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第37話

「はあ、はあ、っ!勝也さんはどこに・・」  奏はいつの間にか屋上へと続く階段の下に来ていた。後ろに気配を感じて振り返る。 「勝也さん!・・っ」 「あんな修羅場にオレを置いてくなっつうの。オレはちゃんと事情を知らないんだからさ」  睦月が複雑そうな表情で見つめている。「あっ・・」 「つうか、そんなあからさまにがっかりした表情すんの・・。オレは、すぐにオマエを見つけたの・・にっ!」  そんなセリフは相手を困らせるだけだとわかっているのに、と睦月は唇を噛む。それでも想いを抑えようという気にはなれない。 「日向先生がそんなに心配なのか?哲人先輩と直央さんの様子 のおかしいことに関係あるのか?何で二人とも泣いているんだ?そして・・何でオマエがそんな悲しい表情をしている?」 「睦月・・ごめん」  そう言って奏は顔を逸らす。哲人が同じ日向家の人間で親友でもある亘祐の身を案じていろんなことを黙っていたように、自分もこの友人には“裏のこと”は言う気にはなれなかったから。自分を好きだと言ってくれた彼には。 「オレはオマエの側に“ちゃんと”いたいんだよ!オマエが好きだから!日向先生も何か危ないことしてんだろ?オマエはそれを知ってて、だからこんなに心配して探し回ってんだろ?オレも心配なんだよ、オマエが」  睦月は奏に顔を近づけながら必死に言葉を紡ぐ。 「オマエは日向先生の“ヤバイこと”も知ってて、向こうは オマエの気持ちも心配してることも承知の上で、オマエを無視してんだろ?あの人のプライベートにどうこう言うつもりはないけど、オマエにそんな顔をさせるのはオレは許さない。哲人先輩も勝手すぎるとおも・・」 「て、哲人先輩はそういう人じゃない」  慌てて奏は否定する。 「あの人にもどうにもならない事情があるんだよ。でもこの学校を変えようとして頑張ってくれた、あの姿勢は本物ってオマエもわかるだろ?」 「・・やっと、オレの方を向いてくれた」 と、睦月は呟く。 「えっ?」 「オマエにとって、大切なのはどうしたって哲人先輩や日向先生なんだな。あの二人はオマエに振り向いてくれないのに」  日向先生の本心はわからないけどな、と心の中で呟く。奏と仲良くなり行動を共にするようになってから、何度も他からの視線は感じていた。多くは二人の仲を揶揄するモノであったが、勝也からの視線は“嫉妬”だと睦月は思っている。 「わかってるよ。それでも、今日はあの人の側にいたいんだ。あの人も哲人先輩のように泣いてるかもしれないから」  そう言って奏は睦月の腕を振りほどこうとする。 「待てって。日向先生は・・」 「オレは約束したんだ、あの時」 『やめてください!貴方に酷いことをする人のことなんか考えないで!価値はある!・・貴方はオレに縋ればいい。せっかく会えたのだから』 『貴方の何もかもをオレが愛すればいいんでしょ!直央さんが哲人さんにそういう想いを持って愛したように』 『貴方が哲人さんに似ているからじゃない。同情でもない。オレなら貴方を大切にする。泣かせたりなんかしない!』 「そして、勝也さんはオレに抱かれた。あの人も求めているんだ、自分に笑顔をくれる相手を。オレはあの人のそういう存在でいたい」  奏は階段を駆け上がる。 「奏!」 「あの人はたぶん、ここにいる。だってここは・・」  自分が初めて勝也にキスした場所だから。彼が癒しを求めるのなら、自分を待っているのなら・・ 「勝也さんはここにいる!」  そして扉を開ける。探していた相手ははたしてそこにいた。 「勝也・・さん」  見覚えのあるそのシルエットに、もう一人の誰かが重なっていた。 「キス・・してるの?」 「奏、見たらダメだ」  後ろから睦月の声が する。けれど、奏は振り向かなかった。動けずにいた。 「どうし・・っ、もしかして・・」 『・・私があの人に抱かれるようになったのは、今の貴方と同じ年齢になってからです』 『哲人や亘祐たちに知られないようにするのは大変でした。もしかしたら鈴は気づいていた かもしれませんけどね。だから、あの子は私やあの人を嫌っている』 「そう・・か、あの人が・・。日向の人間で、勝也さんがどうしても離れられない人」 『このキスマークもわざと目立つとこにつけたんだよ。そして電車に乗れってね。変態だろ?けれど、オレは彼には逆らえない。逆らう気も・・ない。セックスに関しては、だけどさ』 (あんなに嫌悪していたのにな。貴方はやっぱり・・) 『オレも・・イクから。そのまま強く・・お願いだから』 「満足してくれてると・・思ってた。けど、違ったんだ。こんなときでもあの人が縋るのは・・キスしたいと思うのはオレじゃない。ありがとう、ってあの人は意思表示してくれたのに。なのに・・」  涙が落ちる。そんな奏の肩を掴んで、睦月は無理やり引きずる。 「行くぞ!向こうに気づかれたら余計気まずいだろ。・・つうか、オレが日向先生を殴りたいと思ってしまっているんだ」  「ごめん、オレ・・睦月に迷惑かけてばっかだな。んで、みっともない顔見せちまった。がっかりしたろ、せっかくオレのこと好きになってくれたのに」  奏は顔を洗いながら、申し訳なさそうに睦月にそう言った。二人はトイレの中にいた。 「好きなヤツのために頑張れるのが恋だろ?そんで、謝るな。がっかりもしていない。それどころか・・」  そう言いながらハンカチを差し出す。 「オレはますますオマエが好きになった。オマエが誰かのために涙を流しても、それを拭き取るのはオレの役目だ。・・てか、オレがもう泣かせないけどな」 「っ!」  睦月の顔が近づく。その真剣な表情からつい目を離せずにいた奏の唇に、睦月のソレが重なった。 「!」 (睦月・・オレは)  ダメだ、そう思っているのに離れることができない。舌が深く入り込んでくる。 「っ・・ん・・・んん」  相手の舌が自分の舌に淫らに絡みつく。瞬間、勝也とのキスを思い出す。 (くっ・・勝也さん・・なんで・・) 「オレとキスしてても、想うのは日向先生なのか?」 「!」  いつの間にか唇が離れていた。目の前には少し悲しげな表情の睦月がいる。 「オレがオマエを抱きしめているのに、オマエはそんな寂しそうな顔になるんだね。オレじゃダメなんだね。どうしても オレは日向先生には勝てない?オレは奏以外の人とはキスなんてしないのに」 『勝ち負けの問題じゃありません。オレが貴方を救いたいだけです。貴方に寂しい顔をしてほしくないだけ。けど、今のままじゃ貴方は・・オレはそれが嫌なんです。貴方が好きだから!・・っ』 「そんなこと・・ない。オレだって好きな人としか・・!」   その言葉に睦月は驚いて身を見開く。 「少しは・・オレのこと好きってこと?オレのキスに応じてくれたってことは」 「やっ・・驚いたから・・でも」  気持ちいいとは思った。睦月の優しい好意を感じたから。 「でも、オレは・・っ!」 「オマエってさ、抱く方なの?抱かれる方なの?」  突然、股間に手を置かれる。キスされてその傾向 を見せていた奏のソレは、その瞬間顕著な形を作った。 「睦月、何を・・」 「日向先生とのセックスを思い出したんだろ?それでもいいよ、代わりになるつもりもないけど。オマエが本当に愛おしくて、オレはオマエに愛されたい」  そう言いながら、睦月は相手の手を自分のソレに導く。 「オレはどっちでもイケる。好きなようにしてくれ」 「ばっ!・・ここは学校だぞ。そろそろ他の生徒も校内に戻ってくるはずだ」  ズボンの中に手を入れられたまま、奏は叫ぶ。が、同時に自分の性器が昂っていくのも感じる。 「やあ・・ああ」 「コレを日向先生にも触らせたのか?舐めさせたのか?・・くっ」  たまらない気持ちになり、睦月は奏をトイレの個室に引っ張っていく。 「睦月・・ やめ」  便器に座らされ、再び口内を蹂躙されてしまう。 「んん・・は・・あ」 「忘れさせるよ、屋上で見たことも・・オマエの日向先生への恋心も。オレだけ見てれば、オレの身体だけ知っていればオマエはもう泣かなくてすむんだから」 「睦月・・」 「抱いてくれよ、オレを。もう用意はできてるから」 「えっ?」  まさかと思いながら自らズボンと下着をおろした睦月の窄まりに手を伸ばす。 「なっ・・」 「好きな相手にこんなに触れているんだ、興奮するさ。オマエのコレももう十分・・」  奏の昂りも既に涎をたらたらと垂らしていた。 「いい・・のか?オレはまだ・・勝也さんを・・」  正直、まだ頭の中がごちゃごちゃしていて、何で今こうなっているのかもよく理解できていない。けれど、身体は如実に反応している。 (たぶん、勝也さんのキスを見ちゃったから。けど、オレはもうその相手になれない) 「だからそういう顔をさせたくないんだってば。これからはずっとオレがオマエの側にいるから」 「オレの・・側に・・」  奏は立ち上がり自分のズボンを下す。「本当に・・いいのか?」 「いい・・よ。・・愛してる」 「っ!」  昂りを睦月の後孔に突き立てる。 「っ!・・あ・・」 「大丈夫か?もっと濡らしてからの方が・・」 「いいよ、もっと挿れて。ん・・ん・・はあっ」 「っ・・睦月・・睦月」 (好きなのは勝也さんなのに・・どうしてオレは)  他のオトコを抱いているのかと。けれど、自分の腰の動きを止めれそうにもな い。 「あああ!いい・・気持ちイイよ、奏。好き、大好き!・・っ!」  奏の唇が後ろ向きになった睦月の首に這わされる。 「ああん・・ん」 「気持ちいい?感じる?」 「っ!あ、当たり前・・だろ。も、もっと‥触って・・」  そう言われて、奏は睦月の服の中に手を入れて、胸の頂を指の平で撫でる。 「はあ・・ん・・ひあっ」 「けっこう可愛い声なのな、けどもう少し抑えろよ。いつ誰が来てもおかしくないんだから」 「ご、ごめん。でも本当に・・気持ちよくて。やっぱ、オマエから離れられそうにないわ」 「・・・」  なおも嬌声を上げ続ける睦月の様子に、自分も妙な安堵感を覚える。 『好き、貴方が好き。貴方の中が気持ちよすぎて・・離れたくない』 (オレははっきりと勝也さんにそう言った。けど、あの人の求めるのはオレじゃない。オレじゃあの人は満足してくれないんだ) 「も、もっと弄って。後ろも・・もっと中を擦って・・あ、ああ!イイ!」  どちらかといえば精悍な顔つきの睦月が、自分の性技に淫らな反応をみせることに戸惑いもあるが、嬉しくもあると思った。気づけば自分も夢中で腰を振っていた。 「や、そんなに締め付けんなって。・・オトコとの経験はオマエの方が多いんだろうが」  自分が余裕が無くなっているのを、軽口でごまかそうとする。 「け・・っこう遊んで・・た。入学式で・・っ・・奏を見るま・・で・・ああっ!・・だけど」 「っ!」 「言ったろ?一目惚れだって。好きになったヤツは何人もいた・・けど、一目で好きに・・・ひっ・・なったのは‥初めてなんだ」 「・・」 「初めて・・心底真剣に付き合いたいって思った・・んだ。んあ・・ああっ!セックスもそりゃ・・したいと思ってた。ほんとはこんな形じゃなく、ちゃんと両想いになってからがよかったんだけど・・」  少し恨めしそうな声になりながらも、ところどころ甘いこ嬌声が混じる。 「でも・・気持ちいいから!オマエと繋がってるって思うだけで、身体の中がとろけそうなくらい感じてしまってて・・」 「うん、オレも・・。オマエの中がドロドロで熱くて・・オレのを包んでくれるから」  勝也のキスシーンを見てあんなに泣いたのに、今の高揚感は何なのだろうと考える。 (好きだから・・抱くの?オレ、睦月が好きなのか?勝也さんをもう一度抱きたいと思っていたはずなのに・・)  それでも自分の腰の動きは止まらない。それどころか、そのもっと奥を求めたくて仕方が無いのだ。 (くそっ、オレってば・・) 「あっ!あああっ!イイ・・奏のがイイ!好き!愛してる・・」 (好きって・・勝也さんに言われたことないな。そりゃあ、恋人ってわけじゃないけど。一度寝ただけだけど) 『さっきも言ったけど、日向先生はオマエのこと十二分に意識してるよ。二時限目の授業が終わるなり教室を飛び出していったからな。んでそのまま保健室に・・って。ずっとオマエを見てたよ、あの人』 (オレにそう言ったのは睦月なのに。や、たぶん嘘ではないんだろうけど。でも実際今、オレに抱かれて愛の言葉を言ってくれるのは睦月だ。オレを気持ちよくさせてくれているのは・・) (愛してるって・・でもオレは・・) 「い、いいから!オレの一方的な想いであっても、オマエの身体から出るモノはオレの中に入っていくんだから。今はそれだけで・・」  いいから、と睦月は顔をこちらに向けて微笑む。 「っ!・・なんで・・オマエっ!」  たまらない気持ちになり、思わず相手の性器を掴んでしまう。途端に相手の中がきゅっと締まる。 「!・・やば・・っ」 「ああ!・・・イクっ!・・やあっ」  睦月の昂りから精がほとばしるのと同時に、奏も相手の中に放出していた。 「わ、悪い!我慢できなかった・・」 「いいよ、つか謝るな。けっこう恥ずかしいんだから」  トイレットペーパーで精液を拭き取りながら、睦月は照れたように笑う。 「けど、後ろはイッてないだろ?」 「うーん、ちょっとムズムズするけど・・指でいいから弄ってくれる?」 「へっ?う、うん」  自分も後始末をしてズボンを上げてから、奏は相手に正面から向かいその窄まりに指を添える。 「ん・・んん・・あっ、もう・・少し・・。い、イクッ!」 「どうしてオレとこんな・・オレはまだ勝也さんを・・」 「そう簡単に諦められないんだろ。生憎と、ソレはオレも同じなんだ」  身支度を整え、睦月は抱きつくように奏にもたれかかる。 「けど、オレは一旦オマエに約束しちまったからな」 「えっ?」 『オマエらって似たモノカップルだよ。とにかく後悔だけはすんな、オレもなるべく助けるから』 「代わりじゃなく、本気でオレに恋してほしいから、無理やりオレに付き合わせるようなことはしない。オレの存在が、オマエの後悔の一因になるんじゃ意味ないからな。日向先生に勝ちたいんじゃなくて、オマエが素直にオレを好きになってほしいんだよ」  そして睦月は「バカ」と呟いて奏の胸に顔をうずめる。 「けっこう、カッコつけてる自覚はあるんだ。でも、ホント後悔はしてほしくない。・・・愛してる、奏」 「睦月・・」  差し出された唇を奏は受け取る。舌を絡ませ、そして甘噛みを繰り返す。 (どうしてオレはコイツにこんなことを・・。たぶん、コイツを傷つけるってわかっているのに。オレはなんて・・) 「狡いわけじゃないよ、奏は」 「へっ?・・なんでわか・・」 「オレは奏から逃げないから。だから奏の気持ちはわかる。寄り添ってるから・・たとえ片想いでも」 少し複雑そうな表情で睦月は答える。 「奏が日向先生から逃げるのではなく、ちゃんと気持ちを固めてオレのことを好きになってくれるようにオレは努力するつもりだから」 「睦月!」 「だから、オレは傷つかない。それより、オマエが泣く方が嫌なんだ」  そう言って、もう一度睦月はキスを求める。 「今だけ・・我儘許して」 「あ、ああ・・」   「困ったね、直央に知られてしまったじゃないか、彼の父親のことを。これで哲人との仲が微妙なものになったらどうしてくれる?」  奏と睦月が去った屋上で、高木琉翔は勝也の胸を入念に弄り、非難の目を向けていた。 「二人を泣かせてしまった罪は大きいよよ?」 「やあ・・っ、学校でこんなこと・・やめ・・て」 「今さら・・。生徒にも見られているのに、何を言っている?くくっ」 「っ!・・」 (やはりさっきのは・・くっ) 「3年前のみそぎも済んでいないんだからね、キミは。そう簡単に安寧の生活を送らせないよ?ましてや生徒となんて、ね」 「ああっ!・・やめて。やっ・・そこ・・感じちゃ・・」 (こんなところ・・彼にだけは見られたくなかったのに。こんなに気持ちが傷つくなんて、やっぱりオレは・・) 「彼を好きになっても構わないよ。私はキミの恋人じゃないからね。けど、キミの立場も考えなさい。キミは教師で、日向の人間だ」 「!・・オレ・・は」 (一宮・・オレは・・) 「続きは私の部屋でだ。今日の反省もしてもらわなくてはならないからね」 「涼平、見つけた!まさかと思っていたけど、本当に生徒会室にいるとはね」  内田景うちだけいは嬉しそうに思わず叫ぶ。迎え入れた橘涼平たちばなりょうへいは驚いた表情で言葉を発する。 「ダメ・・ですよ。今の俺を見ちゃ。こんな汚れた・・俺を」  涼平は上着を脱いでいた。そのシャツには血が飛び散っていた。 「着替え・・無くて困ってた。や、こんな状況も想定済みだったのに、俺はやっぱ甘いんだ」 「・・怪我も酷いんだろ?本当に君は・・」  椅子に座ったままの涼平に景は抱きつく。 「だ、駄目だって!貴方の服が汚れ・・」 「俺も一緒に汚れるよ」 と、景は微笑みながら涼平の背中に回した腕を離そうとはしない。 「っ!」 「オレは・・君の旦那さんだよ。君は一生添い遂げるって誓ったんでしょ。本当は俺の方からちゃんとプロポーズしようと思ってたのにね」  照れたようにそう答える恋人の顔を、涼平は驚愕の表情で見つめる。 「景が・・俺の?」 「そうだよ。お互いに“真の”家族が欲しかった者同士が知り合って愛し合ったんだ。んで、オレは確かに女装もするし優男に見られるけど、でも俺が君を抱いてるわけだし、オレの方が10も年上だし」 「でも、景はやっぱ可愛い人だから・・」 と、涼平は困ったように答える。 「旦那さんとか言われてもやっぱピンとこないです。そ、そりゃあ・・セックスのときはとても男らしいですけど」  服に付いた血と同じくらい顔を赤くする涼平の唇に、景は自分のソレをそっと押し付ける。 「っ!」 「・・どっちでもいいんだよ、正式には無理でも夫婦として生きていけるなら。もう、涼平は“独り”なんだし」 「!」  景のその言葉に涼平はなんともいえない表情になった。 「・・“家族を”守れなかったのも、終わらせてしまったも俺自身です。俺の存在が哲人を危険な目にあわせていた。アイツを守っているつもりで、オレは・・。だから躊躇しなかった、アイツを・・伯父を殺すことを」 「けど・・」 と、景は努めて普通の口調で話す。いつもの穏やかな日常にちゃんと戻れるように。 「涼平は彼の裏の仕事を知らなかったんだろ?いくら保護者とはいえ。向こうはなるべく自分に近づけさせないようにしていたのだから」 『ばっ!あ、あのバカ・・や、アイツの言うことは真面目に聞かない方がいいって!ただの変態オトコなんだから』 『聞いたんでしょう?鈴からアイツの性癖は。バリバリのゲイだから確かに女 性には手は出さないけど、けど景は実際には男なんだから・・』 「涼平の性格を利用して、彼は日向の裏に徹していた。高瀬亮たかせあきらは表で日向を利用して犯罪を重ねているつもりで、実は君の伯父に利用されていたんだ」 「景はやっぱりそこまで知っていたんですね」  思わずため息をついてしまう。 「・・ごめん、君に言えなくて。確実な証拠も無かったしね。まさか君が本当に・・自分で殺るとは思わなかった」 「高瀬を殺す決意は貴方に告げましたよね」  そう言って・・なぜか笑えてきた。 「あは・・あはは・・っとに」 「りょう・・へい」 「貴方にはやっぱ・・」  一転、涼平の表情はとても悲し気なものになる。 「涼平!」 「俺は子供に見えていたのかもな。だって・・アナタにはどうしても甘えてしまったもの。貴方を守ると何度も言ったのに、オレは結局貴方をまた泣かせた」   涼平は自分の手で景の瞼を押さえる。 「ごめん、血に汚れたこんな手だけど・・」 「だから、一緒に汚れるって言っただろ!生涯のパートナーだぞ!もう涼平から離れる気はないんだから・・。なんだよ、景を頼むって」 『こんなとこで話すことじゃねえけどな。結局は、オレはこういう人間だった。景を頼む。オレの・・誰よりも大切な人だ』 「俺が言うのもアレだけど、そこまではっきり言っておいて・・あんなの惚気じゃん。誰よりも大切な人、なんてさ。そこだけは本気で嬉しかったんだ。なのにオレを置いていくなよ。みんな困ってたよ、そんでわかってんだよ。何があろうと、俺たちは離れられないんだって」 「だって・・俺はもうこの手で人を・・3年前は鈴が止めてくれたけど、今回は」 「確かに涼平はナイフで相手を傷つけた。本気の刃だったって鈴ちゃんが言っていた。けど、止めは刺さなかったんだろ」 「っ!な・・んで・・それ・・を」  涼平は驚いて思わず立ち上がろうとする。が、景に押さえつけられる。 「慌てるなよ、涼平。だいたい鈴ちゃんがあのまま真実を言わないわけがないだろ。や、君は鈴ちゃんに見られてはないと思ってたみたいだけど。そして侑貴も・・ちゃんと受け止めた」 「っ!・・知った・・のか。馬鹿な、オレを恨むだけにしておけばよかったのに」  涼平はがっくりとうなだれる。 「馬鹿は涼平の方だよ」 と、景は涼平の顎に手をかけて顔を起こさせる。 「侑貴に大好きな人の親友を恨み続ける人生を生きさせたいの?侑貴は過去を受け止めたよ?広将と一緒にいるために。・・悪いのは君ら子供じゃない、俺たち大人なのにね」  景は涼平に顔を近づけて「ごめんね」と呟く。 「知ってしまったんですか、生野も」 「全部、鈴ちゃんが言ったよ。前日に、侑貴に高瀬亮たかせあきらから連絡があったことも。向こうも真相を知ってたみたいだね。むしろ・・」 『むしろ、このタイミングで向こうに情報を晒しだしたフシがあるけどね。高瀬と涼平の伯父さんの両方を一度に消すつもりだったんだと思う、日向コッチ』は。おそらく、日向内部の反乱分子への牽制のために。・・馬鹿だろ?彼らもボクたちも・・踊らされていたんだ、8年前から」   「俺はね、鈴ちゃんをもう泣かせたくないんだ。彼女はただの女の子じゃない、涼平を救って・・そしてオレと結びつけてくれた人だから。8年前のあの時から、一人で悩んで・・。涼平が好きになるのも無理はない」 「そ、それは!や、今は・・だから・・俺は・・」  涼平は焦ったように答える。 「ふふ、わかってるよ。けど、鈴ちゃんが誰にとっても特別な存在だってのは認めるだろ?・・俺にとっても眩しい存在だった、いろんな意味でね」 「鈴は、確かに一人だけ8年前の記憶を持っていました。あの場にいた誰もが・・最近まで忘れていた。そりゃあ小学生の頃の記憶なんてあんまし無いもんだろうけど」 「・・・」 「俺は・・鈴も日向から解き放したかったんだ」  涼平は涙顔をもはや隠すつもりもなかった。本当の本音。相手が絶対に望まないことだとわかっていても、口に出さずにはいられない自分の本心。 「3年前、哲人を殺そうとした理由の一つに俺の嫉妬はあった。鈴の哲人への想いは、鈴のためにならない。俺はそう言われた。哲人こそが諸悪の根源だと。だから、本気で俺は哲人を殺そうとし、鈴は本気で自分の身を投げ出して哲人を救った。それすらも俺は本当は・・」 「だから、鈴ちゃんはこうしたんだと思うよ。涼平にこれ以上苦しんでほしくはないからと。涼平もまた愛されているんだよ、彼女に。それでも俺は、涼平 を鈴ちゃんにも誰にも渡す気はないよ」  景はそう言って涼平に口づける。 「鈴ちゃんも哲人くんも、いつも涼平のことを心配してた。けど、“今の一番”は俺だ。涼平の全てと添い遂げられるのは俺だけ。だって俺は涼平だけだもん、愛しているの」 「景・・苦労しますよ?俺は日向を追われる。いつ、どういう理由をつけられて日向に消されるかわからない立場です。もっとも、今までだって利用されるだけの存在だったけど」  今度は涼平が景に唇を近づける。そしてそのまま相手の顔を見つめる。「キス・・してくれないの?」 「景・・貴方って人は」  泣き笑いの表情で涼平は景に額をくっつける。 「どうして景はそんなに可愛いんです?オレの旦那さんになってくれるんでしょ?」  返事を待たずに涼平は深く口づける。 「あ・・は」 「オレが・・奥さんになるっての全然意識できないんですけどね」  そう言って涼平は微笑む。それでも嬉しいと思うから。 「だって貴方の方がどうしたって可愛いんだもの。・・でも、オレが悩んで寝付けないでいる時は、布団の中で貴方が合って頭から抱え込んでくれるの、すげえ安心するんだっけ。やっぱ、俺は貴方に頼っていた。好き・・」 「うん、俺も好き。だから、改めて言うよ」 と、景は少し顔を離して、真剣な表情で恋人に告げる。 「俺と海外に一緒に行かないか?もちろん高校を卒業してからだけど」 「鈴・・オマエってさ」 「はは、言わないでよ侑貴ってば。けど、君には辛い思いさせたね。・・いっちゃんにも」  笠松鈴かさまつりんは二人に向かって頭を下げる。 「鈴!・・今日は一体何があったのか、俺に言える?俺はもう何でも受け入れるつもりでいるんだけど」  生野広将いくのひろまさは幾分緊張した声音ながらも、いつもの穏やかな表情で聞く。隣に立つ上村侑貴かみむらゆうきの手をしっかり握りながら。 「広将・・」 「ふふ、君ら二人は本当に仲がイイね。・・いっちゃんを騙してたわけじゃないよ。哲人は本当にいっちゃんを必要とてたんだよ、生徒会に。哲人といっちゃんに楽しく穏やかに生徒会活動してほしかったのは、ボクと涼平の本意。でも、今日こういう形になっちゃったのはボクらのミス。というか・・」 と、鈴は一瞬目を伏せる。 「ボクが傷つけた。涼平も。ずっと・・涼平の優しさに甘えてた。そして利用した。結局、哲人を助けたのも直ちゃんだしね。・・罰が当たったんだ」  そう言いながら、制服の裾をまくり上げる。 「り、鈴!おまっ、女・・っ!」  慌てて止めようとした侑貴と広将の目に入ったのは、鈴の腹部に巻かれた包帯。そしてそれには血が滲んでいた。 「ばっ!オマエ怪我してんじゃんか。早く病院へ・・」 「後でちゃんと行くよ。涼平は今頃内田さんと話し合っているだろうし、哲人は早く帰すように直ちゃんに言ったしね。ボクが文化祭の後始末しない・・」 「大丈夫ですよ、後は俺がやっときますし。生徒に扮した黒猫ブラック・キャットも動いてますしね。車は呼んでおいたんで、申し訳ないですけど生野先輩が鈴先輩に付き添ってくれます?俺までここを離れるわけにいかないんで」 「遠夜!君は余計なことを・・」  突然口を挟んできた唯一の2年生生徒会役員の黒木遠夜くろきとおやのその言葉に鈴は慌てて口を塞ごうとする。 「ダメっすよ、鈴先輩。下手に動くと傷口が広がるでしょうが。勝也さんの応急処置はあくまで応急的なもんですからねえ」 「っ!」  そう言われ、鈴は思わず「うっ」と唸ってしまう。 「り、鈴!大丈夫?」 「あ・・うん。思ってたよりも、傷が深いかな。たぶん、哲人にはバレてないだろうけど」  痛さに顔をしかめながらも、あははと照れたように笑う鈴に遠夜は珍しく真剣な顔を向ける。 「いいかげにしろよ。ちょっとは哲人より自分のことを心配しろって」 「えっ、遠夜?」  いつもと違う雰囲気の遠夜に、鈴と広将は同時に声を上げる。 「・・って、涼平先輩がいココにいたら絶対そう言いますって。とにかく速やかに病院に向かうように、と琉翔さんから指示が出ています。“前の”傷に少し重なってる部分もあるんでしょ?」 「見てもないのに、よくそこまでわかるね」 と、鈴は苦笑する。 「俺にわからないことが無いのは、鈴先輩はよくわかってるはずっすよ。とにかく生野先輩と一緒に病院に言ってください。・・生野先輩にどの程度まで事情を説明するかは鈴先輩の自由、ということです」 「はあ?」 「あ、それと・・」  困惑顔の鈴を尻目に、遠夜は今度は侑貴に顔を向ける。 「上村さんは残ってくださいね。生野先輩と離れるのは寂しいとか女々しいことは言わないでくださいよ、二人も付いてっても邪魔だし、病院でいちゃつかれても困りますしね」  いつもの調子で遠夜は侑貴に告げる 。が、その声には有無を言わせない何かがあるように鈴には感じられた。 「んなことするかっての。つうか、俺はゲストだぜ?この学校のことだって・・何も知らないんだ」 「機材の後片付けとか、素人が下手に手を出さない方がいいでしょうが」 と、遠夜はワザと真面目くさった調子で答える。それが相手をいらつかせることもわかっていて。 「上村さんはご自分の車で来ていらっしゃいますから、帰りは大丈夫でしょ?“その後”のことは我々は関知しないっす」 「・・遠夜?」  鈴の不安そうな表情を見た遠夜はついと鈴に近寄る。自分でも思いがけないことだと思いながら、鈴の頭に触れる。 「・・鈴先輩はとりあえず病院にいけばいいんすよ。哲人先輩たちに心配かけたくないんでしょ 生野先輩は紳士っすから、俺も安心です」 「もしかしてさあ、アンタって鈴にマジで惚れてんの?それとも、鈴はアンタにとって特別すぎる存在なわけ?」  広将と鈴を見送って、侑貴はそう遠夜に声をかける。 「今日はいろいろあった日だ。広将だって無関係じゃない。俺は本気で心配してんだよ、アイツの彼氏だからな。わかってて俺らを引き離したんだ。下手なことを言ったら俺は・・」 「それでも、俺は日向としての務めを果たすだけですよ。そして、貴方・・君も逆らえないはずだ。高瀬亮たかせあきらと最後に連絡をとった存在なのだから。本来ならとことんまで尋問されるはずだけど、高瀬から俺のことを聞いたんだろ?なら、取引するしかないよねえ」  遠夜はくくっと笑って、そして相手の顔をじっと見つめる。 「まあ、どうせロクなことは言わなかったんだろうけどさ」 「あんた・・一体何者だ?鈴も広将もあんたを普通に後輩として扱っている。けどあんたは・・」 「おっと、それ以上は喋らないでくださいよ。赤蛇レッド・スネークとしての俺の立場があるんでね。つうか、あんたは俺の監視下に“あるようなもの”なんですから、いろいろ自重してくださいよ?」 「くっ・・そっ」  大学生の自分より年下のはずのこの高校二年生の“少年”に侑貴は得体の知れないものを感じる。 「・・鈴はあんたのことをどこまで知っているんだ?や、亮はあんたの本名・・まあそれも本当かはわからないと言っていたけど、それと日向での立場とそしてあんたの性格しか言わなかった」 「鈴先輩は日向の大事なお嬢様ですからね。あれ以上傷つけさせるわけにはいかないんですよ。身体もそうですが、心の方もね。だから生野先輩に付いていってもらったんです。あの人は的確に優しくできる人ですからね」  遠夜のその 言葉に侑貴は「ぐぬぬ」と拳を握りしめる。 「・・そういや亮はこうも言ってたな。アイツの嫌味にいちいち付き合うな、と。だいたい、怪我なら涼平だってかなりなものだったじゃねえか。亮と戦ったんだろ?無事なはずがねえよな」 「涼平先輩には彼氏さんが付いてますしね。上村さん、あんたも生野先輩に余計なことを思い出してほしくはないんでしょ。これが最善の状況だと思いますよ?くくっ」 「・・・マジで嫌味な野郎だな。本当に殺すべきはあんたと高木琉翔なんじゃねえのか」 「俺は死にたくないし、琉翔さんを殺せば下手すりゃアニメも打ち切られちゃいますよ?まだ最終回のコンテもできないとか。原作者の指示待ち状態らしいですけど、いわゆる万策尽きたにならなきゃいいですね 」  困った困ったと言いながらも、遠夜は生徒たちに指示を出していく。普段は全く表に立つことのない彼だったが、その容姿は他の生徒会役員に比べても遜色ないレベル。そして童顔の広将より幼く見える。遠夜の方が一学年下なのだから当たり前というべきなのだが、彼の本当の年齢(それも定かではないが)を知っている侑貴は複雑な心境になる。 「広将を生徒会に入れるのを涼平は反対したらしいけど、あんたのような得体の知れない存在を入れる方がよっぽどおかしいぜ。鈴は本当にあんたの正体を知らないのか?あれだけ何でも調べられるアイツが・・」 「彼女は確かに自分でもいろいろ調べていたようですが、その情報源の大体は俺ですからね。まあそれが俺の仕事でもあるんですけど、琉翔 さんからの指示で俺の存在は極力哲人先輩から隠すことになっていましたから」 「何で、生徒会役員の存在を生徒会長に言えないんだよ。つうか、マジで認識してないのか?」  まさか、と侑貴は呆れる。 「少なくとも俺は哲人先輩と‥今の立場では声を交わしたことは無いですよ。俺がいるのに外から鍵かけられたこともあるし」 「・・ただのイジメじゃないのか?まあ確かに哲人ってけっこうな天然キャラらしいけど」  なのに、鈴も涼平も彼のために本気で命を懸けている。 「あの傷で人前で笑って話していた鈴の凄さは俺も認めるさ。そして亮も哲人のために死んだ。あんなに哲人を恨んでのにな。他の人間が絡んでいたとはいえ、結局は助けてしまったんだろ?どいつこいつも・・哲人哲 人って」  自嘲気味に侑貴は言い放つ。 「広将だって二言目には哲人の名前を口にする。一番は俺だって言ってくれるし、愛されている自信はそりゃあある」 「ならいいでしょう?ただ、今はどうしても貴方に一言釘を刺しておきたかったので、生野先輩と離れてほしかったんですよ。鈴先輩を病院に一刻も早く連れてってもらいたかったのありますしね」  遠夜の言い方はあくまで淡々としたものではあったが、侑貴は自分のイライラ感が増していくのを感じていた。 「俺の記憶も戻っていることがわかっていて、今日のことを画策したのか?俺だけならともかく広将まで巻き込みやがって。アイツは本当に何も知らないんだ。8年前のことなんて・・」 「それでも関係者の一人です、生野先輩は 。そして貴方が思っているより強い人ですよ。だから貴方のことを好きになれたのでしょう、再び」  遠夜は少し微笑みながら言葉を紡ぐ。8年前のことを思い出してしまったから。 「・・・まあ、とにかく。高瀬が肝心なことを言わないので困ってたのですが、貴方になら言ってたとコチラでは踏んでた・・いつかは会ってやってくれます?彼に」 「へ?・・・は?」  遠夜の言っていることの意味がわからずに、侑貴は困惑の表情になる。 「会ってって・・死体に?」 「まさか!」 と、遠夜はカラカラと笑う。 「ま、俺も直接は会ってないっすけどね。ずっとここでMCやってましたから。けど、最初からその手筈になってましたし、一応の生存確認の報告は受けてるっす。けれど、他の人に は言わないでくださいねえ。助かるかどうかはまだ五分五分の状態っすから」 「生きて・・いるのか?」  ついホッとしてしまい、自己嫌悪に陥る。 「・・っ!」  侑貴のそんな様子を遠夜は黙って見ていたが、やがてあははと声を上げて笑い始めた。 「て・・めえ」 「そんなに凄まなくてもいいっすよ。別に責める気もないっすからね。どういう感情を貴方が持つにしろ、彼は貴方の“保護者”だったわけで。そしてある意味貴方の両親の仇もとってくれたわけですからね。そんな貴方の事情もひっくるめて、彼は我々の保険なわけです」 「亮が日向の保険?」  意味がわからないと、侑貴は首を振る。 「悪い言い方をすれば“駒”ですね。鈴先輩たちには悪いですが」 「あいつらも知 らないのか!?あんな傷を負わせといて」  流石に侑貴も驚愕の表情になる。 「だから、琉翔には後でお灸をすえるつもりだよ。自分の都合で人を使うなってね」 「アンタ‥理事長を呼び捨てって。高木琉翔が日向の裏を仕切ってんだろ?」  確かに遠夜は琉翔より本当は・・とは思うが、一応彼は生徒で高木琉翔たかぎりゅうとはこの学校の理事長だ。 (コイツの今の状況は日向によって無理やり作らされたものだと思っていたけど・・違うのか?)   『他のヤツはともかく、黒木遠夜にだけは関わるな!アイツは・・妖怪だ』 (妖怪・・ねえ。亮にあそこまで言わせるオトコって・・) 「俺は影・・ですから。それこそ生まれたときからそう育てられた。・・ってこういう話はどうでもいいんすわ。いずれは侑貴さんも会っていただきます。貴方のご両親のことでこちらも知りたいことがあるんでね。まあ、急ぎはしません。それも保険なので」 「は?俺の親のことなんて今さら・・」 「真実を知りたいんでしょ?貴方に拒否権もないですしね。スキャンダルを流出させたくないでしょ?」  ニヤリと笑いながら遠夜は自分のスマートフォンを取り出し、ある画像を画面に表示させそれを侑貴に見せる。侑貴の顔色が変わる。 「っ!・・な、何でこんなものを・・」 「貴方の高瀬との最後のセックスを、俺はまあ簡単に言えばのぞき見してたんですよ。もちろん仕事としてね。高瀬も気づいていたのに貴方に伝えなかったんですね。それとも・・“アレ”が最後じゃ無かった・・と?」 「・・んなわけねえだろ」  表情を強張らせながら侑貴は答える。 「俺にとっては不意打ちの再会だったんだ。んな時間も気持ちも無かった。俺を抱けるのは広将だけだ」 「生野先輩を傷つけるのはこちらとして不本意なことなんで。だから、コレを使うような羽目になることは避けてくださいね。ハメ撮り 写真だからって」 「て、てめえ・・」  ふざけたような遠夜の言葉に、侑貴は思わず詰め寄り相手の襟を掴み上げる。近くにいた生徒数人が異変に気づき、ざわめきが起こる。 「ダメっすよ、侑貴さん。貴方は人気商売なんすから。あんまし誰にでも迫らないでほしいっすわ。確かに貴方は美形っすけど、俺はやっぱ女の子の方が好きなんす」  いつものチャラいに遠夜の物言いに、周りにホッとしたような空気が流れる。 「・・すいませんね、らしくなく感情を出し過ぎていました。貴方も日向の犠牲者の一人なのは事実なんで。そして生野先輩のこともよろしくお願いします」 「くっしゅん!」 「はは、いっちゃんてばライブ後にちゃんと汗拭いた?ただでさえ仕事と学業を両立させなきゃいけないんだから、風邪ひいてる暇はないんだ・・っ!」  日向家の車の後部座席で鈴は自分が負った傷の痛さにうずくまる。 「り、鈴!大丈夫?どこかに車を止めてもらう?」  隣に座っていた広将は慌ててシートベルト外して鈴の肩を抱きかかえた。が、鈴は強く首を横に振る。 「鈴・・」 「大丈夫・・だよ、いっちゃん。ボクはそこまで弱くはないから。・・ほんとごめん、いっちゃんだけは巻き込むつもりは無かったんだ。せっかくの演奏も聞けなくて‥悪かった」 「・・そういうらしくない物言いはやめてくれよ。俺を心配させたいの?させたくないの?」  広将はその童顔に似つかわしくない低い声で優しく問いかける。 「本当にいっちゃんて天然のタラシだよねえ。そりゃあ、侑貴もオチルわ」  冗談めかした言い方をしながらも、一方で鈴はハアハアと荒い息をついている。 「鈴、無理して喋らなくていいから。もっと自分を大事にしろよ。いつも涼平と哲人に言われてるだろ」  ったく・・と広将は思わずため息をつく。そしてシートベルトを締め直し鈴の肩に腕を回す。 「いっちゃん?」 「俺に寄りかかりなよ、少しは楽になるだろ。ベルトは外しても構わないと思うよ?傷に当たってるんだろ?まあ、俺じゃ哲人や涼平の代わりにはならないだろうけどさ」  そう言いながら鈴のシートベルトを外す。そして自分の座る位置も出来るだけ鈴に近づける。 「遠慮はいらないからね」 「いっちゃんてマジでイケメンだよね。なのに恋人がオトコとか、世の女子に対して土下座すべきだよ。冗談だけど」  鈴はそう言って広将の顔を見つめる。広将の顔が赤くなる。 「お、女の子にそうやって見つめられるのやっぱ照れるんだけど。侑貴みたくファンサとかできないから、俺。・・でも、鈴は特別。大事な存在だよ」  照れながらも広将はそうはっきりと言う。鈴は小さくため息をつきながら、薄く笑う。 「ふふ。いっちゃんのそういうセリフ、ライブで言ってほしいって女の子はいっぱいいるのにね。ボクだけ役得だね」 「鈴・・真面目に聞いて。答えなくていいから」  鈴の体温を自分の身体で感じて胸をドキドキさせながら、それでも広将は真剣な声で鈴に話しかける。 「鈴が並の男子よりも強くて、そして普通の女の子じゃない。それは俺もわかってた。けど、それでも君は女の子なんだ。哲人や涼平・・俺にも大事にされている、ね。そして恋もしている。そんな君にあんな傷を負わせて、周りの男子が普通にしてられるわけがないだろう?本当は涼平だって・・」 「涼平には、今は内田さんがいる。あの二人は絶対に離れることは無い。・・そのためにボクは」 「鈴は・・本当にそれでよかったの?」 「えっ?何で・・いっちゃんがそんなこと言うのさ。あの二人の仲の良さはいっちゃんも間近で見てるでしょ。それに内田さんのことはいっちゃんの方がよく知って・・」 「俺は鈴の気持ちを聞いているんだよ」  広将は辛そうな表情になる。それでも鈴の本心を聞けるのは、聞かなければいけないのは自分だと思っているから。 「涼平はずっと鈴が好きだった。いつも真っ直ぐに鈴に愛情を向けていた。鈴は哲人が好きだからソレをはぐらかしていた」 「そうだよ。それは涼平も哲人も、直ちゃんも知ってることだもん、別に・・」 「けど、鈴は涼平のことも好きだったんだろ?」 「!・・」  鈴の肩に触れている広将の手に、鈴の微かな動揺が伝わる。広将は小さく息をつく。 「あれだけ真摯な想いをぶつけられたら、そりゃあどんな女の子だって心が揺れるよ。涼平は中身も外見もイイ男なんだから。哲人だって涼平とくっつけばいいって何度も言ってた」 「けれど 、涼平が一緒にいるべきは内田さんなんだ。涼平が彼とずっと一緒にいたいと言ったんだから。・・・それは運命だったんだから」  そう言って鈴は微笑む。が、広将の目にはそれがとても寂しげなものに見えた。 「全部・・鈴が仕組んだんだね?あの二人のことも、俺と侑貴のことも」 「・・みんな幸せになったろ?そりゃあ、かなり傷つけた部分もあるけど。いっちゃんだって卒業したら侑貴と同棲するんでしょ?」 「俺の家族にちゃんと紹介してから、だけどな。いろいろ問題はあるんだけど‥涼平も日向を追放ってなったなら、内田さんのマンションに行かざるを得ないよね。それが目的だったんだろ?今回のことは」 「・・はは、流石にいっちゃんだね」  鈴は顔を正面に向けながら答え る。 「涼平は日向に家族を殺されたようなものだからね。それでも涼平は日向のために命を張り続ける。そんなの看過できないでしょ。涼平は本気で内田さんを愛しているんだ、問題は無いよ」 「鈴は・・鈴は寂しくないの?鈴こそこんな傷を負って・・一番傷ついているのは鈴じゃないか。や、俺の想いも涼平の想いも本物だよ、確かに。けれど、今の状態の鈴を俺は放っておきたくはない」 「いっちゃんの優しさは嬉しいし、ありがたいけど・・」 と、鈴はまた小さく笑う。 「それでも、ボクはこのままでいくよ。好きな男のために命張れる女の子ってカッコイイでしょ?んで、こんなイケメンがボクのことをこんなに心配してくれて・・まあ侑貴は怒るだろうけどさ」 「・・どうしても、俺には真実を明かせないの?」 と、広将は小さい声で聞いてきた。怒ってるわけではないようだ、と鈴は思った。 「黒木くんも知ってるんだよね?今回のこと。いやに今日は前面に出てくるなって思ってたけど、他の生徒会役員の不在を、一般生徒たちにおかしいと思わせないため?唯一の2年生である彼が次の生徒会長になってもおかしくないものね。それを踏まえてのパフォーマンスだと」 「まあ、そういうこと・・だね」 と、鈴は息をつく。それも理事長の琉翔の指示なんだけどと、心の中で悪態をつきながら。 「遠夜も確かに日向の人間だよ。・・ごめん、いっちゃんを哲人に推薦したのはボク。や、もともと哲人がいっちゃんに目をつけてたんだけどね。ボクにとっては渡りに船だった。・・そうだね、いっちゃんを傷つけてでも計画を成し遂げたかった、今日のために」  運命を信じようとは思っていた。けれど、本当に“あの日の”運命の続きを見れるとは思っていなかった。 (始まりは最悪でも、今はみんな幸せだもの。ならそれでいいじゃない。たとえ・・ボクだけが孤立しようと) 「哲人と涼平のためなんだろ?そして、侑貴もちゃんと事情はわかっていることなんだろ?なら、俺は構わないよ。仲間だし、侑貴の恋人だもの俺は。鈴は一人で悩んで苦しんで・・それでも出さざるを得なかった答えの結果が今日、なんだろ?」  広将の言い方も声もあくまで優しいソレだった。皆が常々口にする「生野は生徒会の良心だから」という言葉は、痛みを持ち続けていた鈴の心に明るい何かを思 い出させた。 「はは、ほんと侑貴が羨ましいや。初恋の相手と結ばれて、それがこんなイケメンでさ。けどボクも哲人に18年間片想いだもんね、大事にされてる自負はあるけどさ」 「やっと笑った」 と、広将も微笑む。 「俺だけが何も知らないでいたのは確かに寂しいことなんだけどさ。でも、侑貴が俺のこと想って黙ってたのなら俺は幸せ。・・侑貴の事情も何もかも俺の人生として受け入れるって誓ったから」  哲人と涼平と鈴がただ顔と頭がいいだけじゃないのは1年の時から知っていた。それだけで皆がこの3人を支持していたわけじゃないことも。 「2年生で生徒会長になった哲人は当時の3年生からボロクソに言われてたよね。あの頃の哲人はほんと革新的すぎたから。自分だけが余裕あるってわけじゃねえぞとか、さ。哲人だって必死だったのにね。その頃から更に哲人は俺のヒーローだった。涼平も同じ気持ちだったと思う。そんな二人に挟まれた鈴は、とても可愛い女の子だったよ」  なのに鈴に恋心を抱かなかったのは哲人と涼平の気持ちに気づいていたからか、はたまた微かな昔の記憶が自分の心の中にくすぶっていたせいか。 (両方、なんだろうな。鈴はわかってて、俺と侑貴を・・) 「哲人や涼平のこともそうだけど、何があっても後ろ指をさされることのないように環境を整えていたんだろ?鈴は。馬鹿だな、オマエが自分の幸せも考えてくれないから、周りの男たちが大変だよ。お姫様の涙を流させないためにね」 「いっ・・ちゃん・・こそ・・馬鹿だよ」  泣き笑いの表情の鈴が、広将の胸を拳で叩く。 「哲人も涼平ももっと素直になってくれればよかったのにさ。そしたら直ちゃんも内田さんも泣かせなかったのに」 「鈴はまた人のことばかり・・」 と、広将は自分の胸をなおも叩き続ける鈴の頭を優しく撫でる。 「鈴が本気を出せば俺より強いのはわかっているよ。それでも、今の鈴になら俺は勝てる。今の鈴は、引くことしか考えてないもの。俺は侑貴と一緒に前へ進むって決めてるけどね。・・やっぱりさ、鈴は一人でいちゃダメだと思う」 「恋人がいる人間は強いね」 と、鈴は自嘲気味に呟く。 「これでもね、18年間哲人に片想いしてたの、ボクね。小さい時はボクや亘祐が側にいても勝也さんにべったりで、大きくなったら今度は直ちゃん 無しじゃ生きていけないって恥ずかしげもなく言い放つ、そんな哲人を今でも大好きなんだよ」  そう言って鈴は今度は照れたように笑う。反して広将は思わず鈴の頭から手を離してしまい、小さくため息をつく。(鈴は・・本当に可愛い女の子なんだよ、身も心も。男子の恰好をしていても、どんな女子より女の子なんだ) 「結局のところ、いっちゃんの初恋って侑貴なんだよね?よかったじゃない、想いが実って」 「どうなのかなあ」と、広将は苦笑する。 「侑貴みたいな遊び人と付き合うには、俺みたいに恋愛経験が無い人間はキツイなって、正直思う時はあるよ。特に侑貴は情緒不安定な時が多いからね。俺は年上の人間とそんなに親しくつきあったことも無いし」 「・・ごめん、やっぱいっちゃんに迷惑かけてるよね。今だって侑貴の側にいたいよね、本当は」  申し訳ないと思う。けれど、広将から身体を起こせない。傷の痛みはちょっと耐えられそうにないところまできているようだ。 (にしたって、ボクってこんな弱ってたわけ?まいったな、ボクはそんなつもりで・・) 「鈴は幸せになるために、そして俺たちの未来のためにいろいろやってきたんだろ?俺や涼平も哲人に憧れてるわけで・・アイツのためなら無茶はするさ。鈴と同類なんだよ。悩んで恋して・・そして仲間を大切に想う、ね」 「いっ・・ちゃん」 「だから、もう無理なシナリオは作らなくていい。これからは、鈴の思うとおりに素直な感情を出して生きてほしい・鈴は、それができる女の子だから」       To Be Continued

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