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第46話

『本気で誰かに恋をすれば私から解放してやる』 『けれど、自分の立場をわきまえろ。オマエは“日向の失格者”だが、日向に捉われた哀れな人間だ』 (オレは・・どうすればいい?何のために・・生きている?) 『直央はアメリカでの貴方の行動にとても感謝しています。・・オレだって。オレだって、貴方の存在無くして今はありえなかった。本当の父から得られなたいろんなことを、貴方が与えてくれた。その存在を持って』 「オレの・・オレが好きになった相手は総じてオレを悩ませる。当たり前か・・オレ自身が失格者なのだから」  目覚めてすぐ日向勝也は独り言を口にする。 「馬鹿・・だろ」  日本に戻ってきて、ある高校に出入りするようになって以来何度も繰り返した朝。 「今さら、誰にすがろうとして・・。しかも10も年下の高校生に」   『やめてください!貴方に酷いことをする人のことなんか考えないで!価値はある!・・貴方はオレに縋ればいい。せっかく会えたのだから』 『貴方の何もかもをオレが愛すればいいんでしょ!直央さんが哲人さんにそういう想いを持って愛したように』 『貴方が哲人さんに似ているからじゃない。同情でもない。オレなら貴方を大切にする。泣かせたりなんかしない!』 『相手と同じ土俵に乗るつもりなんかない。この痕が消えるまでオレは貴方に安心していてほしいだけだも の。オレは貴方を傷つけないし傷つけられもしない。だから、安心して』 「そう言ってくれたのに、彼は。オレも・・好き・・なのに」 『好きだと言ったんです。今夜はいろいろあって私も混乱している。・・そのせいだ、私が君に電話したのは。好きと言ったのもそのため。そう思ってほしい・・勝手だとは・・思う・・・・けど』 「勝手・・なんだ、人の気持ちなんてのは。本気であっても。なのに・・だから・・・」  涙が出る。 『つまり・・本気でかばいたい相手なんだね』 (だって、琉翔さんが本気になれば彼を退学にできる)  自分に恋心を打ち明けてくれた男子生徒の顔を思い浮かべる。そして自分を高校生の時から抱いていた男の顔も。 『キミは満足したいの だろう?・・私と同じように寂しがり屋だから』 「あの人が本音を言うなんて・・。何があった?本気で高校生に嫉妬しているのか?バカだな、オレが琉翔さんから離れるわけがないのに。もう、あの人の身体からは・・」  だから昨夜も抱かれた。 『勝也さん、貴方はオレの憧れなんです。身近で信じられる大人は貴方だけだった・・』 「もう真実を知ったわけだから、オレに頼ることもないわけだ。だいたい、オレは哲人に尊敬されるような人間じゃない。琉翔さんとのセックスに支配されている最低の男だ。なのに・・」 『君で・・感じている。オレは本当に・・』 『好き、貴方が好き。貴方の中が気持ちよすぎて・・離れたくない』 「どうして・・一番・・魅かれてはいけない相手なのに、一宮奏という少年は」  相手がどこまで知っているかはわからない。 「オレのこともよく調べているからな。ただ、相手は“日向”だから。頭のいい子だからわかっているはずなのに、何でオレなんかに・・」 『セックスだけで生きていくわけじゃないんでしょう。本当の愛情を求めているんでしょう?だから・・俺に電話してきたんでしょう?会いたいんです、俺は貴方を抱きしめたい・・』 「子供のくせに。恵まれた境遇でもないのに、何でオレに気を使う。バカ・・みたいじゃないか、オレが」  なのに言ってしまった。自分の本心を。 『好きだと言ったんです。今夜はいろいろあって私も混乱している。・・そのせいだ、私が君に電話したのは。好きと言ったの もそのため。そう思ってほしい・・勝手だとは・・思う・・・・けど』 「あんなこと言う必要なかったんだ。オレはこの先もずっと琉翔さんのモノで、一宮はちゃんと彼を愛してくれる同級生がいるのだから。男同士という事実はあっても、オレよりは余程彼のためになる。彼を・・幸せにしてくれる」  何度も繰り返すその想い。その度に寂しい気持ちになる。 「・・いまさら、幸せになろうとか考えてどうする?琉翔さんを受け入れた時点で、もうオレの人生は決まったんだ。哲人の信頼も裏切ったのだし。せめて、哲人だけは幸せにと思う・・のに」  哲人にも本気で愛情を注いでいた。実の親に置いていかれたのは同じだから。哲人の全てを愛した。それが自分の生きる証だと思ったから。 「でも・・今の哲人には直央がいる。あの子に一番必要な存在が。自分の意思で愛した相手」  まだ彼らの知らない重大な秘密がある。それは自分にも一宮にも関係していること。 「オレの存在は奏のためにならない。・・オレは誰を愛してもいけない」  セックスだけじゃなく、一緒にいるのが心地イイと初めて意識できた相手だけれど。 「オレは、教師だから。そして日向の・・闇の部分だから。そんな男を奏は好きになっちゃいけない」  いつの間にか一宮奏を下の名前で呼んでいることにも気づいている。 「オレ・・バカすぎ。奏を騙しているようなものなのに」  琉翔が情報操作をしていることはわかっている。 「日向だけじゃなく、経済界・・そして政界すら牛耳ろうとしている 琉翔さんのために、奏を傷つかせるわけにはいかない。琉翔さんを止められるのは、オレだけ・・」 「くっしゅん」 「大丈夫か?急に寒くなったからな。だから窓は閉めておけとあれほど」  呆れたように、三上睦月は美術室の窓を閉めようと手を伸ばす。 「っ!」 「わ、悪い!無理やりな体勢で閉めようとしたから、オマエに腕が当たっちまった・・大丈夫か?オマエの手に触れたけど、絵は・・」 「や、大丈夫だよ。ちょっとはみ出た程度・・勢いでごまかせるよ、あはは。つうか睦月こそ足をひねったりしてないか?随分無理やりな体勢だった気がするけど・・」  一宮奏は眉をひそめながら、睦月の身体をじっと見る。睦月がさっと顔を赤くする。 「んなジロジロ見んなよ、照れるじゃん。中学ん時はこれでもバスケやってたからな。それなりに運動神経はあるほうだと思ってるぜ?」 「ご、ごめん。そんなつもりじゃ・・」  睦月の言葉を受けて、奏は慌てて謝る。 「だからそういう顔をすんなっての。オレがえーかっこししようとして、ドジっただけなんだから。マジで悪かった、絵がとりあえず無事でオマエも怪我してないのなら、それでいい」  苦笑しながら睦月は窓を閉め、奏の手から落ちた筆を拾う。 「あ、ありがとう。・・って顔が近いって。ケガもしてないし、それに・・ここは学校だ、家じゃない」  そう言って奏は更に顔を赤くする。 「・・・ふぅ」  睦月が小さくため息をついた後、いきなり手を奏の頭に伸ばしてきた。 「だ、だから何でオレの頭撫でるとかすんの。誰かに見られたらマズイだろ」  そう言って、奏は身をよじる。睦月は小さくため息をついて 「・・ごめん、奏の反応が可愛いと思っちゃったからさ。あまりに他のヤツも来ないもん だから、つい」 「可愛い・・って」  その言葉に流石にむっとすると、睦月が「ごめん」と小さく呟き目を伏せる。 「だよな。ただでさえ部外者のオレが秋休みなのに美術室にいるって、変に思われるよね。けど・・その」 「・・・」 「休みなのに学校にいくっていうから、気になって。この絵だってもうほとんど描きあがってるヤツだろ?や、オレのせいでダメになっちゃったかもだけど」  一度上げた顔を、睦月は再び伏せる。 「ぶっちゃけ・・日向先生に会うためかなって思った。オレにどうこう言う権利はない・・けどさ」 「!」 「・・わかってんの。こういうの駄目だって、わかってんだけど。嫉妬もあるし、別の心配もある。だって泣くじゃん!日向先生のために泣くじゃん!お前は。 気になって、だから・・」 「わかってる、感謝もしてる。オレもまあ・・オマエのこと好きだけど」  また奏の顔が赤くなる。 「えっ?・・」 「好きだけど、それが恋かどうかはわからない。けど、オレはオマエの負担にはなりたくない。散々甘えておいて、どの口が言うのかって話だけど」   『俺ね、本気でオマエのこと愛してる。オマエが日向先生に心を残しながらも、それでも今日は俺を受け入れてくれた。相手もそれをわかっていて、けれどオマエを泣かせるんなら俺は闘うよ。や、オマエが安心できればいいってだけなんだけどね』 「ズルい・・のに。こんな気持ちでオマエを抱いたのは、オレの勝手な気持ちなのに。優しすぎんだもん、オマエって。ごめん、やっぱこういうオレはオマエを傷つけ・・」 「奏と日向先生も似たような関係だろ?あの人の相手が誰だか知らないけど、絶対その人より奏のことが好きじゃん、あの人」  少し苦しそうな表情で、睦月はそう言った。奏が「えっ?」と驚く。 「む、睦月・・」 「オマエの話聞いて、そんで日向先生見てりゃわかるよ。なのに、あの人はオマエを傷つける。なのに・・オマエはそれでも日向先生を愛してる。純粋な気持ちで。そういうのもわかっちゃった上で、オレもオマエに恋心を告白してんだ。正直辛いけどさ、でも必要ともされたいわけ。んでストーカーしてんだよね、今」  そこで睦月はニコッと微笑む。少し吹っ切れたようなその表情を見て、奏は反対に申しわけないような気持ちになる。 「だからあ、そういう顔すんなって。恋愛なんてだいたいが勝手な想いから始まるんだしさ。てか、ストーカーしてるって言ってる相手にすまないとか思ったらダメだぜ?」 「ストーカー・・って」  奏は困惑気に呟く。 「はは。確かにちょっと自虐入っちゃってるけどさ。明日から授業が始まるんだから、今日は日向先生も登校してるだろうしね。・・やっぱ嫉妬しまくりだな、オレ」 「あ、そっか。この絵は個人的に依頼を受けたヤツだから、こそっと描きあげるつもりだったんだよ」 「は?」 「依頼って言っても父親だけどな」 と、照れたような表情で言葉を続ける。 「母親にあげたいんだってさ。あ、オレの母親のことね」 「え、それって・・」 と、睦月が複雑そうな顔で聞く。 「 “本当の”お母さん・・だよね?」 「うん。・・だから、自分の部屋で描くわけにはいかなかった。“母”に気を使わせたくなかったから。オレを産んだのは、確かに“愛人の”あの人だけど。オレを産んで精神を病んでしまった・・あの人だけど」 「・・ごめん」  奏の言葉に睦月はまた目を伏せる。奏の境遇のことは知っていた。親にもそれ込みで「彼と仲良くしろ」と言われていた。 「や、睦月はちゃんと理解してオレにつきあってくれてんの分かってるからさ。むしろ、オレの父親の方が我儘だよ。ま、気持ちはわからないでもないけどさ」  自分の描いた絵を見つめながら、奏はぎごちなくも笑顔をみせる。 「これね、父が母に昔プレゼントしたぬいぐるみなんだって。その頃、母が飼ってたペットが死んで母が泣いて・・それを慰めたくて父がよく似たぬいぐるみを必死で探して渡したんだって。小学生の頃の話らしいけど」 「・・それだけ聞くと、すっげえ微笑ましいエピだけどな」  睦月はふうと大きくため息をつく。 「でも、オマエは結果的には独りで離れに住まわされている。オマエの業界の評価は年齢の割には凄いものだけど、その中にはその境遇ゆえのものもある。・・ちゃんとオマエを見てくれない」  あれ?と思った。結果的には、自分も同じ目線で見ていたのかもしれないと。自分の父親が「一宮の息子と友達になれ」と言った後も。 「一宮の母は反対してくれたんだよ。“自分の息子”として籍に入っているんだから、母屋で一緒に暮らすのが筋でしょって。けど 、結局はオレが二人の異母兄に邪険にされてしまうからな。それでも母が一番オレを可愛がってくれた。・・母が本当の母親だったらよかったのにって思ったよ、何度も」 「・・・」 「睦月も知ってると思うけど、オレの兄貴たちって仕事ができるほうじゃないんだよね。今、オレが経営してる画廊も下の兄貴が手放す寸前になっていたのを、オレがいろんな伝手を使って買い戻した。まあ、褒められた方法でもなかったけど、オレの個人資産も使ったからね。あの画廊は一宮の母の思入れのある場所なんだ」  そう言って、奏は目の前の自分の描いた絵をしげしげと見つめる。 「そういうオレの気持ちもわかってるくせに、親父はこの絵を描くように言ってきた。母親を助けてほしいって」 「へっ? どういう意・・」 「オレを産んだ人は、精神を壊してる」 「!・・それって」  睦月はそう言って、そして奏の手を握る。奏は一瞬驚きの表情になったが、すぐに小さく笑った。 「・・さっき言ったエピソードのとおり、親父と母親は小さい頃から付き合いがあった。つまり幼馴染だね。母親の実家はそれなりの旧家でまあ財産もあった。お互いが初恋の相手で、順調であれば結婚するはずだったらしい」 「けど、実際には・・」 「そう。別に親父が裏切ったとかじゃない。・・や、実際には一宮の母を親父は裏切ったわけだけど」  奏は苦し気な表情になる。 「母親は、実家が没落し自分が愛人の立場に成り下がったことに絶望したんだって。そしてオレを産んで精神を病んだ。オレは・・ どちらの母も苦しめた存在だと、双方の親戚から非難された。かなり難産だったらしいから、そのままオレだけ死んでくれてたらよかったのにとも。オレ自身もそうおも・・」 「奏!」  睦月が叫ぶ。 「言わなくていい!オマエが悪いんじゃないんだから!ちゃんと親孝行してんじゃん!親に一番苦しめられたのはオマエだろうが!」 「ははは。今はそんなこと思ってないよ」  肩を震わせて憤る睦月の手を、奏は強く握り返す。 「奏・・」 「けど、ありがと。まさかそこまでオレのために怒ってくれるとは思わなかったけどさ。・・一宮の母にずっと近づけない時期があった。普通に反抗期なせいもあったんだけど、上の兄貴・・この人は多少はマトモ。いや、マトモであろうとしたんだよな 。とりあえずは長男だし。母が寂しそうだって、吐き捨てるように言った」 「・・・」 「黒い感情なんだろうけど、その時ホッとしたんだ。実の息子よりオレの方を母は必要としてくれたんだって。周りは止めたけど、対外的なものがあるから授業参観とか面談とかは母がきてくれてたし、兄たちより成績もよかったから兄を知っている教師からも褒められること多かったんだ。母はそんなオレを誇らしげに見てくれた。そりゃあ、心の底ではどう思っていたかわからないけどさ」  そう言うと、奏は大きく息をついた。そして睦月を見上げる。 「奏?」 「それでも、オレはやっぱ卑屈になってた。だからクラスでも浮いてた。哲人先輩にまでつっかかって・・なのにあの人はオレにきちんと接してくれた。そりゃあ、あの人も多少・・けっこう子供っぽいとこもあるけど、それでもやっぱ凄い人だから」 「や、それはオレも認める・・けど」 「だから憧れた。そしてオマエもこうやってオレの話を聞いてくれる。誰かに吐き出したくて、けど誰の負担にももうなりたくなくて。たぶん、今みたいなのをオレは求めていたんだと思う。なのに、ごめん」 「?」 「オマエに愛されてる自分が幸せだとも思っているのに、オマエの気持ちの全部をオレは受け止めることができないでいる。母を苦しめてる父のようにはなりたくないってずっと思ってたのに」 「・・いいよ、別に」 「えっ?」 「ふふ」  困惑気な表情の奏を前に、睦月は今の自分で出来る限りの笑顔を作る。そうやってないと涙が出そうだから。 「少なくともオマエはオレの存在で幸せなんだろ?オマエのお兄さんもお母さんのために、オマエにそう言ったんだ。自分の気持ちより母親を優先した。人は誰だって好きな相手のために動きたいものなんだよ。だから、オレは・・」  そう言いながら睦月は奏に顔を近づける。 (春のレクリェーションで哲人先輩を煽っていたときはマジでそういう系のヤツだと思ってたのに、本当はただの素直で可愛いオトコ・・だったなんてな。そりゃオレも日向先生も惚れるって。ほおっておきたくないもの・・抱きしめたいけど、校内じゃ無理だよね。あの時は、成り行きで抱かれたけど) 『日向先生とのセックスを思い出したんだろ?それでもいいよ、代わりになるつもりもないけど 。オマエが本当に愛おしくて、オレはオマエに愛されたい』 『忘れさせるよ、屋上で見たことも・・オマエの日向先生への恋心も。オレだけ見てれば、オレの身体だけ知っていればオマエはもう泣かなくてすむんだから』 『初めて・・心底真剣に付き合いたいって思った・・んだ。んあ・・ああっ!セックスもそりゃ・・したいと思ってた。ほんとはこんな形じゃなく、ちゃんと両想いになってからがよかったんだけど・・』 『でも・・気持ちいいから!オマエと繋がってるって思うだけで、身体の中がとろけそうなくらい感じてしまってて・・』 『い、いいから!オレの一方的な想いであっても、オマエの身体から出るモノはオレの中に入っていくんだから。今はそれだけで・・』 「オレはオマエを苦しめたくないんだ。・・とかいいつつ、オマエにこうやってつきまとっているけどさ、いろいろあったから、オマエのことが心配だったんだ。ていうのを言い訳にさせてくれないか。正直いろいろ考えてはいるけど、結局はオレの恋心は消えそうにないんだ」 『オレは奏から逃げないから。だから奏の気持ちはわかる。寄り添ってるから・・たとえ片想いでも』 『奏が日向先生から逃げるのではなく、ちゃんと気持ちを固めてオレのことを好きになってくれるようにオレは努力するつもりだから』 『だから、オレは傷つかない。それより、オマエが泣く方が嫌なんだ』 「たぶんさ、オマエを育ててくれた母親の気持ちもそうなんだと思う。父親も、ソレが分かっているから自分の気持ちに正直になったんじゃないか?まあ、浮気の上塗りなんだから人として褒められた行為じゃないし、高校生の息子に押し付けてもいいものじゃないけど」  恋をした相手にはとても弱く可愛いところも見せるけど、人として正しく強いところもある人間だから魅かれるのだと睦月は改めて思い知った気がした。それでも、傷ついていないわけではない奏を自分は支えたい。 「愛しているから。無理なことは言わないし、しない。ただ、オレの存在がオマエの力になればいい・・って。そういうのも気持ちの押し付けなんだろうなとも思うけどさ」  じっと見つめる。ますます相手の顔が赤くなる。 「や、やめろって。・・オマエって無駄にイケメンなんだからさ。ノンケのオレでもヤバイなって」 「へ?」 「だから、オマエを抱いちまったんだろうが。くそっ!・・結局のとこ、本当にオレが一番ヤバイんだよ。す・・」 「奏、昨夜は何時に寝た?」 「は?な・・」  思いを告白しようとした自分に、突然睦月が投げかけたセリフの意味が一瞬理解できず、奏は怪訝な表情になる。 「何時に寝たかって聞いてんだよ。10時ごろにオレが電話したときも既に声がおかしかったとは思ったんだ。顔も赤いし・・熱あんだろ、オマエ」 「へっ、そうでもな・・っ!」  顔がぐいっと近づき、額が自分のそれに押し付けられる。 「顔が近い・・ってかくっつきすぎ。誰かに見られ・・ひあっ」  突然美術室のドアが開き、聞き慣れた・・けれど初めて聞く声が響いた。 「きゃあ!」 「な、何!?」  ただならぬ雰囲気に流石に睦月も顔を離す。 「て、哲人先輩・・何をし・・。て、てか!」 (もしかして、さっきのきゃあって、きゃあって・・) 「「哲人先輩の悲鳴!?」」  睦月と奏の声とセリフが重なる。 「嘘・・だろ。哲人先輩があんな・・」  この秋休みの終了後生徒会長を退任することになっている日向哲人は、容姿端麗頭脳明晰高身長で名家の御曹司。ガチガチの進学校だったこの学校を“文化祭が開けるまで”に改革したことなどから、その外見と中身のカリスマ性は生徒や教師からも羨望の眼差しで崇め奉られ・・ているというのは、文化祭にきた他校の彼のファンの談。  もちろん、そういう噂を他校生との交流で流しているのは自校の生徒なのだが、彼らも知っている。哲人には男子大学生の恋人がいるということを。 「な、直央さんが一緒にいる?・・ってわけじゃないよね。いくら休みだからって、無関係の人を哲人先輩が学校に入れるわけが・・」 哲人の恋人である財前直央は哲人と同じマンションに住む大学生だ。今年の春ごろから付き合い始めたということは、睦月も聞いていた。 「そこまでやっちまったら、いくら哲人先輩がカリスマ生徒会長でも周りが納得しねえ。・・まあ、文化祭の時は結構見せつけてくれた気もするけど」 『哲人先輩がまさか彼氏さんを大公開するとは 思ってなかったですよ。ま、正直羨ましいですけどね』 (つい、そんな嫌味なことも言っちゃったけど。でも、直央さんが思いのほか気づかいが出来る人で。けど・・) 「ご、ごめん!声が聞こえたもんだから、つい・・。ほんと悪かった、邪魔はしないから!」  哲人が脱兎のごとく身をひるがえす。 「ちょっ、哲人先輩!何に対してごめんて・・もうあの人はっ」  顔を押さえながら奏が哲人の痕を追おうとする。が、睦月が奏の肩を掴む。 「待てって、奏。オマエがいくと話がたぶんややこしくなる。。つうか、オマエは早く帰って寝た方がいいんだから、さっさと後片付けしとけよ」 「哲人先輩!生徒会長の貴方が校内を全速力でダッシュしてたら、他の生徒に示しがつかないでしょうが。てか、何で貴方が逃げる必要あるんですか!」  睦月は思いきって大声で叫ぶ。幸いにも周りに人はおらず、ハアハアと息を切らしながらも相手に追いつくことが出来た。 「本当にもう・・。突然美術室を覗かれて驚くのはこっちの方ですよ」 「だ、だから謝った・・キミこそ一宮をほおっておいていいのか?好きなら離れない方が・・」  呼び止められ立ち止まった哲人は困惑の表情をしているが、息はそれほど切らしてはいない。睦月は小さくため息をつきながら 「一宮は後片付けをしています。先輩こそ、何で学校に来ているんですか?つうか、やっと追いついたオレがバカみたいでしょ、そんな答え」 と、自分でも思いがけないセリフを口から出した。 「あ・・」 「ほんと悪かった。あの時も言ったけど、誰もいないと思っていた美術室から声が聞こえたものだから。そしたらキミと一宮が抱き合っていて・・。文化祭の時、直央の問いに答えていたじゃないか、キミは」 『三上くんて・・別に一宮くんと付き合ってるわけじゃないよね?親し気に下の名前で呼び合ってるけど。や、違ってたらほんとごめん』 『「オレって、そんなにギラツイてました?や、オレは奏のこと好きだし何度も口説いているんですけど、こいつはホラ・・面食いだから』 「一宮ってその・・よほどの相手にしか気を許さない感じだったし。それでその、前はオレのことが好きだとか言ってたし」 「っ!」 「だ、大丈夫だから!オレは直央しか絶対好きにならないし、さっきだってどう見たって恋人同士に見えた・・そ、そりゃ校内でああいうのは看過できないことではあるけど、でも好き同士なら仕方ないなって、オレも直央と付き合うようになってから理解してきたというか・・」 「はあ・・哲人先輩って・・いまさら初恋の乙女ですか」  哲人の言葉を受けて、睦月は思わず本音を晒す。普段はもちろん、哲人には敬意を払って接している。 (だって超人だもの、この人は。おそらくT大にだって楽勝で合格できるだろうし、顔は言うに及ばず名門の家の出でお金も自分で稼いで余裕で一人暮らししてるって聞いた。性格は・・ちょっと思ってたのと違うけど悪いわけじゃない。てか、何でこんだけ全速力で走って、全然息切れしてないんだよ) 「人は恋をすると変わるといいます が・・哲人先輩ってもっと隙がない人だと思っていました。・・成績がいいから勉強ばかりの人だと思っていたのに、思いのほか体力はあるし。毎日忙しそうにしていたのに、あんな素敵な恋人を得て・・。正直言って羨ましいです」 「へ・・へっ?」  哲人が思わずすっとんきょうな声を出す。 「キミも一宮と恋をしているのだろう?ただ、やはり校内でああいう行為は慎んで・・」 「だから、それは誤解ですって。アイツが熱っぽいと思って確かめてただけです。その気なら鍵閉めてましたよ。それに・・オレと一宮はただの友人です。アイツが惚れるのは先輩のような人なんですよ、オレじゃ太刀打ちできませんて」  自虐的だとは思う。そして、この台詞を哲人が日向勝也に結び付けることも無いだろうとわかっていて、自分が言葉を放ったことにも自己嫌悪を感じていた。 (哲人先輩のことも本気で尊敬してんだけどな。確かに思ってたよりも天然ていうか、そこまで完璧な人じゃなかったけど。それでもオレなんかより、遥かに凄い人だ。おそらく、日向先生・・も)  だからって諦める気もないんだけど、と苦笑する。 (だって哲人先輩は幸せそうだけど、日向先生はそうじゃないから。奏を傷つけて・・なのに奏を離さない。凄いけど、哀しい人だ。そんな人にオレは・・) 「だ、だからオレはキミと一宮はお似合いだと。や、正直男同士のソレをちゃんと理解しているとは言い難いから、下手なことをオレは言わない方がいいんだろうけど、 それでも・・そんなオレの目から見てもキミたちは・・」  考え込む睦月を見て、哲人は慌てて声をかける。 「だから、そんな睨まないでくれるかな。直央もキミたちを応援するって言ってた」 「オレ・・先輩を睨んでました?別にそんな・・」  今度は睦月が慌てて顔を押さえる。 「す、すいません。別に哲人先輩をどうのこうのとは思っていなくて」  だって本当に似ているから。 (やばいやばい。この人は先生じゃないんだ。そっくりではあるけどさ。そして、奏が今でも自分を想っていると思ってる。まさか日向先生と・・だなんて思わないだろうな。奏の話じゃ哲人先輩は随分と日向先生を慕っていたらしいから)  哲人に勝てないとなれば、勝也にも立ち向かえない。そんな気がす る。 (オレは・・本当に日向先生に勝ちたいと思っているのか?奏の一番側にいるのはオレだ。アイツが日向先生にはっきり向き合わなければ、オレは・・ある意味自然にアイツに寄り添っていられる。奏は深く傷つかずにいられる。けど、オレは・・)  できるなら一宮奏を自分だけの恋人にしたい。最初は父親の都合で彼に近づこうとしていた。それは自分の本意ではなかったが、自分は最初から奏に魅かれていた。 (だから、あの時も抱かれた。奏だって自分の欲があったから、オレとそういう関係を持ったんだ。けど、それは日向先生に裏切られたから。なのに、アイツはどうしたって先生への思慕を捨てない。オレは、いつまでその現実を受け入れられる?) 「・・先輩がただ羨ましいだけです 。貴方は直央さんの初恋の相手への思慕を、自分への愛情に鞍替えさせたと聞きました」 「!」 「聞いた・・んです。オレだってそんな情熱的な恋がしたいと思いました。そんな想いの果てに愛した人と結ばれたい、と」  なのに、自分は・・と唇を噛む。 『好きなヤツのために頑張れるのが恋だろ?そんで、謝るな。がっかりもしていない。それどころか・・』 『オレはますますオマエが好きになった。オマエが誰かのために涙を流しても、それを拭き取るのはオレの役目だ。・・てか、オレがもう泣かせないけどな』 『オレがオマエを抱きしめているのに、オマエはそんな寂しそうな顔になるんだね。オレじゃダメなんだね。どうしても オレは日向先生には勝てない?オレは奏以外の人とはキスなんてしないのに』 『日向先生とのセックスを思い出したんだろ?それでもいいよ、代わりになるつもりもないけど。オマエが本当に愛おしくて、オレはオマエに愛されたい』 『忘れさせるよ、屋上で見たことも・・オマエの日向先生への恋心も。オレだけ見てれば、オレの身体だけ知っていればオマエはもう泣かなくてすむんだから』 (エゴ丸出しじゃないか。こんなの、オレ自身も奏も納得なんかしない。なのに、セックスしちまったのは・・結局はセフレと一緒じゃん。今のままじゃ、オレは奏と本当の意味で友達にもなれやしない・・)  黙ってしまった睦月を見て、哲人が慌てて声をかけようとして・・突然響いた着信音に驚く。 「うわっ!と・・っと」 「いいですよ、たぶん直央さんからでしょ?先輩が一番大切にすべき人です。文化祭でのお二人を見て、みんな納得してましたから、ほんと」 「!・・くっ」  哲人は一瞬躊躇したが、すぐにスマートフォンをポケットから取り出し画面を見る。 「直央・・何だっていうんだよ」 「・・そんなこと言ってないんで、早く出てあげてください」  少し呆れたように睦月は声をかける。哲人はムッとした表情になりながらも、スマートフォンを耳に当てた。 「直央?どうし・・えっ?ちゃ、ちゃんと聞くから慌てないで・・ああ、それはもういいから。今朝のことはオレが全面的に悪・・はあっ?お母さんがきた?・・いや、ちょっと待て!」  哲人の声が大きくなる。 「 わ、わかったから!早く帰るから!直央を傷つけさせるようなことはさせないから・・や、だって・・とにかく直ぐに帰るから!」  電話を切って哲人が大きくため息をつく。次の瞬間、困ったような表情になる。 「て、哲人先輩?どうかされました?てか、直央さんからの電話だったんでしょ。んで早く帰らなきゃいけないんでしょうが。オレに構わず行って・・」 「や、オレはちゃんとオマエと話してないから。先輩として、生徒会長としていい加減なことはできないよ」 と、哲人が言いきる。が、睦月は小さく笑う。 「・・表情と言葉が合ってないですよ、哲人先輩。直央さんが困っているんでしょ。一番大事な人を大切にできない人に、誰もついていきたいと思いませんよ?」 「!」 「 まあそれも、もちろんこれまでの貴方の活動ありきですけどね。素直に受け入れてください。別に私的な理由だとも思ってませんから。だって、先輩の不器用さはもうわかってるもの。そんで、ちゃんと直央さんを見せてくれたから。哲人先輩だから、みんな受け入れられるんですよ?」  この学校を変えよう、と思うこと自体に多大なエネルギーを使うのだということは睦月もわかっている。そして、哲人はそれを実行に移し、他の学校と比べれば些細なことではあるが“普通の高校”に近づけさせるのはそれこそ普通じゃなかった。 「オレの両親もこの学校の卒業生ですからね。“多少は日向の力を使ったかもしれませんが”それだけでここまでの改革ができるほど甘くはない。オレのようにここのOBを親族に持つなら、おそらく感じるはずですよ。だから・・」  哲人を支持するのだと。顔も性格も頭もいいだけの人じゃないとわかっているから。自分たちだって、見てくれやスペックに魅かれるだけの“子供”じゃないと思っているから。 「だから、さっさと帰ってくれます?オレも誤解を解きたかっただけですし、貴方の信頼を損ねたいわけじゃないし、早く一宮のところに戻りたいんです。ぶっちゃけ、オレはアイツが大好きですから。“もちろん”オレの片想いですけど」  わざとセリフの後半に力を込める。それでどう哲人が判断するか未知数ではあったが、はたして彼は複雑そうな表情になった。 「・・悪い。オレは恋愛慣れしていないから、ちゃんと判断できていないんだな。そんで、美術室のことも勘違いで悪かった。ほんと、ごめん」 「哲人先輩にそんなことを言わせる自分はどんだけ大物だって勘違いしちゃいますから、もうそれ以上は言わないでくれます?」  流石に自分のそういうセリフも怖くなってくる。“哲人の本質を見誤ってないつもりでいるから”。 (この人が“ある意味無条件で受け入れるのは”直央さんだけ。だからみんな“近寄れないでいるのだから”。例えどれだけ好きでいても) 「・・わかった。キミの好意に甘えさせてもらう」 「じゃあ・・」  哲人の言葉にホッとして踵を返そうとした睦月に声がかけられる。 「やっ、駄目だ。生徒会室の鍵を職員室に返却するのを忘れていた。キミと一緒に校内に戻・・」 「そんなの、オレが返してきますよ。ど うせ一宮と一緒に美術室の鍵を持っていくつもりでしたし。だいたい、そんなそわそわして行動していたら、事故にあいますって。オレとしても直央さんを悲しませたくはないんです。けっこう・・好きなんですよ、オレはあの人が」 「はあ・・何で哲人さんてああなんだろうな。完璧な人は普通にいないってことか」  突然美術室に現れ妙な誤解をしたまま走り去った日向哲人を追いかけて三上睦月が出ていった後、一宮奏は大きくため息をつきながら画材を片づけていた。 「なんだかんだで素直な人なんだよな。直央さんも哲人さんに甘えてるようで、うまく操縦してんだよな。本人は自覚なしだろうけど」  哲人の恋人である財前直央は哲人より一歳上で哲人の育ての父親が教授を勤める大学に通っている。 「告白したのは直央さんかららしいけど、今じゃどう見たって哲人さんの方がベタ惚れだもの。でも直央さんは性格も顔も可愛いから・・」  直央と自分は似ていると思っていた。彼も自分も普通の夫婦から生まれた存在ではなかったから。 「まさか、こんな形で直央さんと知り合うとは思ってなかったけど。そして同じ人を好きになって、けどオレはやっぱいい加減な恋愛しかできない。父親も母親もある意味一途な想いを貫いているのに、オレはあの二人のもっとダメな部分しか受け継いでのかもな」  中学の頃から何人もの女性や男性と付き合っていた。中には社会人の同性者もいたりして、本気の恋愛は 自分には縁が無いものだとも思っていた。 「勝也さんも同じ境遇な気がする、って思うのはオレのエゴなのかあ。哲人さんの前に直央さんが現れたように、勝也さんとオレは・・だから知り合ったのだと思いたいのだけど」 『好きだと言ったんです。今夜はいろいろあって私も混乱している。・・そのせいだ、私が君に電話したのは。好きと言ったのもそのため。そう思ってほしい・・勝手だとは・・思う・・・・けど』 「なんで、そんなこと泣きながらオレに言うんだよ。オレの気持ちも知ってて、睦月のことも知ってて。哲人さんの前では表さない弱さをオレに見せて・・勝手な人だよ。そして、オレも」 『俺ね、本気でオマエのこと愛してる。オマエが日向先生に心を残しながらも、 それでも今日は俺を受け入れてくれた。相手もそれをわかっていて、けれどオマエを泣かせるんなら俺は闘うよ。や、オマエが安心できればいいってだけなんだけどね』 『甘えていいから。泣きたかったら泣いてもいいけど、とにかく俺に縋ってくれていいから』 「優しすぎるよ、睦月は。・・好きになってるから抱いたはずなのに、どうしても勝也さんを諦めきれなくて」  そう言いながら、目の前の自分が描いた絵を見つめる。 「親父がこんな絵を元カノのためにオレに描かせたなんて知ったら、一宮の母は絶対に傷つく。もうオレにも微笑んでくれない。それも分かっているのに、何でオレは断らない?生みの母親のためだから?・・オレってホント最低だよな」  大きくため息をつき、絵を梱 包する。 「帰りにコンビニに寄ってさっさと親父のオフィスに送っちまおう。オレの手元にも置いておきたくはない。だいたい、子供に頼らなきゃ成就しない恋愛だなんて、それだけでクソだろうがよ」   『子は鎹っていうだろ?協力してほしい。別に今さら元には戻りたいわけじゃない。お互いの立場もあるからな。ただ、少しでも彼女に楽になってほしいだけだ。一番幸せだったあの頃を思い出してほしいだけなんだ』 「子は鎹の使い方間違ってんだろうが。頭のいい人のはずなのに、あの親父は。一宮の母のことはどうすんだっての。だいたい、母親のことだってオレを身ごもったから狂っちまったんだろう?なのに、オレになぜ縋る。それよかオレの存在を消した方が早いだろう が。どうせ一度はヤクザに売ったんだから」 『勘違いしないでほしい。私は君の将来を買ったんだ。君自身の意思ではないけど、君はご両親の血と背景を受け継いでしまったのだから。だから私は君に投資することにした。ヤクザに関わらせることになるのは心苦しいが、長い目で見れば君のためになるはずだ。・・親に気持ちをぶつけたくてもそれが叶わない時は、私に言えばいい。なに、投資の見返りだよ、それが』 「わっかんねえよ、新田若頭の考えも。母親の実家を没落させた張本人のくせに、やたらオレには優しいし。なんか別の目的があるのかもと思ったけど、無体な要求はしてこないしな。まあ、あの人になら抱かれてもいいなとは思ったこともあるけど。ヤクザにしておくには惜しいイケメンだし。頭脳と容姿だけでのし上がって、一度も前科が付いたことがないっていうからなあ」  勿論、本気の恋をしている今はそんなことは考えないし、要求されても全力で断るつもりだ。 「命がけだけど。新田さんの立場から考えても、オレ個人に肩入れする“自由”なんて無いはずだしな。だからこそ、今のうちにオレの立場とかを確立しておきたいんだけど・・」  そう言いながら、奏はスマートフォンの画面を見る。 「まだ話が長引いてんのかな、哲人さんと睦月は。今日は店に行かなきゃいけないんだけど・・」  まだ高校生ではあるが、一宮奏は六本木で画廊を経営している。もともと異母兄が持っていた店だったのが・・ 「あの店だけは誰の好きにもさせたくないからな。一宮の母のためにも。それに・・」 『この店はオレの実力の象徴です、今は。そして貴方はオレの全てを知っている。この場所で貴方を愛して・・そして知りたいんです。貴方の真実を』 「オレに抱かれたじゃん。そんでアドレスもくれたじゃん。・・オレに好きだって言ってくれたじゃん。それが真実だって思ったっていいじゃん。・・愛したんだもの、オレは勝也さんを。好きなの、大好きなの。あの人が他の誰かを愛しても、オレは諦められない」  自分を無垢なまでに愛してくれる三上睦月の存在を暖かいものだと意識しながらも、それでも日向勝也に恋心を抱き続ける自分は最低だと思う。 「・・とにかく、美術室の鍵を返して睦月を捜しにいかなきゃな」    To Be Continued

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