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第36話

「ねえ、哲人」 「なんだよ、直央」 「オレたち・・こんなことしてていいの?もうフルールのライブ始まってるでしょ。せっかく生で彼らの歌が聞けるのに・・っていうか生徒会主催なのに哲人が仕切らなくていいの?」 「・・・」  名門校の文化祭としてはこじんまりとした規模、それでもこの高校が創立以来初めて文化祭を行うということと、今季話題のアニメのエンディング曲を歌うバンドがライブ出演するということで外部の人間もかなり入ってそれなりに賑わっていた。そして、この生徒会主催のブースもかなりの集客だった。 「ぶっちゃけ今の状態じゃ無理だよ。直央がいなかったらマジでやばかった」  日向哲人は恋人の財前直央に向かってにこっと微笑む。 「っ!・・哲人先輩、それ反則」 「なんでオマエが赤面すんだよ、今のは彼氏さんに向けたもんだろうがよ。あ、お気になさらずにぃ」 「ごめんね、一宮くんにまで手伝ってもらっちゃって。それと・・三上くんだっけ。君も本当にありがとうね」  直央は、二人の高校生に向かって頭を下げる。 「な、何言ってんですか。直央さんこそ、ウチの学校の生徒でも無いのにいつの間にか売り子になっちゃってて。・・って、別に嫌味ってわけじゃないですよ!」  一宮奏は慌てて声を上げる。それを聞いて、奏とずっとくっついて身体を動かしていた男子生徒・・三上睦月はくくっと笑う。 「む、睦月・・」 「や、オマエがそんなことを言うから直央さんが変な顔してんじゃん。あ、すいません」 と、睦月は直央に向かって頭を下げる。 「オレ、今日が貴方と初対面なのに名前で呼んじゃって」 「へ?・・んなの、別にいいよ。こっちこそ哲人がこんなにお世話になってんだし。ってか・・」 と、直央は睦月をじっと見つめる。 「直央・・さん?」 「三上くんて・・別に一宮くんと付き合ってるわけじゃないよね?親し気に下の名前で呼び合ってるけど。や、違ってたらほんとごめん」 「な、直央!」  横で聞いていた哲人が慌てて声をかける。が、睦月は笑って 「流石、哲人先輩の恋人ですね。や、それこそ嫌味じゃなくて。友情じゃなく愛情、そう考えたわけですよね?」 「え?ああ・・そっか、普通はそう考えるよね。同じ学年だもの、そりゃあ友達なら普通に名前で呼び合うよね。はは・・」 と、直央は顔を赤らめる。 「でも、三上くんが一宮くんを見る目がなんていうか・・」 「オレって、そんなにギラツイてました?や、オレは奏のこと好きだし何度も口説いているんですけど、こいつはホラ・・面食いだから」 「えっ、三上くんも・・」 「直央!」  突然、ブース内に哲人の声が響く。 「後20個で完売だから、列形成頼む」 「わっ、もうそれだけ!?わかった、行ってくる」  直央が慌ててブースを出ていくのを見届けて、睦月は改めて哲人に顔を向ける。 「哲人先輩がまさか彼氏さんを大公開するとは 思ってなかったですよ。ま、正直羨ましいですけどね」 「む、睦月!バカなことを言うのはよせって」 と、奏が睦月の口を押えようとするが睦月は身体をよじって相手の腕をするりと抜ける。 「くっつくのは二人きりの時でいいでしょ。ほんと無駄に積極的なんだから、奏は」 「だ、だからそういう誤解を受けるようなこと言うのはやめろって。・・本気で怒るぞ」 「あ、それは困る。けっこう打たれ弱いのよ、オレ」  そう言いながら、再び睦月は哲人に向き直る。 「で?奏をどう利用するつもりなんです?哲人先輩」 「!」  思いがけないその言葉に、奏の表情が変わる。が、哲人は接客用の笑顔を崩さないまま客に応対し続ける。外では哲人が売っている自作のカップケーキを買えないであろう来場客に、直央が必死で頭を下げていた。 「哲人先輩って、もっと彼氏さんを大事にしていると思ってましたよ。けど、ああいうことまでさせるんですね」 「睦月、オマエはもう黙ってろよ」 「・・それでも、あの人はオレの側にいてくれる。ただの恋人じゃないってとこを見せときたかったんだ」  最後のカップケーキを客に渡して、哲人はそう呟いた。奏は「えっ?」という反応を示したが睦月は「そうですか」と鼻を鳴らす。 「オレだって奏の側にずっといる。コイツが好きだから。だから、哲人先輩の思惑には乗せませんよ、奏を」 「はっ?オマエ何を・・」 「別にいいさ」 と、哲人は微笑む。その顔を見た他の客や生徒はキャーと叫ぶ。そこに戻ってきた直央がこれも笑顔で哲人に声をかける。 「ただいま、哲人」 「おかえり、直央、ご苦労様」  そして顔を近づける。慌てて奏が声をかける。 「ダメですってば、二人とも。いくらなんでも人前・・」 「いいじゃん、みんな期待してるよ、絶対。ずっと噂になってた二人なんだぜ?」 と、睦月ははははと高らかに笑う。 「ばっ、無責任に面白がるなっての。哲人先輩はいわばこの学校の“顔”なんだし、直央さんにだって立場というものがある・・」  直央の母親は著名なイラストレーターだ。この学校の生徒会役員を務める生野広将が所属するバンド「フルール」のメジャーデビューシングルCDのジャケットのイラストの担当者でもある。直央の誕生の経緯には複雑な事情があり、その動向は実は今でも一 部の芸能関係記者の注意を引いている。 「はは、オレのことまで心配してくれてありがとうね」 と、直央がニコッと笑う。 「うっ・・」 「はあ・・なるほどね」  奏と睦月は揃って我知らず顔を赤くする。 「ごめん、直央に嫌な役目を頼んじゃって。お客さん、やっぱ怒ってた?」  哲人がすまなそうに直央に尋ねる。 「うーん、そうでもないけどさ。や、一人だけすっごく泣き出しちゃった女の子がいてね。かなりの哲人のファンだったみたい。オレの存在もちゃんと知ってて、でもオレを責めなかったんだ。けど、やっぱ悲しいって泣くからその・・」 「ん?」  きまり悪そうにもじもじと身体を震わす直央の頭を、哲人は優しく撫でる。それを間近で見ている男子生徒二人はさらに顔を赤くする。 「実際目の当たりにすると・・」 「・・だから言ったじゃねえか」 「今朝、哲人がクッキー作ってくれたでしょ。あれがポケットに入ったままだったから、その子にあげちゃったの。彼女も驚いてたけど、こっちも引っ込みがつかないからさ。無理やり渡しちゃった」 「そっか・・」 と、哲人は呟きそして複雑そうな表情になる。 「直央は女の子にも優しいんだな」 「は?なにそれ」  哲人の呟きに、直央は困惑の表情になる。 「オレはそりゃゲイだし、基本的に女子は苦手だけど、あんなに泣いている子を放ってはおけないだろうがよ、状況的に」 (あれ?)  睦月は直央の声と言葉遣いに違和感を覚えて奏の方を見る。 「そっか・・」  奏も困惑気な表情では あったが、少しホッとしたような声でそう呟いた。 「?」 「だいたい、優しい行動でもないよ。取りようによっては、ただの嫌味じゃん。オレは哲人の恋人だからいろいろ哲人から貰える。哲人からの本気のキスを貰えるのは生涯オレだけだもの」 「・・本気も何も、貴方以外にはキスなんてしませんけど」 と、哲人は苦笑する。 「優しさは時に残酷なものだよ。哲人は覚悟を決めてんだろ?オレはそれに寄り添うだけだよ」 「ごめん、直央には苦労させるけど・・」 「オレが苦労って感じなかったら無問題だろ?とにかく、哲人はちゃんと皆に挨拶しろよ。おかげさまで完売できたんだから」 「・・だな」 と、哲人は微笑みブースから出る。見渡すと他のクラスの売り場もあらかた客が捌けたようだ。 「・・っと、本日はわが校の初めての文化祭にお越しいただき本当にありがとうございました。なにぶん不慣れなため十分な用意が出来ずにご迷惑をかけた部分もありますが、後は・・体育館組に任せます」 「はっ?なにそれ」  直央は先ほどと同じセリフを口にする。 「うーん、入学式であんだけデカいこと言っておいてほんと不甲斐ない生徒会長だなって思ってます。でもこれがやっぱオレなわけで・・。今までどれだけ周りの理解と協力に助けられてたのかを改めて思い知った。でも・・楽しかった?」  そう顔を赤らめながら哲人が聞くと、周りから歓声が上がる。 「一宮も三上もありがとな。一宮が描いてくれた看板と三上の楽しいパフォーマンスが場を盛り上げてくれたおかげで、どのブースも盛況だったみたいだし」 「やっ、オレは・・こういうことしかできなかったし」 と、奏は頭をかく。彼は美術部員で装飾関係を担当していた。 「それにほとんど鈴先輩がやったようなもんだし」 「アイツは生徒会役員なんだから当たり前だもの。三上も凄いよな、ジャグリングとかオレには絶対できないよ」 「・・ボランティアでこういうのやることが多いもんで。哲人先輩のお役に立てたのなら光栄です」 「睦月がボランティアやってるってのが一番驚きだよ」 「惚れなおした?」 「・・馬鹿」 と、奏は睦月の頭をこづく。少し複雑な心境で。 (三上・・睦月って)   『親父はオレがゲイとは知らない。知ってても認めたがらないだろうけど。だから単にオ マエの親との繋がりが欲しかっただけ。でも、オレは入学した時にオマエに一目ぼれだったから、そういう理由で近づきたくはなかったんだ』 (初めてちゃんと喋った途端告白されて・・そんで優しくもされて) 『で?奏をどう利用するつもりなんです?哲人先輩』 『オレだって奏の側にずっといる。コイツが好きだから。だから、哲人先輩の思惑には乗せませんよ、奏を』 (どういうつもりで哲人さんにあんなことを・・) 「そろそろ、文化祭のフィナーレです。フルールの演奏を聞いていってください。特別ゲストもおりますので」 「特別ゲスト?」 「って、あの人じゃないか?ほらキーボードの人。フルールの正規メンバーと違うだろ」 と、睦月は舞台の上を指差しながら小声で奏に囁く。 「よく知ってるな、オマエ。フルールって大体顔出ししてんのはボーカルの二人なのに」  そのボーカルの一人がこの学校の生徒会役員の生野広将。 「インディーズの時からライブにも行ってんだよ、オレは。つうか、あの人って多分マネージャーだった人だよ。あの顔だから業界でも結構有名なんだ」 「や、だから何でオマエが業界のことに詳しいんだよ。つか・・年齢は多分離れているんだろうけどめっちゃイケメン」  身長はおそらく侑貴と同じくらい。体の線は細く、アーモンド形の目が特徴的な色白の顔。 「ちょっと女性的な感じがするね。たぶん・・噂になってる涼平先輩の恋人じゃないか、あの人」 「へ?」 と、睦月がしたり顔で言うのを聞いて奏はまさか・ ・という表情になる。 「や、たぶんだよ。鈴先輩と生野先輩がくっつけたとかいう噂だしな。だいたい、涼平先輩が付き合うのならよっぽどの・・それも周りの人たちがちゃんと知ってて納得するような人じゃないとアレだろ。」 「や、確かにそうだけど。そういや、オトコだけど美人さんだとか。けど・・」  奏は辺りを見渡す。室内は大盛況でペンライトを持っている客も何人かいる。勿論録音・録画は禁止で、発覚した場合はライブは即中止となることになっていた。文化祭実行委員会の面々が目を光らせている。奏と睦月も哲人から頼まれて特別に見張っている。 (妙な気配を醸し出している奴らがいるな。敵なのか味方なのか、とにかく衆人に溶け込むつもりがなそうだ。ワザとか?) 「奏 ?」  緊張の表情になった奏に気づき、睦月が訝しぐ。 「・・ごめん、大丈夫」 「や、謝る必要はないだろ?妙な行動をする奴がいたら排除するように哲人先輩には言われてんだし。でも、そんな単純な問題でも無さそうだな」 「は?」  どういう意味かと奏は相手に聞き返す。 「わかるって。オマエの手、震えてるもん」 「へ、手?」  気づけば、いつの間にか手を握られていた。 「ばっ!」  慌てて振りほどこうとするが、その手は固く握りしめられていた。 「っ!」 「無理すんな。その前に落ち着けよ、じゃないと哲人先輩が安心して動けないだろ」  少しおどけた調子で、けれど真剣な表情でそう睦月は言う。 「睦月・・」 「今回の目玉のライブに生徒会のメンバーがいないのは変だろ?書記の生野先輩は出演者だから別として、MCは一般生徒の佐伯先輩だぜ?確かに会計で2年生の黒木先輩が盛り上げ役やってっけどさ」 「めったに表には出ない黒木先輩だけど、こういうときはキャラが立ってんだよな。つか、睦月オマエ・・」  何を気づいているのかと、少し身構えてしまう。いろいろあって自分は生徒会と日向の裏について多少は知ってはいるが、流石に他言できることではない。 「ずっとオマエを見てたからな。んで、オマエって生徒会との人たちと距離近いだろ。だから、さ」 「つまり、ストーカー?」  思わず身震いする奏を見て、睦月は肩をすくめる。 「・・そう言われると思った。ただの恋する男子の純な行動なのにさ。つうか、他の連中はこ の雰囲気で気づいてないみたいだけど、壇上の・・少なくとも涼平先輩とユーキ・・あ、ギターの侑貴さんな。二人の緊張感が半端ない。少なくとも侑貴さんの雰囲気が違う。生野先輩も戸惑ってるみたいだ」 「オマエさ、マジでそんなことまでわかるわけ?あ、あそこ・・」 「ん?なんだ?他に知り合いでもいたか?」 「あ、うん。その・・佐伯先輩の彼氏さん。直央さんと話してる人」  奏がそっと指差した方向に、少し小柄な私服の男性二人がいた。舞台上で司会をしている佐伯亘祐さえきこうすけの方を見て微笑んでいる。 「あっ、あれがそうなのか。直央さんと同じ年なんだっけ?・・二人ともあんまし大学生って感じしないな。顔が可愛すぎ。佐伯先輩と哲人先輩って親戚で親友だっけか。嗜好が似て・・や、悪い。こういう言い方はイヤラシイな」  奏の視線を受けて睦月は直ぐに謝った。 「や、千里さん・・あの人の名前だけどね。千里さんも直央さん同様芯のしっかりした人だって聞いた。佐伯先輩もいろいろあったみたいでさ、でもあの人も哲人先輩に負けないくらい凄い人だろ?そんな人に愛されているんだ。千里さんもまた凄い人なんだよ」  日向の人間に愛されるのには特別な資格がいるんだろうなと、奏は自嘲気味に笑う。 「・・日向先生もあそこにいるな 。一瞬、こっち見たけど」 「えっ!」  睦月の言葉に慌てながらも顔を赤くする奏の様子に、睦月は小さく呟く。 「オマエだって、十分あの人に愛されてるって」  教師で想い人の日向勝也の方を寂しそうな表情で見ている奏の頭を、睦月はそっと撫でる。勝也がこちらを十分に意識しているのを感じ取った上で。 「っ!やめろよ、恥ずかしいだろ」 「ばーか、現実に戻してやってんだよ。オレらはちゃんと仕事しなきゃいけねえんだから。哲人先輩に言われたろ?頼む、って」 「あ、まあ・・」  それでも意識は勝也にいってしまう。前はあんなに哲人を思慕していたのにと思いながら。 「日向に受け入れられたいのなら、まず今日のミッションをこなそうぜ。直央さんが哲人先輩に愛される理由もよくわかったよ、オレは。ただの可愛い男性じゃない、ってさ。奏だって日向先生のためにいろいろ努力したんだろ?だからあの人もオマエを意識してんだろ」  オレだって、と睦月は唇を噛む。 (わかってたのに。こんなことならもっと早くに告っとけばよかった。せめて日向先生がこの学校に来る前に。そしたら、コイツにこんな顔させずに済んだかもしれないのに)  勝也と奏の間に何があったのか、具体的には睦月は聞いていない。が、勝也の様子から見ても奏の一方的な片想いではないのだろう。 「そう・・だな。多分、今日はオレらが思っている以上に特別な日なんだ」 「は?どういう・・」  奏の言葉に睦月は訝しぐ。 「直央さんがここにいるのに、哲人先輩がいないのは確かにおかしい。あの人はよっぽどのことがあっても、直央さんを一人にはしないから。いくら千里さんがいるといっても・・。それに涼平先輩も鈴先輩もいない。フィナーレのそれも生徒会役員の生野先輩のライブを見ないなんてことは」  表向きは3年の生徒会役員は校内の見回りと後始末をしているということになっている。なので唯一の2年生役員である黒木遠夜とイケメン四天王の一人といわれている亘祐が司会を務めていることに、ほとんど誰も疑問を感じていないようだ。むしろ、普段は表舞台に立たない二人の軽妙な司会ぶりと、現在放送中のアニメのエンディングを歌っているバンドの生歌で観客の興奮は最高潮に達していた。 「ヤバいことが起こってるってこと?そういや・・」 と、睦月は首をかしげる。 「いつの間にか日向先生がいなくなってる」 「っ!まさか・・」  奏の顔色が変わる。「妙な気配のやつらって・・」 「妙な気配?もしかして千里さんの後ろにいるヤツか?さっき直央さんが話しかけてたけど」  睦月がそう言うと、奏は慌てて直央がいた方に目を向ける。 「っ!いつの間に!」 (直央さんが千里さんを置いてどこかにいくはずもない。そして、妙な気配のやつに話しかけたということは・・あれは日向の) 「かなり・・ヤバいのか?」 「えっ?それは・・あ、いや」  睦月のその言葉につい戸惑ってしまう。 「な、なんで・・」 「涼平先輩の恋人さんの顔色が一瞬変わったんだ。つか、かなり難しいものになった。んで、侑貴さんとのアイコンタクトが頻繁になった。演奏は流石にそのままだけどな」  そう言って舞台の上を小さく指差す。 「・・目ざといな、オマエ。そういや耳 を気にしてるな、あの人。侑貴さんも・・イヤモニ?生野先輩はつけていない・・」  もともと体育の授業なども最低限のことしかしていなかったため、他の学校に比べればこの体育館は遥かに狭い。なので舞台もスピーカー等すら最小限のモノしか置けていない。それこそ「生」に近いライブなのだ。 「生野先輩のバンドだからこそ・・なんだよな。こんなとこで演奏してくれんのも。て、それはともかくとして・・涼平先輩や哲人先輩に何かあった?だから、直央さん・・」 「何ブツブツ言ってんだよ。や、マジでヤバいのか?黒木先輩も心なしか慌てている様子ではあるんだけど」  3曲目の演奏が終わり、遠夜が侑貴にインタビューする形でMCタイムが続いている。が、どうも無理に話を引っ張っているようにも感じられると奏は思った。 「外で何か起こっているのかもしれない。まあ、生徒ばかりじゃなく一般の客もいるんだから、哲人先輩たちが下手なことをするはずもないけど、でも・・」  日向の裏部隊が動いているのなら、事態はかなり深刻なものなのかもしれないと奏は手を握りしめる。 「だから・・言ったんだ、オレは」 と、睦月が険しい表情で呟く。 『で?奏をどう利用するつもりなんです?哲人先輩』 『オレだって奏の側にずっといる。コイツが好きだから。だから、哲人先輩の思惑には乗せませんよ、奏を』 「哲人先輩を信頼してはいるよ、そりゃあ。けど、ちゃんと説明しないまま、オマエに危ないことをさせるのはオレは許せない。オマエは・・オレの大事な人だから。哲人先輩が直央さんを愛しているのと同様に」 「!よせよ、今はそんなこと・・」  奏は赤面しながら睦月の口を塞ごうとするが、相手は身をよじる。 「オレは本気で言っているんだよ。オマエはどうも日向や直央さんに特別な思い入れがあるみたいだけど、オレからしたら危なっかしいんだ。好きなヤツが傷つくのを黙って見ているオトコにはなりたくないんだよ」  相手の真剣な視線を受けて、奏は「うっ」と口ごもってしまう。 「片想いなのはわかってるけど、オレの想いはやっぱ大きいんだわ。押し付ける気もねえ・・けどな」 「・・ごめん」  それ以上の言葉が今は見つからない。三上睦月というこのクラスメートが自分は友達としては好きだし、できればずっと付き合っていたい相手だ。 (ホントに、もっと違うタイミングで出会ってたら・・恋人になれたんだろうけどな。でも、オレは今は勝也さんが好きで・・だからあの人を抱いたんだもの。そして、たぶん今は戦っている)  勝也のことを調べてはいた。もちろん直央のこともその母親との自分の繋がりから以前から知っていた。 (勝也さんも直央さんも、哲人先輩のために動いて・・。それは理解できる。哲人さんは特別な人だから。だから鈴先輩たちだって) 「・・オマエが困るっていうなら、オレはこれ以上は深くは聞かない。けど、オマエが傷ついたら哲人先輩でも許さない。・・とにかく、何か非日常的なことが起こっているのは事実なんだろ」  しょうがないなと、睦月は奏の頭 をポンと叩く。 「っ!」 「いいよ、オマエはそれでも日向のために動きたいんだろ?・・好きな人のためにってのは、そりゃオレもわかる・・っ!」 「なっ!・・地震?」  突然、大きな地響きが室内の全員の耳に届く。当然のごとく、ライブ中とは違う悲鳴が起こる。 「や、一瞬・・だったみたいだ。けど、たぶん・・」 と、奏は緊張の面持ちを崩さぬまま舞台上を見つめる。パニックになりそうだった観客を生野や黒木が必死かつ軽妙なトークでなだめていた。 「地震・・じゃねえな。この近くで何かが起こった?」 と、睦月が言うのを汚聞いて奏はうなづく。 「おそらく、な。地震速報が出なければ誰かが気づくかもしれないけど、黒木先輩はどうやらわかってたみたいだな。余裕が あるように見える」 「・・・」 (うーん、一宮くん辺りはわかっちゃうかもねえ。あの子は割りに勘がいいから。つうか、もちょっと控えめにやってほしいな。想定してたよりも派手にやっちゃってない?)  遠夜は笑いながら話しながらも、心の中で悪態をつく。内田景がこっちを睨んでいるのを見ながら、はああと肩をすくめる。 (しょうがないじゃん、これが涼平の運命なんだからさ。ま、日向一族に生まれたものの宿命として全部受け止めてほしいね。こんだけ美人さんの彼氏がいるんだから、今までのことも“これからのことも”帳消しっしょ)  鈴がもしかしたら孤立することになるかもしれないどね、と思わず小さく笑い声を出してしまう。 「黒木くん?」  亘祐が不思議そうな表情になる。 「あ、すいません。人間て、慌てると何か笑いたくなるんですよねえ」 「へ?」 と、亘祐は尚も困惑気な表情で遠夜を見る。 「ま、大丈夫みたいだし・・生野先輩たちも演奏大丈夫っしょ」 と、演者たちに向かって無邪気に手を振る。侑貴と景の視線を痛いと思いながら。 「あははあ、それじゃ後半戦も楽しみましょうねえ」 「直央!何でキミがここに。千里くんの側にいてやってほしいと、哲人に言われてたはずだろ!」 「あ・・勝也さん。でも・・」  体育館を出てある場所に向かっていた直央を、勝也が呼び止める。 「でも、哲人が呼んでるんです!必死に・・オレを呼んでるんです!だからオレは行かなきゃいけない」 『オレが貴方の側にいれば、貴方は傷つくことはない。いろんな出来事がそれを証明してきた。オレは貴方を助けられる。貴方はオレに生きる意味と価値を与えてくれる』 「哲人のその思いはオレの想いでもあるんだ。哲人を救えるのはオレだけ。8年前は子供で、3年前はオレはいなかった。けど今は哲人のために動ける。そのために、貴方はアメリカでオレを哲人のお父さんの道場に通わせたんでしょ?」 「!・・記憶・・取り戻した?」  勝也の表情が変わる。が、すぐに諦めたように微笑む。 「そうだよ、キミがそれを受け入れるかどうかは“私たち”はキミの意思に任せるつもりだったのだけどね。でも、今回の事は別だ。キミに哲人の声が聞こえたのだとしても・・」 「離れたところにいる哲人の声が聞こえ た、っていうオレの言葉を貴方は信じるのですね。やはり、もともとオレは哲人にとって特別な存在だったんだ」 「っ!」 「8年前、オレは哲人と・・“ここ”で出会った。あの時はオレは哲人に助けられたけど、今日はオレが哲人を助ける。だって、哲人は泣いてるもの」 「えっ?」  まさか、という表情の勝也を尻目に直央は走り出す。初めて足を踏み入れたはずの場所だったのに、妙に懐かしさを感じていた。まるで今年の初めに“初めて”哲人に出会った時に思ったことと同じ。 (そう・・この場所だ。8年前、あのパーティーが開かれたのは。哲人と初めて会ったのは・・)  不思議なのは千里との初めての出会いも同じ夜で同じ場所だったはずなのに、二人とも違う場所を記憶してい たこと。 (親同士が知り合いなんだから、その前に会ってたとしても不思議じゃないんだけどな。ほんと・・8年前に何があったのか。場所はこの近く。哲人・・待っててね!もう絶対に離れないから) 「そろそろ、ライブ終わるよな。哲人先輩も直央さんも戻ってこない・・」  舞台の隅にいる亘祐の表情にも焦りの色が出ているのがわかる。 「けっこう、アニメのイベントの裏話とか曲の話とかユーキがしてくれたから間が持った感があるけどな」  睦月の言葉どおり、業界の裏話は高校生たちの好奇心を大いに刺激した。が、何でもかんでも話せるというものでもない。 「フルールは特に敵が多いからな。ちょっと売り出し方に強引なとこがあったのも否めないし。いくら何でもこ れ以上はオフレコだろ。そろそろ、引き延ばしは無理じゃないかな」 「けど、いくら何でも最後には生徒会長の哲人先輩の挨拶が必要だ。あの人が声を上げなければ、何もかも始まりもしなかったんだから」  いつだって哲人は真剣だった、と奏は呟く。だから魅かれたのだと。 「直央さんは多分哲人先輩を追っていった。直央さんと千里さんは幼馴染で今も同じの大学の親友なんだ。そんで佐伯先輩の大切な人なのに、それでもあの人は千里さんをほおって出て行った。よほどのことを哲人先輩が今日するって知ってたからだと思う」 (だって勝也さんも戻ってこないもの・・。何が起こっているんだ?・・そういえば今日って、この日付って)  ふと、ある事実を思い出す。8年前、自分が直央の 母親と知り合うきっかけがあった出来事を。 「っ!・・まさか。8年前、直央さんが誘拐された・・」 「誘拐?って、オマエ・・」  奏の言葉を耳ざとく聞きつけた睦月が顔色を変える。 「どういうこと・・そんでオマエが何でそんなことを知っている?」 「・・本来のターゲットは・・オレ・・だったから」  奏は顔を逸らしながら答える。本人も知らないはずの事実を全くの第三者に告げることの罪悪感を感じながら。 「哲人先輩は・・知っているのか?」  流石に睦月も顔が青ざめている。 「哲人先輩はほんと正直な人だからね。知っていればオレに対する態度はもっと違うものになる。灯先生・・直央さんのお母さんが言わなければ直央さんも恐らく知るはずの無い事実だ。もっと も、灯先生も事情をちゃんと知っているわけじゃないんだけどね。・・って、今思い出したわ。オレが勝也さんのことを好きになった最大の理由」 「えっ?」  だからか、と思った。 「そりゃ、そうだ・・先に好きになったのは勝也さんだ。哲人先輩に憧れたのは、そもそも勝也さんに顔が似ていたから」 『でも・・日向先輩には本気で魅かれてしまってます。男相手ではつまり初恋ってことです』 「違う、オレの初恋は勝也さんだった。あの時、無条件で勝也さんがオレを助けてくれたわけじゃないのかもしれない。その後のあの人の行動を知る限りではな。けれど、あの時あの人に抱きしめられてオレは・・」  つまり今日のことに自分も無関係ではなかったということかと、奏は妙な安堵感をおぼえる。 「哲人先輩に本気で魅かれたのも本当の恋心だけど、今の今まで8年前のことを忘れていたのも事実だ。勝也さんにいろいろ言える立場じゃないのかもな」 「奏・・オマエは・・」  睦月がそう話しかけようとしたその時、突然場内が暗くなった。辺りがざわめく。 「な・・」  そして舞台上にスポットライトが当たる。いや、そういう装置は用意されていなかったのだが、誰の目にも淡いその光がそう感じられた。哲人の声が響き渡る。 「今日は・・本当にありがとうございます!」 「哲人さん・・いつの間に」  呆気にとられる奏の耳に、罰の人物の声が入る。「ごめんね、本当」 「!・・直央さん、どこに行ってたんです?!」 「哲人を助けに行ってたんだ。 今日はちゃんと助けられた。8年前を繰り返さずに済んだよ」 「っ!」  少し荒い息をついている直央はそれでも笑顔だった。 「やはり、何かあったんですね。涼平先輩や鈴先輩は・・」 「二人とも舞台袖にいるはず。本当はすぐに病院にいったほうがいいんだろうけど。哲人もなんだけどね」  そこで直央の顔が歪む。 「直央さん?」 「たぶん、オレが元凶なんだ。きっかけは・・オレが生まれたこと。8年前のこと思い出した。一宮くんは何も悪くないんだよ、むしろキミは巻き込まれるところだったんだ」 「・・何‥を」  思いがけない直央の言葉に、奏は困惑の声を上げる。 「とにかく、哲人を見てあげてくれる?いろいろ二人とも言いたいことはあるだろけど、哲人も必死だったんだ。いずれ、ちゃんと説明するから。どんな哲人でも受け入れてほしいんだ・・今は」 「えっ?」 「これだけ長い歴史と伝統があるこの学校の第一回目の文化祭。オレは正直もっとちゃんとやれると思ってたんだ、春の時点では正直。けど、結局は周りに助けられるばっかだった。偉そうなことを4月に言っておいて、メイン的なことをこのフルールというバンドに託しちまった」 「哲人?」  広将が困惑した表情になる。その肩に侑貴が手を添える。 「馬鹿みたいな話だけど、オレは生野がバンドやってたっていうことも本当に最近まで知らなかったんだ。生野は大事な仲間なのにな。そんで、その実力は皆が聞いた通りだ。凄いよな、毎週この歌声が・・今夜もか、テレビで流れているんだ」 「てつ・・ひと」 「少ない予算しか取れなかったのに、ちゃんとした舞台装置も用意できなかったのに、生野たちはプロの演奏をしてくれた。涼平も鈴も春からずっとオレを助けてくれて、亘祐にも今日は仕事させちまった。・・本当にありがとう」  そう言って、哲人は頭を下げる。 「皆が期待したようなオレじゃなかったと思う。最後まで結局グダグダだった。でも・・」 と、哲人は不安そうな顔を舞台下に向ける。 「今回、いろんな屋台が出ててそれぞれ好評だったってオレの耳にも入っているんだけど、オレが作って売ったカップケーキの感想を誰も言ってくれないから、その・・マジでへこんだってのもあったり・・する」 「はあ?・・・はああああ!」  側にいた鈴が思わ ず大きな声で叫んでしまう。哲人が何を言うのかと固唾をのんで見守っていた生徒たちも「えっ?」という表情になる。 「哲人・・マジで気にしてたんだ」  直央は苦笑するが、それでも「安心した」と呟く。 「えっ?」と怪訝な表情になる奏に直央は小さく微笑む。 「直央さん・・」 「たぶん、哲人は我慢しているから。本当は泣きたいの。鈴ちゃんも・・涼平くんも」 「は?何・・が」 困惑の表情の奏と睦月を前に、直央の顔が一瞬歪む。 「・・だから、今は。今だけは笑って哲人を盛り上げてあげて。どうせ皆の記憶に残る日なら、少しでも哲人の周りを笑顔で埋めたいから。“これからは”この場所をいい思い出だけにしたいから。お願い・・」 「よかったねえ、哲人の作ったカップケーキ、とっても美味しかったってみんな言ってるよぉ。だってさあ、アレって哲人がマジで寝る間も惜しんで試行錯誤して作ったんだもんねえ。試食係のボクの体型が本気でヤバイってわかる?」  鈴の言葉にどっと笑いが起こる。 「自重しないといけないと思いつつも、他の皆の料理もついつい食べちゃって・・だって美味しかったからさあ。てなわけで、せめて体重を元に戻すまではボクとのデートはちょっとお預けね。ちゃんとしたボクでいたいから・・みんな陰ながらでいいからしばらくは見守っていて」  鈴はそう言うと、哲人の手を握る。哲人がえっという表情になるのも構わずに、鈴は強くその手を握りしめる。 「今日でボクらの生徒会は終わるけど、卒業まではボクらはココにいるから・・貴方たちの先輩で同級生で生徒だから。だから変わらないままでボクらと接してください」 「鈴先輩、どういう意味・・」  困惑したように奏が呟く。他の生徒も同様だったようで、微妙な空気が流れる。 「鈴ちゃん・・」 「ほら、哲人も泣いてないでさ。ちゃんとケジメはつけようよ」 「えっ?」  場内がどよめく。「哲人先輩!」 「哲人ってね、フルールの曲を初めてアニメで聞いたときも泣いたんだって。案外ね、素直に感激する人なの。涼平はもうヤバすぎだから表には出さないよ。イメージが大切だからね、あはは」 「涼平くん・・」  耐えきれずに直央は下を向いてしまう。 「直央さん、大丈夫ですか?」 「直央!」  そこに直央と似た背格好の少年が近寄ってきた。 「あ、千里さん」 「一宮くん・・だっけ?どうしたの?直央は・・」  直央の幼馴染である千里が奏に話しかける。が、奏は黙って首を横に振る。 「直央・・何があったの?もしかして、泣いてるの?」 「!」 「ごめん・・ね、千里を一人にした挙句に心配までかけて。でも、哲人をどうしても助けたかった。亘祐くんも本当にごめん。いろいろ迷惑かけたのに、千里に不安な思いさせちゃった。キミの・・一番大切な人を」 「直央さん・・」  直央と千里の様子がおかしいのに気づき、舞台上にいた亘祐が駆け寄ってきていた。 「や、鈴から言われたんだ。千里のところへ行ってやれって。でも、涼平の様子もおかしいから・・」 「涼平くんには内田さんが付いてるから。今日はそっとしておいてあげて。“オレたちの”勝手な願いなんだけど。いつか、ちゃんと話すから」   だって8年前には亘祐も千里も“ここ”にいたんだもの、と直央は唇を噛みしめる。 「直央さん、オレはこれまでもこれからもずっと哲人の親友で、そして日向の人間です」  そう亘祐はきっぱりと言い放つ。側に寄り添う千里の顔がとても不安そうなものになっているのを、直央も泣きそうな顔になりながら見つめる。 「ごめん、今日はちゃんと哲人に“仕事”させてあげたいから。最後だもの・・哲人はずっと生徒会長頑張ってたもの。なのに・・なんで今日なんだろうって思うよ。たとえ・・避けられない運命だったとしても」  それでも二人の未来を確実なものにするためには必要な戦いだったとは思っている。 「あのね・・ひとつだけ事実を言うよ。オレの父親は哲人のお父さんの親友だったんだって」  自分と日向の繋がりが何だったのか 、それは拍子抜けなくらい爽やかなものだったのに。 「オレと哲人の運命はたぶん、日向には邪魔だったんだ。でも、オレの存在は本当に誰もが思う以上に重要だったらしい。オレは、哲人のためだけに生きたいのにね」 「涼平大丈夫?・・っ!ケガしてるじゃない。何で黙って・・」  景はごめんねと言いながら、涼平に抱きついた。 「何で、貴方が謝るんです?オレは自分の仕事をしただけですよ」  涼平は弱々しい微笑みを恋人に向けながら、それでも相手の頭を撫でる。が、直ぐにその手を止めた。 「涼平?」 「オレね・・」  自分の手を見つめながら、涼平は口を開く。 「涼平!ダメ!」  涼平が何を言おうとしているのかを察した鈴が、涼平の告白を慌てて止 めよう とする。 「言ったろ?アレはオレの仕事だったんだ。そのために、オレは生かされていた。そして、景を愛しているから・・本気でアイツを殺すつもりだった。だってアイツはオレの家族を殺した。侑貴・・オマエの家族も、な」  荒く息をつきながら涼平はそう“告白”する。 「アイツだって、だから・・高瀬亮を利用しようとした。まあ、お互いそう考えてたからこそ今日・・終焉を迎えたんだけどな」 「えっ?」という顔をする侑貴を複雑そうな表情で涼平は見つめる。が、やがて首を横に振って言葉を続ける。 「殺したのは日向の指示とオレの私怨ゆえだ。高瀬は本気で日向を恨んでた。オレも納得できる理由でな。けど、罪は罪だ。だから・・こんどこそオレは高瀬亮を殺した。もう一人、“オレ自身”が手をかけなければいけない相手と共に」 「殺した?涼平・・が?」  広将が震える声で聞く。 「涼平が普通の高校生じゃないのはなんとなくわかっていた。危ないことはしているんだろうなって。でも、人を殺すって・・」  同級生のその言葉を、涼平は悲し気な表情で聞く。なに もかも受け入れているつもりだったのにと思いながら。 「こんなとこで話すことじゃねえけどな。結局は、オレはこういう人間だった。景を頼む。オレの・・誰よりも大切な人だ」  そう言って、涼平は脱兎のごとく走り去る。 「っ!・・涼平のバカ!」  鈴は唇を噛みしめながらそう呟く。そして一瞬舞台の中央でまだ喋っている哲人を見やって、直ぐに景に声をかける。 「お願い!涼平を追いかけて!貴方じゃなきゃダメなの。だからボクは・・」  そう。だから景を涼平の家に行かせたのだと、鈴は告白する。何もかも“今日のため”。自分をどれだけ恨んで詰ってくれてもいいから、涼平を助けてほしいと。愛してほしいと。 「オレはね、鈴ちゃんが大好きだよ。そして、本気で涼平と家族になりたかったの。君たちの関係以上のモノをオレは欲したの。それでも・・今日あった出来事を実際目の当たりにしたのは鈴ちゃんだ。オレが下手に声をかけるよりも・・」  景はなるべく穏やかな微笑みを続けながら答える。が、鈴は激しく首を横に振った。 「鈴ちゃん・・」 「ダメなんだよ、内田さんじゃなきゃ!涼平はもう日向の人間じゃない。今日のことを実行する条件として、涼平は日向を離れることを選択したんだ。哲人みたく住まいを外にするだけじゃなく、完全に日向から・・追放という形になった」 「えっ!な・・ん・・」  思いがけない鈴の言葉に、景の思考が一瞬止まる。 「涼平の家族はもう完全にいなくなった。アイツを一人しないで。ボクたちじゃダメなの。“レイラ”の最期の言葉を聞いた内田さんじゃないと、涼平は救えない!」    To Be Continued

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