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第38話

「全てが鈴ちゃんの描いたシナリオだった。本人に確認したわけじゃないけどね」 と景は真剣な表情のまま言葉を紡ぐ。 「彼女だけがちゃんと記憶を持っていて、解決の方法を探っていたんだと思う。哲人君の感情と環境の変遷も間近で見ていたから」 「・・・」 「彼女は確かに周りを利用した。君の想いもわかっていて。そして・・今日という日を迎えた」  座ったままの涼平を見下ろしながら、景は彼の肩に手を伸ばす。 「景・・俺は・・・」 「君の伯父さんから君を離すことが直ぐに出来なかったことは、鈴ちゃんも悔いていた。君を人質にしていたようなもんだからね、彼は。俺が君の側にいくことで、向こうが焦って尻尾を出すことで事態を変化させようとした。言い訳になるけど 、本当に俺はあの時は知らなかったんだ。・・知っていても協力はしたと思うけどね」 「俺は・・そんなに鈴に迷惑かけていた?アイツを守っている・・つもりだったのに、鈴の負担を増やしてただけ?今日だって俺は鈴を救えなかった」  涼平は肩を震わせる。 「本当は3年前に鈴に忠告されていたんだ。日向を離れるなら今だって。けれど、俺は家族を殺したのが日向の中にいると思っていたから。そしてその原因が哲人だと聞かされたから・・。結局はそれも罠だったけど。俺の鈴への想いも利用されたんだろうな。傷つけるだけだった俺は・・鈴を」 「鈴ちゃんのこと、今でも大好きなんだろ?」 と、景は微笑む。決してそれは強がりじゃなく、涼平が愛おしいがための笑顔。鈴が哲人だけじゃなく涼平も愛してたということを理解した上で、自分の想いも貫き通すと決めているから。 「鈴ちゃんを、それこそ日向の呪縛から解き放ちたいのなら、鈴ちゃんの願うとおりにしてほしい。鈴ちゃんを愛しているのなら」 「景!だって・・」  貴方はどうなの?と涼平は小さな声で呟く。 「俺はね、涼平と一緒にいたいよ?俺も涼平を愛しているもの。だから、さっきプロポーズしたでしょ」 「へっ?」  景の言葉に驚いて慌てて涼平は立ち上がろうとする。 「いてっ!・・っ!」 「ご、ゴメン!俺がよけきれなくて・・」  景が自分の顎をさすりながら謝る。それを見て、涼平はつい笑ってしまう。 「あはあ・・本当に、貴方は・・」 「えっ?」  本当は わかっていたことだからと囁いて、涼平は景を抱きしめる。 「ちょっ!涼平・・ここ生徒会室・・っ」 「鈴が俺を好きでいてくれても、俺も鈴を好きでいても、それでも鈴は哲人を選ぶ。哲人にしか鈴のベクトルは向かない。もう何年も前からそれはわかっていた。それが鈴の本当の幸せなのか俺には正直わからない。わかっているのは、鈴を俺自身が幸せにはできないってこと。俺は鈴のおかげでこんなにも今幸せなのにね」  そう言って、涼平は恋人を抱きしめる腕の力を強める。 「涼平・・だって君は」 「言ったでしょう、貴方と添い遂げたいんだって。・・鈴のことも愛している。アイツは特別な女の子だから。それは多分哲人も同じで。二人とも鈴が大好きで大事で・・でも鈴は“本当の”幸せを掴めない。や、そう思うのは俺たちだけで、だから鈴を傷つけているのかもしれないけど」  鈴を遠くから見ているだけしかできない立場の時から、彼女は涼平にとって眩しい存在だった。 (あんなに可愛いのに何で男の子の恰好しているんだと思ったけど、アレは哲人への意思表示と共に自分の身を守るためだったんだ) 「鈴はおそらく“真実のこと”を哲人には言わない。その時点で・・哲人に“嘘をついている”ことで鈴は哲人に寄り添えない、哲人は偽物を・・嘘を何よりも忌むから」  生後すぐに本当の両親と引き離され15歳の頃まで真実を知らされずに生きてきた哲人は、同じく父親の生死もその真の姿も知らないままの直央と愛しあっている。 「鈴も・・“本当の自分”を知らないのかもしれないけどね」 「涼平?・・それって」  景は困惑の表情をみせる。 「景だって変に思ったことあったでしょう?なんでアイツがホテルに一人住まいしてるのかって。いくら自分の親がオーナーだからって。や、アイツの家族仲がうまくいってないなんてことは無いってのは知っています。けど、娘の気持ちを知っていて、哲人との婚約の話を無かったことにするとか不自然でしょ」 「それは・・でも」 「それこそ、俺に口を挟む権利もないことだけど。でも、俺は鈴を放ってはおけなかった。や、アイツの両親の・・笠松夫妻のアイツを想う気持ちは痛いほど感じている。アイツの二人の兄も溺愛しているからな。・・不自然なほどに」 「っ!・・」 「アイツだからこそ、オレらのことをわかってくれたのかなとも思うんだ。けどそれって・・寂しすぎるじゃん。なのに、あいつだけ独りなんて・・」 「そう・・だね」  景はそう言って唇を噛む。最初から自分にとって難しい恋だとわかっていた。10歳も年下の高校生の彼の“妹”の死の原因の一つが自分だ。彼が同級生の女の子に恋心を抱いていたことも知っていた。 ( 同性で10も年上の俺が好きになっても、普通なら受け入れない。そう思っていたけど・・)  それでも想いを告げずにはいられなかった。別に自分はゲイではなく、相手もノンケだとわかっていたけれど。 (一緒にいたいと思ったから。自分に必要な人だと。年下なのにカッコイイんだもの、優しいんだもの。すがりたく・・なった、愛してしまった) 「・・」  そんな景の様子を涼平は困ったように見ていたが、やがて思い切ったように口を開いた。 「俺は確かに今でも鈴が大好きだし、ずっと側にいたいと思って・・いた」 「!」 「けど、鈴は俺を景に任せちまったんだろ?俺が鈴にとって必要ない存在だとは思わないけど、鈴が側にいたいと思うのは哲人なんだ。俺が我儘言って も、鈴は自分を傷つけてまでオレを助けようとしてしまう。そんなの・・ダメじゃん」 「でも、哲人くんを守るためにだって鈴ちゃんは戦うんだろ?それであんなケガを・・」 「それの原因も俺だけどね」 と、涼平は頭をかく。 「ご、ごめん!でも・・」 「哲人はいろんな意味で超人だから。哲人と俺たちを同じ次元で量ることはできないんだよ。だから、鈴も肝心なことは言えないのかもしれない。少なくとも俺はそうだった。全てに決着をつけれなかったのだから、鈴を今の状態から抜け出させることは俺には無理だってのもわかってる。それでも、とは思っちゃうけどね。そして・・」  涼平は景の額に口づける。思いがけないことに景の顔がさっと赤くなる。 「な・・」 「俺は貴方も愛しているんだ。性別関係なく、ね。鈴と“アイツ”によって導かれたような恋だけど、今の俺の想いは真剣なんだ。だからその・・さっき言ったことなんだけど」 「ん?」  景以上に顔を赤く染めた涼平はおずおずと尋ねる。 「俺、貴方にプロポーズされました?」 「は?」 「や、ごめんなさい。俺、けっこう鈍感みたいで。い、いつも景は嬉しい言葉を言ってくれるんだけど、具体的なその・・いわゆるプロポーズ的な言葉をいつ言ったんだろって。や、当たり前だけど初めてだし。だいたい俺がプロポーズなんて受ける立場になるとも思ってなかったし」 「‥言ったよ。あ、俺が君の旦那さんになるってアレはノーカンにしてくれないかな」 『俺と海外に一緒に行かないか? もちろん高校を卒業してからだけど』 「期間はわからない。俺の仕事次第だし。まあ厳密には日本と海外を行ったり来たりって感じかな。涼平にはパートナーとして付いてきてほしいんだ。本当はこんなときじゃなくて、ちゃんと落ち着いた時に言いたかったんだけど」  景はふっとため息をつく。 「君の今の精神状態に付け込むようで嫌なんだけどさ。けど、君が落ち着いてくれるなら俺の気持ちをどれだけでも伝えたいとも思うの」 「海外って・・でも俺は・・」 「・・・」  涼平の困惑気な表情を見た景は一瞬目を伏せた。が、直ぐに笑顔を見せる。 「今すぐに決めてくれとは言わない。けど今日のことで自分を責めるのはもうやめてほしい。鈴ちゃんのことが想うなら尚更だよ。けれど、今日は・・というか今日から俺のマンションに住んでほしい」 「は?何で・・」 「先輩は日向の人間を殺したことになっていますからね。それが日向の意向とはいえ、そのまま日向の敷地内に住まわせるわけにはいかないというのが、あちらの考えでしてね。本当ならさっさと海外に脱出してほしいところですが、卒業まで半年も無いのに勿体ないですもんね。幸い明日から秋休みですから、今日から内田さんの部屋に避難してください」 「遠夜!おま・・って侑貴まで何で・・」  口調はいやに尊大だが表情はいつものように飄々とした感じの遠夜と、やけに厳しい表情の侑貴がそこにいた。 「あらかたの片づけが終わったんで様子見にきたんすよ。抱き合っていますけどそれ以上に進む気配がなかったんで声かけさせてもらったっす」 「なっ!や・・」  遠夜のその言葉に二人は慌てて離れる。 「ばっ・・やっ・・い、いつから・・」 「そんな羞恥プレイが希望っすか。つうか、さっさと病院に行ってくださいよ。けっこう重傷でしょ、先輩。彼氏さんの前でカッコつけても、結局は迷惑かけるんだから」  少し真面目な表情になって遠夜は涼平に言葉をつきつける。 (ったく・・ガキ共はこれだから困るんだ。未来の話より今を大事にしろっての。じゃねえと俺みたいな過去も今も未来も無い人生を送ることになるんだよ。だいたい、てめえがそんなことになったら鈴が泣くじゃねえか)  そんなことになったらマジでぶっ殺す、と思いながら遠夜は言葉を 続ける。 「鈴先輩は先に病院に行ってもらったっす。ちょうど上村さんがご自分の車でいらしてるんで乗せてってもらうっすよ。なんで、お二人とも着替えてほしいっす。いくら何でもその格好じゃ、職質コースっすからね」  そう言いながら、二人分の服を差し出す。 「や、何でそんなもん用意してあんだよ。つうか、鈴が先に病院に行ったって・・誰か付き添ってんのか?哲人?」  困惑しながらもつい涼平は手を出して服を受け取ってしまう。 「サイズ合ってんの?」 「当たり前でしょ、先輩の家から取ってきた先輩の私服なんすから。鈴先輩には生野先輩が付き添ってくれてます。ご実家には連絡しましたから、ご家族の誰かが病院に向かってるはずっすわ」 「生野?なんで・・」 と 、涼平は侑貴に視線を移す。が、彼は憮然とした表情で顔を逸らす。 「侑貴・・」 「上村さんには機材の後片付けを手伝ってもらったっすよ。哲人先輩にはさっさと家に帰ってもらったっす。あの人には・・今日は直央さんがいればいいでしょう。それ以外のモノは今の哲人先輩には毒にしかならないですから」  遠夜は肩をすくめながら答える。 「哲人が一番傷ついているんだろうが!誰のために鈴は!」 「り、涼平!そんな大きな声出したら傷に響くし、ここは学校なんだから・・」  慌てて涼平を景がたしなめる。 「だ、だって・・」 「哲人先輩が必要としているのは・・必要だと思わなければいけないのは直央さんだけです。そのために、8年前と今日があったのですから」 「っ!・ ・そんなこと・・何でオマエが・・」 と、涼平の声が震える。そんな涼平を遠夜は冷たい目で一瞥する。そして短く言い放つ。 「それが事実だからです」  いつもと違う遠夜の重く冷たい声が涼平の心にのしかかる。 「俺は・・哲人のためにならない・・と?」 「そうですね、涼平先輩は“利用された”だけですから。けど・・」  おい!と怒気を荒げた涼平に対して、遠夜は今度はニコッとしながら言った。 「貴方は特別な幸せとそしてこれからの人生を得たはずです。“それは”絶対に貴方から離れることはないものですから、快く受け入れてくださいね」 「あ、生野‥鈴は?」 「あっ、涼平!オマエも治療にきたのか?鈴はまだ傷の縫合を受けてる最中だよ。・・っと、侑貴 !」  広将が慌てて侑貴に近寄る。侑貴の疲れたような表情を見て、ごめんごめんと連呼し始めた。 「なんで広将が謝るんだよ。俺はオマエを迎えに来てついでにコイツを送ってきただけだ。救急車はダメだとか勝手なことぬかしやがるんでな。くそっ!マジでこの病院じゃVIP待遇のくせによっ!」  そう言いながら侑貴は涼平を睨みつける。 「駄目だよ、病院でそんな大声出しちゃ。それに鈴のお母さんもいるんだから」 と広将が小さく指差した先には、一人の女性がこちらの方に向かって会釈している姿があった。慌てて涼平が彼女に駆け寄る。 「鈴のお母さん!すいません、俺が鈴を守れなくて。鈴のケガの具合は・・」 「久しぶりね、涼平くん。いいのよ、貴方も怪我しているんでしょ ?早く治療を受けていらっしゃい。あ、内田さんもごめんなさいね。貴方まで巻き込んじゃって」  鈴の母親は涼平の後ろにいた景にすまなそうに声をかける。 「こちらこそ申し訳ありませんでした。大人の私が娘さんを守ることができなかったのは、痛恨の極みです。・・情けないと思っています」  景は深々と頭を下げる。 「いいの、内田さんはご自分の仕事があったのでしょう?鈴もあの子の父親も理解していることですから。ただ、くれぐれも哲人くんには余計なことは言わないでほしいと。ね、そう鈴に言われたんでしょ?生野くん」  そう言って広将の方に顔を向けた母親の問いに、広将は困惑気に応える。 「えっ、まあ・・。僕は反対したんですけど、鈴がどうしてもと」 「なん で・・だよ。いくら学校が休みに入るからって、いつまでも隠し通せるもんでもねえだろうが」 と、涼平は唇を噛みしめる。 「いいだろ、女性が好きなヤツに気を使ったって」 と、侑貴が口を挟む。そして今度は母親に話しかける。 「初めまして。自分は鈴さんと仕事上のお付き合いをさせていただいているフルールのリーダーの上村侑貴といいます。今日の文化祭には自分も参加していました。だいたいの事情も知っています。けれど、こういう状況に鈴さんを追い込んでしまいましたことは申し訳ありませんでした」 「ゆ、侑貴!?」  思いがけない侑貴の言動に他の3人は驚く。が、侑貴は意に介さない様子で言葉を続ける。 「こちらの都合もあり病院に連れてくるのが遅れたことも、本当に申し訳なく思っています。本来ならリーダーの自分が彼女を病院に搬送すべきでしたが、やむを得ない事情でこちらの生野広将に任せてしまいました。仕事のこともありますので彼も自分もこの場を辞させてもらいますが、彼女が話せる状態になったらすぐに連絡していただけますか。彼女が望めばですが、お見舞いを許していただきたいのですが」 「侑貴・・」 「ふふ、忙しいでしょうに。けど、あの子も喜ぶわ。フルールの話は私にだってよくしてくれるもの。私も何回もCD聴いたわ。アニメも毎週見てるの。だから・・嬉しいの。あの子が少しでも日向の外に触れてくれるのが。もちろん哲人んも涼平くんも、鈴にとって大切な存在ではあるのもわかってるけどね」  少し困ったような表情で鈴の母親が答える。 「哲人くんには言わないでってのは絶対に言われると思うの。それが貴方たちに悪い影響にならなければいいのだけれど」 「・・とことんまで母親なのですね。羨ましい・・かも」  そう呟いた侑貴の手を広将が握る。 「!」 「ふふ、鈴の言ったとおりね。哲人くんと直央くんも仲が良くていいわと思っていたけれど」  そう言って微笑む鈴の母親に複雑そうな表情のまま侑貴は一礼して歩き出す。広将と手を握ったままで。 「侑貴!生野!」 「涼平も、内田さんを大事にしろよ。オマエが一番欲しい愛情をくれる人だ」 「・・どういう意味だよ。俺だって景が一番好・・っ!」  去り際の侑貴の言葉の意図がわからず、涼平はつい景の手を握ってしまい、鈴の母親の視線を受けて身体を膠着させてしまう。 「や・・これは・・そのっ」 「涼平くんも素敵な恋人を捕まえたのね。私、内田さんを初めて見たとき絶対女性だと思ったの。鈴とは正反対なのに仲良くしていただいて本当に嬉しいわ」  ふふ、と鈴の母親はにこやかな表情を見せていたが、ふっとふらつく。 「危な・・っ!」  慌てて景が駆け寄る。が、涼平と手をつないだままだったため、結果として涼平が転ぶことになってしまった。 「い、いってえ!」 「ご、ごめん!傷大丈夫!?ってお母さんも大丈夫ですか!」  倒れながらもなぜか涼平が手を離さないため、景は母親の方へ行けないでいる。 「わ、私は大丈・・ぶ。恋人なら手を離しちゃダメ!」 「お、お母さん!ダメですっ てば、動かないで!涼平も手を離し・・」 「離れ・・ないんだ。オレにもよくわからないんだけ・・ど」  涼平は震える声でそう答える。転んだことで痛みも増しているし、起き上がることもできない。が、それでも繋いだ手はそのままだ。 「そんなこと言ったって・・」  涼平は無理やり片手を強くついて、ようやく起き上がる。 「・・ってえ。くそっ、傷口が開いたか」 「ちょっ、早く治療してもらわないと!・・や、お母さん大丈夫・・」  未だに手を離さない涼平と共に母親の側に行く。彼女の顔色は少し青くなっていたが、息づかいは落ち着いているようだった。 「おばさん、すいませんでした。俺は・・いつまでも自分勝手で。鈴を追い詰めてるってわかってるのに、俺は・・俺 ・・は」 「けど“見つけられた”んでしょ?自分の未来を。それも鈴が道標になった」 「っ!・・なんでそんなことを貴女が・・」 「ふふ、私はあの子の母親よ?・・少なくとも、あの子が悩み苦しんでけれど・・それでも恋をして心が満たされていることも見ているの。けど、あの子は涼平くんのことも好きだから・・。引っ張られちゃうのね」 「鈴が俺に引っ張られる?」  どういう意味かと、涼平は訝しぐ。 「鈴が“貴方のことも”好きなのは私もわかってたわ。けど、あの子は哲人くんを選んじゃうから。ふふ、ごめんなさいね。涼平くんも本当に素敵な男の子なんだけど・・“哲人くんが特別”なのは変えようのない事実」 「・・わかってます。俺だって哲人は特別な存在で。でも・ ・」  涼平は唇を噛みしめる。そんな彼に鈴の母親は微笑む。少しの後悔を胸に秘めながら。 「哲人くんには何も知らせないけど、涼平くんには知られても仕方ない。鈴はそう言ってた。・・ソレをどう取るかは涼平君の勝手。けどね」 と、鈴の母親は涼平の顔を真っ直ぐに見据える。が、その瞳は明らかに濡れていた。 「!」 「貴方が鈴を想えば思うほど、鈴は貴方を自分から遠ざけようとして・・自分を傷つけるの。貴方たちの想いもわかってるけど、それは親にとってはやはり辛いものだわ。子供の身体が傷つくのを黙ってみていられる親はいないし、貴方のご両親を・・それこそ幼少のころから知っているんだもの。お互いのためにならない恋愛なんてしない方がいい。そう思っちゃうのよ、 親だから」 「どうし・・っ。俺の想いも、家族のことすら俺自身より周りの人の方が詳しいだなんて。哲人も、こんな思いしてたのか?3年前、俺がアイツを殺そうとした時から」  ふざけすぎてる。そう涼平は思った。 「・・鈴もそうなんですか。や、深くは聞きません。俺も哲人も鈴の幸せを心から願っていますから。ただ・・俺は見ちゃったから。3年前の貴女とおじさんの・・泣く姿を」  その光景が脳裏に焼き付いているから、この3年間の間に沸き上がった疑惑を消せる術を与えられなかったから。 「彼女を一人にはできない、ってそう思ってました。けど、俺の想いは鈴を“巻き込むんですね。”傷つけたくは無い・・のに・・な」  そう言いながら涼平は天を仰ぐ。 「3年の間に強まる想いも、宿る想いも・・あるんです。けど鈴のことは大好きで・・大好きで。本当なら俺は許されるはずも無かったのに、貴方たちは俺を必死で庇った。鈴の哲人への想いも・・」  鈴の気持ちをないがしろにしてるようには思えなかった。 「それでも鈴の側にはいたかった。アイツは計算してるようで、ムチャばかりするから。今日だって・・」 「悪かっ・・たね、ムチャして涼平を傷つけて。ボクとしては臨機応変に動いたつもりだったんだけど?この傷は・・必要なものだったんだ。いろんな意味で」  突然、弱々しい女性の声が聞こえた。 「鈴!だいじょ・・ぶ・・・なのか?」  とっさに動けない二人を置いて、鈴の母親が直ぐに娘の元へ駆け寄る。 「ごめん、ま たお母さんを泣かせちゃった。もうちょっとうまくやれると思ったんだけどな」  そう言って小さく笑う娘の頭を母は優しく撫でる。 「いい・・のよ。ちゃんとこうやって話せているんだもの。けど、大変だったね。よく頑張った。お母さんの方こそごめんね、貴女にばかり負担かけさせて。それに・・涼平くんを説得できそうにないの。鈴は本当に愛されてるのね」  母親はそう言って涼平たちの方へ振り向く。 「なっ!い、今はそんなこと言ってる場合じゃ。つうか鈴、意識あんのか?麻酔されているんじゃ・・」 「部分麻酔だもの。そうそう寝てられないよ、涼平が我儘言うから」 「は?」  何言ってんだと、思わず景と繋いでいた手を離して、涼平は鈴の元へ駆け寄る。 「俺はお前が心配で 。そりゃ今回も守れなかったけど」 「涼平は優しい人だから、非情になれなかったのは計算済みだった」 と、鈴は手を伸ばして涼平の頭を撫でる。涼平は顔を赤くして思わず後ずさる。 「な、なに・・を」 「ボクの方が誕生日先なんだから、お姉ちゃんだもん。涼平に守られたいなんて思ったことはないよ。それに・・」 と、鈴は顔を動かす。 「っ!」 「内田さんもごめんね。ボクたちの我儘に付き合わせて・・ほんと。ねえ、涼平。ボクは君に必要なモノはあげられないんだよ。どうしたって哲人の近くにいたいんだもの。けど、内田さんは違う。ずっと涼平だけを想って涼平の横にいてくれる人だよ」  そう言って鈴は大きく息をつく。が、直ぐに笑顔になる。 「涼平はね、内田さんと家族になればいいの。そのボクの考え、間違ってるとは思わないよ。だって涼平は添い遂げたいんでしょ?離れちゃダメ」 「鈴・・っ!」  涼平は腕を押さえてうずくまる。 「涼平!ああ・・ごめん!俺がちゃんと支えてなかったから・・。ごめん、涼平・・ごめん」  景は自分でも思いがけないほどに動揺していた。 「大丈夫?・・じゃないよね?返り血だけじゃなかったろ、あの大量の血は。わかってたのに・・直ぐに病院に連れてなくてごめん。自分のことばっか話して・・プロポーズなんかしてる場合じゃなかったのにっ」 「プロポーズ?」  鈴は怪訝な表情になる。そして呟く。「今さら?」 「は?」 「へ?」 「・・驚くのはこっちなんだけど」 と、鈴は呆れたように 笑う。 「だってもうずいぶん以前から、ずっとこの先も一緒にいるからって言ってたんでしょうが。ボクも哲人も、いっちゃんも侑貴もみんなその方向で動いてたわけだし」 「や、そうだけど・・」 と、涼平と景が同時に顔を赤くする。 「でも、海外移住ってなりゃそれなりの覚悟というかケジメも必要だと」 「移住って・・仕事と目的を果たせば帰ってこれるんだから。どっちにしたって、涼平は今までと違う環境にならざるを得ないんだから。つうか、流石にボクも身体がキツイし、涼平もさっさと治療受けてきなよ」 「っ!」 『・・とことんまで母親なのですね。羨ましい・・かも』 「どうして鈴のお母さんにあんなこと言ったんだ?侑貴」  難しい表情でハンドルを握る侑貴を横目で見ながら、広将は疑問を彼にぶつける。 「羨ましいと思うのはわかる。それが一番の本音なのも。けれど・・」 「普通の家庭にいるオマエには理解できねえよ!・・って、前の俺なら言ってたかもな」 と言いながら、侑貴は髪をかきあげる。 「!」  その何気ない侑貴の仕草に自分が赤面してしまったことに広将は気づく。相手が本気で不機嫌なことも気づいているけれど。 「んだよ」 「いや。オマエってやっぱ・・イケメンだなって」 「はあ!?」  照れてはいるが本気で広将がそう言っていることに気づき、今度は侑貴が顔を真っ赤にする。 「っ!な・・んなこと・・い、今言うなっ!・・やっ!」 「おい!信号赤!」  キキーーッ!とブレーキ音が響く。「うわっ!」と叫んで広将は身体を前後に揺らす。 「ちょっ、危ないって!今事故なんか起こしたらマズイだろ。各方面に迷惑がかかる・・や、事故はいつでも起こしちゃダメだけど。大丈夫?」 「・・はあはあ。ああもう!」  突然そう叫んで、侑貴はハンドルに両の手を叩きつける。 「ゆ、侑貴!?ごめん、運転中のお前に変な事言って悪かった・・」 「もう黙れって。っとにもう・・」  息をつきながら、侑貴は今度は慎重にアクセルペダルを踏みこむ。 「・・悪いのは俺の方なんだ。せっかくお前と二人きりのドライブなのに、俺がこういう態度だからお前が心配すんのわかる。大丈夫だったか?」 「う、うん。シートベルトの重要性を再認識はした。や、俺が自分の言動も気を付けなければいけないってことも、な」 と、広将は努めて明るい声音で軽い調子で答える。 「俺も18になったから冬休みには運転免許取りにいくかなあ。親が軽自動車くらいなら買ってやるって言ってくれてるから」 「はあ?んな余裕ないだろうが。大学受験あんだし・・。そりゃ合宿免許って手もあっけど、その間会えなくなるの嫌だし、他の誰かとお前が一緒に過ごすっての・・耐えられられない・・から」  慎重に運転しつつ、侑貴は本音を吐露する。 「お前なら推薦で大学行けるんだろうけどさ。成績は校内でも上位だし、生徒会役員なんだから。でも・・」 「大学はいかないよ。やっと本当に好きな人と本当にやりたかったことを出来るのに、必要のない大学生活送る必要ないだろ。言ったろ?」 『早く稼げるようになれば、早く一緒に暮らせるだろ?そのためには今頑張って実績作っとかないとさ。だから、なるべく仕事は 断らないようにしてるわけ』 「本気?お前の親は納得してるの?前にも言ったけど、上位大学進学とそれなりの企業への就職のためにお前の親は今の学校に進学させたはずだぜ?なのに・・」  普通なら勉学の妨げになるような芸能活動なんてさせるはずがない。広将の通う高校はT大進学率もかなり高い。生徒会長の日向哲人は常に全国3位以内を維持しているという。 「曲作りと勉強の両方を両立させられるはずが無いんだ、本当なら。ましてや俺の相手なんて。なのに、お前はこうやって誰にでも気を遣って・・俺は自分が情けなすぎなんだよ。お前のこと好きで、幸せにしなきゃいけないのに。俺の方が年上なのにっ」  侑貴はそう言って唇を噛みしめる。8年前からの恋心をようやく実らせたの に、自分は相手に嫌なところばかり見せてばかりだと。 「侑貴は鈴のこともちゃんと考えてくれてるんだろ?涼平のことも。俺の大事な仲間だもの・・哲人もね。いろんなことが絡まった出会い・・だったとしても今は皆仲間なんだ、大事な。それを一番愛してる人と共有できるのって幸せだと思わない?」 「っ!」  不意に涙が出てきた。自分でも思いがけない出来事。慌てて袖で眼を拭おうとして、ハンドルさばきが怪しくなる。 「っと・・」 「大丈夫?また変なこと言っちゃった、俺?」  心配げに自分の顔を覗き込もうとした恋人の頭を、侑貴は左手で優しく撫でる。 「違うよ」 「っ・・侑貴?」 「変なのは俺。初恋の相手に愛されてんのに、変に抉らせてる最低なオトコは俺。・・救われてんのに被害者づらしてんのは俺」 「!」  全てが鈴のシナリオなのだろうと思っている。 (2年前に自分たちと広将があの高校に入学した時点で、今日のこの状況もアイツの計画通りだったのかもな。哲人のためなのか、それとも・・・) 「・・初恋の相手?」  広将が戸惑いながらも赤面したままで聞いてくる。 「・・こうなったらわかるだろうがよ。俺の初恋は・・っていうか先に告ってきたのは広将の方だぞ、8年前も。ま、お前としたら友達を手に入れようとしたくらいの感覚だったんだろうけど・・っ!」  突然、広将が侑貴の服の裾を掴んだ。「何・・を」 「ほ、本当は抱きつきたいんだけど運転中だからっ。だって、8年前は・・・答えを聞けてなかったもの。侑貴は曖昧に笑って。だから俺は・・自分に自信を持てなくなってた!」 「へっ?」  広将のその答えに侑貴は戸惑う。 「お前・・8年前の記憶があんの?だって・・」 『生まれて初めて言うんだけど・・好きに・・・なったんだ。オマエの保護者に、よろしくと頼まれたんだから、オレがその役目を引き受けてもいいだろ?その・・恋人として』 「そう言ってたじゃん。だから8年前のことは無しなんだと思って・・」 「ごめん、あのね・・」 『大丈夫だよ、ボクがキミを守るから。こういうのヒーローっていうんだって。お母さんがヒーローはカッコイイって言ってたもの。言われたいんだよ、男の子だからボクは。ユーキを最初は女の子だって思ってごめんね。だって可愛いなって思っちゃったの。でも男の子でも弱い子はいるって、泣いてる子は助けてあげなきゃいけないよってオジサンが言ったの。・・知らないオジサンだけどね』 「それが侑貴に言った言葉だなんて、正直覚えていなかった。でも側にいて、多分俺の感情は8年前と同じになったんだと思う。ほっとけなかった・・というか側にいて侑貴を支える立場にならなきゃ後悔するって思ったんだ」  そう言って、広将はホッとしたようにシートの背もたれにドサッと身体を預ける。 「8年前の俺が侑貴と会ってたなんて、最初は信じられなかった。俺は今の侑貴に恋した・・はずなのに、侑貴は昔の俺に執着してるんじゃないかって、不安に思ってた」  広将はそう言って、苦笑する 「哲人に魅かれ 、哲人を受け入れる人間は普通じゃない。昔、鈴にそう言われた。哲人を好きになる人なんて、あの学校でもいっぱいいる。けど、深くまで入り込ませてもらえるのはそうそういない。非日常のことだけど、生死の関わることだけど・・俺はけっこう楽しいんだ。鈴はわかっていたのかもな、俺のこういう側面を」  鈴はたぶん認めないだろうけどと、広将は薄く笑う。 「侑貴と同じ大学・・ってのも考えたことはある。直央さんもいるんだから多分哲人も・・亘祐もあそこに進学するかもな。亘祐の彼氏さんも在学してるっていうから。けど、侑貴は1年で卒業しちゃう。取り残された気分になるのは嫌だ」 「哲人たちも一緒なのに?亘祐って、文化祭で司会やってた“誠実そうな”アイツだろ?」    つい、亘祐と遠夜を比べてしまう。 「俺がいなくてもアイツらとなら大学生活楽しめると思うけど?まさか構内で恋人いちゃつくってことはしないだろうし。経験はしとくもんだぜ?大学生ってのをさ」 「侑貴みたいな遊び人にそう言われてもな」 と広将は苦笑する。 「っ!な、何を・・。俺は比較的真面目に講義には出ているんだ。再来年にはちゃんと卒業したいからな」 「俺と付き合い始めてからだろ、そうなったのは。他の二人から聞いてるんだぞ、ちゃんと」  侑貴と広将のバンド「フルール」には二人の他に、侑貴と同じ大学に在学するドラムとキーボード担当のメンバーがいる。 「二人とも喜んでたけどな。オマエの恋愛トラブルには随分悩まされてたらしいから」 「・・なんで そんなこと広将に言うんだよ、あいつら」  俺の立場が無いだろ、と侑貴は深くため息をつく。 「わかっててオマエのこと好きになったんだから、別にいいじゃん。お互いに初恋の相手なんだし、今はお互いしか見てないし」 「っ!だから、何で広将は照れもせずにそういうセリフを・・」 「結構恥ずかしいと思いながら言ってるよ。ただ、本気の言葉しかオマエに聞かせたくないんだ」  そう言いながら、広将は今度は真剣な表情になる。 「鈴だって、それこそ生まれたときからずっと哲人の側にいて、それでも哲人は鈴じゃなく直央さんを選んだ。鈴の想いにも気づいていたのに。鈴のことも好きだったのに」 「・・」 「涼平だってあんなに鈴のことを想って。けれど鈴は涼平と内田さんを出会わせた。いろいろな事情と思惑からだろうけど、鈴は寂しそうだった。それでも鈴自身が選んだ・・けれど俺は嫌だ。俺は存外我儘なんだよ、8年かけた想いを消す気はないんだ」 「広将・・」 「後悔するくらいなら、学歴なんか必要ない。どんな経験より俺は侑貴と一緒にいることを選ぶ。誰にも遠慮しないし、邪魔もさせない。侑貴と家族になって一緒に仕事したいんだ、早く」  そう言うと、広将はそっと侑貴の裾を掴んだ。 「広将!や・・嬉しいけど危ないって。嬉しいけど、さ」 「ごめん。後・・黒木くんに何か言われた?」 「!・・脅された」  そう広将は正直に答えた。あの動画の存在は黙っているつもりだったのに、と心の中で苦笑する。 「脅された!・・って、彼が本当に?なんで・・」  流石に広将も焦りの表情と声になる。 「亮のことがあるからな。結局アイツは死ななかった。日向にいいようにされる人生だろうけど、これからは。そして俺は・・アイツの関係者だと認定されている。家族でもあり、愛人でもあったわけだしな。一方的ではあったが失踪後も連絡はあった。それを日向に黙っていたわけだから、向こうが警戒するのも無理はない」 「侑貴!・・ダメだよ、そんなこと言っちゃ・・黒木くんなのか?彼がそんなことを?」  まさかという思いで広将は侑貴に聞く。 「確かに彼は日向の一族ではあるけど・・でも・・」 「アイツは俺と亮の情事を撮った動画を所持している。流石に誰かに・・特に広将には見られたくはないものだし、だから俺も下手なことはできない。つまりは、俺も日向に弱みは握られているんだ」 「う・・そ」 「普通の親なら、息子とこんな・・それも男との交際なんて許さねえよ。少なくとも俺なら、な。涼平は日向を追われ、俺を庇えるのは鈴だけだ。けれど、アイツは無茶ばかりする。男の恰好はしていても、黙ってりゃイイ女なのにな」 「鈴が元気になったら言ってやりなよ。素直には聞かないと思うけど」  ふふ、と広将は微笑む。その様子を横目で見て侑貴は怪訝な表情になる。 「ちゃんと理解しているのか?俺の言ったこと。俺は・・・」 「恋人だろ、俺の。永遠のパートナーだ。過去がどうだったとしても、それがどうオマエに纏わりつこうと俺のオマエへの愛情はそれを上回る。本気の言葉しか俺は言わない。不安に思うなら、今俺が口に出した言葉に縋れよ。帰ったら抱きしめるから」 「やあ・・あっ!・・り、琉翔・・さん」 「なんだい?気持ちイイなら、正直に声をあげていいんだよ?今夜はもう来客予定はない“はず”だからね」 「くっ!・・」  鈴たちの通う高校の英語教師日向勝也は同じ高校の理事長高木琉翔と全裸で抱き合っていた。 「っ!・・ひ・・あっ。・・咲奈が不審顔だったのは・・くっ・・貴方もわかったで・・しょ。『二人で文化祭の打ち上げしてた』なんて言い訳・・聡い彼女には通じないこともわかっていて・・あんな態度・・」  同じ日向の一族で、琉翔の担当編集者である日向咲奈の前でも、琉翔は半ば恋人然とした態度をうっすらとではあったが見せていた。 「咲奈は私のことをよーく知っているからね。なじられるのは慣れているよ、はは」 「可哀想に・・彼女は日向に生まれるべきじゃなかったんだ。美人で有能なのに・・」 「・・・」  そう呟いた勝也の胸の頂を、琉翔は強く噛んだ。 「痛っ!」 「いくら幼馴染だからって、私に抱かれている時に、別の人間を褒めるというのはヒドイんじゃないか」 「!・・」  本気で琉翔はいらだっているようだ、と勝也は驚く。思わず琉翔の首に回していた自分の腕に力を込める。 「あっあっ・・やあっ、深く・・なっ」 「そう、それでいい。君は私に縋っていればいいんだよ。君を理解しているのは、 誰よりもこの私だ。だから・・君が寂しそうにしていた16歳のあの時・・」 「えっ?」 「いや、何でもない。‥君は今はただ気持ちイイと感じていればそれでいい。私を・・恨めばいい。嫌いな男に抱かれても、こんなよがり声をあげて自分から求めていくような身体にした私を」 「そ・・んな。あっ、いやぁ・・んん・・そ、そこ!だ・・いい!」  本当に憎んでいるのに・・と琉翔の攻めに歓喜の声を上げながらも、改めて不思議な気持ちになる。魅かれている他の男性もいるのに、と。 「10年も前から私は君を抱いているんだ。一度だけの関係の高校生に負けたなんて思いたくはないよ。いくら君たちが両想いでもね」 「っ!・・どうし・・て」  勤務先の生徒である一宮奏のことを、琉翔はどこまで知っているのだろうと訝しぐ。 「ま、私と君が抱き合っているところを目の当たりにしたんだ。ショックを受けてはいるだろうが、それを癒してくれる相手も彼にはいるようだからね。・・うちの学校の風紀は乱れる一方だ。哲人の改革もちょっと行き過ぎだね」  困った困ったと笑いながら、琉翔は腰を使い続ける。 「や・・あっ!どうし‥貴方はそんなヒドイことを・・。っ・・いいっ!も・・っと」 「いいよ、君の感じることは何でもしてあげるよ。正直、高校生には負けたくないと思う。そう・・負けたくないんだ。どうしたって・・」  自分は真面目に恋愛するつもりはないのだから、と心の中で苦笑する。 (ま、せいぜい面白がってやるさ。勝也も哲人も、私を楽しませてくれればいい。真実を知れば多分・・私を殺したくなるだろうから) 「そんなに締め付けないでほしいな、いくら君の好きな相手のことを話題にしたからって。別に君が恋をすることはやぶさかじゃない。少なくとも哲人に執着されるよりはマシだからな。けど、よりによって生徒に手を出すとはね。しかも、哲人に恋していた彼にね。いくら哲人が大事だからって、私でもそこまではしないよ?」 「くっ!・・っ・・あっ!やあ・・そこはダメ・・っ!」 (どうしてそこまで・・まさか遠夜・・か。くそっ・・)  黒木遠夜の正体を全てでは無いにしろ、勝也も知っている。 「だから・・俺をあそこの教師に・・した。そこまで俺を・・」 「・・かもしれないな、私は勝手な男だから。直央のことが無ければ君をアメリカに追いやる気も無かったんだよ、実は。まあ、そうでもしなければ君を守りきることもできなかった」 「っ!貴方あって人は本当に・・・やっ!・・ああっ!」  琉翔は執拗に勝也の上半身を舐めまくる。が、“あの時のように”強く吸うことはしない。いつもより優しい感じな気もする。 「琉翔・・さん?どうし・・」  感じながらも戸惑う相手の表情を見た琉翔は少し困ったような顔になる。そしてキスを求めてきた。 「?・・っ・・んん」 「今日は・・流石に私も疲れたんだよ」  唇を離して琉翔はそう呟く。それは勝也に聞かせるためというより、つい気持ちを吐露してしまったという感じだと勝也は思った。 「けれど、イジワルはさせてもらうよ」  そう言って琉翔は勝也の中に挿れていた自分のソレを引き抜く。 「やっ!・・いやあ・・な・・んで」  急に自分の中が寂しくなり、勝也は切なげな声を上げる。 「中は玩具を貸してあげるよ。職業柄、いろんなモノがこの家にはあるからね。ま、それじゃ流石に悪いんで・・」  勝也の性器はまだその形を雄々しく保っていた。それを掴んで琉翔はその先端に口づける。 「ひゃあっ・・ん」 「気持ちイイんだろ?・・もう10年も私は君とつきあっているのだから・・そうでなくちゃ・・困る」 「っ!琉翔さん・・・貴方は何を考えて・・思って・・・俺を」  いつもと明らかに違う琉翔の様子を訝しぐ勝也の唇にもう一度己のソレを押し付けてから、琉翔は相手の性器を咥えこむ。 「あっ・・ああん。あ・・・ああ、あああっ・・ん」  琉翔は勝也のソレを唾液を絡めながらしゃぶり続ける。その下の双玉を揉みしだきながら、残った片手で胸の頂を撫でまわす。 「あっ・・・やあっ、そん・・な・・・っ」  せめて双丘の狭間を触ってほしいと、自分の下半身を動かそうともするが、その思いを消させるかのように琉翔は巧みに舌を使い続ける。 「やっ・・い・・イクっ!」 「くそっ、な・・んで・・俺は好きな人がいるのに他の男を・・」  ベッドに横たわりながら一宮奏は何回目かの同じ言葉を口にする。手にした携帯をいじりながら、身体をごろんごろんとさせている。 「わかってる。理由はどうあれ、俺は自分の意思で睦月の中に自分を挿れたんだ。俺が、裏切った」 『勝ち負けの問題じゃありません。オレが貴方を救いたいだけです。貴方に寂しい顔をしてほしくないだけ。けど、今のままじゃ貴方は・・オレはそれが嫌なんです。貴方が好きだから!・・っ』 「勝也さんにそう言ったのに、あの人は今頃・・。もし、屋上で俺に気づいていたらもう勝也さんは俺と目を合わせてえないかも」  その前に、他の男と抱き合っていたのは向こうだけどもとも思うけど。 「睦月にも悪いんだよな。あんなに俺のことを好きだって言ってくれて・・俺もあいつを抱いたのに・・なのにどうしても勝也さんのことばかり考えちゃうんだ。俺ってサイテー・・」   『オレとキスしてても、想うのは日向先生なのか?』 『!』 『オレがオマエを抱きしめているのに、オマエはそんな寂しそうな顔になるんだね。オレじゃダメなんだね。どうしても オレは日向先生には勝てない?オレは奏以外の人とはキスなんてしないのに』 『そんなこと・・ない。オレだって好きな人としか・・!』 「でも、俺は睦月とキスもそれ以上のこともした。好きなの?俺は睦月のことが好きなの?や、好き・・ではあるんだろうな。でも恋なのかはわからない。・・わかりたく・・ない」 『代わりじゃなく、本気でオレに恋してほしいから、無理やりオレに付き合わせるようなことはしない。オレの存在が、オマエの後悔の一因になるんじゃ意味ないからな。日向先生に勝ちたいんじゃなくて、オマエが素直にオレを好きになってほしいんだよ』 「いい加減な気持ちで睦月と向き合いたくない・・けど、でも愛してるのはどうしたって勝也さんなんだもの。なのにあの人は他の人とキスして、俺は睦月とセックスして・・ダメじゃん、俺の気持ちと行動メチャクチャじゃん」  今日何度目かの落涙に気づく。 「泣くくらいなら・・想いを貫いた方がいいの?諦めた方が・・いいの?」  そう言いながら奏は携帯のアドレス帳を眺める。自分が聞いたわけじゃないのに、相手から教えられたアドレス。なのに一方通行の言葉しか送れない。 「知りたいよ、勝也さんの本当の気持ち・・知りたいよ」      トゥルルル    思わず奏は携帯を落としてしまう。 「嘘・・っ」  2回のコールの痕、奏の携帯は沈黙する。ベッドの下に落ちたそれを、彼は恐る恐る拾って画面を見る。 「勝也さん!な・・んで」  けれど彼は画面をタップする。ずっと待っていたものだから。はたして、ワンコールで相手は電話に出た。 「勝也さん!何で!」  つい先ほどのセリフを繰り返してしまう。 (違う!言いたいのは・・俺の気持ち。好きって気持ち) 「迷惑じゃなかったんですか?随分遅い時間ですし、今日は君も疲れているはずです。哲人の模擬店の手伝いをしていたのでしょう?その・・三上くんと共に」 「あ・・や・・」  勝也が言ったその事実は本当に事実なのだが、睦月の名前は勝也には言ってほしくなかった・・と奏は思った。“その後のこと”も勝也は知っているのではないかと、穿った考えを頭に浮かべて。 「三上は・・その・・」 「君は4月のレクリエーションで哲人たちと揉めて以来、少し他の生徒から距離を置かれていたと聞く。担任の先生も君が三上くんと最近仲良くしているので安心してい・・」 「どうしてそんなに教師を貫こうとするんです!俺と貴方は!」  思わず叫んでしまう。寂しいと思ってしまったから。結局は教師と生徒という関係を捨て去って愛しあったはずのあの夜を思い出してほしくて、奏は必死に訴える。 「三上は確かに俺に好意を持ってくれてます。けど、俺の貴方への想いもアイツは知っている。俺は、どうしたって貴方が好きなんだ。会いたい・・貴方に今すぐ会いたい。今日だってその思いで貴方を学校中探して、そして・・」  そこで、言える言葉を無くす。思い出したくないから。屋上で見た光景を。 「私が君に好意を持ってもらうに価しない人間だと、今日わかったはずです。同時に、君に真の愛情をくれるのが誰なのかも。それがとても近くにいてくれる人だということも。そちらを大事になさい」 「けど俺は!・・俺は貴方を愛しているんです。貴方は・・・貴方を抱きしめたその相手を本当に愛しているんですか?最低だと言ったその相手を」 『このキスマークもわざと目立つとこにつけたんだよ。そして電車に乗れってね。変態だろ?けれど、オレは彼には逆らえない。逆らう気も・・ない。セックスに関しては、だけどさ』 「セックスだけで生きていくわけじゃないんでしょう。本当の愛情を求めているんでしょう?だから・・俺に電話してきたんでしょう?会いたいんです、俺は貴方を抱きしめたい・・」 「抱きしめてどうするんです?私は君じゃない別の相手を選んだんだ、今日は。そして君も、ね」 「っ!」 「‥好き、ですよ」 「へっ?」  思いがけない言葉に、また携帯を落としそうになる。 「今なんて・・」 「好きだと言ったんです。今夜はいろいろあって私も混乱している。・・そのせいだ、私が君に電話したのは。好きと言ったのもそのため。そう思ってほしい・・勝手だとは・・思う・・・・けど」 「勝也さん・・泣いてるの?何があったの?今どこにいるの?」 「っ!ちが・・や、業務の電話です。遅い時間に騒がせて申し訳ありません、では」 「か、勝也さん!誰と話し・・っ」  無言になった携帯を手に、奏は呆然と布団の上で座り込む。 「・・やっぱ誰かと一緒なんだ、こんな時間まで。嘘までつかなきゃいけない相手と・・。なのに何で、俺のこと好きだって」  またもや涙が溢れてくる。「俺を受け入れてくれないのに、何で好きだなんて言うんだよ。俺は、愛してるって言ったん・・だぞ。真剣に告白したんだ、なのに」  頭の中が混乱してくる。 「睦月のことも知っていて、何で・・」  そして気づく。再びの着信音に。 「勝也さん!?・・っ」  戸惑いながらもディスプレイに表示されたその名前に、自分が少しホッとしていることにも気づく。(な・・んで) 「もし・・もし。どうしたの・・こんな時間に」 「奏、泣いてるのか!?何があった?一人か?大丈夫か!」 「睦月・・ごめん、ホントごめん」  どう答えていいかわからずに、そして何故か謝ってしまう。相手も一瞬あっけにとられたようだが、すぐに真剣な声で問いかけてくる。 「大丈夫か?実はオマエの家の近くまで来ているんだ、今から行ってもいいか?」 「は?オマエの家から随分離れて・・。や、別に構わないけど」 「よかった、一分ほどで着くから」  正確には20秒ほどで、奏が住まう離れのインターフォンが鳴った。 「早っ。オマエ、なんで・・」 「馬鹿ッ!心配させんなよぉ。や、何かあるんならいつでも俺に頼ってくれればいいんだけども」 「!」  部屋に入ってくるなり、三上睦月は奏を抱きしめる。 「っ!睦月、苦しいって。こんな時間に何で・・」 「何でって、オマエが泣くからだろ。言ったじゃん」 『奏が日向先生から逃げるのではなく、ちゃんと気持ちを固めてオレのことを好きになってくれるようにオレは努力するつもりだから。だから、オレは傷つかない。それより、オマエが泣く方が嫌なんだ』 『オレは奏から逃げないから。だから奏の気持ちはわかる。寄り添ってるから・・たとえ片想いでも』 「あ・・」 「日向先生に何か言われたのか?」  奏の髪を撫でながら、睦月は優しい声音で聞く。 「さっき・・電話があったんだ、勝也さんから」 「えっ!」 「好きだって言われた」 「!・・よかった・・じゃん」  顔色を変えながらも、睦月はそう言った。 「なら、なんでそんな悲しい顔して泣くのさ。ちゃんと両想いだって確認できたじゃ・・」 「オマエを大事にしろって言われた。オマエが俺に真の愛情をくれるはずだって」 「は?どういう・・」  わからない、と奏は頭を振る。 「勝也さんはたぶん屋上で一緒にいた相手の家にいる。電話で声がちょっと聞こえた。・・あの人も泣いてた」 「っ!だからって・・」  何でオマエまで泣くことにならなきゃいけないんだと、睦月は憤る。 「オマエの気持ちわかってて・・なのに混乱させるようなことばかり。あげくに泣かせて・・俺、あの人が許せないよ」 「ばっ!相手は教師だぞ、うちの」 「それでも、対等な立場でするもんだろ、恋愛は」 「!」  真剣な表情で睦月は奏を見つめる、そして口づけてくる。 「っ!・・ん」 「これ以上のことは今夜はもうしないよ。でも、オマエの側にいたい。オマエが一人でいて泣いてるの、耐えられない」 「睦月!」 「俺ね、本気でオマエのこと愛してる。オマエが日向先生に心を残しながらも、それでも今日は俺を受け入れてくれた。相手もそれをわかっていて、けれどオマエを泣かせるんなら俺は闘うよ。や、オマエが安心できればいいってだけなんだけどね」  複雑そうな表情ではあるが、睦月はそう言い切った。 「馬鹿・・俺は」  結局、睦月も傷つけるだけじゃないのかと言いかけて、再び唇を塞がれる。 「甘えていいから。泣きたかったら泣いてもいいけど、とにかく俺に縋ってくれていいから」 「睦月・・ごめ・・ん」  そう言って奏は目を瞑る。すぐに寝息が聞こえてくる。 「日向先生もこの寝顔を見たはずなのに、何で放っておけるんだ。あんなに俺に敵意を向けるほどに、コイツを想っているくせに」 「俺は・・それでも奏を幸せにしたいだけなんだ」   「一宮・・・ごめん。俺はどうすれば・・いい?」      To Be Continued

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