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第55話

「ねえ、遠夜。何でアンタがここにいるわけ?てか、そんなに殺気を向けないでよ。アタシもアンタも学校の制服のままなのよ?」 「・・・」  殺気を放つ“その少年”は黙ったまま相手を睨みつけている。 「ったく・・あんたは“陰に徹しなきゃいけない立場”でしょうが。そんな嫉妬まる出しの感情を向けないでほしいわ。この・・アタシに」  口調はいつも通りのひょうひょうとしたものだが、北原七生の顔は笑ってはいない。 「・・うるせえよ。鈴に余計なことは言うなと指示しただろうが・・くそが!」  同級生や彼の正体をある程度は知っているはずの同じ生徒会役員である橘涼平や笠松鈴がついぞ聞いたことの無い低く憎悪に満ちた声で黒木遠夜は叫ぶ。 「だから、嫉妬はみっともないってば。なによ、さっきのキスのせい?一瞬だったし挨拶みたいなもんでしょうが、今どきの高校生には」  そう言いながら七生は肩をすくめる。 「だいたい、アタシは鈴ちゃんのお腹の傷も見てる仲なのよ?普通の同級生とは付き合いの深さがちが・・っ」  突然、七生の喉に冷たく尖ったモノが触れる。そして、その個所からわずかに血が流れるのを感じ取った。 「・・その身のこなしが鈴ちゃんに似てるって思ってるの、たぶんアタシだけじゃないわよ。だいたい、アンタにアタシが殺せるわけないでしょ。アタシはだって・・」  七生も遠夜もある高校のそれぞれ3年生と2年生だ。“表向きは”。 「銀の弾丸なのよ?赤蛇のアンタより戦闘力は上。つうか・・」 と、ゆっくりと後ずさる。 「っ!」 「制服着てる以上はアンタはアタシの後輩なんだから。・・いくらアンタの方が年上だからってね」 「て・・めえ」  七生の言葉に遠夜の顔が歪む。 「これ以上ふざけたことぬかすと、本気で命が無くなるぞ。鈴と何があった!」 「はあ・・男としての嫉妬?それとも、もっと“特別な感情”?」 「答えろって言ってんだろうがっ!」  再びナイフを振りかざしながら遠夜が七生に迫る。が、その腕は七生にしっかりと掴まれる。 「らしくないっての。ますますアタシの疑念が確信に変わるだけでしょ、アンタがそんな態度じゃ。つうか、鈴ちゃんが簡単に身体を許すはずがないでしょ。キスだって・・今日が初めてよ。父親ならちゃんとその立場で鈴ちゃんを守ればいいじゃない」 「・・オレが鈴の父親であるはずがないだろうが。オレはあの子の高校の後輩だ。ただ・・それだけだ!」  掴まれてない方の手にいつのまにかナイフが握りしめられていた。不意の攻撃に七生の身体がよろめく。 「っ!・・っと。言った・・でしょ。アタシが気づいてるくらいだもの。いつも側で戦っている涼平ならとっくに・・。まあ、アンタの実年齢知ってなきゃ?ってなるだけかもだけど、アイツの彼氏は知ってそうじゃない。アタシでも名前は聞いたことあったもの」  そう言って、七生は遠夜の顔を見つめる。その表情は心なしか微笑んでいるようだった。 「・・殺すぞ」  遠夜の声がさらに低くなる。 「それが目的でここにいたわけ?暇ねえ、ほんと。人通りだってないわけじゃないのに、制服姿でナイフを振り回すのもどうかと思うけど」 「・・くそっ」  遠夜が離れたことを確認して、七生は喉に手を当てる。 「油断したとはいえ、このアタシに傷をつけるなんてね。鈴ちゃん以来だわ。やっぱ、あんたたち親子でしょ?」 「鈴先輩は笠松家のご令嬢ですよ?何を言っているんです、北原先輩」  突然、遠夜の口調が変わる。いや、いつものソレに戻ったというべきか。 「オレは貴方の言うとおり“影”ですからね。・・それでも、鈴先輩を守る理由があるのですよ。北原先輩が思っているようなものではないでしょうけどね」 「っ!」  口調も声も表情も普段の黒木遠夜に戻った目の相手を見て、七生は唇を噛みしめる。 (やっぱこっちの思惑には乗らないか。それとも・・本気で鈴ちゃんとの関係を否定するつもり?そんなの・・あの子が可哀想すぎるじゃない)  そう思ったところで、はっと我に返る。 「・・どういう立場であれ、本気で鈴ちゃんを大切に思っているんでしょ。アタシにあんな殺気を向けるくらいだもの」 「鈴先輩は笠松家のご令嬢です」 「・・まあ、そう簡単に口は割らないわよねえ。どれだけのことをされても、アンタの立場じゃあ」  七生は大きくため息をつくが、遠夜の表情は変わらなかった。 「北原先輩も余計なことはしないで、ご自分の役目を淡々と果たされるだけにしておいた方がいいかと」 「鈴ちゃんに言われたわ。復讐は やめてほしいって」 「!・・・」 『七生の標的にはボクも含まれているよね?というか、ボクを殺さなきゃ日向一族を終わらせることはできないよ?』 『最初からそのつもりでアタシを自分に近づけたわけ?あの文化祭の時もだから・・』 『ボクのことはともかく。七生には復讐を諦めてもらいたいんだよ。あの高瀬亮も結局は哲人を殺せなかった。そればかりか、涼平の伯父を殺してくれた。その可能性はボクも考えていた。七生の思惑も外してくれる行動だったからね』 「それでも鈴ちゃんは哲人しか愛さないし、哲人も・・そこら辺は薄々わかっているのに鈴ちゃんを受け入れないんだ。なら、って思っちゃうじゃない。だって、貴方もそうなんでしょう?真実を言わないんでしょう?・・でも、鈴ちゃんはアタシを・・」 「君たち、うちの学校の生徒だよね・・遠夜!?や、キミが何を・・や・・」  突然聞こえたその声は戸惑いというより、明らかに狼狽のていをなしていた。 「遠・・黒木くん何でこんな時間にこんなところに?」 「友人の家に寄っていたんですよ。てか、日向先生こそこんな時間に何を?ご自宅からは離れているはずですが」  自分の通う高校の教師である日向勝也の出現にも動じる様子を見せず、遠夜は淡々と答える。 「北原くんとはたまたま会ったのですよ。彼がここにいる理由をオレは知らないですけどね」 「や、アタシは・・」 と、七生はやれやれという感じで話し始める。 「橘涼平が引っ越したのは日向先生もご存知ですよね?そのお手伝いをしていたんですよ。んで、料理自慢たちも集まってたので夕飯も・・ってことで気づいたらこんな時間になってたんですよ」 「ああ・・今日だったのですね。涼平には申し訳ないことなのですが・・けれどあの子が“独りでいることにならなくて”ほんとによかった。それだけが気がかりだったのです」 「・・・」  そう、勝也が心の底から安堵している様子で語るのを見て、遠夜も七生も一様に複雑そうな表情になる。 「北原くんも悪かったですね。どうせ鈴が無茶を言ったのでしょ?君と鈴は仲が良いと聞いています」  二人の表情には気づかない様子で勝也は笑顔で七生に言葉を向ける。 「あら、流石に日向一族の教師ですねえ。鈴ちゃんのことも気にかけてんですね、ちゃんと」  笠松鈴が同じ一族の勝也のことを微妙に避けているのを、七生は知っていた。というか、七生自身が日向の裏組織の一員だったから。 (けど、この人はマジでアタシのことは知らないパターン?涼平のことも、それこそ“3年前のあのこと”もこの人は“関係者”なはずなのにね。いいけどさ、日向の不幸分子は少ない方がいい) 『ボクのことはともかく。七生には復讐を諦めてもらいたいんだよ』 (バカね。アタシはこれでも男なのよ。女の子泣かせたいはずがないじゃない) いくら鈴といえ七生が銀の弾丸シルバー・ブレッドであることは知らないはずだ。日向家にはいくつかの裏組織がある。鈴や橘涼平は諜報活動が主な仕事の黒猫ブラックキャットに所属している。涼平は荒事が仕事の狩犬ハウンド・ドッグのトップでもあったが、今は日向を追放されている身だ。  そして最強の部隊だと言われていた白狼ホワイト・ファングの元トップだった男が七生の復讐の相手だ。が、その男は今は意識不明のまま日向に囚われの身となっている。 (まあ、あの文化祭の時に殺せなかったアタシが悪いんだけどね。まさか、高瀬亮が哲人を助けるとは思わなかったし。しょうが・・ないよね)  人を殺した経験はある。何度も。親もそうだったから。 「鈴は女の子ですからね。・・っと、黒木くんどうしたんですか?」  いつのまにか遠夜がその場を離れたことに気づく。 「どうって・・・家に帰るんですよ、いい加減お腹もすいたので」  何を当然のことを聞くのかというように、遠夜が答える。 「あっ・・そ、そうだよね。もうこんな時間だし・・」 「さっきも聞きましたが日向先生こそここで何を?まさか、どこかで呑んで酔い覚ましに散歩ってわけでもないでしょう?貴方はお酒は受け付けない体質のハズですから・・っ」  七生がそこにいるのに、つい余計なことを言ってしまったと遠夜は舌打ちする。 「あら?黒木くんて日向先生のことよく知っているのねえ。“年齢離れてるのに”仲がよろしいこと」 「は?ね、年齢が離れてるっ・・て。そ、そんなこ・・」 「勝也・・さん。はあーっ」  七生の言葉につい口ごもってしまう勝也の様子に、遠夜は思わずため息をつく。 「オレと勝也さんが年齢離れてるの当たり前でしょ。教師と高校生なんだから。だいたい、勝也さんが洋酒入りのチョコをバレンタインデーで無理やり食べさせられてぶっ倒れてるとこを発見したのオレですよね?・・余計な犠牲者出したくなかったら、貴方はもっと身辺に気を付けてください」 「と・・く、黒木くん!それは・・」  勝也が慌てて七生の方を見る。七生は笑って 「ふふ、じゃあ来年のバレンタインデー・・その前にクリスマスか。先生の苦手なものは周知させといた方がいいと思うわ。先生ってモテるもの」 と言った。 「は?や・・と、とにかく二人とも早く帰りなさい。明日も学校がある・・」 「それは日向先生も同じでしょ?だいたい、こんなイケメンが職場からも自宅からも離れた川沿いを一人で歩いてるなんて、好奇心が疼くってものでしょ。案外、誰かと待ち合わせしているんじゃ?」 「待ち合わせというか・・」と勝也が困ったような表情になって口ごもる。それを見て遠夜は苦々し気な表情になる。 (は?まさかと思うが琉翔と会うとかじゃねえだろうな。だいたい哲人のマンションが近所にあるってのに、コイツを家に呼んでんじゃねえっての。くそっ!気持ちわりぃ・・) 「・・北原先輩も人のことばかり気にしてる場合じゃないでしょ。だいたい、この人はけっこうメンドクサイ人ですからね。あまり構わない方が。とりあえず教師ですし」 「へっ?」 「と・・黒木くんてほんと・・流石にあの生徒会の一員よねえ。ま、アタシも確かに余裕があるわけじゃないから、先生のデートに野暮するつもりはないわ。ただ・・羨ましいとは思うけど・・っ・・て」 「北原くん?」 「っ!・・」  つい声が小さくなってしまった。思っていたよりも鈴との会話が自分の精神にくい込んでいたことに気づき、七生は小さくため息をつく。 (なんだかなあ・・やっぱ自分は・・・そろそろ一人ぐらい殺さないとダメなのかもね、本気の相手を)  先日の文化祭の裏で行われていた殺し合いのことを思い出し、もう一度息をつく。 (一番殺したかった相手を殺せなかったものね。他のどうでもいいのは・・まあ向こうは必死だったのだろうけど。鈴ちゃんにアタシのそういうとこは見られたくないって気持ちが大きかったんだろうな。彼女はたぶんほとんどのことは知っている) 『だから・・だからボクは哲人との婚約を解消したの。誰も傷つけないために。七生もいつかその意味が分かるはず。だって七生は・・』 (ほんと、鈴ちゃんは優しい子なのよねえ。そんでもって頭がよすぎて・・。誰の手にも余るんだ。ま、彼女の周りにはアタシも含めてロクな男がいないからなあ)  涼平や哲人は直接人を殺めてはいないはずだが、それに近いことはしている。むろ ん、それは鈴もなのだが。 (アタシが高校生になってまでもシルバー・ブレッドやってるのは、それがアタシのさがだからなのだけど。ほーんと、何人殺したっけ?鈴ちゃんがそこまで分かっててアタシに近づいたんだったら、ほんと・・可愛い女の子よね)  自分が壊れているとは思っていない。むしろ、自分が普通に高校生をしていることの方が驚きだった。 (ああ、やだやだ。普通に授業受けて試験勉強までしちゃってるアタシなんて、昔の仲間に見せられないわね。教師の恋愛事情なんて知ったこっちゃないっての。それがたとえ・・日向勝也と高木琉翔のことであっても) 「別にデートとかじゃないよ。どちらかというと気乗りしない誘いだったんだ。むしろ、君たちと出会ったのは好都合だ。 生徒たちと・・と言えばいくら“あの人でも”無茶は言えない・・」 「あの人?」  勝也の言う相手のことが誰なのかと遠夜は考えを巡らす。 (うーん、琉翔のことじゃないっぽいな。あのクソ変態理事長は生徒の気持ちも都合も考えるわけねえってのは、勝也も分かってるはずだし。他に、勝也と関係がありそうなのって・・。こいつ少なくとも高校の時から琉翔にずっといいようにされてたしな。ずっとアメリカにいればいいのに、ほんとコイツも馬鹿だよなあ)  日向哲人と財前直央が再会しなければ・・と思わないでもない。仕組まれたものであっても、いくらでも回避する方法はあったはずなのだから。 (なにもかも琉翔の思惑通りってのが許せないんだよなあ。って・・それで鈴や哲人を危険に晒している己も・・最低だけどな)  元々不安定だった哲人の立場を盤石にするための鈴との婚約・・というのが日向一族内での表向きの理由だった。 (間違ってはいないんだけどな、それも。それを先代が潰した。その直後にあの人は亡くなった。本当の黒幕を鈴が分かっているとすれば・・危険だ。涼平は退けられたのだから)  それも見越したうえで、鈴は橘涼平と内田景を結びつけた。 (哲人のために真相を知るために、か。どうしてこうもまあ日向の女ってのは、惚れた男のために命を張るかねえ。哲人を産んだあの人のように)  自分の存在を認識していない日向哲人の本当の母親を“殺した”のが自分だと知った時の相手の反応を見てみたいとは正直思わない。 (日向一族の運命だからな、それは)  はあーっと大きくため息をついて遠夜は勝也に声をかける。 「勝也さん。どういう人と待ち合わせているのかしりませんが、貴方もヒマじゃないのだからこんなところを不用意に歩かないでください。・・言いたくはないけど、目立つんですから、貴方は」 「それは激しく同意。せめてラフな格好していれば・・それでも目につくイケメンなのはアタシも認めちゃうけどさ。こんなところで日向先生と逢引したがるなんて、とんでもない相手ね」  七生が片目を瞑りながら相槌を打つ。 「や、それは・・・だって学校の帰りだから。本当は着替えてきたかったんだけど、こんな日に限って学校でいろいろあって・・。けど、時間にはウルサイっていうか、まあ分刻みで忙しい人だから」 「はあ・・っ、まったくもう」 と、勝也が困ったように言うのをみて遠夜は何度目かの深いため息をつく。 「なんでそう何でもバカ正直に答えちゃうんですか、貴方は。つまりは“普通の高校生”に会わせたくない相手なんでしょ?直接じゃなくてもちょっとした情報でも知っちゃったらヤバイんでしょうが、高校生が」 「あ・・」 「いくら北原先輩が“いろいろ高校生離れしてるからって”。貴方はもうこれ以上余計な事言わないで、さっさとその相手に連絡してそのまま自宅に帰っちゃってください」 「え、でも・・」 「っ!」  なおも躊躇する勝也の様子に、遠夜は苛立ったかのように舌打ちする。 「・・なんならオレの名前を出してもらっても構いませんよ」 「へっ?」 「!・・・」  遠夜の思いがけない言葉に七生も一瞬表情を変えたが、すぐにいつもの飄々とした表情になり呟く。 「・・随分な自信ねえ」 「勝也さんに接触しそうな相手なら大抵はオレのことを知っているはずです。それとも、日本に戻ってきたばかりでもう新しい相手を見つけたのですか?」 「な!と・・そ・・」  勝也の顔が羞恥に染まるのが分かる。遠夜は再び大きくため息をつく。 「節操が無さすぎじゃないですか?だから早く結婚しろと日向の老害たちに煩く言われるんでしょうが。年齢的にも政略結婚の十分な・・」 「はい、ストップ!」  突然、七生が遠夜に近づきその手を相手の口につける。 「っ!な・・に」 「北原くん・・」 「うーん、アタシもあえて危ない橋は渡らない主義なの。死にたいわけじゃないから。・・守りたい存在もできたからね」 「えっ?」  まさか、という表情で勝也は遠夜と七生の顔を見比べる。 「・・変な邪推はやめていただけますか。この先輩は哲人先輩も引くくらいに普通じゃないんです。・・じれったいですね、まあこれだけここで騒いでれば相手も引いたでしょう。勝也さんのスマホに多分メッセが入ってるはずですよ」  そう言いながら、遠夜は自分の顔から七生の手を静かに離す。が、その手は微かに震えているように七生には感じられた。 (?) 「何でそんなことがわか・・えっ、 着信・・は、はい!」 「あら、マジで。黒木くんて凄いのねえ・・てかこの茶番がどこかで見られてるわけだ。どこの誰か知らないけど巻き込まれるのはごめんだわ。今日は流石に疲れたもの」 「・・・」  わざとらしくため息をつく七生を遠夜は無言で睨む。七生は肩をすくめて 「アタシは何も知らない一般人なのよ?日向先生の交友関係なんてマジで知らないわよ。だってあの人だってアタシのことを学校での姿しか知らないんだから」 「勝也にだって恨みを抱いてんだろうが、オマエは。調べてんだろ、どうせ。・・今日は帰れよ、とにかく。好きな女がいるんだろ?必要以上に危ない橋を渡る必要は無い。周りを巻き込むのはやめろ」 「と・・やっぱり・・」  普段と軽薄な物言いと違 い静かな様子で話す遠夜の様子に違和感を感じつつも、ある考えに思いがいき七生は少し表情を変える。 「遠夜ってば、本当は父親なんでしょ、鈴の」 「・・・」 「性格が激似よ。その無駄に優しいとこなんてね。てか、鈴ちゃんを巻き込むなってのもあるんだろうけど、彼女は強いコだよ。あの子にしかできないことがある。それは避けられない彼女の運命なんだし、少なくとも・・」  そう言いながら、七生は真っ直ぐに遠夜の顔を見つめる。 「おま・・」 「哲人だって涼平だってそこら辺はちゃんと分かっている。もちろん真実を知っているわけじゃないだろうけど、少なくとも周りの大人たちより本質を理解していると思うわ。だから、鈴ちゃんも彼らを助けたんでしょ」 「鈴・・・は」 と、遠夜が苦しそうに問いかける。 「どこまで知って・・いる?どこまでオマエに話してる?」 「どこまでって・・言ったでしょ?アタシに復讐をやめてほしいって言ってきたって。それでもアタシと上村侑貴を仲良くさせたがってたわ。アタシが高瀬亮を殺せなかった事実をどう解釈したのかはわからないけどね。てか、あの時にアタシがあの場にいたのを気づいていたってのが驚きだわ。日向勝也も気づかなかったのにね」  ふふ、と小さく笑いながら七生は少し離れたところで電話で話す勝也を見つめる。 「アイツは、あの時は哲人を助けることしか頭になかったはずだからな。・・3年前の“レイラ”のことを防げなかったこと悔いているだろうから。ただ“真実を知らない”のだけれど」  そう言いながら遠夜は思わず苦笑する。 (多分、誰よりも日向の犠牲者なんだけどな、勝也は)  勝也が一歳の頃に母親は亡くなり父親は渡米した。彼の面倒を見るのは必然的に親戚の日向時彦だった。が・・ (自分の息子の行く末も気にしないばかりか都合のいいように扱う。時彦もそうだから、救いようのない兄弟だよな。けど、今夜会う予定だった相手はおそらく・・なら尚更コイツに会わせるわけにはいかない。今は、まだ) 「とにかく今夜は・・」  そう言いかけたところで電話を終えた勝也が戻ってきた。少しホッとしたような表情で。 「すまなかったね、二人とも。なんとか話はついた。だから君たちはもう帰っ・・」 「帰るのは貴方も一緒ですよ、勝也さん。貴方は危なっかしいから目を離すわけにはいかない」  遠夜は冷たい声音と表情でそう勝也に言った。その様子を見て七生が肩をすくめる。 「・・教師に言うことじゃないわよね。そんなに子ども扱いしなくていいじゃない、いくらアンタの方がとしう・・」 「北原先輩もさっさと帰っていただけますか。最近、この辺りで傷害事件が多発しているんです。ウチの生徒が巻き込まれたなんてことになると、いろいろ不都合なんですよ」  七生の言葉を遮り、遠夜は尚も冷たく言い放つ。 「北原先輩。貴方なら誰かを守れるかもしれません。それだけの力と頭脳を持ち合わせているのだから。けれど、余計なことはしない方がいい。もう・・誰かを失いたくはないでしょう?」 「っ!・・遠夜・・アンタって・・ほんとに・・」  七生の身体と声が震える。その唇に笑みを浮かべて。 「北原・・くん?」 「・・北原・・先輩」 「ふふふ。優しいのね、アンタって。そうね、今夜はアンタの忠告に従うわ。・・いつかは本音を聞かせてくれるんでしょ?それもアンタの運命のはずよ」 「ふぅ、けっこういろんなものが食べられたねえ。ふふ、たまにはこういうパーティーやってもいいかもね。涼平の知り合いには料理男子が揃ってるもの」   そうなるとお皿とかもいっぱい揃えなきゃね、と笑いながら内田景は橘涼平たちばなりょうへいに笑顔で話しかける。が、彼の10歳下の恋人である涼平は複雑な表情で答える。 「無理しなくていいんですよ、景。かなり疲れたでしょう?個性的なヤツが多くて。それに・・その・・」  らしくなく涼平は言いよどむ。 「どうしたの?ってか、ごめんね。涼平もこの部屋は初めてだってのに、ついホストの役目をさせちゃって。今日はゆっくり休んでね。明日は学校あるん・・」 「ずっと緊張してたでしょ?間違ってたらアレだけど・・北原に何か言われませんでしたか?」 「えっ?な・・」  涼平の言葉に景は困惑気な表情になるが、相手の真剣な表情に気づき自分も表情を改める。 「涼平に対してごまかすってこと、やっぱ私にはできないね。けど、何かを言われたわけじゃない。・・無言の圧力ってやつを私が勝手に感じただけ。けど、彼は普通の人じゃない・・よね?」 「えっ?それは・・」  戸惑う涼平のその態度に(やっぱりか)と景は小さく息を吐く。 (“このマンション”のこと元から知っている風だった。というか・・やっぱ“アレ”の関係者だよな。涼平に言うべきなのか・・。けど鈴ちゃんが伝えてないってことはそれなりの考えがあってのことだろうし。けど、私的には涼平に隠し事したくないし・・) 「ああっ!もう・・」 「どうしたんですか!景、大丈夫?後かたずけはオレがやるから先に風呂に入ってください」  突然叫んで頭を押さえだした恋人の身体を、涼平は慌てて支える。 「オレのことで日向とさんざん話し合ってくれたんでしょう?仕事もあるのに。ごめん・・なさい。こんなつもりじゃなかったのに」 「だから、そういう顔しないでってば。橘涼平は強い人でしょ。守って・・もらわなくちゃいけないんだから」  景の声のトーン が落ちる。「景!」と涼平は景の顔を覗き込む。 「ずっと一緒にいるんだから!どんな場面に遭遇しても、オレは貴方から絶対に離れないから!大切な人を守れない男にはもう・・なりたくないし、なれないんだよ。貴方が本当に好きで・・だから遠慮しないで。言えないことなら無理には聞かない。必要な答えなら」 「りょう・・へい」  景はいつの間にか涼平に強く抱きしめられていた。 「オレと景が幸せになるための“必要な答えは”オレ自身が見つけ出す。それが“レイラ”からの宿題だから」 「っ!」  涼平の口から出たその言葉に景は一瞬絶句する。 「・・あいつの死の真相を知るためにオレは今の立場になったのだけれど、それでも結局は景にオレは託された。運命だなって思うしかないでしょ。そりゃあ男同士だけど・・3年前に貴方を見て女性だと思ってその・・ひ、一目惚れしてでも・・でも・・貴方がオレを好きになってくれて・・一緒に住めるとか。し、幸せだなって。昨夜も・・似たようなこと言ったとおもうけど、本気で毎晩そう思ってるから」 「涼平!」 「ただ、オレが訳ありすぎて・・」  そして涼平は思い出す、3年前の“彼”との邂逅を。 『な・・んでオレを・・撃つ・・』 『それが依頼だからよ?けど、アンタの剣先をいくらアタシでも避けれないのは先刻からの戦いを見ていればわかるわ。ただ・・』 と“彼”はニャっと笑う。 『アタシは“戦闘のプロ”なの。けど、今の場合は“意識しちゃった”から。まあ、いろんなことをひっくるめて今はアンタを殺せない。女の子が自分を捨てて守ろうとした相手を、命がけで救おうとした相手を今のアタシには殺せない』 『・・誰がオマエに依頼・・ってか、鈴を助けろ。オレはいい・・哲人も・・でも鈴のために・・』 (あれは本当に北原・・だったのかはっきりとは記憶が無い。直ぐにオレも気を失って気づいたら集中治療室で。この銃創のことも何も聞かれなかった。治療はなされてたけど・・)  涼平は肩を押える。景にはこの銃創を負ったという事実だけは伝えてある。裸になれば隠しようがないから。けれど、景は誰にどういう状況でやられたということは追及しなかった。 「涼平の身体には傷がありすぎるからね」  そう言って景は微笑む。 「け・・い」 「前にも言ったと思うけど、たぶん鈴ちゃん以外の女性にはなかなか受け入れられないと思うよ?その刀創や銃創は。私も気にしないわけじゃない。それは傷にっていうより、キミの人生についてだけどね」 「あ・・」 「3年前の“レイラ”のことから私は勝手に涼平の人生に寄り添ってる気になってた。あの子に託されたってこともあるけど、結局は私が涼平のことを好きだから。そ・・好きなの」  だから誰にも邪魔されたくないとは思う。やっと手に入れた“彼女との約束の結末”。 (それでも罪は許されることはないと思うけど。けど、ちゃんと戦わなくちゃね。涼平の、大切な人の人生を私のモノにしちゃったんだもの。・・あれ?モノにしちゃったって言い方はなんか・・あれ?) 「景・・なんで百面相しているの?や、そういうとこも・・」 「へっ?や・ ・」  涼平が顔を赤くしているのを見て景は慌てて表情を改める。 「ご、ごめん!や、さっき緊張してるのって聞かれたけど、実はそうなんだよ。だって初めてこの部屋で涼平と過ごすんだもの」 「っ!」 「は、初めてってやっぱ・・緊張するじゃない。今までいっぱい人がいたからアレだったけど、いざ二人きりになったら何か・・落ち着かなくって」 「・・オレを最初に襲ってオレの初めてを奪ったのは貴方なのに?ふふ」  景の言葉に涼平は思わず笑ってしまう。普段は相手が10歳年上で、セックスの時は常に主導権を握るのが景なこともあって、どうしても一歩引いた態度をとってしまう。が、本来は生真面目な性格であり硬派なためあまり自分からいちゃいちゃもできないことをもどかし くも思っていた。 「いいのに」 「えっ?」 「オレは・・・鈴の強さに憧れて・・その美しさにも魅かれていた。けど景は・・可愛いの。年下にそんなこと言われるの嫌だろうし、景のコンプレックスになってるのも知ってる。けど・・だから・・こそ・・その・・」  涼平が真っ赤になりながら声を絞り出す。 「せ、せっかく新生活始めるんだから・・ちゃ、ちゃんと言う・・から」 「え、えーっと。なんかすっごいドキドキするんだけど・・。涼平の我儘なら何でも聞くよ?だって涼平はめったに・・」 「だ、だからそういのじゃダメなんですってば。・・面倒を見てもらうためにいるんじゃないんですから、ここに」  少し複雑そうな表情になりながら、涼平は答える。 「このマンションにオレと、そして侑貴を連れてくること。それが貴方の目的だったのでしょう?そこに北原がどう絡むのかはわからないけど」 「っ!・・な・・」  景の目が大きく見開かれる。その様子に涼平は小さくため息をつく。 「は・・・やっぱ・・り。や、貴方を責めるとかそんなんじゃないんです。ただ・・それでもオレは貴方を愛しているし、侑貴も貴方を信頼している。それは本当です。だから“オレに言えないことをこれからは作らないで”ほしいんです」 「!」 「過去は変えられないし、オレも・・いつ消されるかわからない人間です。殺したも同然の相手もけっこういますしね」 「涼平!」 「哲人がオレを許したのは鈴のおかげです。鈴が全部を言ったとは思わないけど。オレも完全に許されたとは思ってないけど。イイ人では・・いられないけど、オレ」  そう言いながら涼平は恋人を抱きしめる。そしてその身体が震えているのを確認して唇を寄せる。 「りょ・・うへ・・い」 「好きです、毎日言ってることだけど。・・哲人の気持ち、今なら分かる。オレたちは・・普通じゃないから。深い想いは足枷になる、どうしたって」 「涼平!私は!」  景は叫ぶ。涼平が自分に対して抱いてる感情は、そのまんま自分の想いだから。 (自分じゃなきゃ涼平は救えない、オレが救われることもない。だから・・涼平を抱いているのに) 「不安だから、オレを抱くんですか?や、それでもいいんです。今更、貴方をこの部屋で独りにはできないし、この部屋の責任はオレにもある。・・ 景にだけ辛い思いはさせる気はないんだよ」  涼平の手が景の髪に触れる。そのまま優しく指で梳く。 「オレが、景に敬語を使うのはなんだかんだと流されやすいオレのソレにリミットをかけるっていう理由もあるんだ。3年前、オレは哲人と鈴を殺しかけた。他人に・・いや身内である伯父に騙されて。や、真実だった部分もあるのも承知している。けど・・」 と、涼平は言いかけ一瞬の間の後に唇を強く相手のソレに押し付ける。 「っ!・・ん・・ん」 「好きです、貴方はオレをちゃんと男として扱ってくれてるのに、いざという時にはすぐに年下扱いする。や、実際にそうなんけど・・。でも戦闘力は断然オレの方が上だと。そりゃあ貴方も修羅場はくぐっているとは思うけどさ」 「ナイフ使いなら、涼平より私の方が上だよ悪いけど」 と、景が小さく笑う。 「いつかは侑貴にも広将にもちゃんと言わなきゃいけないと思ってる。そうだね、私のソレに涼平を引き込んだような・・や、そのものだ。涼平に幾重にも恨まれて当然なんだよね。なのに・・好きになっちゃった。だってさ!」  景は自分の額を相手のソレに押し付ける。それはとても熱いものに感じられ、涼平は思わず景の方を強く掴む。 「や、やっぱ疲れているんじゃないですか!?昨夜だってあの・・後・・し、仕事してたでしょ!あっちこっちに電話して・・。仕事してる景はやっぱその・・・大人で・・・かっこいいなって思っちゃっ・・っ!」 「き、気にしないでいいから!だってやっぱ夫婦・・みたいな・・っていうよりそ、そうなんだから・・」  景の頬が赤く染まる。どうして何だろうと思う、初恋の気分になってしまうのは。 「オレがこういう態度だから、景は遠慮しちゃうんですか?」 「えっ?」  涼平のその言葉の意図が分からず、景は困惑気な表情になる。 「別に・・涼平の態度がどうのって・・」 「貴女が望むオレって強い男でしょ?でも・・確かに貴方も裏の世界でいろいろあったから戦うことには慣れている。ナイフを使うことも確かに上手いでしょうね。けど、オレがアメリカで何をすることになるのか、そしてこのマンションにきた意味もオレの強さに期待して、なんですよね?なのに、貴方はオレを甘やかしてばかりなんだもの」 「へっ?や・・」  困ったような表情をしながらそれでも真っ直ぐに自分に見る涼平の様子に、景は居住まいを正す。 「ごめん・・そこまで気を使わすつもりはなかったんだ。遠慮ってわけでもない。けど、気持ちを押し付けすぎてたのは謝る。そ、そりゃ・・その・・だ、抱きしめてもらいたなあとは思っちゃっ・・たけど」 途端に涼平の表情がぱあと明るくなる。赤みの濃さも増したけど。 「それが景の本心?昨日は結局その・・結果的には流されちゃったけど。や、景の優しさはわかってんの。オレも受け入れちゃってたわけだし。けど、景はオレが敬語なの嫌がってたし、オレはオレでオレが貴方の負担になることでお互いに遠慮するってのは本末転倒だろ?・・この部屋のことも侑貴と生野のことも、オレなら景と一緒に受け入れて戦える・・ 支え合いながら」 「涼平・・」 「だって・・好きな人の願いは叶えたいと思うじゃん、男だもの」 「私も一応男なんだけどね」 と、景は苦笑する。そしてすぐに真顔になる。 「景・・」 「涼平はずっと私を憎んでて、そして私の罪も知った上で、それでも一緒にいてくれるんだよね、この部屋で」 「そうだよ。侑貴のことはオレも関係していることだから。だから二人でいたい。オレたちがアメリカに行くまでに解決したい。・・オレの罪も消えないけど、哲人と侑貴は守りたいと思うから」 「涼平・・」  景は少し複雑そうな表情になったが、それ以上は何も言わず、代わりに相手の首筋に口づける。 「・・甘えていいの?涼平だっていろいろ余裕ないでしょ?でも・・甘えたい・・ の」 「景?どうしたの!だいじょ・・ぶ・・景?寝て・・る?」  自分の腕の中で寝息をたてる恋人を眺めてホッと安堵している自分に気づく。 「っ!・・っとに・・」  小さくため息をついて、ともかくもと恋人を抱き上げる。 「ちゃんと食ってないじゃねえか、軽い・・ってわけじゃないけど、前よりは細くなってる」  そう呟きながら涼平は景の部屋に入る。 「ほんとは風呂に入ってほしかったんだけどな。ゆっくり疲れを癒してほしかったんだけど・・。せめてオレに気を使うことはしないでほしいんだよな。そんなつもりで一緒にいるんじゃないんだから」  ともかくもとベッドの上に景の身体をそっと横たえる。一瞬、景の身体がぴくりと動いたがそのまま目を開けなかったので 、涼平はホッとする。 「やっぱめっちゃ疲れてんじゃねえか。今日だってなんだかんだと食ってなかったしな。っとに・・北原にナニ言われたんだよ」  じっと景を見つめる。日向の敷地内にある涼平の自宅で同居していたときは同じベッドで寝ていた。 「流石に今日からは無理だよな。ベッドも小さいし。・・って何でウチのベッドあんなに大きかった?・・ああ、そっか。父さんと母さんの・・形見だ、ずっと二人で同じベッドで寝ていたあの人たちの・・」  思いがけずふっと笑ってしまう。 「見ちゃったんだよなあ、父さんと母さんが抱き合ってるところ。・・まさかあの二人の死ぬ原因の一端になった人を好きになるとは思わなかったけど。・・恋をできるとは思わなかったけど。許されるとは思わなかった・・けど」  景の髪にそっと触れる。つい3年前、同じようにけれど別の人間に同じことをしたことを思い出す。その髪もその顔もとても冷たいものだったけれど。 「景は・・温かいや。それに綺麗で・・あいつがこの場にいたら一緒に寝たがってただろうな。姉妹をほしがってたから。景は男だけど。・・オレが本気で男を愛するとは思わなかったけど」 “レイラ”は本気で景を女性だと最期まで思っていたんだろうなと苦笑する。 「思い込みも激しいやつだったからな。けど・・オマエが呼んだんだろ?この部屋に。オマエが“死んだこの部屋に”。ちゃんとオマエが願ったとおりオレは景と仲良くするよ。オマエも言ってたもの。オレは自分勝手な男だって」  景は規則正しい寝息をたてている。その唇に自分のソレを触れさせる。 「やっぱ疲れてんだな。それとも・・そんなに北原の存在にプレッシャーを感じていたのか?」  ベッドから離れてソファーに座る。天井を見上げながら思わず深いため息をついてしまう。 「・・なんなんだよ、アイツもこの部屋の“あの事情に”関係があるのか?だからあんなにしつこく来たがってた?鈴はどこまで知ってる?3年前のあの時は鈴は気を失ってたはずだ。オレが北原に撃たれたことも知らないはず・・くそっ!・・っ」  つい大声をあげてしまい慌てて景の側に寄る。恋人が眠りについていることを改めて確認しほっとする。 「この人を大事にしようって守っていこうって誓ったばかりなのにな。・・けど、もう誰が敵で 味方なのかわからねえよ。それこそ3年前と同じだ。オレが、ほんとは景も殺そうとしてたことの」 そうでなくては気持ちの持っていきようがなかったから。 「家族を亡くして・・人を殺そうとして・・・まあ今でもいっぱい人を傷つけてはいるけど。オレ自身は死ぬわけにはいかないんだよなあ、景と家族になるわけだし・・っ」  そこまで呟いたところで自分の顔が赤くなっていることに来好く。 「だ、だって!だって・・この人が受け入れてくれるとは思わなかったから。10も年下なのに・・男なのに・・女装はしてても景ってほんと男らしいから・・」  だから抱かれたわけじゃないけど、と思ったところでそういえばとズボンのポケットに手を入れる。 「あれっ?スマホ・・リビング か?取りに・・いったほうがいいよな?けど、景が起きちゃうかも・・」  が、自分の立場的に今でもいつ指示が出るかわからない。 「このマンションに住む理由はそれでもあるわけだしな。何かあればすぐに哲人のもとへ・・ってここまで尽くしてたら普通に恋人だろ。・・変だな、男にそんな考えを持つようになるなんて。本気で殺そうと思ってたのに、何で惚れんだよ」  けっきょくのところ自分は惚れっぽいのかもしれないと、涼平は苦笑する。けれど自分の背中を押すのは素直になれるように言葉をつくしてくれるのは。 「いつだって鈴だったんだ。なのに、あいつは肝心なことはオレに言わない。北原との関係も・・・。ってぐちぐち言ってる間にリビングに行けっての、オレ。パソコン繋 いでないから、ネットはスマホしかないんだってこと忘れてたわ。景のパソコン借りるわけにはいかねえし」 「あれ?着信・・あったのか、鈴から。やっべえな、また嫌味言われる・・5分前に一回きりか。LINEは・・無しか」  テーブルの上に置かれていたスマホを手に取り涼平はため息をつく。 「マジでヤバいパターンじゃん。北原と一緒に帰ったはずだよな。あいつが側にいて厄介ごとに巻き込まれ・・る可能性あるか。下手すりゃ最恐・・いや最凶カップルだもんなあ」  煽っておいてなんだけどもと一瞬頭を抱えるが、ともかくもと鈴に電話をかけてみることにする。 「・・あ、鈴?どうした?」 「ごめんねえ、もう大丈夫かと思って電話したんだけど出なかったからさ。 ・・内田さんはもう寝たんだね?」 「・・寝てるよ。疲れてんだ、あの人は。泥のように寝ているよ、全部オレのせいだ」 「そう思うんなら、内田さんを幸せにしてあげなよ。もう、涼平はあの人と家族なんだから」 「鈴?」  少し寂しそうな鈴の声が気になって、涼平は疑問をぶつける。 「北原はどうした?一緒なんだろ?まだ自宅には着いてない時間だろ?」 「キスして別れたよ。ボクは確かにまだ家には着いていない。・・そういう声出さなくてもイイよ、ちゃんと帰るよ。明日も授業があるし、流石に疲れたもんね。って、漫画とかだと何かフラグが立ちそうなセリフだよね、ふふ」 「わ、笑ってる場合じゃねえだろうが!オマエの言うことはいろいろシャレにならねえんだよ。つか、オ マエさっき何つった?き、キスした・・って、やっぱオマエ北原と・・」 「落ち着いてよ、涼平」  取り乱す涼平とは対照的に、鈴はふふふと笑う。 「鈴・・大丈夫・・なんだな?オマエ」 「何で涼平がそんな声を出すのさ。内田さんと話をして自分の進むべき道を再確認したんでしょ?」 「り・・ん」  いつもの軽い調子の鈴の声が、なぜか重く感じられる。 「余裕があるわけじゃないんだ。今は目の前のことに集中してよね。その部屋に住むことを受け入れたのだから」 「鈴!オマエ知って・・それに北原とのこと・・」 「七生は本物だよ。だから、涼平は内田さんと一緒にいなきゃいけない」 「え?」 「じゃないと、めんどくさい存在の介入を許すことになるしね。けど、七生 を上手く使えば・・って思っちゃうボクは七生と恋愛は出来そうにないよ」  あははと笑う鈴の声が乾いたものに感じられる。 「鈴、今どこにいるんだ?一人なのか?」 「ん・・もう自宅の近く。・・てか、そういう声は涼平には似合わないよ?」  少し呆れたような相手の声音と言葉が涼平の不安な気持ちを加速させていく。 「景だって同じこと思うって!オマエのこと妹みたいに思ってるって度々言ってんだから!」 「てことは、ボクと涼平って義兄妹って関係?うわあ・・嫌だぁ・・」 「鈴・・いい加減にしろよ。北原に何を言われたんだ?景も・・」 と言いかけて思い直す。 (ダメだ、北原と景の因縁もオレはちゃんと分かっていない。コイツにはきちんと対峙しないと・・) 「 ねえ、涼平?」  不意に鈴が真面目な声音で聞いてきた。 「な、なに・・」 「何でそんなに構える必要があんのさ。てかね、七生のことも内田さんのことも涼平は信じていいんだよ?哲人を守ろうって決めたときみたいにさ」 「は?っ!お、おまえ何をいっ・・や、やっぱオマエって北原のこと」 「うーん、何でそうやってどいつもこいつもボクと七生をくっつけようとすんのかなあ。ボクは哲人にしか恋をしないって言ってるでしょ。七生もそこらへんはちゃんと遠慮してくれるよ?」  これだからリア充は、と鈴はぷくぅと頬を膨らませる。もっとも電話の向こうの涼平にはその様子は伝わらないけど。 「お、オマエがオレと景をくっつけたんだろうが!んで、北原とキス・・したんだろ?わ ざわざオレにそんなこと言ったってことは・・」 「不必要に七生に変な感情をもってほしくないだけだよ。言ったでしょ、七生はうまく使う存在だって。彼もちゃんと分かっててボクとつきあってる・・はずだよ」  自然に鈴の声は小さくなる。相手は自分のことを十分にわかっているはずだと。それでも好意を寄せてくるのは、はっきりいえば自分にとっては不本意なことなのだ。 (誰よりも頭がよくて・・なのに優しい“ふりをするから”・・殺したくなるんだよなあ) 「鈴、オレはオマエにも・・」 「幸せの形は人それぞれで、それは本人が決めることだろ?まあ、つまりは涼平は内田さんと一緒にいて幸せなのね」  鈴はニヤリと笑う。本気で似合いのカップルだと思っているのに、涼平が まだ景に対して遠慮がちなのを歯がゆくも思っていた。 「やっとできた家族なんだもの。大事にしなよ。だいたいボクのことどうこう言ってられる余裕なんかないだろ?今は」 「オマエだって!オマエだって・・家族・・を・・っ!」 「ああ、やっぱり・・」  鈴はふっと笑う。どうして自分の周りの人間は無駄なことばかりを考えるのだろう。 (たぶん、哲人と直ちゃんだけは最後まで気づかないだろうけど。そういう二人だからボクは大好きなんだけどねえ) 「その考えは捨ててよね、ほんと。んで、ボクが涼平に電話した理由はある人からの伝言を内田さんに伝えたかっただけ」 「は?ある人の伝言を景にって・・。どういう意味だよ。景関係ってことは芸能関係ってこと?てか何で鈴に・ ・そんでオレに・」  思いがけない鈴の言葉に動揺しながらも、涼平はなるべく発する言葉を選ぼうと努力する。 (だめだ、落ち着け!言葉を誤れば取り返しがつかないことになる。鈴を助けられなくなる。それじゃ駄目だ。鈴のこともオレは今でも好きだし、哲人のためにも鈴は・・) 「オレは景を愛している。確かにあの時は憎んだ。でもオマエがさっき言った通りオレは景と家族になることを選択した。だからあの部屋に住むことも・・。オマエが何を考えているのか、それは確かによくわからないけど」 「哲人でさえわかってないこと、涼平が理解できなくて当然だっつうの」 「っ!」  何言ってんの?という感じで鈴がそう言うのを聞いて涼平は唇を嚙みしめる。 「ったく涼平は・・ ・。むしろ哲人みたいにバカになった方がいいよ。禿げるよ?」 「いいよ、そんでオマエを救えるんなら丸坊主になったって・・。てか、オマエの中の哲人の評価って」 「はあ・・・チャラ男設定だったはずなのに涼平ってクソ真面目過ぎなんだよ。哲人はだから直ちゃんと仲良くしてたほうがいいんだよ。直ちゃんは誰よりも哲人に優しくて、哲人を愛しているんだから」  そう言いながら自分の顔が思っていたよりも優しいモノになっていくのに気づく。 (うーん、これも“涼平効果”なのかなあ。涼平はとことんまで優しいからねえ。拗らせ体質の内田さんには合ってるんだよなあ。だからこそ涼平にはとことんまで旦那気質になってもらわないと・・) 「で、さっきの話なんだけど。『明後日のことは了解した』それだけ内田さんに言ってくれればいいよ。後は涼平がちゃんと彼と話し合ってくれればいいだけだから」 To Be Continued

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