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第4話

「お食事のお世話をさせて頂きます。マリーと申します」 「身の回りのお世話をさせていただくハリスです」 人の良さそうな母親ぐらいの年の女性と執事っぽいおじいちゃんに頭を下げられて、俺も慌てて頭を下げた。 「空閑 拓斗です。宜しくお願いします」 「クガタクト様!神子様のお名前はクガタクト様と仰られるのですね」 ……例のおじいちゃん……レイドナードさんが興奮して俺の名前らしき文字を本に書き込んでいる。 この屋敷で俺、クラウス、セルリアさん、ハリスさん、マリーさんの5人での生活となるらしい。 クラウスは部屋に閉じ籠って、セルリアさんもクラウスに付き添い席を外しているけれど、とりあえず自己紹介が終わった。 レイドナードさんは……俺の観察に来たらしい。 生きているうちに神子を見られるとは思っていなかったらしく、興奮するのは多目に見てやって欲しいとセルリアさんにお願いされているが……。 「住むとこ用意して貰うより、帰る方法を教えて欲しい……」 つい本音をポロリと溢すと、レイドナードさんの垂れた眉毛がますます垂れ下がり、肩を掴まれた。 「神子様!何不自由はさせません!!お願い致します!この国にいてくだされ~!!」 「まだ帰りませんから!落ち着いて!!」 おじいちゃんなのに中々、力が強くて体を揺すられ頭がフラフラになる。 「まだ、などと仰らずに是非クラウス様とこの地で末永く生きて下され!」 「いやいや、そのクラウスがあれじゃないですか……俺を嫌ってるし、神子にも興味無さそうだし……」 全く部屋から出てこないし……。 「クラウス様はあれでなかなか恥ずかしがり屋なのでございます。可愛らしい神子様に照れておられるのでしょう!」 「いや……可愛らしいって……俺、もう21歳だし……」 レイドナードさんもセルリアさんもクラウスを庇い過ぎじゃないか? 「21歳でその可愛らしさ!!やはり神子様ともなると違いますな!」 ……もう何も言うのはよそう。 レイドナードさんの『神子』への憧れは痘痕も靨に見えているのだろう。 「姉さん女房!良いですな……クラウス様にぴったりかもしれん」 「本当に……クラウス様のお心を優しさで包み込んでくれると良いですわね」 部屋の隅でマリーさんとハリスさんが嬉しそうに話しているのが聞こえた。 みんなクラウスの事が大好きなんだな。 何処にそんなに魅力が……。 「本当はもっと人を用意するべきなのですが、クラウス様は馴れた人間以外が側にいることを嫌いますので……セルリア殿とマリーとハリスはクラウス様と幼少期から共に過ごしております、クラウス様の事ならばこの3人に聞かれると良いですぞ」 良いですぞって言われてもクラウスに興味を持つほど絡んでない。 しかし……徹底した人嫌いだな……何を拗らせたんだか。 『クラウス様はストロバオム国の第1王子。王位の第1継承者であるが故、幼い頃から命を狙われ、英才教育を叩き込まれ窮屈な生活に心を閉ざしております。貴方の優しさで包んであげましょう』 占いの内容が頭に浮かんできた。 俺には分からないけれど、命を狙われ続ければそりゃあひねくれるか。 そういえば……ネコも拾って来たばかりの時は警戒していて、よく火を吹かれたっけ? あの時は……あまり触れずにただ見守って、俺は敵ではないと覚えさせながら餌付けしていったっけな……。 よし、クラウスは野良猫だ。 そう思うとちょっと可愛く思える気がした。 愛を育む事は置いておいて、この訳の分からない世界で俺はあの占いを信じるしか無いし、どうせ一緒に暮らすなら仲良くした方が暮らしやすい。 よし、餌付け作戦でいこう! 「マリーさん、料理の手伝いさせてもらっても良いですか?」 ・・・・・・ 「……これは何だ?」 訝しむクラウスの前に置かれた物。 「…………野菜炒め」 神子様にそんな事させられないと止める皆を振り切って作った物。 野菜を炒めるだけ……だと思って作った物はテフロン加工のされてないフライパンに焦げ付くし調味料とか分からないから出来た物は塩味と焦げ味の野菜。 クラウスに出すのは止めてって頼んだのに、皆で神子様の手料理だと騒ぎながら食卓に並べてしまった。 「食材の無駄だな……余計な事をするな」 くったりした野菜に所々黒い焦げが散らばる野菜炒め。 結局クラウスは手を付けてはくれず、捨てるのを躊躇っていたマリーさんから奪い……食べ残しに手を付けるのはいけないのかもしれないが『食材の無駄』その言葉が辛くて、俺が責任を持って食べた。 これで無駄じゃないだろう。 焦げの苦味が口に広がり、指の火傷がジクジク痛んだ。 一応冷やしたけれど、絆創膏なんて無いし……ヒリヒリ痛む指を紛らす為に口に咥えながら、テラスの椅子に座り外の景色を眺めていた。 「神子様、夜は冷えますので」 ストールの様な物を後ろから掛けられた。 「ありがとうハリスさん」 「神子様……先程は失礼致しました」 突然ハリスさんが深々と頭を下げてきた。 「ハリスさん?いきなりどうしたんですか?」 こんな年上の人に頭を下げられた事なんてないのでオロオロ戸惑ってしまう。 「クラウス様は幼い頃より常に暗殺と背中合わせにおります。故にマリー以外の者が作った物をなかなか口には致しません。それでも、神子様がお作りになった物ならばもしかして……と期待をしてしまい、神子様を傷つける結果になり……申し訳ありません」 「まぁ……あれは失敗しちゃったからね。食べて貰えなくても仕方ないと思うし……次はもっと美味く作るよ、食べて貰えるまで頑張ろうって思えたよ」 ハリスさんは驚いた顔をして微笑んだ。 「宜しくお願い致します、神子様」 ハリスさんやマリーさん……レイドナードさんにセルリアさん……優しい人達にこれだけ大切に思われてるんだ。 クラウスは悪い人間じゃない……それに俺の方が年上みたいだからな、大人の対応を見せてやらないと。 そうして俺は次の日の朝も昼も夜もマリーさんにくっついて料理を習った。 相変わらずクラウスと会話は無いけれど、マリーさんとの特訓に必死になっている内に毎日は忙しく過ぎていった。 クラウスがスープを口に運んだ手を止めた。 「マリーのじゃない……」 正面に座るクラウスは俺を一度睨み……でも、そのまま二口目を掬った。 そう言いながらも食べてくれるって事は……及第点は貰えたって事かな? 「……マリーの食事の方が美味しい」 「そりゃあマリーさんはプロだもん。敵うわけないじゃん」 美味しく出来たと自分で思っていたが、さすがにプロと比べられると困る。 「そうだ、マリーはプロだ。飯を作るのがマリーの仕事。仕事をしなければマリーがここにいる意味はなくなる……マリーの仕事を取るな」 「……ごめん」 マリーさんの仕事を奪うつもりなんて無かった。 ただクラウスに美味しいって言って貰いたかっただけなのに……それでもいつもの沈黙した食事より喋ってくれた事が嬉しいとか……終わってる。 その後はいつもの沈黙の食事が続き、食事が終わるとクラウスは俺を待つこと無く部屋に戻っていった。 黙々とパンをかじり……スープで流し込んだ。 完食はしてくれたけど俺の料理に対しての感想は、マリーさんの方が旨いの一言だけだった。 俺のしたことはマリーさんの仕事を奪う行為。 でも……クラウスは、きっとマリーさんの立場を守る為に言ったんだろう。 愛がない訳ではない……ただ、俺に対しては微塵もないだけで……。 最初に言われたもんな、迷惑だって……。 迷惑だと思われていると知りながらも俺にはいく宛がなく、ここにいるしかなかった。 項垂れて部屋を出ると、廊下でマリーさんに抱き締められた。 「マリーさん俺、ごめんなさい」 「いいえ、いいえ……神子様、ありがとうございます」 「私、クラウス様に『美味しい』と言って頂けたのは初めてなのです。ずっと私の料理を美味しいと思って食べていてくれたのかと思うと……」 マリーさんは涙ぐみながら、嬉しそうに笑ってる。 20年近く掛かってやっと『美味しい』が貰えるのか。 自分のささやかな目標が、実はとても高いレベルの目標だった事にそら寒くなった。 マリーさんの嬉しそうな涙。 クラウスを餌付けする事は失敗したけれどマリーさんが喜んでくれたのだから良いか……。 無理やり自分の行動に前向きな結果を押しつけた。

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