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第31話

「お土産があるんです」  帰宅した橘涼平がニコニコとしながら差し出す袋を、これまた笑顔で内田景は受け取り、中を見る。 「おかえりっ!・・保冷剤?」 「あ、ケーキだから」 と短く答えて、涼平は自分の部屋に向かう。 「?・・店で買ったものじゃなさそうだけど。ていうかイイ匂いだねえ」 「味の感想を送ってくれって言われてるんで、動画撮ってもいいですか?」 「へ?」  着替えてリビングに戻ってきた涼平にそう言われて、景の表情はますます困惑気なソレになる。 「今日は哲人くんのとこに行ってきたんだよね?なんか文化祭の打ち合わせとかって。休みなのに大変だなと思ってたんだけど」  涼平の10歳年上の恋人である不審そうな表情になる。 「どこに寄ってきたわけ?オレはなるべく急いで帰ってきたんだけど」  音楽事務所の男性社員である景は一ヵ月ほど前まで、現在放映中のアニメ番組のエンディング曲を担当しているバンドのマネージャーだった。そのバンドのメンバーで高校生の生野広将の同じ高校の友人である涼平と知り合い押しかけるように半同棲に持ち込み、現在に至る。  愛されている自覚もあるが、自分が高3の涼平より10歳上の30歳近い社会人で。尚且つ涼平が完全にノンケでしかも武闘派で硬派であるため、男性同士のこの恋愛に若干の不安を抱いている。 「遅くなってすいませんでした。哲人が何しろ好きなことには凝る性分でして」  自分が思ったよりも帰宅が遅れたことを景が怒っているのかと、涼平は慌てて頭を下げる。 「哲人くんが?」  涼平がこれも同級生の日向哲人のマンションに行っていたことは知っている。その場に哲人の恋人がいたということも。 「あれ?言いませんでしたっけ?今日は文化祭で哲人が出すお菓子の試作品の作成につきあってたんですよ。その中に入ってるの全部哲人が作ったやつです。実際に文化祭で出すのは時間と予算の関係でカップケーキのみなんですけど」  そう言いながら、涼平はケーキを次々と取り出す。辺りにイイ匂いが広がる。 「哲人くんてそういう人なの?や、甘いものが好きだってのは聞いてたけど。まあ、涼平もそうだから流石今どきの男子って・・って認識ではあったけどさ」  へぇーと言いながら、景はカップケーキを掴む。 「あら、いい手触り。匂いも甘ったるい・・ん!」 「ど、どうですか?」  自分のスマートフォンを景に向けながら涼平は心配そうに聞く。 「美味しいじゃない!ナニコレ!?ふんわりだし、甘ったるい匂いなのに、実際食べたらくどくない甘さだし。あ、こっちにはドライフルーツ入ってんのね。んで、これは・・あ、細かくでも食感がわかる程度に栗が入っているんだ。やあだあ、めっちゃ美味しい!」  女装が趣味の景は普段でも時として女性言葉になる。その様子を動画にして、涼平はようやく笑顔になる。 「よかった、気に入ってもらえて。じゃあ、これを向こうに送っていいですか?」 「いいわよぉ。てか哲人くんて凄いわね。頭も良くてイケメンでお菓子作りまで天才的だなんて。あ、私は断然涼平派だけど」  ふふふ、と笑いながら景は今度はショートケーキに手を伸ばし、クリームをすくい取ってソレを舐めてみる。 「あ、このクリームの味も好きだわあ。多分マジの生クリームね。流石はお金持ち。ふんわりなめらか・・触るのも気持ちいいくらいだ。・・・そうだ」  何かを思いつき、スマートフォンを操作している涼平の背後に近づく。そしてスウェットパンツを下着ごと下してしまう。 「け、景!何を・・ひあっ!」  突然の出来事に涼平は思わず悲鳴を上げる。景は自分の指を相手の窄まりに押し付けたまま囁く。 「気持ちイイ?ちょっともったいないけど、ケーキのクリームがあまりに美味しかったからさ。ふふ、どうせオレが舐めるんだからイイだろ?」  そう言って、景はしゃがんで涼平の双丘を押し開きその窄まりに塗りたくったクリームごと自分の舌をソコに挿れる。 「やあっ・・あっ。何・・・ああ」  身をよじろうとするが快感を覚えてしまい、思わず手にしていたスマートフォンを涼平は落としてしまう。その大きな音に景が動きを止めた。 「だ、大丈夫!?ごめん!割れてない?ああ・・ほんとにごめん!」  自分でも思いがけないくらいに動揺していると思った。スマートフォンの行方を捜しながら、ちらりと涼平の方を見る。彼は困ったような表情をしていた。 「涼平・・ごめん。オレ、馬鹿なことしたよね」 「うん、まあ・・。景の子供っぽいとこは好きだし、正直その・・感じちゃったけどさ」 「へっ?」 「や、だって・・」 と、涼平は顔を赤くする。が、直ぐに表情を改める。 「スマホは大丈夫だよ。けど、ぶっちゃけオレの今の恰好が大丈夫じゃないんだ。いくら二人っきりっていったってさ」 と、涼平は自分の恰好を見下ろしながら小さい声で呟くように言った。 「ご、ごめん!じゃ、じゃあ・・とりあえず座ろうか。それと・・」 と、景は少しはにかんだ表情を涼平に向ける。 「どうしたの?」 「涼平が敬語じゃないから、何か嬉しくてさ。って、早く座りなよ」  そう促す景の顔を涼平は驚いたように見つめる。 「どういう意味ですか?」 「・・また敬語に戻ってるぅ」と景は苦笑する。 「ごめん、よくわかんないけど・・とにかくああいうことは止めてほしいです。本当にその恥ずかしいです。それに、あのクリームけっこう高いんですよ。もちろん、文化祭には使えませんけどね、予算オーバーすぎて」 「あっ、うん・・それはわかってる。オレもそれなりに味はわかってるつもりだから。そんで、涼平がああいうのも嫌いなのもわかってたんだけど・・ちょっと意地悪したくなったというか。単にオレが馬鹿だったというか。なんていうか・・や、やっぱオレが悪いや」  そう言ってうなだれる景を涼平はじっと見ていたが、やがてシャツを脱ぎ始めた。 「りょう・・へい?」 「下半身だけすっぽんぽんじゃ落ち着かないから。そして景はオレのことをちょっと誤解してる。確かにオレはセ・・セックスに関しては経験があるわけじゃないし、せいぜいがエロ本程度の知識だから・・」 「えっ、涼平がエロ本!?マジ?」 と、景が大声で叫ぶ。なんでそん なに驚くの?と涼平は顔を赤くする。 「お、オレだって普通に男子高校生だし、そういうのはそりゃあるって!・・景が寝てる間に急いで片づけたんだよ。まあ、そんなにいっぱいあったわけじゃないし」  涼平は赤くした顔を横に向ける。 「そりゃ、オレだって性欲はそれなりにありますよ。だからその・・あの時だって景に抱かれた・・や、自分が誰かに“抱かれる”なんてこと考えたこともなかったけどさ」 「だって、涼平ってまるっきりの硬派・・そっちから求めてきたことも無いし」  景は困惑気な表情のまま涼平を見続ける。その視線を涼平はまともに受ける勇気が出ないまま、顔を背けている。 「まあ、エッチな話とか正直苦手ですけど、オレだって好きな女もいたわけで。・・毎回、満足してるでしょオレは。大人の貴方からしたら物足りないかもしれないけど」  ずっと一緒にいたいからこそ節度ある付き合いをしていきたい。自分の想いはそれこそ毎日のように伝えている・・はずなのに。 「そうですよね、やっぱ物足りないですよね。でも、敬語も愛情表現の一つだと思ってください。オレは存外不器用だから、羽目を外すと・・貴方を傷つけてしまうかもしれないから」 「えっ?」 「哲人にも同じことをしたから。アイツは・・憎んでもいたけど憧れの存在でもあったけれど、オレは3年前アイツを殺すことを選んだ。・・今は無理して感情を抑えているわけでもないのはわかってください。照れてもいるんですから」  そこまで言って、涼平はようやく顔を前に向ける。変わらずに赤面していたけど。 「無理・・してるわけじゃないよね?怒ってない?」  ようやく自分に顔を向けてくれたことに安堵しながらも、それでも景はおそるおそる尋ねる。 「オレより、貴方の方が先にオレに怒ってたでしょ。オレの帰りが遅くなっちゃったから。直央さんは『お菓子をいっぱい持って帰れば大丈夫だって!』とか言ってましたけど」  たぶん哲人がそうなんでしょう、と涼平は小さく笑う。 「哲人はあの顔でオレ以上に甘党なんですよ。でも、連絡をせずに遅くなったのはオレの失態でした、すいません。心配してくれてたんですよね、先日も組の者に襲われ・・っ!」 「ごめん、違うのっ!や、それも心配なんだけど!」 と、景は叫ぶ。涼平を強く抱きしめながら。 「嫉妬なの!押しかけ旦那しといて何だけど、君が“外での”ことを優先するのが結局・・。だいたいオレってこんなんだし、涼平はカッコイイし、けど危険なことばっかするし・・その理由もそれを支えるモノもわかっているけど、それがオレ以上の存在だってのが悔しかった。全部覚悟してたことなのに、オレは大人・・なのに。馬鹿みたいで・・情けなくて・・・年下の男をこんなに好きになっているのが・・オレの方が照れてんの、涼平に好きって愛してるって言われる度にドキドキしてんの、涼平は気づいてないだろ!」  そう言いきって、景はゼエゼエと息をつく。 「んもう・・こんなことまで言うつもりなかったのにさ。ほんと・・恥ずかしいんだから」 「そういうとこも好きなんですけどね 」  涼平は景の頭を何度も撫でる。 「髪短くしてスーツ姿になったら、オレでもどきっとするほどカッコイイのに、普段はこんな可愛い人で。こんな大人、貴方しか知らない。貴方に心配かけさせたことは謝ります。貴方を不安にさせるのはオレが子供だからだと思ってたけど、そういう風に考えてしまうのはそれこそオレの甘えだなって思った。一緒にいることをオレも望んだんだから」  そして涼平がモジモジし始める。 「どうしたの?」 「や、流石にその・・お尻が、ね。あのままだし」  景に抱きつかれているせいか、前のソレも大きくなってきている。 「つまり、こうなっちゃうわけで。その、性的にもオレは貴方を受け入れちゃってるんです。男とかそんなの関係・・なくもない部分もあるんだけど。さっきも言ったけど、毎回オレは・・満足してるから」  そこまで言って、涼平は目を閉じる。恋人の想いを受け入れるという意思表示のために。 「涼平・・いいの?」  景の問いに、一旦目を開けて答える。 「最初から素敵な人だと思っていました。三年前のことも哲人たちのこともあるけれど、でもオレを愛してほしいんです。我儘でごめんなさい。抱いてくれますか」  一気に言って再び目を瞑る。顔を真っ赤にして。 「好きだよ、こんなに誰かを愛せるとは思わなかった。大事にする、誰よりも」   「てか、哲人くんのスペックって高すぎないか?このケーキだって普通に店で出せるレベルじゃん」  営みを終え、夕飯を食べながら景は我慢ができないとばかりにケーキにも手を伸ばしていた。 「・・だって、イイ匂いだしお腹も空いたし」  苦笑する涼平の視線に気づいた景は頬を膨らませながら反論する。 「しょうがないじゃん!オレの本心、改めて思いっきり吐露しちゃったから、なんかもう・・。涼平だっていっぱい乱れてたじゃん。嬉しくなるじゃん、あんな風な姿見せられたらとことんまで愛しちゃうって」 「た、頼むからあんまし口に出さないで・・。オレの方から誘ったようなもんだけど、本当に恥ずかしいんです」  涼平は顔を赤くしながら、景のためにお茶をコップに注ぎ足す。 「ありがと。やっぱ後でコーヒーか紅茶で食べた方がいいのかな。ていうか、あのカップケーキだっていったいいくらで売るつもりなのよ、文化祭で」 「えーと、百円から三百円の間だと思います。材料のルートは鈴の伝手でお得になるみたいだし。今年のレベルを高くしちゃうとオレたちが卒業した来年からハードルが高くなっちゃうんで」 「あの味でその値段て・・」 と、景は呆れたような表情になる。 「だいたい、鈴ちゃんルートってご実家のホテル経由でしょ。あの有名ホテルのソレじゃ、どうやったって赤字じゃない。それに、どっちにしろ来年は地獄だよ。だって今年の生徒会がスターが揃いすぎてるんだもの」 「や、まあ悪目立ちしてんのは認めますけど」 と、生徒会副会長である涼平は苦笑する。 「ちなみに・・これって本当はオフレコな話なんですけど、鈴の実家のホテルで出してるスイーツの大半は哲人が考案したレシピで出来てるんですよ」 「へっ?・・・はあーっ?!」  何それ!、と景は思わず立ち上がる。 「景、落ち着い・・」 「だって、ホテルRだよね!?国際的にも評価の高い五つ星ホテルだよね!所謂高級スイーツてやつだよね!すっごい評判のやつで、オレだってそうそう手に入れられない・・それを作ったの高校生?!」 「正確には中学生のときらしいです。アイツの母親・・戸籍上のですけど料理研究家なんですよ。哲人が家を出てからは一線から退いたらしいんですけど。だから、アイツの料理の腕は母親の影響によるものが大きいんです。もともとの才能もあったんでしょうけどね。血の繋がりは無いわけですし」  生徒会長の哲人は日向本家の直系の血筋だ。が、その両親とされている男女は実は赤の他人で、本当の両親の行方は哲人も知らない。が、その事実を哲人は三年前まで知らずにいた。 「忙しい人だったんで、まあ鈴たちとかに哲人の相手を任せてた部分もあるんですけど、料理だけは自分が作ってたそうで。特におやつは哲人と一緒に作ることが多かったそうです。んで、哲人がある日パンケーキ作ったら鈴が凄く気に入って、自分の父親に食べさせたんですよね。それが笠松家で大評判になり、ホテルのレストラン部門の主任と料理長も試食して・・ホテルRでデザートとして出すことになったそうです」 「・・嘘みたいな話だけど、こと日向一族の話だからねえ。あり得ないとは言えないよね」  涼平に自分の気持ちを素直に告白しろと、自分の背中を押した笠松鈴かさまつりんの顔を景は思い浮かべる。 「洋菓子だけじゃなく、和菓子も作れるんですよ?哲人って。それもホテルで出してるんですけどね」 「高スペックってレベルじゃないね。実際に作ってもこんな美味しいんだもの。レシピ知りたい、てか哲人くんのとこ行きたい。日向一族ハンパない」 「うちの学校の文化祭に来るんでしょ、景も。・・そういう事情もあって、今でも哲人と鈴の結婚を願う声は多いんですよ、日向一族の中では」 「!」 「もちろん、鈴の家族も今の状況を受け入れてはいます。日向本家が直央さんの存在を認めているのですから。けれど、鈴本人の気持ちも知っていますからね、家族だから」 「鈴ちゃんも辛いよね」  涼平自身が鈴に恋していたのだから複雑な心境だろうと、景は自分も心の痛みを感じながらそう言った。 「鈴の家が日向本家に一番近いんです。けれど、鈴の祖父の代くらいから距離を置くようになったらしくて。それでも、笠松家の存在って一族の中でも重要なものだから」 「複雑だよね、日向は。それに子供と恋心を巻き込むのは、オレは許せないな」  景の表情が険しいものになる。 「鈴の親父さんは鈴を精一杯守ろうとはしているんだけどね。哲人との婚約をあっさり解消したのも、そこら辺に意図があるはずだ。哲人は常々命を狙われているから」 「・・哲人くん自身に重大な秘密がある・・涼平も鈴ちゃんもそう思ってんでしょ?」 と、景が微笑む。 「散々愚痴っといてなんだけど、ちゃんとわかっているから。オレもいろいろ無関係じゃないしね、でも・・」  景は涼平をじっと見つめる。恋するオトコの目でもって。 「オレには涼平が何よりも大事。一緒にいられなくなるのは絶対に嫌!だから、涼平を最優先にする。・・愛してる」 「うわっ、内田さんてこういうキャラなのか。前に会った時は凄い落ち着いた大人な人って印象だったのに」  涼平から送られてきたラインの動画を見て、哲人は驚きの声を上げる。 「あっ、涼平くんの彼氏さんの感想がきたんだね、なんて?」  哲人の恋人の財前直央は夕飯を作る手を休めて、哲人に近寄ってきた。 「うーん、この動画を見る限りじゃめちゃくちゃ興奮しながら食べてるよ。まあ、美形は何しても美形だなとは思うけど」 「よかったじゃない、実際美味しいんだもの。て、オレにも見せてよ。哲人が最初は女性だと思った人って・・」 「オレだけじゃない!涼平もだ!」  哲人は憮然とした表情で自分のスマートフォンを直央に渡す。 「ふーん・・うん、確かに美形だ。ほんと嬉しそうに食べてるね。こっちまで楽しくなるような・・。そっか涼平くんの好みのタイプってこういう人だったんだね」 「メンクイだとは思ってたけど、そこまで美形が・・とはって感じだけどね。しかも出会って二回目で関係持ってんだよ。あれだけ人の事を変態だのスケベだの言ったくせにさ。オレよりよっぽど手が早いっていうか」 「いいじゃない。哲人だって心配してたでしょ、涼平くんのこと。この動画だとちょっと疑問形になっちゃうけど、涼平くんなら大人な相手でもいいよね。哲人にはオレじゃないとダメだけどさ」 「っ!・・なお・・ひろ」 「あっ、料理途中だった、やっべえ!」 「くっ・・」  伸ばそうとした哲人の手が空中を掴む。キッチンに向かった直央を見送りながら、哲人はその手を頭に乗せて自分の髪を掻く。 「何やってんだ、オレ・・」  自分の顔が赤くなっていくのを自覚する。が、嬉しさ半分戸惑いが半分というところだ。 「こんなのでいいのかな、オレたち。今日だって朝からオレの都合に付き合わせて・・涼平は関係者だし当日は手伝ってもらうからアレだけど、直央は関係ないもんなあ。遊びには来るって言ってるけど」  哲人が生徒会長を務める高校の文化祭は今月末に開催される。が、長い歴史がありながら最近までまともに部活動をすることすら許されなかったような学校が、模擬店や演劇などのパフォーマンスの練習や準備をすることは容易ではない。  結果として生徒の代表である哲人が率先して模擬店を開くことにしたのだ。もちろん、他の生徒も各学年から二組ずつ店を出すことにはなっているが、あくまで勉強が優先の校風なので準備がそんなに必要でないモノに限られている。 「やっぱり他の学校と同じようにはいかないよな。予算もかなり限られているし。くそっ、琉翔のやつめ ・・アニメ効果で著書も売れてるはずなんだからケチケチするなっての」  哲人たちが住んでいるマンションのオーナーで親戚でもある高木琉翔は2年前から高校の理事長も務めている。そして現在放映中のアニメの原作者でもある。 「もう一つの目玉が生野たちの音楽パフォーマンスってのも、アレだよな。生野がウチの生徒じゃなかったらスケージュール押さえられなかったかもしれないし。ていうか、本当は他校へのライブ出演も禁止とかって無理ゲーだろ。アイツらだって仕事でやってんだし。生野だって頑張って成績も落とさないようにしてるってのにさ。これだから大人って・・」 「けど、実際に事務所の方で『哲人の学校だけ』って言われたんでしょ?学校の方でテレビ出演も許さないわけだし」 「っ!」  いつのまにか自分の前に料理が並べられていたことに哲人は驚く。 「ご、ごめん!オレ、何も手伝わなくて ・・」 「いいよ、哲人は疲れてるだろ。でも、ケーキとか食べ過ぎちゃったからご飯は少なめにしたよ?太ったら困るもん」 と、直央は明るく笑って味噌汁をよそって哲人の前に置いた。 「いただきます・・うん、美味い。やっぱ直央の味噌汁って落ち着く味だな」 「哲人は疲れているんだよ、身体も頭も心も。前例も何も無いことをやろうとしてるんだから。せめてさ、家にいるときぐらいはぐたーってしてていいんだよ?オレっていう恋人がいるんだから」 「・・直央こそ、オレにしてほしいことはないの?今日もさ、ずっとオレの手伝いしてくれてたけど。や、助かったんだけどさ」  哲人は再び複雑な表情になる。 「勝手なこと言ってるのはわかってるんだ。貴方をオレのために家に閉じ込めるのを悪いと言いながら、今日貴方が家にいなかったらオレは絶対寂しくて・・涼平に当たってたと思う。忙しいのも言うなれば自業自得なんだけど・・」 「哲人が始めた学校改革は支持されてんだろ?今までのあの学校の在り方はオレでもおかしいと思うもん。哲人は完璧な人だけど、未知の事は誰だって手探りだよ。でも間違ったことはしていないって思っているなら、前を向いていればいい。そんな姿勢で哲人が頑張ってるから、生徒も教師も協力してくれてるんだと思うから」  直央は真面目な顔で話す。その様子を哲人は不思議な気持ちで眺める。 「ん?どったのよ、哲人。変な顔してさ。ご飯固かった?」  その視線に気づいた直央はそう聞き返す。 「正直、ちょっと固かったんだけどね。まあ、それはいいんだけど・・」 「よくない!ごめん!」  直央の表情が変わる。 「いいんだってば、お茶漬けにするから。たまに食べたくなるんだけど、うちの親はいい顔しなかったな。食のことは割りに煩かった。・・直央と一緒の食卓が楽しいのは、“自分で”食べられるからだね」  結局のところは自分が一番子供で我儘なのだと改めて自覚する。 「なのに直央が可愛いって思っちゃうんだ。だって、オレと出かけても声かけられること多いだろ?直央がモテるのはわかってるんだけど、やっぱオレじゃ直央の恋人って認識されにくいのかなっ・・」 「ちょ、ちょっと待った!」  直央が慌てて哲人の言葉を遮る。 「哲人のオレへの認識こそおかしいって。ぶっちゃけ言えば哲人が何かの拍子に笑ってみなよ。その場の空気が変わるの感じない?先日だってスーパーで小学生を恋させちゃったでしょうが。天性の天然のタラシなんだよ、哲人って」  そろそろ自覚してよ、と直央は苦笑する。 「そりゃ、涼平くんも素敵な人だと思う。話し上手で場を和ませてくれるし、思慮深いし、それでいて熱くて頼もしくて。そういう人が側にいるから、内田さんもああいう態度取れちゃうんだと思う。でも、哲人の方が上だもん。顔も声も・・哲人は完璧なのっ!・・そういうオレの想い・・受け入れられない?」 「違っ・・っ!」  哲人は下を向いてしまう。 「哲人?・・大丈夫?オレ、“また”変な事言った?ごめん!哲人ごめん!」 (“また”?・・違う、何度も変な事言って んの、オレ・・。わかってるのに、この人を惑わすことを言ってるのは・・出会った時からオレはずっと振り回していた。辛辣な言葉さえ投げかけて、この人の希望をオレはずっと受け入れなかった・・のに。一緒にいるってこと以外は) 「哲人・・」 「一番子供なのはオレ。わかってた、直央がいなかったら・・出会っていなかったらオレはもっと寂しい人間になってた。謝るのはオレ」  この頃、恋人に見せたくない自分にばかりなっている気がすると、哲人は唇を噛む。 (これが素直になってるってことなのかなあ。本当のオレは・・直央に相応しいの?) 「またバカなこと考えてるでしょ」 「えっ?」 (な・・に・・)  驚く哲人の前で直央は難しい表情をしていたが、やがてにかっと笑った。 「!?」 「えーと、今からちょっとヒドイことするよ、哲人に」 「は?何を言って・・」 「とにかく、リビングのソファーに座ってくれない?椅子だと不安定だからさ」 「?」  訳が分からないままリビングに移動する。 「何するわ・・っ!」  突然身体に衝撃を感じ、哲人は自分がソファに横たわっていることに気づく。目の前には顔を赤くしながら自分の手をさすっている直央がいた。 「ちょっとは痛かった?」 「や、よくわかんない」  そう答えると、直央の頬がさらに赤くなる。 どうやら照れてい るらしい。 「うーん、けっこう思いっきり殴ったつもりなんだけど・・ヒドイことするって宣言したのにこれじゃオレが恥ずいだけじゃん」 「何で・・殴った・・や、いつかはそういうことされるとは思ってたけど」  まだ状況が掴めないままに、哲人はついそう言ってしまった。直央の顔色が変わる。 「なによ!オレに殴られることしたの!?何したんだよぉ!」 「へ?・・や、だから今殴ったんだろ?そういや、普通に痛いわ・・」  頬をさすりながら哲人がそう答えると、直央の顔がまたそして更に赤くなる。 「うわーっ、オレってやっぱバカだ!違うんだって!や、違わない・・けど。と、とにかく落ち着いて聞いて!」  落ち着くのは直央の方ではないかと思いながら、哲人はともかくもと座り直す。その間に、直央はハンカチを濡らしてきていた。 「ちょっと腫れているから、とにかくこれで冷やしてよ。・・って、マジでごめん」 「や、さっきも言ったけど直央に怒られる覚悟はしていたんだ。でも殴られるのも想定はしてたけど、今は油断してた。オレってやっぱ甘いのかも」 「ふふ、今日はさんざん甘いモノ食べたからねえ。ま、それはともかく・・」  不意に直央は哲人に口づける。 「っ!・・ん・・んん」 「オレと出会って、哲人が“更に”幸せになったっていうならまだしも、“今までを”否定するのはダメだよ。涼平くんや鈴ちゃんたちに悪いでしょ」 「っ!・・だって」 「だってじゃないのっ!今日だって涼平くんは哲人のために遅くまでつきあってくれ て、ちゃんと彼氏さんの感想まで送ってきてくれたんだよ。作業の間もオレを立ててくれたしね。なるべくオレが哲人の横にいられるようにって、さりげなく動いてくれてたの気づいてた?」 「えっ、そうなの?や、全然・・」  そんなこと考えもしなかったと哲人はきまり悪そうにつぶやく。 「もともと気配り上手な人だとは思っていたけど、ほんととことんまで優しいんだよね。そういう人が側にいたから哲人も・・最初の頃はともかくとして今はものすごくオレに優しくしてくれるでしょ」 「オレが優しいって・・」  直央の言葉に哲人は戸惑いの表情をみせる。 「だって、オレは直央を振り回してばかりじゃないか。ずっと家に閉じ込めて・・」 「何言ってんの?そんなのオレの意思だからいいんだよ。オレの留守中に哲人と涼平くんが二人きりなんてのも嫌だなって思っちゃうくらい、オレはヤキモチ焼きなの」 と、直央は微笑む。はあ?と哲人は目を丸くする。 「オレと涼平が?なんでそうなる・・」 「だって哲人は涼平くんの憧れの人だもの。あ、これは涼平くんから哲人に言ってもいいって許可されてることだからね。哲人がまた変にネガティブ思考になったらって。効果があるかはわかんないけどって涼平くん照れてたけどね」 「涼平がそんなことを?や、オレにはそんなそぶりも・・」 「そうかなあ、オレにはいろいろわかる部分もあったけど。哲人って完璧だけど天然すぎるとこあるから、気づいてなかったのかな?そういうとこは哲人の可愛いとこかなとも思うけど、だからって他人も自分も傷つけていいわけじゃないから」  直央の表情が少し厳しいものになる。 「哲人は涼平くんが哲人のために自分の人生を犠牲にしてる・・鈴ちゃんのこともだけど、よくそう言ってるよね。二人とも否定してんのにさ。確かに日向一族の中で見れば、二人はそういう立場なんだろうけど、それだけで命を張れるほど自分を安っぽいものだとは思ってないって」 「!」 「鈴ちゃんは言わずもがな、涼平くんも哲人に近づけない立場だったころから憧れてたって。で、羨ましくもあった。そこを変に抉らせて三年前の悲劇が起きた。・・そう寂しそうに言ってた。オレはそこらへんの事情は深くは聞かなかったけどね。まだその時期じゃないと思うから」 「えっ?あ・・や・・まあ。 つうか、涼平がそんなことを・・」 「そう。そんでオレのことも・・や、哲人自身のことも誤解してるよ」 「は?」 「オレが声かけられるから、自分はオレの恋人と認識されないとかやさぐれてたけどさ。そこら辺に同性の恋人同士が歩いているとか普通は思わないでしょ。だいたい、哲人だって言ってたじゃない」 『アナタはオトコに狙われやすい顔のようですね。最初に会った時もそうでしたし』 「っ!・・まあ・・」 「でしょ?そういや勝也さんにも言われたんだっけ」 「っ!」 『直央くん、キミが悪いわけじゃない。キミは・・そういう存在なんだ。私の知り合いと同じく、キミはある種の人間を引き付ける』 「オレがアメリカの病院で男性看護師に襲われた時、勝也さんに助けられてその時に彼に言われたんだ。あんまし慰めにもなってなかったけどね。それより・・」 『・・捉われてしまうのですよ、私もキミに。キミはあの子に似ているから。けど、これっきりです。もし、この先会うことがあっても、キミの環境が少し変わっていても、キミが好きになった人を信じなさい。その人は、必ずキミを幸せにしてくれます』 「あの子って哲人のことだよね?勝也さんは哲人のことが好きなんでしょう?けれど、多分オレと哲人が出会って魅かれ合うこともわかっていた。哲人は完全なノンケなのにね。でも、哲人に恋している男性は他にもいる。やっぱオレと哲人は似てんだよ」 「だって・・」 「オレだけが特別じゃないって言ってんの。や、オレ にとっては哲人は特別。でも、哲人の立場を考えて抑えてたんだよ、これでも」  なのに何で哲人が落ち込むのさ、と直央は口を尖らす。 (だ、だからそういうとこが可愛いんだってば)  思わず抱きしめたくなる衝動を必死に抑える。 「んじゃ、オレが哲人を抱きしめちゃうね、むぎゅう!」  自分で擬音語を口にしながら、直央が抱きついてきた。 「哲人は家でも忙しい人だから、これでもけっこう我慢してたんだよ。外でだって、できたら恋人らしく手を繋いだり、時には腕組んだり・・は身長差があるからちょっとキツイけど、もっとくっついたりもしたいの!ほんとは」 「・・マジ?」  信じられないという表情をしながらも、頬が緩んでいくのを止められない。 「ったりまえじゃん。オレがどんだけ哲人のことを愛していると思ってんのよ。もっと見せつけたいの!他の人に。オレの恋人はカッコイイでしょって。頭も良いし優しいし料理も上手で、しかもオレのこと毎晩いっぱい愛してくれるんだよ・・って」  最後の方は顔を真っ赤にして小さい声になる。 「ほんと・・こんな恥ずかしいこと言わせないでよ。てか、オレはもっと態度に出すべきだった?哲人がそこまでネガティブになるとは思わなかったの。だって、哲人だってあんなに注目浴びてんのにさ。オレの方がヤキモチ焼いてたよ」 「は?オレは別に・・」 「他人の熱い視線に気づかないくらいオレのことだけ見てくれてるんだと思ってたから・・オレは嬉しかったんだけど?」 「や、確かに直央のことばっか見てるけど・・。見てて飽きないしさ。・・オレ、思い違いしてた?ちゃんと直央の恋人できてる?オレ・・」 「そんなに不安なの?オレの方が不安なんだってのも前に言ったよね?なのに・・」  抱きついたまま直央は黙り込む。 「直央・・」 「だから、そういう声出さないでよ。オレの方が泣きたくなっちゃう。・・哲人の環境とか立場とかいろいろ考えてた」 「は?何言っ・・」 「でも、それは哲人にしてはいけない気づかいだったんだね。哲人が求めてるのはそういうものじゃない。オレは哲人と一緒に過去を取り戻さなきゃいけないんだ。二人で未来を掴むために・・離れちゃいけないというならやっぱくっついてなきゃいけないね」  身体を起こして直央はじっと哲人を見つめる。 「なお・・ひろ。何を・・言ってるんだ?貴方は無茶をしてはいけ・・」 『哲人はボクの後ろにいて!ダメ・・あの人は哲人を連れてっちゃう。ボクが哲人を・・』 「オレが哲人と一緒にいるの!オレが哲人の家族になるんだもの。プロポーズされたのオレだもん。哲人と一緒に住むのはオレだもん!」 「直央・・今、なんて・・」 To Be Continued

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