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第30話

「で、直ちゃんと二人でアレを見た感想は?」 と、普段と変わらない調子で笠松鈴は哲人に聞く。が、幾分かの緊張感が含まれているように涼平には感じられた。 「オマエまで出てるとは思わなかったよ。けっこう堂々とした演技だったよな。気づいた生徒たちがうるさかったろ?」 「製作費節減のためだからね。だから、写真の使用料までは払えないや。けど、懐かしかったよ哲人のあの写真を見るのは」  それは偽りない気持ち。自分が一番哲人に寄り添えていた時の思い出。 (琉翔さんもヒドイよね。ボクにも内緒なんだもの。直ちゃんのお母さんの考えはわからないけど、あのMVとアニメを見れば動き出す人がいるってことだよね。そして哲人の記憶も・・) 「オレは気づかなかったんだよ」 と、広将が頭を掻く。 「あ、いっちゃん。やっと生徒会室に来れたんだね。どう?校内での反応は」  少し笑顔になって鈴は広将に尋ねる。放課後のこの時間まで鈴自身も生徒や教師にまで質問攻めにあっていた。 「まさか、アレがボクって気づく人がいるとは思わなかったんだけどね。いっちゃんの作った曲に合う演技が出来てたんなら幸いだよ」 「や、思ってたより凝った構成になってて驚いた。・・鈴や侑貴は堂々としてたけど、流石にオレはね。今日学校に来るのが恥ずかしかったよ」  広将がそう言うので、つい哲人も相槌を打ってしまう。 「うん、オレも」 「はっ?何で哲人が?」 と、鈴が首をかしげる。 「全く面影が無いわけじゃないけど、今の哲人からは考えられないくらいに可愛い子供の写真だったよね。子役やってた直ちゃんのことは分かる人はいるかもだけど」 「オレも見たけどさ、あの写真はどういう役割なんだ?」 と、涼平も口を挟んできた。 「鈴は、主人公の男の子って設定なんだろ?哲人と直央さんは?」 「・・二人は離れ離れになった兄弟って設定だって。琉翔さ・・作者が今までになく口を出してくるんだよね。監督はボクと作者の関係を知ってるから、自然ボクが調整役になっちゃうんだ。一応製作委員会の一部ではあるし、製作者の一員でもあるんだけどな、ボクは」  忙しすぎると鈴は苦笑する。 「なら、りゅう・・作者のことなんかほっとけばいいだろ。オマエだって、どっちかといえばアイツのことは嫌ってるじゃねえか。何で組んで仕事してんだよ」 「そりゃあ、ボクの飯のタネだもん」 と笑う 鈴を、哲人は呆れた顔で見つめる。 「一流ホテルのオーナー令嬢が何言ってんだよ。生野は仕方ないにしても、オレたちも普通に学生として忙しいんだから・・」 「悪いな、哲人。CDの発売日はプロモーション活動があるから学校を休まざるを得ないんだ。どうにか午後からにしてもらったけど」 と、広将が頭を下げるのを見て哲人は慌てて手を横に振る。 「や、だから生野はいいんだって!その分補習を受けてもらうんだから。オレもなるたけ協力するって」 「ありがとう。侑貴と他の二人に午前中は頑張ってもらうことになるんだけどね。あ、うちのバンドの公式ツイッターアカが出来たんだ。基本的に呟くのはマネージャーなんだけどね」 「わっ、もう五千人超えてるじゃんフォロワー。MV解禁 と同時に開設し たんでしょ?新人バンドとしちゃまずまずなんじゃない?ボクのRin名義のアカと本人名義のアカの両方でフォローさせてもらうよ」 と、鈴が自分のスマートフォンを取り出す。 「サンキュー、鈴。実は一番最初にフォローしてくれたのって、内田さんなんだよ。知ってたんでしょ、涼平」 と、広将は既に顔を赤くしている涼平に言葉を向ける。 「っ!・・ああ、昨夜MVを見る前に、な」 「何で、赤面してるの?ほとんど一緒に住んでるのはみんな知ってるんだから」  そう言いつつも、鈴の表情もニヤつく。 「変態色情魔の哲人と違って、涼平はいつまでもウブだねえ。言っちゃあなんだけど、内田さんはアラサーだからさ。大人の付き合いしてんでしょ?」 「アラサーって言うなよ」 と、 涼平は少し不機嫌な顔になる。 「確かに景はオレらより10歳も上だけど、可愛いからいいんだよ!寝る時なんてさ、オレのシャツの裾しっかり掴んで離さないから寝返りうたれると困・・っ」 「同じベッドで寝てんの?!確か涼平のベッドってシングルだったよね?そんなにくっついて寝てるの?」 「り、鈴!何でそこまで知って・・じゃねえって。そういうこと言うなって!」  涼平は慌てて鈴の口を塞ごうとするが、鈴は素早く身をよじる。 「今さら誤魔化す必要もないでしょ?みんなが涼平の恋を応援してんだよ。・・年上の美女、というか美男と硬派のイケメンの恋愛ってそそるよねえ」 「・・オマエ、基本はノーマルだろうが。腐ったセリフを無理やり出すんじゃねえよ!」  涼平が引きつった表情になりながら言い放つ。 「腐った?」 と、哲人が聞いてくる。 「どういう意味・・」 「てめえの日常そのものだよ!い、言っとくが景とオレは確かに同棲状態だけど、少なくとも哲人よりは普通な交際だと思ってる。てか、ベッドは代えたよ。・・スタジオ代わりにしてたあのマンションから景が運び入れた」  涼平はむすっとしながらも、照れた声で答える。 「ああ、あのベッドって涼平のだったんだね。先日、あのマンションにお邪魔したときに侑貴が聞いたんだけど、ちゃんと答えてくれなかったんだ内田さん。照れてたんだね」  合点がいったと、広将が手を打つ。 「そっか、涼平と内田さんもうまくいってるんだね。ふふ、内田さんてそういう子供っぽいとこあるんだ 。曲の駄目だしとかけっこう厳しいんだけどな」 「そりゃプロだから、な。例のエンディングの曲も景がアレンジしたんだって?」  なぜか少し誇らしげに涼平がそういうのを見て、鈴はため息をつく。 「涼平も十分哲人と同類だよ」 「は?」 「うん、オレが考えたのより曲調がちょっと優しい感じになったんだよね。オレは冒険てのを意識してたんだけど、内田さんはもっと深いことを考えたみたい。でも、カッコイイんだよなあ」 「ああ、優しい感じね」  哲人がうんうんと頷く。 「だから、オレ・・泣いちゃったのかな」 「えっ?哲人・・マジ?」  鈴が目を丸くする。 「うん、よくわかんないんだけど自然に涙が出たんだ。なんか懐かしい感じがしてね」 「!・・」   涼平も、そして広将も哲人のその様子に違和感を覚える。 (泣いたってのもアレだけど、それを今口に出して言うってのが・・) 「哲人って最近泣き虫になってきたんじゃない?」  一瞬の背弱を打ち破るかのように、鈴は努めて明るい口調で哲人に声をかける。 「はあ?オレは別に・・」 「だって、そういう顔を見せられる相手がいるってことでしょ。哲人はさ、直ちゃんのこと可愛い可愛いって言ってるけど、やっぱ年上だもの。頼れる相手なんだよ、直ちゃんは」 「・・そうかなあ、昨日の直央も可愛かったんだけど」  鈴の言葉に哲人は真顔で首をかしげる。 「鈴!哲人に下手なこと言わすな。だいたい、年上でも可愛いもんは可愛いんだよ。景がそうなんだから!」  照れてるためか興奮しているためか、涼平は顔を真っ赤にして叫ぶ。 「涼平、君も大概だよ」 と、鈴は顔をしかめる。 「まあまあ・・。オレも涼平の意見には賛成だよ。侑貴だって3歳年上だけど、二人でいるときは・・」 「いっちゃん、君もなの?・・最後の良心の砦だと思ってたのに」  絶望だと言いながら、鈴は天を仰ぐ。 「ひどいな、鈴は。これでもオレだって懸命に侑貴と恋愛してんだよ。ほっとくと、すぐに他に目がいっちゃう人だから・・」 と、広将が苦笑する。 「他に目がいく・・って、侑貴が浮気してるってこと?」  まさかと、鈴は広将に顔を向ける。 「えっ?嘘だろ?景だって、二人はいつもべったりだって・・。あ、でも」 『あのアニメの声優・・ガヤ要員だったんだ けど、侑貴のファンだったみたいでね。男なんだけど。たまたま音響監督との打ち合わせにきた侑貴とちょっとひと悶着あったときがあったの。それも問題ではあったんだけど、どうも割と侑貴の好みだったみたいなんだよね』 『は?』 『つまり怒ってる反面、まんざらでもないって雰囲気出しちゃったんだよ、侑貴が。丁度、ちょっとした喧嘩をした後らしかったんだけどね。凄かったよ、そん時の広将の表情。流石に打ち合わせはそつなくこなしてたけど、オレだって広将を怒らせるのは避けようと思ったくらいだったもの、その後は』 「って、昨日言ってたわ。マジなのか?」 と、半信半疑の表情で涼平は広将に聞く。 「恥ずかしい話だけどさ。や、侑貴にってより自分に腹がたった。そん時、ちょうどラブソング作ってたんだけど、自分の恋愛もままならないのに、愛の言葉なんて書き連ねて歌ってもさ、上っ面の音楽にしかならないだろって焦りもあったんだよね。ま、一番の理由は嫉妬と情けなさ。オレじゃやっぱりダメなのかって」 広将の表情が寂しそうなソレになったのに気づき、涼平は慌てる。 「ばっ、そんなことあるわけねえだろ!侑貴はオマエにベタ惚れだって!だからいつだって甘えてんだろうが。ちゃんとオレも景もフォローするから、だから・・」 「確かに涼平の言うとおりなんだけど・・何でそんな必死なワケ?涼平って侑貴をニガテにしてなかったっけ?」  鈴が不思議そうに聞き、哲人も大きく頷く。親友二人のそんな反応に、涼平は困ったような表情にな るがやがて首を振り話し始める。 「や、その・・もしかしたら景から生野たちは聞いたことがあるかもしれねえんだけど、景がオレに言ったんだ。フルールとの出会いが自分の人生の始まりだったって」 「は?涼平との出会いじゃなくて?」  困惑した表情で広将が聞く。 「・・オレとのことは、それはそれで特別だって言ってた」 「・・・」 「と、とにかく!」  赤面しながら涼平は言葉を続ける。 「景は言ったんだ。オマエらと・・そしてオレと一緒にいたいから応援し続けるって。関わっていたいんだって」 「どういう意味・・」  よくわからないと、広将は首をかしげる。 「や、涼平のことが好きだってのはわかるんだけど」 「景はさ、けっこう寂しがり屋だから。そんで 、自分を“本当の意味で”必要とされたがってた。自分の外見にコンプレックスを持っていたから。・・実の家族にでさえ利用されてしまう自分の顔をあの人は憎んでいた」 「っ!」 「り、涼平!」 「詳しいことはここじゃ言えないけど、あの人は今も自分の家族と連絡を取りたがらない。景と一生を共にしていくと決めたからいつかは挨拶にいかなきゃとは思っているけど。とにかく、フルールに出会ったときはいろんな意味で衝撃的だったって。その音楽性もだけど、生野や侑貴を取り巻くソレに、さ」 「つまり・・」 と、生野は苦しそうに言葉を紡ぐ。 「侑貴の環境とかも知ってたわけ?」 「ああ。挨拶には行っているからな。けど、その前から調べてはいたらしい、高瀬のことは。そして 、生野と哲人の結びつきのことも」 「へっ?」 「普通の家庭に育った生野を巻き込んだことは、本当に申し訳ないと思っている。だからってわけじゃないけど、最善のフォローはする。けど、フルールにはほんと感謝してるって。初めて自分の感情が“正しい方向”に向いたって。オマエラを今の状態に導けたことが嬉しいって」  涼平の声が震えていることに、鈴は気づく。 「・・つまり、フルールは自分らしさの象徴ってわけ?」 「まあ・・そういうことになるのかな、簡単に言えば。侑貴も生野も純粋にあの人を必要としてくれたろ?だから生まれ変われた気がしたって。そりゃあ、あの人の苦悩の全てが払拭されたわけじゃない。そこにその・・」 と、涼平の顔が先ほどより赤くなる。 「 オレが現れたってわけで」 「・・・」 「き、きっかけは・・本当に直接のきっかけは生野たちだったんだ。景が過去を今の想いで凌駕してもいいと思えるようになったのは、フルールと出会えたからだって言った。だから・・」 「嬉しいな、涼平にまでそんな風に言ってもらえて」 と、広将は微笑む。 「オレの方こそ、内田さんには感謝しかないんだけどな。そっか、そんな風に思われてたら、オレが情けなさそうにしてたら涼平と内田さんの仲にまで影響があるんだな」 「い、生野・・」 「たださ、どうしても惚れた弱みってやつで、侑貴には強く出られないとこがあるんだよな。オレみたいのは、本当は侑貴の好みじゃないから。哲人の前で言うのもアレだけど、直央さんみたくパッと目を引くような・・」 「そりゃあ直央は超絶可愛いから、目を引く顔なのは事実だけどさ」 と、哲人は照れもせず言ってのける。 「アホか・・」 「多分さ、オレが直央に抱いてる気持ちと同じものを侑貴も感じているんだよ。訳ありの自分の人生に相手を組み込んでいいのかって。けど、狂ってしまったから」 「へ?」  本気の恋なんてするつもりもなかった。自分の存在が鈴や涼平や勝也たちの人生を惑わせた。自分は一人でいなければいけないと。 「侑貴もオレと一緒だよ。本気で恋した相手を傷つけたくないのは誰でもそうだろうけど、でも狂うような恋ってのも実際にあるんだよな。どうしたって手離せない・・」 「そ、そりゃあ・・毎日好きとは言われてはいるけど」 と、広将は小さい声で呟く。 「アイツの恋愛遍歴もオレは全部知ってる。けど、オレは侑貴が初めてだから」 「それ言うんなら、オレも哲人もそうなんだけど?まあ、オレは哲人みたく毎日がっついてないけどさ」  涼平のその言葉に、哲人の顔色が変わる。 「んだよ、それ!オレがそんな飢えたなんかみたいに・・。直央が可愛いんだからしょうがないだろ!そんで毎日抱きついてこられたらそりゃ・・」 「哲人、そういう話はもうやめて」 「可愛いのは景だってそうだよ。最近髪切ったんだけどさ、バッサリと。今まで長髪だったから女性っぽいのかと思ったけど、ショートにしたらもっと全体的に若返ったというか、なんか少女っぽくなったというか。でもスーツ着るとかっこよくて・・不思議な人だよ、景って。そういうとこ・・好き」 「涼平まで・・・」 「あ、髪は侑貴も切ったんだ。オレがほら童顔だから、自分はカッコよさアピールとか言って。女性的だったのが、やんちゃ坊主になったって感じなんだけどね」  もっと可愛くなったと広将は笑顔になる。 「さっきまでグチグチ言ってたよね、いっちゃんてば・・」  もういい加減頭が痛くなってきたと、鈴は拳を振り上げようとした。その時、声が聞こえた。 「一番可愛いのはオレの千里に決まってんだろ。甘い笑顔と声と気づかいが最高なんだ」 「・・お前もか、亘祐」  振り上げかけた拳と肩を、鈴はがくっと下げる。 「亘祐さあ、何で来たのよ。空気読んでよ」  鈴と哲人の幼馴染である佐伯亘祐は鈴のその言葉にブーとふくれっ面になる。 「何でって、哲人と待ち合わせしてたんだよ。今日は一緒に哲人のマンションに帰ることになってたから」  遅いから迎えにきたのに・・と、亘祐は苦笑する。 「えっ、じゃあ亘祐が哲人の部屋に泊まるの?」  思わず哲人の方を見る。 「ち、違う!オレの部屋には直央以外は泊めないよ!亘祐も誤解されるような言い方すんなっての。それに、千里さんより直央の方が可愛い!」 「いや、哲人も余計なこと言うなよ」 と、涼平が顔をしかめる。 「景は本当に可愛いんだから」 「ダメだこりゃ・・」  鈴は机に突っ伏す。 「千里が今日は直央さんの部屋でアニメ鑑賞会やってんだよ。んで、オレは恋人を迎えにいくってだけなんだけどさ。そしたら、誰の恋人が一番可愛いって言いあってるみたいだからさ。そんなの千里に決まってるじゃん、て」  亘祐がそう言った途端、鈴の中で何かが切れた気がした。そのまま、鈴は笑顔で男子たちの方へ向き直る。 「り、鈴?」 「あのさあ、確かに君たちのそれぞれの恋愛の始まりにはボクが関わっていた。亘祐が自暴自棄になってたときも千里さんのことで悩んでたときも、ボクが背中を押した。哲人には言えない・・って泣きそうになってたから」 「・・途中まではいい話だったのに」 と、涼平が呟く。 「な、泣いてなんかいない!鈴が勝手に・・」 「そうだったのか?何でオレじゃなく鈴に・・」 と、哲人が悔しそうな表情になる。 「だって、オマエはあの頃はめっちゃ忙しそうだったじゃん。余裕無い感じでさ。だいたい、千里とのことなんて哲人に言えるはずなかったし。そこを鈴につけこまれて・・」 「あ、そう。亘祐はそういう風に思ってたんだ」  鈴の目がものすごく光ったように、その場にいる男子たちには見えた。同時に空気が凍ったようにも感じられる。 (ヤバっ!) 「り、鈴・・」 「今みんながそうやって自分の彼氏のことを惚気られるのは誰のおかげかな?」 「誰のおかげって・・」  そりゃあ自分たちが頑張って告白したから・・と思ったけど、誰も答えられない。 「哲人が直ちゃんとケンカするたびに愚痴を聞いたりフォローしてんのボクだよね?」 「フォローって・・ただチャカして掻きまわしてるだけじゃ・・」 と、 哲人は困惑気な表情で呟く。 「涼平のとこに内田さんを行かせたのボク。じゃなきゃ、二人はいつまでも気持ちがすれ違ってた」 「そ、それは感謝してるけど」 「鈴は・・寂しいの?」  つい広将はそう聞いてしまう。その言葉が地雷なのもわかってたけど。 「い、生野!」 「ふふ、いっちゃんてホント残酷なまでに優しいよね。侑貴はそれすらも心地いいんだろうけど・・ボクは生憎と“今は”受け付けないんだわ。とにかく爆破させたいわけ。つまり・・」 「ひっ!」 「帰れオマエら!彼氏のとこへ!」 「はあ・・久しぶりに本気の大声出したら流石に喉痛いや。ったく、ボクだけでも真面目に働かないとこのままじゃ生徒会がやばいや」  必要なところに連絡した後、鈴は疲れたように呟く。 「鈴先輩もさっさと帰っていいですよぉ。後はオレがやっとくっスから」  今まで気配も感じさせなかった男の能天気な声が聞こえてきた。唯一の2年生で会計の黒木遠夜は軽薄な笑みをその口に浮かべ、手を振る。 「よくもまああの会話に突っ込まないでいられたよね。ボクは本気で疲れたんだけど」 「口火をきったのは鈴先輩だったじゃないっスか。本当はいろいろ気づいてほしかったんでしょ?でも、哲人先輩は鈍感スから、無理っスよ。その点オレなら・・痛い!ヒドイ!」 「ごめんね、何かを殴りたい気分だったんだ」  そう言いながら鈴はバックを肩にかける。 「お言葉に甘えて帰るよ、バイバイ」 「馬鹿だね、鈴は」 と、遠夜は薄く笑う。 「それこそ、あの時の哲人につけこんでいれば・・だいたい、哲人はゲイを嫌っていたんだ。直央とくっつく可能性はなかったんだ。たとえ記憶が戻ろうとも、ね。なのに・・」  運命って怖いモノだよねと、もう一度笑う。 「琉翔も凄いね、あの二人をもう一度出会わしちゃうんだから。哲人の性格をよく掴んでいる。琉翔に弄ばれてるような感じだけど、あんだけ直央のことが好きだっていうならしょうがないか。オレ的には鈴との結婚をまだ望んでいるのだけど」  自分には理解できない感情だと思う。 「8年前にオレも消されたのかもしれないな。“真の恋愛”という概念を」 「悪かったな、鈴がキツイこと言って」 「へ?は?」  今から二人で帰ると恋人にLINEを打っていた亘祐は?という表情になる。 「何で哲人が謝るんだよ。つうか、鈴の言ったことは正論だからな。そんで哲人はもうちょっと自重しろ」 「なんでだよ!」 と、哲人が叫ぶ。亘祐は顔をしかめながら言葉を続ける。 「直央さんのイメージまで悪くなんだろうが。それに・・鈴の気持ちも考えろよ。アイツも納得してはいるんだろうが、見ててイタイんだよ。オレは本当に小学生の時からオマエらと一緒にいるんだぜ?オマエは知らなかったかもしれないけど、オマエと鈴の許嫁云々はオレですら周知のことだった」 「・・・」 「別にオマエと直央さんの交際を今さら誰も反対しないよ。日向本家だって認めてんだからな。けど、鈴は本当にオマエのことが好きだった。そりゃあこうなったら、鈴にも別の幸せを・・って思うけど、生憎と比較対象がオマエだもん。並の男じゃ太刀打ちできない。けど、最近のオマエおかしいもん」 「おかしい?オレが?」  それでも、哲人は真面目な表情になる。 「確かに直央を好きになってから、オレは変わった・・とは鈴にも涼平にも言われたけど、オレは真剣に直央を愛しているだけだよ。たぶん亘祐と千里さんのソレと変わらない。それよか、鈴の言ったことだけど・・」 「!」 「確かに、小さい時からいつでも鈴と亘祐はオレの遊び相手だった。・・それが周りの大人のある種の目論見からきてる ものだったとしても、オレの大切な思い出だった。今でもこんなに近くにいてくれて感謝してる。なのに、肝心な時にオレはオマエの役に立てなかった。しかも鈴が口を出してたことすら知らなかった」  そう言って哲人は唇をぎりりと噛みしめる。 「ばっ、哲人!血出てるじゃねえか!」  慌てて亘祐はハンカチを取り出し、哲人の口に当てる。 「・・悪い、昔から亘祐にはホント迷惑かけてるよな。はは、カッコ悪りぃや」 「哲人・・何かあった?」 「何でそう思うの?」  亘祐の問いに哲人は困惑気な表情になる。が、その声に亘祐は違和感を覚える。 「直央さんと何かあったわけじゃないだろ?けど、今のうちにオレに言っとけ。直央さんに心配かけたくない」 「だから何で・・」 「オマエが思い悩むことは直央さんのことだろうが!けれど、あの人に迷惑かけたくないんだろ?んで、今日は千里も一緒にいるからな。あの人、割とそういうことに敏感なんだ」 「あ・・」 「つまりはオレの都合」 と、亘祐は片目を瞑る。 「オマエもそうだろうけど、好きな人には笑っててほしいから。そりゃあ、日向の末端にいるにすぎないオレは哲人とは立場が違うのも承知してっけど、オレ的には哲人も明るくなったなと思ったから」 「オレが明るくなった?・・オレってそんなに暗かったのか」  若干落ち込んだ感じの哲人の肩を、亘祐はぽんと叩く。 「そうやって、素直に感情を出すようになったってことだよ。前はどっちかというと努めて感情は出さないようにしてたろ?そ れが さ、直央さんと付き合うようになってからは喜怒哀楽がはっきりしてきた。あの人と真摯に向き合ってるってことだろ」 「うん・・鈴には悪いと思っているけどな」 と、哲人は複雑そうな表情になる。ずっと可愛いとは思っていた女の子。小さい頃は一緒に裸のままでビニールプールに入って遊んでいた。抱き合って寝てもいた。何事もないままに成人していれば、おそらく結婚していただろうとも思う。 「けど、オレの人生に鈴を巻き込みたくないと思った。あいつは女の子だから。普通の幸せを願ったんだ。できれば日向から離したかった」  それ以前から哲人や亘祐と一緒に空手道場に通い、男の子のように振舞うことも多かった鈴が完全に外見を少年の姿にするようになったのは、3年前のあの事 件が起こり身体を傷つけ一か月以上入院した後。が、事件の内容は亘祐には言っていない。ただ日向の問題なのだと言って無理やり納得させたことにも、哲人は亘祐に負い目を持っている。 「オレがもっと大人だったら、鈴を連れてそれこそ二人で逃げていたかもしれないな。けど、結局は俺一人で本家から離れて暮らし始めた。正式ではなかったけど婚約もうやむやのうちに解消になっていた。鈴の家族もオレを責めなかった。鈴をさんざん傷つけたのはオレなのに。なのに、あの人たちは今でもオレを気遣ってくれる。オレから本当の両親を取り上げ、それを黙っていたからだと」  哲人の戸籍上の両親も、周りの大人も本当のことを話してくれない。自分はいったい日向にとって何なのだと苦悩する3年間だった。 「・・じゃあ、鈴のことは今はどう思っているんだ?」 と、亘祐はためらいがちに聞く。もちろん、今の恋人の直央が一番の存在だということもわかった上で。 「鈴は一番幸せになってほしい女の子だよ。でも、オレじゃダメだとも思っている。直央のことが無くてもね。鈴がどれだけオレを好いてくれても、それを幸せだと思っていてくれても、オレ自身が納得できないんだ」 「それが残酷な優しさってやつなんだけどな」 と、亘祐は小さくため息をつく。 「鈴はどうやら納得しているみたいだけどな。けれど、オレが把握している情報だけじゃオレは・・戸惑うばかりだよ」 その声が寂しいものだと感じて、哲人は驚く。が、すぐに首を振る。 「ごめん、そりゃそうだよな。亘祐に も迷惑かけて頼りっぱなしで・・なのに」  肝心なことは言えない。日向の裏のことも、鈴や涼平の傷のことも。それこそ一番の親友なのに。 「いいよ。哲人が案外不器用なのはオレが一番よく知っている。それでいて優しすぎるからな。誤解もされやすい。直央さんみたいな素直な人じゃないと、哲人とはうまくいかないかもね」 「っ!・・一番オレを理解してくれてるのは亘祐、オマエだよ」  本心からそう思う。けれど、だからこそ彼に本当のことを言えば、涼平たちのように自分の身体を傷つけるようになる。涼平ほどじゃなくても亘祐も十分強いから。 「けれど、今は・・というかこれからもずっと千里さんと目のことだけ考えてくれ。オマエの優しさを受け取るに値する一番の人は千里さ んだ」  高校生になってからも空手を続けていた亘祐が、試合中のアクシデントで目を負傷し失明の危機に陥ったことを、哲人はうかつにも知らないでいた。  そしてふとしたことで直央と知り合い揉め、その過程でそれぞれの親友の亘祐と加納千里が出会い恋人同士になった。 「オレが気づかなかったオマエの目のことを、あの人はすぐに理解した。悔しいなんて思っちゃいけなかったけど、オレよりどう考えてもオマエとお似合いだ。ま、オマエが男を好きになると思わなかったけどさ」 「それを言うなら、哲人もだよ。しかもあんなに嫌ってたのに」 『オレだって、千里をずっと大切に思っていたんだ。だいたい・・千里とせ、セックスってオレにことわりもなく・・つうかオレの前でそんなことを・・』 『しょうがないでしょうが。財前さんがせっかく隠れているんだから、気づかないふりしてあげようと思っていたのに。そんなに寂しかったんですか、大きな声で恥ずかしい単語言って。大学生になるのに節操がないんですね』 『て、哲人!』 『へ?なんで、オマエらが・・。ば、バレてたのか!オレが聞いてたの・・』 『何言ってるんですか』 『アナタの気配なんぞ、オレらにわからないはずがないでしょうが。オレは中学まで、亘祐は最近まで武道やってて二人とも段持ちですからね。・・最初に、アナタを助けて“あげた”のはオレだってこと忘れたんですか?』 『あ、あれは!不意打ちだったから!お、オレだってその気になれば・・』 『ならなかったから、加納さんは亘祐を選んだんでしょう?』 『は?それとこれとは話が違うだろうが!』 『同じことですよ。恋愛に身長や年齢は関係ない。包容力なんて、態度や言葉でどうにでもカバーできるものです。・・その時に必要な行動をとれたものが勝ちなんですよ』 『!』 『アナタは、最初の行動から間違ってたんですよ。だから、オレや亘祐に関わってしまって、そして大事なものを無くした』 『だ、だからって!だからって・・』 『オレと亘祐の会話聞いてたんでしょう。・・加納さんは本当に亘祐を想っていてくれるんです。ちょっかいかけないでください』 『・・オマエこそ、納得してねえんだろ。親友がオトコと付き合うなんて。いい子ぶってんじゃねえよ!だいたい、オマエの理屈だとオマエの行動だって間違ってんじゃねえか。だって、そうだろ。あのとき、オレを助けなきゃ千里と佐伯が知り合うこともなかったんだぜ?』 『・・人の“正しい想い”を消す権利は他人には無いと思っていますから。納得はしていませんけどね』 『 な、なら・・』 『言っときますが、加納さんも亘祐もノーマルです。もちろんオレもね。でも、財前さんはそうじゃないんでしょう?・・そこらへんを考えて行動してくださいね』 『っ!』 「なんて会話してたの、つい半年前だぜ?それがさ、今じゃ周りが呆れるくらい・・つうかぶん殴りたくなるくらいにラブラブじゃん。天然クール系のオマエがさ、直央さんにどっぷりとハマっているというか・・」 「そうだよ、実際あの人に狂ってんの、オレ」 「えっ?」 「直央といると自分を保てなくなる。怖いくらいにあの人はオレを揺さぶってくる。オレの心が勝手に湧き上がるんだ。気づいたら好きになってた」 「てつ・・ひと」 「あの人は一緒に泣いて・・笑ってくれるんだ。オレが安心できるようにって。その気持ちがオレには心地良いんだ」  その言葉を聞いて、亘祐は自分が泣きそうになっていることに気づき、慌てて顔を背ける。 「亘祐?」 「悪ぃ・・千里と直央さんが待ってるから早く帰ろう」 「うん!」  自分でも思いがけない声の大きさだったのだろう。おもいきり返事をして、周囲の視線を気にしだし、哲人は小走りになる。 「哲人・・マジで子供になってんぞ」 と呟き、同時に亘祐はそっと目を手の甲で拭った。 (そっか・・だから・・なのか。鈴じゃダメだったのは。鈴は、自分を強くみせすぎたんだ。哲人もたぶんわかっているんだろうけど、鈴がどうしても自分のために無茶しちゃうから・・だから)  その気持ちも愛情の一つであることもお互いにわかっているだろうけど、と亘祐は唇を噛む。 (鈴はオレを助けてくれたのに、オレは・・。ごめん、一番謝らなきゃいけないの・・オレだ」 「あれ?直央さんの部屋じゃないのか?」  哲人の住むマンションに着き、エレベーターの7階のボタンを押した哲人に亘祐は不思議そうに聞く。 「オレのDVDデッキで録画したからな。オレの部屋で見ればいいって言ってあんだよ。今じゃほとんどオレの部屋で過ごしてるようなものだからな、直央は」  変か?と哲人は真顔で尋ねる。 「や・・じゃあ千里までお邪魔して悪かったな。てっきり直央さんの部屋で遊んでるものだと・・」 「遊んでるって、オマエ」 と、苦笑したときエレベーターの扉が開いた。 「確かに直央も千里さんも可愛い顔をしてるけど、オレたちより年上だからな。それこそその・・大人の交際もしているわけだし」 「?・・は?・・っ!ばっ、オマエ!んな恥ずかしいこと言うなよ、こんなとこで」  哲人の言葉の意味を理解した亘祐が、真っ赤になって怒鳴る。 「や、だってそういうことだろ。正直、千里さんてそういうイメージ全然ないし。直央みたくゲイってわけじゃないし」  哲人も顔を赤くしながら答える。 「こ、恋人ってそういうことばっかしてるわけじゃねえだろうが!ったく・・オマエらももっと外でデートしろよな」 「だって、外だと他のヤツの視線が気にならないか?特に、直央はマジで声かけられやすいし」 「は?」 「あっ、ちょっと待て。今部屋の鍵出すから」  そう言って、哲人はカバンの中に手を入れる。 「ただいま・・っと、わっ!な、何・・」 「哲人お帰りっ!ほら、千里も抱きつきなよォ、亘祐くんに。ずっと待ってたんだから」  哲人に抱きついたまま、直央は後ろを振り向き部屋の中の人物に声をかける。 「直央ってば、哲人くんが困ってるよ。それにその・・恥ずかしいよ」  もじもじしながら千里が答えるのを見て、哲人の顔もさらに赤くなる。 (あ、こりゃ亘祐が好きになるのも分かるわ。だいたい直央の初恋の相手だもんな。つうか、亘祐は何をやって・・) 「・・・千里は本当は凄い照れ屋さんだよね。けれど、一生懸命オレを気遣ってくれてオレを助けてくれて。そんな千里がオレは大好きだ。だから・・」  亘祐はずかずかと部屋に入って、恋人に近づく。 「こ、亘祐・・ゴメン、ボク・・」 「いいんだよ、無理しなくって。でも、あの二人に見せつけられてんのもアレだから、さ」  亘祐は千里を抱きしめる。 「亘祐・・」 「愛してる、一生だよ、この気持ちは」 「えーっと、オレの見間違いじゃなきゃ・・あの二人キスしてるよな。オレらがここにいるのに」  流石に哲人は視線を逸らす。さっきは自分から話題をふったくせに、いざ親友のそういう場面を目の当たりにすると照れてしまう。 「いいじゃない恋人だもの。そんでオレらも恋人同士・・ね」 「直央・・ん・・好き・・んん」 「えっ、これって二人が作ったの?」 「哲人と亘祐くんの好物を用意しましたぁ」  じゃじゃーんと、直央は何種類かの料理を並べて自慢げに微笑む。 「この間咲奈さんが栗を持ってきてくれたでしょ。日向の家で採れたってやつ。あれで栗おこわ作ったの。哲人が実家にいる時は毎年喜んで食べてたって聞いたから。お母さんの味に近づけてたらいいんだけど・・」 と、タッパに入れたのを持ってきて「食べてみて」と差し出す。 「・・咲奈のやつ、そんなことまで言ってたのか。いや、素直に嬉しいし・・というかめっちゃ美味しいんだけど」  哲人の顔が思わずほころんだのを見て、心配げだった直央の表情がぱっと明るくなる。 「ほんと!?一応咲奈さんからレシピは聞いたんだけど・・じゃあこれからは毎年作るね!」 「よかったね、直央」 と千里もにこやかな表情になるが、哲人は少し困惑気な表情になる。 「どったの?やっぱ日向の味じゃない?」 「や、まんまオレが好きな味だよ。それは亘祐も知ってるから・・な?」 「あ、ああ。哲人の・・お母さんの味だよ、この甘さは」 と亘祐も頷く。 「じゃあ・・」 「咲奈に聞いたんだろ?レシピって。彼女、料理はそうそう美味いわけじゃないから、栗おこわなんて作ったことないはずなんだ。オレの・・母親に聞いたとしてもここまで再現できるレシピなんてアイツが知ってるはずがない」 「そうなの?あ、メモ書きは預かったんだ。これなんだけど」  そう言って、直央は一枚の紙を見せる。 「・・これって、お母さんの字だよ」 「えっ?お母さんて・・哲人の?」  直央も驚いて、メモを見直す。 「そういや、オレが『じゃあ栗ご飯なんか作りたいですね』って言ってからトイレ行ってる間に、このメモが用意されてたんだっけ。オレはその場で咲奈さんが書いたとばかり思ってたんだけど」 「哲人もそんときいたんだろ?何してたんだよ」 「オレはオマエからの電話に出てたんじゃねえか、亘祐」 「あ、ああ・・あんときか」 「つまり・・」 と、直央が嬉しそうな声で言葉を紡ぐ。 「哲人のお母さんは哲人にこの味を食べさせたくて、咲奈さんに栗とレシピを託したんだね!哲人はやっぱ愛されてるんだよ!ずっと気にかけてもらえるなんて幸せじゃない!。よかった、ちゃんとオレが作れて。咲奈さんにもおすそ分けしなきゃね、お礼言わなきゃ」 「直央・・オレは・・」  戸籍上の両親が実の父母じゃないばかりか、自分の出生届すら偽造されていたことに、自分の存在意義に疑問を感じて哲人は家を出た。が、折に触れて両親とこうした触れ合いがある。何を意図したものかは定かではないが。 「あの人たちは・・実の子供を生むことも許されないままに、他人のオレの血縁上の両親ていう嘘を背負わされた。それが日向の家の害悪とはいえ、あの人たちはオレをもっと邪険にしてもいいのに、オレが我儘であの人たちから離れたのに・・もうオレという存在を忘れてもいいはずなのに」  日向本家の思惑もあるのかもしれないが、哲人にとってこの味のプレゼントは心に突き刺さりすぎた。 「ごめん、オレはこんなんなのに・・直央が喜んで・・くれるから」  涙がとめどなく溢れてくる、自分を騙していた両親を憎む気持ちもあったけど、今はただあの頃が懐かしいと思ってしまう。 「咲奈さんのとこにはオレが持っていくよ。実は彼女の家って千里のマンションに近いんだ」  亘祐がそう言って料理を他のタッパーに詰めだす。 「半分はオレたちの分だろ?千里の部屋でゆっくり食うよ。ちゃんと哲人と直央さんの気持ちは伝えるから」 「ほんと、最近の哲人は泣き虫ね。千里がびっくりしてたじゃない」  亘祐と千里を見送った後、直央は哲人の傍らに寄り添う。 「うん、みっともないとこ見せちゃった。亘祐にもけっきょく迷惑かけちゃったな」 「大丈夫だよ、みんな哲人のことが大好きだから。そりゃあ、一番想ってるのはオレだけどね」  へへ、と笑って直央は哲人の頬に自分の顔を摺り寄せる。 「ほら、哲人の涙は消えたよ。だから笑ってね」 「あ・・」  もう我慢ができないと思った。 「どうして・・どうして貴方はそんなに・・」  夢中で口づける。舌をねじ込み、相手のそれを貪る。 「あっ・・・んん・・っ」  舌を絡ませ、そして強く吸う 「ひあ・・あ、あっ・・」  服を脱がし、胸の突起に指を這わせる、ぐりぐりと動かすと、すぐにぷくっと膨らんできた。唇を離し腰をかがめ、今度がその膨らんだ部分を甘噛みする。 「あっ、んんっ」  強く弄られたかと思うと、舌先で優しく愛撫する。 「ひっ・・いい・・の。もっと・・強く・・」 「直央はほんとスケベ・・顔は可愛いのにね。そのギャップたまらないよ。ココだって、ほらこんなに大きくなって・・」 と、下半身も全部脱がせてその性器を弄り始める。根元まで咥え舌で舐め、かと思うと先端をきゅっと吸う。 「は・・ああ」   屹立したソレを丹念に舐めながら、両の手で腿の内側をさわさわと撫でる。そのまま片手を双丘の奥へと滑らせていく。 「ああ・・あん・・ん。触ってよォ、早く・・そこ」  双丘の間の窄まりをひくつかせながら、直央は必死の声でソコへの愛撫を要求する。 「もう我慢できないの?触るだけでいいの?」 「意地悪ぅ・・わかってる・・くせに。っ・・あ・・あ。ああぁ・・ん」  窄まりを撫でていた哲人の指が、肉壁を押し開いて奥へと入っていく。 「あ、ああっ・・っ!そこなの・・昨日も言ったでしょ、そこが凄く・・感じ・・やああ」 「不思議だな。もう半年もほとんど毎日こんなことしているのに」  経験の無い哲人に身体を蹂躙されて、直央の身体はどんどん変わっていっているようだ。 「この身体はオレだけのものだから、一生」  そう言いながら指を引き抜き、もうドロドロになったソコに代わりに力強く勃起したソレを挿入する。 「そう・・だよ。何度も・・っ・・・言ってるじゃ・・ああっ!」 「ん、嬉しい。だからいっぱい感じさせたい。もっと奥まで・・」  思いきり突き上げ、そして合間に口づける。少しの部分も離れていたくはないから。 「あっ、ああ!イイ!・・もっと擦ってぇ・・もっと・・哲人の好きなようにグチャグチャにしてえ」 「流石にお腹が空いたって。うん、この栗おこわ本当に美味いって。多分、お母さんのより甘めになってるよね?」  口いっぱいに頬張ったおこわをゆっくり噛みしめた後、哲人は笑顔でそう聞いた。 「あっ、わかった?ちょっとだけ味に手を加えたの。なんていうか、オレの母さんの味との真ん中って感じかな」 「あ、直央のおふくろの味も混じってるのね。じゃあ、新しい我が家の味だ」  納得いったと、哲人は自分で立ってお代わりをよそいにいく。 「そんなに気に入ってくれたの。料理に関しちゃまだまだ敵わないって思ってるんだけど、哲人には。でも、オレが哲人のお嫁さんなんだから・・」 と、直央は照れたように笑う。 「うん、どんな女性より可愛くて優しくて最高のお嫁さん。て、この味もなんとなく覚えがあるんだよ」  不思議だなと、哲人は首をかしげる。 「そうなの?実は、オレの母さんの栗おこわって、父さんが母さんに食べさせたものを、母さんが自分なりにレシピを考えて再現したものだって自慢してた。もっともオレは食べたことがないから真実は不明だけどね」 「えっ、直央のお父さんて・・」  直央の母親である財前灯は著名なイラストレーターであるが、誰にも父親の名前を明かさないまま一人で直央を生んで育てていた。 「よっぽど美味しかったんだろうね。母さんが唯一話してくれた父さんの記憶なの。だから哲人が気に入ってくれて本当に嬉しいよ」 (偶然か?けど、オレのお母さんのレシピは、そうそう他の人には教えない。直央や咲奈だからこそ。・・もしかして)          To Be Continued

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