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第27話
(日向先生・・か。確かに哲人に似ているな。声もなんとなく。授業の仕方も上手い。教師の経験は約1年ほどだって言ってたけど、その割には堂に入ったものだよな。流石に日向の人間だけあるか。生徒の名前も全部覚えてきて顔と一致させてるし。準備万端過ぎというか、器用過ぎというか。なんかどっかの誰かさんみたい)
生徒会書記の生野広将は、リハーサルは無視、セットリストも無視、時には相方の自分をも無視するのにライブもレコーディングも結果的に完璧にやり終えるバンド仲間であり自分の恋人でもある男性を思い出して、つい「くくっ」と笑ってしまう。
「おや?生野くん。私は面白い話をしていたわけじゃないですよ。むしろこの例文は悲劇なのですが、私の感情のこめ方に問題がありましたかね?」
「!」
突然、教師の声が間近から聞こえた。広将は驚いて顔を上げる。
「ひ、日向先生・・すいません、そういうわけでもなかったのですが・・」
生徒会長の日向哲人によく似た顔と声で紡がれるその例文は英文法というよりは、むしろ最上級の英語朗読劇のようなものだと思っていた。ネイティブすぎてところどころよくわからないこともあるけれど。
「ふふ、表現力ならおそらく君の方が上でしょうけどね。君の歌はネットで聞かせてもらいましたが、英語の発音は完璧でした」
「へ?ど、どうも・・」
優雅な笑みを浮かべるその口から発せられたセリフに、どう反応していいのかわからず広将は曖昧な表情になる。広将が所属するバンドが歌う秋アニメのPVの再生回数は動画サイトでかなりの再生数になっていた。
「私はけっこう音痴なもので、君が羨ましいですよ」
「ああ、そういや哲人もイイ声の割りに、歌は下手・・っ!」
しまったと口を押える広将に、日向勝也は優しい調子で声をかける。
「あの子は鼻歌さえ調子が外れてしまいますからね。・・内緒の話なんですけどね」
その言葉にどっと笑い声が起きる。
「・・そうですね、次の英語の授業は自分はこれが好きあるいは得意だというのを英語で発表してもらいましょうか。みなさん、考えてきてくださいね」
「てことがあったんだよ。素敵な人だね、日向先生って。流石に哲人の親戚だなって思った」
放課後、生徒会室に入るなり広将は興奮気に話し始める。
「うちのクラスでも人気者だよ、先生。日向の血筋って、涼平や鈴もそうだけど美形が多すぎない?」
「いっちゃんも十分美形だよ。だからあの遊び人の侑貴が真面目に仕事してんじゃん。ま、恋の力は偉大ってことよね。・・ね、涼平」
「は?何でオレにふる・・」
「そういえば涼平・・恋人が出来たんだって?美人な男性って聞いたけど、まさか内田さんのことじゃないよね?」
思い出したので聞きました、というように広将は尋ねる。
「はあ?」
「いっちゃんて割と天然よね。勝也さんの話題出した後に、涼平のコイバナ持ってくるんだもの」
「ん?何か変な事言った?オレ。昨日から他のヤツにも聞かれてたんだけど、昨日は涼平は追試だったし鈴も哲人も早く帰ったから・・」
鈴の言葉に広将が困惑すると同時に、ようやく状況を理解したらしい涼平が叫ぶ。
「ダメなのか!?オレがあの人とつきあったらダメなのか!」
「自爆してどうすんだよ、涼平ってば・・。てか、そんなに気にしてたのか」
「・・本当に涼平が内田さんと付き合ってるの?や、今さらウチの生徒と付き合うなんてことしないだろうし、涼平の周りで鈴も知ってる綺麗な男性って一人しか思い浮かばなかったんだけど。でも、涼平が男性を好きになるなんて・・」
と、広将は不審顔で聞き返す。
「だいたい、いつ仲良くなったの?2か月前に学校の近くで会ったのが最初だよね?あれから、彼も涼平も忙しかったはずだけど、夏休みに何かあったのか?」
「内田さんの顔が涼平のど真ん中だったみたいだよ。もうね、惚気まくりなの。・・ぶっちゃけ哲人並よ?」
「へ?ど真ん中って・・そっか涼平ってああいう顔が好みだったんだ。そんで、惚気るのかあ。本気で彼のことが好きなんだね、よかった」
心の底から安堵したというように、広将は微笑む。
「へっ?生野はそれで納得してんの?お、オレがオマエのマネージャーとその・・なんていうか、仲良くなっちゃったってのを・・」
「だから、何で無駄にぼかした言い方するわけ?別に普通に恋人になりましたって言えばいいでしょ?だって、それは揺るぎない事実なんだし」
ずっと二人で生きていくつもりなんでしょ?と鈴は涼平に聞く。もう離れる気はないのでしょ?と。
「そうだけど!・・っ!」
涼平はそのまま顔を下を向いてしまう。
「・・本気で好きに・・なった。ずっと一緒にいたいと思える人なんだ、景は」
「け、景!?そ、そこまで親しくなってんの?下の名前で呼ぶほどに・・。いつの間に・・」
広将の顔が困惑したものになる。
「多分、今日もあの人はオレの家に・・帰ってくる。オレは一人暮らしだし、好きな人とはそりゃあ一緒にいたい。けれど、あの人の立場的にマズイ・・だろ?オレは高校生で、あの人は大人で」
「そんなこと心配してたんだ?涼平らしいっちゃ、らしいけど」
鈴が苦笑する。
「確かに今のままの立場で同棲はマズイかな。青少年保護育成条例的に?ま、涼平はもうすぐ18歳の誕生日を迎えるけどね。けれど、高校生なのは変わらない。事情を知らないモノから見れば、ヤバイ案件。関係も持っちゃったんだし、言い訳もできないよね」
「・・関係を持った?って・・涼平と内田さんが?そ、そこまで進んでたのか・・」
「い、生野!あんまり深く考えるな!や、もちょっと考えろ!オマエのマネージャーの話だぞ。変な噂がたったら困るだろ。オマエらのバンドの足を引っ張ろうとしてる輩もいるんだ。景はただでさえ目立つんだし・・」
呆れた表情で答える涼平を、広将はじっと見つめる。少し微笑みながら。
「?」
「涼平は優しいね、やっぱり。自分の恋より、オレたちの心配をしてくれるんだ?ふふ、ありがと」
「内田さんもそこら辺はわかっていると思うけどね」
鈴も同じように微笑んでいる。二人のそんな様子に涼平は戸惑う。
「何でそんなに余裕ぶっこいてんだよ、オマエら。オレは悩んで・・」
「悩まさせて悪いと思っているよ。けど、大丈夫だと思う。・・んー、これはオレの口から言ってもいいのかな?」
「は?」
生野は頭を掻きながら答える。
「うちの事務所に子会社が出来ることになってね。彼はそっちに移ることになってるんだ。今週末のアニメの先行上映会の時が最後の仕事ってことになるね」
「・・聞いてないぞ、そんなこと。なんでだよ、オマエらをスカウトしたのも、今の仕事をできるようにしたのもあの人の手腕だろ。何で子会社になんてことに・・」
唖然とした表情の涼平の手を、鈴が掴む。
「鈴?」
「本気であの人のことを想ってくれるのね。涼平が、哲人以外の人間にそういう気持ちを向けられるようになったのが、ボクはすっごい嬉しい」
「・・鈴」
「鈴と内田さんて似てるとこあるからね。そっか、だから涼平が内田さんのこと好きになったのか。まさか男性を相手にするとは思わなかったけど」
鈴と涼平を見ながら、広将は少し複雑な表情で呟く。
「どういう意味?景は優し気な美人て感じで、鈴はどっちかというとキツイ感じ・・」
「顔のことじゃないよ。雰囲気ていうか、中身。ずっと鈴の側にいた涼平なら分かると思うんだけどな。それとも無意識?まあ、顔はどっちも美形だけどさ」
そう言って広将は苦 笑する。仕方ないやつだなと。
「アニメ部門に力を入れることになったんだって、ウチの事務所。内田さんはそっちを希望したんだ。元々マネージャー業務してたわけじゃないしね。少なくとも、オレたちが卒業するまでは新会社の設立に奔走することになると思う。だからもしかしたらデートの時間も中々とれないかもだけど、一緒に住むならそんなに問題ないよね」
「も、問題ないって・・いいのか?」
「うん。て、何でオレに遠慮するわけ?二人の問題でしょ?ただ・・いや、何でもない。てか、涼平が年上の男性を好きになるなんて、ホント驚きだよ。あんなに、哲人と直央さんのこといろいろ言ってたのにさ」
それに・・と広将は思ってしまう。
(隣にこんな可愛い子がいるのにさ。他の子の告白を断ってたの、鈴のためだと思ってた。いくら内田さんの顔が好みだからって、男性をそんなにすぐに好きになるようなやつじゃない、涼平は。内田さんだって、そう簡単に10も年下の男に手を出す人じゃない。何があったんだ?)
『涼平・・いつかはオマエらのことちゃんと話してくれるか?オレの“今”には哲人やオマエらの存在が不可欠だったんだ。・・ちゃんと、知りたいんだ』
『バカだな、平和が一番なのにさ。悪いけど、確約はできねえ』
(まだその時じゃないのか?オレと侑貴をくっつけたくせに・・何で言ってくれない?)
「・・ぶっちゃけ、オレ自身が戸惑ってんだよ。景がオレを好きになってくれたこともだけど。・・オレが他の誰かを好きになって意思表示ができたっていうことも。それが本当に正しいことなのかって思っちゃうんだ。景の気持ちを嬉しいしと思うし、オレの心も決まっているのに・・なのに不安なんだ」
涼平が頭を抱える。
「涼平!」
「今ならわかる。哲人もこんな気持ちで直央さんと付き合い始めたんだなって。真剣だからこそ、なおさら」
「今日も内田さんは涼平のとこに帰ってくるんでしょ?」
そう言いながら鈴が涼平の頭を撫でる。
「鈴・・」
「涼平はね、一つ山を乗り越えたの。ボクや哲人の存在だけじゃ足りなかったんだよね、涼平が生きる意味だけじゃなく幸せを見つけたいと思えるようになるってことが」
「っ!」
「え?」
「ふふ」
二人の男子生徒のそれぞれの反応を見ながら、鈴は小さく微笑む。なぜ、自分はこんなにも寂しくそして暖かい気持ちになっているのだろうと思いながら。
「嬉しいって思えること自体が幸せだと思うよ?確かにまだボクたちは“普通の日常”をおくれない立場ではあるけど。けどそれはボクらにとっては“人とは違う正しいもの”なんだ。それがボクらにとっての事実だから」
「意味・・わかんないよ」
涼平が呟く。
「涼平と内田さんが愛しあったのは事実なんだもん。その事実も気持ちも消せないんだから、間違いじゃないんだよ。普通にときめくんでしょ?ドキドキするんでしょ?それって恋じゃん?男だってわかってても」
「・・別に今までだって幸せだったよ。ずっと見ているだけの存在だった鈴や哲人とこうやって一緒に活動ができるようにな・・」
「それは一口で言っちゃえば課せられた運命。内田さんのことは、涼平が自分でつかんだ運命。重みが違うでしょ?やっと自分で意思表示して自分の腕の中に迎えられた最愛の人。そう思いなよ、哲人だってそうだよ」
「!」
「もう、好きだって思っちゃったんでしょ?口に出して相手に伝えたいと行動できるほどに。それは内田さんだってそうだよ。涼平なら、受け止めてくれるって思ったんだよ。それを思わせるだけの器量が涼平にはあるから。だいたい、どんだけの人が涼平に片想いしてさ、フラれたと思ってんの。どうせ把握してないでしょ?けれど涼平は好かれるの。ボクだって好きだよ?・・けど、哲人の方が好きなの」
あは、と笑う鈴を広将は複雑な心境で見つめる。
(涼平の迷いの中には、鈴への想いもあるからじゃないのか?どう考えたって鈴と付き合う方が自然だもの。涼平が鈴のことを好きなのはわかりやすいほどにはっきりしてたから)
「涼平は何で内田さんを好きになったの?鈴が言った通り、涼平は去年から何十人も交際を断ってるよね。なんだかんだ言ってたけど、一番の理由は他に好きな人がいるからだと思ってた」
広将は真っ直ぐに二人を見据える。
「内田さんは、中身と外見は確かに友達としてならオレも涼平には紹介できるよ?あの人のおかげで、オレたちの今がある。けれど、涼平の性格的に直ぐに誰かを受け入れるってことは無いだろ?恋なんて・・。だから、一つだけ教えてほしい」
「え?」
「内田さんは“涼平にとって特別な人なんだね”・・ね?」
はっきりと教えてもらえないのがとても寂しいとは思う。
「鈴も認める何かがある・・それが、涼平と内田さんの絆であり愛なんだよね?」
「さっすが、いっちゃん。愛の言葉を囁かせたら、ほんとプロだよね。プロだけどさ。ふふ・・そういうところで納得してくれて、そんで涼平を導いてくれたら助かるんだけどね。同性同士のカップルの先輩としてさ」
「鈴・・君は・・」
「だってさあ」
と、鈴ははあーとため息をつく。
「哲人と直ちゃんみたくなってもらったら困るもの。涼平は基本は硬派だけど、どうも始まりはセックスだったみたいだしね。一緒に住むとどうしても、ね」
「り、鈴!」
涼平の顔が最大級に赤くなる。
「ばっ!生野の前でそんな話するんじゃねえよ!景がそういう人だって思われちまうだろ。まだ生野のマネージャーなんだから」
「そっちの心配?」
呆気にとられた後、広将はあはははと大声で笑う。鈴たちも聞いたことの無い声で。
「いっちゃん・・」
ひとしきり笑って、広将は嬉しそうに話しだす。
「ふふ、涼平はそういう人だよね。そりゃあ、内田さんも好きになるというか。鈴も・・だから、なんだね?君は強い子だから」
「そういうこと。面白いカップルにはなると思うけどね」
と、鈴も笑う。
(鈴は・・強すぎて何でも抱え込んじゃう。器用なのは認めるけど、だからこそ哲人も涼平も心配してたんだ。でも恋心はどうしたって止められないから・・オレもだけど。でもそれじゃ鈴はどうなる?)
「て、いっちゃんは 余計な事考えなくていいからね。いっちゃんもだけど、涼平も優しすぎてボクが困るだけだもん。涼平もいっちゃんも、真剣に幸せになること考えてよね」
どうしてボクの気持ちをわかってくれないのと拗ねるような顔になる鈴を涼平は改め(やっぱコイツ可愛いよな)と思ってしまう。哲人も同じ気持ちのはずなのに、それでも哲人の恋情は同性の恋人にしか向くことはないのだろうと、自分の現状をも含めて複雑な気持ちになる。
「とにかく涼平もいっちゃんも、彼氏と喧嘩してそれを学校生活にまで持ち込むってことはしないでほしいのよね。哲人みたくさ」
「それは、鈴がいちいち構うからだろ。子供じゃないんだしさあ、哲人も。・・って、哲人はどうしたんだ?文化祭のことについての報告書を持ってくるんじゃなかったのか、アイツが」
今思い出した、と涼平が立ち上がる。
「あ、悪い。哲人は一宮くんに捕まってたんだ。何か深刻そうな表情してたから、オレは余計なことは言わずにその場を離れたんだけど・・あ、これが哲人から預かった書類。出すの忘れてた、ごめん」
広将がきまり悪そうに、机の上に置いていた紙束を涼平に差し出す。
「一宮が?哲人が今忙しいのは、彼ならわかっているはずなのにな。んで、哲人もそれに応じるとか・・」
広将から書類を受け取り、涼平はそのまま立ち続ける。
(嫌な・・予感はする)
「ところで、生野は何で勝也・・日向先生の話を始めたんだっけ?けっこう唐突だった気がするけど」
そう、何気なく聞いたつもりだ った。
「それは・・そうだ、ここに来る途中で聞かれたからだよ、哲人の居場所を」
少し考え込んだ後、広将はそう答える。静かに鈴が席を立った。
「・・誰に?」
「日向先生だ・・っ、鈴!」
二人の会話を聞くなやいなや、鈴はだっと走って生徒会室を出ていく。
「どうし・・」
唖然とする広将の背中を、涼平はポンと叩く。
「悪い。オレたちが20分たっても戻ってこなかったら、帰って構わないから。それから・・オレの気持ちは多分オマエが思っているとおりだ。けど、景のことを大事にしたい。愛しているから。そして鈴の気持ちも尊重したいんだ。なるべく、迷惑はかけないようにするから」
そう言って涼平も走り去る。呆気にとられたままの広将と、表情を変えずにパソコン画面を見つめる黒木遠夜を部屋に残して。
「なんだってんだよ、二人とも。日向先生と、哲人は親戚だろ。何で慌てる必要が・・」
「いいじゃないっスか、生野先輩。副会長が帰っていいって言ってんだし、素直に言うことを聞いておけばいいんですって」
唯一の2年生役員で会計の遠夜のセリフに、広将は苦笑しながら答える。
「黒木は気楽でいいよな、ほんと。あんな話した後で、気にならないはずがないだろ」
「そりゃあ、オレはここで電卓とネットを駆使して予算の有効活用を探るのが仕事っスからね。先輩方と違って、他に特技も恋人もいませんし」
そう言うと、遠夜は初めてニヤッと表情を変えた。
「っ!」
「涼平先輩があんなにはっきり誰かへの想いを口にしたのは初めてでしょ? それがあの人の一番の気持ちなんだって、何曲もラブソング書いてきて、自身も最愛の人と結ばれた先輩ならよくわかるでしょうが」
「黒木って・・オレたちの会話を聞いてそんな風に思ってたの?なんだか意外・・」
よく話す間柄ではないが、どちらかといえばお調子者だと思っていた。何故か哲人がいる時にはほとんど動くこともしないのだが。
「オレだって思春期真っ盛りの男の子ですからねえ。いろいろ考えてますよぉ。それに、哲人先輩のことだからほとんど仕事は出来てるはずですよ。後は、予算のやりくりだけで・・ちょっと見せてもらえます?・・ああ、やっぱりそうだ。残りはオレの仕事なんで、生野先輩はそろそろ帰っていいですよ。あれから20分は経ってますしね」
「は?そんなわけにいかないってば。仕事もそうだけど、オレはあいつらの友達なんだから。・・もう知らないままでいたくないんだ。あいつらが無茶をやるんなら、オレはそれこそ・・」
もう自分の立場は無関係じゃないはずだと広将は思う。
「涼平が内田さんを愛しているというなら、尚更だ。ちゃんとしたこと知らないで後悔するのは、もう嫌だから」
「まあ、そう言いたくなる気持ちもわかりますけどね」
と、遠夜は肩をすくめる。本当にみんな勝手だと小さくため息をつきながら。
「さっきから、先輩のスマートフォンが早く気づいてくれって身体を震わせているんですけど?」
「は?・・って、わっ!よ、よくわかったね。あー、侑貴からだ。ちょっと、ごめん」
スマートフォンを握って顔を赤くしながら部屋の隅に移動する広将を、遠夜は面映ゆい思いで見つめる。自分でも意外だと思う感情で。
(そういう素直な恋は大切にしてほしいとは思っちゃうのよ、オジサンは。年を取ると不器用になるだけだから。ったく、勝也は・・琉翔もだけど、オレの仕事を増やすなっての。こいつらの子守りだけで大変なんだから)
にしても、行動に出るのが早すぎると遠夜は訝しぐ。もちろん彼は哲人と勝也と琉翔の間の複雑な関係を知っている。それにどう直央が絡んでいるのかも。
(復讐・・ねえ。琉翔も何を考えて勝也を教師にしてんだか。涼平に恋人ができたっていうのは琉翔にとってもイレギュラーなことのはずなんだけどね。オレだってまさか涼平が受け入れるとは思ってなかったもん。若い子の恋愛観が読めなくなったらこの仕事も引退かねえ。殺されちゃうかな?オレ)
「や、忘れてたわけじゃないよ。まだ時間はあるだろ?・・は?・・バカなこと言うなよ、オレはオマエだけ・・わかったよ、行くから」
はあーっと大きなため息をついて、広将はスマートフォンをポケットにしまう。
「彼氏ですか?」
「うん。アニメ公式のツイッターに上げる宣材写真を今日撮ることになってたんだけど、それが予定よりちょっと早くなったみたいで・・」
「で、なかなか電話に出ないから浮気中かと疑われたと」
あははと笑う遠夜に広将は恨めし気な視線を送る。
「笑いごとじゃないよ、っとに・・。オレの普段の行動の何を見て、浮気を疑うんだか。哲人よりメンドクサイや、ほんと」
「でも、愛してるんでしょ?声が甘かったですもん。案外、その声を聞きたくて彼氏さんもムチャ言ってるのかもっスね」
嫌味ではなく、半ば感心した様子で遠夜はそう言った。自分たちの高校時代にはなかった、出来なかった体験が素直に羨ましかった。
「そ、そう?い、意識はしなかったんだけど・・」
と言いながらソワソワしている広将に、遠夜は笑いながら手を振る。
「オレが残ってますから早く行ってきてくださいよ。仕事に穴を空けるってことだけはするなって哲人先輩も言ってたでしょ。ってほら、また電話きてますよ」
「えっ?や・・ああ・・うん。じゃ、じゃあ悪いけど鈴たちに言っておいてくれる?・・あ、侑貴?うん、今すぐ行くから」
「やっと行ったか 。顔の割りにメンドクサイやつだな。ま、男と付き合う男なんてそんなものか。琉翔にしろ亮にしろ。そして破滅するんだ。まあ、昔は鈴のような存在はいなかったからな。だから、鈴を日向本家に取り込みたかった・・・なのに哲人本人を外に出してしまった。琉翔の我儘にもほどがある。直央を駒にするだけでもアレなのに、勝也まで・・」
はあ、と本気のため息をつく。今の立場はそれなりに楽しいし、再びの高校生活は今が一番充実している気がする。
「来年もこのまま高校生やってもいいかな。用済みにならなきゃだけど」
誰よりも日向一族の裏を知り、誰よりも日向本家を掻きまわしたい男はそう本音を呟く。
「まあ、琉翔の思うようにはさせないよ。哲人を“壊させる”わけにはいかない。できれば、勝也も救いたいね。あいつの“保護者”にも頼まれてるし。無視してもいいんだけどさ」
そんな約束を自分が守るとはあの二人も思っていないだろうと、遠夜はくくっと笑う。だからこそ、他の案件よりは“気持ちだけは”寄り添ってあげたいと。
「結局は・・哲人たちを気に入っているんだよな、オレ。見てて飽きねえわ。つうか、それが条件とはいえ本当にオレの存在を把握してないのか、哲人は。いくら何でも寂しいっての」
To Be Continued
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