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第52話

「やっほー!鈴ちゃんがやっと学校にきてくれたあ!ふふ、待ってたわよぉ」 「七生ってば、気を使ってそんな不必要にはしゃがなくていいよ。たぶん、マジやりすぎだから」 「あんもう、鈴ちゃん冷たーい。・・あ、日向もいたんだ。もしかして待ち合わせて登校?」 「・・・」  木曜日の朝。日向哲人の通う高校の生徒玄関はいつも以上に騒がしかった。 「ううん、たまたま。あ、ボクね昨日から自宅に戻ったの。今度遊びにくる?」 「自宅に戻ったって・・だから・・っ!」  笠松鈴の言葉に、彼女に抱きつこうとしていた北原七生は一瞬怪訝な顔になるが、すぐに表情を改める。 「つまり実家に戻ったのね?安全は確保されたと」  そう言いながら七生はちらりと哲人の方を見る。が、そっぽを向いていた哲人はその視線に気づかなかったようだ。鈴は肩をすくめる。 「七生が心配することじゃないよ。ていうかボクより涼平の方が大変だもの。まあ、だいぶ七生に迷惑かけたみたいだけどね、彼」 「あは、おかげで日向に貸しができたからいいの・・」 「んだよ、貸しって。オマエがオレに頼んできたから、仕方なくオレがわざわざ鈴に電話したんだろうが。おかげでオレは・・」  またしても七生が自分に向けた視線に今度は気づき哲人は憮然とした表情になる。 『とにかく、鈴ちゃんが休んでる理由を 知りたいわけよ、アタシは。なんだかんだで、鈴ちゃんの特別はアンタだもの。殴りたい気持ちを抑えて聞きに来てるわけ。本当に二人の休んでる理由知らないの?鈴ちゃんから連絡ないの?』 『・・無いよ。別にオレが鈴の特別ってわけでもない。この秋休みの間は一度も接触は無かった』 『喧嘩したってわけでもなく?あの文化祭の時は彼女はアンタに随分気を使っていたように思えたけどね。ま、それはともかくとして・・はあっ。困ったわねえ、直接、鈴ちゃんのお家に聞きに行こうかしら。もう心配で心配で・・』 『やめろよ、あっちに迷惑だろ。つうかそれこそ直接鈴に聞けよ。別に遠慮するような仲じゃないだろ』 『あら?アンタにできないことを、アタシがしちゃってもいいわけ? 』 『・・何でオレを挑発する?オレに何の恨みがあって・・』 『はあ、ほんとアンタってメンドクサイ男よねえ。彼氏がいるからって余裕こいてんじゃないわよ、ったく。覚悟じゃないのよ、気持ち。大事なのは気持ちなの。大切にしたいっていう気持ちは自然に溢れ出るものでしょ。何をそんなに身構える必要があるの?・・・図星?・・ふふ、アタシは鈴ちゃんの想いを尊重したいのよ。だからアンタに頼むの。鈴ちゃんにアタシが心配してるって伝えて。ね?』 「オレだってほんと忙しいんだよ。この休みの間だって、いろいろと。つうかそれだって鈴が仕組んだ・・」 「それだってあんたのためなんでしょ?鈴ちゃんが動くのはいつだって・・。わかってるくせに素直じゃなさすぎなのよ、あんたは。ほんと橘も報われないわよねえ、アタシもだけど」 「は?涼平がどうし・・」 「いいんだよ、涼平は昨日からリア充の極みになったんだから」  七生の言葉に哲人が怪訝な表情になったのを見て、鈴ははははと笑う。 「リア充の極み?」 「そ。涼平は今幸せなの。だから七生も気を使わなくていいんだよ。哲人はまあ・・哲人だしね」 「鈴ちゃんてほんとに可愛いよね。だからアタシ大好きなのよ」 「・・何言い合っているんだ、オマエら。他の生徒がめっちゃ引いてるぞ」 「涼平!」 「橘くん、遅かったじゃなあい。マジでリア充してた?」 「涼平は今日も休んでもよかったんだよ?2週間も我慢させ・・・いてっ!」  三者三様の反応の末、鈴が涼平に頭をはたかれた。 「んなとこでんなこと言うなっての!オレは!」 「だいたい前より学校に近いとこに住むことになったのに、前より登校時間が遅くなったってことは、そうだろうなあってボクが思うのは想定内でしょうが」  ふふ、と鈴が悪戯っぽく微笑む。 「あ、内田さんのマンションに住むことになったんだっけ。学校の近く?」 「や、昨夜はもう一つのマンションに泊まった。普段住んでる方はまだ片付いてなかったって。だから今日は放課後はオレはさっさと帰って部屋を・・」 「ああ、内田さんも忙しかったもんねえ。よかったら手伝うよ?」  鈴が何気ない調子で口を挟むと、七生が不思議そうな顔で聞いてきた。 「何よ?二つも部屋を持てるくせに、橘の彼氏ってば業者に頼まないわけ?」 「うーん、内田さんのいろんなこと的にまず無理だよね」  鈴が苦笑する。 「へっ?」 「ていうか、オレはそっちのマンションにはまだ行ったことがないんだ。ずっとオレの家で同居だったし」 「へえっ?」 「マジ?」 「つまり今夜も“初めて”なわけね」  涼平の言葉に哲人と七生は驚き、鈴はニヤリと笑う。 「・・だから、鈴はどうしてそっち方向にばっか話を持ってこうとすんだよ」  涼平はうんざりとした表情でため息をつく。鈴は「あら?」という顔で答える。 「ボクは初めてとしか言ってないのに、涼平が勝手にそう思っただけでしょ。なんでそんなに顔赤くしてんの?涼平に恋人がいるのはもうみんな知ってるんだし、顔だって見てんだし」 「ああ、文化祭に“出演してた”あのカッコイイ感じの美人さんが橘の彼氏だって知って、めっちゃ納得したわよ。熱血硬派イケメンが好きになるのって、ああいうタイプよねえ」  アタシの好みは断然鈴ちゃんなんだけど、と七生は小さく呟く。 (たぶん、橘を変える何かがあったんだろうな。それを画策したのはおそらく鈴ちゃん。・・彼女は本当に自分が幸せになるつもりはないのかねえ) 涼平が鈴を好きだったのは知っている。ボクっ娘の彼女はその言動だけでなく、実際に男よりも闘いが凄い。喧嘩ではなく闘い。 (橘は止めたがってたくせに、自分が海外に追われる身になるなんて。そうだからってこっちに頼られても、ねえ。しかもいつのまにか恋人つくっちゃって) 「哲人みたくならなくてもいいんだよ?涼平は。確かに内田さんが涼平を好きすぎるってのはわかってるんだけど・・」 「は?何でオレを巻き込むんだよ。確かにオレは直央が大好きで大好きで・・」  哲人が真顔でそう言うのを見て、鈴は大きくため息をつく。 「はあーっ・・・哲人ってばほんと変態」 「はあ?」 「そんな変態とオレを一緒にすな!」 「・・はあ、いつもの日常が戻ってきた気がするわ。アタシは鈴ちゃんだけいてくれればよかったのだけど。てか、これが我が校のトップ3っていう事実が怖いわよ」  そう言いながら七生は涼平の肩を叩く。 「いてっ!んだよ、オマエの力はマジでやばいんだから、本気出すなっての」 「はあっ?何でこんな時にアンタに本気出さなきゃいけないのよ。まあいいわ、鈴ちゃんがアンタのマンションに行くってのならアタシも一緒に行くわ」 「へ?」 「人では多い方がいいでしょ?・・だいたい、アンタも鈴ちゃんも本調子じゃないのだから。アタシと日向も手伝うわよ」  当然よねえ、と哲人の方を見ながら七生はニコリと微笑む。 「なっ!か、勝手に・・つうか」  七生の笑顔とともに周囲からキャーという悲鳴が聞こえる。 「北原はもう少し自重しろよ。言いたかないが、オマエのそういう顔の破壊力はハンパないんだから」 「あら?天然タラシ王子の日向にそんなこと言われたくはないわ。鈴ちゃんや橘にさんざん迷惑かけてんだから、こういうときこそ協力しなさいよ」 「だから、んなことオマエに言われる筋合いは・・」 「・・だから哲人は何でそうマジになるんだっての」  言い争う二人を見て涼平は頭を抱える。 「いいじゃん、本当のことだし。どうせ哲人は七生には勝てないんだし、素直に言うこと聞いといた方が身のためだよ?それに早く涼平を落ち着かせないと、生徒会の引継ぎも終わらせられないでしょ?」 「あ、生徒会の役員は全員オッケーになったのか?」  鈴の言葉に何かを思い出したかのように涼平は哲人に尋ねる。途端に哲人の表所が曇る。 「?」 「・・いや、その・・一人はやっぱダメで。得難い人材だったんだけどな」 「マジか!性格的にも学力的にも申し分のないヤツだったし、本人もやる気十分て感じだったのに」 「この学校改革には保護者の理解も必要だもんねえ。かといって、ボクらが直接家庭に行ってどうのこうのしていいもんでもないしね。その子のフォローはボクがするけど、哲人はさっさと他の候補者を見つけてよね」 と、鈴が哲人の肩を叩く。 「いや、めぼしい人材の当てはあるんだけど・・」 「んだよ、歯切れが悪いな、哲人らしくないぜ?」 「やっぱ哲人一人に任せたのが間違い?」 「人を見る目はあるんだけど、言葉の使い方に問題があるんだよな、天然哲人は」 「天然哲人って・・記念物みたいな。にしちゃあ全く大事にされてないわね、あははは」 「お前ら・・」  他の3人が口々に好き勝手なことを言うのを聞いて、哲人はがくっと肩を落とす。 「久しぶりに会ったのに、なんでそういう態度?北原はともかくとしてさ。オレは本気で悩 んでるってのに」  他の生徒の視線も気づかぬまま、哲人は本気で落ち込む。 「あのさあ、なんかアタシたちが日向を虐めてるように思われるじゃない。てかこの二人の存在がアンタの助けになってたのは事実でしょ。アンタが凄いのは皆分かってるわよ。だから今も見守ってんじゃない。もっと自分に自信持ちなさいよ」  七生は呆れたように、けれどしっかりとした口調で話す。 「みんなはアンタを信頼してついてきているんだから。・・それはともかくとして、やっぱ落ち着いて話す必要あるでしょ。だから橘くんの引っ越しをさっさと済ませちゃった方がいいと思うの。だ・か・ら」 と、悪戯っぽく七生が笑うのと同時に、男子生徒の声が涼平にかけられる。 「あ、涼平先輩登校されたんですね・・鈴先輩も。で、何で揉めてるんです?」 「っ!三上・・」  声の主の顔を見て、哲人の表情が変わる。 「哲人?」 「あら、アンタたち1年生よね?三上睦月くんと一宮奏くんだっけ?まあ、あんまり深くツッコまない方がいいわよ?じゃないと日向が再起不能になるわ」 「は?哲人先輩がどうし・・てかオレらの名前・・」 「北原先輩はほんと容赦ないですよねえ。わりとそういうとこ尊敬しますけど、でも奏は哲人先輩の大ファンなんです。彼のためにもちょっと哲人先輩に優しくしてあげてもらえます?」 「!・・ふふ」  睦月のその言葉に七生は一瞬表情を変えるが、直ぐに笑顔になる。 「そういえば、そうだったわね。でも、三上くんて心が広いのね。アタシだったら、好きな相手は独占したいタチだからそういうことも言えないのよ、本当は」 「っ!」  七生から視線を送られた涼平が慌てて顔を逸らす。 「ま、橘とは後でちゃん と話し合うとして。三上くんもわりと容赦ない性格でしょ?アタシのこともちゃんと分かっていて、そんなこと言うんだもの。どっかのヘタレ生徒会長とは大違いね」 「あははは」 「あはは、じゃねえって!」  頭を掻きながらわざとらしく笑う睦月の口を、奏は慌てて押さえる。 「す、すいません!哲人先輩を傷つけるようなことを・・」 「や、一宮が一番傷口に荒塩をごりごり押し付けてると思うぞ」  もう茫然自失状態の哲人を頭を撫でながら、涼平が苦笑する。途端に周りからキャーという悲鳴があがる。 「?」 「涼平が一番危ないヤツだよ、っとに。ほんと人のことには迷惑なくらい気を使うくせに、自分のことは無自覚なフェミニストってのが一番やっかいなんだよねえ。ま、朝からボクたちがココで固まってても迷惑なだけだからさっさと教室にい・・」 「あ、鈴!よかった、登校できたんだね。涼平も元気そ・・なんで哲人と二人で顔赤くしてんの?」  その声に、またもや周りから悲鳴があがる。 「・・流石、芸能人」と奏が呟く。 「あは、いっちゃんてば昨日のラジオ番組の中のCM聞いたよぉ。SNSでも結構好評だったよ、不意打ちの低音ボイスで発狂したとかってさ」 「発狂した・・って、それって好評なのか?」  鈴のその言葉に同級生で同じく生徒会役員の生野広将が困惑気に答える。 「多分、侑貴ならエゴサしているだろうけど・・侑貴から連絡は無かった?」 「いや。今日会うつもりだからその時にと思ってさ。・・・涼平」  広将が表情を改める。 「何?」 「侑貴のこと、申し訳なかった」 「へ?・・や、景からそのことは聞いたけどさ。別にオマエが謝ることじゃ。オマエらの周りでオマエらと仕事のことを一番理解できるのは景なんだからさ。あ、昨日のラジオはオレも一緒に聞いてた。録ったのは文化祭前?」  生野広将は放映中のアニメ番組のエンディング曲を担当しているロックバンドふるーるのボーカル兼ベーシストで、バンドリーダーの上村侑貴の恋人でもある。 「いや、後なんだ。本当はオープニング曲を担当しているアイドルグループの仕事だったらしいんだけどね」  そう小声で広将は答える。 「マジで急な話だったんだけど、おかげで緊張する暇もなかった。けど、状況は多分ヤバイ」 「あー・・景がちらっと言ってた。ま、ここで話していいことじゃないな」 と、涼平は難しい顔になりながら鈴の方を見る。鈴は肩をすくめて言葉を紡ぐ。 「出る杭は、ってやつなんだけどね。もともとごり押し感が強かったし。ま、侑貴の両親が事故死したのは周知されてるし、いっちゃんと侑貴の仲が世間で広まっても、いっちゃんの家族が承知してることだから。いざとなったら、いろいろヤリますけどね」 「・・・」  んふふ、と薄く笑う鈴の顔を涼平と広将は複雑そうな表情で見つめる。 「いっちゃんは気にしなくていいよ」  それに気づいた鈴は広将に近づいて囁く。 「実力が無さすぎたものは遅かれ早かれ淘汰されるのが、この世界だよ。彼女らも散々それは言われてたはずだ。つうかそんな当たり前のこともでないままに、芸能界で生き残ろうってのが甘すぎる」 「鈴、あのね・・」 「鈴ちゃん、学校でできない話は橘のマンションでやればいいんじゃない?人手は多ければ多いほどいいんだし、生野と彼氏にも手伝ってもらいましょうよ。あ、三上くんと一宮くんも手伝ってね」 「へ?何でオレたちが?」 「オレはいいっすよ、なんかよくわかんないけど」  奏は困惑し、睦月は軽い調子で答 える。 「む、睦月!?」 「北原先輩には逆らわない方がいいって。哲人先輩さえ敵わない人なんだぞ。逆にいえば、この人が俺らに頼みごとをするっていうことは重大な意味を持つことになる。たぶん、哲人先輩にとっても・・ね」   そう言いながら自分に向かってウィンクをする睦月を見て、七生は呆れたような表情になる。 「アンタってまあ・・・。流石に日向が目をつけるだけはあるわね。顔もいいし。まあ、アタシほどじゃないけど」  ふふ、と哲人に微笑みかける。 「な!オレの心を勝手に読むな・・っ!」 「‥ホントに無駄に正直な人ね。そういうとこはアタシと似てる気がするんだけど・・・何でアタシは日向に勝てないのかしらね」 「?」  七生の台詞の最後の方は一番 近くにいた奏と睦月にしか聞こえなかったようだ。奏が首をかしげる。 「あれ?でも北原先輩は、哲人先輩より・・」 「ふふ、人の想いだけは自分ではどうしようもできないのよ。けど、アンタたち二人はうまくいってるんでしょ?」 「はい?」 「はいはい。この人のペースに巻き込まれたら負けだよ」  どういう意味だとまたもや首をかしげる奏の肩を睦月はぽんと叩く。 「む、睦月!先輩に失礼だよ、そんな言い方」 「奏はわりに哲人先輩に辛辣な言葉を投げかけてたよな。・・それもクソ真面目に受け入れてたけどさ、哲人先輩は」  多分それは相手も自覚していたことだから。 「哲人先輩の凄いとこは“的確に素直”なとこだから。そういうとこホント尊敬する。・・それが誰 かを泣かせることでも」 「睦月!」 「はあ・・ほんと日向って罪作りな男よねえ。でも“内情はどうであれ”アンタたちは普通にカップルに見えるわよ。少なくとも信頼関係以上のモノは二人の間にはあるのよね?」 「っ!な、なんで北原先輩はそんなことわかるんです?」  七生の言葉に奏は慌てる。そんな彼を見て睦月は自分の頭を押さえる。 「あのさあ、なんで奏は天邪鬼に素直なのかなあ。この人に下手な情報は与えない方がいいって。・・だいたい、オレがみじめろ」 「へ?や、そんなつもりじゃ・・ってか・・だって・・」 「・・ごめん、アタシが悪かったわ。アンタも無駄に優しい人なのね。ま、そういうことだから二人とも橘のマンションの片づけ手伝ってね。性格はともかく 手先は器用そうだから」  そう七生は薄笑いを浮かべながら言うが、睦月も奏も困惑気な表情を顔に浮かべている。 「何よ、アンタたちだって彼が彼氏と住む部屋に興味あるでしょ?あの橘涼平が恋人と同棲するのよ?二人がイチャコラするベッドだって見れちゃうんだから!」 「・・何を勝手に人の私生活をダシに後輩を下世話な趣味に引っ張り込もうとしてんだよ」  もう我慢ができないと、涼平がむっとした表情で七生に詰め寄る。 「あら、アンタの頼みは聞いてあげたでしょ。・・鈴ちゃんの嬉しそうな声を聞けたのは良かったんだけど、アタシはいろんな意味で泣きそうになってたわよ」 「っ!・・悪かったとは・・思ってる。けど・・」 「いいわよ、アンタの気持ちも分かるし。アタ シに頼み事をするリスクは橘なら承知のハズよね」 「くっ・・分かってる。鈴と・・哲人のためだ。あの二人が前に進むために必要なこと、北原以外には思いつかなかったんだ、今は。けど、この二人を巻き込むのはよせ。哲人はそれは絶対に望まない」 「涼平先輩?」 「あら?少なくとも日向は彼に言いたいことがあるはずよ」  そう言いながら七生は指差す。 「へ・・お、オレ?」  睦月が驚いて、哲人の方に顔を向ける。が、哲人は鈴と話していてこちらには気づいていないようだ。 「まさかと思うけど、まだオレと奏のこと勘違いしてんのか?や、もう哲人先輩には関係ないことだと思うけど」 『君と一宮の仲を邪魔するつもりはオレにはないんだ。けどタイミングが悪くて・・ほんとごめん!』 「ああ、日向に恋愛関係のことで正常な思考を求めても駄目よ。・・まあ、私が口を挟むことじゃないけど、とにかくそっちの彼は目をキラキラさせてるわよ?」 「へっ?か、奏・・」 「や、そういうつもりじゃ。でも正直興味はあるし・・」 「ふふ、正直すぎる彼ね、ほんと。大変ねえ、三上くんも。気が気じゃないでしょ、ふふふ」 「・・なんなんだよ、このコントは。だいたい、オレのマンションじゃなくて、景の部屋なんだ。オレが勝手に・・」 「あっ、涼平」  涼平が困惑気な声をあげたと同時に、広将が話しかけてきた。 「オレも手伝うから、部屋の片づけ。侑貴がだいぶ・・オレが頼んだことなんだけど内田さんに迷惑かけちゃったし な。涼平もいい気分じゃなかったろ。侑貴も連れて行くから、手伝わせてくれ」  そう言うと広将は「いいかげん教室に行った方がいい・・」と生徒玄関に入っていった。 「ほら、生野もああ言ってんだし。人の好意は無にしないの。・・普段は無いきっかけがあれば、少しは状況も変わるかもしれないでしょ。なんかいろいろそれぞれに問題抱えてる・・特に鈴ちゃんがね」 「睦月!どういうつもりなんだよ、いくら北原先輩に言われたからって涼平先輩の彼氏さんのマンションに押しかけるとか。涼平先輩も困ってたじゃん」  3年生たちの姿が見えなくなると直ぐに小声で奏は話しかけてきた。 「そりゃあ、オレもついバカなことを言っちゃったけどさ」 『や、そういうつもり じゃ。でも正直興味はあるし・・』 「・・涼平先輩がどういう理由で彼氏さんのマンションに住むことになったのかは分からないけどさ。あの人はそういうイメージじゃないし。だいた、日向一族が他人の部屋でなんて・・。でも、なんだかんだで涼平先輩幸せそうだから」 「だから、あやかったっていいじゃん。オレもホントはオマエと同棲したいもん。独りであの部屋にいるのも寂しいだろうなって思うし」 「っ!」  一宮奏は一宮財閥の御曹司・・ではある、対外的には。が、実際は父親の愛人の子として生まれ兄弟には疎まれて生きてきた。兄たちより優秀な頭脳を持ち、その兄たちの実母である本妻には可愛がられるという複雑な環境で。 「たぶん、北原先輩にはバレてるよ、オレの気持ち。だからってわけじゃないけど、とりあえず自分の望みを叶えた人の生活ってやつを見てみたいって思った。本当にオレの勝手な・・勝手すぎる我儘だから奏は無理に付き合わなくていいんだけどさ」 「オレが行かなかったら涼平先輩が気を使うだろ。・・それに、独りは寂しいってのも事実だ。ずっと絵を描いて気持ちを紛らわしていたけど、義母にも遠慮しなきゃいけないってなったら流石に萎えた」 「奏・・わりぃ・・オレ」 「いいよ。一番、睦月が理解してくれてオレにつきあってくれてんのに、オレがただ甘えてたんだ。傷つけてんのはオレの方だから、その・・オマエがつきあってくれってんなら、オレはお手伝いに行きたい」 「奏・・」 「や、その・・た、ただのオレの我儘だから、本当に。オマエが気を使う必要はなくて、一緒にその・・。ほんとに、その・・好奇心で。だって、北原先輩も涼平先輩もオレとオマエが本当に恋人同士だって思っているんだろ?二人の気持ちを無視すんのもアレだし」  赤面しながら、奏は足早に歩く。 「・・そんなに急ぐと転・・っ!」  そしてコケそうになったところを、睦月が支える。 「こんなお約束の展開でもときめくオレの恋心・・けなげだ」 「・・ごめん、ほんとごめん。けどマジ恥ずかしいから、離れていい?や、本当に感謝してんだけど・・」  更に顔を赤くしながら、奏は座り込みたい衝動にかられる。 「くっついてたら安心するのも事実なんだけど・・」 「えーっと、それってオレのこと・・いや、なんもねえ」  そ う小さく呟いて、そして小さくため息をつく。 (なんだかんだいって、こいつの一番側にいるのはオレなんだ。北原先輩は本質を見抜いているみたいだけど、哲人先輩が勘違いするくらいには・・。いつか、それが本当のことになれば。涼平先輩のマンションにいくことがいいきっかけになれば)  そう思っていると、奏が小さな声で囁くように言った。 「オマエってやっぱカッコイイな」 「・・へっ?」 「だってさ、あんなキラッキラの先輩たちとマジで遜色ないオーラがあったもん。そんでさ、北原先輩ともあんなに堂々とわたりあって。流石にあの人だけはオレは無理。基本的には優しいって噂だけど・・」 「ああ、影の生徒会長って噂もあったよな」 と、睦月は顔をしかめる。 「哲人 先輩や涼平先輩と闘って勝ってるとか。まあ生徒会役員が喧嘩するってのもヤバイけどさ。学校のそういう部分をどうにかしてきたらしいのがあの人だって」 「オレ的には・・」 と、奏は苦笑する。 「力より口で敵わないと思ってる。そういう人と同等な感じのオマエにさ、オレが好かれているのが不思議・・ていうか素直に嬉しい」 「・・」  そう言われて睦月は困惑気な表情になる。4月に同じクラスになった奏に一目ぼれしたものの、男同士ということもあり告白をためらっているうちに、相手は3年生に恋をしてしまった。 「オレはこれでも経営者だからな。自分に自信がないわけじゃない。高校生が大人と渡り合うわけだから。けど、オマエにしろ哲人先輩にしろ・・普通じゃない。つまりその・・」  そして奏の顔が赤くなる。 「一緒には・・いたいんだ、オマエと」 「ったく、何を考えているんだ?オレはどうしたって哲人を裏切るつもりはねえし、ただ鈴の幸せだけを願っているだけだ、今は」 「今は・・ね」  そう呟いて七生は涼平の顔をじっと見つめる。 「んだよ、今さらオレがオマエに嘘をつくとでも?そんなつもりなら最初からオマエに頼み事なんかしねえよ。だいたい、あの時の鈴にも絶対必要だったんだ、哲人の声は」  そう言って涼平は教室の一角に目を向ける。視線の先には女子生徒たちと談笑する鈴の姿があった。 「鈴ちゃんと2週間も同じ病室に二人きりでいたくせに、今さら他の男に頼るなんて。いくら彼氏ができたからって、かなり情けないというか卑怯なんじゃないの?」 「・・・」  北原七生は哲人や涼平よりも背が高い。 「そして肝心なことは結局は日向には言わないんでしょ?男を守って甘やかしてどうすんのよ。アタシは鈴ちゃんが大好きだけど、そういうのは理解できないわ」  オネエ口調のために一見優男に感じられるが、気が昂った時の彼の眼光は哲人よりもするどい。 「日向だってそこまで弱い男じゃないでしょ。じゃなきゃ、橘ほどの男が服従なんてしないでしょ」 「服従しているわけじゃねえよ。アイツを殺しかけたからその罪滅ぼしってわけでもねえ。そして、日向一族の宿命に縛られているわけでも。ただ、景と出会って事情が変わったのは事実だ。あの人はオレを・・」 「日向一族の事情や“三年前の真実”なんてものはアタシの知ったこっちゃないわよ」  七生は感情を隠すことなく言い放つ。 「知っていて、問題にしたいのはアンタが彼女をコロ・・傷つけたことだけよ。鈴ちゃんの優しさにぬくぬく甘えてたくせに、アンタも日向も自分たちだけ幸せになってるのが許せないの。・・一番許せないのは」  七生は鈴をじっと見つめる。視線を感じたのだろう、相手がこちらに向かって手を振るのを見て自分も振り返す。 「それでも日向には敵わないと思っちゃってる自分自身よ。その点はアンタに同意だわ。何をしても鈴ちゃんの心は日向以外には向かないのよね」  なのに日向哲人は笠松鈴との婚約を解消した。 「哲人は普通の存在じゃないんだ、オレにとっても鈴にとっても。景はそれらのことをひっくるめて・・たぶんオマエは認めないだろう事実だけど、鈴がオレにくれた人だ。鈴ごとオレを愛してくれる人なんだよ」 「・・っ!」  涼平の言葉に七生の表情が変わる。 「・・みんな、鈴ちゃんの人生を踏み台にしてるって感じにしか思えないんだけど、アタシには。ま、アタシはアタシなりのやり方で彼女を守るわ。また入院されても困るもの」 「だから別に・・」 と、涼平は困惑気な表情になる。 「オマエのそういう思いをオレは後押ししてるつもりだぜ?だいたい・・」 と、声をひそめる。 「鈴のお腹の傷を見たのなんてオレと哲人と直央さんしかいないんだぜ?」 「・・・」 「女子にも見せたことな・・ん?何でムスッとしてんの?北原が特別だって話なのに」 「アタシは“たまたま”見ることになっちゃったわけだけど、アンタと日向とその彼氏さんは何なのよ。3人とも男よね」 「あ、当たり前だろ!何言って・・つうか、その原因作ったのオレと哲人だし、直央さんは日向の別荘で一緒に泊まったしな。や、もちろん哲人と直央さんが同室で、オレと鈴は別々の部屋で。まあ、入院中は同室だった・・けど・・・ひっ!」  涼平の目の前には氷点下まで冷たくなった七生の顔があった。ヤクザ相手にも平気でナイフや時には日本刀を振るうこともある涼平の背中に冷たい汗が流れる。 「聞いてないわよ。何で男女が同室なわけ?いくら日向の特別病棟だからって。つまり、アンタは鈴ちゃんのあれやこれやも見放題だったわけ?2週間も!」 「ちょっ、声抑えろ・・あ、流石に小声か」  小声なのに何でこんなに迫力があるのかと苦笑するが、更に顔がぐいと近づいてきてもう一度「ひっ」となる。 「お、オレも鈴も怪我してたんだし、だいたい鈴は・・」 「その原因を作ったのはアンタで、結果的に鈴ちゃんを守れなかったでしょ。・・なのに何でアンタは!」  言いようのない怒りが沸々と湧いてくる。涼平に・・そして自分に。哲人にも。 「歯ぁ食いしばれ!」 「へっ?・・ひっ」  そして涼平の悲鳴がホームルーム前の教室に響き渡った・・・ 「涼平、朝は随分と煩かったな。もう身体は大丈夫なのか」 「オマエ・・しばらく会わないでいたらマジで嫌味な野郎になっているな。誰のせいでオレが本気で涙を流したと思っ ているんだよ。・・本気で・・痛かったんだ」  物理的にも心情的にもな、と涼平は呟く。 「正論なんだ、北原の言葉は。それでも、アイツをソッチの方には巻き込めない。それが鈴の願いだから」 「鈴の気持ちを優先すんのはオマエの勝手だけどさ」 と、弁当の蓋を開けながら哲人が声をかける。 「だからって、オレまで巻き込むな。まあ、今日のオマエの新居の片づけには参加するよ。でも・・」 「無理しなくていいよ、早く直央さんに会いたいんだろ」 「や、そういうわけじゃ・・・まあ、そうなんだけど」  悪びれる様子も無く哲人はそう言って、弁当の箱の中身を箸でつまんで口に運ぶ。 「うん、やっぱ愛妻弁当はいい。美味しい」 「・・北原の気持ちがほんと分かるわ。でも、オレは抑える・・」  どうして自分ばかりこんな目に合うのだろうと涼平は頭を押さえる。 「昼ごはん食べないのか?ちょっと痩せた気がするぞ、涼平」 「何か食欲がないんだ。や、片づけのこととか景にラインしてその返事待ち。でも、あの人は多分歓迎するよって言う。ただ、絶対カオスなことになるから・・正直憂鬱」 「悪いな、オレが北原を抑えられないからアイツが好き勝手言って。鈴も何を考えてるかわかんないしな。けど、今は体力をつけた方がいいぞ。病院食じゃ物足りなかったろ、それに・・その」 「んだよ、歯切れが悪いな」  そう言いながら、涼平は哲人の弁当箱からおかずをひょいとつまむ。 「あっ、おい。・・や、別に構わないけどさ。・・一個くらいなら」 「タコさんウインナーが目についたんだよ。ちゃんと目まで付いてんだもの。直央さん作だろ?朝からマメだよな」 「だから、愛妻弁当って言ったろ?あの人はいい奥さんになってくれる。オマエも内田さんと幸せになるんだろ、これから。鈴のことはオレが一番悪いから、偉そうなことは言えないけどさ。でも・・」  なんとなく顔を逸らしてしまう。相手が「オレは気にしてない」と言うのもわかっていて。 「はあーっ。哲人にそういうのは似合わないって。鈴もオレも直央さんには感謝しているんだ。日向の業をも受け入れてくれた人に。だからこそ、オレも鈴も最後まで戦いたいんだよ。けど、オアシスも必要だと」 「っ!」 「けれど、鈴は・・特別なんだよ。一番の業は鈴にこそある。それだからこそ、オマエの伴侶に一度は鈴が選ばれた」  そう言いながら、涼平は哲人の顔の先に自ら移動する。 「・・3年前、そこまで知っていてオレを殺そうとしたのか、オマエは」  低い声で哲人は涼平に問う。 「結果的にオレは鈴との婚約を解消することになった。たぶん、オレは・・誰かが行動してくれるのを待っていたんだろうな。自分の本心が自分で理解できないくらいに愚かだから。・・なのに、直央にだけは素直になれるんだ。まあそれにも時間がかかったのだけれど」  そう言って、哲人はふっと笑う。 「て・・つひと。・・やっぱりオマエ・・鈴のこと」 「鈴がオレの伴侶でいる限り、鈴は利用されてしまう。現にオマエは鈴への想いゆえにオレを殺そうとした。アイツを縛る枷は 一つでも少なくなればいい。けれど、オレは鈴から逃げたも同じだ。正直、鈴への想いを真っ直ぐに表せることができる北原が羨ましかったよ。いや、妬ましかった・・のか」 「哲人!」 「直央はね」 と、哲人は微笑む。 「哲人・・」 「全部分かってくれたんだ。オレに必要なのは、鈴より直央なんだよ。一緒に鈴の業を解こうって言ってくれた。オレの業に寄り添うと」 「鈴は・・けど・・」  涼平が言いかけたその時、廊下から話声と足音が聞こえた。「っ!」 「そうなんだよ、涼平と七生がね。ほんとバカなの、涼平ってば。あ、いっちゃんも行くよね、涼平たちのマンション」 「うん。内田さんにはお世話になってるしね。涼平にも迷惑かけちゃったし・・」 「うーん、多分それは ボクが原因なんだろうけど・・まあいいや。後で、直ちゃんにも電話しよっと。大勢の方が楽しいし、だいたい直ちゃんが側にいないと、哲人はヘタレだからねえ。今回は七生もいるわけだし」  あはははと大きく笑い声をあげながら、鈴は生徒会室の戸を開ける。 「やっほー!涼平、頭のこぶは大丈夫?」 「・・大丈夫じゃねえよ。わりとまだ痛いし、食欲もねえ」 「オレのウインナー食ったじゃねえか」 と、哲人が呆れたように呟く。 「保健室で寝てた方がいいんじゃないか?オマエのクラスのやつに聞いたけど、北原の本気の拳を受けたんだろ?」  広将が心配そうに涼平の顔を覗き込む。 「オレに優しくしてくれるの、生野だけだよ」  ワザとでもなく本当に痛がりながら、涼平は 答える。 「オレが相手じゃなかったら、普通に暴力事件で問題になってたって。ま、北原は学校外で正義の味方やってるみたいだけどな」 「涼平でその状態なら、他の生徒なら即死だろ」 「・・そこまでオレは超人じゃねえよ。まあだいぶ楽にはなってるんだ。けど、オマエらが手伝ってくれるのは今日は有難いかもしれない。最近の景は本当に忙しいみたいだから」 「年末にイベントがあるんだっけ。実は侑貴が影ナレでキャスティングされているんだよね。もちろんシークレットなんだけど」  広将が嬉しそうに話し始める。 「流石にオレたちが歌うってのは無理だったけどさ。ちゃんと侑貴は認められているんだ。侑貴はMCも上手いしね。凄いだろ?」 「なんだ、惚気か」  哲人が面白くもないという表情を隠さずに呟く。広将の恋人の上村侑貴は哲人の恋人の財前直央の通う大学の3年生で、広将と交際することになる前は直央に好意を持っていろいろちょっかいをかけていた。 「確かに口はうまいよ、オレとは違ってさ。器用に声色も変えれるし、オレには無理だけど」 「だから、そういうことを言うのはやめろってば。だいたい、オマエも直央さんのこといつも惚気てるじゃねえか」  涼平が呆れたように声をかけるが、哲人は「当たり前だろ?」と答える。 「直央は凄いもの。オマエだって何度も直央の作ったおかずをつまみ食いしただろうが。で、美味いって言ってたじゃん。いい、奥さんになるって」 「そこまでは言ってねえよ・・はあ」 と、涼平はため息をつく。 「 あ、オレももっと料理上手くなりたいんだよね。侑貴はけっこう偏食だし、ほっとくと食べないことも多いから。機会があれば直央さんに教わりた・・」 「オレでもいいだろ。付き合い始めた当初は、オレの方が主に食事の用意してたし、だいたいオレの料理で直央をおとしたと言っても過言じゃない!」  そう言って胸を張る哲人を見て、鈴も呆れる。 「何を偉そうに。前は直ちゃんの方が先に自分に惚れたんだあ、とか言ってたじゃん。ていうか、直ちゃんに習ったっていいじゃん、哲人のお母さんのお墨付きなんだし」 「ダメ!生野でもダメ!直央にくっつくのダメ!」  そう哲人は叫ぶ。顔色を変えて。は?何を言ってんだ、と涼平が哲人の肩を掴む。広将もあっけにとられている。 「料理習うのに、何でくっつく必要があんだよ。だいたい危ないだろ、そんなの。包丁とか火とか使ってんだし」 「つまり、哲人は料理中も直ちゃんとずっとくっついいてるわけ?わ、ウザぁ」 「ま、毎回じゃない!」 と、哲人が顔を赤くして答える。 「オレだっていろいろ忙しいし。けど、直央が味見してとか言うから・・。オレはただ『いい匂い』だとか『後どれくらい?』とか言っただけだ」 「そりゃ直ちゃんが哲人に気を使ってんだよ。つうか、直ちゃんがいい奥さんになっても哲人がダメな亭主になっちゃってるじゃない」  あっほらし、と鈴は広将の肩を叩く。 「あそこは見習ったらダメな夫婦だよ。まだ涼平と内田さんの方がマシだと思うよ?」 「えっ?」 「マシって・・まあ、オレも料理はそれなりに。でも、たぶん生野と同等だと思うぞ?景は忙しくて外食が多いから」 「オレのことはともかく、直央のことを悪く言うのは許さないぞ!それに、付き合う前にオレが直央に作った豚丼は直央が感激して泣いたくらいに美味いんだからな!」 「は?豚丼?・・」  何のことだ?と涼平が怪訝な表情になる。「んとね・・」と鈴が肩をすくめる。 「それがさっき言った「哲人が“病気の直ちゃんを篭絡した”料理だってさ。生徒会の重要な案件を無視して、ね」 『今日は学校に行くつもりだったんですよ。春休みですが、生徒会の仕事があったもので。で、副会長から電話があったというわけです。気にしないでください』 「倒れてるあの人を発見しちゃったんだからしょうがないだろうが!だいたい、オレ抜きでも・・むしろオレの意見を無視してただろ、オマエ。なのにラーメンは奢らされて・・」 『・・あの日行けなかったので、こいつに奢ったんです。コイツの・・好きな味を出す店ですから』 「ふふ。哲人が材料から全て吟味したラーメンだもんね。おやっさんたちの再生のために。でも、哲人は昔から言ってたもんねえ。“この両親の血を受け継いだのだから美味しい料理を適切な環境で世の中に出せたら”ってのが」 「り・・ん」  鈴のその言葉に、哲人の表情が何とも言えないものになる。 「オレ・・は」 「ボクは、ね。哲人を“幸せに”したいの。ていうか、そうじゃないと哲人はぐちぐちウルサイじゃん。せっかく、こんな哲人の“全てを”受け入れて伴侶になってくれる奇特な男性じゃない、直ちゃんて。哲人のう・・」 「鈴、言いすぎ。それ以上はここで言うべきじゃない」  涼平が鈴の頭を押さえる。 「痛ったあ・・涼平ってば、自分が痛い目にあったからってボクに八つ当たりしないでよぉ。とにかく、哲人はどうしたってこうなんだから、直ちゃんも誘いなよ。涼平のとこに行くの」 「へっ?いいのか!?」 「哲人・・って」  鈴の言葉に驚きながらも頬が緩んでいる哲人を見て、広将が小声で鈴に問う。 「あんなに素直になるの?鈴の言ったことでも」 「はは、いっちゃんもけっこう毒を吐くよねえ。ボクの、っていうより直ちゃんのことでだけどね。・・そういう顔しないでよ。だいたい哲人がそういう態度とってくんなきゃ、哲人の本当のお父さんに直ちゃんも会わせた甲斐がないでしょ」  そう言って鈴がウィンクするが、反対に広将の表情は強張る。 「鈴、オマエ・・」 「ごめん、いっちゃんを巻き込んだ形になっちゃって。侑貴のことも、ね。でも、さっきも言ったけどボクは哲人を幸せにしたいの。そのためなら・・って思ってる。だからくれぐれもボクを“憐れまないで”。ボクを・・誰かとくっつけようとか思わないでよ」 「!」 「涼平はしっかり〆たつもりなんだけど・・無駄に優しいから。ボクを恨んでてくれてもいいのにね。いっちゃんもそうだよ?」  そう言って鈴は広将を見つめる。 「ボクはボクの計画のためにいっちゃんと侑貴をくっつけたの。哲人のことだって涼平のことだってそう。だから、いっちゃんはボクに遠慮なんかしなくたっていいの」 「鈴、オレはそれでも・・」 「おい鈴!哲人に余計なこと言うなよ、っとに。直央さんにまで迷惑かけるつもりはねえぞ、オレは。つうか、別に哲人に手伝ってもらうつもりもねえよ。ただ、早く帰らせてもらいたいだけ・・」 「改めて新婚生活始めたいから、っていうんでしょ。そういうのを周りが邪魔するのはお約束じゃないかなあ。てか、最初に言い出したのはボクじゃなくて七生よ?この中の誰も彼に逆らえないでしょ?じゃあ、おとなしく流されていなよ」 「・・・」  鈴にそう言われ、生徒会室内にいる男子たちが顔を見合わせる。 「それぞれのパートナーを大事にしなよね。じゃないと・・」  そう鈴が言いかけたその時、携帯の着信音が鳴り響いた。 「・・もしもし・・え?」          To Be Continued

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