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第35話

「で、このイヤモニで私に指示を送ると」 「や、指示ってものじゃ・・とにかく外の騒ぎを中の人たちに知られたくないから、何かあったときのための・・まあ保険みたいなものです。侑貴と生野には言ってないんで」 「・・言えないよね。二人は純粋に音楽だけに生きてほしい。もちろん恋人としても。私が言っていいことでもないんだけど」  内田景は自嘲気味に笑って、恋人に手を差し出す。 「景・・オレは、貴方に・・」 「涼平は余計なことを考えなくていいよ。いざというとき、私が重荷になったんじゃ本末転倒だから。私はね」 と、景は橘涼平の手を掴む。 「涼平を愛して、涼平を守るために涼平の側にいるんだもの。・・・涼平、涼平、涼平・・私には涼平が全て。涼平にはこれ以上傷ついてほしくないよ、身体も心も」 「景・・貴方の気持ちは嬉しいけど」 と、涼平は自分より10㎝近く背の低い恋人を見下ろして微笑む。それはとてもぎごちない笑みではあったけれど、景はそれでも自分も笑う。 「こうやって涼平の顔を間近で見られる幸せを、私は失う気はないよ?・・ふふ、涼平ってやっぱかっこいい!」  少し背伸びして景は涼平に口づける。 「死なないから、私は。また涼平が自分から死亡フラグに突っ込んでいったら嫌だもの。って、これは冗談とかで言ってるんじゃないよ。もう、涼平を止めれるのは私だけだろ?じゃないと困るんだけど」  景は真顔になってそう言った。おそらく涼平を一番愛していた女性から託された大事な存在。それを自分も愛してしまったから。 「オレのほうこそ・・貴方を死なせないって思ったんです。貴方と一生添い遂げようと誓ったときに」  涼平は顔を赤くしながらも、きっぱりと言い放った。景は驚愕の表情になる。顔を赤くもしながら。 「一生・・添い遂げる・・って」 「だ、だって!」 と、涼平は景より顔を赤くしながら叫ぶ。 「生活を共にしてるわけだし、貴方以上の人がいるとは思えないし。貴方はオレを愛して大事にしてくれるし・・オレはそれがたまらなく幸せで。そんなの・・本気で諦めていたから」  自分の親が“何で死んだか”。そして自分も同じ運命をたどる“べき”だと思っていた。 「3年前、哲人を殺そうとしたのはそういう理由もあったから。アイツは何にも知らないから。オレの親や“オレの妹”が誰のために死んだのか・・哲人は知らなくていい。今は哲人が本当に大切だから。なんだかったいって、哲人はオレの憧れの存在だもの」  それがどういう理由からにせよ、哲人は日向の中心として育てられたはずだと涼平は思う。何事にも秀でていて、外見はクールなイケメン。実はそのほとんどを幼馴染の笠松鈴がフォローして、自分たちが生徒会役員を務める学校の生徒たちにも哲人のド天然ぶりを知らない者が多い。 「それでも哲人は凄い人だから。・・日向本家の思惑もわかっていて、この学校の改革に乗り出した。自分改革の意味もあったのかもしれないけどね。でも、哲人じゃなきゃやろうとは思わなかっただろう。必要なことだったのに」 「この学校に秘密があるのも、哲人くんは知らないんだね。ま、私も在学中はぜーんぜん気づかなかったけどね。あの旧校舎が存在していた理由を」 「すいません、景に“そういうマネ”をさせちゃって」  涼平は顔色を変えて慌てて謝る。その涼平の態度に、景は心の中でため息をつく。どうしても恋人にそういう態度をさせてしまう自分が情けないと思いながら。 「私は“そういう仕事”やってたんだから、いいんだよ。好きな人のために動けるのは恋人冥利につきるしね」  そう言ってウィンクする。その言葉に嘘はないし、それが自分の存在意義の一つだと思ってもいる。 「というか、キミの親戚だとかいう今の理事長って相当な狸だよね。私のことを知っていて、この件に引き入れてんだからね。部外者には知られたくはないことだろうに」  「実質、琉翔さんが日向の家の裏側を牛耳っているはずだと鈴は言っていました。・・できたら放っておきたい存在なのですけど、正直」  そう言って困ったような表情になる涼平の様子に景は「?」と首をかしげる。 「なんか特別な事情があるわけ?まあ、学校でしかも文化祭中にドンパチやるのを許可する理事長は確かにどうかと思うけど」  この学校にどういう秘密があるのか。実は過去に情報屋として調査したことはあった。 「あの時は旧経営陣だったけど、日向に縁が無いわけじゃなかったんだよね?で、1年前、若い理事長が選任された。凄い話題にはなったな。一応実業家という経歴で紹介されてたけど」 「・・間違いではないんですよ、ほんと一応」  涼平があははと乾いた声で笑う。 「哲人の住んでるマンションはもちろん、あの一帯の土地は琉翔さんの所有ですし、駅前にもビルを持ってます。表向きは相続物件ということになっていますが、もっと若い頃に本人が自分で何らかの方法で手に入れたものです」 「つまり、その言い方だと・・」  景は困惑気に言葉を続ける。 「まともな方法でそれを出来るような人間ではないと、理事長って人は。名門校の理事長としては確かに問題・・」 「理事長としても人としても問題な人ではあるんですよ。確かに経営手腕は凄いし、顔も良いし頭もイイ。そんで・・小説を書く才能もある」  最後は声を小さくしたが、景は聞き逃さなかった。 「作家?あの人作家なの?」 「景も調べていたとは思いますが・・。例のアニメの原作者が琉翔さんなんです。アニメ関係者では鈴以外は知らないことなのですが。出版社でもトップシークレットのことですので」  頭を掻きながら説明する涼平の顔を、景は唖然とした表情で見つめる。 「・・」 「生野には言わないでください。アイツが変なプレッシャーを抱えてもアレだし。だいたいが人気シリーズのアニメに新人バンドを起用したことでいろんな憶測が出ているのは景も知っているでしょう?生野も変な風に考えるかもしれない。アイツはそういうヤツだから」 「や、驚いたわ」 と、景はようやく声を出す。 「言わないけどさ、もちろん。コネとかっていう問題ってことでしょ?確かにインディーズの彼らに依頼があったのは・・や、そういうことは無いわけじゃないよ?本当はそのままでいく予定だったのが、私が製作委員会との話し合いで事務所に入れてメジャーとして売り出すって決めたんだから」 「鈴の絵師としての活動も対外秘なんですよね。けれど、生野たちのバンドの起用の発端は鈴だ。そして原作者が強く希望したという情報が流れている。生野がうちの生徒だと知らなかったはずは無い。生徒会役員なんだし」  どこからが偶然で、そして必然なのか。 「ぶっちゃけ、侑貴が生野をあっさり受け入れたのもオレはある意味で納得いってなかった。や、生野は顔も性格もイイ男だし、侑貴の恋人には相応しいとは思いますよ?立場的に。ま、それに関しちゃオレらも同罪ですけどね。素人のアイツをちょっとでも関わらすべきではなかった。生野は音楽性と誠実さ以外には武器を持ち合わせていないのですから」  涼平の表情が悲しげなソレになっていくのに気づいた景はしっかりと相手の頬を掴む。 「け、景・・」 「あのねえ、そういうアンタの表情を見たくないから私のこういう役目があるわけでしょ。っとに・・私はね涼平に本気で惚れてんの、何度も言うけどさ。広将のことも舐めないでほしいな。あの子も芸能界でそれこそ涼平も思いもかけないほどの苦労をしていくことになる。しかも侑貴を抱えながらね。あの子の想いは半端なものじゃないって思ったから、涼平も私をここに呼んだんだろ?」  それでも。まだ10代の高校生に背負わせていい運命でもなかろうと景は思わずため息をつく。 「オレも生野も真剣に恋をしたんです。ちゃんと・・全てでは無いにしろ相手を理解して。景、貴方も本気でオレを愛してくれるって言ってくれたから、だから甘えるんです。生野と侑貴をお願いします」  そう言って涼平は目を伏せる。後悔が無いわけじゃない。本来生徒会に入れる予定ではなかったのだ、生野広将いくのひろまさを。 『・・なんでだよ。生野みたいな真面目なヤツは必要だって!じゃなきゃ、オマエや鈴みたいな輩が生徒会やるの無理あるだろ?んな目でオレを見るなよ。自信が無きゃオレだってこんなことやらないよ、学校を改革するなんてさ。・・けど、やるんなら涼平と鈴が必要なんだよ。だって・・』 (って哲人は笑ったから。アイツなりの当時の最高の笑顔で。んな顔見せられたらついていかざるをえないだろがっての)  自分にとって・・そして鈴にとっても哲人は生涯最高のオトコ。その哲人が認めて仲間に“してしまった”広将を自分は守らなければいけない。ましてやその恋人はおそらく今回の件のひとつのターニングポイントになるかもしれないのだ。 「高瀬がどういう理由で侑貴を引き取って・・自分の愛人にしていたのか。調べた限りじゃ高瀬に少年愛嗜好は無い。他にその毒牙にかけた相手は何人もいたが、“クスリ”を広めるための犠牲者でしかなかった」 「涼平・・キミはそんなこと・・」 と、景は顔をしかめる。が、同時に“それが彼にとっての今までの生きる意味”だったのだと唇を噛む。 「・・もう、こうなったからには年齢相応の生活はできないよね、はは。うん、私がいっぱい肌を脱ぐしかないよねえ」  そうワザと冗談めかして言葉を紡ぐ。涼平がなおさら気にするのもわかっていたけど。 「景ってば・・貴方はオレ以上にオレの性格がわかっているくせに」  だから抱きしめる。自分たちの、日向の罪に巻き込んでしまった贖罪の意味も込めて。 「人は生まれる場所を選べないもの。前世の罪があったとして、その記憶も責任も今の涼平には関係ないわ。あったとしても、それでも私は涼平が大好きだもの」  昨夜もあんなに愛しあったのにと、景は心の中で自分で突っ込んで顔を赤くする。 (涼平がオレみたいなの好きになってくれたのは奇跡みたいなものだもんなあ。ていうか、本来はオレみたいなのに近づけちゃいけないんだ。なのに、“あの子”に託されたからって・・そりゃ鈴ちゃんと私自身の想いもあったけど)  10歳年下の恋人の顔をまじまじと見つめる。 (普通にイケメンだよなあ。なんで鈴ちゃんが涼平の想いを知ってなおかつ受け入れないのかわからないや)  それほどまでに鈴と涼平の想いと人生を掴んで離さない日向哲人という人物の顔を思い浮かべる。 (数か月前に会った時は普通の高校生の顔をしてたんだけどな。確かに涼平に負けず劣らずの・・いや、涼平の方がイイオトコなんだけど。とにかくパッと目を引く顔ではあった。けど、オレの気は引かなかったんだよな。オレは別にゲイでも無いんだけど)  そう思いながら景は涼平の胸に自分の頭をこすりつける。セックスの時は自分が抱く方ではあるが、普段はどうしてもこうやって甘えてしまうのは何故なのかと常々考える。 (オレって社会人で重要なプロジェクト任されてて・・涼平は高校生でオレにキスするときも今でも赤面するくらいのウブな子で。なのにこんなカッコイイていうか、人の生き死にを真剣に考えなければいけない立場っていうか、およそ高校生の範疇を超えてるだろっ!・・ホントはこんな子じゃないんだ、オレが・・)  いつの間にか一人称がオレに変わっていることにも、景は自覚している。自分がどれくらいこの恋人を愛しているのか、自分でも驚いているのだけれど。 「オレね、そういう意味では侑貴を見習わなくちゃと思ってるわけ。あいつはホントいろんなもの背負ってる。だからこそキチンとした形で広将を愛したい。オレにそう言ってきた」 「へっ?・・それって」  景のその言葉を瞬時に理解した涼平は真剣な表情を景に見せる。 「今回のこと・・?」 「何らかの接触があったことは容易に推察できるだろ?養父で情婦だったわけだし。や、こんなことは本当は口に出したくもないんだけどさ」 と、景は顔をしかめる。自分がスカウトした形になっている上村侑貴の高瀬亮との“真実の”関係を知っていたことを口にする。 「ごめん・・オレは高瀬ともちろん面識はあったからね。本人・・高瀬にも直接確認した。結果的にオレは侑貴を見殺しにしたようなもんだ。や、ようなじゃないな。本当に侑貴を・・。もっと早くに救えていたはずなのにな」  景は唇を噛む。自分は涼平に愛されるに相応しい人物じゃないと考えてもいるから。 「年上だからって偉そうなこと言ってたけどさ。結局は誰も救えてないんだよね。誰よりも早くから闇に気づいていたのに」  自分に課せられた罰なのでもあろうとも思う。なのに、目の前にいる男子高校生を想う自分の気持ちを消せない。 「涼平が好き!大好き!・・どうしてかな、赦されるはずもないのもわかっていて・・」 「哲人もずっと悩んでますよ、直央さんとのこと。あんなに独占欲丸出しで愛しているのに、それでもアイツはちゃんと覚えているわけでもない過去の呪縛から抜け出せないでいる。それは誰のためにもならないんです。オレや、鈴にとっても。そして貴方のためにも」  そして涼平は恋人に口づける。深く、深く、舌を差し入れる。 「りょ・・んん・・」  ぴちゃぴちゃという音が二人しかいない控室に微かに響く。 「・・好きなのはオレの方です。貴方のそういう想いも利用して、オレは今回の計画も進めた。貴方にそんな顔はしてほしくはないって何度も言ってるでしょ。愛しているんです!本気で!・・好き」  普通の人生を諦めてどんな想いも振り切ってきた。何人も泣かせて自分も唇を噛みしめた。なのに 「貴方だけは、景だけは諦めきれない。“アイツの”導きかもしれないけど」 「!・・アイツ・・って。涼平、まさか!」  知っていたの!?と景は思わず叫ぶ。そんな彼を涼平は複雑な表情で見つめる。 「言ったでしょう?好きなのはオレの方だって。そして“アイツ”がオレを貴方に導いてくれた。オレとアイツを救ってくれたの貴方だ。だってアイツの死に顔とても安らかだったんですよ?そりゃあ、あの頃はオレは子供ガキで、貴方を・・憎んでもいた」  正直な想いを言葉にする。それでも結果的に愛してしまったのは“彼女”の導きなのだろうと。 「でも、あの子の気持ちは・・」  自分ははっきりと本人から聞いている。最初から大好きだったと。だから兄妹になんかなりたくなかったと。 「アイツは知らなかったと思います。オレと戸籍上は何も関係なかったということを」 「!・・だ、だって彼女は・・」  確かに自分にはそう言ったと、困惑しながら涼平に告げる。 「だから・・」 「それはアイツを守るために周りが言い聞かせた嘘です。アイツがオレに好意を持つとは大人は思っていなかったから。元々オレとアイツは立場が違う。オレがもし受け入れたとしても、周りが許さなかったでしょ う。アイツは日向にとって、哲人とは違う意味で特別な存在だったから。・・でも結局は殺された」 「っ!」 「オレは本当にアイツを守るつもりでいた。それだけがオレの役目だと思っていた。だから3年前オレは壊れた。他にも理由があるけど、だからオレは・・オレは哲人を本気で殺そうとした」 「りょ・・へ・・・っ!」  瞬間、控室の中を風が吹いた。  ドアが開いていた、いつのまにか 「!」 「んな物騒な話、本気で惚れた相手に何度も聞かせんなよ。聞かされた方の身にもなれよ。つうかなんだかんだいって、オマエはもう内田さんと離れる気がねえんだろうが」 「侑貴!オマエいつから・・」  涼平がそう叫び、景も顔色を変える。 「侑貴、聞いて・・た?」 「まあ・・な」  侑貴は肩をすくめながら短く答える。景は大きくため息をつく。 「ごめん、オレたちの不注意だ」 「オレたちの・・ね」 と、今度は侑貴がふっとため息をつく。 「侑貴!生野は!?まさかアイツも・・」  涼平は焦ったように叫ぶ。この文化祭での目玉である生野広将と上村侑貴のバンドの演奏時間は間近に迫っていた。 「広将は佐伯ってやつと打ち合わせしてるよ。・・・ったく、生徒会主催の演目だって聞いてんのに、一般生徒とゲストに全部やらせて、肝心の生徒会役員はこんなとこでラブシーンかましてんのかよ。ま、そっちがその気ならオレも好きなようにやらさせてもらうぜ!」  そう吐き捨てるように言った侑貴の様子に、涼平は困惑したまま相手に近づく。 「頼む!生野には何も言わないでくれ。あいつはこれ以上は何も知らなくていい。ただ自分の思うままに歌ってくれればそれで・・」 「んなこと言ったって、広将も生徒会役員だしな。その責任感で今も動いてる。オマエらの想いもよく知ってるからな」 「っ!」 「そんでもってオレは 広将のパートナーだ。・・・恋人なんだから、オレが広将を守るのは当たり前だろ。つうか、校内で乳繰り合ってたのは弁解しねえんだな。いくら恋人同士だからって、ちっとは自重しろよ」  ふふ、と侑貴は笑う。 「内田さんも変わったな。オレたちのマネージャーだったときは、もっと凛としてたぜ?まさか涼平みたいのが好みだとは思わなかった」 「違う!オレがこの人を・・。てか、好きなようにやるって」  涼平の言葉に、侑貴は肩をすくめながら答える。 「さっきオマエは、広将が自分の思うままに歌ってくれればいいと言った。忘れてるみたいだけどウチのバンドはオレと広将のツインボーカルがウリだぜ?つまりオレも思いっきり歌いたいわけ。じゃねえと、客もだけど広将も納得しねえのよ」 「それは・・そうだけど」  何が言いたいのかと涼平も景も訝しぐ。 「オレの立場が微妙なのもわかっている。オレは高瀬亮の愛人だったからな。アイツの裏で犯していた事も知っていて、オマエらが亮を追い詰めるまで、オレはただアイツに抱かれてよがり声を上げるだけだった。そんなオレでも広将は受け入れてくれた・・けど」  侑貴はそこで苦悩の表情になる。 「広将を傷つけたくない、できれば引き離したい。んなことはオレが一番思ってる。広将はオレの初恋のオトコだ。誰よりも大切な人だ。けれど、これからのこともオレと広将にとって大事な仕事だ。たぶん、亮はそういうとこも付いてくるんだろうけどな。なら尚更オレが状況をわからないままでいるのは危険だろうがよ」 「生野がオマエの初恋って・・」  涼平が驚きの表情になる。二人の出会いは一人で歌っていた広将を侑貴がスカウトし たのが最初だと聞いている。が、侑貴が広将に恋して・・とは考えにくいと涼平も景も思った。 「ちげえよ。あんときは純粋に広将の声に魅かれただけだ。ベースが弾けるとも聞いていたしな。あっちこっちのバンドで助っ人してたわけだし。けど、オレはもっと昔に広将に恋してた。ほんと、ガキの頃にな。成長して、知らずに声をかけちまったわけだ」 「えっ?」 「鈴は、オレと広将が哲人と直央のソレに似てるって言ったそうだ」 「!」 (それは・・確かにオレも聞いていた。くっ、もっとちゃんと鈴の言動に注意すべきだった。いろいろ疑ってもいたのに・・)  黙ってしまった涼平を見て、侑貴ははあっと大きくため息をつく。 「馬鹿じゃねえの。オレの言葉くらいで揺らぐなよ、った く・・。だいたい、オマエは鈴に惚れてたんだろうがよ。ぶっちゃけ哲人よりはなんかオチるけど、鈴の暴走を止められるのは哲人よりオマエだと思ってた。まさか、内田さんとくっつくなんてオレも広将も思いつかなかったけどな」  くくっと笑う侑貴の様子に、涼平も景も唖然とする。 「オマエ・・本当に・・」 「鈴は確かに普通の女でもねえよ。けど、アイツは化け物ってわけでもねえだろ。まあ、それに近いものはあるけどな。鈴が一番大事にしたいものは哲人だってことは、とっくに涼平もわかってるんだろうが。そしてそれはオマエも同じで」  馬鹿じゃねえの?と侑貴は呆れたように笑う。 「全ては・・まあ、厳密にはオレらの誕生以前からの大人の事情が根源にあるにしろ、結局は8年前・・なんだろ?オレが広将と初めて会ったのもその時だ。ガキだったし、その直後に家族を亡くしたしな。深い記憶は正直いって無い。けど、広将に好きだと言われたのは覚えているんだ。ま、小学生だし初対面だったし、広将のことだから恋愛感情なんてもんは無かっただろうけど、けどオレは嬉しかったんだ、シカトしたけど」 「は?」 「広将は今でも童顔だろ。8年前はそりゃあ可愛い顔だったぜ。・・ってことは覚えているんだよ。や、思い出したのはそれこそ今年になってからだけどさ。オレの好みの感じだったんだよな多分、広将の顔って。・・直央にも本気で魅かれてたんだ。本気で口説こうとしてた。広将よりはオレの境遇に近いものも感じてたからな,はは」  少し自嘲気味に笑ってから 、侑貴は真剣な表情になって言葉を続ける。 「オレは今更8年前を蒸し返す気はねえんだよ。今回のことに関係あるんなら、8年前のことはかなりヤバイってことだろ?亮がオレを引き取った理由がもし8年前にあるのなら、尚更関わりたくはないってのが本音だ。アイツの犯罪にオレも間接的に関わってるのは事実だし、広将にもそう言った。それで殺されたのがウチのバンドの前のベースでオレの元カレだってことも」 「なっ!・・」 「どうせオマエら調べてんだろ、んなことぐらい。けれど、広将はそんなオレを受け入れてオレに好きだと言ってくれた。今、オレが守りたいのはバンドと広将との未来だけだよ。本当ならオレなんかに近づけさせたくない人だけど、でもそれでも愛しちゃったから。だ から今日はこのライブの成功と広将の安全だけをオレは願う。・・わかるだろ?」  侑貴は目を伏せて肩を震わす。 「・・いいんだな、オレがアイツを・・高瀬を殺しても。・・もしかしたら、オマエの両親の死の真実を知ることができなくても」  涼平はあえてゆっくりと話しかけた。自分こそが覚悟を決めなければいけない事案だと思いながら。 「オマエさあ、内田さんを傷つけてもらったら困るんだけど?」 「へ?」  何でその返答?と思う。景も困惑気な表情で涼平を見つめる。 「ったく・・内田さんはオマエの最愛の人なんだろうが、今は。だからこそのイヤモニだろ。学校の体育館くらいじゃ普通に必要ないものだもんな。オマエとしちゃ“ギリギリの”最善策を講じたつもりだろう が、オレは納得してねえんだよ、ちゃんと区切りをつけたいんだよ・・赦されたいわけじゃねえ・・今度こそオレ自身の手で大切な存在を守りたいだけだ、後悔したくないし・・本当に広将を愛しているから!」  侑貴は荒く息をつく。その表情はいつものすました余裕のある彼とは違っていた。 「どうしてアイツがあの時あそこにいたのかはわからない。けど、8年前をどうにかしたい連中がいる限り、オレを好きでいてくれる広将を危険に晒す。本人は記憶が無いのに」 「っ!」 『九分九厘間違いはないはずなんだけどね。ただ、向こうもボクの事を完全に忘れてるっぽいし、哲人もまた然り。いくら小さかったときのこととはいえ、忘れるような出会いじゃなかったはずなんだ、あの時のあれは』 「まさか・・侑貴もあそこにいたのか?もしかしてオマエの両親が“あんな場所”に自分の息子を・・」 「だから、殺されたんだろ」  侑貴は抑揚のない声でそう言った。 「っ!」 『あの8年前のパーティーは、ボクと亘祐は哲人の付き添いだったんだ。もちろん勝也さんも一緒だった。・・その頃には前ほど哲人の側にはいなかったけどね。でも哲人が凄く泣いてね。勝也さんが行かなければ、自分も行かないって』 『ただ、どういう内容のパーティーだったかはわからない。ずっと調べてはいるんだけどね。けれど、もし今回の事が関係しているのだとしたら・・』 『当局の目をごまかすため・・だったのかもしれない。実際に事件は起こったわけだし。けれど、侑貴の両親 もいたということも考えると、そういうことで間違いはないと思う』 『高瀬が歪んだ思いからとはいえ、侑貴の側にいたのにも意味があるはずだ。侑貴の存在がどう日向に関係しているのか。それを知っているのは琉翔さんのはずだけど、あの人が本当のことを言うはずがない。日向を実質的に牛耳ってなおかつ壊そうとしているのあの人だから』 『けど、そこまであの時は知っていたわけじゃない。特にいっちゃんの存在が謎だった。哲人とのいきさつも聞いてなかったしね。いっちゃんに年の離れた従兄がいると知るまでは・・』 『8年前のアレが本当にドラッグに関係したものだったのなら、知らない方が幸せなパターン。親御さんも言ってないみたいだし。けれど、涼平・・本当は君にも知られたくなかった。内田さんと普通にしていられる?や、あの人は直接には関係ない・・んだけど』 『ボクは利用できるものは全部利用するよ。真実を知りたいから。だから、ボクのことを必要以上に心配するのは止めてよね』   鈴が先日自分に言い放った言葉が涼平の脳裏に蘇る。 (つまり・・今日は・・) 「あの時の関係者が全員集まるってことだ。や、広将の従兄ってヤツ以外は・・かな」  侑貴の声は先ほどと同じく感情の薄いものだったが、後半は声を押し出すような感じだった。 「そこまで知って・・」 と、今度は景がうめくように呟く。 「ひろ・・まさ・・は?」 「オレには何も言いませんよ、広将は。年齢は離れてたからほとんど交流も無かったみたいですし。・・あいつの夢を壊す気も無いですしね」  少し皮肉めいた声で侑貴は答える。 「っ!・・別に関係はしてないよ、広将の従兄のことは。オレが本気で惚れたのは君たちフルールだからね」  景がそう言うと、侑貴は「違うでしょ」と呟いた。 「は?」 「や、内田さんも知っていたんでしょ?この学校の理事長である高木琉翔の正体。で、その事実も涼平は知っている」 「へ?」 と、景は涼平の顔を思わず見つめる。そして大きくため息をつく。「はあ・・あ」 「景・・」 「ほんと、日向は侮れないよね。そっか・・涼平も知ってたのなら鈴ちゃんも承知のことだよね。そして今日を迎えちゃったというわけか」  あはは、と景は乾いた声を辺りに響かせる。 「なのに・・ね。本気で愛しちゃった。誰かに止めてほしい想いでもあったのだけれど。でも、今はもう無理」 「景・・オレは」  涼平が首を振りながら恋人の方に手を置く。 「!」 「貴方だから好きになったんです。オレも、普通じゃないんだもの。誰も幸せにできないと思ってた。オレの親の血を引いているから・・。そして“アイ ツ”を守れなかった。アイツだってオレに託されたものだったのに。なのに、アイツはオレを貴方に託してくれた。それも、あります・・景と二人で幸せになりたいってのは」  そのまま、涼平は景に口づける。自分の想いをわかってもらうために。おもいきり強く抱きしめながら。 「りょ・・ん・・ん」 「・・ったく」 と、侑貴は頭をかく。 「オレだって広将といちゃつきてえの我慢してるっていうのにさ、仕事があっから。つうか・・」 と、目の前で深いキスを交わす二人を見つめる。 「あんたらがそういうキャラだとは思わなかったわ。っとに・・」  本気で二人とも己の過去を凌駕できると思っているのかと、侑貴は小さくため息をつく。 (そりゃあ、あの頃よりはオレらは大人に なった。けれど、それでもオレは自分の力じゃ亮から離れられなかった。涼平たちが、広将が頑張ってくれたから。だから・・) 「オレは仕事しにいきますよ。広将の立場もありますし、けっこう客もいるみたいですからね。内田さんもいい加減キス切り上げてきてくださいよ、リハーサルやんないと。なんだかんだ忙しくて合わせること今までほとんどできなかったんですから。・・って聞いてんのかな」  しょうがねえな、とそれでも侑貴は音を立てずに部屋を出ていく。その気配が消えてから涼平と景は顔を離した。 「涼平・・」 「すいません、オレの言い方は適切じゃなかったかもしれないけど・・でも貴方の全てをずっと守り抜いていくっていうのは本物の想いですから。・・愛してます」 To Be Continued

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