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第41話

『なってもいいよ。や、もちろんちゃんと卒業したいし、でも進学はしない。鈴に相談したら、留学って手もあるって言われた。内田さんが来年の3月からアメリカにいくことになっているのは知ってるよね。それにくっついていけば?って。もちろん大学になんかいかないけどさ』 『だから、さ。うちの親にちゃんと説明したいんだ。今作ってる曲は説得の大きな材料になる』 『で、侑貴は俺の親に挨拶してほしいわけ』 「・・マジかよ。広将のやつ、何考えてんだよ。そんなの世間にも家族にも通じるわけねえだろうが。つうか・・曲のこととはともかく、いやそれが今は重要なんだけど。・・挨拶って!挨拶って!」  上村侑貴は自室で頭を抱える。 「や、確かに広将の言うことも一理あるんだ」  侑貴は今放送中のアニメのエンディング歌唱を担当するバンド「フルール」のリーダーでギタリスト。その恋人でベース担当の生野広将いくのひろまさとのツインボーカルを売りに、現在絶賛売り出し中のアーティストな大学生だ。ちなみにもともと同じ大学の仲間で結成したバンドだったが、訳あって一人だけ高校生の広将が去年加入している。 「俺と他の二人は今大学3年生だから、来年広将が同じ大学に入っても一緒に通えるのは1年だけだし、残りの3年間はあいつはボッチに・・や、他の知り合いはいるわけだし完全に独りきりってわけじゃないけど」  侑貴の通う大学の1年生に、財前直央ざいぜんなおひろという少年がいる。彼には日向哲人という恋人がいるのだが、哲人と広将は同じ高校に通う同級生で加えていうなら生徒会長と書記という間柄。  もちろんお互いに面識はあるし、そうそう遠慮するような付き合いでもない。が、やはり優先するのは自分のパートナー。 「広将はコミュ障ってわけじゃないけど、だからこそ・・俺が不安で!ダメじゃん!アイツがそれじゃ不安マシマシになっちゃうじゃん!俺の方が年上なんだから、俺がしっかりしてなきゃ・・。でも、俺と相談無しに留学の話を進めてたってことだよな」  どんどん自分が落ち込んでいく気配に、侑貴は頭を横に振る。 「駄目だって!こんなんじゃ・・。広将はちゃんと俺との将来を考えて・・くれてる・・はず」  なら、なんで自分じゃなく鈴に先に相談したのか。 「ぶっちゃけ、お互いの学校関係以外はずっと一緒に行動してたよ、な?」  もしかしたら自分の都合のいいように記憶を改変しているのかもしれないと、慌ててスケジュール帳を開く。 「って、これ書いてるのは最近は広将だっけ。マネージャーというか、世話焼き女房?」  メジャーデビューして以来バンドのマネージャー業務を兼任していた内田景うちだけいが関連他社に異動してからは、スケジュール管理はだんだんと広将が務めるようになっていった。 「別に誰もアイツに押し付けたわけじゃねえんだ。ただプロデューサーとかクライアント受けが異常にいいから、広将は。向こうも広将に話を通すってことが多くなって・・。高校生に何を負担強いてんだよ、大人が。・・や、俺も大人か。21歳だもんな、もう」  中学に入ってすぐに家族を亡くした侑貴は、母親の妹とその内縁の夫である高瀬亮たかせあきらに引き取られた。が、一家心中(を装った殺人事件)で一人だけ生き残った侑貴を叔母は恨んで何かと虐めた。その内に精神を病むまでになってしまった叔母が自殺未遂までしてしまったためやむなく叔母夫婦は別れて、他の親戚も引き取らなかった侑貴は血の繋がりの無い高瀬と暮らすことになった。というのは表向きの理由で、実際は最初に引き取られた当初から、侑貴は高瀬と性的な関係を持たされていた。 「叔母さんも気づいてたみたいだけどな、高瀬が無理やり俺と関係を持ったってことは。けど、認めたくはなかったってことか。自分の愛した男が中学生の甥を抱くために引き取ることを自分から提案したとか。そんな男だとは思ってなかっただろうし。都内で家一軒が買えるほどの手切れ金て言ってたっけな。俺にそこまでの価値は無いと思うんだけどな・・」  自分で言ったことなのに、やはり気分は落ち込んでしまう。 「まいっ・・たな。広将のおかげでいろいろ振り切れたつもりでいたのに、やっぱ俺・・ダメすぎる。こんなんで広将の家族に会ってもいいものなのか?」  今まで何人もの男性と付き合ってきた。少数ではあるが女性との経験もある。が、2.3回会うと、大抵は向こうから離れていった。それが寂しいと思ったこともあったが、正直楽だとも感じていた。 「どうせ、高瀬が俺を離すはずもない・・って思ってた。うぬぼれてたわけじゃない。ただ・・諦めていたんだ。ていうか、本気で好きになったら危ないってのもわかってた。実際、アイツは殺されたしな 」  広将の前のベース担当の顔を思い出す。もともとバンド結成を侑貴に持ち掛けたのは大学の同級生の彼だった。「実は入学式で一目ぼれして・・」と彼が恋心を告白してきたのは、ライブを何回かやって人気も出始めた頃。 「何もかもがうまくいく、そう思えてたんだ。ずっと仲良くしていけると。けど、アイツには高瀬のことを言えなかった・・」  いつの間にか彼は高瀬と出来ていた。喧嘩したわけでもなく、何かに悩んでいたといような記憶もない。 「俺が鈍感だっだけかもしれねえけどな。実際、俺はアイツがクスリでボロボロになるまで、アイツの変化に気づけなかった。アイツを死なせた男に抱かれながら俺は・・・」 『亮のこと憎んでたって言っただろ。けど、オレはアイツに ・・それこそ昨日も抱かれていた。離れられないと思えるほどに感じていたんだ。だから、寂しいのとホッとしているので半々てとこさ。オレのほうこそ最低なんだ。けれど広将、オマエだけは駄目だ。もちろん嫌いじゃない・・好き、だけど』 「アイツを亡くして・・なのに直ぐに高校生の広将に声をかけて、そんで恋人になって・・。自分勝手すぎんだろ、そんなの。高瀬はまだ生きているんだ、昔のように動けないだけで。憎んで・・いたはずなのに。愛した男の仇のはずなのに、俺は高瀬が殺されなかったことにホッと・・した」   恋人の友達が殺人を犯すことにならなかったことにも安堵したのも正直な気持ちではあるが、自分が高瀬の死を望んでいなかった事実にどうしても後ろめたさを感 じ てしまう。 「憎んでいたのも本当なんだ。そんで・・広将のことは誰よりも大事なのも。広将だけは守る、そう思っている・・けど」 『ただ、オレが一番望んでた“自分のいたい場所”だもの、ここが』 「何で、それが俺の隣なんだよ。俺はお前にそこまで想われていい人間じゃねえんだよ。そりゃあ、本気で離れたくないんだけど。てか、親に挨拶って・・つまりは交際してます、って言うってことだよな。なんか今さらだけど。あいつの進路にも関係しちゃうってことだろ。いいのか?・・いいわけないだろ。男同士ってのが一番のネックだけど、俺の環境が悪すぎだもの」  親も兄弟も死に、親戚からは疎まれている。男女関係も派手で遊び人のレッテルは貼られていた。 「普通に週刊誌ネタだよな、俺自身が。どうやら日向が話を抑えているみたいだけど、それもあのアニメのためか。どんだけ原作者・・というかあの理事長に遠慮してんだよ。本家でもないらしいのに」 『景も調べていたとは思いますが・・。例のアニメの原作者が琉翔さんなんです。アニメ関係者では鈴以外は知らないことなのですが。出版社でもトップシークレットのことですので』 「そんなこと、あの内田さんが知らないわけないじゃねえか」 『生野には言わないでください。アイツが変なプレッシャーを抱えてもアレだし。だいたいが人気シリーズのアニメに新人バンドを起用したことでいろんな憶測が出ているのは景も知っているでしょう?生野も変な風に考えるかもしれない。アイツはそういうヤツだから』 「内田さんにしろ涼平にしろ、広将を傷つけないように、アニメの話を潰さないようにって陰でイロイロ行動してたんだ。当事者で恋人の俺が足引っ張ってどうすんだよ・・」 『高瀬がいなくなったこと、やっぱり寂しい?・・彼は最後まで侑貴のことを心配していたって、涼平が言ってた。侑貴を守りたかったんだと。侑貴の・・両親を彼が殺したという認識は正確ではない、とも』 『好きに・・・なったんだ。オマエの保護者に、よろしくと頼まれたんだから、オレがその役目を引き受けてもいいだろ?その・・恋人として』 「俺の最低な過去も背負ってくれる広将にオレは甘えすぎてたんだ。そんなの、広将のためにならないってわかってんのに。なのに・・好きなんだ。広将がいなきゃ、今の幸せはないから」  恋人もいて、仕事も順調。けれど本当の意味で血の繋がった家族は侑貴の側には永遠に来ない。 『勝手に自分の人生諦めてて・・でも 心のどこかで期待してて。だから、広将に声かけたんだ。もちろん、オマエのセンスの良さも理由の一つにあったんだけど・・でも、ずっと甘えてた。好きだから・・甘えてた』 「声をかけたその時は8年前のことは思い出していないと思っていたけど、心のどこかであの思い出に助けを求めていたのかもしれないな。俺を好きだと言ってくれた広将を俺は・・」  愛しているのだと、けれど同時に自分から離さなければいけない存在だとも思ってしまう。 「個人の仕事のオファーもあるんだ。俺の見る目はある意味確かだった。それだけで、満足した方がいい・・よね?」  そう思った途端、身体がぶるっと震えた。顔を横に振りながら、大きくため息をつく。 「“こっち側”に引き入れてしまったこと自体アイツの家族に土下座しなきゃいけないのに、俺との未来のためにアイツが大学に進学しないとか、そんなの足引っ張ってるだけじゃねえか」  二人の交際は既にバンドのファンの間でも噂になっている。元々ベース担当の交代が急なことだったこともあり、多分に次のベーシストの広将は注目されていた。 「まあ、なんだかんだいっても広将のベーステクは業界でもかなり注目されてたし、最終的に口説き落とせた俺を褒めてもらいたい・・とか思ったんだよな当時は。いろんな事情を棚上げにして。都合の悪いことは忘れてしまいたいと・・」  広将自身は自分への他人の評価は低いものだと思っている気がする。前のベース担当の技量とそん色はないというのが業界人の評価でもあるのだが。むしろ、広将が作る曲がインディーズの時からプロを凌ぐものだと、メジャーバンドからの作曲依頼も結構あったのだ。 「別に広将は独りでもやっていけるんだよなあ。もし俺たちが別れたとか噂になっても、直ぐにそんなものは消えてしまいそうな気がする。だって、広将は本当に凄いもの。凄い才能ある・・もの」   『俺の作った曲が凄いように聞こえるのは、演奏してんのがお前らだからなんだよ。他のバンドが演っても微妙だ・・ってのが巷の評価。けど妥協したくないから・・だから間違ってもバンドを解散させるようなことはすんなよ?』 「そう言ってくれるのはすっげえ嬉しいし、“それに”関しちゃ自信もあるけど・・。でも、だからって俺の人生にまであいつを組み込んでしまって いいのか?あいつは本当に普通の・・イイやつなんだ。大切にしたい・・存在なんだ」  つまりは大好きだということで。けれど、自分は普通の環境にはいない。 『亮のことがあるからな。結局アイツは死ななかった。日向にいいようにされる人生だろうけど、これからは。そして俺は・・アイツの関係者だと認定されている。家族でもあり、愛人でもあったわけだしな。一方的ではあったが失踪後も連絡はあった。それを日向に黙っていたわけだから、向こうが警戒するのも無理はない』 『アイツは・・俺と亮の情事を撮った動画を所持している。流石に誰かに・・特に広将には見られたくはないものだし、だか ら俺も下手なことはできない。つまりは、俺も日向に弱みは握られているんだ』   広将の後輩である黒木遠夜に自分は脅されている。それも正直に言った。諦めと‥期待を半分持ちながら。 「結局のところ、一番広将も自分をも追い詰めているのは俺自身なんだ。広将が優しいのはわかっているから」 『普通の親なら、息子とこんな・・それも男との交際なんて許さねえよ。少なくとも俺なら、な。涼平は日向を追われ、俺を庇えるのは鈴だけだ。けれど、アイツは無茶ばかりする。男の恰好はしていても、黙ってりゃイイ女なのにな』 『鈴が元気になったら言ってやりなよ。素直には聞かないと思うけど・・ふふふ』 『ちゃんと理解しているのか?俺の言ったこと。俺は・・・』 『恋人だろ、俺の。永遠のパートナーだ。過去がどうだったとしても、それがどうオマエに纏わりつこうと俺のオ マエへの愛情はそれを上回る。本気の言葉しか俺は言わない。不安に思うなら、今俺が口に出した言葉に縋れよ。帰ったら抱きしめるから』 「愛されているのに。何度も抱きしめられているのに。永遠の想いなのは俺もなのに。なんでなんだよ、過去から抜け出せないでいるのは」 「過去を抜けだせないんじゃなくて、キミが未来を信じきれてないから・・じゃない?」 「は?・・っ!」  突然、背後から声が聞こえて侑貴は驚く。そして振り向いて声の主を認め更に驚愕の表情になる。 「内田・・さん。何で俺の部屋に・・つうか、その格好は何なんです?」  そこには自分たちの嘗てのマネージャーで、業界でもそのプロデュース力で知られた男性の姿があった・・はずだった。 「や 、その・・女装するのはいいんですけど、何で和服でオレの部屋にくるんですか」 「あら、似合わなかった?、そういえばこの姿は侑貴には初お披露目だっけ」 「や、オレは見たことありますよ。あの時も不意打ちのような登場の仕方でしたけど・・や、だから何でその格好で来る必要が?」  とりあえず尊敬の念はこの・・どうみても“姐さん”という印象を抱いてしまう内田景には感じてはいる。インディーズの中でも一定以上の評価を得ていた侑貴のバンドに的確なアドバイスをして、更に実力を上げてくれたのが“彼”だというのは、侑貴がインタビューで何度も言っている事実。 「‥相変わらず美人さんですね。普通にスーツ着てたらオレだってイケメンだと思うくらいなのに」  思わず、ため息をついてしまう。 「何度も電話したのに、キミが出ないから。なんとなく広将には聞かない方が良い気がしてね。外出の予定があったから直接来てみたのよ。この部屋の合鍵を私にも渡してたの忘れてた?」  景は女装をしているときは、基本的に女言葉だ。たとえ、恋人の前でも。 「だからって、どこからどう見ても完全に和服姿の美人が大学生のミュージシャンを訪ねてきたら、いろんな憶測を呼ぶでしょうが。・・そりゃあ、電話に出なかったオレが悪いんですけど」 「ふふ」  自分のスマホを持って操作しながら小さくため息をつく侑貴を見て、景は思わず微笑む。 「そうね、私の配慮が足らなかったわ、ごめんなさい。‥鈴ちゃんにも予め言われてたんだけどね」 「鈴・・が?」  景の口から笠松鈴の名前が出てくるのは別に不思議なことではない。彼が鈴を実の妹のように可愛がっていることは、侑貴も知っていた。が、彼の今のセリフには若干の苦さが含まれているように感じられた。 「・・とにかく、どういう用なんだよ。わざわざ女物の着物なんか着てさ。まさか、俺とデートってわけでもないだろ。そんなことしたら、俺が涼平に殺されちまう」  口調をいつも通りのそれに変え、軽い言葉を紡ぐ。自分たちを今の立場にしてくれたことには恩義を感じてはいるが、同時に得体の知れなさも感じている。自分と似たような匂いも感じ取ってはいるけども。 「それに、さっき言ったことって・・」 「えっ?」 「過去がどうのこうのって話だよ。あんたにオレの何がわかる?オレは広将とずっと一緒に・・」 「向こうは“今”のままでいこうとしているのに、何で無理やり変化を起こそうとすんの?広将は純粋に将来も考えた上で、進学を止めたいって思ってんのに」 「!・・広将に何を聞いたの?」  侑貴は景の顔を真っ直ぐに見据えながら問う。 「オレは、広将の考えてる“将来”が真っ白な綺麗なだけのものだとは思えないんだ。広将の歌は綺麗だよ?このオレが魅かれるくらいに。けど、オレは・・」 『どういう感情を貴方が持つにしろ、彼は貴方の“保護者”だったわけで。そしてある意味貴方の両親の仇もとってくれたわけですからね。そんな貴方の事情もひっくるめて、彼は我々の保険なわけです』 「日向がオレと高瀬亮の関係をどういう風に扱うつもりかは知らないけど、オレはどうしたってアイツの関係者だ。たぶん、オレのこともあるから、亮を殺さなかった。アイツ自身の罪もあるけど、もうひと・・つ」 と、侑貴は苦しそうに息をつく。 「・・オレの実の両親が死んだ理由だ。亮が俺を引き取った理由の一つにソレがあったのは確か。そしてそれは・・日向も同じだ、オレに接触したのは。広将をどういう風に絡めたかったのかは定かじゃないが、オレのことが無ければ違う形で貴方は広将をスカウトしたはずだ。広将の才能は本物だし、哲人が広将の歌を褒めたのも素直な本心のはずだから」 「ごめん、侑貴はそこまで知ってたんだね」  景の顔もまた苦し気なソレだった。が、やがて小さく微笑む。 「!」 「私は、確かに日向の絡みもあって 『ふるーる』に目をつけたわ。けど、それだけで私の経歴の中に貴方たちを組み込むほど、私も人生を投げてたわけじゃないわ。ビジネスのことは貴方もわかっていると思うけど、ただの話題性や軽いインスピで物事を決めれるほど、このご時世は余裕は無いのよ。私は侑貴の音楽だって好きだしね」 「・・内田さんは、だから涼平と付き合ったわけじゃないんだろ?あんた・・日向と何があったんだ?鈴はあんたに何を指示したんだ?」  我慢できなくなって侑貴は尋ねる。彼を信じていないわけじゃない。鈴のことも。二人の存在が無ければ、あるいはもっと悪い条件で今の仕事を進めることになっていたかもしれないから。 「鈴は確かに凄い女だよ。ボクっ娘のくせに美人だしキレ者だ。高校生とは思えないほどのプロデュース力もある。日向の力のせいもあるんだろうが、強力なコネも持っている。普通じゃねえよ、アイツは。だからオレも認めている」 「ふふ、侑貴はちゃんと素直になれるんじゃない。そしてアンタが思うほど、広将も弱くは無いわ。鈴ちゃんは“ちゃんと”導いたのよ、彼をアンタに」 「は?言ってる意味が・・」 「ま、全ては哲人くんに繋がることのためなんでしょうけどね。・・それでもいいじゃない、私だって涼平が好きなんだもの、哲人くんと鈴ちゃんのために彼が生きているのだとしても」 「っ!そんなの・・」  景のその言葉に、侑貴の顔色が変わる。 「本気で受け入れていい事実じゃねえだろう!そんなの幸せになれる恋愛じゃ・・」 「広将はアンタと音楽のために生きるって言ってるわ。それはアンタにとっても嬉しいことの最低条件でしょ?」 「な・・」 「広将はね、ちゃんと覚悟を決めてアンタに告ったの」  景がふっと表情を和らげる。 「その前にアンタが自分で高瀬との関係も言ったんでしょ。広将はアンタの人生に確かな幸せをもたらしたいから、アンタに好きだって言ったのよ。もちろん自分の欲望も加味させてね。自己犠牲の精神じゃないわよ?そんな恋愛で満足できるわけないでしょ、高校生が」 「・・・」 「突っ走った上での恋愛じゃないってことよ。そういうのもわかってるからアンタも悩んでいるんでしょ。まあ、アンタの精神状態に付け込んだようなもんだとは、向こうも言ってたけどね」 「くっ・・」  その言葉に、 侑貴は唇を噛みしめる。 「そういうこと言うから・・オレじゃ駄目だって思っちまうんじゃねえか。オレがあんときどれだけ救われたのか、何でわからな・・」 「広将が別に自己犠牲の精神でアンタと一緒にいるわけじゃない、むしろ自分の我儘で進学せずに音楽活動に専念したいって思ってるってことを何でアンタは理解しようとしないのよ。や、ホントはわかってるくせにウジウジとただ悩んでるだけでしょ?」 「なっ・・」  そこで景は大きくため息をつく。 「っとに・・前はアンタが自分の考えを無理やりにでも押し通していたでしょうが。広将のことをそこまで愛してるっていうのなら、二人にしか見れない夢をただ追いかけて実現させる努力したっていいでしょ」 「二人にしか見れない ・・夢?」 「そ。広将は、アンタとふるーるのメンバーとでずっと音楽をやっていきたいの。そんでアンタの側にいたいのよ。ただでさえ、今だって一人でいたらアンタはこうやって悩んでるでしょ。そんなの恋人からしたらたまんないわよ」 「内田さんも・・そうなの?」  侑貴はついそう聞いてしまった。景は「えっ?」と言って、すぐ表情を曇らせる。 「あ、ごめん・・」 「涼平にね、海外に一緒に行かないか?って言ったんだけど、断られちゃったのよ」 「へっ?」  橘涼平は広将の同級生で、景の同性の恋人だ。硬派のイメージがあった涼平が男性と交際を始めたことに最初は違和感があったが、目の前の女物の着物姿の景を見ると(そりゃあ涼平でも惚れちまうか、こんだけ美人なら。が、男だ!そんでもって涼平の方がネコなんだっけ。・・やっぱよくわからん) 「けど‥涼平が退院したら内田さんのマンションで一緒に住むんだろ?もう、日向の敷地にも入れないからって」  日向一族の一員である涼平は親が遺した邸宅に一人で居住していた。そこに一か月ほど前から、景も時々寝泊まりしていた。が、先日の事件で涼平は日向を追放されることになった。 「卒業までは、ね。けど、その頃をめどに私が海外で仕事をする・・完全移住ってわけじゃ ないけど、少なくとも数年はほとんど海外を飛び回るってことになる話はアンタにもしたわよね。それに付いて来てほしかったんだけど、鈴ちゃんが心配で日本を離れられないみたい」 「!」 『オレは鈴が涼平と付き合えばいいってずっと思ってた。涼平は鈴のことが好きだし、鈴はやっぱ寂しそうだもの』 「広将もそう言ってた。けど、貴方と涼平が付き合い始めてそれを後押ししたのが鈴なら、涼平のその想いは鈴のことだって傷つけてる・・」 「私も他人ごとだったら、そう思うんだけどね」 と、景は寂しそうに笑う。 「私と添い遂げたいとも、涼平は言ってくれたけど」 『言ったでしょう、貴方と添い遂げたいんだって。・・鈴のことも愛している。アイツは特別な女の子 だから。それは多分哲人も同じで。二人とも鈴が大好きで大事で・・でも鈴は“本当の”幸せを掴めない。や、そう思うのは俺たちだけで、だから鈴を傷つけているのかもしれないけど』 「・・鈴自身に秘密があるのはオレも感じてたよ。じゃなきゃ、アイツの今の環境は説明がつかない。許婚を男に取られて自分は命がけで戦わなきゃいけない。普通の女子高生の人生じゃないだろ、そんなの」 「鈴ちゃんも日向一族の一人だからね、何があったって不思議じゃないし、涼平もそれはわかってる。けど・・」 『アイツだからこそ、オレらのことをわかってくれたのかなとも思うんだ。けどそれって・・寂しすぎるじゃん。なのに、あいつだけ独りなんて・・』 「涼平はやっぱ男だからね。 なんだかんだいって、哲人くん以上に鈴ちゃんが特別なんだよ。けど、私のことも愛してくれてるのはわかっているから・・」 『けど、鈴は俺を景に任せちまったんだろ?俺が鈴にとって必要ない存在だとは思わないけど、鈴が側にいたいと思うのは哲人なんだ。俺が我儘言っても、鈴は自分を傷つけてまでオレを助けようとしてしまう。そんなの・・ダメじゃん』 「なのに・・二人とも結局は哲人くんから・・そう、なんだよね」  今、改めて理解った気がした。 「哲人くんが全てなんだ。鈴ちゃんや涼平くんの運命を決めてるのは・・本人はその気が無くてもどうしても彼・・なんだ。多分、そういう風に日向本家が仕向けているんだろうけどね。けど哲人くんがいなければ・・」 「内田さん!」  不穏な空気を感じて侑貴が叫ぶ。 「・・わかってるわ。だいたい、涼平は哲人くんに惚れきっているもの。最高の男だって。一応、恋人の私も男なのにね」 と、景は苦笑する。 「私の目にはどうしたって涼平の方がカッコよく見えるんだけどね。あの時、彼の学校で会ったときからずっと・・」  本当の最初の出会いは3年前だった。その時は10歳も下のしかも男性を意識するつもりもなかった。どうしても気にせざるをえなかったけど。 「そういえば、どうしてあの時は女装姿だったんだ?だいたい、内田さんに車を出してもらう必要もなかったはずだ」 『確かにウチの学校のイケメン四天王が一堂に会した貴重な場だもんねえ。オマケに人気ボーカルと その美形マネージャーもいて。ここまで“カッコイイ男”が揃えばそりゃ・・』 『何言ってんだよ、鈴と内田さんで美人枠だろうが。正直言って、俺でもその・・綺麗な人だと思うし』 「・・鈴ちゃんは、最初から私と涼平をくっつけようとしていたんだろうね。けど、あの時はその思惑に乗る気は無かったの。涼平も私を憎んでたはずだからね。ただし、本当に私を女だと思ってたみたいだけど」 『景さんみたいな人、絶対お兄さんの好みなの!お兄さんてカッコイイのよ。強くて優しくて・・好・・ち、違うのっ』 (私とツーショットで撮った画像。情報屋の仕事の一環で撮った・・つもりだった。本来なら残してはいけないものだったのに。そしてソレを涼平は見た。“あの子”が自分の想いを封印させるために) 「涼平が貴方を憎んでたって・・。貴方と涼平は一体?」  困惑気な表情で侑貴が問う。 (そりゃそうだ・・ね。“3年前を知ることがなければ”オレと涼平の関係なんて理解できるわけもない。涼平がオトコを好きになるなんて・・) 『お兄さんは“強い女の人”が好きなんだよね、たぶん。可愛いけど、いざとなったら強い人。・・そんな人がお兄さんの側に現れてくれたら・・。だって私じゃ駄目だもの、素直じゃない私は・・』 (“あの子”が真実をあの時話していればあるいは。けど、あの子は死んでしまった。・・真実に謎がまた上塗りされてしまった。涼平もオレも真実をちゃんと知らなければ幸せになれないのかな)  生きている自分は素直な気持ちで彼を好きになって告白した・・つもりだった。 (どうしたってあの子の影は消えない。や、消さなくてもイイ。ただ記憶の中に封印できればいいことなのに。だって彼女がオレと涼平を結び付けたんだもの。涼平の好みの中にオレも含まれているのだとしても、でもやっぱり・・鈴ちゃんもそうなんだよね。哲人くんのことが無ければ・・でも哲人くんの存在が無ければ鈴ちゃんも涼平もあそこまで強くはなれなかった。つまり・・) 「ある意味罠・・だったのよ、涼平にとっては哲人くんも鈴ちゃんも。日向本家もそれがわかっていたのに・・そこに私の存在をねじ込んだ。涼平を取り込んで、涼平の伯父を殺させるために。それが、3年前の一つの真相」 「はあ?なん・ ・で」  景の思いがけない言葉に、侑貴は唖然とする。 「涼平の伯父って、アレだろ?文化祭のあの時、高瀬が殺した・・ヤツだろ?」 「そ。・・あわよくば哲人くんと涼平の伯父と高瀬が一緒に死んでくれれば・・というのが日向の誰かの目論見だったみたいだけどね。けれど、高瀬は哲人くんを助けた。‥凄いわね、哲人くんて。涼平や鈴ちゃんがどうしても魅かれてしまう彼を、多分私は越えられないわ」  そう言って、景は小さく笑った。そんな彼に侑貴はおずおずと問いかける。 「いいの・・か?それって、つまりは涼平を諦めるってことだろ?貴方と涼平は過去に何かがあったにせよ、今は添い遂げるって約束したんだろうが。・・好きなんだろ?」 「ふふ、そうね」  景は尚も微 かに笑いながら答える。 「自分が好きになるとは思わなかった。いくら“あの子”の願いでも。そして涼平も受け入れてくれるとは思わなかった。あの子を救えなかったもの、私は。憎んでいたと、涼平自身も言ってたわ」 「だから!」  たまらなくなり、侑貴はつい大声を出す。 「何で涼平があんたを憎むんだよ!あの子って誰だよ!・・何があったんだよ、あんたと涼平の間に。もしかしてオレと広将にも関係していることなのか?」  まさかという思いで侑貴は聞く。ずっと不思議に思っていたことだから。 「あんたは8年前のことを知った上で、オレと広将を・・ふるーるをスカウトしたのか?日向のこともわかっていた上で、涼平を・・」 「結果的にはそういうことよね」 と、景は答 える。 「私はね、情報屋だったの」 「・・知ってるよ、亮・・高瀬から聞いたから」 少しかすれた声で侑貴が言う。 「その筋では結構名の知れた人だっだんだってな、あんた。それが何で音楽事務所の社員なんかに・・」 「涼平の“妹”の死がきっかけだよ。あれは、ほんと参った。・・救えなかったのに、救ってほしいと頼まれたてしまったんだ。まだ13歳の女の子に愛した人の未来を託されてしまった25歳の私の気持ちわかる?そして・・馬鹿みたいでしょ。自分もその人を本気で愛して・・男同士なのに・・10も離れているのに」  景は肩を震わせる。この部屋に来る前にいっぱい泣いたはずなのにと唇を噛みしめながら。 「そんなに・・そんなに泣くくらいなら何で諦めようとするんだろ! 完全にフラれたわけじゃないんだろ!涼平はあんたにベタ惚れだったじゃねえか。鈴のことがあるからどんな相手にもなびかなかった硬派のアイツが、あんたにだけは素直に好意を示したんだぜ、俺らにだってわかるくらいにさ」 「そうだけど!そう・・だけど」 と、景はうつむく。 「涼平が本当に好きなのは鈴ちゃんなんだ。ていうか、そっちの方が自然だろ?いくら男の子っぽくしてたって、鈴ちゃんは普通に幼馴染の少年に恋してる普通の女の子なんだもの。けれどその恋は実らない。でも涼平となら・・」 「けれど涼平はあんたを愛してる。広将が言ったぜ?学校でも隠す様子が無かった、って。硬派をウリにしていてしかも名門進学校の生徒会役員の涼平がそこまで浮かれるくらいにあんたと関 係ができたことを嬉しがっている。その事実を、あんたはつまらない嫉妬で潰してしまうのか」  どの口がこんなことを言っているのだと、侑貴は自分で自分を殴りたい気持ちにもなる。それでも、おそらく景に何かを言っていいのは自分しかいないのだと思って必死に言葉を紡ぐ。自分も似たような悩みを抱えているからと。 「涼平はあんたと添い遂げたいと言ったんだろ。あいつは、鈴じゃなくあんたに人生を預けたいって思ったからそう言ったんだ。あんたが男でも過去がどうだったとしても、涼平が好きになったのは今のあんただ。あんたと付き合ってそして一生を共にしたいと願ったんだ。少なくとも涼平はオレよりはいい加減な男じゃねえよ」 「えっ?・・や、別にいいけど。二人だけ?あは、そうなの?いやいや、ボクも平気なわけじゃないよ。ふふ、反省はしてるって。いやマジで」  電話を終えて笠松鈴は思わずため息をつく。「ふぅ・・まいったね」 「誰からの電話だ?けっこうキツイこと言われてたみたいだけど」  少し離れたベッドで寝ていた橘涼平はむっくりと起き上がって鈴に声をかける。 「・・確かに向こうは怒鳴ってたけど、マジで聞こえたの?や、涼平の耳の良さは承知してるけど」  そう鈴は軽い調子で答える。が、その表情には幾分かの緊張が見えるように涼平には感じられた。ベッドから降りると、涼平は鈴に近づいていく。 「・・涼平?」 「独りで抱え込むなって言ってるだろ。や、確かにオレは頼りないかもしれないけどさ。でも黙っていられるわけでもないのは理解できるだろ?まさかと思うけど脅されてた?」 「は?」 「キツイこと言われてたんだろ?・・侑貴の声だったな」 「っ!・・耳良すぎだって、ほんと」  鈴は苦笑しながら答える。 「今から来るってさ。いっちゃんといろいろあったみたいだから、愚痴を言いたいのかもね。・・ボクにも責任はあるから」 「責任?・・鈴、一人で抱え込むなよ、マジで。哲人がアホみたいに・・アホなんだけど・・一人で突っ走って直央さんに迷惑かけちまう。アイツにとっては、なんだかんだんでオマエは可愛い幼馴染の女の子なん・・鈴?」 「・・ボクに強さを求めたのは、哲人・・なんだけどな。うん、覚えてないのはわかって・・たけど」  少し悲しそうな鈴の表情。涼平は思わずベッドから飛び降りる。 「痛てえっ!‥ヤバ」 「ばっ・・はあ、しょうがないねえ」  顔をしかめながら足を押さえる涼平を見て、鈴は再び大きくため息をつく。が、さっきより表情には柔らかさがみえる。 「ふふ、そういうところなんだろうね、内田さんが好きになった涼平のいいとこって」 「茶化すなよ、本気で心配してんだから」  鈴の言葉に顔を赤くしながらも、涼平は毅然とした声で答える。 「マジで侑貴に何を言われたんだよ。生野のことか?」 「うーん・・いっちゃんのことも多分そうなんだろうけど」 「?」  少し困ったような表情になった鈴を見て、涼平は首をかしげる。 「生野と侑貴のことならオレにだって責任はある。・・つうか、今のオマエの状態をちゃんと言ったのか?本来なら絶対安静面会謝絶だぞ」 「だって向こうも切羽詰まってるって感じだったし、この休み中にケリをつけた方がいいなと思ったんだよ」  そう言って鈴は片目を瞑る。 「涼平だって寝たきりなのはつまらないでしょ?哲人に黙っている以上お見舞いの人もそうそう来ないしさ」 「や、オレはまだこうやって動け・・っ!」 「涼平オマエ・・何で鈴とそんなにくっついてんだよ!オレ“ら”が来るってのわかってて!そんなに内田さんを泣かせたいのか!オマエはもっと誠実なヤツだと・・」 「ちょ、ちょっと待て!」  病室の入り口に立ったままでこちらを睨みつけている上村侑貴を見て、涼平は慌てて鈴から離れる。が、侑貴の後ろにいた人物に気づき、その動きを止めた。 「景・・なんで貴方が。つかその格好・・」 「へ、変・・かな。お墓参りに行ったから・・その。てか涼平はちゃんと動けるのね、安心したわ」  内田景がおそるおそるといった感じで、病室内に入ってくる。鈴も流石に驚いたようで 「はあ ・・久々に内田さんの女装を見た気がするけど、まさか着物姿でくるとは思わなかったよ。なんていうか、姐さんて感じだよね。んで侑貴が若衆?」 と苦笑する。 「だ、誰が若衆・・だいたい内田さんのことも話してあったのに、鈴は何で涼平とそんなに近づいてんだよ!ただでさえオマエと涼平が入院中に同室ってことで、内田さんが嫌な気持ち・・」 「侑貴!」  侑貴のその言葉に景が慌てて声をかける。が、侑貴は不服そうに言葉を続ける。 「だから泣いたんだろ、涼平が好きだから。けど、涼平も鈴もこうやって内田さんの神経を逆なですることしかしない。じゃあ何のために内田さんと涼平をつき合わせたんだよ。この人は本気で涼平を愛してい・・」 「オレだって景を愛してる!」と、 涼平は思わず叫ぶ。 「涼平・・」 To Be Continued

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