32 / 61

第32話

「はあ・・経営者と高校生の両立は流石にキツイですねえ。ま、余計な事考えないで済むのは助かる・・のかな」  まとめた書類を一瞥して、一宮ははあーと大きくため息をつく。  一宮奏は高校一年。名門一宮財閥の会長の三男にしてこの画廊の経営者。 「兄貴の経営がかなり杜撰だったから、後始末が大変だっつうの。背任行為で訴えてもよかったんだけどな、地検に」  一宮とその兄二人は半分しか血の繋がりが無い。愛人の子ではあるが、父親の血は末っ子の一宮が一番色濃く継いでいるというのが一部の人間の評価だ。 「・・とにかく、もっと実績あげなきゃ」  焦ってはいる。なのに、余計な悩みを抱え込んでしまっている。 『貴方に何かがあれば哲人先輩が辛い思いをします。そんなの、オレは嫌なんです。だから・・です。オレが貴方を助けたいと思うのは。けっして・・貴方個人への想いじゃ・・ない』 「キス・・しちゃったんだよな、勝也さんと。お互い、同じ相手を愛しているのに。しかも向こうはウチの教師だぜ?恋愛に関しちゃ不器用だってのは親父譲りなのかなあ。そんなとこは似たくなかったな」  父親からは自由に生きればいいと告げられている。心配をされてないわけではなく、認められた証の言葉だと一宮は思っている。 「けれど、男を好きになるというのは想定外だろうしなあ。いくら向こうさんも名門っていっても、結婚できるわけじゃないんだし。ましてや子供なんて絶対無理だし」  哲人に憧れて今の高校に入学した。憧れが恋に変わったのは直ぐだったけど。 「あの時も、事故とはいえ哲人さんとキスしたんだっけ。彼氏がいるのもわかってて・・好きになった」 『可愛くて ね、素直な人だよ。性格は・・ちょっとキミに似ているかもな』 『はあ?・・オレに、ですか?』 『知り合った頃は、オレは彼に嫌われていてね。それはオレもだったんだけど、いちいちつっかかってくるとこなんか似てる気がする』 「嘘つきだな、哲人さんは。いちいちつっかかるのは哲人さんじゃないか。確かに直央さんは可愛い人だけど、流石に年上の恋人って感じだよ。哲人さんは自分が恋人にどれだけ守られているのか、早く気づくべきなんだ」  諦めたくはないし、他の男性に気を移したいわけでもない。 『日向に深入りするなと忠告したはずですよ。しまいには、君まで日向に利用されてしまいます』 『それでも!それでも・・オレは構わない。とっくに 哲人先輩には捉われちゃってるんだし。それに貴方もほおってはおけない。貴方は哲人先輩の憧れで、あの人の過去を形作った人なのだから』 「全ては哲人さんのためなんだ、そうだ・・。いくら哲人さんに似てるからって、勝也さんを好きになるわけにはいかない。キスだって・・」 『まあ、君にはキスシーンまで見られちゃってますからね。教師の弱みを握っておけ・・っ』 『これで、オレも共犯です。オレが貴方を気にすることに、文句を言わないでください』 「顔だけじゃなく、性格まで似ているんじゃんか」 『・・言うべきことじゃなかった。つい・・ね。嬉しかったのですよ、哲人が私のことを好きだと言ってくれたから。ふふ、 すがっているのは私ですね』 『だから、今こんな状態になっているのです。寂しい思いをしたくなければ、哲人を心の中で想うだけにしておきなさい。あるいは、他の相手を・・もちろん私はダメですよ?君では扱いかねるオトコですから、私は』 「寂しいくせに、何で大人ぶる・・大人だけど。けど、ただの可愛い人じゃねえか。何が扱いかねるオトコだよ。簡単にオレに唇を許したくせに」  自分が直央に似ていて、日向勝也が哲人に似ているのならば。 「哲人さんと直央さんみたくなるのか?直央さんも哲人さんと知り合った時は他に片想いの相手がいたっていうし。・・そんな都合のいい話なんかないか」  そこまで考えて「へっ?」と思う。 「な、なにオレが勝也さんに恋する前提で考えてんだよ。そりゃあ、ほっとけないというか・・ほおっときたくないとは思ってるけど。でも向こうは10歳も上の教師で、オレは子ども扱いされてて・・でも」 『なら!・・何で泣いたんです?そういう顔を見たくはないんですよ。どうせ貴方は自分からは縋ろうとはしないのでしょう?どれだけ弱っていても。だからこの場にいるオレが手を差し伸べた。オレの自分勝手な行動です。気にしないでください』 「見ちゃったもの。あんな寂しそうなあの人を、オレは一人にしておきたくないんだ。そう、それだけ・・」 「っ・・外が騒がしいな・・またか」  いい加減帰ろうとしていた一宮は顔をしかめた。渋谷の駅から徒歩10分のところにあるこの店の付近では、夜にはよく酔っ払いの喧嘩などがある。高校生とはいえ腕に自信がある一宮は巻き込まれることも多かった。 「今日は穏やかに帰りたい気分だったんだけどな。・・一対三の喧嘩かよ、ばっかじゃねえの?」  ともかくもと事務所の鍵を閉め、騒いでる男たちの方に歩いて行った。 「あんたらさあ、毎度毎度ウルサイんすよねえ。そんなに渋谷が好きならもっと楽しいことしてくれません?」  そう声をかけると、男の一人が一宮を睨んできた。そしてお決まりの威嚇の声を上げるが、もう慣れきっている一宮には通じない。 「や、もうそういうのはいいんで。一人を三人でとかいうのも、自分たちでもバカだなあとか思いません?オレは思ってますけど」  不必要に煽っている自覚がないわけでもない。が、男たちに因縁をつけられていたはずの男性が妙に落ち着いた様子なのが、何かしら気に障った。 「あんた、せっかくオレが助けてあげてんだから、もう少し・・っ!」  俯き加減だった男性が顔を上げた。 (勝也・・さん。何でここに・・)  思いがけないことに黙ってしまった一宮を見て、男たちは再び大声を上げて威嚇 してくる。 「っとに・・しょうがねえな、くそっ!」  一瞬戸惑うが、向かってくる拳をそのまま受け入れる気も無く、一度避けてからこちらから相手の脇に自分の拳を入れる。一人が倒れたのを確認すると、別の男が出してはいけない名前を口にしてきた。 「マジでバカなの?暴対法ってもんがこの世にあることもとっくに知ってんでしょうが。組の名前出すだけでもヤバイんだって。つうか、あんたのとこの組の上位団体の若頭の新田さんが、配下の組に先日通達出したって聞いてるけどな、行動には気をつけろって」  一宮のセリフを聞いて、男たちの顔色が変わる。一宮は大仰にため息をついて、言葉を続ける。 「聞いてないっていうんなら、新田さんの仕事の怠慢だよな。そういうのは困るから、お宅んとこの上の人から注意してもらわないと。代行の丸木さん辺りでいいかな?」  まずいという表情になって、男たちが騒ぎだす。 「どうでもいいから、そこに倒れてる人持ってこっから失せてくんない?騒ぎになるとあんたらも困るっしょ」  男たちがいなくなったのを見計らって、一宮はスマートフォンを取り出す。 「あっ、新田さんですか。ええ、ご無沙汰しております。・・ええ、わかってますって。ただ、組の名前出されちゃうと・・ねえ。・・組です。ちょっとオレの知り合いが絡まれてまして。そう、うちの店の近くです。新田さんにご面倒をかけるのは申し訳ないんですが、よろしくお願いします」  電話の相手との話を終え、一宮は勝也の側に行く。 「大丈夫ですか、 勝也さん。てか、貴方が何でここに?貴方の家からはだいぶ離れている・・」 「家に帰る途中だったのですが理由があって渋谷で電車を降りたのですよ。で、たまたまここにいたら絡まれた、と」  勝也は薄く笑いながらそう答えた。 「というか、新田若頭に直の電話をかけられる高校生なんてそうはいませんよ、流石ですね」 「どうせ知ってるんでしょう?母の実家があの組といろいろあったことを」  一宮は真顔で答える。 「オレも小さい頃から可愛がって・・や、比喩じゃなくマジでいろいろお世話になったんですよ。だからこそ、こんな場所でもオレが商売できるわけで」 「・・まあ、何事もほどほどに。助けてもらったことは感謝しますよ。教師として言いますが、君も早く帰りなさい。じゃないと都の条例に引っ掛かります。私は・・」  突然、勝也の身体がふらつく。一宮が慌てて支えた 。 「足が痛むんじゃないですか?もしかして蹴られました?」 「だしぬけにね。考え事をしていたら反応が遅れてしまったんだ。これでも君くらいなら普通に倒せるよ?けど、今は教師だからね」  もう一度小さく笑って、勝也は一宮を自分から引き離そうとした。 「帰りなさいと言ったはずだ。離してくれないか」 「一応、さっきの男たちの始末はその筋に頼みましたが、今の貴方を一人きりにしちゃいけないってオレの勘が告げているんですよ。渋谷で何をしようとしていたんです?オレの店がここにあって、土曜の夜はオレはいつもここにいるのも知っていたはずだ」 「私が君に会いにきたと思っているのか?」  一宮の問いに、勝也は笑いながら答える。 「何でそんな自惚れを・・」 「いけませんか?オレがそう思ったら」 「え?」 「貴方が渋谷で降りた理由はともかく、ここでオレに会うのは想定済みだったのは事実でしょう?それに・・」  そこまで言って、一宮が苦しそうな表情になる。 「どうしました?」 「電車を降りた理由は“ソレ”ですか?」 と言いながら、勝也の首筋を指差す。そこには“痣”が色濃くつけられていた。 「それって“キスマーク”ですよね。そんなはっきりとそんなものつけたイケメンがいたら、そりゃあ悪目立ちしますって。さっきの男たちもそれを材料に貴方に因縁をつけようとしていたんでしょ」 「・・流石のオレでも、あの視線には耐えられなくて電車を降りたんだ。電車で帰れというのは、これをつけた相手からの指示でね。悪趣味だろ?」  あはは、と勝也は笑う。が、一宮にはそれがとても乾いた声のように聞こえた。 「そんなことをさせる相手と貴方は関係を持ったんですか?哲人さんを愛しているのでしょう?なのに・・」 「そうだよ、オレはその相手の愛人だ。や、違うな。先日は性の道具だと言われた」 「は?・・はああああ!?」  思いがけない勝也の言葉に、一宮は思わず相手の腕を強く掴んでしまう。 「いてえっ!」 「す、すいません!てか・・」 「このキスマークもわざと目立つとこにつけたんだよ。そして電車に乗れってね。変態だろ?けれど、オレは彼には逆らえない。逆らう気も・・ない。セックスに関しては、だけどさ」 「勝也さん、貴方は本気で・・」 「オレはそういう男だよ。哲人に尊敬される価値なんて本当は無いんだ。オレは・・」 「勝也さん!」  一宮は勝也の身体を強く揺さぶる。 「おかしいです!どうしてそんな風に自分を堕とそうするんです!なら・・なんでここに来たんです?オレがいるからでしょう!弱いくせに、強ぶらないでください!」  そしてもう一度勝也の腕を掴む。 「痛いってば!どこへ行く・・」 「すぐそこにあるオレの店です。そんな格好の貴方を渋谷の街にほおっておけるわけないでしょう」 「ダブルベッドがあるとか。いい趣味してるな」  一宮の経営する画廊の奥にある部屋に案内され、勝也はため息交じりに呟く。 「前のオーナーの趣味ですよ。いくら何でも16歳のオレにソレが目的の誰かを連れ込めるはずもないで しょう。今は仕事が片付かない時だけ一人寝してますよ」 「前のオーナーって君のお兄さんだよね。最近も週刊誌に・・載りそうになって寸前で記事差し止めになったんだっけ」 「流石によくご存じで」  面白くもないという表情で、一宮は答える。 「女優に手を出すとか。流石にこの布団は取り替えましたけどね。あの人の尻ぬぐいのために、新田さんにもずいぶん動いてもらいました。・・そろそろ限界な感じですけどね」 「怖いね、ほんと。で、オレをここに連れ込んでどうしようと?」  勝也は自分からベッドに横たわる。そして、一宮をじっと見つめる。 「勝也さん、オレは貴方と真面目に話したいんです。確かに貴方の性癖やプライベートにオレが口を挟む理由も無い。・・けど、オレは貴方を気にしたいんです。言ったでしょう?貴方は・・泣くんだもの」  ばちーんと小気味よい音が室内に響いた。 「・・すいません、つい。けど、私にもプライドというものがありますのでね。・・や、こんなことを生徒にしてしまうこと自体がプライドを無くしているということでしょうね。ほんと・・」  そう言いながら赤みの残る一宮の頬に手を伸ばす。 「見せたくないものばかり見られてしまいますね、君には。なのになぜ私はここに来てしまったのか」 「勝也さん、やはり・・」 「自惚れないでくださいと言ったでしょう?私の気持ちなんて大体が君に関係ない。私の気持ちなんて・・。それに、君に心配される価値も無い。さっきも言ったが哲人にもね。それもわかった上であの人は・・」  つい数時間前にさんざん自分を弄んだ男の顔を思い浮かべる 。まさか、それが自分の学校の理事長だとは一宮は思わないだろうと考えながら。 「やめてください!貴方に酷いことをする人のことなんか考えないで!価値はある!・・貴方はオレに縋ればいい。せっかく会えたのだから」   『オレが貴方を助けたいと思うのは。けっして・・貴方個人への想いじゃ・・ない』 「貴方の何もかもをオレが愛すればいいんでしょ!直央さんが哲人さんにそういう想いを持って愛したように」 「一宮くん・・君は・・」 「貴方が哲人さんに似ているからじゃない。同情でもない。オレなら貴方を大切にする。泣かせたりなんかしない!」  一宮は必死に言葉を紡ぐ。自分の想いをはっきりさせたいという考えも持って。 「生徒が教師に何を言っているのです・・。 君の立場も考えた方がいい」  努めて勝也は冷静に話す。が、自分の表情が変わっていくのも自覚する。 「自分で教師失格だと言っていたじゃないですか。そしてここではオレは経営者の立場です、今は生徒じゃない」  一宮のその言葉に、勝也は小さく笑う。 「流石に一宮会長のご子息ですね。そして新田若頭が可愛がっているだけはある。けれど、君は情に流されやすい。経営者としてそれはリスクになります」 「それでも、貴方を助けられるのなら・・貴方を手に入れられるのならオレは・・」 「君では扱いかねるオトコ、とも言ったでしょう?。君は確かに普通の16歳ではないが、私に関わってイイ事なんてない。好意を持ってもらえるのは嬉しいけど・・」 「オレが貴方を好きにな ることを、貴方は嬉しいと思ってくれるのですね」 と、一宮は勝也に顔を近づける。自分でも思いがけないお互いのカミングアウト。それでも心は不思議に落ち着いていた。 (こんなに顔が近いのに、この人も目を逸らさない。少なくとも“今は”受け入れてくれるってことだよな)  少しだけ背伸びして勝也に口づける。舌を挿れて、相手のソレを絡めとろうとする。 「んん・・ん」 (こんなにカッコイイ人なのに、唇が柔らかい。んで、ちゃんと反応してくれる)  捕らえた舌を離すまいと、一宮は執拗に絡ませる。 (ヤバイ・・キスだけでこんなに感じて・・。やっぱ大人なんだな、この人は。なのに、オレには簡単に弱いとこを見せるから)  愛おしさが増してくる気がする。同時に、彼を弄んだ相手への憎悪を滾らせる。 (そんな最低の男・・あれ?男・・だよな?あんだけのキスマークつけるんだし。哲人さんを愛してたっていっても、勝也さんはゲイじゃないはず・・) 「あの男のことを考えるなと私に言っておいて、貴方は誰のことを思っているのです?」 「っ!」  いつの間にか唇が離れていたことに驚く。けれど、勝也は微笑んでいた。 「勝也さん・・」 「だから、君は子供だと言ったのです。君じゃあの人には勝てない」 「勝ち負けの問題じゃありません。オレが貴方を救いたいだけです。貴方に寂しい顔をしてほしくないだけ。けど、今のままじゃ貴方は・・オレはそれが嫌なんです。貴方が好きだから!・・っ」  不意に抱き寄せられる。頬を掴まれ唇が塞がれる。 「・・生意気なことを。そんなところは昔の哲人に似ている。あの子は覚えてないでしょうが、周りから嫉みを受けて虐められる私をいつも庇ってくれた。その原因の大半が自分だとも知らないで。だからあの子を憎み、そして愛した」 「かつ・・やさん、だから泣くんですか。哲人さんを想って泣くんですか。あの人の知らないところで」 「あの子は過去を思い出してはいけないから。少なくとも今はまだ。けど、それでも私は哲人の側にいなければいけない」   『貴方の能力は私も高く評価しています。哲人のことに関しても、きちんと対応してくれてますしね。けれど、日向と・・そして私には近づかない方がいい。何しろ、哲人が殺気を向けるほどですからね。だいぶ、壊れているの でしょう、私は』 「自分を傷つけるために哲人さんの側にいるなんてこと、オレはさせない!許さない!哲人さんももちろん好きだし貴方のことも・・好きです。これは、オレの役目なんだ」  そう言って一宮は勝也の服のボタンに指をかける。 「・・後悔しますよ」  勝也の呟きが耳に注がれる。それでも一宮は頭を横に振る。 「それでも、貴方を泣かせるよりマシです。受け入れてください」  シャツを脱がされた勝也はベッドの上にあおむけになる。 「そして、どうするつもりですか?」 「くっ!貴方は本当に・・・」  一宮もシャツを脱いで半裸になる。そして勝也に覆いかぶさり、その首筋に口づける。 「相手と同じ土俵に乗るつもりなんかない。この痕が消えるまで、オレは貴方に安心していてほしいだけだもの。オレは貴方を傷つけないし傷つけられもしない。だから、安心して」 「凄い自信ですね・・っ!や・・あっ」  一宮の頭が勝也の胸の辺りに移動する。胸の頂を優しく舐めまわす。 「っ・・んん・・はあ・・んん」 「感じやすいんですね、勝也さんて。どんな変態的なプレイに慣らされているのかと内心戦々恐々していたのですけど」  指の平で頂を撫でまわしながら、一宮は勝也のズボンのホックに手を伸ばす。 「・・私があの人に抱かれるようになったのは、今の貴方と同じ年齢になってからです」 「!」  一宮の手の動きが止まる。 「な・・」 「哲人や亘祐たちに知られないようにするのは大変でした。もしかしたら鈴は気づいていたかもしれませんけどね。だから、あの子は私やあの人を嫌っている」 「つまり・・」 と、一宮の表情は苦々し気なものになる。 「相手は日向家の人間ですか?あの家は・・」 「だから日向一族には近づくなと言ったのです。けれど、哲人は違う。あの子だけは・・守らなければいけない」 「違う!哲人さんももちろんだけど・・あの人には直央さんも鈴先輩たちもいる。けれど、貴方にはオレしかいないでしょう!」  勝也のズボンのホックに手をかける。 「オレは確かに子供で経験も少ない。満足はさせられないだろうけど、でも言ったでしょ。安心ならあげられるって」  ズボンと下着を脱がせ、勝也の性器を口に含む。 「あっ・・や・・」 「・・」  一宮自身は童貞ではなく、 男性との経験も無いわけではない。が、やはり自分の行為がぎごちないモノだというのは自分でも感じていた。 (くそっ!) が、勝也の手が自分の頭に伸び自分の股間に押し付けようとしていることに気づく。 「も・・っと、深く・・まで。そして・・ん・・触って・・」  手を勝也の太ももの内側に導かれる。性器をもっと深く咥えこんで、手を置かれた部分を撫でていると、次第に勝也の息が荒くなってきた。 「んん・・はあ・・んん」  咥えながら舌を使って舐める。唾液が溜まり滴り落ちていく。 「イイ・・あ・・・あ、ああっ」  流石に口が疲れて、一旦離す。そしてその先端を舌先で弄り根元から手でしごく。残った手でその下の双玉を揉みしだいていると、雄々しく屹立したソレから滴が垂れていく。 「あっ・・や、あああ!」  哲人によく似た少し低い声だったはずの勝也が、今はとても甘くせつない嬌声を上げている。 「セックスになると、貴方でもそういう声になるんですね。こんなときだけ素直になるなんて・・ずっと抱いてないとダメってことじゃないですか」 「っ!・・んん」  そして一宮は用意していたモノを取り出す。一瞬苦しい表情になるが、ともかくもとその蓋を取る。中身を手に取り双丘の奥の窄まりを触る。 「そんなものまであるのか、この部屋には」  少し嫌味にも感じるような声で勝也が言う。 「大丈夫ですよ、変なクスリは入ってませんから。オレが買ったものじゃないですけどね。オレの兄貴が一つだけ褒められるとすれば、ドラッグにだけは手を出さなかったことです。それ以外はほんと最低な人ですけどね。だから、オレもこれを使うことになるとは思ってなかったけど・・」  そう言いながら濡れた指を窄まりに挿れ、抜き差しを繰り返す。 「やあ・・ん。いい・・そ・・こ。そう・・擦って、もっ・・と。あっ、ああ」  勝也の腰が揺れ、締め付けがキツクなる。その反応に本当に普通のジェルなのかと、一宮は心配になってきた。 「や・・止めないで・・もっと・・」 「・・わかりましたよ、勝也さん。貴方が求めてくれるのならオレはどれだけでも」  反応のいい部分をグリグリと擦る。そして口づけ、舌を挿れると直ぐに相手も舌を絡めてきた。 「はあっ・・ん・・・や・・もう」  我慢ができないと、一宮もズボンを脱ぐ。既に自分のソレも猛り滴で濡れていた。 「挿れますよ。ゴムは流石に用意してないので、生になりますけど」  それでも構わないと、勝也はモノ欲しそうな目を一宮に向ける。 「くっ!・・貴方って人は、そんなに・・」  一気に突き入れて腰を使い始めると、勝也の身体がびくんびくんと跳ねる。 「くっ・・いい・・ああっ!」 「そんなエロい表情しないでください。オレが・・止まれなくなる。優しくできなくなる」 「いい・・から。好きなようにしてくれて構わない・・から」  行為の続きを哀願するかのように、勝也の腰が動く。少し複雑な心境になる。 (オレ自身を求めていてくれるのか、そんなにセックスが好きなのか・・) 「しているよ、君に。演技なんてできる余裕なんか無い」  不意にはっきりとした声で勝也がそう言った。 「!」 「君で・・感じている。オレは本当に・・」 「っ!そんな・・こと」  勝也の目が笑っていることを確認して、腰の動きを早める。 (できれば、本気でオレに満足してオレを好きになってほしいけど・・)  経験の少ない自分には相手の気持ちまでは正確に推し量ることはできない。が、締め付けが凄いのは実感できている。 「生だからかなり・・ヤバイんだ。お願い・・もう一度キスしたい」  一宮がそう言うと、勝也が笑顔で頷く。 「好き、貴方が好き。貴方の中が気持ちよすぎて・・離れたくない」  夢中で口の中を貪る。自分の舌の先で相手の口の中を蹂躙するように舐る。 「ん・・ん・・・イキ・・そう」  けれど自分だけがイクのは嫌だからと、腰の動きを緩めようとすると相手の恨みがましい視線が一宮を襲う。 「オレも・・イクから。そのまま強く・・お願いだから」   (決して、彼を心から受け入れたわけじゃない・・はずなのにな)  全裸で眠る一宮を眺めながら、勝也は我知らずため息をつく。 「こうなることも予測していたんだったら、マジで化け物だよ、あの人は」  トイレに行って鏡を見る。 「はは、流石に少しは薄くなった・・か?まあ、いいや。そろそろ始発の時間だしな」  服を着て髪を整える。少し迷ったが、テーブルの上にあったメモ用紙に何事かを書いて息をついた。 「ふう。・・ついに、生徒に手を出しちまったか。普通ならクビなんだろうけど、琉翔さんはどう考えるんだろうな。まさか彼を退学にすることはないだろうけど」  琉翔はあれで嫉妬深いのだと、今度は深くため息をつく。 (好き・・なのか、オレは彼のことを。だから、ここに来たのか?) 『おかしいです!どうしてそんな風に自分を堕とそうするんです!なら・・なんでここに来たんです?オレがいるからでしょう!弱いくせに、強ぶらないでください!』 「オレは・・一体何のために生きているんだ。彼に何を求めている・・」  自分のアドレスと電話番号を書いたメモ用紙を手に取り破ろうとして躊躇する。 「・・っ」  結局、それに『ありがとう』と書き足して枕元に置いた。 「彼の言うとおり、オレは弱いんだ。あんなセックスにさえ縋らなければいけないほどに」  けれど、勝也はなかなか出ていけなかった。一宮から目を離せなかった。 (・・・好き) 「あー、突然だが皆にお知らせがある。女子には嬉しいことだと思うぞ」  HRで担任がそういうことを言えばそりゃあ教室内がざわめくさ、と一宮はそう思った。 (まさかと思うけど、イケメンの転校生でもきたか?この時期にこの学校にくるなら帰国子女ってとこか)  一宮の通うこの高校は都内有数の進学校である。入学試験はもとより編入試験もかなりの難易度。だが、特別に帰国子女枠がある。それも難しいものではあるが。 (つうか、いまさらイケメンの生徒なんて・・。1年生はともかく3年生に最高過ぎる顔が揃ってんだから)  日向哲人を始めとする生徒会役員とその親友の顔を思い浮かべる。全員彼氏持ちではあるが。 「今日の2時限目の君たちの英語の授業だが、担当の佐藤先生がお休みでな。校長先生との協議の結果、日向先生に今日だけ授業をやっていただくことになった。佐藤先生のことを知って自習だと喜んだ者もいたようだが、代わりがあの人ならお前らも本望だろ?」 「はっ?・・はあああ!?」  思わず一宮は立ち上がってしまった。 「嘘・・だろ・・」 (そっちか!確かに勝也さんはアメリカ帰りだけども!確かに女子生徒に人気だけども!)  周りの女子生徒は担任の思惑通りにキャーキャー言いながら騒いでいる。一部の男子生徒すらも。 「おい、一宮は嫌なのか?大丈夫だろ、お前も十分イケメンだ」  一宮の反応をどう思ったのか、担任はそんなことを言った。一宮は驚いた表情になる。 「な‥別・・に」  一宮は身長185㎝ほどの長身で精悍な顔つき。頭脳明晰で美術コンクールに入選実績もある。入学試験もトップで実は経営者の顔も持っている。春に他の生徒とあることで揉めたこともあり、少しとっつきにくい性格だと思われてはいるが、基本的にはモテる。  が、彼は生徒会長の哲人に憧れてこの学校に入学した。本人とその恋人の前で想いを吐露した。そういうこともあって、他の人間に恋心を抱かれても、それを分かろうとする気もなかった。 「先生も、日向先生みたいなタイプ好きなんですか。それとも一宮くんみたいな・・」  担任の反応にそんな質問が飛ぶ。 「先生はね、カッコイイ人はかっこいい。可愛い人は可愛いって素直に思うんだよ。もちろん節度を持ってな。この学校で人として恥ずかしいことはできないだろ?生徒があれだけ頑張ってるのにさ。あ、ちなみに例のアニメは見てるわ。実はCDも買ったんだよね」  この担任教師はこの学校に10年以上いるベテランの域に入る男性だ。年齢は30代半ばでその気さくな性格から生徒に人気がある。2年前から始まった哲人たちの学校改革にも、真っ先に賛成をしたらしい。 「とにかく、急遽お願いしたことだからな。あまり日向先生を困らせないように」  そう言い残して教師は教室を出て行った。やがて一時限目が始まったが、一宮は頭を抱え続けていた。 (嘘だろ!何で3年の担当が1年の授業に出るん だよ。お、オレのクラスだってわかってるはずなのに!」 『好き、貴方が好き。貴方の中が気持ちよすぎて・・離れたくない』 (オレはあの人を抱いちゃったんだぞ!それもつい二日前に。教師があんなこと言ってくれたのに、生徒のオレが教師と無理やり関係を持ったって・・。それに、勝也さんはメールを返してくれないし)  先月から産休に入った女性教師の代わりに、理事長の高木琉翔が採用した日向勝也はそのスマートな物腰とイケメンフェイスですぐに人気になった。  自分が恋した相手に面差しがよく似ている勝也に、一宮は最初は警戒心を持って接していた。哲人を除く日向一族の面々に近づかない方がいいと忠告されていたためではあるが、今になって自分の本心がわかりつつある。 (あの人に魅かれていくのが怖かったんだ。あの人はオレが哲人さんを好きな事知ってるから。本気にされないって・・オレはあの人に相手にされないって思うのが嫌で。なのに、あの人が寂しそうでどうしても目が離せなくて。けれど、セックスはヤバイだろ!)  あの後、朝日を浴びながら一宮は一人のベッドで目覚めた。すぐに枕元に置かれたメモには気づいたけれど、今度は自分が寂しいと思 ってしまった。  そのメモに書かれたアドレスにメールしLINEも送ってみたけれど、返事は無かった。揶揄われたとは思いたくない。自分の本気の想いが届いてないとは考えたくはなかった。 (けれど、流石に今日顔合わすのはキツイって。だって、あんなことやこんな恥ずかしいこと言ってシちゃって、あの人のそういうとこまで見ちゃってんだぜ。平常心でいられっかよ)  が、時間は無常にすぎていく。生まれて初めて授業の50分間が短いと感じた。 「終わっちまった・・」 (そして本当に来た!普段は3年の授業しかやんないから初めて教室でスーツ姿見るんだけど・・・何であんなにかっこいいの!?スッとしてキリッとして、それでいて柔和な雰囲気で。そんであの声だもん、反則だよ)  勝也が教室に入ってきた途端、いろんな歓声が上がった。 「はは、参りましたね、これは」 と、勝也は照れた表情のまま教壇に立つ。 「えっと、今日は佐藤先生がお休みのため私が代わりにこの2時限目を受け持ちます。正直、今朝言われたことなんで戸惑ってます。1時限目は3年生の授業をやってたもので、1年生の教科書はほんとパラパラとしか見てないんですけどね」  そう勝也が告白すると、流石に「えーっ」という声が上がる。が、勝也は落ち着いた声で言葉を続ける。 「実はここに赴任した時から校長先生には口酸っぱく言われてたんですよ。自分の担当だけが生徒のために必要なものじゃない、ってね。その時は意味がよくわからなかったのですけど、今日校長先生に言われたんです」 『先生は3年の英語の担当ですけど、この学校は少数精鋭で運営しているということを忘れないでください。つまり、他の学年の授業を見ていただくこともやぶさかではないということです。・・負担をかけるのは申し訳ないのですが、野村先生のような思いをする方を出さないためにも、我々が頑張らないと。だって生徒のための学校ですからね。彼らに気を使わせて、勉強を疎かにさせるわけにはいきません。我々大人が生徒の学校改革発展の足枷になるわけにも・・ね』 「自分はかなりな若輩者ですけど、校長先生のお言葉には素直に頭が下がりました。佐藤先生も私ならと言ってくださったそうです。信頼は、本人にとっての重要な糧です。さっきはああ言いましたが、普段から準備もしてはいるのですよ。ただ、何しろ初めてのことなのでドキドキしてるから、言い訳が必要だったんです」 と、勝也はペロっと舌をだしてはにかんだ表情をみせる。途端に「可愛い!」という声が起きる。 「というわけで、授業を始めますね。最初に出席を取ります。えーっと・・・一宮くん」  瞬間、勝也の表情が複雑なソレになったように一宮には感じられた。 (緊張・・とかじゃないよな。オレ、だから?)  そう思うととっさに声が出なかった。すると、再び一宮の名前が呼ばれる。 「一宮・・くん。ごめん、私が気に入らなかったかな」  そう言った途端、勝也の表情がしまったというものになる。一宮もまた、うっとなって後の言葉が続かない。 「一宮、オマエ朝から具合悪そうだったじゃん。前の授業の時もずっと頭抱えてうずくまってたもんな」  一宮の横の席の生徒が、そんな姿を見かねてか勝也にそう告げる。 「はっ?だ、大丈夫なのか!無理はするな、保健室にいけ!」  自分で思いがけないほどにうろたえていることに動揺しながら勝也は保健委員は誰か?と一宮の不調を告げた生徒に尋ねる。 「あ、その・・一宮です」  きまり悪そうに男子生徒が答えると、勝也は顔を赤くする。 「そ、そうか・・。じゃ、じゃあ悪いが君が彼に付き添ってやってくれないか?」 「くっそ!せっかく勝也さんの教師姿見られると思ったのに・・」  保健室のベッドの上に横たわりながら、一宮は愚痴る。クラスメートは一宮に薬を飲ませると、少し躊躇しながらも足早に去っていった。 「ま、普通に考えりゃ少しでも授業を聞きそびれると後々困っちまうもんな、うちの学校は。なのにオレの様子もちゃんと見てくれて、ちゃんと世話までしてくれてんだから、案外いいヤツだったんだな。てか、確かに怠いや」  今朝までは大丈夫だったのにと思いながら、一宮は目を瞑る。すると脳裏に先ほど見た勝也の姿が浮かぶ。 『一宮・・くん。ごめん、私が気に入らなかったかな』 (何であんなことをオレは言わせちまったんだ?確かにヤバイとは思ってたけど、でも本当は嬉しかったのに。ドキドキして、オレは・・)  改めて勝也に魅かれていることを自覚する。そして、その想いが勝也のためにイイ事ではない部分があることも。 『先生はね、カッコ イイ人はかっこいい。可愛い人は可愛いって素直に思うんだよ。もちろん節度を持ってな。この学校で人として恥ずかしいことはできないだろ?生徒があれだけ頑張ってるのにさ』 『佐藤先生も私ならと言ってくださったそうです。信頼は、本人にとっての重要な糧です』    担任教師と勝也が言ったそれぞれの言葉の意味を考える。 (許されない・・ことだよな。生徒と教師が関係を持つのって。ただ好きって想いを持つことすらも、やっぱ。勝也さんは皆に信頼されてて、それはあの人の努力の結果で。そこはほんと哲人さんと同じで。だから担任だって生徒のことをちゃんと考えてくれる)  哲人が入学以来3か年計画で進めているこの学校改革は、とりあえずはうまくいっている 。創立以来、初めて文化祭を小規模ではあるが開催できるとこまでこぎつけた。 (それをオレのことでぐちゃぐちゃにできない。せめて節度ある・・ってもうセックスしちゃったし、男子生徒が男性教師を・・ってだけでそれは“してはいけない”ことだよな。普通は、教師が生徒に手を出したって思われちまう。そんな変態教師の烙印、あの人に押させるわけにはいかねえよ)  が、その思いはつまり自分が勝也への恋心を諦めるということを意味するわけで。 『オレなら貴方を大切にする。泣かせたりなんかしない!』 (そこまで言っておいて、今さら・・。後、2年半も同じ学校で顔合わせるのに、そんな拷問に耐えられないって。でも、勝也さんを困らせたくもない。どうすれば・・)   だいたい 、勝也が自分をどう思っているのかもよくわからない。一宮は制服のポケットからスマートフォンを取り出して眺める。 「何で番号やアドレスを残して帰るんだよ。あんなことシた後にあんなメモを意味ありげに残していくとか、意識高い系とかじゃなかったら、ただの嫌味じゃねえか。返事してくれないんだもの。やっぱ、オレが子供すぎ?でも・・」 『や・・あん。あっあっ・・いい・・・も、もっと』 『そ・・こ・・いい!凄く・・んん・・感じ・・ああっ』 『もっ・・と・・ん・・擦っ・・て。もっと、ぐちゃぐちゃにしてく・・っ』 「演技じゃないって言ったもの。よがって・・縋って・・何度も求めてきたのは勝也さんの方。ただのセックス厨だなんて思いたくない。 てか、もしそうだったとしても尚更オレが側にいてあげたい。あの人が他の誰かに壊されていくのを、黙って指くわえて見ている気はないんだ」  けれど中途半端な想いの寄せ方は自分も嫌いだし、相手にも悪いと思っている。 (哲人さんにしろ、勝也さんにしろ・・・オレって不毛気味な恋愛しかできないのかな。ほんと頭痛てぇ・・あ、熱計ってたんだっけ。それすら忘れてるって・・)  熱は37度台後半だった。全裸で寝ていたことが原因だと、彼は推察する。 (勝也さんは暖房つけてってくれたのにな。まああの人が風邪ひいてないならよかった・・) 「一宮くん、大丈夫です・・寝ているのか」  勝也は保健室の一宮が寝ているベッドに近づく。 「顔が赤いな。マジで具合が 悪かったのか、もしかしてオレを避けているのかとも思ったけれど」  かなりネガティブになっているなと、勝也は苦笑する。 (こうなることも想定していたのに、どうしてオレは・・)   『このキスマークもわざと目立つとこにつけたんだよ。そして電車に乗れってね。変態だろ?けれど、オレは彼には逆らえない。逆らう気も・・ない。セックスに関しては、だけどさ』 『勝也さん、貴方は本気で・・』 『オレはそういう男だよ。哲人 に尊敬される価値なんて本当は無いんだ。オレは・・』 『おかしいです!どうしてそんな風に自分を堕とそうするんです!なら・・なんでここに来たんです?オレがいるからでしょう!弱いくせに、強ぶらないでください!』 (生徒に信頼されなきゃいけない立場の教師が言っていいセリフじゃない。でも彼はちゃんと応えてくれて悩んで・・。なのにオレはLINEも返せていない。こんな風になるまで彼を追い込んでいるのに)  哲人のことだけ考えて生きるつもりだった。少なくともその覚悟でここの教師になった。哲人の視線だけ意識していればいいと、それが自分への罰なのだからと。  なのに一宮奏が自分の心の中に入ってきた。思えば一宮は最初から不思議な存在だった。彼氏のいる哲人へ の恋心を露わにしているのに、笠松鈴や橘涼平達にも彼は受け入れられている。一宮が普通の高校生でないこともあるだろうけど。 (オレのことまで調べているからな。哲人への想いとビジネス的な目的のためだったのだろうけど。自分が近づいちゃいけない相手だってわかってたはずなのに、なぜオレに好意を持ったのか) 『貴方の何もかもをオレが愛すればいいんでしょ!直央さんが哲人さんにそういう想いを持って愛したように』 (あの二人は特別なんだ。最初からそういう運命だったのだから。だいいち、オレの気持ちは・・) 「日向先生?どうしたんですか」  突然、保健室の入り口から声が聞こえて勝也はビクッと身体を震わせる。 「あっ・・三上くんか。や、一宮くんの様子を見にね。けど 寝ているようだからどうしようかと」  声の主・・一宮のクラスメートで一宮を保健室に連れてきた生徒の問いに勝也は慌てて答える。 「本当に具合悪かったんだな、あいつ」 と、三上が言うのを聞いて勝也は「えっ?」と聞き返す。 「どういうこと・・」 「や、だって・・まあとにかくもうすぐ予鈴ですよ」 「!・・・」  言葉は少ないが、その意味ありげな物言いに勝也は一瞬表情を変えるが、すぐにいつもの柔和な笑顔に戻す。 「そうだね、君も早く教室に戻りなさい。じゃないと一宮くんが気を使う・・」 「気を使うのはオレの方だってのに」 「えっ?」 「何もないですよ、んじゃオレは戻りまーす」 「・・なんだありゃ。少なくともオレがここの生徒だったときとは 、教師に対する態度が全然違うな」 そう言いながら勝也は、入り口に向かって歩き出そうとする。が、足が動かない。まるで、二日前のあの時のように。 「あ、予鈴・・行かなきゃ、生徒が待っている」  どういう理由にしろ、自分が今はこの学校の教師であることは変えようもない事実だ。不本意な始まり方ではあったが、生徒に慕われるのは悪い気はしない。 「悪いな、オレは教師なんだ。個人の感情で動くわけにはいかない。でも、どうしても様子を見に来ずにはいられなかった。多分、オレは・・この先もずっと君を気にして生きるんだろうな。君が他の誰かに恋しても・・ふっ」  つまりは、自分のその思いはなんなのだと勝也は自嘲気味に笑う。そして眠っている相手の顔に唇を近づける。 「・・君は知らないでいい。オレの気持ちなんてものは。はっきりしないけど・・でも、キスしたかった。セックスの中のソレじゃなく、今」 「・・ったく、わっかりやすい」  三上はくくっと笑う。もちろん、キスシーンまでは見てはいないが、なんとなく想像はついた。 (意外な組み合わせではあるけど、ビジュアル的にはお似合いだよな。年齢差はあるけど、日向先生って案外可愛い系みたいだから・・。けど、教師と生徒だからな、何せ)  HRの時からの一宮の態度でなんとなくわかっていた。一宮と勝也がちょこちょこと接触しているのを目撃もしていたから。 (でも、一宮の片想いだと思ってた。哲人先輩のことが好きなのも知ってたし。まさか、日向先生が・・だなんて思わなかったけど・・あはは)  面倒なことに巻き込まれちゃったかなと、三上は“楽しそうに”笑った。         To Be Continued

ともだちにシェアしよう!