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第44話
「んなまわりくどい言い方しなくても、オマエならわかることだろ?それが誰かって。オレの叔父さんで勝也の父親、しかいねえじゃねえか。つうか、道弘も自分の大事な息子にこんな話聞かせてんじゃねえよ。せっかくオレ好みのいい曲を作ってくれてるのによお」
(へ?誰・・哲人に声が似てる・・よね?背格好もなんか哲人に似てる気がする・・。父さんと同じくらいの年齢・・かなあ。や、普通にかっこいい人だけど・・けど、なんか軽っ!)
「おっ、おい広将。何ぼーっと見てんだよ」
「ひあっ・・」
「オマエさあ、露骨にイケメンに反応すんなよな、ノンケのくせに」
「!・・もしかして嫉妬?ていうか、侑貴もあの人の事かっこいいって思ってことだよな。んなの、オレだって嫉妬しちゃうよ。侑貴ってば惚れっぽいし惚れられること多いんだから」
少し嫌味な言い方なのも承知で広将は言葉を発する。侑貴は慌てて
「も、もしかして先日のことまだ怒ってんのか?ぶっちゃけ、あそこまで子供っぽくしてんのはいくらオレでもパス。そりゃギャップ萌はあるけ・・って何でそんな目でオレを見るの!し、仕事上のつきあいで仕方なく・・ひいっ!」
「・・何でオマエが今ここに・・」
「悪かったな、もうちょっと早めに来るつもりだったんだが。てか、オマエの娘の要請でここに来たってのに、何?この歓迎されてないムードは」
「・・空気を読めってことじゃないか、やっぱ。うちの息子を褒めてくれるのは嬉しいんだけど」
と、道弘が苦笑しながら男に近づく。
「久しぶりだな、時彦。・・あの時以来だ。仕事はその・・大丈夫・・なのか」
「一応、な」
そう遠慮がちに聞く道弘の頭を男・・日向時彦はぽんぽんと叩く。
「!」
「ばっ、やめろって!昔とは違うんだぞ、お互いの息子もここにいるんだから・・」
顔を赤らめて、道弘は時彦を突き放す。
「変な誤解されるだろ。オマエの息子もうちのも恋人は同性なんだぞ。や、そういうのを否定するつもりは全くないけど・・」
「と、父さん!」
父親のその言葉に広将は驚く。
「えっ・・あの・・」
「自分で言っただろ、侑貴くんと暮らしたいんだって。まあ私も仕事柄業界の噂を耳にしないわけじゃない。特にオマエのことを“親切に”私にいろいろ言ってくる輩はいる。というか、妹の美夏ですら知っていることを親が把握してなかったら困るだろう。私は・・もう8年前のような思いはしたくないんだ」
「父さん!」
頭の中を混乱させつつも広将は叫ぶ。
「8年前、オレと侑貴は何で誘拐されたんだ。侑貴のお父さんは確か薬品会社の研究者でお母さんは看護師。父さんだって業界じゃ確かに名前は知られた存在だけど、うちにそんなに財産はないよね?」
「・・まあな」
複雑そうな表情で道弘がうなづくと、時彦がわははと大きな声で笑い始めた。
「ふははは・・流石にオマエの息子なだけはあるな。おとなしそうな顔してんのに、そのはっきりとした物言いは昔の道弘に似てるわ」
「っ!・・オマエなあ・・」
「言えよ、ちゃんと」
シブい表情になった道弘を、時彦は真面目な顔で見つめる。
「は?」
「朝文の息子もオマエの息子も、ちゃんと覚悟決めてんだろ?だいたい子供たちには何の罪も無いことだ。日向にどうこうされていいわけでもねえよ。好きあってんだろ?この二人は。ならちゃんとケジメはつけさせなきゃな。まあ・・一番悪いのはオレなんだけどさ」
そう言って時彦は照れたように笑い、今度は笠松達明の方に向き直る。
「っ!・・」
「ったく、子供に何でも押し付けるなよな。って、そういう目でオレを見んな。元凶はオレだってちゃんと言っただろ」
と言いながら、時彦は頭をかく。
「やれやれ、っとに・・。朝文は昔からそういうとこがあった。あいつの奥さんも何ていうか抜けてるところがあって、それを日向に利用されたというか・・まあ簡単に言うと巻き込まれ体質なんだよな、昔から。・・そうだね、巻き込んだのはオレだね、高校の時から何でも」
そう言って、時彦は哲人の方を向く。少しぎごちない笑顔で。
「・・よう」
「は?」
父親の言動に哲人は本気で戸惑う。
「マジで何を言っているんです?貴方が自分の罪を自覚しているのなら、まず最初に言うべきことがあるでしょう」
「て、哲人・・」
直央が心配そうな顔でこっちを見ているのを感じて、哲人は小さくため息をつく。
(本当にあの人は・・)
「直央にそういう表情をさせるのなら、いくら本当の親だろうと許せません。生野のことだって、オレには・・オレは生野の親友です。・・オレの独りよがりかもしれないけど。それでも生野はオレを信じて努力してくれたから、オ レは生野を・・生野やその周りの生野が大切だと思う存在も守りたい」
「はあ・・・」
と、時彦は大仰にため息をつく。
「本家はオマエの育ての親の人選を見事に最適なものにしてくれたな」
「それについては激しく同意だ。あの二人には感謝しかないよ」
達明は大きく上下に顔を動かす。
「だから哲人も直央くんも、彼らに敬意を払っている。オマエみたいな男に育っていたら、娘も哲人を愛してなんぞいなかっただろうよ」
顔はそっくりなのに何で・・と達明は呻く。
「ひでえ言い方だな。まあ、鈴ちゃん・・だっけか、達明の娘。・・どうしたってオマエに似てるよ。自分を抑えられなくているのに、それでも相手を持ち上げようとしまうところなんか。・・そこら辺は哲人と育て の親・・」
「時彦!」
時彦の言葉に達明は大きく声を上げる。時彦は肩をすくめて
「あの子は誰かに縛られていい女の子じゃない。オレが動いたってことの意味を深く考えろ。・・“確かにあのバカ”の気持ちもわかるが、他人に左右されただけの本人の気持ちなんて結局は信じられないだろう?自分自身が“もえなければ”、気持ちなんてそこでストップしちまう。・・哲人の親は生涯アイツらだよ。・・大学教授とオレだぜ?、だいたい。そして結果がコレだ。どっちが正解か、お前らにはわかるだろ?」
「そんなの・・貴方に言われなくてもわかってますよ」
哲人が冷静な声で口を挟む。時彦は肩をすくめて
「はあ・・まあそういう反応になるわな。鈴くんにもひどーい言葉を言われたよ 。言い返せなかったけど。あの子は本気でオマエを想っているんだな。流石に生まれたときからオマエの側にいる子だわ」
「あんた・・何でそんなことまで知ってる?」
哲人が不審そうな表情になる。
「俺たちの動向を探っていたのか、ずっと」
「動向を探るって・・オレ、別にスパイやってるわけじゃねえんだから」
似たようなもんだけど、と時彦は苦笑する。
(いくら命を狙われることが多かったからって、発想が高校生らしくねえだろ。どんだけ信用されてないんだ?オレ。まあ、ほぼ18年間ほっといた息子に恨まれているのは当たり前だとして・・問題は達明の娘の方だよな)
『電話でもボクの声はわかるはずですよね、哲人のお父さん。みんなの進路を決めなきゃいけない 時期なんで、さっさと過去を終わらせてくれます?お膳立てはボクと涼平でやっといたんで』
(日向の誰も知らないはずのオレの連絡先を把握してるわ、オレが彼女の音声データを持ってることまで知ってるとか、マジ怖い。骨の髄まで日向の人間て感じだけど、たぶん情報源は・・)
時彦は自分の幼馴染の顔を思い浮かべる。その存在は日向の中でも本当に一握りの者しか知らず、文字通り日向の裏の世界だけで生きていた。
(今は遠夜と名乗っているんだっけか。んで哲人たちと同じ学校に“また”通って・・。たぶん今が一番幸せなんだろうな、あいつにとっては。だからって、シークレットなことを晒しすぎだっつうの。ほんとどいつもこいつも、子供には・・)
我知らず笑ってしまう 。その笑顔を見て哲人はむっとした表情で時彦を睨みつける。
「何を笑っているんです。オレの質問に答えてください」
「だから、んな怖い顔すんなって。まあ、言い訳させてもらえばオマエの母親の妊娠には本当に気づいていなかったんだ。でも・・オレは子供を持つことは許されない立場だった。それもあって、オマエの存在を知ってからもあえてほおっておいた。日向夫妻に育てられることは生まれる前から決まっていた。オマエの母親は日向夫人の姉だからな」
「えっ?マジ・・」
「んだよ、やっぱ知らされてなかったのか。ったく、あいつら変なところで手抜きしやがる。グレたらどうするんだっての」
これだから日向って家は・・とひとしきり愚痴った後、時彦は「もしかして・・」 と神妙な顔つきになる。
「なんです?」
「だからそんな冷たい声出すなって。や、母親のことはそういや全然聞いてこないなって思ってさ。・・知ってたのか?」
「・・・」
達明も難しい表情で二人を見つめる。哲人は俯きながら答える。
「父から聞いたんだ、ついこの間。母が泣いたって、先日の事件のことを聞いて。もう無茶はしないでって、また自分の大事な存在を消してしまうのかって。その時に、告げられた。オレを産んでくれた人は、その時に亡くなったって」
「哲人!」
直央が哲人の腕を掴む。
「哲人がずっと沈んでたの、それもあったからなんだね。ごめんね、オレ気づいてあげられなくて。ちゃんと・・ちゃんと哲人を気遣ってあげられなくて。哲人を独りで泣かせて ・・ほんとごめん!」
「いいのに・・直央にそんな顔させたくなくて、だから。・・母は覚えてなかったみたいだけど、昔オレを抱きしめて泣いたことがあった。「大好きなおねーちゃんもこのお墓にいるのよ」って。その時はよく意味がわからなかったけど、この人の言葉で理解できた、今。そっか、お母さんたちがオレを引き取ったのは・・」
「違うよ、哲人」
哲人の言葉を聞いて、達明が首を横に振る。
「このバカが全ての元凶なのは間違いないのだが・・。肝心なことはほんと誰にも言わないから、後で周りが尻ぬぐいすることになるのは子供の頃からそうだった。君を産んだ人はとても綺麗な人だったけど、身体が弱かったんだ。そして立場上、未婚の母にもできない人だったんだ。・・君は 日向が君を戸籍上の両親に押し付けたと思っていた。そうじゃなくて、あの二人が主張したんだ。生まれてくる子供は自分たちが守ると」
「・・・」
「哲人の誕生を喜ばない者もいたのは事実だ。君のお母さんはテレビ出演を1年間ことわって、姉の出産に備えたんだ。妊娠したと発表してね。そうしていろんなことから君ら母子を守った。別に君本人には出生のことは隠すつもりもなかったんだよ。ただ、君があまりにも狙われてしまうのでね。うかつなことが言えなかった」
「そんな危険なオレをあの人たちに任せたんですか。勝也さんだってそうだ。母が忙しかったからといって小学生にオレの世話をさせた。オレっていったい何なんですか」
なじるようなセリフではあったが、その声は淡々としたものだった。達明は大きくため息をつく。
「ふぅーっ・・・そこを突っ込まれると困るのだけれど。一言でいうと、望んだのは哲人自身なんだよ」
「へっ?」
思いがけない答えに難しい表情を崩さなかった哲人の口が開いたまま止まる。
「・・・」
「まあ、自分に顔が似てるってのもあったのかもな。本当に勝也くんに懐いていたから。・・そもそも、最初は琉翔くんが哲人の守役になるはずだったんだけど、哲人が拒否したんだ。乳児の哲人が彼が側にくるだけで凄く泣き叫んで大変だった・・」
そこで達明はもう一度大きくため息をつく。
「・・それでも彼は当主が決めた哲人の後見人だからね。だから3年前のあの時は彼に哲人を託した。・・私が話せるのはここまでだ。そして 8年前のことだけど・・」
「朝文はヤバイ研究に手を染めていた。それをアイツに・・高瀬亮に付け込まれた。そこに哲人と・・直央の問題が絡んだ、それが8年前に事件が起こった経緯だ」
時彦が達明の言葉を引き継ぐ。哲人と侑貴の顔が引きつる。
「な、なんで直央が!」
「どういう意味・・」
「お、おい!時彦!」
「言わなきゃ8年前が終わらないんだろ、この場合。つうか、あの大学の事件も哲人たちがどうこうしたっていうからな。朝文の息子はとっくに覚悟を決めてるみたいだし」
時彦がじっと侑貴を見る。
「っ!」
(な、なんだよこの人。亮のことも、おそらくドラッグのこともいろいろ承知してるんだろう。ただ日向の関係者って括りで事情を知ってるだけじゃねえよ な 。なんなんだよ、このイケメンは)
そう思いながら侑貴は恋人の方に顔を向ける。
「広将・・」
(だからその視線は何なんだよ!確かにこの人はカッコイイよ。性格は最低みたいだけど。ぶっちゃけ哲人と全然似てねえ・・顔は確かにそっくりっていうか年齢重ねてる分渋さも加わって、顔だけはめっちゃ・・オレも好みだけど。けど・・)
イライラする。全てを見通しながら肝心なことは絶対に言わないだろうなと分かってしまうその態度が“彼を”思い出させるから。
(変だ・・。オレの両親のことは哲人の父親も鈴の父親もちゃんと知っているみたいなのに。これ以上何の情報を得たいと考えているんだ?だいたい、アイツなら・・黒木遠夜なら調べりゃわかるだろうに。ウチの親にはまだ秘密があるのか?・・それはともかくとして)
「亮が・・高瀬がドラッグ犯罪を起こしていたことは知ってる。それにオレも結果的に加担している形だった。もちろん知らずにだけど。それもオレの親の因縁だというなら、オレはそれを背負って生きていく。・・8年前、広将がオレに好きと言ってくれたから」
8年前ももちろん自分は年上だったはずなのに、なのに自分はあの頃からずっと恋人に守られている。
「オレはそんなところも父親に似ている。甘ったれで、めんどくさくて。・・思い出したんだ、オレの両親は心中したんだって。追い詰められたってのはそうなんだろうけど、誰かが事故に見せかけて殺したとかじゃない。本当にあれは自殺だったんだ」
「侑貴!」
3歳年下の広将が侑貴を抱きしめる。
「もう思い出さなくていいから。ごめん、こんなことになるなんて思わなかった。オレの都合だけしか考えてなかったね。オレは・・オレこそが侑貴に寄りかかってるって思ってた。侑貴が側にいないと寂しくて、だからずっと寄り添っていける方法を模索してたんだ。侑貴にこんな思いさせるつもりなんて・・。だって、8年前もそうだったもの。侑貴が、侑貴だけがオレに笑いかけてくれたもの。 震えてたオレに、さ。あの時からずっと侑貴に恋してた。うん、どうしたって好き!」
そう言って広将は恋人に唇を押し付ける。
「ちょっ・・」
もちろん、侑貴はソレを押し返そうとする。普段ならそのまま自分も舌を入れるところだが、今は同じ室内に広将の父親がいる。というか他にも人がいる。
(な、何を考えてんだ広将は。交際の許しを貰いにきてるのに、こんな神経逆なですることしてどうすんだって。って思っているのに・・)
どうしても唇を離せない。やがて諦めて目を瞑る。
「っ・・ん・・う」
「オマエの息子ってけっこう・・」
「言うな、目を瞑りたいのはオレの方だ」
(うーん)
自分の息子のラブシーンを目の当たりにして赤面する旧友を尻目に時彦は考え込む。
(道弘の息子の反応・・。どうも腑に落ちねえ。もっと8年前のことを気にすると思っていたけど、達観しすぎている。誰かに何かを言われたか?)
言われたとすれば・・と再びあの顔を思い浮かべて小さくため息をつく。
(っ!・・くっそ。そこまで簡単だとも思っていなかったが、遠夜に先手を打たれていたみたいだな。多分、朝文の息子も。突っつけば少しは情報を出してくれるかと思ったんだけどな。高瀬とも繋がっているのなら、かなりイケると踏んだのだが。甘かったか?が・・)
二人はまだ唇を合わせている。
「オマエの息子にしちゃあ積極・・情熱的だな。けどゲイってわけじゃないんだろ?まあオトコにモテる系な感じのとこは昔のお前に似て・・」
「だから、 誤解を受けるようなこと言うなって。時彦の息子もいるんだぞ。や、本当に本気で侑貴くんのことを好きになるとは思っていなかったけど。・・哲人くんにも憧れていたらしい。それで自分の人生を決めたということも、そこは流石オレの子供だとは思うよ。オレの半生も結局はそういうものだし」
苦笑しながらも、生野道弘はようやく顔を離した息子とその恋人を黙って見つめる。
(うーん、結局は血は争えないものなのね?本気で本人は自覚なかったみたいだけど。結局のところは一番安心できた・・オアシスみたいな存在だったんだよな、道弘は。朝文も、ずっと学生のころの気概のままでいられればあんなことにならずに済んだのかも、な)
大人になれば・・というのが上村朝文の口癖だった。 およそ普通の高校生とは思えない勉強オンリーの高校生生活。それでも生徒会をせめて今までとは違うものに、というのが“とりあえずの”目標だった。
(大人になって現実を知って、それでもオレや達明は日向の人間だから違う意味で割り切れた。もっと辛い現実を知っていたから。もっともオレはそこから逃げたようなものだけど。けど、朝文はもっと最低のものを見てしまった。・・それも、日向のせいだからな)
それも理解した上でそれでも侑貴や哲人とつきあっているのなら、一番凄いのは広将だと時彦は考える。
(だからこそ、琉翔の掌で踊らさせているような現況を打破したいのだが。証拠が足りないんだよなあ。勝也も人質にとられているようなもんだし。あいつの父親もなにやってんだ か)
「まあ、とにかくだ。愛しあってる二人に野暮なことは言う気はねえよ。道弘もそうだろ?ちゃんと結果は出しているわけだし。オレだってあの学校の卒業生だからな。あの学校に在学しながら芸能活動するとか、普通なら無理ゲーな話なんだけど、現実にやっちゃってるもん。交際を反対する理由も無いだろ」
「別に交際自体は反対はしてないよ。や、ちゃんと言われたことは無かったけど知ってはいたし。そりゃあ普通に複雑ではあるけど」
と、道弘は困惑の表情で答える。
「8年前のことはともかく、哲人くんや侑貴くんとの再会は偶然なものだと思っている。それで哲人くんの言葉で元気づけられて、ソレが侑貴くんとの再会に繋がったというなら、親としては嬉しいよ。・・将来的なものは できればもっとちゃんと考えてほしいとは思うけど、それでも広将の中ではしっかりビジョンが決まっているんだろうね、既に」
「決まってるよ」
父親の顔を真っ直ぐに見据えながら、広将は即答する。
「侑貴と家族になりたい。法律上は無理だし、世間もいろいろ言うだろうけど。父さんたちにも迷惑かけるだろうけど、けど侑貴の永遠のパートナーでいたいんだ。オレは侑貴を愛しているから」
「・・息子の口からそんな言葉を聞くって、オレはどうしたらいいんだ?」
「アホか」
赤面しながら頭を抱える道弘の様子に、時彦は呆れたようにその頭をこづく。
「大人の対応しろよ。高3の息子が真剣に自分の想いを口に出しているんだぞ。なんかあったら、鈴や哲人が何とかしてくれる って。それだけのことをオマエの息子はしたんだし、そう育てたのはオマエだろうが」
「・・・」
「何勝手なこと言っているんだ、アンタは」
と、哲人が少し怒ったような顔で近づいてくる。
「確かにオレは生野のためになることなら出来ることはするさ。生野は大切な親友だからな。けど、あんたが仕切るなって話だ。・・アンタはただ引っ掻き回すだけだろうが」
「・・既に見切ってるな、流石血の繋がった息子だ」
と、達明が呟く。
「オマエ・・8年ぶりに出会った父親にそんな態度はよくないと思うよ?」
時彦も、わざとらしくヨヨヨと泣き真似をする。
「何が父親だよ。あんたはただの精子の元だろうが。・・オレの父さんはあの人だ。あの父さんと母さんに育っててもらって 、勝也さんに守ってもらって、鈴や涼平や亘祐が側にいてくれたからオレはこれだけ直央に愛してもらえる人間になれたんだ」
「てつ・・ひと・・」
直央が哲人の手を強く握る。
「両親も直央のことを認めてくれてる。孫を見せられないのは心苦しいけど」
「へっ?」
哲人のその言葉に直央が驚く。
「えーっと、お母さんからはお手紙もらえたけど・・お父さんからはまだ何のリアクションも・・」
「照れちゃって声をかけられないみたいだって、母さんが言ってた。つまりは認めてくれてるってことじゃないのかなあ。それもかなり好意的に。この間の直央の手料理もけっこう功を奏したみたい」
「言ってる意味がわからないんだけど・・」
「えっ?あ、ああ・・そっか」
と、哲 人はきまり悪そうに頭を掻く。
「?」
「うちの両親て、二人とも仕事の時は名前を変えているんだ。母さんはまあテレビにも出てるから芸名というか。父さんは大学の方から要請されてペンネームで教授やっているんだ。割とソレで学生集めてるとこもあるらしい。何冊か本出しているから」
「大学教授・・だっけ?お父さん。哲人も随分影響受けたんだよね。・・ってオレのことと何か?」
?という顔の恋人を見て哲人は思わず顔を赤くする。
(な、何でこんなに可愛いの!)
「お、オレ何か変なこと言った?ごめん!」
はあーっとため息をつく哲人を見て、直央が慌てて謝る。
「オレ、哲人のお母さんはテレビで見たことはあるけど、お父さんのことは全然知らなくて・・」
「会っ て・・いるんだよ、直央と大学で。や、学部が違うから・・」
「大学で?」
「げっ!もしかして・・」
その言葉を側で聞いていた侑貴の顔色が変わる。「ふえっ?」と直央が変な声を出す。
「侑貴さん知っているんですか?」
「えーと、多分ウチの栗原教授のことだよな?本出してる有名人て・・」
「栗原教授?侑貴さんの学部ってことは経済学部の?・・そういや渋い感じの人がいて一度すれ違った時に何か凄い視線感じたことがあったけど」
「直央ってゲイなんだろ?何であの栗原教授の視線を感じて、その程度で済ませられるんだよ。あの人マジでモテるんだぞ。まあおしどり夫婦としても有名だから、誰も無謀なことはしないんだけどさ」
と、呆れたように侑貴が言うのを見て広将がその手をぐっと掴む。
「・・んだよ」
「侑貴ってわりと年上好きだよね?もしかして・・」
「ばっ!」
と言いながら侑貴は慌てて残った手で相手の肩を掴む。
「確かに素敵な人だとは思ったけど。や、マジでかっこいい人なんだって。日向の一族の人だって知ったらまあ納得なんだけど・つうか、そんなんだったらオマエをうちの大学に入学させたいって思うワケないだろ!オレが卒業した後のことが心配で、無理やりにでも留年するわ!」
ゼイゼイと侑貴は息をつく。
「・・マジで日向のDAN半端ねえ。や、教授は別に日向の人間てわけでも無いのか。婿養子だって聞いたことあるし」
「いや、分家ではあるけど日向一族だ」
「・・もう勘弁して。こんな中に広将を放り込みたくない。 どうせ哲人もあの大学にいくんだろ?いくらT大に楽勝で受かる頭持ってるからって、直央と離れるはずないだろうし」
「え・・あ・・もしかして以前言ってた尊敬する教授ってお父さんのこと?」
「うん、父と笠松のおじさんのおかげでオレは普通に一人暮らしできるくらいの資産を得ることができたんだ。オレのこともちゃんと理解してくれたからオレは・・オレは直央に受け入れてもらえるような人間になれた。だって、直央はオレ個人を見て好きになってくれたんだもの。全部知っても・・オレを助けてくれてオレのために泣いてくれた・・んだ」
哲人は直央の顔を見つめて言った。困惑気な表情で恋人を見つめ直す直央はやがて赤面しながら
「オレは・・オレの知らないもっとかっこいい哲人が見たいだけだもの。や、 今でも十分かっこいいんだけど、声も変わったりして哲人っていろいろな顔があって・・とてもステキなの。まだねまだね、多分見たことない哲人がいてね。もう大好きなの!それでね、ずっと一緒にいてね、いろんな哲人を知りたいの。だって哲人はいつでもオレを好きだって言ってくれるから。安心・・できるの」
「直央・・うん、オレも直央が側にいてくれるから・・」
「あのな、オマエラら」
苦虫を嚙み潰したような表情で、時彦が口を挟む。
「別にいちゃつくのはかまわねえよ。ぶっちゃけアメリカで鍛えられたというわりには、華奢な身体だなとは思ったしマジで哲人に甘過ぎね?けどオレの息子をそこまで想ってくれてるのは嬉しいよ。ただ、それは・・君の立場を理解した上での言動 だよね?勝也は、ただ君を鍛えるという理由だけで、自分の親と会わせたとは思えないからな」
「親?じゃあ、オレがアメリカで会ったあの人は、哲人に似たあの人は勝也さんの?」
直央はそう問う。
「つまりはオレの叔父さん・・哲人とももちろん血縁関係はある。元々ウチの家系は日向の武の部門を司っていた。・・君は自分自身が日向と何らかの関係があることも知っていて、日向の奥底まで知っていて、それでも哲人と一緒にいたいと思ってくれてるんだよね?」
「はい」
と直央は頷いて、時彦とは正反対の笑顔の表情を見せる。
「っ!」
「アメリカで師範がオレを鍛えてくれたのも、勝也さんの行動の意味も今ならわかる。哲人のためだって。そしてそれが俺の幸せに繋がるんだってことも」
「・・・」
「たぶん“作られた運命”だったんでしょうね、オレたちの過去は。けど“導いたのがそれ”だったとしても、内から溢れた想いはオレ自身が作り出したものだ。だから自信持って言える。哲人を愛しているから一緒にいるんだって。日向の都合のためじゃない。オレの未来のためです」
アメリカで日向勝也に言われたことも、その存在すら忘れていたのだからと直央は小さく笑う。
「周りに見守られていたんでしょうけど、オレと哲人は。 けどそれが哲人が本当に欲しかったものじゃないことも、時彦さんも鈴ちゃんのお父さんもわかっているのでしょう?哲人は自分の過去と現状とそして未来をちゃんと自分で考えて、オレを欲してくれているから。オレたちは多分アナタ方が思うより深く結びついています」
「言うねえ、直央は」
と、時彦はニヤリと笑う。流石あの人の子供だと。
(確かにオトコに狙われそうな可愛い顔してるのにな。本当なら“あの人の”いい後継者になるんだろうけど、でもドロドロした世界には捉われてほしくないとも思う。だから哲人と結ばれるのは“矛盾している”のだけれど、でも愛しあってるのならしゃーないわな)
「まあ“哲人の両親”が認めているのなら、オレがどうこういう筋合いはないわな。だい たい哲人が『オマエが言うな』って顔してこっち睨んでるし。だいたいオレと同じ顔してんのに、ほんと愛想がないんだよなあ。直央くん、こんなのが彼氏で本当にいいわけ?」
「時彦、そろそろやめておけ」
と、達明が顔をしかめる。
「鈴は“そういうつもり”でオマエをここに呼び出したわけじゃないと思うぞ」
「・・悪い」
時彦は素直に謝る。その様子を哲人は訝し気に見つめる。
「貴方は・・今どこで何をしているんです?お・・時彦さん」
「とりあえずあんましオレの存在を無視する気がないことがわかっただけでも嬉しいよ、哲人」
「だからオマエは・・はあ」
と、達明は大きくため息をつく。
「こいつは行動力も高い知性も持ち合わせているのだけれど、いかんせんバ カなんだよ。正義感もあるけど、人に迷惑もかけたがる」
「・・それって最低じゃねえか。本当に哲人の父親なのか?」
と侑貴が呟く。
「駄目だよ侑貴、そんなこと言っちゃ。少なくとも8年前オレたちを助けてくれた人だよ?」
広将が優しい声で言う。
「っ!」
不機嫌な顔で今度は侑貴が時彦を睨む。
「ん?」
「・・あんたってオレに似てるんだ。哲人同様に・・や、そっくりな親子だから当たり前だけど、今でもモテるんだろうな。けど、相手の好意を簡単に利用してしまえる。そういう性格だろ、あんたは。だから・・」
(だから鈴の想いすら利用できるんだ。親友の娘なのに。だから、8年前のことは鈴だけがはっきりと覚えていた。コイツは危険な男だ。それに・・)
尚も侑貴は不審な表情で時彦を見る。
「侑貴?」
「なあ、広将。オレ、オマエに進学を勧めてた。オマエの将来のためにと」
「えっ?けど、それは・・」
戸惑いの表情で広将が答える。
「オレのいろんなことを心配してくれるのは嬉しいけど、オレだって真剣に侑貴との未来を考えて音楽に専念する気持ちになったんだ。だから・・」
「わかってる、そんなことも・・何もかも。鈴もだから時彦さんをここに寄こしたんだろうな」
「 は?言ってる意味が・・」
「あんだけオマエに大学には行っておけって言ったのに、今さら行かなくていい、オレの側にいろなんて言っても余計に説得力 ないだろうからぶっちゃけるけどさ、オレの心が持たないんだわ」
力のない声で、それでも相手の顔を真っ直ぐに見ながら侑貴は言葉を紡ぐ。
「広将のお父さんはオレの親のこともよく知っているみたいだし、その・・オレの環境も全部ひっくるめて公正な判断してくれと思う」
「侑貴!何を言おうとし・・」
「確かにメジャーデビューもして、曲もまあ話題になっている。インディーズでもそこそこ売れてたしな。・・これからは、ままやそこそこじゃ生き残っていけないのも分かってる。うちのバンドがこうなったのも広将の力が大きいの も。マジ情けないんだけどな。オレや他の二人も、正直戸惑ってはいたんだ。野心や上昇志向が無いわけじゃなかったけど、とにかくオレらの感覚からしたら話は大きくなりすぎた。そんで・・まさか広将がオレに告白してくるとも思ってなかった」
考え考えながらも、侑貴はなるべく淡々と話すように努めた。自分にとってどれだけこの3歳年下の男子高校生の存在が必要なのか、自分でも今一度己に言い聞かせるためもあって。
「広将のお父さんには業界の噂話も耳に入ってくるみたいだから、自分のことは隠さずに言います。オレは、ぶっちゃけ遊び人だった。哲人と直央が巻き込まれたドラッグ絡みの事件も、元をたどればオレも一端だった。それを環境のせいにするつもりも無いけど、広将が救っ てくれたってことは確たる事実なんだ」
「侑貴くん、私は最初に言ったよね」
広将の父親である生野道弘が近づいてくる。
「キミの両親の死後、本当は私がキミを引き取るつもりだった。もちろん、キミの両親があのような形で亡くなった理由を私はやんとは知らなかった。けど8年前の事件が関係していることは、想像に難くはなかった。が、高瀬に先を越されていた。キミのお母さんの実の妹さんも関係していたからね、8年前のことがあるからこそ、我々は手を出せなかった。・・この事実を告げるつもりは無かったんだよ。言えば、キミと広将の関係に影響があるかもと危惧した」
「え・・理由・・それ?・・オレの噂とか聞いているんですよね?広将・・くんも目撃してるって」
道弘の 言葉に侑貴は驚く。
「ふふ。侑貴くんは自然にしてていいよ。・・哲人くんと直央くんを見てても、8年前のことより“今が”重要というか・・・広将も成長したんだってことは親である私が一番わかってる、わかっていなければいけないことだから。私は深いことまでは知らない。もちろんキミの噂も聞いていたし、それ以前からキミのことは知っていた。キミが私たちに対して申し訳なく思ってることの、ある意味対価はお互い払っているんだ。けど、それだからって私がキミと息子の交際を許す理由にはならない」
「!」
「勘違いはしないでくれ、そんな契約のような恋愛にしたいとは思ってないんだよ」
道弘は照れたように微笑む。
「息子は私の出来なかった人生を歩もうとしている。私も 、キミのお父さんと大学で軽音部に一緒にいたんだよ。そして高校の時も同じく生徒会にいた。時彦も達明もね。けど、今の哲人くんたちと同じ様にはいかなかった。目指していたものは同じだったのだけれど」
「父・・さん」
「多分、時彦も達明も同じ気持ちだよ。少なくとも、我々は改革できなかったんだ、あの学校を。いろいろ伝説は残したけどね、主に時彦が。自由に恋愛もできなかった。文化祭すら行うこともできなかった。あの学校を変えて、しかも大人以上に辛い思いもし、世間にも認められた。おそらく他の親より私が息子のやったことを偉大なことだと評価できる。その息子が・・自分が愛情と信念を持って育てた息子が選んだ相手を簡単に否定できるはずがないだろう?」
「け、けど・ ・オレは」
「いいんだよ、覚悟はしてたから。・・って変な言い方か」
「っ!」
「確かに“今の想いに”8年前は必要ないかもしれない。けど、親からすればターニングポイントの一つではあるんだよ。だって、見ていたからね」
今にして思えばそれは「友情ではなく“小さな愛情”」だったのだと分かる。記憶が無くても、哲人は広将に素直な、けれど必要な一言を与え、侑貴は自分の側に広将を置いた。自分の音楽に必要だからと。
「広将はずっと人生を模索していた。今、息子が幸せだと思っていられるのは哲人くんとキミのおかげだ。それが、普通じゃないものの上に成り立っているのは、私も妻も承知だよ」
正直、複雑なものが無いわけはない。
「広将ってそういう方面は興味が無いのかと思ってたからね。けど、広将の作る歌はどれも愛に溢れていた。結果論として、二人は一緒にいた方がいいんだよ」
ぶっちゃけ、親としては照れるし複雑だけどねと道弘は頭を掻く。
「“息子の本気”を親が受け入れないでどうするのって。1年前、キミと内田さんはキチンと挨拶してくれただろ?二人とも親の意見を尊重するというスタンスだった。広将は未成年だからね、誠実な行動だと思ったよ。ビジネスチャンスより、個人の尊厳を優先してくれたわけだから」
「個人の尊厳を優先したら恋人になったっていうオチ付きだけどな」
「馬鹿、オマエはもう口を出すな!」
達明が時彦を乱暴に自分に引き寄せる。
「ってえ!愛が痛い・・」
「それもひっくるめての広将の本気ということだろ?で、時彦の出現でいろいろ思いがけない事実を知ってしまった。私もそれに加担していた。複雑な心境だろうが、率直に“今の”思いで言葉を出してほしい」
道弘の声は優しいソレだった。自分も、覚悟は決めていたから。
「時彦・・さんの言ったとおりです。広将はオレが思っていた以上に大人で。作詞作曲も演奏も器用に何でも出来て。オレの気持ちも全部誰よりも分かってくれて。寄りかかってしまいたって正直に思ったけど、でも“普通じゃない”ってとこはどうしても・・。そんでここからが一番正直な気持ちなんだけど」
その言葉を聞いて、広将は侑貴に寄り添うようにくっつく。
「ちゃんと聞くから。何があってもオレはオマエの味 方だし恋人なんだから、安心しろ」
「・・声のせいか彼がこの中で一番大人に見える」
時彦が呻くように呟く。
「こんなことオマエのお父さんの前で言うのはアレなんだけど、オマエの周りに日向がいるのがその、不安なんだ。や、事件のこととかそういうのじゃなくて。オレ自身が関係者で、オマエも受け入れてくれたから。そうじゃなくてもっと根本的なとこ。ぶっちゃけ嫉妬。馬鹿みたいだけど、圧倒されちゃってんの。そんでさ、オマエ涼平たちにくっついてアメリカに行きたいって言ったじゃん」
『なってもいいよ。や、もちろんちゃんと卒業したいし、でも進学はしない。鈴に相談したら、留学って手もあるって言われた。内田さんが来年の3月からアメリカにいくことにな っているのは知ってるよね。それにくっついていけば?って。もちろん大学になんかいかないけどさ』
「一か月ほどなら我慢しようと思ってた。確かに向こうの音楽に触れることも大事っちゃ大事だしな。内田さんの伝手があれば向こうのミュージシャンとも会えるはずだと。それはイイ事・・なんだけど。時彦・・さんによく似たそんで性格もイイ人がアメリカにはいるんだろ?広将だって無関係じゃないんだ、会うことにもなるだろう。そしたら・・」
「そんな嫉妬?オレが哲人に憧れてたって事実がそう思わせちゃった?バカだな、確かに哲人も哲人のお父さんもかっこいいけど、オレはゲイじゃない。鈴のことだって可愛い女の子だってずっと思ってた。でも哲人のことが好きなのわかってたから。・ ・本当に初めて自分の想いを告げなきゃって思える相手だったんだ、侑貴が」
そして広将は侑貴を抱きしめる。強く。
「ひ・・く、苦しいって。それにオマエのお父さんが見てるんだから」
慌てて侑貴は相手を押し戻そうとするが、身長差があるせいかうまくいかない。ますます広将が力を入れる。
「は、恥ずかしい・・だろ。みんな見て・・」
「だって、オレがくっついていないと侑貴は安心できないんだろ?オレだってそうだ。だから一緒にいたくて進学をやめようと思ってるオレの気持ちは伝えたよね。本当はもっと別の理由があるんじゃない?だからこそ、鈴がこの場にこのメンバーを集めたと思うんだ」
「っ!・・それは」
「はあ、やっぱオマエの息子すげえな、道弘 。音楽だけやらせておくには惜しいぜ、全く」
と、時彦が唸るように言った。
「守ってやれよ、達明。日向に利用されいい人材じゃねえ。ま、オレも頑張るがな」
「オマエに言われなくても分かってるよ」
笠松達明は顔をしかめながら言う。
「親がいる前で言っていいセリフじゃないだろう。誰もがオマエとオマエの仕・・オマエの環境を理解できるわけじゃないんだから」
「ばーか、日向を受け入れた時点でもう戦いは始まってんだよ。っていう判断をオマエの娘がしたから今日こうなったんだろ?あの子にはオレも一目置いている。・・救いたいとも思うがな」
「!」
「悪かったな、哲人」
不意に時彦の顔が哲人に向けられる。
「っ!・・んだよ」
「哲・・人?」
先ほど まで比較的冷静でいたはずの哲人の声と口調が変わっていることに気づき、広将は困惑の表情になる。そして直央と目が合う。
(直央さん?何で・・)
少し悲しそうなけれどホッとしたような複雑な表情をした直央の唇が動く。
(・・ごめんね。・・?)
どういうことだと聞こうとした瞬間、哲人が時彦の頬を叩いた。
「っ!」
哲人によく似たその端正な顔が少し赤くなる。
「哲人、何を!」
「8年前もそうだったな」
叩かれた頬を触りながら、時彦が呟く。思いもかけず自分の声が嬉しそうなソレになるのを感じながら。
「あの時はオレの顔に手が届かないのに焦れて、ずっと太ももを叩いてたっけ。『直央を離せ!』とか言いながらさ」
「っ!」
「けど、既に子供の表 情じゃなかった。ああ、日向の人間だなと思ったよ。・・鈴も同じ目をしていたよ。鈴との婚約を解消したオマエの判断は間違っちゃいない。別にオレを恨んでてくれればいい。全ては直央が浄化してくれるはずだ」
「な・・にを、勝手なことを!」
再び、哲人の今度は拳が時彦の顔にむけて放たれる。が、それは時彦の手で軽くいなされた。
「ちっ!」
「哲人!」
よろけそうになる哲人を慌てて直央が支える。
「だからオレが謝らなければいけないとすれば、ソレは直央に対してだ。“この先、哲人がどう変わっても”キミは哲人を支えてほしい。・・つうか、マジでゴメン!」
急に口調を変えて直央に向けて手を合わせて片目をつぶる時彦に、皆は唖然とする。
「オマエ・・」
「 けっこう甘えんぼだろ?哲人って。そんでもってド天然で周りを混乱させるんだって鈴が言ってたわ」
「は?」
「鈴もいい嫁さんになるかなって正直思ってたけど、直央もしっかりしてるもんねえ。やっぱ哲人みたいなのって深く知るとほっとけないタイプなのかな・・痛てえ!」
時彦がうずくまる。その身体に哲人はもう一度蹴りを入れようとしていた。
「哲人、ストップ!ダメだって、時彦さん本気で痛がってる!」
「いいんだよ、直央。貴方を侮辱するヤツは誰であろうと許さないんだよ、オレは。もう二度と直央にも生野にも近づくじゃねえ!二人ともオレの大切な存在なんだ。あんたの思い通りにはさせない!」
「哲人・・」
「オマエさ・・そういう誤解生むような台詞は言わない方 がいいって。広将くんは彼氏持ちなんだから。ただでさえ、侑貴が落ち着かないってのに」
立ち上がりながら、時彦は軽い調子でそう言った。
「だいたい、オレが接触するようなハメになったらかなり危ない状況だっつうの。てか、流石に8年前よりは蹴りは強烈だな。佐伯はいい師匠をつけてくれたようだな、達明」
「・・哲人の努力の結果だよ。彼を鈴も涼平も亘祐も哲人を守ろうと必死だったけど、哲人自身も必死に生きてきたんだ。そこに直央くんが加わった。彼に癒されながらも彼をも守ろうとする。素敵な関係だよ。それが分かっているから我々も認めたんだ。日向の思惑とかは気にしなくていいんだよ?同じことを侑貴くんと広将くんにも言えるのだけどね」
達明は優しく微笑みながら 、侑貴に向かってウィンクする。
(あれ?似てる‥鈴に)
侑貴が困惑の表情になったのをどう思ったのか、達明は慌てて言葉を続ける。
「いや、キミたちにも覚悟しろとか言ってるわけじゃないよ?鈴も哲人もちょっと特殊なんだ。だからこそ、時彦の存在も公にはできなかったし、哲人のお母さんにもお姉さんとの思い出に存分にひたらせてあげられなかった。侑貴くんにも辛い思いをさせた。キミたちは自分の力で幸せをつかみ取った」
「おじさんは何も悪くないでしょ」
哲人は尚も冷たい声で言葉を放つ。
「一番の敵は、この男だってのは分かりましたよ。こいつのせいで皆が苦労する。両親も、オレを産んでくれた人も。けど、良くも悪くもオレの転機のきっかけはこいつの存在だ。だ からもうメチャクチャにされたくはない」
「だから、オレがオマエと会う状況になんのがマジでシャレにならないんだって。今回は鈴ちゃんにどうしてもって脅さ・・いわれたからきただけでさ。まあ、いろいろ安心したかったってのもあるんだけど」
そう言いながら時彦は腰を屈めて、直央の顔を覗き込む。
「?」
「ふふ。お母さんに似て可愛くてかしこそうな顔をしているね。哲人はまあメンドクサイ男だけど、仲良くしてやってよね」
「はっ、はい!もちろんです。・・時彦さんも無茶なことはしないでくださいね、もう哲人の泣く顔を見たくないですから」
「!・・おい、達明」
直央の言葉に時彦は驚き、達明の耳に口を寄せる。
「オマエ‥あの子にオレの職業とか言ってないよ な?」
「オレは言ってない。直央くんは何しろ“あの人の子供”だからな。ただでさえ危ない綱渡りなんだ。余計なことはオレはする気はない。鈴の行動は謝るが、オマエもこれ以上接触するな。哲人はオマエと関りを持ちたがらないだろうが、直央くんはなかなかに勘の鋭い子だからな」
「・・ていうわけで、オレは帰るわ。だいたい今日は上村の息子が道弘の息子にプロポーズするって話なんじゃなかったのか?なんか公開処刑みたいになってるけど」
「・・あ、あの男!顔はいいけど性格最低!いいのか?いいのか直央。オマエみたく素直なヤツが関係していい男じゃねえぞ」
侑貴がぐぬぬと拳を震わせる。
「オマエが言うことじゃねえだろうが。ったく・・あんな男 のためにオレがずっと悩んで直央にも迷惑かけてたなんて馬鹿みてえじゃねえか!」
いつになく感情を昂らせている哲人は、普段はしない口調で怒鳴る。
「あったまきた!くそっ!鈴のやつ、オレに何の恨みがあるってんだ!連絡とらなかったからか?オレだって気を使ったんだっつうの!つうか、だいたいの揉め事の原因はあいつじゃねえか!」
「哲人、落ち着いてよ・・」
「哲人って、クールが売りだったんじゃねえのか?・・そういや、オレと電話越しで喧嘩して片手を負傷したんだっけか」
あの時もこういう感じだったのかと、侑貴は呆気にとられる。
「直央も大変だな。あんま哲人を嗜癖しないようにはするよ。てか、あんなに感情を出せるもんなんだな、鈴の前じゃただの天然ボケ 野郎に思えてたんだけど」
つまりは・・と思う。
(そういう危うい部分も持ち合わせているわけだ、こいつは。言い換えれば、直央はそれすらも受け止められているというわけで。オレが直央に魅かれたのは、そういうとこなんだろうな。彼なら包み込んでくれると)
『君たちは哲人と直ちゃんの関係に似ているんだよ、ほんと。いっちゃんに全力でとはいかなくても寄りかかりなよ。いっちゃんはね、侑貴を幸せにしてくれる人だよ』
(どこまで分かってて鈴はああ言ってたのかわかんねえけどな)
そっと広将の顔を見る。
「ほんと、哲人って直央さんい甘えているんだね。鈴も何度もそんなこと言ってたけど。まあそうじゃなきゃ、哲人もあんなに頑張れないよね。超人的に働い てたもの。侑貴もそうだよな?」
「へ?」
突然そう言われ侑貴は戸惑う。
「別にオレは・・」
「マネ業務とかも侑貴がやってるじゃないか。おかげでオレは曲作りに専念できた。オレが高校を卒業したら、もっと動けるようになる。年齢のせいとかもあって営業しても相手にされないかもだけど、だから今のうちに実績も作っておきたいんだ。誰もがフルールを求めてくれるようになるように。だから侑貴には寂しい思いさせてたかもだけど、ちゃんと侑貴を安心させたいから父さんに会ってもらった。父さんもオレたちの交際には反対しないみたいだし、オレはずっとオマエと寄り添って生きていたい。愛しているから」
「!・・だから、何で広将はそんなことを照れもせず堂々と。ああもう!オ レだって愛してるよ。さっきも言ったけど周りに目障りなのが多くて、側にいないと安心できねえ。だから・・」
ネクタイを締め直し、侑貴は広将の父親の方に向き直る。相手の身体がびくっとなり少し表情が硬くなったのが気になったが、ともかくもと話し始める。
「生野さん。いろいろ言わなくてはいけないこともあるのですけど、とにかく一番伝えたいことだけ今言わせてください。オレのこれからを息子さんと過ごさせてほしいんです」
「侑貴くん、それは・・」
「息子さんに平穏な人生をあげられない、せっかくの今までのキャリアも潰してしまう。そんな、普通の親ならとうてい受け入れがたい事実を提供してしまう。最低の・・プロポーズしかできませんが」
「侑貴・・」
広将が そっと侑貴の肩に触れる。その手に自分の頬をちょっとくっつけて、侑貴は微笑む。
「うん、やっぱダメだ。どうしたってこの温もりを手離せないもの。どうしてかな、安心を手に入れたら自分が弱くなったみたい。はは、本来の自分がこうだったんだろうな。広将と出会って・・好きだって言ってもらえて、やっと自分を取り戻せた気分だわ」
「・・プロポーズということは、広将の願いどおり高校を卒業したら二人で暮らしたい、ということなんだね?」
赤面した道弘が聞く。
「大学にはいかない、と」
「うん、行かない。侑貴と人生と音楽を共にしていきたいんだ。父さんとは違う人生になっちゃうけど、オレの手離したくない宝物だから」
「私も母さんも、広将を手離したくないと思って いるんだぞ?」
「っ!・・ごめん」
「まさか、息子をくださいとか言われるとは思ってなかったけど」
と、更に顔を赤らめながら道弘は答える。
「母さんは、イケメンの息子が増えるのが嬉しいとか言ってたけどな」
「えっ?」
「母さんも私も受け入れているんだよ、既に。根底に8年前のことがあるのは否定しない。けど、一番大事なのは自分で過去を受け入れ今を生き未来を見据えるということだ。広将も侑貴くんも、それができているんだろう?広将の作った曲を聴けば、それは理解ったよ。キミとのことは息子の成長に必要だった。キミの両親にもちゃんと報告ができる」
「生野さん、本当にいいんですか?息子さんに普通じゃない人生を送らせることになっても・・」
「普通じゃな くても、それがキミらの幸せなのだろう?まあ、息子にあそこまで情熱的な想いを見せつけられたら、親は何も言えないよ」
そう言いながら、道弘はハンカチで頬を拭う。
「恥ずかしくって、ほんと。まさか、広将があそこまで情熱的な一面を持っているとは・・」
「す、すいません!」
侑貴は思わず頭を下げる。
「ご家族には迷惑をかけないようにしますので」
「まあ、いろいろ言ってくる輩もいるだろうが、家族が納得していれば問題ないだろう。美夏には余計なことは言わないように意を刺すが、あれもキミの熱狂的なファンでね。つまり、反対する余地はないんだよ」
と、道弘は苦笑する。
「これでやっと君を抱きしめることができる」
「は?」
そこで道弘は真面目な表情になる。
「8年前、達明とも相談して私がキミを引き取る手筈になっていた。あの事件が発端だと思ったからね。けれど、キミは叔母さん・・いや高瀬亮に引き取られてしまった。彼が生きていることも知っている」
「!」
「が、そこは私の踏み込めない領域だ。それでも、今度は私はキミを守る。広将もその覚悟があるとわかったからね」
「そんな・・の」
戸惑いの表情になる侑貴に、道弘が近づく。
「っ!」
「大きく・・なったね。キミたち二人を見ていると、昔の我々を思い出すんだ。キミのお父さんと私もツインボーカルだった。不思議な・・縁だ」
抱きしめる腕の力強さと共に、暖かいものを感じる。
「生野・・さん」
「恥ずかしい・・ね、今日は本当に。息子は成長した のに、親は・・弱いんだ」
「父さん、泣いているの?」
広将の言葉に哲人と直央が「えっ?」と振り向く。
「もう二度とキミを抱きしめることのできない彼らの代わりに、ね」
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