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第43話
『直ちゃんが連絡してきたってことは、君らがいろいろ乗り越えたってことなんだろうけど、これからもいちいち落ち込まれても困るから、侑貴のプロポーズの立会人になってくれない?』
「・・意味がよくわからないんだけど、つまりは侑貴さんがこのホテルRで生野くんのご両親に正式に交際の許しをもらうために挨拶する・・って場面にオレたちも立ち会ってくれ・・と?」
「鈴の言ったことなんか気にするなっての!あいつは自分の感性で動くヤツなんだから。それに振り回されてたらこっちの身が持たないんだよ」
ほんと昔から・・と日向哲人は呟く。
(何でも自分で決めて、俺や亘祐の気持ちなんかいつも置いてきぼりじゃねえか。いつも分かった風な言動で。結局は周りが泣くことになるって。何でわからない・・)
「って、同じことを鈴も思ってるけどな」
「はあ?・・っ!」
思いがけないところから思いがけない言葉が聞こえて、哲人は驚く。
「い、いつの間に・・」
「わざとらしいっての!直央も言ってたじゃねえか、オレが広将の親に今夜挨拶するんだって。・・何でそれにお前らまで乗り込んでくんだよ。いつからオマエらがオレの保護者になったんだよ!」
上村侑貴が顔を真っ赤にしながら怒声を放つのを「まあまあ、侑貴ってば」と生野広将が宥める。
「しょうがないだろ、どうも鈴が画策したことみたいだから」
「知るか!だいたい、何でどいつもこいつも鈴の言うことを聞きやがるんだ!?オレはただ今後のことを考えて、広将の親にちゃんと挨拶しようと思っただけなのに」
己の額を押さえながら呻くように侑貴は言葉を発する。
「ごめん、まさかこんなことになるって思わなくて。ただ、ウチの親にオレの真剣さを理解してもらおうと。それと・・」
広将は少し複雑そうな表情になる。
「?」
「その・・侑貴のちゃんとした想いをちゃんとした状況でちゃんと侑貴の言葉でちゃんと聞きたいたいんだ。や、そんな考えは内田さんにも鈴にも言わなかった・・けどさ」
「も、もしかして・・」
きまり悪そうにぼそぼそと呟く広将を見ながら、哲人とその恋人の財前直央は小声で言葉を交わし合う。
「侑貴さんと生野くんて、うまくいってなかったの?もしくは倦怠期とか」
「仕事も私生活もずっと一緒ってのは、案外ダレちゃうものなのかも。・・オレももちょっと考え直さないと・・や、オレが勝手に考えすぎて・・」
「勝手にオレの事情と気持ちを捏造するな!オレと広将は普通にうまくいってる!ただ・・」
「ただ?」
と、直央が聞く。けれどその声は興味本位では無く、本当に心配しているものだというのはその表情からも察せられた。
「はあ‥本当にオマエってば」
侑貴は思わずため息をつく。自分の顔を下から覗き込むように見つめるその瞳に本気で魅かれたあの時の自分の気持ちはもう本人に言う必要もないだろうと心の中で己にツッコむ。
(優しすぎるんだ、直央は。だから日向に利用されちまう。哲人は本当にこいつを守り切れるのか?・・俺にはわからねえよ、哲人の・・価値なんて)
「だから、何で侑貴はオレの気持ちを読んだんだって聞いてんだろうが!」
「はあ?・・言ってたぜ、鈴が。オレらとオマエらは似てるって。オレ的には不本意だけどな。・・ああ、そうだよ。オレは今でも迷ってる。広将を愛しているのは世間に向かっても叫べる。けど、こいつの人生のどこまで踏み込んでいいのか、オレの人生に組み込んでいいのか迷ってる。ずっと一緒にいたいし、家族にもなりたい。広将がそれを望んでるのもわかってるし、めっちゃ嬉しい」
「ゆう・・き?」
「でも、こいつには幸せになってほしい。愛してるからこそ、こいつの全てを守りたくて・・悲しい顔させたくなくて。年上の意地もあるから・・。でも、結局は不安にさせてた。せいいっぱい愛を叫んでたつもりだけど、コイツの身体を覆うにはまだ足りなかった。つまりは・・」
と言いながら侑貴は広将を見つめる。
「侑貴・・」
「オレにはオマエの存在は何よりも大きいんだよ。普通の幸せを・・オレはオマエにあげられないんだけど」
それでも。もう離れられないのだと、侑貴は広将にしがみつく。
「ごめん・・オマエの優しさに甘えてばかりでオレ・・。でも好き!大好き・・何よりも。だからちゃんとご両親に真剣な気持ち言うから。ずっとオレの側に広将をいさせてほしいって。広将がいなくなったらオレ・・どうにかなっちゃう 」
「侑貴、オレも・・」
「ゆ、侑貴さん。あの・・鈴ちゃんのお父さんがそこで困っていらっしゃるんだけど」
「へっ?」
直央の言葉に侑貴と広将が同時に部屋の入口に顔を向ける。
「あっ・・」
「おじさん、貴方まで・・」
哲人が呟く。
「娘に言われてしまったからな、大人の責任を果たしてほしいと。そして君はここに来た。琉翔くんはたぶん怒るだろうけどね」
困った困ったと言いながら、笠松鈴の父親・・笠松達明はニコニコと笑う。その様子に哲人は戸惑いながら尋ねる。
「琉翔がなぜ?・・ってかいったい鈴に何を言われたんです?だいたい、この別館はよほどのVIPが来ない限りは使わない建物ですよね。だからこそ鈴もここを住まいにしてる。・・そして、オレは」
小さいころから何度もこのホテルには宿泊していた。一族ではあるし幼馴染でもあるから。けれど、この別館には立ち入りを禁止されていた。なのに
「記憶がある、この部屋。けど、怖くてとても悲しくて、なのにホッとする」
「哲人・・オレも、そう。・・たぶん、生野くんも侑貴さんも、だよね?」
直央が二人に視線を向ける。侑貴と広将は顔を見合わせて、ほぼ同時にうなづく。
「たぶん、ここは・・」
「そう、8年前キミたちが連れてこられた部屋だ。もちろん、広将にも伝えてはいない。迷いがなかったといえば嘘になるが」
「・・父さん」
笠松達明とは違い生野道弘は幾分難しい表情のままだ。
「まさか、父さんも知ってたのか?8年前のことを。何で・・」
広将も父親と同じ表情になって聞く。
「母さんはどうしたの?」
「母さんは来ない。私に答えを一任すると言っていた。二人でくると言えば、美夏も来たいと言うだろうからね。あの子には聞かせたい話じゃない。・・本当ならキミたちにも黙っておきたかったのだけれど、息子の恋愛に影響があることなんだと鈴くんに言われてしまったからね」
「すまないな」
道弘の言葉に達明は申し訳なそうに頭を下げる。
「鈴は頑固な娘だから。けれど言っていることは間違いじゃない。そして広将くんも侑貴くんも立派に成長した。もう、ただの子供じゃない。もちろん、哲人も直央くんもね」
「おじさん、オレは・・」
と、哲人は相手に困惑気な表情を向ける。
「侑貴と生野のためにここに来てほしいと、鈴に言われたんです。この部屋が8年前のことに関係しているのなら、オレだけじゃなく鈴や亘祐だって・・」
「鈴は入院中だ。涼平くんと一緒にね。君には内緒にしていたみたいだが」
「!・・やっぱり・・でも」
哲人は唇を噛みしめる。
「っ!」
「哲人、ごめん。オレも侑貴も知ってた。二人を病院に連れてったのはオレたちだから。けど、絶対に言うなって。たぶん、哲人からも連絡はないだろうから・・って」
「・・気を使わせて悪かったな、生野」
哲人はそう言って広将の肩を叩く。
「哲人・・」
「おじさん、8年前のことはともかくとして、生野も侑貴も日向には関りがないんだ。なのに何故この二人を巻き込むんです!」
「哲人!」
哲人の目が怒りに満ちるのを見てとった直央が慌てて声をかける。
「哲人、駄目だって!」
「いいんだよ、直央くん。哲人には怒る権利がある。8年前、我々は哲人とその父親を守り切れなかったのだから」
「えっ!?」
達明の言葉に、道弘以外の4人は同時に声をあげる。
「どういう意味だよ、父さん。まさか哲人のお父さんて・・」
広将は父親に詰め寄る。
「何で?8年前、何があったんだよ。オレと侑貴のことも父さんは知ってたんだろ!何でずっと黙ってた・・」
「侑貴くんの側に高瀬亮がいたからだよ、広将くん。や、侑貴くんの両親が亡くなった時、侑貴くんを我々が保護できなかったことも失敗ではあったのだけれど」
「えっ?」
「つまり・・」
困惑する広将の横で、侑貴は冷静な声で達明に聞く。
「笠松さんも生野さんも、オレを知っていたんですね、“最初から”。おそらく両親が殺された理由も」
「なっ!」
広将は驚きの声を上げ同時に自分の父親を睨む。道弘はその視線を逸らすことなく受け止めている。
「広将くん、お父さんを睨まないでやってくれないか。君のお父さんは上村たちがやっていたことは知らなかったのだから。確かに哲人の言ったとおり、生野は日向とは関りはないのだからね。たまたま、高校のときから気があって・・今でも 付き合いが続いているというだけだ。まさか、その子供たちまで運命的に結びつくとは思わなかったけど」
達明は感慨深げに、4人の青少年を見回す。
「もしかして広将の従兄とオレの両親が組んで何かをやっていた・・8年前のことはそれが原因だったのではないのですか?」
「へっ、オレの従兄?って・・」
思いがけず自分の身内の話が出て広将は戸惑う。
「何で・・どう繋がる・・」
「そのことも知っていたのか」
道弘の顔色が変わる。
「内田さん・・オレたちをスカウトした男性に聞いたんです。や、オレが無理やり聞き出したんだけど。その昔、付き合いがあったって」
「涼平くんの恋人だね、内田さんというのは。まさか、彼が男性とつきあうとは思わなかったけれど、どこかで誰かが繋がる。つまりは生野くんも無関係ではないんだよ、哲人」
そう静かに話す達明に向かって哲人が叫ぶ。
「ちゃんと話してよ、おじさん!何だったんだよ、オレたちの今までは!」
「哲人、落ち着いて!」
「オレは生野を困らせるために、生徒会に入れたわけじゃない。生野はオレを助けてくれて・・仕事も頑張って好きな人と結ばれて・・普通に幸せになればいい・・」
涙が出てくる。自分と関わらなければ知らないで済んだことがいっぱいあるのではないかと、哲人は謝罪の言葉を繰り返す。
「ごめん・・本当にごめん。いろいろ巻き込んでほんと・・すまない」
「哲人が悪いわけじゃないってば。オレの従兄ってのは、その・・オレと年齢は離れてて数年前に行方不明になってる。父さんたちも話したがらなかったから、オレもあえて聞かないようにしてた」
そう言って広将は恋人の側に寄る。
「オレも薄々は感じていたんだ。だから・・だろうな、鈴たちの裏の顔に気づいてもそれを受け入れられたのは。そして侑貴を好きになったのは」
「!」
「そんな顔しないでってば」
と、広将は微笑む。
「広将・・」
「安心・・できたでしょ。オレ以外に侑貴と生涯を共にできる人いないよ?哲人もね、オレをちゃんと仲間だと思えばいい。それが、たとえ鈴が描いたシナリオに流された結果だとしても、オレが哲人に抱いてた感謝と憧れの気持ちは消えないんだから」
そして今度は父親の方に向き直る。
「父さん、俺ね高校を卒業したら侑貴と暮らすよ。侑貴はこういうヤツだから一人にしておきたくないんだ。哲人には直央さんがいるけど、侑貴にはオレしかいないから。父さんたちが侑貴の両親をも守れなかったのなら、今度はオレや鈴がこいつらを守る。たぶんソレが、そうオレが思うことが鈴が俺を仲間に引き入れた目的だったんだろうから。8年かけて・・一人で考えて・・」
全ては哲人のためだろうけどとも考える。
「笠松さん、オレの言葉は間違ってないですよね。別に貴方が鈴に何かを強要したんじゃないともわかっています。鈴は誰かに言われてこんなことを考える人じゃない。必死に生きた・・それだけ。だから8年前のことちゃんと話してください。ずっと、侑貴は苦しんできたんだから」
そう言いながら広将は侑貴の手を掴む。
「ごめん、こんなことになるとは思ってなかったんだけど。でも、俺もちゃんと受け入れるから」
「馬鹿・・やろう。オレが挨拶する前にオマエがカミングアウトしてどうすんだよ」
と、侑貴は苦笑する。
「つうか、直央たちが引いちゃってるじゃん。オレは、オレの両親が殺されたのは仕方のないことだとも思っている。あそこまで亮に恨まれてたんだからな。・・本当は8年前のことは亮・・高瀬がオレの両親を糾弾しようとして起こしたんじゃないですか?」
「・・その可能性もある、としか私は言えない」
そう達明は答える。
「ただ、その後の高瀬の行動からすれば同じ穴の狢だった可能性のほうが高いがな。君の両親はただ利用されていただけかもしれないし。とにかく、8年前にキミら子供たちも巻き込んだ事件は確かに存在した。それを解決したのは哲人、君のお父さんだ。そして直央くん、君はあのとき殺されようとしていた。覚えているかはわからないが、それを助けたのは鈴と哲人だったらしい」
「・・やっぱり」
直央が呟く。
「直央、どういう意・・」
「アメリカで哲人のお父さんかもしれない人に会ったって言ったでしょ。最初に顔を合わせたとき自然に「ありがとうございました」って言葉が出たの。・・ございます、なら武道を習うんだから意識しなくても出ても不思議じゃないんだけど、なぜか過去形で言っちゃったんだ。初めて会ったはずなのに何故?って思ってた」
「つまり・・」
と、哲人が呟く。
「8年前に会ってたから?オレも直央と今年の1月に出会った時、不思議な感覚に襲われたんだけど・・それと同じで」
「うん。哲人すら会ったことの無い人になんで?と思ったけど、二人して会ってたんだね。そして、オレ・・」
困惑気な表情のままながらも、直央は哲人の頭を撫でながら小さく笑う。
「つまり哲人と二人で・・鈴ちゃんもだけどお父さんに会ってるんだね!その時はちゃんと挨拶できてたのかは覚えてないけどさ」
「直央・・」
ふふふと微笑む直央を見て、笠松達明は驚きの表情になる。やがて首を振って、こちらも笑顔になる。
「なるほど、鈴や哲人が受け入れるわけだ。哲人の父親が君を認める理由もなんとなくわかったよ。鈴の父親としては正直複雑だけど、直央くんが側にいてくれるなら哲人はそりゃ幸せだわな」
「お 、おじさん!でも鈴は・・」
笠松鈴はそれこそ皆が幼い頃からの許嫁だったが、哲人が自分の出生の秘密を知ったのを機に解消えていた。その後、哲人は直央と知り合い恋人になるが、二人とも鈴が今でも哲人を想っていることは知っている。
「鈴はそれでも直央くんのことも好きだからね。哲人のことも愛しているからこそ、直央くんと上手くいけばいいと思っている。そして、その想いには8年前のことは関係ないんだよ。侑貴くんと広将くんの関係にもね。今日はそれを君たちに伝えるために、ここに来てもらった。矛盾した言い方になるかもだけど、8年前を終わらせるために」
「8年前、あの旧校舎から助け出された君たちは時彦・・哲人くんのお父さんの名前なんだけど、彼がここに連れてきた。けれど、公にはできない理由があって・・日向が関わってるってことでそこは納得してほしい・・・ってやっぱ無理だよな」
生野広将の父親である道弘は、苦笑しながら頭をかく。
「・・広将のお父さんて、こういうキャラだったのか?確か楽器修理の職人だったよな?」
侑貴が小声で広将に聞く。
「オレだって戸惑ってるよ。哲人のことも何度も家で話題にしてたけど、父さん自身が日向と関係あるようなそぶりは見たことなかったもの」
広将も困惑気に答える。
「オレは本当に侑貴にオレの家族にちゃんと気持ちを言ってほしか・・」
「オレの父親の名前・・初めて聞きました」
「哲人!」
思わず広将は叫ぶ。
「オレは・・」
「まさか、8年後に子供たちがこんな形で結びつくことになるとは思ってなかったんだよ。そして時彦が息子を置いて行方不明になっていることも。あいつは確かに行動力はあるけど頼りにもなる男だけど、詰めは甘いし軽いし肝心なことは言わないし無駄に自信家だs・・」
「父さん・・哲人のお父さんのこと完全にディスってないか?」
流石に呆れて広将が口を挟む。が、笠松達明は大きくうなづく。
「時彦がやることは大抵デカいことだったから、後で私たちが尻ぬぐいするのが大変でな。正義感は誰よりもあるのは構わないんだが、いかんせん不器用なヤツだった」
「おじさん・・」
哲人は困惑気な表情で達明を見つめる。その表情に気づいた達明はキッと自分の表情を改めた。
「時彦は生徒会長だった。あの高校で今の哲人同様に頑張っていたよ。が、あの当時は勿論ガチガチの進学校だったからな。思うようにはいかないことばかりで・・あいつも私たちも苦労したよ」
「私と達明、そして侑貴くんのお父さんは生徒会役員だったんだ。広将たちとは違って教師とも対立していた。だから、表立っては一般生徒の支持も得られず、理不尽さも感じてはいたよ。けれど、時彦の言葉は正論だったからな。私たちは時彦に高校の3年間を託した。時彦の息子が同じことをしていると達明から知らされた時は、本当に驚いた」
「つまり・・」
と、侑貴が声を震わす。
「あんたらは・・最初から何もかも・・知っていて・・知っていて黙ってたのか。哲人がどれだけ泣いて・・鈴や涼平がどれだけ傷ついたかも知っていて・・なのに」
「侑貴!あんたは黙ってろ!今日、何のためにここにきたのか忘れたのか」
哲人が慌てて声をかける。が、広将がそれを制するかのように一歩前へ出た。
「オレも同じ気持ちだよ、侑貴。父さんには哲人の話も何度かしたよな。侑貴のことも知ってて・・何で何も言ってくれなかったの?」
「おじさん、オレの親の話は日向のトップシークレットだったんじゃないんですか?どうして、今・・」
「言っただろ?8年前を終わらせるためだって。・・哲人が前に進むために必要なことだと私も考えた。というか、鈴に言わせると『もう尻ぬぐいはごめんだから』だそうだ」
日本有数のホテル王であるはずの笠松達明は疲れたような表情で言う。
「正直なことを言えば鈴の婿には哲人しかいないとも思っていた。鈴がキミに本気で恋していたのもわかっていたから。けれど・・人の気持ちに他人は干渉してはいけないことも分かっているからね。それでも人はどうしても口出ししたくなる。相手を大事に思っているから・・こそね」
娘には弱いんだよ、と顔を赤くしながら言う達明を見て侑貴は複雑な気持ちになる。
(なら何で!何で・・鈴が死ぬかもしれないような行動を黙って見ている?実際に腹を切られてんだぞ、重傷だぞ。いろんな状況から考えても実の親子じゃないはずなんだ。なのに・・)
「時彦は正義感の強い男だったけど、反面自分のことには無頓着だった。特に恋愛関係にはな。昔からモテてはいたけど、人を必要以上には近づけないようにはしていた。なのに、頼られようとしていた。矛盾していると思うだろ?日向での立場ゆえのことだったけど、私にはアイツは人に言えない孤独を感じているように思えた。けれど、結局は私も時彦を救えなかった。時彦が哲人のお母さんと関係を持ったことさえ、私は時彦がいなくなるまで知らなかった」
達明はそう淡々と話す。
「!・・つまり哲人との両親は未婚だったということ?」
恋人の方をちらと見ながら直央は達明に遠慮がちに聞く。達明は苦笑しながら答える。
「時彦の立場的には許されない恋愛だったんだ。そして彼女が哲人を身ごもったことは知らなかった。どうして哲人のことを彼が知ったのかはわからないが、おそらく琉翔が何らかの方法で教えていたのだろう。勝也くんが哲人の面倒を見ることを決めたのも琉翔だからね」
「琉翔って・・高木琉翔さんですよね?ウチの学校の理事長の」
そう達明に聞く広将の顔を、侑貴は複雑そうに見上げる。
(高木琉翔・・か。一番の鍵を握っているのがこの男なのは確かみたいだけど・・哲人が生まれた18年前ってヤツは二十歳そこそこだったんじゃねえのか?今も日向一族の中で発言力は大きいみたいだけど、いくらなんでも・・。つうか名字が日向じゃないってことは傍系なんだろうし)
本人はどう思っているのだろうと、哲人の顔をそっと見る。直央に腕を掴まれたまま黙っている哲人の表情からは、その胸中を推し量ることは侑貴にはできなかった。
(父親の名前すらは18になって初めて知るって普通ありえねえだろ。や、日向自体が普通じゃないんだけど・・。哲人の父親は自 分の意思で姿を消したということか?なら哲人の母親は?)
「勝也さんは哲人に顔がそっくりだ。けれど、哲人は自分と勝也さんの関係を知らない。まだ幼かったはずの勝也さんを哲人に預けたのは・・」
「哲人の父親と勝也くんは従兄同士だ。だから哲人と勝也くんは顔が似ている。そして・・」
と、達明は直央に近づく。少し悲しげな表情になりながら。それに気づいた哲人が直央の前に出る。
「おじさん、何を!」
「哲人は欲しいのだろう?直央くんとのもっと強い繋がりを。知らなければ、8年前も終わらない。大人の勝手だと思ってくれて構わない。直央くんが日向にとって何故必要だったのか、それを・・哲人は知らなければいけない」
「直央が日向に必要?・・そんなの!直央はオレの恋人だ!オレの家族になる人だ!8年前のことなんてもうどうでもいい、日向のことに直央を巻き込ませない!」
達明の言葉に哲人は憤る。
「勝也さんだって日向の犠牲者だ。オレのためにずっと・・もう、たくさんだ!つまり、オレは父親の勝手で生まれたんだろ!8年前のことだってそうだ。一度姿を見せて何で・・」
「・・そうせざるを得ない立場だったから、時彦は。正義感の塊のようなヤツだったからな、無念・・だったとは思う。・・日向の意向で表ざたにはしなかったが」
達明の声は心なしか震えていた。道弘も唇を噛む。
「・・私だって・・昔の時彦を知らなければ。ただ責めていただろうね、彼を。確かに自分の息子が理不尽な理由で誘拐されたこと、親としては受け入れられるはずもない」
「は?誘拐?・・もしかして8年前のことって・・」
父親の発した言葉に広将はまさかという思いで問いかける。
「オレと侑貴、そして哲人と直央さん、そして亘祐たちも本人たちは意識しないままに出会ったあの8年前は本当に犯罪だったってこと?・・言ったじゃないか!侑貴はそれで悩んでるって、オレを受け入れることに躊躇してるって。俺を傷つけてるんじゃないかって」
「・・・」
広将の言葉に父親の道弘と達明は困ったような表情で顔を見合わせる。
「さっきも言ったけど・・オレはアメリカで哲人に顔がそっくりな男性と出会って、そしてその人に武道を習いました。その人をオレに紹介してくれたのは勝也さんです。だから、オレはその人が哲人のお 父さんかもしれないと哲人に言ったんです」
「!」
直央がそう言い、達明の表情が変わる。その反応を見て、直央は大きくうなづく。
「やはり・・そうなんですね。勝也さんはオレにこう言いました。『君自身と将来の大切なもののために強くなってほしい』と。オレに武道を教えてくれたその人は、とても優しい・・それこそお父さんのような人だった。そりゃあ教え方は厳しいものだったけど、だからこそオレは日本で哲人と再会できた」
「直央くん。君が出会った男性はおそらく哲人の父親じゃないよ」
「えっ?」
「時彦は・・というかあの家系は代々体術に優れている。日向の“そういう方面”を担ってきた・・者もいる」
「っ!」
「けれど、時彦はアメリカになど行ってはいない はずだ。そんな暇もないし、ましてや他人に武術を教えるなど。おそらくその彼は・・」
To Be Continued
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