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第16話
またすぐに眠りに落ちた神子の体をベッドへ戻すと細いその手を握りしめた。
ガバルの部屋に残されていた折れた練習用の刃無しの剣。
戦おうとしたのだろうか?
もし練習用の剣ではなく、本物の剣を渡していれば抵抗出来たか?
……いや。
騎士団を束ねるガバルの実力は本物だ。
戦いを知らない柔らかな手。
こんな手で勝てる訳がない。
常に側に居て守ってやるべきだったのに……。
後悔ばかりが頭を埋め尽くして行く。
ノックの音が響き、神子が起きてしまわないか神子の顔を伺ったが……目覚める気配は無さそうだ。
神子の手を布団にしまうとドアを開けた。
「クラウス様……神子様の容態は気になられるところではありますが……」
「分かっている……」
神子を誘拐し、神子を穢した罪は重い……皇太子とは言えガバルを殺した罪からは逃れられない。何かしらの刑罰を覚悟して置かねば……。
出入口へ向け歩き出した俺の後ろからセルリアがついてくる。
「お供致します」
「良い……神子を見てやっていてくれ」
「それは出来ません。常にクラウス様のお側に居るように命を承けております」
じゃあ誰が神子を守る?
城へまた連れて行くのは神子の体に酷だろう。
むしろ、城の中の方が敵が多い。
「私共が命に代えても神子様はお守り致します!」
「ハリス……マリー……」
戦う事など護身術程しか体得していないだろうに……。
不安はあるが2人の気持ちが嬉しかった。
神子への愛を認めた事で閉じていた心を解された様に周りからの愛情を素直に感じ取れた。
神子が与えてくれた力もある……。
「神子を……宜しく頼む」
2人に神子を託し、セルリアと共に城へと向かった。
「セルリア……王直属の護衛騎士とは何だ」
馬車の後ろの小窓を開けてセルリアへ問う。
セルリアはずっと側に居たのに、セルリアの事も知ろうとしていなかった。
「王からクラウス様をお守りする様にと……もしもの時は、俺の決定は王と同等の決定権を与えられておりました……ただ、クラウス様を暗殺しようと企んでいた宰相の尻尾は掴めず……王もガバルへの親心から自ら罪を悔いてくれる事を望んでおられました」
「……相変わらず甘いお人だ」
「クラウス様……王が何故正妻としてお一人をお決めにならずにいたか……王はただのメイドであった私の姉を深く愛してくれました」
セルリアから初めて母と父の事が語られた。
……いや、もしかしたら俺が聞いていなかっただけかもしれない。
「姉との結婚の条件として宰相の娘、他国の姫、侯爵の娘を妻に迎える事でした。姉は庶民の出、正妻に迎えることは出来ず、王は一番愛する者を正妻として迎えられないのならばと、誰も正妻として選ばなかった……それは王の細やかな抵抗でした」
その細やかな抵抗が……母を殺した。
「王位を嫡男に……それはクラウス様あなたが長男として誕生したから……王は愛する妻の子へ王位を与えたかった」
「父上が母上を愛していた?……嘘だ。父上は母上が伏せている時一度も見舞いに来なかった!!」
「王が姉を見舞えば見舞う度……姉への風当たりは強くなる……私が極秘に王の想いを綴った手紙を届けておりました。その手紙を姉はとても幸せそうに何度も読んでおりました」
「母は……幸せだったのか?」
「姉も王を深く愛しておりました……クラウス様という最愛の子にも恵まれ、幸せだったと思います」
「俺は……産まれてはならない子では無かったのか……」
「当然です」
「そうか……」
母は……幸せだったのか……。
『私は幸せよ』
母の言葉が頭によみがえった。
・・・・・・
俺の宰相と弟王殺しの罪を審議するために賢人会議が開かれた。
ほとんどの参加者が宰相の息のかかった者だったが……大神官であるレイナードと王直属護衛騎士のセルリアそして王が宰相とガバルの神子の誘拐と殺人未遂を説き、そして俺が手にした神の子の力……宰相亡き後どちらに付くのが得かを秤に掛け、俺の罪を言及する者はいなかった……これが正義……。
俺は何の罪にも問われぬまま離宮へと戻された。
誘拐され、殺害されかけた神子を救い出し、俺が神子と結ばれた。
俺が神の力を手に入れた事で誰も疑わなかった。
真実を知るのは俺とセルリアのみ……神子本人すら知らぬ真実。
「セルリア……真実は誰にも話すな……」
「神子様も騙し続けるおつもりですか?」
「……真実を告げる勇気がない……神子がそう信じ続けてくれるなら……それに甘えたい」
セルリアは少し考えた後……
「墓場まで持っていく事に致しましょう」
そう誓ってくれた。
神子に隠し通す事が選択として間違っているかどうか分からないが……俺に与えられた力が……愛から来る物ではなく、神子の名誉を守る為だけに与えられた物……そんな気がしてならなかった。
離宮へ着くなり急いで部屋へ急いだ。
扉を開けた俺の目に飛び込んだのは床に這いつくばり必死に前に進もうとする神子の姿。
その姿が俺の元から逃げ出そうとしている様に見えて、慌てて神子の体を掴んだ。
「何をしているんだ!!」
「早くクラウスに会いたくて……夢じゃなかったって……確かめたかった」
俺に抱き付く神子の体を抱き上げ、ベッドへ下ろす。
「無茶をしないでくれ……」
真実を思い出し、俺の前から消えようとしたのかと思った。
つなぎ止める様にその柔らかな手を握りしめた。
「クラウス……あの……」
「お前はまだ本調子じゃ無いんだ。ゆっくり休んでいてくれ」
何か言いたげな神子の額に唇で触れて、それ以上の会話を遮断しようとしたが、神子が俺の服を引っ張った。
「う……うん……なぁ……クラウス……」
「何だ?」
何を言われるのか狼狽を隠しながら言葉を待つ。
「名前……呼んで欲しいなぁって……」
名前……神子の名を知ろうともしなかった。
神子は自分は神子じゃない、元の世界へ帰りたいと言っていた。
一人の個人として存在していたんだ。
名前があって当然……。
あの時みたいに……と、言う事はガバルは神子の名を呼んだのか?
俺は神子の名を知らない……呼べる筈も無い。
「あの時みたいに拓斗って呼んで欲しい」
タクト……それが神子の名……俺は神子を神子としてしかみていなかった。
「タクト……」
「……クラウス」
嬉しそうに俺の名前を呼ぶ拓斗。
名を呼ばれただけ……それだけの事に花を綻ばす。
『皇太子』と呼ばれるのが嫌いだった。
俺は知っている筈だったのに……自分の事しか考えてなかった、どこまでも身勝手だった事を思い知らされた。
拓斗の笑顔は……俺を責める様に美しく咲き誇っていた。
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