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第58話

「・・確かにアタシはラーメンは好きよ?それにこの店って店員がやたらイイ男だし、目もお腹も幸せで満たされるって感じよね」 「じゃあ、いいじゃない。味も保証するよ?なんたって哲人のプロデュースだしさ。ちなみに内装担当はボクね」  周りを見渡しながら、鈴は胸を張る。 「何でアンタが誇らしげ・・・。まあ、そこらへんは辺りに漂う匂いと他の客の表情見れば、それなりに納得するけどさ。てか、実際に日向の料理は食べてるし。けどなんていうか・・」  妙にニコニコとしている鈴を見て、七生は複雑な気持ちになる。 (どう見ても恋人を誉められて嬉しがってる女の子、なのよねえ。でも、好きな相手の恋人はすぐ側にいる わけで) 「・・ってか、一番視線を集めてるのは日向の彼氏さんよねえ。佐伯の彼氏さんもだけど。いかにもなお兄さんたちの中で、あの二人は若干浮いてるもの。もちろんいい意味で」  鈴の説明によれば二人ともここでバイトを始めたのは最近らしい。が、動きはきびきびとしていて愛想もいい。他の店員に負けず劣らず客に声をかけられてもいる。 「他人事ながら心配になるけどね。当人は笑顔でかわしているけど、彼氏が見たらやばいんじゃないの?だって、あの二人熱い視線送ってんの女子ばかりじゃないじゃない」  最近ではラーメン屋に女性が一人でいるのも珍しくはない。ただ、イケメン店員ばかりのこの店に一人で入るのはやはり勇気がいるのではないかとも思う。 「そういう意味 ではあの二人はその敷居を下げてる気もするのよね。親しみが持てる可愛い系だし。けどだからこそ・・」  けっして接客のためだけではないだろう無防備な笑顔。それは見るものを微笑ませる。 「つうか、どっちかというと佐伯の彼氏さんの方がクールな感じがするわね。べビィフェイスのわりにはさ」 「うーん・・自分の立ち位置を理解してるだけだと思うけどね」  鈴の口調はいつもどおり。が、七生は眉をひそめたまま。 「恋人同士ってやっぱ似るものなのかしらね。直央さんだっけ?素直で頑張り屋・・だから日向にも合うんだろうけど、目を離す気にはなれない人ね。・・いろんな意味で」 「あれ?哲人が素直だって思ってくれてるわけ?」  おや?という表情の鈴の頭を、七生は無 言で撫でる。 「・・よかったよ、哲人がそういうことをするような男じゃなくて。どっちかというとされる側なんだよねえ」 「ごめん、マジで鈴ちゃんが日向を想う理由がわかんないわ。・・やっぱ見張りに来たわけ?彼氏さんを」  二人の恋人、日向哲人も佐伯亘祐もノンケだったはずだ。その二人を夢中にさせている男が他の人間の興味を引かないはずはない。 「ボクもそこまで暇じゃないよ。けど、七生が感じたことは参考にさせてもらうよ」 「参考?デートとはいったい・・」 「しょうがないんだよ」 と、鈴はわざとらしく顔をしかめる。 「直ちゃんはああいう人だから、へたなとこでバイトさせたくないしね。かといって、お母さんにこれ以上金銭的な負担はかけたくない・・ってのはもう何か月も前から言っててね。なのに哲人が許さなかったんだよ。家に帰ったらなおちゃんがいないと寂しいとか、これ以上他人の目に触れさせたくないとか」 「・・なにそのモラハラ亭主。別に完全に同棲してるわけでもないんでしょ?大学生相手 に何言ってんのかしら」 「だって哲人は馬鹿だもん。けど、七生も分かるでしょ?直ちゃんの魅力。まあボクは女だからアレだけど」 「相変わらずアンタがどうして日向自身に固執するか理解できないんだけど、直央さんのことでアンタが言いたいことはわかるわ。・・ならなんで日向とくっつけたのよ。日向一族の御曹司のあいつの立場ならアンタと結婚する方が道理でしょうが。そして、お互いに想い合ってもいた。・・悪いけど理解できないのよ、アンタたちのやってること。けど・・」  そう言いながら、七生は運ばれてきたラーメンのスープをレンゲを使って一口飲む。 「ふふ、美味しいでしょ」 「・・何でそんなに笑顔なのよ。悔しくなるじゃない。で、今のアタシに何を望むわけ?直央 さんに絡む不埒な輩を排除しろっていうならやるけど、そんなに長居もできないでしょ?外で待ってる客もいるわけだし」  そしてもう一度スープを飲んでから麺をすすり始める。 「も・・しかしてこの麺の配合とかも日向が考えたわけ?」 「そうだよ。高1の頃だね。・・とりあえず何かに没頭したいんだって言ってた。その結果が料理と財テクっていうのが男子高校生じゃないっぽくない?二つとも結局は養父母の影響なんだよね」 「・・・」 「そういうとこも好きなわけね。そんで、哲人は一人でも生きていけるスキルを身につけた・・んだけど、けれど直ちゃんが収まれる隙間があったんだよね。ボクも亘祐もそれを埋める存在にはなれなかった」 「鈴・・ちゃん」 「哲人はあれでプライ ドは誰よりも高いの。まあそういう気概じゃなきゃあの学校で生徒の代表になる資格は無い、そんな考えでいたみたいだけどね。けど、本質はああだから。そんでボクらはどうしてもブラックな部分を支えて・・そして直ちゃんが潤滑油になってくれたんだよね、ボクら三人の」 「・・・」  七生はちらっと鈴の顔を見るが、そのまま黙ってラーメンをすする。 「直ちゃんは全て受け入れてくれたから。哲人はたぶん、それすらも恐れていたけどね」 「!・・」 「直ちゃんのことを本気で愛しちゃったから。哲人にとって、日向一族は敵みたいなものだったんだよ。や、個々の誰かってことじゃなく、だからそれもあって哲人は自宅を離れボクとも婚約を解消したわけだけど・・」 「そこんとこが一 番理解できないんだけどね・・あ、これってタダよね」  七尾は無料で提供されている高菜を麺の上に置きながら、小さく息をつく。 「けれど、日向は自分が否定したいものに守られてる現状なわけでしょ?彼氏さんは毎日一緒にいてそんなのも分かってるはずじゃない。加えて変態だし束縛野郎だし・・地雷でしかないじゃない。あの彼氏さんなら根はしっかりしてそうだから、ちゃんとした相手を見つけれそう・・」 「それでも直ちゃんは哲人しか愛さないよ。・・確かに直ちゃんは日向の・・・血を引いている。本人がそれをどういう意味合いで理解しているかわからないけど、そういうことも哲人は承知の上で一緒にいるんだよ、無論直ちゃんもね」 「それって、もしかして自分に言い聞かしてる ?・・結局アタシにどうしてほしいのよ?もう2年近くアンタに好きだと言い続けてるアタシに・・」  本気で分からない、と七生は首を振る。自分の立場では普通に誰かと付き合えない。その間には必ず恋愛以外の思惑が入る。 「だからここでデートしてるんじゃない」  七生の問いに鈴は不思議そうに答える。 「・・はい?」 「哲人と直ちゃんもねここで最初のデートしたの。まだ想いを告げ合う前だったけど。その後車に引かれそうになって、その夜初めて結ばれたんだよ。なんかどきどきするエピソードじゃない?」 「ぶふぉ・・っ」  七生は慌てて自分の分の水と、それだけでは足りないと鈴の分の水まで飲み干す。 「ご・・ごめん。こんなに、咽たの久しぶり・・だわ。ごめん・ ・そういう恋人の馴れ初めって普通に聞いたことないから理解できない」 「えー、そう?吊り橋効果みたいなもんかなとも思ったんだけどな。実際、しばらくは哲人は自分の感情が受け入れられずにもんもんとしてて、ボクたちも苦労したんだよねえ。哲人の愚痴がうざくてさ」 「何でほんとに嫌そうなのよ。アンタって日向も彼氏さんも好きなんでしょうが」 「ふふっ」  本気で分からないというような表情の七生の様子に、鈴は思わず笑ってしまう。 「鈴ちゃん?」 「七生にそういう風に言ってもらえるとは。七生なら違う結果だったのかなあ」 「へ?」 「3年前、哲人を殺そうとしたのが涼平じゃなく七生だったら?って思うことは何度もあったんだ。そしたら、今の状況ももっとイイ ものになってたのかなって」 「っ!・・・」  鈴の言葉に七生の箸が止まる。 「いいの?そんな話をこんなラーメン屋さんでして」 「ふふ、七生も知ってるはずだけどここは“安全地帯”だから。じゃなきゃ、直ちゃんたちをバイトなんかさせないよ。七生の歌とおりあの二人に“世間は危険”だからね、いろんな意味で。ボクもしょっちゅう様子を見にくるってわけにはいかないしさ」 「・・安全地帯、ねえ。言い得て妙だとは思うけど」  ふぅ、と七生は息をつく。そして「すいませーん、餃子を2人前くださーい」と声をあげた。 「あらま」 「いいでしょ?別にニンニク臭くなっても」 「や、ここのギョーザはニンニク不使用だよ。だから女性にも人気あるんだよねえ。店員はイケメ ン揃いだしさ」 「そんで取材とかは完全お断り、あげくに店内の写真をSNSにあげるのも禁止。徹底してチェックしてるし、一度でも禁を破れば店に出入り禁止・・っていう噂は聞いてるわね」  そう言いながら七生は店内を見渡す。客の男女比率は半々といったところ。女性はほぼ若い年齢層だが、男性の方は10代から高齢者まで幅広いように見える。 「その理由も分かるでしょ。ま、宣伝もせずに口コミだけで商売が成り立ってんだから、凄いでしょ」 「・・なんていうか」  えへんと胸を張る鈴の前に、七生は苦笑しながら皿を置く。そして「?」とい表情になる。 「餃子用のタレってのはあるけど、ラー油とかお酢な無いのね」 「ああ、それは哲人のこだわりでね。余計な味付けをしてほし くないってことで。一時期、むちゃくちゃ餃子にはまった時があってね、哲人。それこそ皮から手作りするの。まあ、下手な業者に頼んで変なモノを入れられても困るしね」 「・・安全地帯だって言ってなかった?なら何で食べ物屋なんてやるのよ」  少し呆れた表情になりながらも、ともかくもと小皿にタレを入れて箸の先にちょっと付けてそれを舐めてみる。 「ああ、こういう味か。そう単純でもないわけね。日向の性格と違って」 「流石だね、そういうのが分かるのは。でも哲人は単純バカだけど、けっこう複雑でメンドクサイ性格だよ」 「だからアンタってばアイツのどこが好きなのよ。そんでアタシはアイツの何に負けたわけ?」  本気で悩みたくなる、と七生は頭を抱える。 「それに 、何でアタシがこの店の裏事情まで知ってるていで話してるわけ?」 「だって七生は六道会りくどうかいとも繋がってるでしょ。とりあえず現状と立場をボクと七生の間ではっきりしておいた方がいいと思ってさ。それに、今夜は七生の力も必要になると思ったわけよ。涼平は『・・なるはやで帰るから』とかラブコールしてたしね」  そう言いながら鈴は店員から餃子の皿を受け取る。 「ありがと。・・ふふ、大丈夫だよ。あの時のようにはならない。ボクより直ちゃんと千里さんをお願いするよ」  鈴に餃子を手渡した若い店員はちらっと七生の方を見てうなづく。 「もしかして、あの店員て鈴ちゃんに惚れてるわけ?」 「しかもねえ・・」 と、鈴は意味ありげに微笑む」 「?」 「あ、餃子食べてよ。あの時のこと見られてんだよ、七生と刺し違えたときのこと。七生も殺気に 気づいてたよね?あの子はあれで本物だよ?ただ、ある出来事が原因で声を失った」 「・・さらっと大変なことを言うのね。でも、確かに美味しいわこの餃子。そしてタレと合うわねえ。黙ってりゃスパダリな男なのに、どうしても残念なイケメンでしかないのよね。で、あの彼が手話使った理由もアタシに向けた殺気も思い出したけど、アタシはここで呑気に食べてていいわけ?できたら替え玉したいんだけど」  七生はスープだけになった丼を指さして困ったような表情になる。 「いいんじゃない?なんだかんだで七生に向けられる視線も凄いもの。本性知らなきゃ、ただのイケメンだしね」 「それを言うなら鈴ちゃんも普通に美少年に見えるだけだと思うわ。正直驚きよ、分かっててここに連れてく るなんてね。それで?ここでアタシは何をされちゃうわけ?」  そう言った七生の表情はさっきよりも余裕があるように見える。 「だってさあ、美味しいものを顔をしかめながら食べるのもアレじゃない?じゃない?んでも、鈴ちゃんにだけは殺されたくないわねえ。その前にアタシが殺らなきゃいけなくなるもの」 「ボクは退院直後だからねえ。正直あの時より弱いとは思うけど、でも普通の女の子とは違うよ?」  あくまでにこやかな表情を鈴は崩さない。余裕があるのかそうではないのか、七生は測りかねていた。だって殺気が駄々洩れだったから。 「鈴ちゃん・・・気のせいか店内が殺伐とした雰囲気なんだけど?」 「店内が混んできたからじゃないかなあ。みなさんもう堅気だしねえ。ま あ、いざとなったら怖いお兄さんたちにジョブチェンジするけどね」 「ラーメン屋で高校生カップルがする会話じゃないわねえ」  はあ、と今度は本気で大きくため息をつく。 「もしかして鈴ちゃんとアタシが付き合っても毎回デートでこういう会話になるわけ?もちょっと色っぽい雰囲気を・・」 「ボクに色気を求めてどうすんの」  そう鈴はあははと笑う。 「男がいろんなモノを埋めたくなるようなオッパイの持ち主のくせに、何を言ってんのよ。アタシだって普通に男なんだからね。・・ってアンタまで殺気を増強させないの。悪かったわよ。でも、普通はこんなの隠すもんでしょ?」 「‥普通の高校生やりたかったから、あの学校にきたわけ?復讐のためでなく」 「!り・・」 「普通って何かなってボクは思うよ。哲人だってボクだって涼平だって・・七生だって普通の人生じゃなかったわけで。けど、今は普通にラーメンと餃子食べてるじゃん。ただ、これからやることが普通じゃないわけで」 「・・はい?」  最早まるで訳が分からないと、流石に七生は箸を持った手の動きを止める。 「デート・・だよね。もしかして普通の高校生らしくないことをヤロウとしているの?アタシたち制服のままなんだけど」  1年ほど前なら学校帰りにどこかに寄るという行動さえ停学の対象だった。それを変えたのが哲人で・・。 「まあ哲人も深くは考えていなかったと思うけどね。ただ“普通になろう”としただけで。でも、現実はそうはいかない。それを和らげるのがボクや涼平や亘祐 の役目だったわけ。だから、本当は知ったこっちゃないって言いたいだろうけど、七生も乗っかるしかないんだよ。だって3年前のあの時哲人を助けちゃったんだもの」  あははは、と鈴は高らかに笑う。 「せめて涼平をちゃんと撃てばよかったのに。真実を知りたいからって欲をかくから・・ボクなんかに関わることになるんだよ」 「男として女子高生に興味を持ったから同じ学校に編入した。そういうストーリーじゃ納得してもらえない?だって黒木遠夜だっ・・くっ」  思わずその名前を出してしまい七生は口をつぐむ。が、そんな様子の七生を鈴は訝しげに見やる。 「遠夜?あいつがどうしたの?や、日向の裏のことで共通点はあるだろけどさ」 「・・アタシの裏の顔を知ってて、何であの部屋にアタシを入れたのよ。こういっちゃなんだけど、アタシは日向で最強なのよ。そして・・下手すりゃ」 「下手すりゃ、遠夜もボクも君に消されるって?うーん、ボクはキミも知ってる以上だけど、遠夜はキミが思ってる以上に強いよ?」 「鈴・・」  そう言った鈴の声に先ほどまでとは微妙に違う感情が入ってるように、七生には感じられた。 「・・好きなの?遠夜のこと」  ついそう聞いてしまう。そして気づいてしまう。もしかして、という以前からの疑念に加え、もう一つの感情が生まれていることを。 (もしかして嫉妬?けど・・あまりよろしくない三角関係ね。誰もが許さない・・)  日本有数の財閥である日向一族の裏の組織員である自分と鈴と、そして黒木遠夜。 「黒猫であることを止めないんでしょ?涼平を日本から遠ざけるのに。だいたい、何で遠夜をそのまま生徒会役員に留めておかないのよ。どういう理由であれ経験者を次期生徒会に置いといた方が、ほかの生徒にも説明つくでしょ?ただでさえ、日向たちの後釜ってことで新役員たちにはプレッシャーだってのに」 「ふふ、七生はやっぱ優しい人ね。銀の弾丸シルバー・ブレッドになんか・・なんでなっちゃったのさ」 「!」  少し鈴の声が寂しげなものに感じられた。 「そこまで知ってて・・。それでもアタシと高校生ごっこやってたってわけ?馬鹿ね、そんなんだから付け入れられちゃうんじゃない。六道会のいざこざに巻き込まれたんでしょ?まあ、もともとがアンタと橘が入院中に殺った鉄砲玉の処置を間違ったのが原因とはいえ」 「うーん」 と、鈴は苦笑する。 「確かにアレはボクのミス。あの文化祭の前にいろいろ段取りはつけておいたつもりだったんだけどね。・・だってさあ、てっきり新田若頭と七生がデキてるもんだと思ってたもの。でなきゃ“二重スパイ”なんてことできないでしょ?日向の配下にあるモノがさ」 「・・3年前、アンタが橘に日向を襲わせたりしなければよかっただけな気もするけどね。ほーんと、自分を犠牲にするだけが愛情だなんて思ってほしくないわあ。・・だから今になって日向と父親を会わせたわけ?でも、思いのほか日向が実の父親に対して“普通 に”接しちゃったから当てが外れたんでしょ?」  自分でも思いがけないほどに“自分に正直に”意地悪なことを言っていると思う。 (やっぱ・・恋、じゃないわね、これは。だって鈴はいろいろ危険すぎる。救いたいと思う気持ちも事実なのだけれど) 「橘を利用することに良心の呵責を覚えたってことかしら?アンタ一人でそんなことできないでしょ、いくらアンタが日向の本来の中枢だからって」 「っ!・・」  鈴の動きが完全に止まる。それを確認して七生は鈴の頭に自分の手をのせる。 「馬鹿ね。何のためにアタシがこの学校にいると思ってんの。まあ、アンタが薄々感じてたであろうことも確かに当たっているんだけどね」 「・・哲人の監視?」 「はい?」  鈴の問いに七生は 真顔で聞き返す。鈴は自分の頭に乗せられた手を静かに払う真似をしながら再度問いかける。 「“哲人を監視イコール守る”ってことなんでしょ?七生的に」 「・・日向に生きていてもらわなきゃ、真実は見えてこないもの。けれど、日向が男と付き合うことになるとは夢にも思わなかったわ。3年前のアレはいったいなんだったのよってなるわよ。ま、これだから人って面白いのよね・・とも思っちゃうのだけれど。あ、ちなみにアタシは直央さんのことはよく知らないのよ。・・あの人の秘密は、ね」 「ふふ、直ちゃんには絶対に手は出させないよ。・・彼は日向の最後の切り札になるはずなんだから」  それに、と鈴がにやりと笑う。 「それに、あの二人を見てるとボクは幸せな気持ちになるんだ。というか、面白いよ?あのカップルは。それに・・」 「はい鈴ちゃん、お水のお替り。よかったね、笑うことができて。デートできて幸せね?哲人と涼平くんに報告しなきゃ」 「・・はい?」  財前直弘のその言葉に、鈴ではなく何故か七生が反応する。 「えっと・・直央さん?」 「さん付けは変ですよ、北原さん。俺のほうが貴方より年下なんですから?・・そうですよね?」 「へ?」 「まあ、哲人も最初はずっとオレを直央さんて呼んでましたけどね。最近また敬語が混じるようになってきちゃって・・なんか悩んでいるのかなっ・・って、何で二人してそんな顔を赤くしてんの?」 「直ちゃんてね、こーゆー人なんだよ。だから哲人に愛されてんの。そして、ボクは七生の“本当の年齢”なんて誰にも言ってないよ」 「っ!」  七生の表情が一瞬ゆがむ。が、鈴はそれを意に介さない様子で、直央に言葉をかける。 「敬語混じりなのは多分、哲人の照れだと思うんだよ ねえ。あと、決意の表れ的な?」 「どういう意味?あ、お客さんが呼んでるからいくね、ごめん。じゃあごゆっくり。鈴ちゃんをお願いしますね、北原さん」  そう言ってぺこりとお辞儀をして直央は足早にその場を去っていった。その姿をじっと見つめながら七生は小さくため息をつく。 「はあ・・なんていうか。3年前のあの時に欲しかった人材ね、彼。そしたら・・って言ってもしょうがないか。今はとにかく誰も不幸にはなってないものね」 と、複雑な表情で七生は鈴を見る。 「てか、参ったわね。アタシってそんなに老けて見えるのかしら。アンタが言ったわけじゃないんでしょ?アタシの年齢」 「言ってないよ?その必要もないし。ふふ・・だからね」  鈴が顔を近づけてくる。 「 !」 「直ちゃんは“そういう人”なの。だから哲人の恋人になれたんだよ。“ちゃんと自分を見てくれる人”だから」 「り・・ん」 「ボクは、ね」 と、鈴は微笑む。直央の指摘どおり二人とも顔を赤くしていたのだけれど。それぞれ違う理由と、そして同じ意味で。 「どうしても先を視てしまうから。だから哲人が不安定になっちゃった。や、ボクがそうなるように仕向けたんだけどね」 「鈴ちゃん・・」 「とにかくさ。今日はボクが七生にラーメン奢ってるわけよ。頼りにしてんの。それって嬉しいことじゃないの?」 「ごめん・・素直にハイと言えないアタシがいるんだけど」  正直な言葉と気持ちを吐く。 「ラーメンとギョーザの対価になるようなことをアタシに頼みたいと?ア タシの素性を知ってることを明かした上で?しかも・・」  ここで七生は大きく息を吸う。そして。 「・・橘じゃなく、あえてアタシを選んだ理由を知りたいのよ。アンタのことだからアタシの正体を知ったことには目をつむるというか、まあもうどうでもいいというか。それより日向の彼氏さんに“実は高校生だと思われていなかった”って事実の方がショックだけどアンタはその気になればどれだけでも探り当てることはできたわよね。だいたい、アタシは橘には銃をアンタにはナイフを突きつけたんだから」 「七生だって、ちゃんとボクの立場を分かってたじゃない。哲人や涼平も知らない日向のトップシークレットのことなのにさ」  そう言った後、鈴はコップの中の水を一気に飲み干す。 「 さて、と。着替えはこの店の二階にあるから」 「・・はい?」 「へ?だってさ」  何を不思議がってるの、と鈴が首をかしげる。 「ウチの制服のままじゃヤバイことできないでしょ?ボクの着替えは常時用意してあるんだけど、七生が着れるようなのもあるよ。なんせコスプレ喫茶でも開けるくらいにはいろんな衣装あるんだけど、実は哲人も知らないんだよねえ、その事実。ちなみに直ちゃんと千里さんには見せないように頼んであるから」 「・・コスプレ?そりゃそれは・・確かに橘はやらないだろうけど・・。アタシだってそういう趣味はないわよ?そりゃ言葉づかいはこうだし、男と寝ることもやぶさかじゃないけど別に女装するわけじゃないし、この顔と体だと合うものも案外限られるから 」 困惑しながらも、とにもかくにもと七生は席を立つ。自分たちの横にいた客が3回入れ替わっているのにも気づいていたから。 「ここの客ってみんな食べるのが早いのねえ。まあ回転率がいいのはいいことだけど」 「七生がそんなこと考えるのはなんか変だね」  あははは、と鈴が笑いながら外へと促す。 「一度出て裏に回るんだ。オヤジさんには話をとおしてあるから」 「えーっと、もう一度聞くけど・・アタシは何をすればいいわけ?」 「女の子を拉致と男性を拷問だよ。うっぷんがたまってるんだろ?思う存分やらせてあげるよ」  そう鈴は笑顔で答える。 「・・なんでその内容で橘じゃなくアタシを指名すんのよ・・」 「まあ、あんだけ胸糞悪いことは確か に今の橘にはさせたくないわねえ」  病院の廊下の長椅子に座り、七生は鈴に顔を向ける。その表情は少し悲しげなものだった。 「とかいって七生もクールに殺す寸前まで痛めつけてたじゃない」  鈴も少し疲れた様子ではあったが、その声音は皮肉めいたソレであった。 「・・殺してもよかったのよ。アタシ的には六道会にそこまで義理たてする必要がないもの。それに」 「3年前のボクらのことを恨んでくれてもいいんだよ?や、ほんとは今すぐ殺したいくらいだろうけどさ。あ、そのために遠夜を呼んだわけじゃないからね。データ処理のエキスパートだから彼は」  そう言って鈴は少し離れたところに立っている黒木遠夜の方を見やる。 「ほんと七生と遠夜って仲が悪いんだねえ。お互いの能力を考えればいいバディになると思うんだけど?」 「意地悪ねえ」  くくっと七生は笑う。 「だって遠夜にとってアンタは特別な存在じゃない。そしてアタシもアンタが好き。最悪の三角関係よ」 「ボクが好きなのは哲人なのに?それに七生がボクを好きな理由は復讐以外に日向に関わる理由がほしいだけでしょ。日向の最深部を覗いて六道会を踊らせたい。それが本当の目的でしょ?」 「っ!」  七生の表情が変わる。鈴は肩をすくめて言葉を続ける。 「間違ってるとは思わないよ、七生のその考え。ただね、昨日のあの大勢での食事会は本当に楽しかった。・・少し変わってくれるかなとって。本当にごめん。傷つけるのもわかってた・・の」 「アタシが本気でアンタに怒れないの分かっててそんな顔するんだもんなあ」  七生がポンと鈴の頭を叩く。 「それで会場をあのマンションにするってとこが、アンタらしいわよね。橘も彼氏さんも納得していることを、アタシがどうのこうの言ったってしょうがないじゃない。だってアタシの弟は死んじゃったもの。だから・・」 「だから、今日のことが許せなかった?あの女の子のことも。ボクだって“ふるーる”のことが関係していなかったら助けなかったとは思う。・・まあドラッグの出どころは日向一族なのだけれど」  最後は吐き捨てるように鈴は答える。 「だから、橘は海外に逃がすと?なのに今すぐじゃないってのは、まだ橘を利用する機会があるから?ほんと怖い女の子ね、アンタって。橘が本気でアンタのことを愛しているのも分かってて」  分かってて何で独りを選ぶの?、と七生は目で訴える。自分が本気でこの少女を愛したとしても、決して彼女は受け入れないだろうと思いながらも。 「だからぁ、涼平には内田さんがいるんじゃない。見たでしょぉ、あの二人のラブラブっぷり。ボクにはあんなの恥ずかしくてできないよ。それに結構忙しいんだよ、ボクって。イラストレーターもやってんだしさ。んで哲人も涼平もすぐに彼氏と喧嘩するしね。ボクが支えなきゃ、ほかの人に迷惑がいっちゃう」 と、鈴はふふふと笑う。嫌味な風でもなく自然な笑顔だと七生には思えた。 「・・そんな時に頼ってくれたのがアタシだっていうのは 、嬉しいけど正直困惑しちゃうわね。アタシが・・あの男を本気で殺すとは思わなかったわけ?指は手も足も全部折ったし、ああアバラもそうね。腕は両方千切れる寸前まで切ったし、足は折ったし、肝臓もつぶして・・・治療費請求されちゃうかしらねえ、六道会から」 「ふふ、向こうさんは七生の事情もご存じだから大丈夫じゃない?少しはお互いに過去の清算ができたということで、さ」 「・・・六道会を手玉にとる女子高生っていったい」  鈴の言葉に七生は小さくため息をつく。どう考えても日本有数の高級ホテルのオーナー令嬢の思考と行状ではない。 「失礼な言い方を承知で正直に言うけど、アンタの親の神経を疑うわよ。あの女の子だって正気じゃなかったのよ?助けるったって何されるか・・。アンタもそういうのは知ってるでしょ?なのに、娘がそういうことをするのが分かってて・・」 「七生よか幸せだよ、ボクは」  鈴がふふと笑う。その笑顔はごく普通の女子高生のそれ。 「今の生活はボクがボク自身の意思で選んだんだ。親はそれを尊重してくれただけ。そして七生と涼平は境遇が似てる。それより悲惨なのが、今日助けた子。もう元の身体に戻るのは無理だけど、それでも死ぬよりはいい。“助けられた”んだから」 「っ!」  顔色を変える七生の手を鈴は握る、優しく。 「り・・ん」 「七生はふるーるが好きなんでしょ。お願いだから侑貴には余計なことは言わないで。今が本当に大事な時なんだ。もう業界的に手を出してくるところは無いはずだけど、味方に足を引っ張られたくない」 「味方って・・」 と、七生は困惑気な表情になる。 「アタシが二重スパイなのも分かってたんでしょうが。日向と六道会の。んで鈴ちゃんも橘も殺そうとした。六道会と鈴ちゃんが繋がっているとは思わなかったけどね」 「繋がってるだなんて。なんかその言い方だとボクと六道会がまるで仲良しこよしみたいじゃない。今夜のことだって利害と後・・」  鈴がここで口ごもる。七生はもう一度ため息をつく。 「鈴ちゃんの、というより日向の都合はアタシにとってもデフォだから。それに今さら上村侑貴かみむらゆうきやふるーるにどうこうとか思わないわ。生野ならしょうがないと思うももの。・・死んだアタシの弟だってあの世で納得してるでしょ。まあ生野なら弟みたいな馬鹿なことはしないでしょうし」 「・・いっちゃんを巻き込んだら、ボクが侑貴を殺すよ。けど、七生の異父弟が侑貴の元カレだって事実も言わないでほしい。その事実があるから今日のことに七生を巻き込んだボクを恨んでくれても構わないのだけど」 「好きだって言ってるのに、何でそういうことを。クスリが絡んでるんじゃアタシも本気を出さずにはいられなかったってだけよ。で、どうすんの?あの女の子は。まさか六道会に引き渡すの?」  七生は真剣な表情で聞く。鈴はすぐに首を振る。 「ううん。一応交渉の材料にはするけどね。これであの芸能事務所を黙らせることはできる。もちろん、あそこの社長さんには・・」 と、鈴は自分の首に手を当てる。 「永遠にいなくなってもらうけどね」 「・・・」 「親に売られた子なんだ、彼女。六道会の新田若頭にはそこらへんの書類とかも渡っている。誰がどうしてそうなったのかはわからないけどね」 「・・」  七生は黙ったまま鈴を見つめる。 「あの人はヤクザっていうよりもビジネスマンだからね。淡々と処理は進めてくれるでしょ。けど、本質はヤクザだから・・」  鈴はニャッっと笑う。 「っ!」 「一応アイドルだから騒ぎになるようなことになってもらっても困るんだけどさ。それでもやっぱ許せないし、邪魔な存在ってのはあるんだよ」 「・・凄い女子高生だわね、アンタって。日向一族の裏組織で最強のアタシと大物ヤクザをビジネスライクに使えるんだもの。遠夜はそこんとこ納得してんの?すごーく睨まれてるんですけどぉ」  ちらっとそちらの方を見て、七生は再びため息をつく。 (確かに淡々と作業は進めてたけどさあ。ほんとに鈴の父親じゃないわけ?だってどう考えても特別な感情は持ってるじゃん。恋心じゃないっていうなら・・今夜のあの時だってやっぱ二人は似たとこがあるなって思ったもん。つうか気が合いすぎだなとも) 「てか学校での態度と違いすぎよねえ、仕事してる時の遠夜って。真面目にしてりゃあ、日向一族の男性らしく普通に顏はイイ・・・身長もそこそこあるしさ」 「・・なんだ、七生って遠夜のこと好きだったの?へーそー」 「なにその棒読み」  鈴の言葉に七生はくすりともしない。 「アタシは基本的に女の子が好きなの。・・ただ、環境のせいでいろんな性癖が身についちゃっただけよ。でも、遠夜だけは無いわね。あっちもアタシを嫌ってるし。今夜だって顔合わせたときの空気は最悪だったの、アンタだって察したでしょ」 『っ!・・な・・んで。鈴・・先輩・・どういうつも・・』 『ラーメンと餃子奢ったから今日はいっぱい働いてくれるよ、彼。あ、くれぐれも“やりすぎないでね”七生』 『えっとぉ・・アタシはこの状況で何をすればいいわけ?この場でアタシに一番殺意を抱いてるのは、間違いなく遠夜だと思うんだけど?』 「お仕事は計画的に、ね。とにかく性格的に合わないのよ、彼と。だいたい、こっちに殺気を惜しみなく向けつつ無言でスマホを操るアイツの姿ははっきり言って不気味よ。なんなのあの人」 (有能なのかもしれないけど、絶対精神に何かきてるって。だいたい実年齢がああなのに、俺より若く見えるってなんなんだよ!) 『さん付けは変ですよ、北原さん。俺のほうが貴方より年下なんですから?・・そうですよね?』 (くそっ!哲人に遠夜を認識させるわけにはいかないから、直央とも会わせない・・アレ?文化祭の時に会ってるはずだよな?アイツ司会やってたんだし) 「鈴先輩。向こうと話はつきました。・・とりあえずシャワーあびてもらえます?北原先輩も」 「 !」  不意に黒木遠夜の声が自分の耳に届く。 「えっ?・・」 「まあ、想定していたよりも返り血浴びちゃったからねえ。もっとスマートにやるつもりだったのに、しくじっちゃったよ。確かにこの姿で帰るわけにはいかないわよね。職質されたらヤバイしぃ」 「・・ていうか、鈴先輩はさっさと治療を受けてもらえます?また傷口が広がったでしょう」  遠夜は淡々とそう告げるが、鈴は笑って手を横にふる。 「あはは。もちろん自分でかばいながら戦ってたよぉ。おかげで七生に迷惑かけちゃったねえ」 「っ・・・」 「えーっと、そこでアタシを睨むの止めてくんない?けっこう本気で鈴ちゃん助けてたわよ?アタシ」 と、七生は顔をしかめる。 「まあ、思いのほか疲れたのも確かなんだよね え。でも、七生はボクが騙して連れてきたようなもんだから・・」 「!」  鈴の声が思ったより落ち着いたものなことに七生は驚く。 「鈴・・アタシは別に」 「銀色の弾丸は最後の手段だっていうのは分かっているでしょう?鈴先輩。・・貴女がどうして彼の存在を知ったかは敢えて追及しませんが」 「・・あれ?」  遠夜の声とセリフまでいつもと違う雰囲気なことに再び驚く。 (てか、鈴の情報源は遠夜じゃないのか。まあ昨日の様子だとおいそれとアタシの話を鈴の前で出すなんてことはしないだろうけどさ)  ただ自分のことは本当にシークレットなはずで。 (日向勝也でさえ知らないことなのに。つうか哲人にウソついてるってことよね、これって。あれだけ好きって言ってたくせに、肝心なことを言わないとか) 「哲人先輩は“普通に素直”な人ですから」  遠夜がぼそっと言葉を吐く。 「はい?」 「そこはそれこそ素直に“単純バカですから”って言おうよ、遠夜」 と、鈴は笑いながら言う。遠夜は肩をすくめて 「哲人先輩には“無駄に抱え込む人”ですからね。余計なことは知らなくていいんです。じゃないと・・」  最後は何かを呟いたが七生には聞き取れなかった。鈴の方を見ると曖昧な笑顔になっていた。 「・・鈴?」 「ま、とにかくさ。傷云々はとこかくとしてシャワーは浴びたいね。個室には風呂もついてるから借りてく る」 「へ?あ・・診察受けれるのならその方がいいと思うわ。だいたいアンタって退院したばか・・って何でアタシを置いていくわけ?遠夜の視線にアタシの心が冷え切っ・・ちょ」 「で?この状況をアンタも望んでたわけじゃないでしょ?アンタはアタシを嫌ってるわけだし」  二人きりになった病院の廊下で、七生は遠夜の顔を見つめる。 「アタシは今この時もアンタが鈴ちゃんの本当の父親じゃないかって疑ってる」 「・・・」 「似ているのよ、あんたら二人は。だいたいお嬢様のはずの鈴ちゃんがこんな危ないことをしている。ヤクザとも付き合いがある。何で涼平と哲人がそこにツッコまないのかが不思議でしょうがないわよ。あの二人は誰よりも鈴ちゃんを大切に・・愛している はずなのに」 「・・貴方も自分の立場を再認識された方がよろしいかと、北原先輩」 「はあ?」  淡々とした口調に無表情な顔。どちらも学校では“同級生”にはけっして見せない顔。七生もその事実は知っている。そして彼の“秘密”も。 「嫌味のつもり?つうかアンタがほんとは17歳じゃないこともアタシが知ってるってことも承知してんでしょ。ふつうに話しなさいよ」 「別に、きちんとした条件を備えていれば何歳でも高校生はできますよ。そういう先輩だって年齢ごまかしてるししょうが」 「アンタは戸籍からごまかしてるんでしょうが!アタシはただ言ってないだけだもの、聞かれないから。てか、直央は見抜いたわよ」 「っ!」  そのセリフを聞いて、遠夜の表情がわずかに歪ん だ。 「鈴は・・言ったわ」 『直ちゃんは“そういう人”なの。だから哲人の恋人になれたんだよ。“ちゃんと自分を見てくれる人”だから』 「アタシは、彼女こそ“そういう人”だと思うのだけれどね。なのに、哲人は彼女じゃなく“彼”を選んだ。3年前のあのことで直央みたいな人間は憎悪の対象だったはずなのに。」 『ふふ、直ちゃんには絶対に手は出させないよ。・・彼は日向の最後の切り札になるはずなんだから』 「鈴はそう言ったわ。なんなのよ、直央は。鈴だって・・鈴こそが日向の礎のはずでしょ、なのに・・」 「・・貴方は知らなくていいことです。鈴先輩の役目は彼女が生まれた時から・・いえ・・“あの人”が哲人先輩を身ごもった時から決められていたことですか ら。そして・・」 と、遠夜は七生をギロっと睨む。 「何で戻ってきた!?」 「!・・な?・・」 「お前の父親のようになりたいのか?つうか、周りをお前の都合に巻き込むな。鈴の・・心に触れようとするな」  最後は絞り出すような声になる。 「とお・・や?あんた本気で鈴が好きなの?それとも・・」  まさかという思いで七生は問う。どういう答えを自分が期待しているのかも分からないままに。 「鈴は大切な存在だ」 「!」 「日向家と・・哲人にとって、な」 「は?あんた!」  何を言ってるんだと七生は遠夜に詰め寄る。 「アンタも知っているだろう?哲人は鈴を確かに愛している。けれど、俺から見たら幼馴染の延長だよ。そんな恋愛をアンタは鈴にさせたいのか。 鈴だってそれが分かっているから婚約を解消したんだろ。なのに・・」  それでも鈴は変わらず哲人を愛している。哲人の恋人を心配し、自分は危険な行為に身をゆだねながらも。 「お前は・・」  遠夜は苦しそうな息遣いになる。 「鈴を・・どうしたいんだ?なぜ今夜鈴につきあった?」 「あんたこそ、何で鈴にあんなことをさせる?涼平でいいだろうが」  七生も言い返す。本気で疑問に思っていたことだから。 「涼平は・・それこそ当事者みたいなもんだろうがよ。捕獲相手ターゲットの一人が女だからって単純な理由な承知しねえぞ」 「お前、キャラ変わってんぞ。普段のオネエ言葉はもう必要ないのか?」  口調は嫌味なソレだが、遠夜の表情は相変わらず苦し気なものだ。 「遠夜こそ、もう本性を隠すつもりもないってか。鈴の前でも普段の学校での態度と違ったな」 「・・・」 「開き直ったか?それともそれが“本来の仕事モード”?それとも・・」  ぐいと顔を近づける。 「っ!・・・」 「父親特有のアレ?自分の気に入らない男は娘に近づけさせたくないって・・」 「・・俺は親じゃないと言っているだろう。鈴の両親は笠松夫妻、だけだ」 「ほんと・・根は正直なのに、アンタって」  突然、七生の口調が変わる。 「な・・どういう意・ ・」  さらに七生の顔が近づき、遠夜は思わず後ずさる。が、七生の方が背が高く肩をがっちり掴まれてしまう。 「お・・まえ、俺の方が年上だって知ってるんだろ。それにお前だってケガし・・」 「あら、アタシの心配もしてくれるんだ?優しいのね、そういうとこも鈴ちゃんに似てると思うんだけど」  七生のその言葉に遠夜は力なく首を振る。 「俺は・・別に優しさから言っているわけじゃ・・ない。ただそれが俺の役目で‥鈴がお前を今夜の仕事にひきこんだのはあの子・・や、彼女の考えからだろう。だから鈴が気にする・・」 「高校3年生で本当は23歳のアタシより高校2年生の自分の方が年上だって認めたくせに、肝心なことは認めないのね。それでも側にいたいんでしょ?そのために はアタシの存在まで利用する」 「は?だから何を言っ・・」 「彼女はアタシが2重スパイってことも知ってたわ。だからアンタがばらしたのかと思ってた。違う?だって日向勝也ひゅうがかつやですらアタシの正体を知らないのよ?」  はは、と七生は薄く笑う。 「そのことはまあいいのよ。別にアタシの活動に悪影響なんてないんだから。むしろ、日向的には当たり前のことでしょ。けど・・鈴はそんなことを知っていい子供じゃないでしょ。アタシの弟のことで気を使わせたい相手じゃないのよ。本当に彼女を大切に思っているなら・・」 「全てを決めたのは日向一族の当主だ。鈴や、哲人が自分の意志で婚約を解消したのも事実だが、根底にあるのはつまり本家の意志だ。けれど・・」  そして遠夜は自分でも思いがけないと感じながらも、七生の顔をじっと見つめる。 「お前に関わってほしくはない。せめて哲人だけでいいんだ。彼女を幸せにしていいのは」 「はあーっ」  七生は大きくため息をつく。 「どう考えても父親のセリフよね、それって。んでどうしても哲人に拘るんだ、アンタも。何で・・哲人なんか・・」 「哲人は先代が決めた日向の跡継ぎだ。それだからこそ、今の両親の実子ということにされた。“あの父親”の存在を表に出すえにはいかないからな」  淡々と答えながらも“あの父親”といういうところだけ僅かに力が入る。あの男、日向時彦ひゅうがときひこさえいなければ誰もかれも幸せでいられたはずだと思いながら。 「存在を表に・・って、あの人一応公僕じゃない。たぶん、鈴ちゃんはそこまでは知らないはず・・はずだけど」 「!」 「何でアタシが知ってるのかって?そんなに驚くこと?」  顔色を変えた遠夜に、当たり前でしょ、と七生は微笑み返す。 「アンタも殺気言ったでしょ?アタシの父親のようにはなるなって。だからってわけじゃないけど、保険は掛けてたのよ。もちろん“アレ”が哲人の本当の父親だってことを鈴ちゃんに告げたのはアタシじゃないわ」  そう言いながら七生は相手の方を掴んでいた手を徐々にその上へとあげていく。 「なにを・・す」 「ねえ、アンタは誰に何の遠慮をしているの?戸籍を偽って高校生にまでなって。確かに、鈴ちゃんはただ他人に守られているような子じゃないけど、少なくとも今の状態は彼女のためにはならない。アンタが本当に彼女の父親じゃなく、異性としての好意を彼女に向けているのなら尚更よ」 「・・俺は父親じゃない。鈴をそういう目で見ているわけでもない。それが役目なだけだ。ただ哲人と・・幸せに・・と願っ・・」 「それがホントの本音なら顔をそらす必要なんてないでしょ」  七生の手が遠夜の頬に添えられる。遠夜の身体がぴくっと動く。 「な・・に・・っ」  唇に柔らかい感触をおぼえる。とっさに身体を離そうとしたが、力が入らない。 「っ・・や・・め・・くっ」  七生の舌が自分の口に入ろうとした瞬間、やっとの思いで相手の身体を押して顔を離すことに成功した。 「お前どういうつもりで・・ここは病院だぞ」  努めて冷静に聞こうとする遠夜に、七生は薄く笑う。 「ふっ・・もしかしてキスも久しぶり?そうよね、もう何年も“その姿のままで”生き続け、学校じゃああいうキャラを演じてるものね。けど17歳のガキじゃないんだから、ほんとは。溜まってるでしょ?」 「ばっ・・おま・・な・・」 「あら?」  遠夜のそのリアクションに、七生の目が少し大きくなる。 「そういう反応だとは思わなかったわ。マジで照れてんの?もちろん童貞ってことは無いわよね?てか男にキスされたのってもしかして初めて?」 「っ・・・いい加減にしろよ」  再び遠夜は顔を横に向ける。 「今のことは忘れてやる。お前もさっさと帰・・」 「そうはいかないわよ。今日は巻き込まれたくちなんだから、アタシは。納得させてほしいのよ、少しは」  七生の声音は、けれど優しい。自分の顔を覗き込んだその表情が真剣なソレになっていることに、遠夜は困惑する。 「何を・・言っている。お前だってある程度は分かってたことだろ?鈴もお前もお互いに・・疲れるだろうが」  そんな騙し合いのような関係は、と遠夜は呟く。 「俺は・・」 「少しはアンタも吐き出しなさいよ。いろいろため込んだ状態で、鈴ちゃんの何を見抜けるのよ、あんな難しい子を。何のために後輩の立場で鈴ちゃんを助けようとしているわけ。言っとくけど、アタシだってあの子にはペテンが通じるとは最初から思ってなかったわよ」 「なら、俺の気持ちもわかるだろ?頼むから自分の役目に専念してくれ。鈴のクラスメートという立場を超えないでほし・・」 「頼む、ね。疲れてるのはアンタの方でしょうが。そういう弱いとこ見せるから・・」  は?と戸惑う遠夜の服に今度は手をかける。 「オマエ・・なに・・ばっ」  突然ズボンが下ろされる。驚いて足がもつれる。 「くっ!・・っ」 「っとに・・そこまでの年じゃないでしょ。とにかく座りなさいよ」  そう言われて、ともかくもとソファーに腰掛ける。 「何の・・つもりだ?ふざけるのも大概に・・」 「・・ふざけてるつもりもないわ。真剣でもないけど。けど・・こうしたくなったのよ」 「な!・・だからふざけ・・あっ」  座ったままで遠夜の下着がずらされる。そして遠夜の“ソレ”を七生が掴む。 「な、何をして・・っ。や・・やめ・・」 「といいつつ、大きくなってるじゃない。キスするから目を瞑ってくれない?」 「ふざけ・・っ」  再び、唇に七生のソレが押し付けられる。そして今度は容赦なく舌が入ってきた。 「っ・・ん・・や・・」 (何をしやがる、このオカマ野郎が。離・・)  七生も相当のケガをしているはずだ。かすっただけのようだが、銃で撃たれてもいる。が、遠夜の肩を掴むその力は片手なのに振り払うことができない。 (変だろ・・なんで俺が20も下のガキにこんな・・) 「ダメ・・だと・・いっ・・・やあっ」  自分の舌に絡んでくる相手のソレを追いやろうと懸命に舌を動かすが、余計にそれは刺激となってくる。 「やあ・・んん」  七生に掴まれている自分のソレから液体がこぼれ始めていることにも気づく。 (っ!・・違う・・俺はけっして・・) 「い・・や・・」 「嫌じゃないから、こういう反応なんでしょ」  ようやく口を離した七生が言う。 「外見だけでなく中身も高校生のつもりでいるわけ?どういう方法を使っているのか知らないけど、たぶん涼平にはバレてないわよ。あの子はあれで哲人とどっこいどっこいの天然なとこがあるから」 「ふざける・・な。こんな・・ことをして・・何のつも・・」  荒く息をつきながらも遠夜は抗議の声をあげる。 「ふふ、アタシにもよくわからないの」 「はあ?」 「けど、アンタにキスして思ったの。・・鈴ちゃんのためにもアンタを知りたくなったのよ。アンタの・・真実の本音を引き出したくなった。それがきっかけよ、そう・・それだけよ」  そう言いながら、七生はひざまずく。 「っ!バカ・・やめ・・」  遠夜の声を無視して、七生は遠夜のソレを咥える。 「だからここは病院だと言って・・やめ・・ああ!」  声は自制心で抑えているようだが、体は如実に反応している。七生の口の中で遠夜のソレが雄々しく猛ってきている。 「俺は男な・・ん・・あっ・・やあっ」  七生は遠夜のソレを咥えながら顔を上下させる。いつ鈴が戻ってきてもおかしくない状況ではあったが見られても構わないとさえ思っていた。 (バカ・・よね、この人もアタシも。何に必死だってのよ。好きになったわけでも・・ないのに)  そう思いながらチラッと視線を上にあげる。 (・・本気で感じてるの?・・)  恍惚とはいわないまでも、何かを必死に我慢している風には見える。七生は遠夜の勃立したソレを強くすすり上げたり、裏を強く舐め上げる。 「やめろ・・って。俺は別に・・男にそうい・・興味は・・やめ・・あっあっ」 (何を・・してるの。遠夜をイカセて自分は・・何を得たいの?)  混乱した思考のまま七生は自分の動きを止められずにいた。そして思わず手を遠夜のお尻に差しこもうとさえしてしまい、はっと我に返る。 (・・そこまでしたいわけじゃない。あくまで鈴ちゃんのため。そう・・)  が、この行為の何が鈴のためなのかと自分でも疑問には思う。 (鈴ちゃんにはアタシや哲人みたいな思いをしてほしくはない。そう・・同情なの。恋じゃないし、・・鈴ちゃんのことも、もちろん遠夜のことも・・本気で・・なのに)  止まらない。ずっと触れていたいとさえ思う。ゲイやバイセクシャルのつもりはない。男と寝たことは何度もあるが、それは必要にかられただけ。 (違う・・の。なのに、なんで・・なんで遠夜も拒まないの?嘘・・でしょ) (何で・・感じるの) (何で・・離せなく・・なるの) 「やあ・・っ・・だ・・・す・・」 (好き・・) 「直央・・・直央!」     To Be Continued

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