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第29話

「いよいよ今夜だねえ。日曜の22時から30分枠。どうなるかははわかんないけど、明日は涼平の学校は大騒ぎだとは思うよ。先行上映会の様子見た限りじゃ、やっぱりエンディングで盛り上がったもの。絵の良さももちろんあるけど、歌が秀逸だよ」 「不思議な気はしますよ。知り合いの歌声がテレビから聞こえてくるなんてのは」  恋人である内田景うちだけいの興奮した声を受けて、橘涼平はにこやかに答える。 「ご飯よそっちゃっていいですか?」 「・・涼平って何でそんなに冷めてんだよ。オレだけ盛り上がってるみたいじゃん。広将は涼平の友達なんだよ?そりゃあ、君たちは君たちで超人的なとこはあるけどさあ」  呆れた声をだしながら、景は箸を並べる。二人が涼平の家で“ほぼ”一緒に暮らし始めて約一か月。日曜日のこの日も夫婦同然のように過ごしていた。 「なんていうか、あんまり実感がないんだもの。メジャーデビューするったって、生野自身は全然変化ないですしね。普通に高校生してますし。そりゃあライブハウスで歌ってるとこは何度も見てますけど」  涼平の高校の同級生である生野広将は、あるテレビアニメのエンディング曲を担当するバンドフルールのボーカル兼ベーシストでバンドリーダーの上村侑貴の恋人だ。 「ビジュアルだって、侑貴と付き合い始めてからはメガネをコンタクトに代えたくらいで。もともとバンドマンて感じの顔ではなかったけど、整った容姿ではあったから・・」 「むしろ侑貴の方が抑え気味になったかなあ。まあ、それまでが派手すぎたんだけど」  最近まで彼らのバンドのマネージャーだった景がくくっと笑う。 「あ、鈴も言ってましたね、そんなこと。恋の力は偉大だって」 「ふふ、あれで広将って嫉妬深いから」 「えっ?」 「意外でしょ」 と、景は苦笑する。 「あのアニメの声優・・ガヤ要員だったんだけど、侑貴のファンだったみたいでね。男なんだけど。たまたま音響監督との打ち合わせにきた侑貴とちょっとひと悶着あったときがあったの。それも問題ではあったんだけど、どうも割と侑貴の好みだったみたいなんだよね」 「は?」 「つまり怒ってる反面、まんざらでもないって雰囲気出しちゃったんだよ、侑貴が。丁度、ちょっとした喧嘩をした後らしかったんだけどね。凄かったよ、そん時の広将の表情。流石に打ち合わせはそつなくこなしてたけど、オレだって広将を怒らせるのは避けようと思ったくらいだったもの、その後は」 「う・・そ。あの生野が?真面目で優しくて気配りの人の・・生野が?信じられないです・・」  生徒会の良心、と会長の日向哲人に言わしめている広将がそんな・・と涼平は困惑する。 「そう意味でも恋は偉大なんだよ。本心を示さないと後悔するって思わせちゃうんだもの、広将みたいに静かな性格の男にもさ。フルールって“動のユーキ、静のショウ(ファンのからの広将の呼び名)”ってのがウリなとこあったでしょ、インディーズの時は。でも、今は確実に純粋に音楽性が高く評価されてんの。特に今週発売のファーストシングル、つなりアニメのエンディング曲だけど、内緒の話だけど初動がオープニング曲より多いのよ」 「!」 「向こうさんのほうが大手だし、テレビスポットでもオープニングの方を推すようにはしているんだけど、うちの上層部とレコード会社がえらく強気でね。ま、2クール目のオ プニングが内定してるってのもあるだろうけど。多分・・ていうか確実にニュースになる。広将の身辺も忙しくなるだろうけど、彼を助けてあげて」 「って!」  そう景に頭を下げられ、涼平は慌てる。 「オレは音楽業界のことはわからないし、生野はもうプロなんだ。そりゃあ確かに生徒会の仕事はかなり難しくなるだろうけど、卒業まではテレビ出演は無しって話でしたよね」  涼平たちが通う学校は都内でも有数の進学校で、これまで芸能活動をする生徒など皆無だった。 「ここまで盛り上がるとは思わなかったんだ、正直」 と、景が頭を掻く。 「ただ、CDの宣伝活動なんかはどうしてもしてもらわなきゃいけない場合もある。ビジュアルで売りたいって声もあるからね。一人だけ高校生、 それも名門校の生徒会役員ってバックボーンもあるからね」 「ビジュアルねえ・・そんなつもりはなかったと思うんだけどな。侑貴のための自分でありたいってのが本音だろうし」   『おかしいだろ!本気の恋愛を求めているくせに、嫌いな男に縋って生きるのがアイツの人生だなんて。不安なくせに、無駄に哲人や直央さんを煽って、オレに・・迷惑をかけて』 『アレは・・本気のキスだったんだ。オレの覚悟と想いを乗せた・・けど、侑貴には届かない!』 「侑貴に告白する前に、生野はオレにそう言ったんです。歌は熱いけど、普段は物静かで誰にでも気を配る優しい男・・ってのがオレの生野の印象だったんですけどね。本気の恋をすると人って変わるもんだなって」 「そうだね、前にも言ったけど広将と侑貴はほんとべったりだよ。・・守っているのかもしれないけどね、侑貴を孤独から」 「え?」 「広将は知ってるんだろ?侑貴と彼の元養父のいざこざを。侑貴にとっても、広将が最後の望みだったのかもしれない。あの頃、侑貴の視線は常に広将に向けられていた。たぶん、恋ではなかったとは思うけどね。広将なら、侑貴の気持ちに気づく。オレもずるい大人でね、広将に頼ってしまったんだよ。マネージャー失格だったんだ」  そう言って、景は弱々しい笑顔を涼平に向ける。 「今のこの状況も広将は本当は望んじゃいなかったんだろうけど・・けれど侑貴を守るためには大いなる自信と、それからお金がいる」 「っ!なんで・・や・・」 「侑貴はああ見えて繊細だからね 。そして“確実なもの”を欲しがる。でも、広将は“普通の高校生”だからね。その将来のことも考えて自分に巻き込みたくないとも思ってた。そういうのを侑貴自身にも周りにも大丈夫だと納得させるために、広将は今の状況を受け入れた。確実な収入と未来を生み出すこの現実を」 「あ・・」 「将来二人で暮らすためにも周りを納得させるための環境が必要だからね。そういう事情もわかった上で、私は今の仕事を進めて・・そして逃げた」 「はっ?・・そうじゃないでしょ!」  涼平は叫ぶ。 「生野から聞いてます。本当はもっと早くに異動は決まってたって。・・感謝してるって。アイツを見くびらないでください。生野は強い男です。じゃなきゃ侑貴は彼を愛さないし、哲人も信頼しない」 「・・凄いね、ほんと君たちは。鈴ちゃんもだけど、オレの高校生の頃とは大違いだ。オレももっと強くならないと、涼平とは釣り合えないよね」  思わずそう言ってしまう。そして次の瞬間、“自分の幸せ”を実感する。 「馬鹿!」  涼平は景の肩を掴む。 「違うんだって!オレが凄いと貴方が感じているのならそれは、オレがそうなる理由の一つが貴方だから!貴方は生きてオレの前に現れてくれて、オレを愛してくれた。生野のことも感謝しています。鈴のことだって・・とにかくオレたちには・・や、オレには!」 と、涼平はぐいと顔を近づける。 「貴方が必要です。オレこそ、多分貴方を傷つけることになるだろうけど。けど、貴方と一緒にいたいと思ってしまったから。だから、オレは もっと強くなりたいと・・」 「本当はオレに縋ってほしいんだけどね。でもそれじゃ、君の牙が鈍ってしまう。そう思ってるんだよね?君は狩犬だから」  そう言って景はニコッと微笑む。 「オレは君の帰ってくる場所だよ?狩犬は生きて帰ることが前提なんだろ?犬死なんてことを最初から考えていたら、必要な力は出せないものね。そういう意味で、オレは君の力になりたい。オレを君は愛してくれるから」  オレも愛してるんだけどね、と言いながら真っ赤な顔の涼平の頭を撫でる。 「くっ・・」 「オレだから日向が受け入れたってのもあるだろうけど、いつかオレと涼平だけの幸せを手に入れたい。哲人くんもそう思ってるのはわかってるんだろ?その思いを無下にすることの方が、彼にとって負担だよ。侑貴の件にしても、オレなら力になれる。・・って、別にこう言ってオレが鈴ちゃんに自分を売り込んだんじゃないよ?」 「は?え、えっと・・」  景のその言葉に、どういう反応をしていいかわからず戸惑っていると、景がちょっと待ってと言って納戸の方に行く。 「?・・あの人は・・ほんとに・・」  狩犬のことまで言ったのかと、鈴に対して恨めしく思う。 「あんまし他人を引っ張り込むなっての。よく考えたら、哲人が直央さんを意識するように最初にたきつけたのもアイツじゃねえか。オレたちゃ普通の高校生じゃねえんだから・・普通なら引くって。なのになんで、恋人やってんだろ」 「それでも好きになっちゃったからだよ。直央くんもオレも悩まなかったわけじゃない。けど、オレは涼平という魅力には抗えなかった」 「!」  突然、耳元でそう言われ涼平は驚いて飛びあがりそうになる。 「その筋の人とも堂々と渡り合うというか、ぶっ潰してる君が何でオレごときにそんなにおたついてんのさ。ほらコレ」 と、景は手にしていた物を涼平に差し出す。 「そ、そりゃあ貴方は特別だから。や、その・・ってCD?あ、もしかしてこれ・・」 「そ、今週水曜発売のフルールのデビューシングル。ジャケットのイラストって、鈴ちゃんと直央くんのお母さんの共作だってね。なんかもう、関係者勢ぞろいって感じだよね。あはは」 「へえーっ、これが・・・。インディーズのCDならオレも持ってますけど、そっかこれがメジャーデビューの・・」 「広将作詞作曲ね。高校生がってことで、それも話題になってる。もちろんアニメ放送でも名前がクレジットされる」 「うわっ!生野の名前をテレビで見れるってこと!?すっごいなあ!毎日見てる相手だからなんか変な感じ」  普段は硬派でどこか高校生離れした雰囲気を纏っていた恋人が、CDを手に興奮して喋る様子を景は楽しい気分で見ていた。 (そう、楽しいの。子供だあとか思わないな。本当は、こういう雰囲気が似合う人なんだよ涼平は。素直で優しくて・・でもそれでも戦うんだろうな、自分を傷つけながら) 「それでね、編曲はオレなの」 「ふあっ?今なんて・・」 「編曲者の名前ね、オレの偽名。だから侑貴の別名義じゃないのかって噂も先行上映会の時から流れ始めてるけど、微妙にインディーズの時の曲調とは違うから分かる人にはそれは賛否両論」 『・・いや、ここはさっきも言ったけど曲作りに使うっていう か・・オレも作曲はするんでね。普段は別の部屋に帰ってる』 「景って、マジで作曲もできるんですか!?す、凄い!なんですか、もう。美人だし料理も上手いしあんなカッコイイ曲も作れて。凄い凄い!」  凄いを連発しながらCDを回し眺める涼平に、景は自分の頬がどうしようもなく緩んでいくの感じる。 (ウチの家族はあんなリアクション、絶対にとらないよな。まあいいんだけどさ。・・できたら本当に涼平が家族になってくれたら嬉しいけど) 「何でそんな凄い人がオレのその・・恋人になってくれてるんです?」 「へっ?」  まだそんなこと言ってんの、と景は手を伸ばして涼平の額をぺちんと叩く。 「っ!だ、だって・・。本当に凄い人だと思うから。電話で仕事してるとこも 何度も見てるけど、かっこいいなって思ってたんです。やっぱ大人だなって」 「そりゃあ頑張って仕事しないと、涼平と暮らしていく資格は無いって思ってるから。なかなか人には認められにくい関係だからね。せめて仕事だけはちゃんとやって涼平が後ろ指をさされることがないようにしないと。それに、涼平がオレの仕事の成果をそんなに褒めて喜んでくれるのなら、オレはどれだけでも頑張れるよ」 「後ろ指って・・」 と、涼平が困惑の表情になる。 「オレはその・・そんなつもりで貴方と一緒にいるわけじゃない。オレにも収入が無いわけじゃないから。そりゃあ、大っぴらにはできないものだけど」  両親の遺産と保険金は伯父が管理している。そして彼には別の収入があった。 「それって“危険手当”みたいなものでしょ?裏の仕事の。・・ソレに関してはオレは何も言わない。けど、いつまでもそんな生活をさせる気も無い」  そうきっぱりと言い放つ景に、涼平は慌てて答える。 「そ、それは!・・けど」 「そりゃあ、涼平の信念もあるのはわかってる。高校生がやるべき仕事じゃないとも言わない。オレのために、とも言わないよ。ただ、問題を解決する手伝いはさせてもらう。ってかやる。その思いも持って、オレはここに来たんだから」  年齢差、男同士の交際という問題以前に日向一族の裏と戦う覚悟がいる。それを考えてもなお余りある橘涼平という少年の魅力に自分は嵌り溺れているという自覚があるからと、景は微笑む。 「お、オレには別にそういう魅力は・・景は その、情熱的だなあとは思いますけど」 「情熱的・・ねえ。物は言いようだね、ふふ」 と、景は笑う。 「涼平はやっぱ優しいよね。オレとのセックスをそんな風にとらえてくれるなんてさ」 「!・・そ、そんなつもりじゃ・・や、キスだってその・・っ」  涼平の顔が最高潮に赤くなる。この一か月ほどで何度も身体を重ねたが、自分でも思いがけないほどに毎度照れてしまう。 「わかってるよ。でも、涼平は満足してくれてるんだろ?オレだって、そこまでオトコが好きだったわけじゃない。“営業”で相手したことはそりゃああるけどね。・・でも、涼平は別。やっと気持ちのイイ日常が送れるようになった。だから“過剰なスキンシップ”を取ることはあるけど、本当に愛情からくるものだから。もう嫌なんだ。涼平以外に触れるのも触れられるのも」 「景・・・オレは・・」  恋人の身体の重みを全身に受け止めながら、景は思う。 (涼平の運命はオレが受け入れて、そして変える。それが“あの子”との約束。そしてオレ自身が望むこと。自分の人生を与える価値があるもの、涼平は。・・・ごめんね、オレばっか幸せになって)  “彼女”が笑っている気がする。 (その笑顔、オレの都合のいいように解釈するよ。答えはあの世でちゃんと聞くから、今は・・彼を愛させて) 「ほら、哲人ってば。早くしないとアニメ始まっちゃうよぉ」 「録画もしてんだろ。別にいいじゃ・・」 「哲人のバカ!」  と、財前直央ざいぜんなおひろは本気の抗議の声を上げる。 「な、直央・・」 「リアタイで見れる時は見て実況するのがファンでしょ!だいたい哲人にとっては関係者満載のアニメでしょうが!哲人自身も忙しくて疲れてるのわかってるけど、今日は特別なんだよ?」 「・・直央ってアニメのことになると結構人が変わるよね。や、受け入れる・・・受け入れるけど」  日向哲人は苦笑しながらテレビの前に座る。 「確かに関係者が多いからな、このアニメ。生野の歌うエンディングのCDのジャケットのイラスト、直央のお母さんが描いたんだよね」 「生野くんだけじゃなくて、フルールってバンド名覚えてよ!そんで、イラストは母さんと鈴ちゃんの共作なんだよ」 「鈴も?もしかして・・」  慌ててその場にあったラノベを手に取って、その表紙を見る。 「・・こんなのじゃないよね?」  そこに描かれているのは肌がけっこう露わになっている男性と、きちんとアーマーを身に着けた男性が抱き合っている(ように見える)画。 「いくら何でも・・」 と、直央も顔を赤らめる。 「母さんはそういうの描かないよ・・多分」 「へ?」  こう いうのだよ、とスマートフォンを操作してアニメショップのサイトを哲人に見せる。 「ふーん、悪と普通・・。や、かっこいいな!」  まじまじと見ながら、哲人は感心したような声を出す。 「でしょ、でしょ!アニメ盤と初回限定盤を予約したの」 「2枚も?どう違うんだよ」  呆れたように哲人が尋ねる。 「アニメ盤はね、ジャケットがアニメ画なの。そんで初回限定盤にはDVDが付くんだよ。いわゆるミュージックビデオってやつね。もちろん生野くんたちが主役」 「ああ、なるほど。でも、そんなのそれこそアイツらに貰えば・・・」  何の気なしに口に出した哲人の言葉に、直央は噛みつくように答える。 「そんなのダメだって!ファンならちゃんとお金出して買わなきゃ!それに あのMVには・・」 「まあ、“オレたち”も出ているしな。事後報告で」  途端に、哲人は苦虫を嚙み潰したような表情になった。 「母さんも“葛城先生に頼まれたから”としか言ってくれないんだよね。オレ的には生野くんたちの助けになるんなら、全然構わなかったんだけど。そりゃあちょっとは恥ずかしいけどさ」 「ったく・・琉翔のヤツ、原作者だってことは内緒にしてるくせに勝手に“身内”を使いやがって。だいたいオレの幼い時の写真をなんであいつが持ってんだよ!」  我慢ができないとばかりに哲人は叫ぶ。 「そりゃ親戚だもん。哲人のことだってあんなに心配したり可愛がってくれてるじゃない」  何が不思議?と直央は首をかしげる。 「直央ってほんと・・」と哲人は思わ ず小さくため息をつく。 (人を見抜く力はあるはずなのに・・。まさか顔に騙されてるわけじゃないよな。いくらゲイだからって。琉翔って中身は最低だけど、外見はまあ・・独身なのが不思議なくらいだから。って全てはあの変態性によるものだけどさ) 「とにかく、琉翔にはなるべく近づかないでくれ。つうか、ミュージックビデオの何にオレたちの写真を使ったっていうんだよ。琉翔が脚本を書いたって生野は言ってたけど・・」 「生野くんに聞いてないの?」 「恥ずかしくて言えないよ、アレがオレの写真だなんて。水曜になったらわかるんだろ?憂鬱なんだけど、正直・・」  そう言って哲人は頭を抱える。 「や、まあオレのことはともかくとして、直央の可愛い顔を皆が見るってことだ よなあ」 「えっ?」 「オレの直央をみんなが見るのか・・。オレの大切な直央を。つうか・・」 と、哲人は直央を抱きしめる腕に力を込める。 「哲人・・」 「ごめん、なんかオレって直央に不自由な思いさせてるよな。夏休みもオレが忙しかったせいで遠出もできなかったし、なのにバイトもさせないとか。そんなつもりで一緒にいるんじゃないのに、オレってほんと」  ダメな恋人だと思ってしまう。 「だからそんなことを思わなくていいってば!オレの母さんも悪ノリして写真渡しちゃって・・母さんも関係しているCDだからってのもあったんだけど、けっこうマザコンかもしれないねオレ。母さんに断ることできなかったもの」  テヘと笑う直央の頬に哲人は口づける。 「貴方のたった一人の家族を、オレも大事に思わないわけがないでしょう。灯さんはオレを・・息子だって言ってくれた人だから。大切な一人息子の将来を勝手に決めてしまったオレを受け入れてくれた人だから。だから・・」  今度は唇に口づける。少し強めに。 「先日言ったろ?一緒に住まないかって。あれはもちろん灯さんも、ってこと。そりゃあ灯さんの意向も聞いてだけどさ」 「哲人ってほんと寂しがり屋よね。クールなくせにさ。・・母さんのことまで哲人に背負わす気は無かったんだけどな。母さんはけっこう自分のペースでいきたい人だし。それにさ、オレは どうせなら二人っきりで新婚生活味わいたいの!」 「っ!」  二人の顔が同時に真っ赤になる。 「だ、だからその・・ていうかまだ先の話でしょ?そりゃあ、今すぐが・・」 「だからオレは今すぐにでも家を建てるなり、もっと広いマンション買うなりしてちゃんと同居したいんだよ。それくらいの金は持ってるから。や、確かにオレの立場だといろいろ問題があるのも事実だけど」  高校生の哲人は実家を出て、この賃貸マンションに一人で暮らしている。最も、今は直央とほぼ同棲状態。生活費は株式売買などで得ており、授業料免除の特待生でもある。 「哲人だって大学に行くんでしょ。別れるなんてことは絶対にないからさ。それより、もうすぐ始まるよアニメ」 「直央・・」 「凄いね!画も綺麗だったけど、曲もなかなか。最初に主人公が見てたイラストね、あれって鈴ちゃんが描いたのを直接使ってるんだって。それでさ、主人公が最初の冒険に旅立つって時のBGMは侑貴さんのギターによるもので、作曲したの生野くんなんだって。カッコイイ曲だったよねえ!」 「・・何でそんなに知ってるの?つうか、正直オレにはよくわからなかったよ。でも、エンディングには感動した。生野声だもんなあ。名前も出たし」 「だよね、だよね!」 と、直央も興奮したように叫ぶ。 「だいたいの流れは鈴ちゃんに教えてもらってたの。てか生野くんの声ってやっぱ素敵ね。それも作詞作曲ってさあ・・ほらツイッターでも生野くんの名前が凄い出てるよ」 と、直央は自分のスマートフ ォンを見せる。 「えっ?マジ・・わっ、本当だ。げっ、ウチの高校の名前も出てるな。ある程度は覚悟してたけど・・な」 そう言いながら、哲人は自分のパソコンのスイッチを入れる。 「ツイッター・・と。うーん、結構情報が出てるな。ウチの生徒には根回しはしといたけど、そんなに徹底できる権限もオレに無いからな」 「・・哲人も苦労してるんだよね。そうだよね、生徒会長だもんね。皆が楽しく学校生活送れるように頑張ってるんだもんね」  直央の声が沈む。 「や、覚悟はしてたって言ったろ。けど、一番大変なのは生野だから。でも、これだけ反響があるってことだよな。アイツの歌に。それはそれで嬉しいって・・いうか」 「哲人、泣いてんの?もしかして」 「えっ?」 と 、哲人は慌てて自分の目を腕で擦る。「あ、あれ?」 「ふふ、哲人はよっぽど感動したのね」  直央は微笑む。 「間近で見てた仲間だもんね。その努力もその軌跡も。だいたい、生野くんを音楽の世界に定着させたのって哲人がきっかけだったんでしょ?鈴ちゃんから聞いたよ?」 「・・・」 「哲人はね、誰にとっても特別なんだよ。オレが一番なのはそうなんだけどね。哲人ってね、ほんと凄い人なんだよ。オレは、そういう哲人の恋人になれて愛されて幸せなの」 「直央・・オレ・・」  もう泣いてる顔は見せる気がなかったのになと思いながら、哲人はそっとティッシュで涙を拭う。 「とにかくさ、生野に電話してみるよ。や、いろんなとこからお祝いの電話が入ってるだろうけど」   そう言って、哲人は自分のスマートフォンを手に取る。 「・・あ、生野?ごめん、出ると思わなかったからびっくりした。・・や、だって他の人からも連絡がいっぱいあると思ってたから、ご家族とかさ。あ、家族と一緒なんだ。侑貴は?初回はアイツと一緒かと・・そっか、そりゃそうだよな。とにかくその・・感動した。おめでとう、オレもね・・嬉しいんだ」 「生野くん、なんて?」 「直央によろしくって。見てくれてありがとうだって」 「ふふ、オレもすっごい感動してたって明日言っといてね。あ、鈴ちゃんからラインがあったんだけどさ・・例のMVのショートバージョンが24時きっかりに動画サイトで解禁になるんだって。ぜひ見てね・・って。公式アカウントからも発表があった 」 「・・マジで?」  哲人の顔色が変わる。 「マジ。多分アクセスが集中するだろうから見れるかどうかわかんないけどね」 「・・オレ、明日学校に行くの止めようかなあ」  哲人が力なく呟く。 「何をバカなこと言ってんの。生徒会長がずる休みするなんて許されるわけないでしょ。写真の部分はセピア色に編集するって言ってたから、多分わからないよ」 「直央は平気なの?」  そう聞かれて、直央は微笑む。 「だってさ、小さい時のオレと哲人が共演するってことだよ?哲人の話だとオレのことを前から知ってたんでしょ。でも、その記憶ははっきりしない。オレもそう。けれど、このビデオの中でその時のオレと哲人は何らかの形で一緒にいられるんだ。それってオレ的には幸せな ことだよ」  直央はそう言って哲人の手を握る。その手は震えていた。 「なお・・ひろ?」 「ごめんね、オレもそれなりに緊張してんの。ビデオがどうのってことより、オレたちの何かが分かっていくことがね。もちろん、オレの哲人に対する気持ちは変わらないけどさ。あ、そろそろ12時になるよ。哲人のパソコンでツイッターの公式を・・」 To Be Continued

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