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第5話

テラスに置かれたカウチ。 自分の部屋も貰っているけれど……ここが俺の定位置になっていた。 山頂にあるこの建物から街が一望出来る。 街の中心にある大きな樹がパルミナだろう。 この建物はかつての神子と王子が愛を育んだ場所だとか……。 それにあやかり、俺もクラウスと愛しあう為にこの建物に住まわせてもらっている。 ほぼ軟禁だけど……。 仕事を奪うなと言われた以上何も出来ず、俺に与えられたクラウスと愛を育むという仕事はクラウスに拒否されているので、ただ毎日が過ぎるのを待っている。 街の夜景がキラキラと輝く。 室内に目を向けると真っ直ぐにクラウスの部屋の扉が見える。 餌付けに失敗した俺のやる事と言ったらこうしてボーとしながらクラウスが部屋を出たり部屋に戻るタイミングで『おはよう』『おやすみ』を言うぐらい。 挨拶をして慣れてもらうしかない。 クラウスから返事はまだ貰えていないけど。 クラウスが部屋に女性を呼んでいるのも知っている。 クラウスは異性愛者。 男の俺と愛し合うなんて冗談じゃないと思っているだろう。 俺だって愛し合うなら王子じゃなくてお姫様が良い。 だから何も言わない。 何も言えない。 せめて外でやってきて欲しいな……と思うぐらい。 カウチに座ってパルミナの話の本を開いた。 あまりにも暇すぎて、レイドナードさんに朗読してもらいながら俺が書き写した物。 照明は無いけれど月明かりが明るくて読むのに苦労はしない。 この国の夜はいつも明るい。 『神子の愛を王子が手にした時』王子は植物を操るパルミナの力を得る。 『神子は精霊に愛されている』王子との愛が実った時、精霊は祝福をしに集まる。 『神子が帰っていった』という話は今まで無い。 元の世界に戻る方法は分からないまま……。 神子としての役目も果たせないまま……。 俺がその神子なのかも怪しい。 神子として役立たずなら……いずれ追い出されてしまうのか? ここを追い出されて、俺はどう生きていくのだろうか? キラキラ輝く夜景を見ながら進展の無いクラウスとの距離に漠然と不安を掻き立てられた。 「まだお休みになられないのですか?」 「セルリアさん……クラウスは?」 「王子はもうお休みになられました」 いつもクラウスの側を離れないセルリアさんが珍しく側へ立っていた。 「本をお読みになるのですか?灯りをお持ち致しましょう」 「月明かりがあるから平気です」 「月……?明かりですか?」 あぁ……この世界に月はないんだった……あれ?じゃあ何でこんなに明るいんだろう? 「取り敢えず、明るいので大丈夫です」 「……明るい……ですか?」 セルリアさんは俺の本を覗き込んだ。 「俺の国の文字なんで読めないと思いますよ」 言葉は通じるけれど文字は読めない。 調味料の文字すら……。 「神子様……まだ神子様が住んでいらした世界へ帰りたいとお思いでしょうか?」 本を閉じて膝を立てると、膝に顔を沈めた。 「帰りたい……クラウス全然、話してもくれないし、神子なんて言われてもわかんないし……」 情けなく声が震える。 「神子様、明日王子と街へ出掛けてみませんか?気分を変えてみましょう?」 「クラウスと?無理だよ……嫌われてるし……」 でも街へは行ってみたい。 「一人で行っては駄目ですか?」 「駄目です」 うん、それはそうだろうなと思ってた。 「じゃあ、セルリアさんと一緒に……」 「俺はクラウス様のお側を離れる事は出来ません……なんとかクラウス王子をお誘い致しますので明日を楽しみにしていて下さい」 「はい……」 期待しないで待ってみようかな……。 ・・・・・・ 次の日……楽しみにしていた訳じゃないけどいつもより大分、早く目の覚めた俺は定位置で街を眺めていた。 沢山のキラキラした光がパルミナへ向かって動いている。 あの光は何の光なんだろう……。 クラウスの部屋の扉が開いて、クラウスが出てきて……珍しくクラウスが此方へ向かってきた。 「こんな朝早くから何をしているんだ?」 「おはよう、クラウス……見て……朝日に照らされて街が輝いてる……綺麗だよ?」 ……初めて声を掛けられた……ドキドキを隠して平静を装う。 セルリアさんが何か言ってくれたのか? 「……見慣れた風景だ」 「まぁ、クラウスにはそうかもな……ゆくゆくはこの街……この国をクラウスが治めるんだよな?いつまでも俺を押し付けられた事に拗ねてないで、良い王になってくれよ?」 冗談めかしてからかって、怒るかと思ったがクラウスは真面目な目で街を見下ろしていた。 「お前の言う、良い王とは何だ?」 「え?えっと……平等に皆笑顔で過ごせる国を作れる人?」 「……漠然とし過ぎていてわからんな」 「国民の声に耳を貸して……質素倹約で私腹を肥やさない王?」 「王は国民の理想と憧れの存在で居続けなければいけない。それに他国に対し権力を誇示しなければナメられるぞ。王がみすぼらしければ国は貧しいと思われ、相手に隙を与える」 「えっと……戦いの無い……武器のいらない国とか……」 「隣国から攻められたらどうする?魔獣が襲って来たら?戦いが無いなんて理想なだけだ……お前は本当に馬鹿だな」 「仕方ないだろ!!俺は平和な国で一般人として暮らしてたんだ!国の有り方なんて知らねぇよ!!」 馬鹿だ馬鹿だと……そりゃ俺は馬鹿だけどさ……。 「お前は馬鹿だ……馬鹿だけど……馬鹿なことが安心するな……」 隣に座って来たクラウスが俺の膝に頭を乗せて寝転んだ。 「クッ……クラウス!?」 突然の急接近に俺はどうして良いか混乱して体が硬直した。 「俺の父……この国の王は5人の妻を平等に愛した。本妻を決めず、序列を作らずに……」 目を閉じたクラウスの表情は読めない。 「だが王位を継ぐのは嫡男……俺だ。王は妻を平等に愛したが……俺の母親は平民の出だ。ガバルの母親は宰相の娘、他の妻も貴族の娘達だ……どういう事が起こるか、いくらお前でも分かるだろ?平等なんてあり得ないんだよ」 クラウスの自嘲気味な笑いが心に刺さる。 一般家庭に育った俺には分からない……不遇な扱いを受けて来たのかな? 「俺の母親は病死とされているが……それは度重なる他の妻からの嫌がらせに心労を患った為だ……俺も常に命を狙われている。俺は王位なんていらなかった……王が地位と権力を加味して正妻を決めていれば母は死ぬことはなかった……王国である以上、権力という概念がある中で中途半端な平等なんて残酷なだけだ……」 「クラウス……」 初めて明かしてくれたクラウスの心の内……それはクラウスを知るにはほんのわずかな事だけど……少しだけ心を開いてくれた様な気がして嬉しくて……俺は膝の上で目を瞑るクラウスの頭を撫でた。 触るなと怒られた……自分で乗っかってきといて触ると怒るとか……本当に猫みたい。 でも側に来てくれた事がとても嬉しかった。

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