったよ。ほんとに、オレが初めての相手?」 「あ、当たり前・・あん・・そこ擦って・・。ダメですってば、乳首は・・ほんと・・」 「もしかして、 自分でもそこ触ってたりしてたわけ?」  ワザと意地悪く確認する。 「そ・・そんなこと・・して・・いい!や、舐めないで!ほんとに、ダメだから・・」 「ふふ、だね。そんなに締め付けられちゃこっちが持たない。・・涼平の初めてをオレがいっぱい貰っちゃったね。素直に嬉しいんだけど?」 「オレ・・も。貴方でよかっ・・好き・・あっあっ・・いっ・・ああ」  それは紛れもない本心だから。男とのセックスなんて考えたこともなかったのに、目の前のこの美人な男性は結果的にはいとも簡単に自分を趣旨替えさせてしまった。だからといって、他の男に足を開く気など絶対に無いが。 「好き・・景が好き。ああん・・掻きまわ・・」 (哲人も、こんなこと直央さんに言わせてるわけ? あ、アイツあんな顔してこんな恥ずかしいこと・・。た、ただのスケベ野郎じゃねえか。こんな・・気持ちのいいこと・・)  どうやら毎日のように恋人を抱いているらしい親友を、涼平は(困ったヤツだ)と度々諫めてもいた。相手の身体にも負担だろうと。 (だいたい、哲人のキャラじゃねえよ・・って思ってたんだけど。今ならなんとなくだけど、あくまでなんとなくだけど哲人の気持ちはわかる。好きだからそりゃあ繋がっていたいと思う・・わな。気持ちもいいし・・でも)  自分は哲人とは立場が違う。きたるべき高瀬亮との戦いに備えなければならない。哲人とその恋人の未来のために。それが自分が生きることを赦された理由だと思うから。 (でも好きになっちまった、この人を。そして 気持ちよくて・・どうしよう、離れたくない) 「あん・・あっ・・もう」 「イキそうなの?オレも・・離れたくないけど」 「は、離れたくないのはオレも同じで。好きで・・どうしようもなく貴方を愛して・・いて」  恨んでいたのも事実。けれど、それは自分の情けなさを自分に何度も思い知らす想いでもあるから。もちろんそれも背負って生きるつもりではあるけれど、その人生の中にこの内田景という人物を組み込んでもいいのではないかと思う。 (この人が本気でオレを愛してくれるのなら、オレもこの人を愛したい。もちろん、死なせるつもりもない) 「涼平・・オレも愛しているから。“今度は”ちゃんと側にいるから」 「今日、追試でしょ?勉強ちゃんとできた?」 「 鈴・・オマエさ、オレになんの恨みがあるわけ?や、勉強は普通にできたって。その・・景が教えてくれたから」  涼平は少し顔を赤らめながら答える。 「景?・・って内田さんのことだよね。うわっ、堂々と呼び捨て!なんだよ完全に恋人じゃん、リア充じゃん。ボクが心配する必要はもうないよねえ」  鈴はニヤニヤしながら、涼平の肩を強く叩く。 「いってえ!お、オマエが仕組んだんだろうが。・・哲人には絶対に言うなよ」 「なんでよ?」  鈴が不満そうに疑問を口にする。 「哲人は喜ぶよ?涼平を支えてくれる相手が現れるのをずっと願っていたもの、ボクもだど。んで、あの報告書も見たんでしょ。黙ってたのは悪かったけど、涼平との因縁も含めて涼平の恋人には相応しい とボクが判断した。もちろんそこら辺は哲人に言うわけにはいかないけどさ」 「何で、鈴が何ていうか上から・・なわけ?や、別にいいけどさ。実際、オレは今の景に魅かれたわけだし。あの時からの運命だったと思うようにはするよ」  呆れつつも、涼平はきっぱりと言い放つ。 「はは、マジで本気なんだ。いっちゃんたちも驚くだろうねえ。自分で背中押しといて何だけど、涼平がする恋愛のイメージじゃ無いしさ。内田さんも忙しい人だから、なかなかデートもできないと思うけど?」 「生野にも言うなって。絶対あいつは気を使うから。というか・・デート・・ねえ」  涼平の表情が困惑気なソレになる。 「ん?どうしたの?もう寂しくなったわけ?内田さんに勉強教えてもらってたってこ とは、昨日も一緒にいたんでしょ?」 「・・今朝もオレの家から出勤していった。今日も仕事が終わったら帰ってくるから・・って言ってた。どう考えたらいい?」 「どう考えたら・・って」  鈴は涼平の言葉とその表情に、呆気にとられる。 「つまり、一緒に暮らすってこと?別にいいじゃん。涼平はもともと一人暮らしなんだし。正式には無理だけど、事実婚てことにすれば家族ってことで日向の本家も文句は言えないでしょ。あれだったら、琉翔さんから話してもらうよ?」 「そ、そういう解釈!?や、間違ってはないけどオレの言いたいのは、そんなの早すぎじゃねえかって。別にはっきり同棲とか言われたわけじゃないけど。て、てか事実婚て何だよ!もっと気の早すぎる話だろうが」   顔の赤さを更に強くして、涼平は身体をわなわなと震わせる。 「哲人だって、まだちゃんと二人で一緒に住んでるわけじゃないのに」 「気にするとこ、そこ?涼平真面目過ぎだよ。あの二人は部屋を二つ持ってるってだけのようなもんじゃん。哲人をお手本にするのは止めた方がいいよ。少なくとも、内田さんはそこら辺まで考えて涼平に会いにいったんだよ。言っとくけど、ボクは女装以外は何の強要もしてないからね」  はあ、と鈴はため息をついて自分の席に座る。 「やっと涼平を他人に押し付けることができたと思ったのに、何でここまでメンドクサイんだよ、恋愛に関しては。まあ、それは哲人もなんだけど。お手本にするんなら、亘祐かいっちゃんにしときなよ?」 「だから、生野には言 えないってば。あいつのことだから余計な気を使うだろうが。友達と自分のマネージャーがその・・仲良くなるなんて」 「仲良く・・って」  何言っての、と鈴は何度目かのため息をつく。 「あのさあ、子供のアレじゃないんだからさあ。ちゃんと付き合うことになったんでしょ?お互いの気持ちを告白しあって。恋人って言えばいいじゃん」 「こ、恋人って・・」  そう言うなり、涼平は机に突っ伏す。 「どうしたんだよ。行為もしてんだろ?セフレってんじゃなきゃ、恋人じゃん」 「だから!鈴はどうしてそういうことを平気で口にするというか、できるんだよ。本気でオレは恥ずかしい・・」 「ったく・・好みが変わったみたいだから性癖も変わったのかと思ったのに、哲人並のヘタレ じゃん。そんなんでよく内田さんを口説けたね」 「オレが口説いたわけじゃねえよ。向こうがオレを部屋に誘って、バスルームに入ってきて・・って、何を言わせんだよ!」  ちなみに二人の席は教室の一番後ろで隣同士。もちろん小声で話してはいる。 「えっ、つまり誘い受け?まあ、なんだかんだで涼平もそれに乗っちゃったってわけでしょ。そりゃあ、あんな綺麗な人ならいくら男だってわかってても、涼平も挿れたくな・・」 「だから、そういうの言うのやめろって!だいたい、オレは抱かれる方なわけで・・や」  そこまで言って、しまった!という顔になり、涼平は恐る恐る鈴の方を見る。 「り、鈴?あのっ・・いろいろ成り行きでそういうことになっちゃっただけで、少なくとも昨日はちゃんと勉強した・・」 「う、受けなのっ!?涼平が受けなの!?その顔であの美人に抱かれてるの?涼平が?うっそー!」 「ばっ!何を大きな声で・・おまっ!」  慌てて鈴の口に手を当てようとするが、既に教室の中はクラスメートのざわめきに包まれていた。そして、みんなの視線は二人に注がれる。 「っ!・・や、オレはその・・。ち、違う・・くはないけど、や・・そんな変な・・」 「もう、言い訳がめちゃくちゃになってるよ」 と、鈴が呆れる。 「美人に抱かれてるって、涼平が?」 「マジか!ついに橘が女におちたか」 「はっ?ち、違うって!」  尚も涼平は必死で否定しようとする。が、それが生徒たちの好奇心を逆に煽る。 「そうよぉ、だって鈴は涼平くんが“ 受け”だって言ったんだよ。相手はオトコに決まってるじゃない。もしかして日向くん?」 「んなわけないだろ!アイツはちゃんと彼氏がいて・・っ!や、哲人のことは関係ない!」 「わっ、やっぱり日向くんて男とつきあってたんだあ。可愛い子だって噂だったんだけど」 「・・バカだな、涼平」  鈴はため息をつきつつ、明後日の方向を向く。 「てことは、涼平の相手は哲人以外のオトコってことかあ?哲人一筋だと思っていたのに」 「なにげにショックよねえ。いつもべったりだと思ってたのに、どこで他の人と知り合う機会があったんだろ?」 「ねえ、鈴は知ってるんだよね?どういう人なの?今まで何十人と涙を流させてきた橘くんが選んだ相手なんだから、よっぽどの人だよね?」  興味津々と言った感じで聞いてくるクラスメートに、鈴は苦笑しながら頷く。 「せっかくの涼平の初恋なんだからさ。あんまり過度に詮索しないであげてよ。こう見えて照れ屋さんなんだから、涼平は。とにかく涼平がベタ惚れなくらいには素敵な人だよ」  その言葉に「おおお!」「きゃー」とい声が次々と起こる。早速携帯でLINEを送っている生徒も少なくない。 「り、鈴!火に油を注いで爆発させてどーすんだよ!見ろよ、凄い騒ぎになっちまったじゃねえか。て、哲人にバレちまう・・」 「そういうこと言うから、哲涼カップリング疑惑が根強く残るんだよ。・・ボクが認めれば真実味は増すからね。少なくとも涼平への過度なアプローチは減ると思うよ。嫌だったんだろ?そういうの」 「 そ、それはそうだけど・・。でも、あれだけ自分たちを頼ってくれって言っておいて・・」 「それと恋愛は別でしょ。だからいっちゃんだって音楽活動も忙しいのに、頑張ってんじゃん。涼平だってそうでしょ?みんなもそれを認めてるからこそ、あんなに大騒ぎするんだと思うな。だいたい、追試を受けるってことが一番の問題だよ、高校生として」 「ぐっ」  痛いところをつかれ、涼平は表情を変える。 「それもこれも、内田さんのことで一人で悩んでたせいだろ?それくらいならバレてしまった方がいいでしょうが。別に悪いことしてるわけじゃないんだし」 「だ、だからって受けとかそれは、完全に余計な情報だろうがよ。本気で恥ずかしいんだよ。よくもまあ哲人はあんなこと毎日・・」  つい思い出してしまい、恥ずかしさに顔を両手で覆う。 「そこまで子供だとは思わなかったよ。そりゃあ、内田さんにリードしてもらわないとキスもできないよね。向こうが大人でよかったね」 「可愛いんだよ、あの人は」  涼平が顔を上げて、そう呟く。 「へ?まあ、そりゃ顔は綺麗な人だからね」 「違うよ。や、確かにそうだけど・・そうじゃなくてとにかく可愛い人なの。年の差を凄く気にしているのに、言動が子供っぽいとこがあったりもしてさ。年上を感じさせないっていうか。だからこっちは敢えて敬語で話してるんだけど・・そういうのも面白いっていうか。そういうとこ・・好き」  そこまで言って、涼平は再び机に突っ伏す。 「な、何言わせんだよぉ。ほんと恥ずかしいんだって。・・・こんなのオレのキャラじゃないだろ」 「勝手に涼平が言ったんでしょ。つうかタダの惚気じゃん。幸せそうで何よりだよ。あの人なら、涼平の“普段”にも負担は無いと思うよ?むしろ、役に立つんじゃないかな。完全に過去の履歴は消されているけどね」 「・・それは向こうも不思議がってた。つか驚愕してた。よく調べられたな、あれだけ」 「ボクが、ていうより遠夜だよ。どうも昔から追ってたっぽいんだけどね。理由はわからないけど。けれど、そういうのもひっくるめて、内田さんを愛してあげてほしい。“3年前”を乗り切れたのなら、可能でしょ」 「っ!・・本当に意地悪だよな、鈴は。今更・・わかってるよ。だから安心しろ」 “ただの男同士の恋愛”で終わるとは思っていなかった。将来の事を含めても。 「日向の思惑がどうで、オマエがそれにどう乗っかってるのかは聞かないけどさ。オレの気持ちは変わんないし、景だってそこら辺はオマエに言われてんだろ?・・もう、オレがあの人を守るしかないじゃん。愛してるからいいんだけどさ」 「言うねえ、涼平のくせに」  あははと、鈴が笑う。 「そこまで覚悟決めてんのなら、二人で仲良くしててよ。ただ、セックスの方はほどほどにしてよね。いざという時に、涼平の足腰が立たなくて、要らないとこが勃つんじゃ困るから」 「頼むから、そういう下ネタはやめてくれねえかな。女ってもんがわからなくなる。ただでさえ景が美人過ぎて性別的なもんが混乱してるんだ、オレの頭の中で」  切れ長の目が知的な色気を醸し出す恋人の顔を思い出して、涼平は再び顔を赤くする。 「咲奈さんも相当の美人だけどさ。景はなんていうか、強い色気?的な・・もちろんそんなにメイクは濃くないんだけど、とにかく目力が凄いというか。そりゃあ、あの目で迫られたら・・」 「涼平ってそんな簡単におちたわけ?あんなに自分は絶対に恋をしないとか、偉そうに宣言してたくせにさ。結局、美人が好きだったってことだよね。つまりは、涼平も普通の男だったわけだ」  アホらしい、と鈴は唇を尖らす。自分がそう望んでなった結果ではあったが、思っていた以上の涼平の変化に正直戸惑っていた。 「日向の男性って、男と付き合うと人が変わる血筋なわけ?哲人のバカさ加減にもますます拍車がかかってきたけど」 「お、オレと哲人を一緒にすんな!アイツみたいにオレはがっついてねえよ。・・ほんとに、恥ずかしくて。でもあっちは大人だからしょうがないのかなとも思ってる。だから、たまに子供っぽいとこを見るとホッとするっていうか」 「・・これから放課後に生徒会室に行くのが怖くなるわ。会長と副会長と書記の惚気を聞かされるボクって可哀想な存在よね」 「全部自分が仕組んだことだろうが。つうか、先生来るの遅くねえか?もうホームルームの時間も終わっちまうって」  スマートフォンの時計を見ながら、涼平が呟く。 「一時間目は英語だっけ。野村先生に何かあったのかな」  鈴の表情が曇る 。 「哲人も言ってたんだ。早く産休に入らせるべきだって。けど、受験間近の3年生の教科担当が変わるなんて、理事会もPTAもなかなか了承しないって。けど、優先すべきは自分の力じゃどうにもできない胎児だろって」 「去年までのウチの学校じゃ、妊娠すら受け入れられなかっただろうけどな。けど、やっと出来た命を優先してなんぼだっつうの。・・心配だな」  3年の英語担任の女性教師は長年の不妊治療の末、今年ようやく妊娠できた。が、この学校自体が都内有数の進学校で3年の担任が勉強に関係しない自己都合の行動に走っていることをよく思わない保護者や理事たちがいることは涼平たちも理解していた。そのための根回しも理事長で自分たちの親戚の高木琉翔と共に行ってはいた。 「 夏休みの間に、産休補助教員のあたりをつけとくって話だったんだけど・・」 「ごめん、遅くなっちまった。新任の教師を紹介する・・今月から野村先生の代わりに3年生の英語を担当することになった日向勝也先生です」  いつものホームルームの時間にだいぶ遅れて入ってきた担任教師の言葉に教室の中の空気がざわっと揺れる。 「か、勝也・・さん。・・なんで!」  鈴が思わず叫ぶ。その表情は明らかに先ほどまでの、親友を茶化すソレとは違っていた。 「なん・・で。貴方が・・」 「鈴!オマエも知らなかったのか?まさか琉翔さんが・・」  哲人は知っているのか?と涼平は考える。 (このタイミングであり得ないだろっ!確かに勝也さんは教員免許を持っていた。けど・・ くそっ!迂闊だった。新しい教師を理事長が推薦して採用した・・そんな単純な話なわけがねえ。こと勝也さんのことに限っては)  二人の思惑を、勝也はその目で推し量る。 (そりゃあ、そういう視線にはなるよね。別に二人を悩ませたいわけでもないんだけどな。悪いのは琉翔なんだから。哲人も怒るかな。それが一番・・嫌なんだけど)  ともかくもと勝也は挨拶をすることにする。 「Nice to meet you. It may be a short period of time, but let's do our best for the future and to spend a lot of time right now.(どうぞよろしく。短い間になるかもしれませんが、将来のためにそして今を充実して過ごすために私と頑張りましょう)」  ネイティブな発音を響かせて、勝也は生徒たちに笑顔を見せる。どよめきが起きた。 「英語すっごーい。それに、哲人くんとソックリの顔・・ヤバくない?」 「うちの教師になるくらいだもの、優秀な人だよね?」 「日向ってことは、日向くんの親戚?そうなの?鈴」  まあそう思うよね、と鈴は曖昧な笑顔を作ってクラスメートに答える。 「哲人やボクらに近い親戚ではあるよ。T大卒でこの学校のOBでもある。英語力は今聞いた通りさ。けれど・・」 (勝也さんが哲人に執着しているのを知っているはずなのに、なぜ琉翔さんはこんなことを・・) 「鈴、どうす る?」  そう涼平に聞かれるが、とっさにイイ考えは浮かばない。 「どうするって・・。とにかく休み時間になったらボクは哲人の教室に行く。琉翔さんには電話じゃなく直接聞いた方がいいだろう。・・どうあったって受け入れるしかないんだけどね」 「ごめんなさいね、皆さん」 と、担任教師と勝也の間に挟まれる格好になっていた女性教師が口を開く。 「大事な受験を控えた貴方たちに迷惑をかけることになっちゃうんだけど・・」 「気にしないでくださいよ、野村先生」 「先生はちゃんと赤ちゃんを産むことに専念してくれればいいんです!」 「そうですよぉ。たぶんこうなるだろうなって思ってたもん。ウチの親にも言ったんだあ、先生が大変そうだって」 「勉強するしないは、 最終的には生徒自身の責任なんだから・・ってウチの親も言ってたもの。それでも何か言ってくる保護者がいたら、それは自分の子供を信用してないってことだよねって」 「だから先生は安心して産休してください」 「みんな・・」  女性教師が涙ぐむのを見て、鈴が首を振る。 「なによ、ちゃんとみんなも考えてくれてたんじゃん」 「オレたち3年生はこの学校の一番大変な時を過ごしているからな。ちゃんとわかっててくれる・・」 「ならなおさら、涼平が追試ってのはヤバイよね」  鈴が大きくため息をつく。 「しょ、しょうがないだろ!ったく、タイミングが悪いっていうか」 「というわけで、ホームルームは終わり。この1時限目から日向先生に授業をしていただくので、野村先生は座っていてくださいね。おまえら、日向先生に授業のこと以外で質問するのは無しな」  担任教師の言葉に「えーっ」という声が次々と上がる。 「オマエらのそういう態度が保護者の心配と不信感を煽ることになるのもわかってんだろうが。や、教師のオレが言っていい言葉でもないけどな」  この担任教師は哲人たちが進める学校改革には生徒よりの立場で賛同の意思を明確にしている、生徒たちからも人気のある人だ。 「せっかく優秀でカッコイイ先生がきてくれたんだから、おまえら頑張れ」  勝也の最初の授業はすんなり進みそしてチャイムが鳴る。 「けっこうドキドキしていたのですけどね。みなさんが静かに聞いていてくれてよかったです」  そう言って微笑む勝也の顔を、 生徒たちはキャーキャー言いながら見つめる。 「うわあ、こういうのは予想がつてたけど・・」  ついと立って教室を出ようとした鈴が顔をしかめる。 「確かに分かりやすい授業ではあったけどな。オレは遠夜のクラスに行ってくるわ。念のため、あいつにも確認しておきたい」 「哲人いる?」  二つ離れた教室の中に入っていきながら、鈴は哲人を探す。が、直ぐに他の生徒から声がかかる。 「鈴ちゃん!野村先生の代わりにすっごいイケメンの先生が来たって本当?日向くんに顔がそっくりだって聞いたんだけど」 「・・はは、情報が早いね。哲人には言った?」  苦笑しながら鈴は生徒に尋ねる。 「うーん、今の日向くんにはちょっと言葉がかけられないかな。だってあれ・・」 と、女子生徒は一方を指差す。そこには哲人が座っていた。 「あ、席替えしたわけね。・・で、何が気に入らなくてあの表情?」  ただなる雰囲気を感じて、鈴は小声で聞く。 「わかんない。朝からああだったもの。流石にあの状態の日向くんには聞くってのは、ねえ」  女子生徒も困惑気な表情で肩をすくめる。 「あはは・・まさかと思うけど。とにかくボクが聞いてみるよ。朝から哲人が迷惑かけて悪かったねえ」  女子生徒に手を振って、鈴は哲人に近づく。気配に気づいたのだろう、哲人が顔を上げる。 「哲人ってば、女の子を怖がらせるような表情を君がしちゃいけないでしょ?まさかと思うけど、また直ちゃんとケンカしたの?」 「まあな」  短くではあったが、哲人ははっきりとそう答えた。またか、と鈴は天を仰ぐ。 「今度は何よ。テスト終わってからはイチャイチャしてたんでしょ?ケンカなんかする暇もないくらいに」 「琉翔さんが直央にちょっかい出してきてたんだ、テスト中。それが昨日わかって言い合いに・・っていうかオレが一方的に怒ってた気もするけど。でも、直央があんまり琉翔を庇うから」  この学校の理事長である高木琉翔は哲人と直央が住むマンションのオーナーでもある。哲人の親戚でもあり近所に住んでいることから、時々二人を訪ねてきていた。 「ウチに来るときは必ずオレの在宅時っていう約束を、琉翔は堂々と破ってきやがった。直央が部屋に一人でいるってわかってんのに入り込んで、一緒にアニメのDVD見てたって」  そう言いながら哲人は肩を震わせる。が、鈴はげんなりとした表情になる。 「あの人もそんなにヒマじゃないはずなんだけど・・。直ちゃんだって一人でヒマだったんだろうから、アニメくらいいいじゃない。ていうか、哲人が直ちゃんのバイトしたいって希望を許さないで、部屋に閉じ込めてんのが悪いんでしょ?そういうとこを琉翔さんに付け込まれているんじゃない」 「っ!・・それはそうかも・・しれないけど」  それでもムスッとした表情を崩さず、哲人は横を向く。 「だいたい、見てたアニメってのが数年前に放送されてたっていう琉翔原作のやつだって。それってアレだろ?性描写が顕著なやつだろ。そんなの、あの変態が直央に見せる理由なんてマトモなもんじゃないに決まってる。アイツが直央に向ける視線はほんとイヤラシイ・・」 「それは哲人も同じだと思うけどな。てか、そういうことあったのか・・くそっ」  勝也のことを告げるのがためらわれる。 (哲人のそういう反応がわかってて・・。いろいろタイミングが重なっている。琉翔さんの目的は何なんだ?) 「考えたらテストの終わったあの日の直央の様子もおかしかっ・・ん?鈴どうした?」 「や、実はその・・」  それでも他人の口からよりは自分が直接言ったほうがいいと判断して、鈴は勝也のことを告げる。 「勝也さんが?・・知らない、オレは聞いていない!」 「哲人?」 「何が目的?直央か?」 「ど、どうしたのさ哲人」  哲人はもともと勝也を誰よりも尊敬し慕っていた。その彼が、恋人のことで怒っていたときよりもっと顔色を変えていいる。 「勝也さんと、何かあったの?」 「勝也さん・・アメリカで直央と会ってたって。オレと直央の関係も知っていたのに、黙っていた。そしてアメリカで直央に言ったらしい」 『直央くんはいつかとても大切に想える相手と巡り合える。それまでに少し嫌な思いをするかもしれないけど、キミはとても良い子だからその人と幸せにね。そして、今日のことは忘れなさい。私のことも。“あの時のように・・”ね』 「そ、それって・・」  鈴の表情も変わる。 (まさか8年前のアノ事?勝也さんも知ってるのか?直ちゃんと哲人にあの出会いのときの記憶が無いってことを) 「とにかく、ボクが放課後琉翔さんに直接聞きにいく。あの人が哲人たちに対してそういう行動を取ったっていうなら、哲人は接触しない方がいい。勝也さんとも必要以上に話はしないで」 「あ、うん・・今日は早く帰っていいか?」  哲人の声が急に弱々しいものになる。 「てか、本当は今すぐ帰りたいくらいだ」 「気持ちはわかるけど・・哲人はなるべく普通にしててよね。勝也さんの出現で、おそらく君との関係が生徒たちの興味を凄く引くだろうから」 「鈴、お帰り。哲人はどうだった?」  自分の教室に戻ると、すぐに涼平に声を掛けられる。 「また直ちゃんとケンカしたんだって。で、勝也さんの件は知らなかったみたい。まあ、いろいろ琉翔さんが動いてる感じではあるね。今日は哲人は早めに帰すよ。涼平は追試ガンバレ」 「・・何でそんなオチになんだよ。つうか、哲人もしょうがねえヤツだな。あんだけ惚気てるくせに、何でしょっちゅう喧嘩できるんだ?」 「琉翔さんがちょっかいかけてるみたいだよ。涼平も惚気まくってるけど、内田さんと喧嘩しないでよね。ボクはもう面倒みきれないよ・・。ところで遠夜の反応は?」 「あいつのことだから、本心はわからないけどな」 と、涼平は首をひねる。 「怪しかった?」 「少し顔色は変わったけどな。一応、知らなかったとは言ってたけどさ。てか、学年の違うクラスに行くのって何であんなに緊張するんだ?視線が痛かったし・・」  ため息をつく涼平を見て、鈴は自分も小さく息を吐く。 (そりゃあ、涼平は人気あるからに決まってるじゃない。その涼平が努めて目立たないようにしている遠夜に会いにきたとなれば・・日向への牽制になるか?) 「もう2年生にも噂が流れてんじゃない?橘涼平熱愛発覚の噂がさ」 「・・マジ?」 「で、鈴は私に何を確認にきたのかな?涼平の件は君の思うとおりになったはずだけど」 「勝也さんを必要以上に哲人たちに近づけるのは何故です?あの人に一番執着しているのは琉翔さん、貴方のはずだ。なのに、あの人を使って何を企んでいるんです?」 「どうしてそう思うのかなあ。野村先生の産休は急務だったはずだろ?身近にたまたま優秀な有資格者がいただけだよ。理事会の承認も得ているしね。校長から報告をもらっているが、さっそく生徒たちにも人気なようだね。最初の授業は他ならぬ君たちが受けたはずだが、どうだったね」 「・・ボクは8年前のことを覚えているんですよ?哲人も直ちゃんも忘れているあの事実を。どうやら勝也さんも関係しているようですね。貴方が涼平と内田さんのことにも協力的なのは、あの二人に関しても裏がある・・そう疑わざるを得ないんですよ」  鈴は真っ直ぐ琉翔を見つめ言い放つ。琉翔は肩をすくめながら 「それでも、君は私を利用するのだろう?一番の汚れ仕事を引き受けながら、君だけが独りモノだ。可愛い女の子がもったいない」 「・・質問に答えてくれる?そして哲人を惑わせないでよ。涼平だってやっと3年前を乗り越えたんだ。貴方といえど、邪魔はさせないよ!」 「哲人を一番大事に思っているのは私だと自負しているのだがね」 と、琉翔は苦笑する。 「勝也にしても、必要だからあの学校に送り込んだ。今の哲人なら大丈夫だろ?それこそ君が側にいるわけだし。日向を変えたいと思うなら受け入れなさい。重ねて言うが、私は何より哲人が大事なんだ。彼だけは必ず守るよ」 「お帰りなさい、涼平。追試はうまくいった?もう少しでご飯の用意ができるから」 「景・・早いんですね」  今夜も一緒に過ごすことになるんだろうなとはわかっていた・・つもりだった。 「もう、仕事終わった・・のか?で、食事の用意って・・」  基本自炊はしていた。が、万が一を考えて部屋に刃物類は置いていない。 「二日もいれば、そりゃあね。涼平の立場は理解してるつもりだし。今はカット野菜って便利なものがあるのよ。んで、残業も断ってきましたあ!新婚だからって言ったら、上司も納得してくれたよ。来週からはマジでそういうわけにはいかないんだけどさ」 「し、新婚て・・」 と、涼平は今日何度目かの赤面状態になる。 「そ、そんなんで納得するんですか?会社って」 「態度で示してきたんだよ。自分的には本気でそういうつもりだもん」  ふふんと鼻歌を歌いながら、景はそのままキッチンに戻る。 「頑張って奥さんするからねえ!楽しみにしててね」 「奥さんて・・セックスの時はあっちがリードする立場じゃねえか」  思わずそう言って、涼平はとことんまで顔を赤くする。 「でも可愛いな、料理してる景って」  自分でも思いがけない言葉が口をついて出る。 (そんなこと・・思ってる余裕はないはずなんだけどな。勝也さんのこととか、哲人のこととか。つか、こういう状態を自分でも危惧していたはずだ。オレの生きる理由はあくまで哲人の幸せのため)  景も普通の男ではない。それは彼の性癖だけではなく、自分の・・日向の業に関係するもの。だからこそ、彼を愛おしくも思う。 (それがオレに課せられた運命なら、オレはもう逃げない。・・愛しているから) 「ごめん、直央!オレが悪かった・・ちょっしたことですぐ怒って・・言い訳になるけど、直央はほんと誰にでも好かれるから・・。どうしても不安になるんだ。けど、だからといって直央を閉じ込めておく権利はオレには無いし・・だから・・」 「て、哲人?」  マンションに帰ってくるなり自分に頭を下げる恋人の様子に、直央は戸惑う。 「どうしたの?や、オレはどうしたって哲人のことが好きだから。・・何か学校であった?」 「・・うん。勝也さんが、ウチの学校の教師になった。もう人気者だよ、彼。そりゃそうだよね、カッコいいから」 「何でそんな寂しそうなの?憧れの人だったんでしょ、勝也さんは哲人にとって」  そう言って首をかしげる直央を哲人は思わず抱きしめる。 「哲人、どうし・・」 「ごめん、わからないんだ。勝也さんにしろ琉翔にしろ・・一体オレをどうしたいのか。ごめん、直央はかっこいいオレを望んでいたのに、結局はこんなオレを見せてしまう」  情けないと思う。 「ていうか、鈴にしろ涼平にしろ肝心なことはオレには言ってくれないんだ。オレを守るためとか、それはわかっているけど・・。オレは一体何なの?ってどうしても思っちゃうんだ。ごめん、ほんと情けない恋人で」 「オレは哲人の側に一生いるんだから。そりゃあ、いろんな哲人を見ることになるって。鈴ちゃんも涼平くんもそういうの承知して・・ていうかオレ以上に哲人のそういうとこ見てるはずだよ。でも哲人のこと好きだから、二人とも哲人と一緒に頑張ってるんだよねえ。で、そういう哲人の恋人になれたオレは世界で一番幸せな男だと思ってるから」  毎日そう思っているし伝えてもいるはずなのに、それでも哲人の不安を払拭できないことを歯がゆく思う。 「頑張る・・から。大好きだから!」       To Be Continued

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