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第20話
向き合って座った拓斗の手が俺の頬に触れ……。
拓斗は……綺麗に微笑んだ。
「クラウス……俺……クラウスに抱かれるの……初めてだね」
「……っ!!」
反応すべきではないのに……俺は小さく息を飲み込んでしまった。
「俺……クラウスじゃなくて……アイツに抱かれてたんだ……それなのに……その思い出を大切にし続けて……」
拓斗の瞳からボロボロと涙が溢れだす。
「拓斗っ!!もう考えるな!!」
抱き締めて落ち着け様とするが、拓斗の体の震えは止まらない。
「心の支えだなんて……思って……俺……俺は……」
「拓斗……」
覚悟を決めていた。
でも……もし拓斗が気付かなければこのまま結婚まで進めてしまおうかなんて甘い考えを過らせた俺を嘲笑うかの様に、真実に自ら気付き苦しむ拓斗を強く抱きしめた。
俺なんかで支えになるとは思わないが、強く抱きしめる事しか出来なかった。
「うっ……うぅ……うあぁぁぁぁっっっっ!!!!」
頭を抱え大きく悲鳴を上げた後……拓斗は糸が切れたように……ガクリと首を落とした。
「そうだよ……誰も俺の事なんて必要としてなかった……神子様、神子様……クラウスを支えて、クラウスを宜しく……クラウス、クラウス、クラウス……皆クラウスの事ばかり……」
皆に笑顔を向けて笑っていた、拓斗の孤独に初めて触れた。
……突然知らない世界へ放り出され、神子様と呼ばれ、パルミナの花を咲かせろと、見ず知らずの俺と愛を育めと言われた拓斗が……笑っていられる方がおかしかった。
父やレイドナードの『神子自身に関心は無かった』という言葉。
神子様、神子様と言われながらも誰も自分に関心を持っていなかったと拓斗は感じ取っていた。
そして……唯一拓斗が頼る存在であるべき筈の俺は拓斗を無視し続けた。
無理した笑顔……そんな事、とっくに読み取っていた筈だ。
だから拓斗の笑顔が嫌いだったのだから……。
その笑顔を本物にしてやる事より見て見ぬ振りを選んでしまった。
「クラウスなんて嫌いなのに……心が勝手に惹かれていって……なのにクラウスは俺に見向きもしない……名前すら呼ばない……ガバルだけが……俺を名前で呼んで抱いて……くれた……」
「拓斗……すまなかった……謝るから……もうそれ以上は……」
拓斗の言葉、一つ一つに責め立てられる。
俺を責めると同時に拓斗自身も傷付いていく……。
頼りない肩を掴み顔を覗き込んでも、その漆黒の瞳に俺が映ることはなかった。
「クラウスじゃ無いって分かってた……分かってたけど……クラウスだって思いたかった……名前を呼ばれ……好きだと言われ……ガバルに抱かれて喜ぶ自分を認めたくなかった……」
「拓斗……拓斗……」
抱き締めた細い体は子供の様に泣きじゃくった。
言わないで……もう、その先は言葉にしないでくれ……。
「クラウス……ごめん……ごめんなさい……ごめんなさい……」
その口を……塞いでしまいたかった。
止めを刺される前に……。
「クラウスの事……好きじゃなくて……ごめんなさい……」
その言葉を最後に……拓斗の口が開かれる事はなかった。
拓斗は俺を好きだと必死に思い込もうとしていた。
まさか……拓斗はガバルに恋をしたのだろうか?
……ガバルを殺した俺を許してはくれないだろうか?
訊ねる事はもう出来なかった。
目の前で浚われて……。
手にしたと思えば滑り落ちて行く。
次は離さないと思っても崩れ落ちていく。
パルミナの花は咲かない。
愛の花は蕾をつける事すらない。
全ては嘘……。
向けられた愛すら、まやかしの愛だったのだから。
・・・・・・
今日も『神の子』としての勤めを終えて……俺は真っ直ぐに自分の部屋へ向かった。
扉を開けると日の当たる窓辺に置かれた椅子に寛ぐ拓斗の姿。
身動きしないその姿は人形の様だ。
ベッドメイキングをしていたメイドが俺に気付き頭を下げる横を通り過ぎ窓辺の拓斗の元へ向かう。
テーブルには手のつけられていないスープが置かれている。
「拓斗……何か食べないと……」
拓斗の口元へスプーンで掬ったスープを運ぶがその唇は薄く開いたまま動くことはなく……全て溢れていった。
虚ろな瞳は何も映さずただ前を見ている。
痩せた指に指を絡めても握り返される事はない。
嬉しそうに嵌めて、いつも眺めていた指輪も、何度指に通しても気付くと床に転がっている。
「愛する人の一人も幸せに出来ないで……何が神の子だっ!!」
俺は『神の子』として飾り立てられた衣装を床に叩きつけた。
あの日から拓斗は全てを閉ざした。
神の子として……パルミナへ祈りを捧げ続ければ、精霊達が奇跡を起こしてくれるのではないかと期待して……。
正しき指導者として国を支えて行けば拓斗が誉めてくれるのではないかと期待して……拓斗に言われた通りの王を目指し、そんな姿を演じている。
座る拓斗の膝に顔を埋めた。
「俺はお前の言う通りに頑張ってる……何で誉めてくれないんだ……」
固い膝に甘えても……頭を撫でてくれる手は動かない。
メイド達も部屋を出てゆき……二人だけの時間が流れていく。
拓斗の心を殺した笑顔が嫌いだった。
そんな笑顔を取り繕うぐらいなら消えてくれと願っていた。
それなのに……今は偽物の笑顔でも良いから笑って欲しいと願う。
自分勝手な願い。
暖かな陽が射し込む窓の外にはこの国の街並みが広がっている。
綺麗だね……と拓斗が誉めてくれた街並み。
俺にはキラキラ光ると言う精霊の姿は見えない。
「……拓斗……この街を全部壊したら……お前は俺を叱ってくれるか?」
拓斗の頬を両手で包み込む……。
拓斗は何も語らず、ただ前だけを感情無く見つめていた。
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