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体育の授業

 そして現在。健ちゃんはあれから大学を卒業して、髪を短く切って黒くして、そのまま地元の中学校の新任体育教師となった。部屋の契約も継続中で、だから僕たちは今もお隣さん同士。そうして小学生だった僕も、中学生男子となっては地元の中学校……健ちゃんのいる中学校に進学して、体育の授業は健ちゃんの指導を受けている。ジャージ姿の健ちゃんは、今になって思えば若くて筋肉質なイケメンだから、女子生徒たちからキャーキャー言われる良い的って感じだ。 「んっしょ、」  マット運動の授業で男子を見ている健ちゃんは、とりわけ運動音痴な僕の、開脚後転の補助をしてくれている。皆がそれぞれ何人組かになってマット運動をしているが、僕だけ『特別扱い』というわけでもなくやはり進展が遅れているからという理由で、健ちゃんは僕の指導に特に熱心だ。健ちゃんのごつごつした立派な手のひらにお尻を押してもらって、なんとかもって僕は後転をしてみせるけれど、どうしても最後に開脚することができないでいる。僕は運動音痴で、身体も硬いのだ。 「糸魚川、お前は本当に体が硬いな。技の前にちょっとストレッチするか」 「はい、先生」  『怜太(れいた)』とかつて僕を呼んでいた健ちゃんは、今は僕を名字呼びする。当たり前だ。僕は健ちゃんの生徒の一人だから、いろいろ煩い世の中で、健ちゃんは僕を特別扱いすることはしない。僕も同じく健ちゃんを『健ちゃん』とは呼ばず先生呼びで、それでも僕は……運動音痴のマセガキなのだ。健ちゃんの指示で、運動着の半そで短パンの僕はマットの上に座って足を広げる。健ちゃんが僕の太ももを掴んで、少しずつ、脚をグイグイ開きながら、僕に聞いてくる。 「まだいけそうか、糸魚川?」 「はぁっ、んっ……痛いです、せんせい」 「ハハッ、変な声を出すんじゃない」 「んっ、あっ。太もも、触る手つきがえっちです……せんせいってば」 「えっ!?」  マセガキのませた言葉に、純情な健ちゃんは顔を真っ赤にして両手を離す。相手は男子中学生だというのに、健ちゃんは周りの生徒に聞かれていないかとキョロキョロ視線を覚束なくしては『糸魚川っ!』と僕の頭を小突いてくる。 「そういうのヤメロって! 最近特に、大人の世界は厳しいんだからな!?」 「いた。健ちゃん、おっもしろぉ。そんなに動揺したら余計に怪しいよ?」 「健ちゃん呼びも禁止! って、おいおい」  僕は次には四つん這いになって、健ちゃんにピチピチの体操服下のお尻を向けてはそこをぐにいっと布越しに開く。 「せんせい、僕、お尻の筋肉も硬いんです……解してくれます?」 「やーめーろーっつうに!!」 「あはっ、先生顔真っ赤。このショタコン」 「誰がショタコンだ、誰が!!」  と、怪しいやり取りをしている二人に気づかず、課題を終えた同級生たち悪ガキが、後ろから勢いよく健ちゃんに飛びつく。健ちゃんは『ひぃっ!?』と悪いところを目撃された犯人のように上ずった声を上げて、それから生徒たちの『先生、終わったよー』との声に返事をして立ち上がった。 「わかったわかった。とにかく糸魚川、お前は今日中に開脚後転できなかったら補習な!」 「えー」 「遊んでる暇があったら、真面目に取り組めってことだ!」 「せんせー、こっちは次なにすればいいのー?」 「ああ、お前らは次は、跳び箱するから準備な」  じとりとした目で健ちゃんの背中を追って、次の行程に進む同級生たちを尻目、僕は一人でマット運動を続けたのだった。

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